【完結】いくら望まれたとしても、私はまどかに恋をしない   作:曇天紫苑

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07 彼女が抱く彼への想いの恐ろしさ

「ほむらちゃんは、自炊できるんだよね」

 

 空になった私のお弁当箱を覗き込みながら、まどかは関心の声をあげていた。

 似たような話は流れで幾度かあって、私はその度にこう返す。

 

「ええ、だけど貴女より不器用だから、あまり上手く行かないわ」

 

 まどかと二人きりなら、大体は「そんな事ないよ」か「一緒に練習してみる?」と返ってくるのだが、この日は違った。 

 

「へぇ、なんか意外。あんたって何でも器用にこなせると思ってた」

「美樹さんは私を過大評価しているわ。取り繕っているだけで、私はそんなに出来る人間ではないもの」

 

 美樹さやかにこんな事を口にするほど、己の弱味を見せる事に抵抗がなくなっていた。

 学校の屋上の端。そこには程よく座れる場所があり、私達はよくここでお昼ご飯を食べていた。

 ここに巴マミは居なかったが、杏子と美樹さやか、何よりまどかと食事を囲む。それもまた幸せな日々の一欠片だった。

 

 美樹さやかが私の顔を見つめている。

 彼女の青い瞳には、私への敵意はもちろん、悲しみと絶望の色もない。呆れた様子で見られるのは、中々に引っかかるものもあるけれど。

 

「自己評価が低すぎるんじゃないの? 何でもじゃなくても、文武両道って感じだしさ」

「運動は……別として、勉強の時間をちゃんと取っているだけよ」

「ええー? 本当に?」

「少なくとも、私の場合は学問に才能がある訳ではないわ。昔は何一つ分からなくて、本当に困った事があるから……その分だけ勉強しただけよ」

「でもさ、やろうと思ってちゃんと時間を取れたら苦労しないっての。それも十分に才能なんじゃない?」

「ほむらちゃんは努力家なんだね。わたしなんか、やらなきゃって分かってるのについつい遊んじゃって」

「そ、そんな事は……ないわ」

 

 まどかに褒められて言葉に詰まってしまった。

 その反応を見て取った美樹さやかが楽しげに笑い出し、私の頭を撫で始めた。

 

「な、なに?」

「なんだか、まどかが絡むとあんたって妙に可愛くなるよね。いつもと違って素直っていうか」

「そんな事はないわ。頭を撫でないで」

「ええっ。まどかにこの髪を独占させるつもり?」

「独占って……」

 

 私が戸惑っている間に彼女は満足げな調子で私の髪に指先を通し、後頭部から耳にかけて線を引くように這わせた。

 

「こーんなに触ってて気持ちいい髪なのに、まどかにしか触らせないなんてもったいないなー」

「今、あなたが触っているじゃない」

「まあ、そうだけど」

 

 くすぐったいが、好意的な優しい手つきで、悪い気分ではなかった。

 しかし、一目は気になる。この屋上は他にも利用している学生がいて、恐らく一年生だろう女の子達がこちらを眺め、何かをひそひそと話し合っていた。

 そんな反応を見せられると、急に今の状況がひどく恥ずかしくなってくる。

 

「んー……」

「まどか?」

「えっと、さやかちゃんはじっとしててね」

 

 まどかがゆっくりと立ち上がり、美樹さやかの後ろに回る。そこまでは見なくても分かった。

 振り返った時、彼女は美樹さやかの頭を鷲掴みにしていた。

 

「ふぇあっ!? この、まどかっ」

「えへへ。さやかちゃんの髪だって、ほむらちゃんと同じくらい気持ちいいよ」

「え、ちょっと、ううっ」

「さやかちゃんの明るい所が出ていて、わたしは大好きだなぁ」

 

 わしゃわしゃと髪を撫でると、すぐに腕を回して彼女を抱きしめる。

 思いきった風に彼女の肩へ頭を乗せ、青い髪を可愛い可愛いと口にしながら愛撫した。

 どこか悪戯っぽい声で美樹さやかの名前を呼んでいて、その面持ちはとても眩しかった。

 

「こ、こらっ、そういうのはあたしがやるのっ」

「ひゃっうぅ」

 

 反撃とばかりに頬ずりを仕掛けられ、今度はまどかがされるがままに気分の良さそうな声をあげた。

 

「まどかのほっぺたはもちもちで気持ちいいねっ」

「えへ、あははは、あはっ、くすぐったいよぉ」

 

 その間にも私の髪は撫でられ続けていた。

 美樹さやかの手つきは勢いに反して丁寧で、髪を傷めるような意図はない。常日頃から友達とこんな風にスキンシップを取っているのか、彼女の手が離れる最後まで不快感は覚えなかった。

 ついでとばかりに頬をつつかれた。それも嫌な気はしなかった。

 

「よし、ほむらも頬ずりやる?」

「遠慮しておくわ」

 

 断っても気分を害した風ではなく、「だよね」と面白がる風な声が返ってきた

 さほど強い喜びはないが、彼女の声の明るさが私にまで伝わってくる。

 一番端に座った杏子が呆れた風に牛乳を飲み干し、紙パックを畳んで片付けていた。

 

「なにやってんだあんたら……」

「お、杏子の頭も撫でてやろうかあー?」

「いや、そういうのはいいって、本当に。恥ずかしいし……」

 

 しかし、彼女の視線は美樹さやかから外れると、私の髪へと向かう。

 

「ところで、そんなに良い感じなのか……その、ほむらの髪」

「……気になるなら触っていいわよ」

「お、おう」

 

 それくらいならと許したけれど、彼女はやや遠慮がちに私の髪の先端に触れた。

 魔法少女になると髪が固まって纏まりが強くなるのだが、今はそういう事は無い。ただの長い髪だ。

 しかし、彼女は何やら関心の声を上げていた。

 

「あんた、お洒落には興味ないですって顔してるけどさ、髪には相当を気合い入れてるだろ?」

「いいえ、そんな事は」

「そうか? でも、意識しないとここまで触りやすくはならないと思うけどな」

「……そういうものなの?」

「ああ。あたしも髪が長いから、知り合いにそういう所でうるさいのが居てさ、よく言われるんだよ」

 

 杏子が言うならそうなのだろう。だけど、私には最近、髪をしっかりとお手入れした覚えがない。

 まどかと一緒に居ても不快だと思われない程度の、いつもと同程度の身だしなみは維持しているが、そこまで言われる程の心当たりはなかった。

 

「でも、本当に何もしていないわ」

「そうなんだ? こんなに落ち着く良い髪なのに」

 

 まどかは私の背後を取って、髪の一房を持ち上げていた。

 私を三つ編みにしようと髪を弄っているのがよく分かった。

 

「……やっぱりね」

 

 そんな私達を眺め、美樹さやかは納得したと言いたげに頷いた。

 こちらの視線を受けた彼女は口元を穏やかに緩めると、瞳を慈しむ様に光らせる。

 

「さやかちゃん?」

「二人とも、もう親友って感じだと思っただけ」

「あはは……なんだか、ほむらちゃんとは最近出会ったばっかりっていう気がしないんだよね」

 

 まどかは、私や焔へいつも言っている事を口にした。

 手元に髪留めがない為か、まどかはほんのり残念そうに私の髪から離れ、私の隣へと座り込んだ。

 ここまで深く望まれているのなら、いっそ三つ編みに戻してもいいかもしれない。あれは私の過去の象徴で、ずっと続けるのはあまり好ましくない。今の自分の髪型じゃないから、違和感もある。

 けど、私なんかの拘りとまどかの好み、どちらを取るかなんて明らかだ。ワルプルギスの夜を越えられたら、そうしようかと思う。そこに私が生きる余地があるのだとすれば。

 

「確か、ほむらの弟とも仲良いんだよな?」

 

 私が黙っている間に話題は別な方向に流れていた。それもあまり嬉しくない方へ。

 

「うんっ、焔くんは良い人なんだよ。あれ、でも杏子ちゃんもよく話してるよね?」

「まあね。まどかほど仲良くはしてないけどな、他の男よりは話が進めやすいよ」

 

 そう言いつつ、杏子はどこからか丸くて小さいチョコレートを取り出し、透明の包装から口に放り込んでいた。

 さりげなく私達に一つずつ渡す所が、今の彼女らしい。

 貰ったチョコレートを口にしてみると、外は固く、中はとろけていた。授業前に口をきちんと洗わないと、後で口に残ってしまいそうだ。

 

「うん。わたしも、焔くんは話しやすいと思う。ほむらちゃんと同じで昔から友達だった様な気がするし、話しかけやすいよね。それに凄く優しくしてくれるんだよ」

「あたしにはそこまで優しくないけどな。いや、むしろ無愛想……ま、そこは色々あるか」

 

 肩を竦めた杏子の顔は、いつもの気丈な彼女のままだ。

 焔の交友関係は私とそう変わらないのか、杏子とは傍から見ていてお互いに良い関係を構築できている。

 しかし、互いに線引きがあるのか、まどかほどに距離感を詰めた付き合いには見えなかった。

 

「あたしの場合は、そこまで話さないなぁ。まどか越しで時々、って感じ」

「そうね、あなたは彼と関わりが薄いもの」

「まあね-……」

 

 さっきからまどかを捉えていた瞳の柔らかな光が、焔の話題になるとより強まった様に見える。

 

「さやかちゃん?」

「いや、まどかが男の事を楽しそうに話してるのってさ、なんか、感慨深いと思って」

「え、ええっ? 変かな?」

「やっとまどかの魅力が分かる男が出てきたんだと思うと、あたしはちょっと複雑だなぁ。まどかの良さなら彼よりあたしの方が色々知ってるつもりなんだけど」

「あ、ありがとう。でも焔くんとはそういうのじゃないっていうか……」

「つまり無自覚なんだね」

 

 ははあ、と声をあげ、まどかへ顔を近付けている。

 

「まさか、まどかとここまで急接近する男が突然現れるなんて。高校か大学までは、まどかの青春はお預けだと思ってたんだけど」

「も、もう、違うってばぁ」

「ええ、そうよ、美樹さやか。違うわ」

 

 思わず口を挟んでしまって、一瞬だけ場の空気が悪くなった。

 本当なら喜ぶべき事ではある筈だ。まどかを大切にしてくれる別の誰かなら私もきちんと喜びに浸れるのに。

 

「ああ、ごめん。いやね、まどかにも恋の時期が……って、あたしが知らない所で男を作ったりしないよね?」

「し、しないよぉ」

 

 顔を赤くしながら否定するまどかの対応を、美樹さやかはぱっと輝くような笑みを浮かべて受け止めた。お陰で空気は元の明るさを取り戻す。

 そして柔らかい声を漏らしながら、人差し指をまどかに向ける。

 

「早く行動しないと、他の子に持って行かれちゃう……ぞっ、と」

「あう」

 

 額を軽くつつかれて、まどかは小さな声をあげた。

 

「さやかちゃん」

「ふふっ。頑張りなよー?」

 

 どこか寂しげな笑い声に、その場が少し静かになった。

 しばらく、誰も言葉を発さない。沈黙を破ったのは杏子で、彼女は悪ぶった風だった。

 

「経験者が言うとさ、説得力があるよな」

「う゛っ……」

 

 わざとらしく胸を押さえ、美樹さやかは「そうだけど」と不満げに息を吐いた。

 

「そういう杏子はどうなのよ」

「あたしはそんな予定はないし、相手も居なきゃ興味もねえ」

「むぅー……だってさ、しばらく安心だねまどか」

「え、ええっ?」

「彼と仲良い女子って、ほむら除くとまどかと杏子くらいだし。ああ、学校外だとそこの所どうなの? 前の学校で彼女が居た、とか」

 

 私に話が飛んできた。

 交わされた言葉から私の知らない情報を吟味しつつも、髪をかき上げる。

 

「私に聞かれても困るわ。恐らくあなた達以外に親しい相手はいないと思うけれど」

「……本当に?」

「ええ、疑っているのかしら」

「いや、別にそうじゃないけど」

 

 美樹さやかは何か言いたげだったが、どう聞かれても困る。

 私は本当に、焔の事をあまり深く知らない。

 

 ほとんどの時間をまどかと共に過ごしている関係上、私の知らない交友関係が生まれる余地は非常に少ない。

 彼の過去は分からなくても、私と同じなら恋愛経験の欠片すらなかった筈だ。

 その事実を口にすれば、話が更に大変な方向へ燃え上がりそうなので、言及はしなかった。

 

「やっぱりあんまり仲良くないんだな。弟は大事にしないと後で後悔するぜ?」

 

 さもちょっとした冗談だとでも言いたげな軽い雰囲気だが、多少なりとも杏子の過去を知る私には重い言葉だ。

 私が反応に詰まったのを感じ取ってか、彼女はもっと冗談めかした調子となった。

 

「そういえば、ほむらはどうなんだ?」

「何が?」

「いや、だから恋だよ恋。あるのか?」

 

 私には聞かれても困る質問だ。

 

「……全く縁が無いわ。それに、さっきあなたは相手が居ないと言っていたけれど、佐倉さんがその気になればすぐに彼氏くらい出来るでしょう」

「ん、あたしが?」

 

 不思議そうに首を傾げ、杏子は「まさか」と笑い飛ばす。

 だが、それを聞いたまどかが首を横に振った。

 

「わたしもほむらちゃんと同じ考えだよ。杏子ちゃんはとってもかわいいし……」

「は、はぁ? まどかはあたしのどこを見てるんだ?」

「うーん。色々かな? 優しい所も、強い所も、かわいい所も、みーんな杏子ちゃんのいい所だよね」

 

 まどかの言葉を聞く中で、杏子は顔を赤らめて下を向いた。

 

「確かに、まどかの言う通りね。あなたに頼りたいと思う人も、あなたに頼られたいと思う人も必ずいるわ」

「お、おい。ほむらまで何言ってんだよ」

「私は事実を言っているだけ」

 

 追撃をかけると、杏子が魔女に殴りつけられたような顔となる。

 

 彼女に魅力があるのは事実だ。

 こんな私と手を組み、時には戦友のような関係にもなれるのだ。必ずしも心が広い人ではないかもしれないが、決して狭量ではない。

 

 語気は強いが優しさを持ち、顔立ちは格好良く、あんなに食べているのに体も引き締まっている。

 何より、恋の相手として考えると、沢山の苦難に耐えられる心の強さは魅力的に映る筈だ。性格もどこか頼れる所があって、きっと惹かれる人は多いだろう。

 

 私しか知らない部分を取り除き、一般論ではっきりと伝えると、彼女はふるふる震えて睨んできた。

 

「だ、大体な、何が縁が無い、だよ。あんただって十分に縁があるだろ。目で追ってる男くらい何人か居るだろうが」

「仮にそうだとしても、私が好意に応える理由はないでしょう」

「あたしにもねえよ。まったくっ!」

 

 ぶっきら棒に応えつつも、まどかの「杏子ちゃんはやっぱりかわいいね」という声を耳にすると、大きく顔を逸らした。

 

「ほむらちゃんは、ラブレターとか貰った事はあるの?」

「……いいえ、今の所はないわね」

 

 実はある。記憶をひっくり返せば、そんな事があったと微かに思い出せた。

 だが今の時間軸ではない。あの時だって、応える気はほんの一欠片ほどもなかった。

 

「そうなんだ? 意外かも」

「転校してきたばっかりだからでしょ、もうちょっとすれば来るんじゃないの?」

「あっ、そっか。そうだよね」

 

 うんうん頷きつつ、まどかは照れた調子で微笑んだ。

 

「そろそろ、まどかも貰えるかもね?」

「嬉しいな。わたしも一通くらいは欲しいの」

「今の時代にあえて紙で送ってくるっていうのも悪くない感じだし、ちょっと欲しくなるよね」

 

 それにしても、と美樹さやかが呟く。

 

「あたし達の中で彼氏が出来たのは仁美だけかな。次はまどかかもしれないけど」

「えっ、ええー?」

「アハッ、冗談冗談」

 

 今度はまどかの髪を愛でる様に触れると、くすぐったそうな反応を楽しんでいた。

 髪留めとなっているリボンの先から髪の分け目までゆっくりと手のひらを進め、それを何度か続ける。それから、手のひらをまどかの手の甲に乗せると、弱く握った。

 

「ね、まどか」

 

 美樹さやかの表情に優しさがこもった。浮ついた楽しげな雰囲気すらも消えて、ただただ柔らかな微笑みでまどかを捉えていた。

 私のよく知る姿とは違う。

 

「ん? さやかちゃん?」

「楽しみなよ、色々とさ」

「え、ええっと……うん?」

 

 明らかに上手く伝わっていない。が、説明を追加する気はないらしく、意味深げな笑みを浮かべて話を終わらせた。

 

「さてっ! そろそろ戻りますかっと」

 

 美樹さやかの声に、私達も追従した。

 そろそろ休憩時間も終わりに差し掛かっている。

 歯を磨いて戻らなくてはいけないから、あまり余裕はない。ごく自然な流れで私達は立ち上がり、食べ終わった物を片付けた。

 

 何事もなかったかの様に美樹さやかは快活な振る舞いへと戻って、そんな彼女をまどかは楽しそうに受け止めている。杏子は二人に向かって首を傾げているが、追求をする気はないのだろう。

 私は、美樹さやかの背を眺めていた。私などよりずっとまどかとの付き合いが長く深く、親友と呼べる間柄を作り上げてきた人だ。

 

「美樹さん」

「んん?」

「……いいえ、なんでも」

 

 尋ねかけて、やめた。

 

 ああ、やっぱりそんな風に見えるのだろうか。

 

 焔と、まどかの関係は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い出しながら、学校で話した内容を掻い摘まんで伝えると、彼は見る見るうちに顔色を悪くした。

 

「これが、美樹さやかとの会話の中で挙がった内容よ」

「……」

 

 焔の目線は下がり、私の腹部か足の辺りで止まっている。

 今にも大きな溜息の一つでも漏らしそうな面持ちで、ひどく暗い。

 だが、私の視線に気づくと微かに目を瞑り、すぐに冷静な仮面を被った。

 

「僕にそのつもりはない。見れば分かる筈」

「けど、周囲からはまどかと恋愛関係の寸前にあると見られているわよ」

「実は僕も男子に言われたが、事実無根だな」

 

 冷たい風を装っているが、ぎゅっと握られた手や震える肩は全く隠せていなかった。ある程度の反応は予想していたが、それ以上に動揺している。

 こんな時、まどかなら手を差し伸べるのだろうか。きっとそうする筈だ。友達が苦しんでいると見れば優しく抱きしめ、励ましの言葉の一つや二つくらい言ってくれる。遠慮したって逃がしてくれないだろう。

 私はやらないが。

 

「あなたは否定しているけれど、まどかとあなたの距離感は私から見ても近すぎるわ」

「……君も、かなり近いけどな」

「私の場合は友達としての範囲に留まるもの。問題は、お前、いえ、あなたとまどかの間にある物を誰しもが勘違いしているという一点よ……勘違いだと思って良いのよね?」

「もちろんだ。まどかの恋人が僕なんて、釣り合う筈がない。まどかにはもっと彼女を支えてくれる様な頼りがいのある人が似合うだろう」

 

 なら、自分とまどかが釣り合う場合はどうするのか。

 

「仮に、ええ、仮にまどかが誰かに恋をするとしても、あなただけは嫌だもの」

「まあ、そうだろう。同感だ、僕だって君とまどかが結婚するって言ったら何をしてでも止めるからな」

「冗談はやめなさい。そういう目でまどかを見た事は一度だってないわ。逆に、あなたはどう思っているのかしら?」

 

 彼は俯いたまま深く考え込んだ。顔を付き合わせていると、その表情の些細な変化がよく見て取れる。

 眉根を寄せた彼は静かに顔を上げ、私と視線を合わせた。互いの紫の瞳に、互いの顔が写り込む。

 

「君、まどかの事がどう見える? どう感じる?」

「……まどかは、まどかよ。温和で慈悲深い性格の、とても優しい友達だわ」

「僕もそうだ」

 

 頷き、それから彼は落ち着かなさそうに耳にかかった髪を撫でる。

 苦悩の見て取れる顔のまま彼は続けた。

 

「僕にはまどかと恋人になりたいとか、その……キスしたい、とか。そういう気持ちは殆どない」

「……少し、あるのね」

「殺気立つな。基本は無いと断言できる」

「……」

「そういう目でまどかを見るつもりはない。君もそうだろう」

 

 抱いていた嫌悪に似た不快感は、その言葉で霧散する。

 命より世界より何よりも大切な友達は、私にとって最愛の友達であってそれ以外の存在ではない。

 

「僕は君と同じ人間だ。同じ経験をして、同じ風に考え、同じ事をする。その場その場で判断が違ったとしても、根ざす物はまるで同じ」

「でしょうね。あなたと私は同じ人間だもの」

「だから、まどかへと抱く感情は君と同じ物になる。つまり、そういう事だ」

「……信じましょう」

 

 本当に、まどかへの恋愛感情はないのだろう。彼は私だ。こうして素直に話を聞くと、本心を口にしているのだと不思議なまでに伝わってくる。

 でも、もう一つ問題は残っている。周囲の勘違いよりも、焔の気持ちよりも、もっと危険な問題が。

 

「なら、まどかがあなたに抱いている感情は、どうだと思うの?」

 

 瞬間、焔が震えた。

 顔が一瞬だけくしゃりと歪み、泣きそうな顔となっていた。

 

「なあ」

 

 彼が身を乗り出してきた。膝と膝がぶつかって、小さな音がした。

 額が触れかけるが、同時に頭を引いて避ける。悲痛なまでに揺れる彼の両目は、ほの暗い光を宿していた。

 

「仮に、まどかの気持ちが万が一にもそれだとして……」

「……」

「君は、まどかへ答えを口にする勇気があるか?」

 

 恐怖の入り交じった声がぶつけられ、私は答えられなかった。

 何も言えずにいると、やがて彼が顔を背けた。

 

「……ごめん。君には関係のない話だな」

 

 やっぱり彼は私だ。情けないくらい弱い人間が、弱さを抑え付けているだけだ。

 

「構わないわ。本当に、あなたと私は同じね。弱くて、馬鹿で間抜けで冷血非道」

「おい」

「事実よ」

「……そうだな、事実だ」

「でしょう? 私も、愚かで、弱くて間抜けで、冷血な女だもの」

 

 まどかとは大違い。

 そう呟くと、彼は大いに同意だと目だけで応えた。

 

「私にはあなたが分かる。あなたには私が分かる。ええ、自分の悪い所を見せられている様で不快にもなるけれど……」

 彼の頬に手を当てて、顔を少し上げさせる。

「他の誰にも伝えられない苦しみであっても、私達は共有できるわ」

 

 まどかなら抱きしめてあげたりするのだろう。でも、そんな事はしない。

 肌の感触まで私と同じ。自画自賛する様で気持ち悪いけど、触り心地は決して悪くなかった。

 微かな震えが伝わって、彼がどれほどの恐怖の中にあるのかは理解した。この程度の言葉でも、少しは気が楽になるかも知れない。

 

「……助かる」

 

 彼が前のめりだった姿勢を戻すと、自然と頬から手も離れた。彼はいつもの静かな態度を取り戻し、己の耳元の髪を音もなく撫でた。

 精神状態の悪化は良い結果を招かない。例えソウルジェムが濁らないとしても、魔法少女は魂の機敏一つでどこまでも変わる。

 抱えている悩みは健在だろうが、幸いな事に今は何とか立ち直っていた。

 

「ともかく、まどかがあなたの事をどう思っているかはまだ確定していないわ。私達が自惚れているだけかもしれない」

「本当に、そう思いたいな」

 

 淡々とした中にも懇願する響きが聞こえた。

 話している間に時間が過ぎて、まどかが連絡をくれてから少し経っている。眠くはないが、そろそろ就寝する頃だ。

 

「ごめんなさい、話が長くなったわね」

「いや、いい。少しは気が楽だから……」

 

 言葉を切ると、なぜか、彼の纏う気配がより重苦しい物と化した。

 

「それに関する事だけど……一つ、報告しておかなきゃいけない事項がある」

「ええ」

 

 私の中で警告音が鳴り響き、あまり良い報告ではないと確信させる。

 彼もまた、どこか言いにくそうに体を斜めに向け、私の正面からずれた。

 

「実は、まどかに二人きりで遊びに行こうって誘われた」

 

 予想していた通りだが、本当に良い報告ではなかった。

 この流れでそんな話になるのかと、思わず彼を睨み付けた。

 

「断らなかったの?」

「……断り切れなかった」

「そう……いつ、行くのかしら」

「ワルプルギスの夜の前日だ」

 

 自分の前髪をかき上げ、額を押さえて溜息を吐く。こんなに呆れるのは人生で初めてかもしれない。

 

「そんな大事な日に、断れなかったというの」

「まどかと一緒に居すぎたのかもな。僕も素っ気なく振る舞えなくなった」

 

 堪えきれなかったのか、彼からも溜息が聞こえる。

 呆れ返っても、責める気は起きなかった。

 今となってはまどかからの好意を無碍にするのは至難だ。体も心も、まどかの希望を聞く事が使命であるかのように勝手に動いてしまう。

 それがまどかにとって不利益になる事や、あまりにも行き過ぎた願いならば却下もできる。厳しい言葉や注意だって口に出来るかもしれない。だけど、ただ純粋に一緒に居ようとしてくれる願いは断れない。

 

「どこへ行くの?」

「遊園地、だ……」

 

 彼の口から漏れる言葉は中々に重たい響きだった。

 そういった施設にまどかと遊びに行った経験は無くもない。また行けるのなら本当に嬉しいだろう。

 けど、今の状況では素直に聞ける話でもない。

 

「確認するわ。あなたとまどかの二人きりなのね?」

「そうなる。今回は二人がいいんだと、まどかが」

「……」

「……」

 

 直前の話題で持ち上がった不安が余計に増大した。

 大丈夫。あの反応から見れば、まどかは友達感覚で付き合っているだけで、恋愛関係は望まない筈。

 そんな気休めは口にする気も起きない。

 

 有り得ないと思いたいが、まどかの想いに万が一があった時はきちんと断らなければならない。結果として彼女は私達の居ないところで泣くし、とても傷付くだろう。

 そんな選択は私だってやりたくなかったし、彼もやりたくない。

 けど、その時が迫ってきている様な気がして、私達は二人揃って震え上がった。

 

 彼女の命を守る為なら平気で吐ける嘘も、こういう時は口にできない。

 ああ、自覚してしまう。

 私達は弱くなった。一緒に居る時間が私達を柔らかくしてしまった。嘘吐きでは、いられなくなっていた。 

 

「……ついていくわ」

「まどかが嫌がる」

「大丈夫よ。こっそり後を追うだけだから」

 

 まどかの邪魔になってしまうかもしれない。そう思うと、ひどく後ろめたい。

 けれど、彼に任せておくには恐ろしすぎた。

 




鹿目まどかさんの誕生日、おめでとうございます!
こうしてずっと彼女の誕生日を、彼女が普通に生きていられる体で祝い続けられる度に、来年もそうであればいいのに、と思います。ああ、本当にめでたい。

次回は4日になります。
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