【完結】いくら望まれたとしても、私はまどかに恋をしない   作:曇天紫苑

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08 わたしのわからずや

 コーヒーカップから下りてきた二人の姿はどう見ても恋人同士のそれで、私の背筋は凍り付いた。

 焔にその気がないという確信がなければ崩れ落ちていたかもしれない。

 

「すっごい勢いだったねー! あんなに早いのはじめてだよ」

「ちょっと頑張って回しすぎたかもな。目が回ったりはしなかった?」

「ううん。焔くんはどう?」

「僕もこう見えて丈夫な方だからな、平気だよ」

 

 聞こえてきた会話が頭に響き、顔を覆いたくなる。

 この日のまどかはいつも通りに、ひょっとするといつも以上に上機嫌だ。それが遊園地で遊んでいる為なのか、焔と二人きりだからなのか、両方なのかは判別がつかなかった。

 

 ここは決して大きくはないけれど、見滝原市の中では唯一のレジャーランドだ。

 観覧車やコーヒーカップ、メリーゴーランドと一通り必要な物は揃っている。あまり大きくはなく、やや古めかしいがどれも清潔で、夜になると眩しいくらいのライトアップで彩られる。

 開園はもう何十年も前らしいのに、今もお休みの日にはこんな風に人が集まってくる。施設内には二階建ての小さな旅館もあるそうで、まどかが小さい頃に泊まった事があると聞いた覚えがあった。中にはレストランも併設されているらしいけど、私はどちらにも入った事が無い。

 

 天気は見事な快晴、いつもより日光が激しいくらいだ。人通りも多く、遊園地の利用者の半分以上は家族連れだった。

 小さい子供がはしゃいでいる姿が視界の端々に入り込んでは去っていく。手にはさっき乗ったであろう小さな鉄道のミニチュアがあって、次は何に乗ると大きな声で家族にねだっていた。私にもあんな時期があったのか、今となってはよく思い出せない。

 

 視界の中心には常にまどかがいた。

 

 赤くて斑点模様のあるワンピースに、肌色のジャケットを身に着けて、華やかな色合いのそれはいつもよりお洒落に感じられる。気合いが入っている様に見えてしまうのは、私の憂慮が生んだ幻覚だろう。

 いずれにせよ彼女と彼は二人だけで無事に遊びに出かけ、今のところは何事もなく過ごしている様子だった。

 

 そんな姿を遠目に確認しながらも、私は慣れない変装に小さく身じろぎした。

 髪を魔力で団子状に纏めて大きめの帽子で隠し、赤いフレームの眼鏡をかけて、服装は焔の男物を借りている。傍目には男の子に見えるかもしれない。

 この格好で気配を殺し、ひっそりとまどかと焔の後を追っている。

 

 他の人達の話し声と混ざるために、今の距離ではどんな会話を交わしているのかは聞き取れない。

 ただ、少なくともまどかは楽しんでいる。そして、焔もどことなく柔らかな態度を取っていた。

 アトラクションを二人で仲良く堪能し、肩が触れるくらいの距離で隣り合って歩いている。

 楽しげに話しかけるまどかと、それを聞き入れる焔。見た限りではそう感じられる。

 

 こんな状況では、話の内容を耳に入れておきたかった。もう少し距離を詰めるべきだろうか。

 帽子を目深に被り、まどかに気づかれない程度にその背へ向かって歩を進める。

 その時、突然に誰かが私の腕を掴んだ。

 

「っ!?」

「ほむらちゃんっ」

 

 一瞬ぞわりとした感覚が走った。呼び方や抑揚の付け方はまどかの物だけど、声質は明らかに別人……この清涼感のある声は、美樹さやかのものだ。

 

「ふふん、まどかの物真似。似てた?」

 

 振り向いた先で、彼女はウインクを飛ばしてきた。

 

「そんなには似てないわね」

「ぐっ……そういう所は本当に素直な奴。あんたこそ、ずいぶん珍しい格好じゃないの」

「……こんな格好をしたい気分なのよ」

「ほほう。まあ、似合ってるけどね」

 

 いつもと変わらない快活な振る舞いだけど、どこか威圧感に似たものを放っている。

 ぐっと私の腕を掴んだままで離そうとしない。

 

「離して貰えるかしら」

「……それはちょっと保留」

 

 実力行使で引き剥がそうにも、今の彼女との関係は良好で、しかも彼女の膂力は想像よりも力強かった。

 隙を窺いながらも一旦は抵抗せず、美樹さやかに身を委ねる。

 すると彼女は私の腕を引っぱり、一番近くの自販機の方角へ連れ込もうとした。

 

「あそこで話さない?」

「ちょっと、私は」

「まどかのデートについてきたんでしょ」

 

 見事に正解を言い当てられてしまった。

 口を噤んでいると、彼女は「やっぱり」とだけ漏らした。

 

「あなたこそ、どうしてここに居るの」

「あたし? あたしは普通に遊びに来ただけだよ。実は杏子を待たせてたりする」

 

 見回してみたが、杏子はどこにも居ない。

 私の反応を認めた美樹さんが「入り口の方にいるの」と補足してきた。

 

「佐倉さんはあまり、こういう場所を好む人ではない様に見えたけれど」

「ここのクレープが安くて美味しいって評判だから。ついでに来たってわけ」

「……そうなのね」

「そこで、あんたを偶然見かけてさ。目的は見ればすぐに分かったよ」

 

 見抜かれている。隠されているが、彼女の視線がどこか鋭い。悲しい事に、険のある目を向けられる方がしっくり来てしまう。

 

「……」

「その上で、あんたとちょっと話がしたいの。大丈夫、長くはならないから」

 

 振り切るのは無理だ。

 黙って、彼女に引っぱられていく。その先の自販機は傍に休憩用の座席が設けられており、今は誰も使っていない。木製の素朴なベンチといった風で、使う分には何も文句はない。

 

「さあ座って座って」

 

 私を座らせて、彼女はすぐ隣に腰掛けた。突然に距離感が狭まりすぎて、何やら落ち着かない。

 

「それで、話というのは何かしら?」

 

 早くまどかを追いかけたい。

 その一心で促すと、彼女は咳払いを一つした。

 

「……その、ほむらはさ……恋って、したことある?」

「……? どうしてそんな話を?」

「いいから」

「覚えている限りでは……ないわね。もっと幼い頃にはあったかもしれないけれど……」

「そ、っか」

 

 彼女は一度だけ頷くと私の腕を引っぱり、自分の方へ体を向けさせた。

 

「あのさ、ほむら」

 

 すう、と息を吸って、そしてこちらを見つめる。

 

「まどかのデートについて回るの、やめた方がいいんじゃない?」

「デートじゃないわ」

 

 また反射的に言葉が口を突いて出た。自分でも分かるほど重苦しい声音だった。

 

「あの二人はただ遊んでいるだけで……」

「十分デートでしょ。男子とあそこまで距離詰めたがるまどかなんて、あたしの知ってる限りじゃ初めてなんだからね?」

「恋愛ばかりが付き合いではないわ」

「だけど、まどかは彼だけを誘ったんでしょ? なら、彼ともっと仲良くなりたいんだと思わない?」

 

 否定したい気持ちが募る一方で、恐らく間違っていないと冷静な部分が告げた。

 今までは焔とどこかへ外出する時は必ず私に声をかけてくれたけど、今回は違う。

 

「そりゃあ、自分の兄さんが心配なのかもしれないけど」

「絶対にないわ。あと彼は弟よ」

「あ、ごめん……まどかを心配してるの? あんたの弟って、まどかを弄ぶような奴なの?」

「まず、ありえないわ」

「じゃあ心配いらないじゃん」

「……」

 

 反論しようもなかった。

 この心配と恐怖は、美樹さやかにも、それどころかまどかにですら関係のない私情でしかない。だから、何一つ言い様がない。

 黙り込んでいると、美樹さやかは「だったら」と顔を近付けた。

 

「少し離れて、見守って欲しいの」

 

 彼女は、私が逃げられない様に肩と腕を掴んできた。

 

「まどかってさ、今まで女子に囲まれて生きてきたの。男子と長く関わったりする事は殆どなかったし、知ってる限りじゃ恋愛経験も無い」

「……それで、何が言いたいの」

「あたしは……失恋したけど、恋してる間は幸せだったし、まどかにだって機会があれば良いと思ってる」

 

 少し間を開けてから、まどかの場合は失恋して欲しくないけどね、と彼女が付け足した。

 

「だから、そっとしてやってくれない?」

「……まどかが抱いているのが恋心とは限らないわ。美樹さやか、あなたは男女が二人きりで一緒に遊んだくらいで恋愛関係になると思っているの? 流石に判断が早すぎるんじゃないかしら」

 

 自分で言っていて苦しい物言いだった。

 本当に私がそう思っているのなら、今こうしてまどかを追いかけている筈がない。

 

「そうまでは思わないけど、あたしにも男友達くらいいるからね。あたしだって初恋は、あー……あたしの事は置いておくとして、良いきっかけになるとは思わない?」

「思わないわ。ありえないもの」

 

 なぜか信じがたい物を見るような目をこちらに向けてくる。

 こうして見ると本当に感情豊かで、物言いの真っ直ぐな所が私には明るすぎた。

 

「いやいや、見れば分かるでしょ? あんたの弟がまどかを大事に思ってるのは誰だって分かるし、まどかもかなり積極的じゃん」

「あなたは彼と会ってまだ一ヶ月も経っていないでしょう。まどかを任せて良いのかしら」

「まどかが決めた事なら文句はないよ……あと、勘なんだけどね、彼もまどかの事が大好きで、大切に思ってるのが分かるんだ」

 

 それから、彼女は「もちろん、あんたがまどかを大切にしているのもね」と付け足した。

 

「勘では話にならないわ」

 

 顔には出さなくとも、心揺らされる。

 当たっていた。少なくともこの点においてだけは。相変わらず、彼女は意外な所で鋭い。

 

「もしもそれが恋愛じゃないにしても、男子と二人きりで遊びに行きたがるなんて今までなかったから……邪魔してほしくない」

「……」

「もしもまどかにその時が来るなら、あの子にとって、これが初めての事なんだ」

 

 思わず眉をひそめてしまった。

 さぞ私の顔は無愛想だったのだろう。美樹さんがやや苛立った風に見えたが、一瞬でどこか遠い世界を見るような瞳に戻る。

 

「あたしはね、まどかには沢山楽しい事があって欲しいと思ってる。だって、あんな良い友達がさ、誰かを好きになるのかもしれないって思ったら応援したくなるでしょ」

 彼女は、私に頭を下げた。

「あんたには気に入らない事なのかもしれないけど……頼むから、まどかを信じてやって。あたしより、きっとあんたより、ずっと優しい子なんだから。まどかの為に、笑って見てあげてよ……」

 

 さっぱりとそう口にした美樹さんの顔は、今まで見たどの表情よりも優しかった。

 

 分かってる。

 美樹さんに言われなくたって、分かっていた。

 まどかだって当たり前に恋をしたり、いつかは誰かと付き合う日が来る、決して許されない罪などではない。彼女が大切な人達と引き離されるような筋合いなんてどこにもない。

 

「……言っている事は、理解できます、美樹さん」

 

 けどね、と続けた。自分の物言いが崩れてきていると言葉にしてから気づいた。

 

「彼がまどかとそういった関係になっても、良い事は無いの……彼は駄目。私は……私は認めたくない。まどかとそんな風に付き合っていい人間じゃない。そんな風な関係に、なって欲しくない」

 

 こんな愚かな返答を耳にして、美樹さんが私を睨んだ。

 この時間軸では、初めてだった。

 

「そう言うけど、じゃあ、まどかの気持ちはどうなるの? まどかがどういう風に思っていたとしても、あんたが駄目だと思ったら、駄目なの?」

「……」

 

 その通り。まどかの気持ちより自分の決定、まどかの意思より私の行動。私は最低な人間だ。ああ、もう人間ではないんだった。

 

 私だって、まどかが恋をしたのなら出来る限り力になりたかった。

 彼女の恋が幸せな形で進む為ならば、魔法の力を使う事にためらいはないのに。

 誰かに恋をして付き合って。それがどれほど尊くて得難い幸福なのかを私はよく知っている。きっと最後には別れてしまったとしても、失恋になってしまったとしても、後には素晴らしい思い出になる筈だ。

 

「私は……」

 

 まどかと幸せな関係を築けるのは、お互いに愛し合えるのは、私達じゃない。

 彼が私とかけ離れた存在なら素直に、おめでとう、って言ってあげられるのに。

 

「私はっ」

「ごめん」

 

 答えようとした所で彼女が私を抱きしめて、口を閉じさせた。

 

「ちょっと、美樹さん……!」

 

 こんな風に美樹さんが私を抱きしめるのは、初めてだった。

 まどかの手とは違って、あの慈しみの心と寄り添って励ましてくれる優しさはなかった。だけど、背中をぽんぽんと叩いてくれて、そこから彼女の思いやりが伝わってくる。

 

「あたしの言い方が良くなかった。自分の弟の事だもんね、あんたにとってはもっと重要な事なのに」

「……いいえ」

 

 ひどく申し訳ない気持ちにさせられる。

 結局のところ、この気持ちは私達の身勝手に根ざす物でしかない。まどかの意思を何一つ尊重できていないという指摘は一切合切正しくて、美樹さんの考え方こそ、まどかを思うのなら尊重しなくてはいけない。

 

 それでも、出来なかった。

 

 まどかと彼が結ばれる姿を想像すると、どうしてもひどく受け入れがたい忌避感が膨らんで、あって欲しくない、あるはずが無いと思いたくなってしまう。

 

 ソウルジェムが濁らない事に今は感謝した。

 もしも穢れを溜めていれば、まどかを守る事とは関係のない、こんな愚かしい所で命を落としていたかも知れないのだから。

 

「ほんと、ごめん」

「気にしてはいないわ。あなたが言っているのは間違いなく正しいもの」

「でも、そんな顔をさせるつもりはなかった。あんたを傷つけちゃって、ごめん」

 

 私は、そこまで言われるほどに酷い顔をしていたらしい。

 頭まで撫でられてしまい、くすぐったさから少し抵抗する。そうすると、美樹さんが解放してくれた。

 彼女はもう一度私の顔を見つめると、どこか疲れた溜息を漏らした。

 

「分かった……見に行くだけなら、もう止めないよ」

「……いいの?」

「でも、まどかには絶対に気づかれないようにね。デートを誰かに見られてるなんて気分いい訳ないんだから」

「……ごめんなさい、でも、どうしても……気になるの」

 

 彼女は一度咳払いをして、困った様に笑った。

 

「まどかの邪魔はせずに、今日の事は二人に任せるって約束してくれる?」

「……最初から、そのつもりよ」

「絶対だよ、約束」

 

 念押しに、頷いて返す。

 元々、焔が私と同じように考えているのは事前に共有しているのだから、本当なら私が陰で見ていなくてもいい。

 それでも来てしまったのは、紛いようもない私の弱さだ。

 

「ならいいよ」

「ええ。私もまどかの邪魔はしたくないもの」

 

 腰を浮かせたが、腕を掴まれたりはしなかった。

 行って良いというのだろう。黙って彼女に背を向けて、でも、私にはまだ言わなきゃいけない事がある。

 振り返り、困り顔に声を投げた。

 

「……ありがとう、美樹さん」

「あんたも、そういう素直さがいつもあればもっと可愛いんだけどね」

 

 しみじみとした呟きは聞かなかった事にして、一歩二歩と進む。

 

 この際だから、彼女達が魔法少女として活動しているのかどうかを確かめるべきではないか。

 だけど、その気にもなれず、私は黙って彼女から離れた。

 乱れた髪をかき上げて、そこに残った温かさを感じながら。

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