【完結】いくら望まれたとしても、私はまどかに恋をしない   作:曇天紫苑

4 / 14
本日二話目です


04 何よりも誰よりも彼女は大切な女の子

 まどかと再び出会って、幾分が日が過ぎた。

 

 私達は各々が決めた通りに行動していて、私は今日もまどかと学校まで並んで歩き、授業を特に問題なくこなした。

 初日に話しかけてきたクラスメイトも私達の存在に慣れてきたのか、自分の友達と一緒に居て、まばらに会話をするくらいに落ち着いた。

 焔の方も、時には男子と一緒に居て会話も進んでいる。が、親しい友達と思わしき人は居ない。どちらかと言えば佐倉杏子と話し込んでいる姿を見る程だ。

 いずれにせよ、私と彼は二人とも転校生からクラスの一人として受け入れられた。

 

 幸いな事にまどかは今も魔法少女の事は知らず、ただ普通に毎日を過ごしている。

 学校では私達のどちらかが出来るだけ近くに居るつもりで、今は焔が彼女と行動を共にしていた。

 

 私は無人の教室で帰りを待っている。まどかと彼は手芸部の活動中で、ここにはいない。

 

「ん? あれ、ほむらだ」

 

 そんな時、よくよく知っている声が私を呼び止めた。

 佐倉杏子がこちらに手を振り、やや駆け足で近づいてくる。彼女の制服姿も、ここ数日でやっと見慣れてきた。

 

「こんな所でどうしたんだ?」

「まどかを待っているの」

「ああ、なるほど」

 

 素直に頷き、彼女は自分の席に向かった。

 

「あなたこそ、どうかしたの?」

「ほら、忘れ物しちゃってさ。取りに来たんだよ」

 

 配られた紙を持ち上げて見せると、すぐに鞄へしまい込む。こんな小さな事でも、彼女は安堵した様子だった。

 そういった姿はまだ慣れない。

 

 佐倉杏子は、私が知っているより険が取れた面持ちをしていた。

 他人を近寄らせまいとする刺々しさと、根底にある心の強さと思いやりのバランスが、今は後者に大きく傾いているのだ。

 どちらの彼女が付き合いやすいかと言えば、間違いなく今だ。けど、いつもの感覚での会話が出来ないのはたまに不便だった。

 

「あなた、見滝原に住んでいるの?」

「んー? なんだ急に」

「特別な理由はないわ。ただ、なんとなくよ」

「ふーん。良い勘してるんだな。あたしは色々あって隣町から来てさ、今はさやかの家に住ませて貰ってる」

「……美樹さやかの?」

 

 思いがけない情報が飛び込んできた。

 同時に、巴マミの家じゃないんだ、と意外でもある。

 

「ああ、しばらく経つな。飯も食わせて貰ってるし……」

 

 ふと、彼女は首を傾けて、私の顔を覗き込む。昔より彼女の顔色が良い。

 

「そういえば、あんたらって飯はどうしてるんだ?」

「交互で作っているわ」

 

 料理は交代制だけど、殆どは簡単にできるメニューだった。料理の腕もどちらも同じ程度で、私も彼も味は残念ながら同じくいまいち。

 まどかの方がずっと上手だ。

 二人とも食は細く、お陰で食費は許容範囲内で済んだ。

 

「なんか、ちょっと意外かもな」

「なぜかしら」

「ほら、時間がもったいないからってインスタントとサプリメントで済ませてるイメージ」

「……もう少しくらいは気をつけているわ。あまり食べないと判断力が落ちてしまうし、体力も削ってしまう結果になる」

「ああー……その感じだと、試したのか」

「ええ」

 

 魔法があるから何でも平気というのは、必要な時だけにするべきだ。食事を無駄に魔法で代用する事は無かった。

 

「でもまあ、交代制って事は上手く行ってるんだな」

「何のこと?」

「あんたの弟と、だよ」

 

 佐倉さんは鋭い。ここまで緩んだ彼女でも、それはまるで変わらなかった。

 良い笑顔で私の内心を見透かしている様な気分で、何となく「仲良くした方がいいんじゃないか」と言われている気がした。

 彼女の瞳はいつも通りに燃え上がり、周囲の人を温めている。目を合わせるのが少しだけ心地よい。

 

「おっと、悪い。さやかと宿題やるんだった」

 

 彼女はそう言って視線を逸らし、鞄を担いで背を向ける。

 魔法少女としての活動はどうしているのか、それを問いかけた方がいいのかもしれない。いや、やっておいた方がいい筈だ。だけど、今がその時ではない様な気もする。

 結論を出すよりも彼女が帰る方が早かった。

 

「じゃあな」

「ええ」

 

 振り向かずに手を振ると、彼女は今にも歌い出しそうな足取りで教室を去っていった。

 そして、すぐに彼女の声が聞こえてくる。

 

「ほむらが中で待ってるぞ」

 

 声が響いた位置に目を向ければ、そこには確かにまどかと焔がいて、杏子は走り去っていた。

 二人は、いいえ、まどかは早足でこちらに近づき、調子よく教室の扉を開ける。

 私の元に駆け寄ってきて、瞳には曇り一つない。それが、今日も彼女が何ら憂慮すべき事態と遭遇しなかった証拠となった。

 

「お待たせっ、いつも待ってくれてありがとう。遅くなっちゃってごめんね」

「いいえ、今日は特に予定がないから」

 

 ごくごく日常的な仕草として私の手をしっかり握り、席から立たせると、そのまま後れてやってきた焔に微笑みかける。

 彼女の手はあたたかくて、握り方は私達への気遣いに溢れていて、慣れてきてもまだこみ上げてくるものがある。

 

「んっ」

「あうっ」

 

 焔の頬をつついて笑い、私の背後から髪を撫で始めている。

 

 あまりにも積極的なまどかの姿勢に、圧される時は幾度もあった。

 なにせ手を握るのはもちろん時には腕まで組みに来る。流石に距離が近くなりすぎて、照れを理由に断っているけれど。

 

「私の髪なんかを触って楽しいの?」

「なんだろう、落ち着くんだよね。あっ、くすぐったかった?」

「特にそういう事はないわ……むしろ心地よいくらいよ」

「良かった。あのね、ちょっと髪型を変えても……?」

「どうぞ」

 

 そのくらいならと了承すると、まどかの笑顔が更に鮮やかな色を帯びた。

 

「それじゃあ、ちょっとじっとしてて。あ、ごめん焔くん、少し待ってね」

「ああ、待っているよ」

 

 焔の興味の無さそうな声も、まどかは気にしていなかった。

 彼女が私の髪を触りだしたのは数日前からだけど、髪型を変えるのは今日が初。

 

「髪留め……わたしの予備のリボンでいい?」

「え、ええ。でも悪いわ」

「ううん。わたしがしたいだけなんだ。あ、使ってないリボンだから汚れてないよ」

 

 教室のガラス越しに見えるのは、ヘアゴムの代わりに換えのリボンを使い、私の髪型を編み込むまどかの姿だった。背中まで伸びた髪の分け目へと器用に指を絡め、二つの三つ編みを作っている。

 かつての私の髪型なんて知らない筈なのに。

 もしかすると、何らかの形で私の過去を知っているのかもしれない。記憶は無くても、どこかしらに。

 

「できたっ」

 

 慣れきった様子で私を三つ編みにすると、満足げな声をかけてくれる。

 

「どうかな?」

「え、ええ。上手いわね」

 

 私の元々の髪型だ。癖が残っているから少し触れば簡単に変えられる。それにまどかは手先が器用だから時間も殆どかからない。

 まどかにして貰うのは自分でするよりずっと気持ちが良かった。

 

「うん、この髪型はほむらちゃん! っていう感じがする」

「そう、かしら?」

「いつものも好きなんだけど、こっちの方がしっくり来るんだ」

「……実は、昔はこの髪型だったの」

「あ! やっぱり! そうじゃないかと思ったの。でも、どうして変えたの? 凄くかわいいよ?」

「転校する前にイメージを変えようと思って」

 

 編んで貰った髪を持ち上げると、それが自然と手から流れていかない事に今では違和感があった。

 まどかは良い評価をしてくれるが、これはやっぱり、今の自分の髪型ではない。

 

「うん、確かに今のほむらちゃんは格好いい感じだもんね……じゃあ、元に戻しちゃおっか」

「いいえ。今日くらいは構わないわ」

 

 まどかの声に隠された残念そうな雰囲気が伝わって、反射的に首を横に振った。その方が彼女にとって嬉しいのなら、多少自分の調子を崩すくらいなんて事でもない。

 

「ほんと?」

「ええ。今日だけね」

 

 こんな些細な事を喜んでくれるのなら構わなかった。

 

『……』

『何か言いたいの?』

『いや、まどかの気持ちを、流せなくなってきてるな』

『……そうなのかもね』

 

 飛んできた思念は、まさにその通りだった。

 いつもなら髪型だってその場で元に戻していただろうに、こうして日々を共に過ごしていると、少しくらいならと思ってしまう。

 私はもっと、彼女を突き放せていた筈なのに。今はそれがやりにくくて、やりにくくて、どうしようもないくらいまどかを落ち込ませる選択肢は取り難かった。

 

「焔くん」

「ああ、なんだ?」

 

 かけられた声に焔は素早く動いた。

 彼も彼で、まどかに対しては他とは段違いに好意的だ。

 表情こそ厳しく作り込んでいるが、時折隠しきれずに漏れる笑みを私は見逃していなかった。

 

「待たせちゃってごめんね。ところで、焔くんはどっちの髪型がいいと思う?」

「……結ばない方が好きだな」

「いつものほむらちゃんの方が好きなんだね。分かるよ、とっても格好いいもん」

「格好いいかは別にして、見慣れているからな」

 

 朗らかな口調でもないが、そんな声を向けられてもまどかは揺らぎがなかった。

 

「私も、ほむらちゃんみたいに伸ばしてみようかな」

「貴女はいつものままで良いわ」

「そうだな。今の髪型が一番似合うよ」

「そ、そうかな……そうだったら、嬉しいな……なんてっ」

 

 己の髪を撫でるまどかが、はにかんだ。健康で柔らかそうな頬は赤く眩しく、仕草や声から噴き出す心の輝きは、彼女の人間的な魅力を幾らでも引き上げる。

 そう、まどかは彼女自身が思っているよりずっと優美だ。私はそれを幾度も見てきた。

 

 だから、彼女らしい髪型なら何だって似合う。確かにリボンを解いて髪を下ろしても可愛らしいだろう。

 けどやっぱり、私にとってはこのツーサイドが彼女らしさを表すのだ。

 「ああ、でも」なのに焔が余計な事を付け足した。

 

「まどかなら髪を下ろすのもいいかもな」

「え? うーん、こう?」

 

 まどかは言われた通りにリボンをゆっくりと解いた。

 髪が揺らめき、自然と下りる。私とは違って彼女の髪は肩の下くらいまでの長さだから、髪型の印象は欠片も似通っていない。髪の癖も違って、きちんと纏まっている。

 魂を表すかの様に柔和な顔立ちが、髪型の印象をより良いものにしている。私とは大違いだった。

 

「どっ、どうかな?」

「やっぱり、こういう君もかわいいな」

「そっ……そう?」

「見たままだ。結んでいる時は明るくて優しい雰囲気だけど、今は穏やかで安心させてくれるよ。髪を伸ばしてもきっと魅力的だな」

 

 ……この男は何を言ってるんだろう。

 思い切り足を踏んづけてやりたい。けれど、まどかの手前そうもいかない。

 

「……私も同じ感想よ」

「えへへっ、そこまで言われると照れちゃうかも……」

 

 私が付け加えると、彼女はより一層喜んだ。

 

「あっ、帰らなきゃ。時間取らせちゃったね」

「いいよ。それより髪はそのままなのか?」

「うん。今日はね」

 

 まどかは自分の髪を撫でると、私達と並んで歩いた。

 もう学校に居る生徒はまばらで、遠くから運動部のかけ声が聞こえてくる。

 あれは野球だろうか。先生の姿はガラス越しに見かけるものの、授業中に比べれば人気はほとんどない。

 だから、まどかの足音がよく聞こえる。彼女が隣にいるだけで、自分でも驚くほどこの場が賑やかになっている様な気さえする。

 緩みかけた面持ちを、無理矢理に抑えた。気を抜いてはいけない。彼女を守る為には、この喜びに浸るのは危険だ。

 

 今日もまた、何事もなく一日が終わる。

 点々と残る学生を視界の端に入れながら無事に校門を通り過ごすと、まどかは幸福そうに伸びをした。

 

「うーんっ、今週もやっと終わったねー……」

「疲れたの?」

「ちょっとだけ。やっぱり勉強も難しいし」

「ええ、そろそろテスト勉強もしなきゃいけないものね」

 

 まどかは自信の無さそうな笑い声をあげた。

 英語は私よりずっと上だけど、他は私に助ける余地がある。

 

「良ければ僕が教えようか? それなりに出来るつもりだが」

 

 今回は、焔が私より早かった。

 

「焔くんが教えてくれるの?」

「まどかの空いた時間を使ってもいいのなら」

「うん! わたしは大丈夫。すっごく助かるよ! でも、焔くんはいいの?」

「僕に予定が入ったらほむらと交代するから、心配はいらないな」

「ほむらちゃんも?」

「構わないわ。私達の事は気にせず、自分の成績を考えればいい」

「本当!? やった!」

 

 足取りも弾ませた、幸福そうな声だ。

 

「そうだ、次のお休みって二人とも空いてる?」

 

 木々の間から差し込む夕方の柔らかな光を受けて、きらめく面持ちが私達の眼前に広がった。

 まどかの口にする次の休日は、インキュベーターを探すつもりだった。

 他の予定はない。今の私にはそれなりに暇がある。他の時間軸なら在るはずだった予定が、軒並み消えているからだ。

 見滝原は今のところひどく平和で、私達は未だ魔女と出会っていない。それどころか使い魔一つ倒しておらず、魔法少女として戦ってすらいない。インキュベーターの接触もない以上、やらなければならない事は自然と減っていた。

 こんな状況でまどかが誘ってくれる。断る気は起きなかった。

 

「私は大丈夫よ」

「僕もだ」

「なら、三人でどこかへ遊びに行きたいんだけど、どう?」

「ん……? 三人で……? 僕もか?」

「うん、焔くんも。ほら、前は来れなかったしね」

 

 焔が思い切り首を傾けて、顔色は変えずに声だけを不思議そうな物へと変えた。

 

「他の子は来ないのか?」

「今回はほむらちゃんと、焔くんと、わたしの三人がいいの」

 

 まどかからのお誘いを受けるのは今日で二度目だけれど、前は美樹さやかや佐倉杏子が一緒にいたし、焔は遠慮して断った。まどかがとても残念そうだったのはよく覚えている。

 今回はそうではないと首を振り、彼女は前屈みで焔の顔を見上げた。

 

「そんなに気遣ってまで、僕を誘ってくれなくていいんだが」

「ううん! わたしが二人と遊びたくって……」

 

 期待の瞳が私達を捕まえて離さない。

 

「いいよ。前は断ってしまったからな」

「ええ、私にも断る理由はないわ」

 

 受けても問題ないと判断し、焔と同時に頷いた。

 彼女が望むなら問題はない。それに、焔とまどかが二人きりで遊びに行くよりは、なぜか気持ちが楽だった。

 

「良かった。じゃ、どこに行くか決めよっか!」

「門限は大丈夫?」

「もう少しは平気だよ。それに、ほむらちゃん達が居るからね」

 

 まどかは素直に笑って、私達と共に居る時間を見るからに歓迎してくれている。

 

 冷たく素っ気なく突き放そうにも、彼女が悲しげに俯く姿が頭に浮かんで、どうしてもそれができない。

 記憶が正しければ、この時間に来る前の私はもっと冷たくて、最低で、まどかにとっては意味の分からない気持ち悪い人だった筈なのに。

 

 どうしようもないくらいの幸せを感じる自分を戒めるのは、中々に難しいものだった。




明日以降は1日1更新になります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。