【完結】いくら望まれたとしても、私はまどかに恋をしない 作:曇天紫苑
幾つかの授業が無事に過ぎた。内容もやる事も変わらないのだから簡単なもので、私も、焔も問題なく切り抜けている。
焔は男子に囲まれて、私は前の時と同じで女子に囲まれていた。
聞かれる質問の内容もあまり変わらず、決まっていた通りの言葉を返す。
昔はこの会話も大変だった。何を言って良いのか少しも分からなくて、まどか達には迷惑ばかりかけていた。今もあまり得意ではないけれど、狼狽えないくらいには慣れている。
さて、クラスメイトからの質問攻めを受けつつも、意識はまどかに傾いていた。
美樹さやかと佐倉杏子が彼女を囲み、楽しげに笑い合っている。
邪魔をするのは忍びないけれど、ここでまどかと接触しておきたかった。
クラスメイトの質問を避けて不調を訴え、ゆっくりと立ち上がる。雰囲気の変化を悟っているのか、周囲に居た子達もすぐに離れていく。
「「鹿目さん」」
言葉が重なり横目で焔を捉えると、向こうも私を見つめ返す。
だが、そんな事をしても何の意味もない。改めてまどかを見つめると、彼女は何やら怯んだ様子だった。
美樹さやかが首を傾げていて、その指には、ソウルジェムがあった。
「保健室に連れて行って貰えるかしら」
「鹿目さん、僕にも教えておいて欲しいな」
「え、えっと」
私達が同時に話しかけた為か、まどかは何度か顔を見比べた。
「……うん、わかった。案内するね」
けれど、すぐに穏やかな雰囲気で頷いて立ち上がり、私達の隣に来てくれる。
どこか頼もしげな空気を纏った彼女に、思わず気圧された。ただ微笑んでいるだけだというのに、なぜか救われたような気がする。
「さやかちゃん、杏子ちゃん、ちょっと行ってくるね」
「ん、行ってらっしゃい」
何気ない会話を背に、まどかは私達を手招きした。
それに従い、私達は同じ歩幅と歩数で彼女の背を追う。記憶通りの小さな、だけど大きくて優しい背中が揺れている。
優しくて魅力的な空気を漂わせて、まどかは私達を先導していた。
「暁海くんと、暁海さん?」
まどかの歩みが少し遅くなり、私と焔の間に並んだ。
両方にちゃんと話しかけようとしているからか、首を左右に動かしている。
「ほむらでいいわ」
「焔って呼んでいい」
「……ほむらちゃん、それに焔くん」
噛み締めるように呟くと、何やら嬉しそうにもう一度私達の名前を呼んだ。
「あの、すごく良い名前だね。なんだかほむらちゃん達らしいなぁ」
「……そう」
「うん、カッコいいと思うの」
「……」
「え、ええっと……心が温かそうな名前だよね」
まどかはそう言ってくれるけど、今でも名前負けだと思っている。冷血とか、そんな名前の方が私にはお似合いだ。
なぜか焔から視線を感じる。何やら咎めるような雰囲気で、どうしたのかと目を向けると、彼はまどかに話しかけていた。
「僕は、君の方が優しそうな響きで素敵な名前だと思うんだけどな」
「え、そ、そうかな?」
「ああ、自信を持って良いと思う。そうだよな、暁海ほむら」
一体何を言い出しているんだろうか。慌てて焔の顔を伺うと、ひたすら真顔だった。
確かに、まどかという名前は彼女に相応しい響きで、とても似合っているのも間違いない。
口に出してまどかを褒めろ、という事なのだろう。
「……思いやりのありそうな名前で、貴女に似合っているわ」
「そ、そっか、えへへ、ありがとう」
満更でも無さそうに喜ぶまどかを目にするのは気分が良かった。
「ところで、二人は双子なんだよね?」
「ええ」
「ああ、そうだな」
「本当に息が合うんだね。なんだかそういうのいいなぁ」
私達の顔を見比べながら、まどかがにこやかに語ってくれる。
「実はわたしにも弟が居るんだけど、まだ全然小さくてね。弟が生まれるのが結構後だったから、一人っ子の時間が長かったんだ。だから、生まれた時から一緒の兄弟がいるのはなんだか凄いなって思うの」
「あまり、良いものではないわよ」
「むしろ嬉しくないくらいだな」
「「名前が同じだから分かりにくいし」」
「「……同時に喋るから話しにくいし」」
「昔から、結構大変だったわ」
「ああ、大変だった」
嘘である。
ついこの間出会ったばかりの私達に、そこまで長い付き合いはない。
だというのに、まどかは微笑ましそうにこちらを眺めていた。
「二人とも、仲良いんだね」
「……」
何か反論しそうになって、彼女の顔色を見てやめた。焔も口を開けていたが、結局は何も言わなかった。
「「鹿目さん」」
「まどかでいいよ? わたしも名前で呼んでるしっ」
輝くほどに眩しい面持ちでそう言われて、心の中で嬉しさと悲しさが同時にやってきた。
目の前の彼女はとても元気で、いかにも健康な声音で私達を歓迎してくれた。
「「まどか」」
「うんっ!」
名前を呼んでみると、まどかの顔色がもっと華やかになる。
初対面だというのに驚くほど親しげな態度で、彼女は私達との心の距離を詰めてくる。
「これからよろしくね!」
手に温かくて柔らかい感触が走った。
まどかが、ごく自然な調子で、当たり前のように私と焔の手を握っていた。
成された事に理解が後れて、自分と焔の戸惑う声だけが先に出る。
「「あの、まどか?」」
「え? ……あっ!?」
私と握った手を見て、そして焔と握った手を見ると、まどかは飛び上がるような声をあげた。
知る限りでは、異性の手をためらいなく握る子ではなかったのに。
「ごめんなさい! 急に手なんて繋いじゃって」
まどかは真っ赤になって首を振り、すぐさま頭を下げていた。
「いや、いいよ」
「ごめんね。特に意識してた訳じゃなくてね、気づいたら……」
「大丈夫よ、本当に嫌ではなかったから」
「そ、そう? なら……」
まどかが自分の手のひらをじっと見つめた。
「思ったよりあったか……ううん! なんでもない!」
沸騰しそうな顔色となって、自分の行動にやっと気づいたといった風にまどかは首をブンブン振っている。
まどかに引っぱられて、私まで顔が熱くなってきた。
手を握ってくれる時はこれまでにも何度もあったのに、今回は胸の奥から恥ずかしさと、それを大きく超える幸福感がこみ上げた。
「あっ、あのね、保健室はこっちだよ!」
「あ、ああ、うん」
まどかが意識しているからか、焔もまたぎこちなく自分の手を眺めていた。
二人揃って顔を赤くして、それでも距離は近かった。
まるで、付き合いはじめたばかりの恋人みたいに。
なぜか、微かな悪寒が走る。
慌ててインキュベーターか魔女かと探ったが、特別何も出てこない。まさか風邪にでもなったのだろうか。
幸い、保健室はすぐ近くだから、少しくらい本当に休憩してもいいかもしれない。
頬の熱さを感じながらも、私はまどかの背を追った。