ネイア・バラハの聖地巡礼!   作:セパさん

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不穏なる密談

 エ・ランテルに位置する地下倉庫。その一室は蝋燭の淡い輝きで照らされており、襤褸を纏った怪しい男達が集まっていた。そして地下倉庫の扉が開き……真紅のマントを靡かせ、金と紫の紋様が入った漆黒に輝く全身鎧で身を包んだ巨躯。横には長い黒髪を束ね、きめ細かい美しい色白の肌を持つ異国風の美女。

 

 〝漆黒の英雄〟モモンと〝美姫〟ナーベが入室してきた。襤褸を纏った男達は歓喜の表情で立ち上がり、深々と一礼をする。

 

「これはこれは!この度は足を運んで頂き感謝の極みに御座います。」

 

「いえ、時間も限られておりますので、世辞や挨拶は結構。……単刀直入に質問致しましょう。あなた方は、我々に何を望む者ですか?」

 

 モモンがこの場に呼ばれたのは、何時ものようにエ・ランテルの街で民たちの不満をケアし、街の治安維持を行っている時だった。モモンに子どもがやってきてひとつのメモを渡し、時間と場所の指定をしてきた。

 

「ええ、現在魔導国へ来訪されているネイア・バラハ……。と言えば、説明が付くでしょうか?」

 

「ふむ。あなた方はローブル聖王国の?それともスレイン法国の方でしょうか?わたし共は冒険者ですが、素性の不明な人間から依頼を受けることは出来ません。」

 

「秘密裏に行動しているため、この様な格好で申し訳ないですが、ローブル聖王国南神殿派閥に属する者です。名前は……」

 

「いえ、それが解れば結構。しかし何故わたしにそのような話を持ちかけてこられたのですか? ご存じのように、今のわたしは魔導王陛下へ剣を捧げた身。この話を魔導王陛下へ報告されるか……、最悪今ここで叩き斬られることを考慮されなかったのでしょうか?」

 

「あなた様の【正義】を信じたまでに過ぎません。我々は誇りあるアダマンタイト級冒険者チーム漆黒のモモン様が、本心から忌まわしき死なるアンデッドに剣を捧げたとは考えにくいのです。ですが賭けの要素が強いことは否定致しません。」

 

「なるほど、命懸けの密談を覚悟の上と。……しかし。この空間には第五、いえ第六位階でしょうか?膨大な魔法の力を感じる。これほどの認識阻害魔法は魔導王陛下の城でも中々見ません。」

 

「そうでしょう、そうでしょう!我々南神殿や貴族の派閥は、頭の固い宮廷や北部勢力と異なり、古くから彼のスレイン法国と太いパイプを持っております。天使やアンデッドを召喚する魔封じの水晶や強い(いにしえ)の魔法を宿した水晶を多く手にしているのです!」

 

「……ヤルダバオト襲来の騒動で、そのような力を目撃したという情報は耳にしておりませんが、何か理由が?」

 

「幾人かに持たせたのですが、ヤルダバオトの発する熱波により、使用する前に所持者が水晶ごと炭になったと聞いております。秘宝の全てを総動員するほどとは思ってもおらず、ヤルダバオトが南勢力へ襲いかかって来た時のため温存しておりました。」

 

「そうですか……。ではなおのこと疑問が募りますね。何故我が国へ? それほどの力をお持ちでしたら、未だ復興途上にある北部勢力を制圧し、南部勢力の息がかかった人間を聖王とすることも可能でしょう。」

 

 

「南部の民にも、ヤルダバオトに立ち向かったカスポンド・ベサーレス聖王を支持する風潮が強くあるのですよ。聖王家の血を引く者という称号はやはり大きい。そしてネイア・バラハの活動も脅威です。彼女の活動は、今や南部にまで浸透しております。

 

 彼の信徒共は日に日に力をましており、神殿勢力は下火です。おまけにローブル聖王国の軍事に匹敵する武装親衛隊まで所持している。獅子身中の虫ですよ。チクタク時を刻む時限爆弾だ。そんな国内の情勢下で王位を継承しても、簒奪者と呼ばれ、最悪内戦へ発展し、良くても我が国の信頼は地に堕ち、他国の蠢動を許してしまいます。」

 

 

「ふむ……。アンデッドである魔導王陛下を神と崇める集団、その長であるネイア・バラハを支持するカスポンド聖王陛下は神殿勢力から強く敵視されていると聞きました。それでも支持は厚いと?」

 

「癪なことに、援軍に赴いた南部の貴族もヤルダバオトの恐ろしさは骨身に染みております。そんな絶望の化身を討った魔導王を支持する声は無視出来ません。正面から対立すれば民意がどちらに傾くかなど、考えるまでもありませんからね。」

 

 

「あなた方にとってカスポンド聖王陛下とネイア・バラハが邪魔であることは理解しました。しかし聖王家の血を引くカスポンド陛下を抹殺すれば、ローブル聖王国が国の体を成さなくなる。

 

 また、魔導王陛下こそが正義!と主張し、その旗手たるネイア・バラハの抹殺も、殉職者として祭り上げられる事が目に見えており、国内に混沌を呼び起こす種ともなる。こちらも難しいと。」

 

 

「その通りで御座います。そのため我々神殿勢力も拡大する火種を見つめることしか出来なかったのです。」

 

「……ですが、恐ろしいアンデッドの国との認識がある魔導国でネイア・バラハが死んだとなれば、南派閥にも大義名分が出来上がると。」

 

「流石、聡明であらせられる。今が好機なのです。そして人類が手を取り合い、あの魔導王を討つ人類による大連合を造り上げる絶好の機会でもある。そのためには、〝漆黒の英雄〟モモン様のお力が必要なのです!」

 

「……そう上手く事が運ぶとは思えません。何よりもわたくしはエ・ランテルの民を混沌に陥れる事に賛同出来ません。もし魔導王陛下が無慈悲に民を弄ぶようならば、この剣に懸けて許さぬつもりですが、今は平和的な統治が続いている。藪蛇を突くつもりは御座いません。」

 

 

「我々はスレイン法国より、天使を召喚する魔水晶のみならず、アンデッドを召喚するマジック・アイテムを貰い受けております。」

 

「……!?そちらを見せて頂いても?」

 

「担保が必要です。」

 

「それもそうですね……ナーベ。」

 

「はい、モモンさん。」

 

「この魔水晶には第九位階魔法万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)が宿っております。わたしの右腕であるナーベの使用出来る最大限の品。これならば如何でしょう?」

 

「これは……素晴らしい。流石は漆黒の一員たる美姫ナーベ様。ではこちらも手札をお見せしましょう。……第9位階不死の軍勢(アンデス・アーミー9th)と、第9位階天軍降臨(パンテオン9th)です。」

 

「……世界級(ワールド)アイテムはなし、天軍降臨(パンテオン)は本来超位階魔法……これでは召喚できるのは、レベルにして50前後の力天使まで。う~ん、まぁこんなものでしょうか?」

 

「何か?」

 

「いえ、あなた方の持つマジック・アイテムの素晴らしさに目を奪われておりました。しかし魔導王陛下は超位魔法さえも駆使する存在、即座に手を出すことは危険でしょう。少なくとも国同士が団結するには10年ほど時を要するかと。であるならば、やはりこの話は呑めませんね。」

 

「ですが……。」

 

「しかしこのままネイア・バラハを放置すれば、国の団結がなお一層難しくなることも理解しました。ネイア・バラハ亡き集団が瓦解し過激派組織として活動が激化すれば、大義名分を得た南部派閥は彼らを粛清し、ローブル聖王国内で躍進することも出来る。ならば狂信者は消すに越したことはないでしょう。その一点だけは協力出来ます。」

 

「おお!」

 

「ただ、わたくしどもとアダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇は、ネイア・バラハの護衛を任された身。1人の少女さえも護れなかったわたくし達と彼女らの名声は地に堕ちる。それは現在薄氷の上にあるエ・ランテルの民に影響します。なのでどうしてもというならば、あなた方にも犠牲を払って貰います。」

 

「……と、言いますと?」

 

「愚かにも魔導国を襲った愚者を用意して下さい。そして蒼の薔薇一同の名声まで奪いたくはない。我々と仲違いをさせるために、彼女たちを第三者が襲う協力も。それによってエ・ランテルで戦闘が起きれば、わたしとナーベはそちらにかかり切りとなります。その間にネイア・バラハがアンデッドに殺されようと、流れ弾に当たろうと、爆殺されようと、わたしは不覚を取る演技をすればいいだけです。」

 

「それは……。」

 

「これ以上譲歩することは出来ません。まさか、こちらにだけ危ない橋を渡らせるつもりですか?」

 

「ですが、ローブル聖王国と魔導国の戦争を誘発させる行為は……」

 

「神殿の中に弱みを握っている貴族はおりませんか?その者の暴走として、首を差し出せば良いではありませんか。それとも断頭台への階段を上るのを、ただ黙って待ち続けますか?聞くに神殿が力を発揮し、賽を投じられるのは今だけと思われますが。先程も言った様に時間はありません。ここで決断して頂きたい。」

 

「……わかりました。没落寸前の放蕩貴族がおります。その者は神殿からも大金を借りており、首を吊るまで秒読みでしょう。そいつを利用します。」

 

「それと!まだ隠している切り札や、協力者はおりませんね? 1つでも嘘があった場合や、これから協力するに当たって作戦に偽りがあった場合。わたしがこの手で南部貴族と神官の派閥全員の首を討ち取りますよ?」

 

「……す、すみません、難度210相当の座天使を召喚する魔水晶が御座います。これが全てです。スレイン法国はあくまで武器供与(レンドリース)をしたに過ぎません!」

 

「なるほど、確かに……。では作戦の概要をお伺いしましょう……。こちらからも、幾つか要望が御座います。」

 

 

 ●

 

 

 モモンとナーベが去った地下室。そこは安堵と困惑が混在していた。

 

「やはりモモンは我々の味方であったか。彼があのアンデッドに心酔していれば、今頃我々の命は無かっただろう。」

 

「神官長!それは早計では?彼は最後まで〝陛下〟と呼んでおりました。我々を泳がせる算段かもしれません。」

 

「いや、途中で声色が変わったのを聞いただろう。あれは、怒りの感情だ。剣を捧げた身としては嫌々でも敬称は付けざるを得ない。しかし我々の説得で、人の身としてアンデッドに仕える愚かさの感情が蘇ったのだろう。」

 

「そうでしょうか……。この作戦はやはり危険です!この国を支配するのは、あのヤルダバオトさえも倒したアンデッドですよ!?」

 

「……では亡国を指を咥えながら待てというのか? あのバハルス帝国さえも魔導国の軍門へ下った。モモンの言うように、我が国が忌まわしきアンデッドの属国となるのも秒読みだろう。その場合、我々神官はどうなる? それこそモモンの言葉を借りれば、断頭台への段数を数える様なものだ。」

 

「あの狂信者ネイア・バラハを抹殺できても!ローブル聖王国が蹂躙されては本末転倒です!」

 

「その時はあのアンデッドを信仰する狂信者共も、それを支援する無能の聖王も自らの信仰するアンデッドに殺される訳だ、なんとも滑稽ではないか。それに我々はこの度の作戦で、スレイン法国への亡命も確約されている。」

 

「その動きも不自然に思います!ヤルダバオト襲来の時一切手出しをしてこなかったスレイン法国が、ネイア・バラハ暗殺の為にここまで協力してくれるのは、裏があっての事かと……。彼の国は動きも早すぎます。我々に魔封じの水晶を贈与し、ご丁寧に転移門(ゲート)で密入国の手配など……。まるで監視され、この動きを待っていたかのようではありませんか!?」

 

「相手は絶望的な力を持つ魔皇ではなく、アンデッドを神と信仰する狂った人間の集団だぞ?今はまだローブル聖王国内に活動を留めているが、今後動きが拡大すればどうなる。スレイン法国が危機感を抱くのも当然だ。行動に矛盾は覚えない。それにスレイン法国の絶大な支援、モモンというヤルダバオトに匹敵する協力者が居る今しか、ネイア・バラハを討つ機会は無い。あの扇動者さえ討ちとってしまえば、後は烏合の衆だ。暴動のひとつも起こしてくれれば、大義名分も確保出来る。」

 

「……内戦に発展し、多くの民が血を流し、他国による併呑を許してもですか?」

 

 神官長と呼ばれた男は歪な笑みを浮かべ言い放った。

 

「アンデッドに支配されるよりはずっとマシだろう?」

 

 

 ●

 

 

「おお!ナーベラル・ガンマ!よくぞ、あの場で殺意を押し殺して下さいました!このパンドラズ・アクター!……あなた様のその鋼の精神に感ッッ銘を受けました!」

 

「いえ、アインズ様の御手により創造されたるパンドラ様が、人間(ボウフラ)風情にアインズ様を目の前で侮蔑される忸怩たる思いを鑑みれば、わたくしの怒りなど些末なものです。」

 

「いえいえ舞台役者(アクター)として当然の義務を果たしたまで……!!そして此度のProgramm(演目)はアインズ様よりこの手に託されております。ッッッとなれば……!!」

 

 パンドラズ・アクターは漆黒の鎧姿のまま、床をカツンと打ち鳴らす。

 

「座長として、麗しきネイア・バラハ嬢には最高の舞台をお届け致しましょう。」


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