【完結】いくら望まれたとしても、私はまどかに恋をしない   作:曇天紫苑

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11 私がここにいる理由とその目的

 久しぶりに来た巴マミの家には、知らない写真が幾つか飾られている。

 中にはまどか達と写った物も多く、見るからに大切な思い出として扱われていた。

 今の彼女がどれほどの出会いに恵まれたのか、部屋の一つ一つが教えてくれている様な気がした。

 

「巴さん、美樹さん、佐倉さん、話を聞いてくれて感謝するわ」

 

 頭を下げると、彼女達は構わないと言ってくれた。

 焔は同席していない。あれが魔法少女だというのは気づかれているかもしれないが、話が厄介になりそうで避けた。

 

「まどか抜きでって事なら、何となく察しがつくけどね」

「ああ、この面子と喋りたいって事なら、理由は一つ二つしかないよな」

 

 彼女達は自分の指輪となったソウルジェムを撫でていた。

 私も、示し合わせる様に同じ仕草を見せる。

 

「あなた達……魔法少女でしょう?」

「ああ、そうだ。あんたも魔法少女だろ」

 

 杏子の指摘は特別驚くには値しなかった。

 

「その通りよ、気づいていたのね」

「いつも一緒にお昼を食べて、まどかと遊んでる所も何度も見てるんだから、あたし達だって気づくよ。当たり前でしょ?」

 

 促されるままに、三角の机を前にクッションへ座る。

 巴さんが紅茶を持ってくると、私の目の前に置く。一緒にスフレチーズケーキが付いていた。

 

「どうぞ?」

「ええ、いただくわ」

 

 見慣れたカップに口をつけると、知らない紅茶の味が広がった。

 

「……美味しい」

「良かった。これね、鹿目さんが気に入ってくれた物なの」

 

 思わず出てしまった感想を巴さんが拾う。

 それを聞くと途端にこのお茶がより美味しく感じられた。隣のケーキもフォークで少し食べてみると、クリームのように柔らかな食感の中で控えめなチーズの風味が広がって、これもまたとても心地良い味わいだった。

 心なしか、体に入っていた力が少し抜ける。

 前にまどかが言っていた。甘いって凄いと。私も同感だった。

 

「ちょっと緊張が解けたかしら?」

「はい。ありがとうございます、巴さん」

「ふふっ、いいの。暁海さんともちゃんと話をしてみたかったから」

 

 巴さんは半ば無防備で、私に対しても隙を晒している。

 ただ、そう見えていても、気を抜けないのが巴さんだ。急に撃ち殺される可能性は無さそうだけれど、拘束への警戒は続けていた。

 そんな私の感情を見て取ったかのように、巴さんはクスクス笑った。

 

「ああ、ごめんなさい。そんな風に警戒しなくても、何もしないわ」

 

 ソウルジェムを着けたまま、彼女はクッションを抱いて姿勢良く座り込む。

 

「暁海さんが魔法少女なのは、最初の頃から知っていたの。最初に佐倉さんが気づいたのよ」

「でも、あんたがどんな魔法少女なのか分からなかったからな。様子見したんだよ」

「それで、危険な事に魔法を使う奴じゃないと判断した、ってわけ」

 

 ケーキを一気に半分も頬張り、んぐんぐ言いながら食べ終えて、杏子がフォークの先を私に向けた。

 食べきれなかったケーキがまだ刺さっていた。

 

「あんた、あたし達とやり合う気はあるか?」

「少なくともあなた達が私の邪魔をしない限り、ないわ」

 

 私が本心から答えると、杏子は調子よくフォークに着いた残りを舐め取った。

 彼女がちらと美樹さんのケーキに目を向けた所で、美樹さんはケーキを皿ごと持ち上げて威嚇している。

 微笑ましい。巴さんと目が合うと、彼女は私にウインクした。

 

「ほら、人のケーキを取っちゃ駄目よ」

「いや、誰もさやかのを食うとは言ってないって」

「嘘つけ、そういう顔だったよ」

 

 美樹さんは自分のケーキを守り抜こうとしていた。

 何度か杏子へ疑いの眼を向けたが、早く食べてしまった方がいいと気づいたらしく、杏子の隣でフォークを手に取った。

 

「見ての通り、いつもこんな感じなのよ。三人揃ってお茶したり、時々は特訓したり、平和な物だわ。暁海さんとも、ぜひそうなりたいわね」

「……機会があればそうするわ」

 

 実際に参加するかはともかく、確かに良い空気だった。

 ここは時間の流れがゆったりとしていて、向かい合う彼女達には敵意の欠片すらもない。こうした関係になるまでにどんな事があったのか、踏み込むつもりはないけれど、気になった。

 

「んっ、美味しい……あんたが話の分かる奴で良かったよ。魔法少女同士で争うなんて事、やりたくないし」

「あたしはそれでも良いんだけどな」

「良くない。あたし達とほむらが敵対したら、まどかを巻き込んじゃうでしょうが」

「ええ、彼女は無関係だもの。決して巻き込んではいけない子よ」

 

 思いのほか私の声が大きく響き、三人の視線が集中する。

 お茶を口にして誤魔化したが、やはり無理があって、巴さんの朗らかな雰囲気が私に向けられた。

 

「そういう言葉が出るという事は、鹿目さんの事は本当に大切なのね」

「……」

「あ、照れてる照れてる」

「照れている訳では無いわ……」

「でも、大切なんでしょ?」

 

 じゃないと、まどかの恋愛事情にそこまで反応する筈がない。美樹さんの顔には、確かにそんな気持ちが浮かんでいる。

 彼女には私の行動を色々と見られてしまった。杏子や巴さんにも私の行動は伝わっていて、誤魔化しようもなかった。

 改めて他人に言われると恥ずかしさで顔が熱くなる。けれど、そうして私の行動の指針が伝わると、彼女達の態度はより一層打ち解けた物になった。

 

「……本題に、入っていいかしら」

「どうぞ。私達に分かる範囲で答えるわ」

 

 顔を上げ、彼女達と目を合わせる。そこにあったのは決して敵意でも疑念でもなく、クラスメイトや友達に注がれる穏やかな視線だった。

 

「幾つか聞きたい事があって来たの」

 

 話をしやすい空気を感謝してから、最初の質問を口にする。

 

「キュゥべえを、見ていないかしら」

 

 巴マミと杏子が顔を見合わせ、口元に指をあてて考え込んだ。

 美樹さんだけは少し上を見ると、「ああ」と声をあげた。

 

「あたしはもうかなり会ってないよ」

「うーん……確かに、見滝原ではあまり見ないけれど、ちょっと離れるとたまに会うわよ?」

「あれ、マミさん、そうなんですか?」

「あたしも風見野へ寄った時に見たな。話はしなかったけど、道の向かい側で走ってる所を見たよ」

 

 話を聞く限り、インキュベーターが絶滅した可能性はなくなった。

 

「……じゃあ、居なくなったという事ではないのね」

 

 胸をなで下ろした。

 まどかに接触させる気はないけれど、人の世の呪いを処理する為に必要だから居なくなるのは嬉しくない。

 

「この辺りに居ると、捕獲されたのかもって心配になるよね。いつ新種の動物としてニュースに出るか心配だったよ」

「……喋る猫っぽい生き物とか、だいぶ胡散臭いよな」

「あら、キュゥべえって動物でいいのかしら?」

「子供とか作るんですかね」

「さあ……でも、ちょっと見てみたいわね、小さいキュゥべえ」

 

 そんな物はあまり見たくない。

 

「なら、ソウルジェムの浄化について、だけど……」

 

 口を閉ざし、迷ってしまった。魔女の事や、グリーフシードの事、どれから聞くべきか。

 彼女達に、魔法少女の真実なんて教えたくはなかった。下手な質問をして本当の事に辿り着かれてしまったら、この状況だって壊れてしまう。

 それはあまりにも残酷すぎて、想像するだけで胸が鼓動を嫌に早めた。

 ソウルジェムが人の魂そのもので、穢れを溜めれば魔女を生む。こんな事に耐えられる程、人は強くない。私の胸の内だけで秘めておきたかった。

 

「どうしたほむら?」

 

 杏子の顔が近づいていた。首を傾け、私の手を取ってソウルジェムを見つめた。

 

「あれ? ほむらの所には来ないのか、グリーフキューブ」

「……いえ。来ているわね」

 

 とっさに嘘を吐いた。知らない単語だった。

 杏子はそんな私に気づかず、ソウルジェムの輝きを確認していた。

 

「ん? だよな、見滝原の魔法少女全員に配ってるみたいだし。それにしても、枕元に置かれてた時は驚いたよなあ」

「ええ、何度か徹夜で見張っていたのだけれど、気づいた時には置かれているものね」

「一体どんなサンタクロースなんですかね」

「あら、クリスマスはまだ先よ?」

 

 私が様子を窺っている間に話が逸れていった。

 グリーフキューブとは一体何なのか、音からするとソウルジェムを浄化できる物の様だけれど、グリーフシードとは何が違うのか。

 情報が足りないけれど、この流れでは詳細は聞けない。半ば賭けに近い気分で、思いきって一言呟く。

 

「……キューブ」

「ん? おいおい、魔獣の落とすアレの事だよ、名前知らなかったのか?」

「……いいえ」

 

 賭けは上手く行ったのに、また知らない単語が増えた。魔獣。

 いや、私は知っている。しかし知らない。でも、知っている。魔獣もグリーフキューブも、本当はきっと知っている。

 覚えのない単語でも、その響きは忘れられない何かがあった。

 

「じゃあ、あなた達も魔女……魔獣とは会っていないの?」

「んー。見滝原に居るとまったく見かけないかなぁ」

 

 そう答えてから美樹さんはケーキを口にして、何とも気持ちよさそうな声を漏らす。

 

「キュゥべえもそうだけど、他の街には居るんだ。腕が鈍っちまうから余所にも顔を出すから、間違いない」

「ん、だよねー。いざって時に体が動くようにしないと……そうそう、マミさんはそこで他の街の魔法少女と協力関係になったんですよね?」

「そうね、思いきって遠出してみて良かったわ」

 

 にこやかな巴さんの明瞭な声を背景に、話の内容を頭に入れた。

 分かったのは、この件が彼女達にとっても異常事態だという点だ。

 

「……あなた達の知る限り、これは見滝原市だけで起きている異常なのね?」

「そうだね。正確には、風見野の周りも魔獣はあんまり見ないけどさ」

 

 杏子の呟きで気づいたが、私達は隣町を確認していない。まどかと離れる時間が少なかったのもあるけれど、確認を怠った。

 確認する気がなかった。

 ……なぜ?

 

「原因は、何か知らない?」

 

 脳裏に響き渡った疑問を一旦振り払い、彼女達から情報を得る事に集中する。

 

「確かに、私達も見滝原市から魔獣の発生を排除している原因を突き止めようとしたわ」

「……結果はどうなったんですか?」

「全部空振りよ」

 

 端的な回答と共に、巴さんは新しいお茶を足してくれた。

 本当にさりげない仕草で、気づいた時には注がれている。私と目が合うと、彼女は落ち着きのある面持ちで返してきた。

 

「だから最近は様子見に回ってるんだよ」

「そうそう。ひとまず見滝原の平和は守られてるからね」

 

 揃ってお茶を口にすると、全員が示し合わせた風に黙った。お茶を味わいながら、今の話題について思い思いの考えを巡らせている様だった。

 やはり、彼女達にとってもこの一件は謎らしい。

 その中で私は魔獣の事を思い出そうとしていたが、単語の聞き覚え以上の情報は浮かび上がってこなかった。杏子辺りに打ち明けて、詳細を聞くのが最善手だろうか。

 両手でカップを持って水面に何となく目をやると、そこには難しい顔をした私が写っている。

 

「そういえば」

 

 ふと杏子が声をあげた。

 

「同じ時期にまどかが転校して来たんだよな」

「……まどか?」

 

 思わず腰を浮かせてしまった。

 そんな反応に、三人は一瞬目を丸くする。

 

「ごめんなさい、あの子が、転校?」

 

 尋ねながらも気恥ずかしさと共に腰を下ろしていると、杏子が快く頷いた。

 

「ほむらは後から来たから知らねーよな。まどかはあんたよりちょっと前に見滝原に帰ってきたんだよ。ちょうどその辺りだったんだ、見滝原から魔獣が消えたのって」

 

 説明を受ける内に、背中が冷たくなった。

 誰かに冷水を流し込まれたのかと思う程に寒く、震えてしまいそうだった。

 

「うーん……関係ないでしょ? まどかは魔法少女とは関係ない子で、あの時は転校生が来ても珍しくない時期だったんだから」

 

 美樹さんの指摘に杏子が頷く。

 

「まあね。でも、あたしらの周囲で起きた事と言えば、まどかの転校くらいだろ?」

「でも、佐倉さん。流石に無関係じゃないかしら。鹿目さんの周りだけじゃなくて、街全体で起きている事でしょう?」

「ま、そうだよな。悪い、今のは忘れろ」

 

 口にした杏子自身もさして拘らず、すぐに「無関係だからな」と首を振った。

 だけど、私には、魔獣の件とまどかの転校が無関係だとはまるで思えない。

 私は今日まで、本当にまどかが転校してきたという事実を知らなかった。まどかとずっと一緒に居たのに、気づいていなかったんだ。

 

「あたしも見滝原に来たのは似た様な時期だから、まどかの昔は知らないけどね」

「ちっちゃい頃のまどかはもうかわいくってさ、今もかわいいんだけど」

「鹿目さんの昔ね……ちょっと気になるわ」

「じゃあ、今度アルバム持ってきましょうか? まどかも呼べばもっと楽しいと思いますよ」

「あら、それはいいわね」

 

 話題が逸れ始めていたけれど、それは私には関係なかった。

 まどかの転校。それに気づかなかった私。

 

「っ」

「暁海さん?」

「いえ、すいません」

「そう……」

 

 そっとしておいてくれた巴さんに感謝しつつ、己の記憶を探った。

 そうだ。まどかだ。

 

 私はずっとまどかと一緒に居た。沢山言い訳をして、理由を並べていたけれど、私はまどかの傍に居た。ほとんど毎日同じ時間を過ごした。

 大切な友達と沢山の時間を共有できるのはとても嬉しくて、だから、今日まで深く考えていなかった。

 なぜ私は、まどかの傍に居る事を選んだのだろうか?

 

 自分がまどかの喜ぶ姿と優しさに甘えて、弱くなったんだと思っていた。

 けど、私達がまどかの傍に居る理由が、本当は私の弱さではないならば。

 

「すいません、私はここで」

 

 残ったお茶を一気に飲み終え、ゆっくりとクッションから立ち上がる。

 落ち着く味わいのお陰で、何とか見た目は整えられた。髪を小さくかき上げ、巴さん達に向かってまた頭を下げる。

 

「あら……もう帰るの?」

「はい。ありがとうございます」

「何か分かったのか?」

「いいえ……ただ、一度帰って考えを纏めるわ」

 

 二割ほどの嘘を混ぜて返しつつ、彼女達に背を向ける。

 考えなければいけない。私達の行動のおかしな部分について、焔と話し合わなければいけない。早く、答えを見つけなければならなかった。

 

「暁海さん」

 

 呼び止められて、足が止まった。

 振りかえると、そこには力強い笑みを浮かべた巴さんが居る。

 

「私達、時々特訓しているの。あなたも参加する?」

「……ありがとうございます。また、考えてから決めます」

「ええ、ぜひ来てね」

「それから……お茶、美味しかったです」

 

 思わず口をついた言葉を耳にして、巴さんはどこか笑みを深めた。

 彼女達と対立した時のこちらを睨む表情、絶望に苦しむ姿が一瞬だけ今の彼女達に重なって、私は顔を見ないように立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で降り注ぐ雨を眺めていると、どこか暗い気分が息苦しさで余計に沈む。

 激しい雨は屋根に当たって音を立てていた。

 ここへ来る前は曇っていたけれど、雨の様子がなく油断してしまった。

 

「傘を忘れるなんてね」

「お互い、余程慌てていたんだろうな」

 

 外出中に降り出してしまい、私達は揃ってシャッターの閉まった建物の軒先で雨宿りさせて貰っている。慌てて鞄を片手に走っている人が前を通り過ぎ、行き交う車の数は先ほどまでより増えている。道路沿いの木々の葉からは雨水が流れ落ちていた。

 ワルプルギスの夜が来ている様子はない。ただの自然な雨が、私の前で降り注いでいた。

 あんな陰鬱な家よりも、どこか開けた場所で話をしよう。そう誘ったのだが、雨のお陰で身動きが取れない。

 雨宿りできる場所を見つけるまでに、二人とも濡れてしまった。髪から滴る雨粒が鬱陶しくて、いっそ犬みたいに首を振ってみれば飛ぶのかと試してみたくなってしまう。

 

「天気予報は見たか?」

「昨日はね。確か、曇りだった筈よ」

 

 急すぎる雨は予報なんて関係もなく、アスファルトに落ちては大きな音を立て続けた。

 その気になれば無視して通れるかもしれないが、あまり気乗りしない。

 ここへ逃げ込むまではまだ髪と肩が濡れる程度で収まったが、ぐっしょりと濡れる事を考えると、もう雨の中へ飛び込む気は無くなってくる。

 

 横目で窺うと、彼は襟元が気持ち悪かったのか、一番上のボタンを外している。

 垂れ下がった髪から落ちた水が、首を通って服の中に入っていった。不快そうに髪を触ると、疲れた吐息を漏らしている。

 

「ねえ、暁海焔」

 

 久しぶりに姓も付けて呼ぶと、この名前は喉のつっかえたような響きだった。

 

「んっ……なんだ?」

「あなた、本当に魔法少女の素質があったの?」

 

 例外的に魔法少女になれる才を持った男だと思っていた。

 だけど、彼が私と同じ暁美ほむらなら。一緒に居てこんなにも不快になるほど同じ人間なのであれば。

 私が、そんなにも特別な素質を持っている筈がない。

 誰かから奪い取ったか、与えられたか、という方が受け止めやすかった。

 

「……どういう意味だ? 僕は確かに魔法少女だけど」

「いいえ……特に、根拠があるわけではないわ」

 

 これは何の確証もない、ただの先入観だ。だから、あまり強くは聞かない。

 

「でも確かな事が一つあるわ」

 

 雨音がひどくなったから声が届きにくい。息を吸って、声量を僅かに引き上げる。

 

「私達の意思は、何かの誘導を受けている」

「根拠はなんだ?」

「あなたは自分の行動があまりにも甘すぎる事に疑問を持たなかったの?」

 

 彼は口を噤んだ。察しがついていたのだろう、驚いている身振りは見て取れなかった。

 

「まどかとはもっと距離を置いていた筈よ。間違っても毎日のように一緒に遊んで話をして、仲良くしている筈がない……例え理由があったとしても、私はそんな弱さを許せなかった」

「つまり僕達は記憶よりも更に深い所で状況を理解していて、だから、まどかへ近づいた、と」

「この一ヶ月と少しを思い返せばね。私達はあまりにも自分の行動を狭めていたわ。ええ、気づいていなければおかしかったのに」

 

 何となく足を組み、戻す。手足が落ち着かず、開いたり、閉じたり。

 考えてみれば簡単な話だった。自分らしくない判断や、何か知りもしない物に引っぱられている様な行動、どちらも時折確かに存在し、けれど深く考えてこなかった物だ。

 まどかが楽しそうに、幸せそうに笑っている姿を見るだけで深い満足感を覚えて、それ以外の何かを考えられなかった。

 

「確かに……僕達の行動にはおかしな点が多い」

 

 彼はこちらにぎこちなく目を向け、ゆっくりと頷いた。

 

「僕も、たった今気づいた事項がある」

「……何かしら」

「君は、自分がどんな魔法を使えるか分かるか?」

「時間操作」

「ああ、そうだ。僕もその筈だ。だけど、この街に来て僕達はそれを一度も使ってない」

 

 彼の言葉は全く正しい。

 同意を示しながらも、記憶を探ったが、やはりこの時間軸で時間を止めた事はなかった。魔女と戦わなかったから自然に使わなかっただけ、そうした言い訳で誤魔化すには、あまりにも強い違和感だった。

 

 すぐに魔法を試しておきたくなる。

 だが、車も人も雨の中で通っており、変身はできない。それでもソウルジェムから魔法だけを使うくらいなら可能で、己の指を眺めた。

 

「……ああ」

「やっぱり、使えないな」

 

 やはり、発動しなかった。

 分かるのだ。私達には、時間を止める力も、遡行する力もないのだと。

 力なく指を下ろし、髪に指先を通す。隣の焔も同じ仕草を取っていた。顔色はひどく青ざめて、その吐息は重苦しかった。

 

 いよいよ私達の行動が疑わしくなる。幾ら戦う機会がなかったとしても、気づくタイミングは他に幾らでもあった筈で、しかも私達の記憶すらも不確かだ。

 そして、ごく自然に焔と自分が同じ記憶を持ち、同じ事を考えていると確信している自分の存在も不気味だった。

 

 もう一度ソウルジェムを眺めてみると、この穢れのない紫色にも悪寒が走る。

 巴さん達は浄化が必要なのに、私達は違う。

 

「そもそも、これは本当に……ソウルジェムなの?」

「試しに壊してみるか?」

「……どうやって?」

 

 そこで気づいた。私達は銃を持っていない。調達していないのだ。

 私は装備品を手に入れた事がない。焔も恐らく気づいて息を呑み、「地面に叩き付ければ壊れるか」と呟いた。

 

「ねえ、焔」

 

 ソウルジェムを撫でる。わざとらしいくらいに記憶通りの手触りだ。

 

「なぜ私達はワルプルギスの夜が来ない事を知っていたの?」

 焔が何か口にする前に、理由を付け加える。

「武器を調達しなかったのだから私達は分かっていたのよ、多分ね」

 

 武器も魔法も使わず、その事に何の違和感も覚えなかった。

 ワルプルギスの夜が来ると考え、倒さなければと決意を定めていたというのに、本当は何の準備もしていない。

 戦う覚悟を決めていたというのに、戦う手段を得ようとしていなかったのだ。そんなひどい矛盾を許容していたのが、戦う必要などないのだと理解していた証拠ではないだろうか。

 

「なら、僕達の過去の記憶はどうなる。時間を戻ってきたのでなければ、ワルプルギスの夜を倒すという意思すら偽物なら、僕達は、誰だ?」

「それは……」

 

 分からないとしか答えようがない。 

 私の過去は、本当に私の過去なのだろうか。まどかとの思い出も、その時に感じた情動だって昨日のように思い出せる。しかし、それ以前の事はあまり明瞭ではない。

 前にも思い出そうとしたけれど、あの時は深く考えていなかった。あまりにも繰り返しすぎて、それ以前の事を見失ったのだと、その程度に済ませていた。

 しかし、この記憶全てが偽物だとしたらどうだろう。

 まどかが差し伸べてくれた手も、交わした約束も、彼女と共にあった思い出も、本当に私の記憶なのか。

 

 足下の水たまりへほんの微かに反射する己の顔。それはよく見ると人形のようで、手足はまるで案山子のような人間とは違う何かで出来ているように見えた。

 触れてみても、そこにあるのはただの体。まどかが沢山褒めてくれた私の体だ。だけど、化けの皮が剥がれかけているのか、己の手が己の手とは思えない。己の記憶と思考と肉体の全てが、真実味を見失っている。

 一度目を瞑って再び確認すると、そこに見えるのはいつもの自分の顔だった。

 

「……私達が、そもそも、魔法少女じゃない、としたら?」

 

 ひらめきをそのまま声に乗せると、思いのほか正解を当ててしまった気がした。

 焔は何も答えなかったが、顔色は更に悪くなっていった。

 

 魔法少女ではないとして、なら私は一体なんだろうか。

 胸に手を当てると、確かに鼓動はある。焔の手首を握れば脈が伝わってきて、けれど、私にはそれが人間の真似事としか思えなかった。

 こんな気分だというのに、ソウルジェムは穢れ一つなく光っている。そこに私の魂はあるのか。

 

「……なあ、ほむら」

「……」

「魔法を使えて、だけど魔法少女ではないもの……なんだと思う?」

 

 思わずスカートの裾をきゅっと握っていた。

 きっと、それが答えだ。

 

 どんどんと気分が悪くなって、ついには吐き気がした。喉元を押さえ、呼吸を整える。そうしなければ気分の悪さでどうにかなってしまいそうだった。

 一体何が、どんな存在がこんな真似を働いたのか、見当もつかない。一体誰が良い思いをするというのだろう。

 

 雨はまだ止まない。

 

 私達は、何も言えずに顔を覆っていた。

 まだ確定ではない。私達の全てが偽りだと確定したとは言えない。記憶に関する能力を持つ魔法少女による攻撃という可能性も考えた。が、なぜか「ありえない」と結論が出てしまった。

 インキュベーターもワルプルギスの夜も現れなくて、自分の中で行動を定めていた物が揺らぐ。戦う相手がいなくなったのは、まるで心の支えが消えてしまったかのようだった。

 涙がこぼれて頬を伝い、落ちる。わけがわからなくて、気持ち悪くて。自分がわからない。

 目的も目標も、戦う理由も疑わしくて。

 

「ほむらちゃん?」

 

 それでも、彼女はそこにいた。

 

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