【完結】いくら望まれたとしても、私はまどかに恋をしない 作:曇天紫苑
まどかを見つけるのは意外に簡単だった。
何となくだが、気配が分かる。まどかが無事でいるのは、姿を見なくても理解できた。
その直感が導くままに人の間を通り抜け、彼女と焔の姿を見つけた私は、素早く人に紛れ込み、気づかれないように近づいた。
遊園地の窓口の前。そこで彼女は知らない男の子の手を引いて、反対側では焔が微笑みながら状況を見守っていた。
彼女達の前に居るのは、その子のご両親だろうか。まどかが確認するように男の子に声をかけると、彼は小さく頷いて親御さんに飛びついていった。
恐らく、「大丈夫だったか」なんて母親に尋ねられたのだろう。その子はちょっとだけ胸を張り、まどかを指さして笑う。まるで、まどかが居たから平気だったと自慢するように。
親御さんは子供を優しく抱きしめた後で、まどかに幾度も頭を下げた。
まどかが慌てた様子で謙遜したように首を振っていると、男の子はご両親の手から離れ、まどかの元へ駆け寄っていく。
目の前に寄ってきた男の子へと、まどかはしゃがみ込んで視線を合わせ、両肩に触れてにこやかに話しかけた。そうしている時のまどかは、私よりずっとお姉さんに見えた。
しばらく男の子と何かを話してから、最後に親御さんに頭を下げて、まどかは手を振りながら窓口から立ち去っていく。
私はその姿を追って、人の間を潜った。
彼女達は近くのパラソルがついたテーブルへ向かい、その椅子に腰掛けた。いつも柔らかなまどかの面持ちが今はより爽やかで、彼女はその場で小さく伸びをする。
聴力を強化しつつ耳を澄ませ、彼女を捉える事に集中してみると、あの鈴の音色より和やかな声が届いた。
「焔くん、手伝ってくれてありがとう」
「いいや。何の役にも立てずに済まなかった。まどかは凄いな、あんなに慣れてる」
「そこは弟がいるからかな……ふふっ」
まどかは、思い出した風に喜びの声を上げる。
「?」
「あのね、誰かの役に立てるって凄く嬉しいなって」
彼女の顔色は生き生きとしていて、常日頃から見せてくれる善性とはまた違う光を纏っていた。
その心からこみ上げる感情が輝きとなっていて、この光がいつか彼女の身まで滅ぼしてしまう。そう分かっていても彼女の魂が眩しくて尊いものであると表現していた。
「……そうか」
まどかが下を向いた瞬間だけ、焔は抑え込んだ無表情となった。が、まどかが顔を上げた時には静かな微笑を浮かべている。
「でも、無理しないようにな。いつでも協力するから、どんな些細な事でも相談して欲しい」
「うん。わたしが困ってる時は、焔くんが助けてくれるんだね」
「僕もほむらもいつでも聞く。まどかが困ってる時も、まどかが誰かを助けたい時も」
口ぶりは真剣そのもの。
そんな焔の顔をまじまじと見つめ、まどかは両手の指を合わせた。
「焔くんって、なんだか凄く付き合いやすいなぁ」
「……そうかな?」
「うんっ、クラスの他の男の子よりも身近に感じるんだ。なんだが安心しちゃう」
それは口説き文句。殆ど告白だ。
焔にはその気がないだけで、これが他の男ならまどかに惚れ込む筈だ。
「あんまり愛想の良い方じゃないと思うだけど、僕」
「そんな事ないと思うよ? 今もこうして、わたしと一緒に居てくれるし、沢山心配してくれる」
「……まどかだからな」
「えへへ、そう言ってくれると嬉しいなぁ」
私の位置からは、二人を横から眺める形となっている。
気づかれる可能性もあったけれど、今はまだ大丈夫だ。まどかの視線はこちらには向いていない。
焔と過ごす時間にまどかが集中している可能性もあるが、あるいは変装の効果も少しはあるかもしれない。
それにしても、二人の距離が近すぎる。
「……最初に出会った時、積極的に近づいてくれるから誰に対してもこんな風なのかと思った」
「他の男の子にやるのはちょっとやりにくくって。あ、でも焔くんもだよ?」
「?」
「誰にでもこういう風なのかと思ってた」
肩を寄せてくっついて、まどかは嬉しそうに微笑んだ。
思わずといった風に顔を逸らした彼が、私の姿に気づいた。だが、頷いてみせるだけで特に何も言っては来なかった。
「二人と出会ってからまだ一ヶ月くらいだよね?」
「でも、濃密すぎてまるで何年も経ったみたいだな」
「そう! わたしもそうなの。生まれる前から仲良かった気がする」
「それはまた」
「あはは、変だよね。でも本当だよ?」
額に浮かんだ汗を拭くようにと、彼はハンカチを差し出した。
まどかは遠慮して首を振るも、半ば強引に汗を拭かれている。気持ち悪いと思ってもいいのに、まどかはニコニコとしていて、どこまでも好意に満ちていた。
「疲れた?」
「ありがとう。でも大丈夫っ、熱い物を食べたからだと思う。焔くんこそ少し疲れた?」
ハンカチをしまい込み、彼は笑みを作った。
「いや、体力には意外とある方だから。でも、まどかが疲れたらいつでも言って欲しいな。僕はそういう察しが悪い男なんだ」
やや情けない発言にもまどかは嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうだ。
「やっぱり、焔くんは良い人だね。ほら、いつもわたしを気遣ってくれる」
「そんなつもりはないが」
「でも、わたしはそう思ったの。焔くんは自分が思ってるよりもずっと素直で、優しいよ」
そこには確信がこもっていた。
あまりにもはっきりとした言葉が焔に襲いかかり、彼は見事に討ち取られた。ほんのり顔を赤くして、何とか相槌を打つのが精一杯といった体だ。
抑えきれなかった感情はすぐにまどかへと伝わっていた。彼女は破顔し、一層眩しく感情をきらめかせていた。
「やっぱり、家族なんだね。そういう所がほむらちゃんそっくり」
「そ、そうか。うん……確かに」
同一人物だもの。
口の中でまどかにそう告げている間に、彼女は焔の手を握っていた。
両手で包み込み、彼を優しく引っぱった。
「じゃあ、もうちょっと遊ぼっか、ほらっ、行こ!」
「あ、ああ、まどかっ」
彼は何一つ隠せず手を引かれ、楽しい時間に導かれようとしていた。
どこから見ても押されっぱなしだけど、少しも嫌がっていない。むしろ喜んでいる。まどかの手を遠慮しながらも握り返している上に、口元の笑みが全く隠せていない。
手を握ったまま、二人は次へ行こうとしている。方向から見た限りでは、観覧車だろうか。
「わわっ」
はしゃいで、小走りだったからだろうか、まどかが何かにつまづいた。
前に向かって倒れかけたまどかの両肩を、彼はきちんと受け止めた。
「あっ、ありがとう……」
「怪我はないかな?」
「うん、焔くんが受け止めてくれた、から……あ、あれ……」
なぜか、まどかが動きを止める。焔に受け止められたまま、顔を少しだけ持ち上げて、じっとしている。
「うーん……?」
まじまじと彼の顔へ視線を送り、何らかの感情が秘められた吐息を漏らしている。この距離でも分かるほどにまどかの顔色が変わっていき、それは彼女の内心を示すかのように真っ赤だった。
私の強化した視力が、まどかの瞳に溜まりつつある涙を見て取った。
焔とまどかの間に距離は殆どない。手を伸ばせばすぐに抱きしめられる距離感のまま、二人は見つめ合っていた。
「まどか?」
焔が明らかに戸惑いはじめた時、まどかはとびっきり慈悲深い声を漏らした。
「ねえ、焔くん」
彼の両手を握り、それから身体をもっと近付けた。
密着して、二人の服が触れ合った。
「んっ」
「……!?」
焔の悲鳴にも似た呼吸はまどかにすら届かなかったが、私には読み取れた。
「ま、まどか。一体、どうしたんだ?」
まどかは、ひどく無防備に焔へ顔を寄せている。
溶け合うのではないかというほどに指先を絡め、離れようとする仕草は少しもない。
「ほむら、くん……」
対する焔はといえば、引き剥がす事はもちろん、抱きしめ返す事もできず、何も対応しないまま完全に固まっていた。
そうしている間にも彼女達の周囲を人が通り過ぎていく。一瞥する人もいれば、特に不自然ではない物として気にも留めない人も居る。いずれにせよ、多少珍しい光景としか思われていない。
でも私達にだけは冗談では済まない状況だった。
「きゅ、急にね」
まどかの目に浮かぶ涙が溢れ出して、零れた。
「焔くんがここにいるのが、なんだか嬉しくて、すごく嬉しくなって……ごめんね、変だよね」
「……」
「会えて良かったとか、一緒に居られるのが嬉しいとか、いっぱい溢れてきちゃったの。なんでだろうね? 焔くんやほむらちゃんが転校してきてから、沢山一緒に居た筈なのに……」
何も言えなくなったまま、焔は動いた。まどかがそうやって私を慰めてくれたみたいに、涙を流す彼女を抱きしめ返し、何度も何度も頭を撫でていた。
顔色がどこかしら悪く、いつもの無感情な印象は全て消え失せている。まどかの涙にどう対応して良いのか、何を言えば良いのかすら分からないまま心の中で右往左往。
私から声をかけるべきかとも思ったが、美樹さんとの約束もある。まどかが次に何事か口にするまでは、ひとまず我慢のしどころだ。
「あっ、あのね、焔くん」
時間にしてどれほどだったのか、まどかの調子が戻ってきた。
だが、感情を高ぶらせた面持ちで次に何を口にするのか、耳にする覚悟を決めるには僅かな時間が必要だった。
焔もまた、緊張しているのが手に取るように分かる。視線が私に助けを求めている様な気すら感じる。
告白されたらどうしよう、好きだって言われてしまったらどうしよう。そんな内心が透けていた。
「また、二人で遊ぼうね」
まどかの面持ちは、雨が止んだ後の眩しい青空のような輝きを放っていた。
この笑顔がすごく優しい物だというのは一点の曇りもなかった。
「うん、そうだね。私もまどかと遊びに行きたいよ」
緊張感を高めすぎた反動か、焔の口調が崩れた。
「また二人で、という事は……ほむらは誘わなくていいの?」
「大丈夫だよ、ほむらちゃんとも二人っきりで遊ぶから、その時はわたしがほむらちゃんを独り占めしちゃう」
「あいつ、ほむらは君の物だよ。好きにすればいい」
「ええっ?」
「……いや、うん、気にしないで」
二人が向かい合うと、まどかは焔の頬に手を当てた。
それから、戸惑っていた彼もまた同じようにまどかの頬へと手を伸ばす。
すりすりと頬を撫でられている間も、まどかは嫌な顔一つしなかった。逆にどんどんと表情が柔和でとろけた物になっていった。
幸福そうな雰囲気が周囲まで浸透し、その喜びが人を癒やす。彼女の明るく豊かな感情の発露を感じ取れて、自分の心の冷たい部分があっけなく溶かされているのがよく分かった。勝手に私をまどかへ譲渡した焔の言も気にならなくなった。
彼女の多幸な姿は、私の中にある何かを満たし、胸の奥に何かとても熱いものが溢れた。
「焔くんと友達になれて、凄く嬉しいなぁ」
それから、まどかは感じ入るように呟いた。何気ない一言だったけれど、私は聞き逃せなかった。
それは、一点の曇りもなく、清々しい友達宣言。
当然のように焔も口を開けたままになり、おずおずと彼女の頬から手を下ろした。
「私と友達になってくれたのが、そんなに?」
「うん!」
焔はしばらく目も口も閉ざした。
「……いいの?」
恐る恐るまどかの反応を窺って、それからまた問いかけている。
「私は、貴女と友達でいていいの?」
「いいよ! 当たり前じゃない、ほむらちゃんは大切な友達なんだから!」
急に呼ばれたものだから気づかれたのかと思った。
だけど違った。まどかは焔をそう呼んで、彼の首回りに飛びついていた。
「わっ……」
焔は、目を見開いたまま完璧に硬直していた。
数秒、それが続いただろうか。突然、まどかが声を上げて飛び上がった。
正気に戻ったらしい。
「ぁっ! ご、ごめんね! さっきから、ほんとにどうしちゃったんだろうね、わたし……!!」
「い、いいよ。私も、嫌じゃなかったから気にしないで」
調子を崩したままの焔を見つめると、まどかは手を軽く叩いた。
「あっ、焔くんって焦ると自分の事を私って呼ぶんだね」
「……似合ってないかな?」
「ううん! むしろ焔くんらしいよ!」
まどかは、再び彼の両手を握って何度か振った。
「……私も、まどかと友達になれて凄く良かった。はっきりとそう思うよ」
彼の心が歓喜で弾んでいる。極力抑えているが、私には隠せない。
私もまた、喜びに浸っていたからだ。危惧がまったくの杞憂に終わってくれて、本当に良かった。少なくとも、今は。
さあ、私の心配は、現状では有り得ないと確認できた。自覚のない所でも不安と恐怖に苛まれていたらしく、すっかり気楽で足取りも軽い。
今となっては、早くここから離れなければならない。
心配は的外れに終わり、ここに存在する自分が全くの場違いに思えた。周りはみんな楽しそうで、笑っているのに、私一人だけは何も楽しめていなかった。
黙って、音を立てないように彼女達から離れる。幸いな事にまどかは最後まで私に気づかず、二人の声は徐々に遠ざかっていった。
今は大丈夫だろう。彼がいれば任せていても大丈夫そうだ。
足早に売店を通り過ぎ、すぐ傍にあるアーチ状の門から少し離れた所でクレープをかじる紅の髪が目に留まった時、私は小走りでそちらへと向かった。
隣にはもちろん見知った美樹さんが立っており、今は互いのクレープを食べさせあって味を比べていた。全く意識していなかったが、彼女も今日は私服姿だ。
全体的に明るい色調のシャツを着ていて、今は帽子を軽く頭に乗せている。隣に見慣れた緑のジャケットを羽織ってデニムのショートパンツを履いた杏子が並ぶと、まるで美樹さんは男の子のように見えた。
「ほむら」
「あれ、ほむらじゃねえか。一人か? ……まどかは?」
「一人よ。今日はまどかと一緒ではないわ」
「へえー。あんたって一人でこういう所に来る方だったんだな、意外だ」
佐倉さんはまどかがここに居る事を知らない様子で、どうやら鉢合わせにはならなかったらしい。隣の美樹さんが配慮していたのかもしれない。
そんな美樹さんは私の姿を見るや顔を僅かにしかめていた。
「……あんた」
「ありがとう美樹さん。貴女の配慮は杞憂よ」
「ん? 何のことだよ、ほむら?」
「私達の話よ……ええ、ええ、私達の杞憂だった」
言葉に出すと安心感のあまり脱力してしまった。
まどかは、本当に彼を友達以外の者だとは思っていない。
言葉にしなくても美樹さんは私の言いたい事を受け取ったらしく、しばらく私の顔をまじまじを眺めると、首を傾げた。
「あたしへの勝利宣言?」
「……違うわ。ただ、教えておきたかっただけよ」
私の答えは美樹さんに笑われてしまった。馬鹿にしているというよりは、愉快な事を聞いたというふうな声だった。
「んー? よく分からないけど、食うか?」
私達の間に入ると、杏子は食べかけのクレープを私の口元へ運んだ。
リンゴとシナモンの良い香りがして、ほのかにバニラの甘さも混ざっていた。
「……いえ、自分で買うわ」
今日は食事が喉を通らなかったから、安堵で気が抜けると改めてお腹が空いてくる。目の前のクレープはとても甘くて美味しそうだった。
美樹さんが言うには安いとの事で、ならば私の手持ちで足りるだろう。鼻先の突きつけられたリンゴが離れていく所を見ながら、財布の中の小銭と相談した。
お店は向かい側の道にあって、連なる小さな建物の中の一つに入っていた。黒く塗り潰された店構えの上には名前とクレープが描かれ、カウンター下にはショーケースのようにサンプルが並べられている。額縁に入ったメニュー票を何人かが眺めていて、どれが美味しそうだとか、どれがかわいいだとか語っていた。
その奥で忙しそうにしている白い制服姿の店員と一瞬だけ目が合った。私をお客だと感じ取った様だ。
「じゃあさ、あたし達の買ってない味を頼んでくれる? 三人で食べ比べするっていうのはどう?」
「分かったわ、そうしましょう」
「ああ、あたしはラズベリークリームで、杏子はリンゴとカスタードだから。それ以外でお願いね」
「ええ……選んでくるわね」
クレープを買いに行こうとした所で、私を見た杏子が目を丸くした。さらに私と美樹さんへ何度か視線を移し、「へーぇ」と声を漏らす。それ以上は何も言われなかったが、どこか弾んだ声に聞こえたのはきっと勘違いではないだろう。
私だって、今の状況に感じる物はある。
魔法少女が絡まなければ、人と歩み寄るのはこんなにも簡単だったのか。
軽やかな気分のままで、私は目の前のお店に向かって歩き出した。
+
「……ただいま」
彼ははじめて、私に帰宅の言葉を告げた。
クレープを食べてすぐに帰った私と違い、彼が自宅に戻ったのはもうしばらく後。まどかの門限の時間よりやや遅いが、夜中というような時間ではない。
玄関から姿を現した彼の姿は一見普段と変わらないが、心なしか疲れを漂わせている。
それでも全身から溢れる幸福そうな気配と、隠しきれない緩んだ表情を合わせれば、彼とまどかの時間が良い物で終わったのは明らかだった。
「お帰りなさい……まどかは」
「家まで送った。最後まで私、いや僕に優しくしてくれたよ」
弾んだ声音を抑える努力をしているのか、私には判別ができなかった。
「……楽しかった?」
「もちろん。君が居なくなった後、観覧車に乗って夕日を見たんだ……あんなに綺麗な夕日は、いつぶりに見たかな」
胸を張ってそう口にしている。
それは、誘われなかった私に見せつけているのだろうか。他の人とまどかが一緒に居ても特別な感情は浮かばないのに、彼ばかりは気になってしまう。
「……良かったわね、まどかが友達だと思ってくれて」
「そう、だな」
瞳は今も潤んでいて、明らかに泣いたのだと分かる。
いつ泣いたのか気になった。まどかの前で泣いたんじゃないかと心配だった。
けれど、見ないふりをした。ここからは、そんな話をする時間ではないから。
「明日に備えましょう」
「ああ、絶対に超えよう」
私達は、どちらからともなく握手を交わした。
明日にはワルプルギスの夜が来る。
前日がこんな形で終わったのは、私にとっても焔にとっても幸いだった。
もはや杞憂も心配の欠片も残っていない。今日に至るまで、まどかが落ち込んだ姿を一度も見なかった。それがただただ嬉しくて、泣いてしまうくらい幸せな一ヶ月だった。
「もし、どちらか片方が命を落としたら」
「ああ……その時は」
後を託す。自分以外の誰にも託せないこの想いと決意を、片割れに。
どちらも命を落とした時と、ワルプルギスの夜を倒せなかった場合の対応は口にしなかった。そんな事は言わなくたって同じ気持ちだろう。
次の時間軸に私が二人居るという保証はない。いや、希望的観測を抜きにすれば、次はない。
本当の意味で共闘できるのは自分自身だけで、この機会は逃せない。
何としても、超えなきゃいけない。まどかの生きている明後日はその先にしかない。
まどかの未来がそこにある。この確信がある限り、私達はどこまでも頑張れる。
決して折れず、諦めず、ただ彼女の未来が明るい物になるように。その為に私達は生まれたのだから。
いつもより身軽な体を前に進めながら、私は心にそう刻み込んだ。
+
夜も明けた頃、私達は自宅へと戻った。
窓からは既に光が差し込んで、もうしばらくすれば早朝と言ったところだろう。最近は一晩中起きている事も少なくなったので、魔法少女なのに寝なかったくらいで疲れている。
「……」
「なぜ?」
二人ともベッドに倒れ込み、ゆっくりと相手の顔を見た。
共に寝不足の顔をして、今にも眠ってしまいそうだ。しかし、今日は学校があるので、睡眠時間はあまり取れない。
「……まどかと共に居られる時間が楽しすぎて、日付を間違えたのかしら」
「ない」
端的な返答に、私もまた頷いた。流石にそれを記憶違いで済ませたりはしない。絶対にできない。
一昨日の私達は全身全霊をかけて戦う気でいた。
そんな状態で馬鹿馬鹿しい間違いはしない。記憶をどれだけ漁っても、実は別の日だったなんて事はない。
「これも……この時間軸の、おかしな箇所なのかしら」
「かも、な」
「別の日になったのかもしれない、わね」
幾らかの可能性を思い浮かべながらも、考えは中々に纏まらなかった。
「今は、寝ましょうか」
「ああ……そうだな。シャワーは起きてからでいいか……」
「まどかの登校時間までには間に合わせましょう……」
絶大な徒労感に包まれながら、私達は背を向けあった。
ワルプルギスの夜は、来なかった。