【完結】いくら望まれたとしても、私はまどかに恋をしない   作:曇天紫苑

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06 このおかしな世界

 今の私にとって自宅で過ごすのは最も落ち着かない時間だった。

 

 誰かと一緒に自宅を使うのは、何日経っても妙な違和感が拭えない。

 かつて私には家族がいて、確かに過ごした時間がある筈なのに、今はもう親の顔や思い出は曖昧模糊として、記憶に確かな形を取って残っているのはまどかの笑顔と彼女の声と、出会いと約束、それに彼女の涙と死だけだった。

 

 部屋が少ないと、二人暮らしで別の部屋を使えない。だからベッドを二つにして同じ部屋で眠るけれど、居心地は決してよくない。

 線引きはしていても大体の物は兼用するしかないのも、あまり好ましくなかった。

 

 この部屋は本当なら一人で住むはずの場所なのだ。殺風景で、他の人の部屋に比べれば魅力はないけれど、それでも私一人の住処としては十分だった。思い入れも少しはあって、だから余計に二人暮らしは心地良くない。

 

 例えば、私の使っているカップがいつの間にか使われて、乾燥機に入っている事が稀にあった。住んでいる者が二人居ると、知らない間に物の位置が変わるくらいはよくある。それもまたあまり良い気分ではなかった。

 

「なぜ僕を見るんだ」

「見てはいないわ。あなたこそ私を見てどうしたいの」

「僕も見ていないんだがな」

 

 声の刺々しさに辟易させられるが、それは彼も同じだろう。私の返答に不機嫌そうな顔で答えている。

 私達は同時に己の髪をかき上げ、同時に目が合い、同時に目を逸らす。

 焔の顔色は悪くないが、やはりどうしても好きになれない顔だ。

 

「睨み合いはやめましょう、不毛だわ」

「ああ」

 

 私達はパジャマ姿になって向かい合っていた。

 私と違う焔の服は、しかし同じ色合いだ。そんな所まで同じだから、余計に目についてしまう。

 腹立たしい事に彼の欠点は私の欠点で、私の愚かさは彼の愚かさ。だから今もこうして、まるで歩み寄りというものを知らない。まどかと過ごしている時はお互いに遠慮と配慮というものを知っているのに、二人だけになると途端にこの有様だった。

 

「それで、一度情報を整理したいんだったな」

「ええ。もうワルプルギスの夜も近いから」

 

 このままでは話の進みが悪いと分かっているのだが、出来ないことは出来ない。

 そんな時、端末から通知音が鳴った。私に届いて、直後に焔へ。その音でまどかからのメッセージだと分かる。

 即座に確認すると数秒後には返信し、端末をベッドの上に置く。

 

「まどかはもう寝るらしいわ」

「ああ、僕の所にも来た」

 

 漂う空気が柔らかになり、二人揃って勝手に浮かんだ笑みを抑えた。

 

「……あの子に連絡を貰えるのって、なんだかとても嬉しいわね」

「そうだな。本当なら、僕達はあの子におやすみを言って貰える様な立場じゃないのに」

 

 まどかから連絡が来たという事実は私達の間に漂っていたもやを晴らし、見事に消し去った。

 元気そうなメッセージには可愛らしい記号も入って、彼女らしい雰囲気が文面からも読み取れた。

 彼女が私に勇気をくれる。改めて焔に向き合うと、彼もまた真剣な面持ちで応えた。

 

「それで」

「ああ」

 

 一言で切り替え、私の知る情報を告げる。

 

「……美樹さやかも佐倉杏子もソウルジェムは持っている様ね」

「僕は二人が巴マミに接触している所を確認した。少なくとも繋がりはある様だな」

「だけど、彼女達が魔法少女として活動している痕跡がないわ」

「その通り。僕も見ていない。というよりも、僕達二人以外の魔法少女の活動が一切確認できなかった」

 

 それこそが、私達がまどかとほとんど同じ時間に就寝する理由だった。

 最初はもっと遅くまで、魔女や魔法少女の動向を探っていた。しかし、それはもうやめている。どちらも、まるで見かけなかったからだ。

 今だって近くに気配がないかは気をつけているが、完全に無駄に終わっていた。

 

「魔女の発生の痕跡もなく」

「インキュベーターも見かけないわね」

 

 同時に腕を組み、小さく唸る。

 時間的にはもう半月以上を過ごしているのだ。いい加減にまどかへ接触しようとする筈だけど、まだ奴の声も聞いていない。

 あの少年とも少女ともつかない声は思い出そうとすればいつでも頭の中に浮かぶ。聞いている時は警戒しか抱かないのに、ずっと聞かないのはそれはそれで危機感が沸々と浮かび上がってくる。

 

「明らかに異常よ」

「だが、もっと大きな異常がある」

「それは?」

「……気づいているだろう。僕と君が同じ人間なら、僕が気づいた事に君も気づいている筈だ」

 

 それともまだ気づかないほど愚鈍なのか、と、言葉にされなくても伝わってくる。

 不快感がこみ上げたが、吐き出さずに飲み込んだ。

 

「私達のソウルジェムが、濁っていない事かしら」

 

 焔が頷くのを見ながらも、ソウルジェムをつまんで眺める。

 綺麗な紫で、穢れはない。ソウルジェムが異常を起こす様子はなく、いつも通りに光っている。

 魔女が不在の見滝原でこんなに時間を過ごせば、浄化できない以上はもっと穢れを溜めていないとおかしい。

 しかし、結果はこの通りだ。

 

「魔法を使っていないから、という訳ではないんだろう」

「そもそも、魔力無しでは私達の身体能力は高くないもの」

「そこだ。魔力を扱っているのに、ソウルジェムに何の反応もないのは明らかに異常だ」

「ええ」

 

 魔女は倒さなければ魔法少女は生きていけない。

 にも関わらず私達は何ら問題なく今まで生きている。

 そして、この街に魔女はいない。魔法少女は居るけれど、グリーフシードを求める姿も、魔女を退治している姿も一度だって見なかった。

 

「前提が違うのかもしれないわ。この世界にとっては私達の知っている法則性が異常なのかもしれない」

「この世界は、魔法少女という理自体が僕達の知るものとは異なるのかもしれない、と?」

「そこまでは分からないけど……もしも、違うというのなら……」

 

 魔法少女が戦う必要がないのなら、私が望み願っていた全てが、この世界では何もせずとも叶うのではないか。

 

 いや、駄目だ。

 

 頭の中で首を振った。そんな願望で物を見てはいけない。どうやら焔もそうだった様で、「そんな訳がない」と呟いている。

 

「だとしても、真実を確認するまでは気を抜く訳にはいかないだろうな」

 

 彼は私と同じ様に世界が見えている。

 

 分かっている事だったが、やはり彼とは考え方を完全に共有できた。

 誰かに自分の目的や行動を伝え、分かって貰おうとするのが如何に難しいのか。私はよくよく知っている。それで幾度も失敗してきたし、他者に物事を伝える事にも限界があった。

 しかし、彼だけは違った。

 私は彼の考えのほとんどが読み取れる。言動の全てが好きではなかったが、絶対的に、まどかの事を助けたいという気持ちの上では私と一致していた。

 

「……私達は歩み寄る必要なんてないと思っているけれど、あなたは?」

「僕も同じだ。君と仲良くしたい訳じゃない」

「けれど、ええ、もう少しくらいは協力関係らしくしましょうか……今の状況を乗り越える為にも」

「……そうだな」

 

 同時に頷いて、それだけで終わり。握手などは必要なかった。

 たったそれだけだったが、私達の間にあった距離感はほんの微かに縮まって、嫌な空気は多少なりとも薄まっていく。

 

「ところで、あなたは」

「何かな」

 

 互いの態度が軟化した為に、問いかけやすくなった。

 

「あなたは、まどかの家に泊まった事はある?」

「……? どうしてそんな事を急に」

「私とあなたの経験がどれほどまで同じか聞いておきたいの。肝心な部分が同じなのは会った時に話したけれど、それ以外の部分は聞いていなかったでしょう」

 

 目を瞑って大切な思い出の一つを頭に浮かべる。今でも鮮明で、切ないくらいに恵まれた記憶。

 

「私はまどかの家に泊めて貰った事があるわ。ずっと前だけれど、あの子の部屋はぬいぐるみが幾つもあって凄く可愛らしかった」

 

 まどかは私を歓迎し、食事の時は私をご家族の輪に加え、就寝時間になると同じベッドで手を握ってくれた。

 あの日ほど安らいだ気持ちで眠った経験なんてそうはない。だから、眠そうな顔をした彼女の顔まで綺麗に覚えている。やや目を細めて、眠気でふわふわとした声で私と話をしてくれて、睡眠はこんなにも幸せなのだと教わった。

 

 だが、彼の場合はどうだろう。

 彼が私と違う点を一つ挙げるなら、それは性別だ。

 異性の家へ泊まるのは中々抵抗がある筈で、私ならクラスの男子の家に泊まるなんて幾ら仲が良いとしても考えられない。

 何より、まどかのご家族が気にするだろう。

 

「どうなのかしら」

 

 もう一度問いかけると、彼はしばらく黙り込み、私から顔を逸らした。

 

「……ある」

「あるの? ……あの子にはご両親も居るのに?」

「僕も不思議だと思うよ。よほどまどかが頑張って説得してくれたのかもな」

 

 恥ずかしがっている口ぶりではない。本人にはまどかの家へ泊まる事には抵抗がないらしい。

 まさか、と前置きをして尋ねた。

 

「一緒のベッドで寝たの?」

「その様子だと君はそうだったらしいな」

「答えて」

「……僕もだ。僕も、まどかと同じベッドで並んで眠った」

 

 やはり、照れているとは思えない。

 

「……恥ずかしくはなかったの」

「自然と、まどかが一緒に寝ようって誘ってくれたんだ。その時はあまり不思議に思わなかったんだが……」

 

 彼は俯いた。

 自分の感情を自分でも不思議に思っている風だった。

 そんな態度だからこそ、余計に気になってしまう。かつての彼とまどかは、一体どんな関係だったのか。

 彼自身の良し悪し以上に、それを考える方が恐ろしい。

 

「……あなたとまどかとの関わり方について話をしておきたいわ」

「構わないが……何か特筆すべき事があるのか?」

「ええ、あなたは自覚していないのでしょうね」

 

 何せ、異性であるまどかと添い寝に臨める精神性だ。

 その点だけは私とは全く違う人なのではないか。

 

「実はね、まどか達とお昼ご飯を食べた時、こんな話になったわ」

 

 数日前の記憶を参照しながら、私は必要な点だけを語り出した。

 

 

 




鹿目さんの誕生日の為次回は3日ジャストとなります
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