ネイア・バラハの聖地巡礼!   作:セパさん

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ナザリック地下大墳墓

 魔導国首都エ・ランテルの高級宿屋、黄金の輝き亭。時刻は日も落ちた夜。1階の酒場では、冒険帰りの高名な冒険者や商談終わりの商人が各々酒を楽しんでいる。

 

 そんなロビーにやや異質にも映る光景、7名の女性達……アダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇一同、そしてシズ、ネイアが同じ卓を囲み雑談をしていた。……もっとも、蒼の薔薇にとってはただの雑談ではない、千金に値する情報収集の場にもなり得る話し合いだ。

 

「しかし本当にあのヤルダバオトから、配下のメイド悪魔の支配権を奪還するとはな……。シズと言ったな。リ・エスティーゼ王国で、わたしと戦ったことは覚えているか?」

 

 シズは〝チョコレート味〟をストローでちゅうちゅうと吸いながら首を横に振った。

 

「…………ぼんやりしていた。あまり良い記憶でもない。」

 

「そうか……、悪い事を聞いたな。許せ。」

 

「…………構わない、今のわたしはアインズ様のもの。ネイアも言ってた。」

 

 ネイアは堂々と〝アインズ様のもの〟と断言出来てしまうシズに羨望を覚える。ネイアも〝自分はアインズ様のもの〟なんて言える日が来たらどれだけ嬉しいだろう。アインズ様ほど偉大な王はこの世に居ないと断言出来る今でも、自分はローブル聖王国に籍を置く身、所詮は〝他国の人間〟なのだ。

 

「それにしても、本当に良い街ね。夜になっても街灯が絶えないし、女性や老人が歩いている姿まで見えるわ。」

 

 ラキュースが投じたのは話題を振るというよりも、情報収集の釣り餌だ。相手によっては警戒され、口を閉ざしてしまうような抜き身のものだが、その時は別の策を考えよう。そんな一言だったが……。

 

「そうなのですか!わたし、皆様とお会いするためにリ・エスティーゼ王国に行った時と、魔導国へご招待された今回以外に他国を知らないのです!!具体的に何処が素晴らしいのでしょう!いいえ、アインズ様の治める国なのですから、とても一晩では語れない素晴らしさとは思いますが、どうか学の無いわたしにも皆様のご意見を聞かせて下さい!」

 

 釣り糸を投じた瞬間、鮫が群がってきた錯覚にさえ陥る。身を乗り出すネイアは目を爛々と光らせており、腹芸の必要な情報収集の場とはまた別の危うさを覚えた。

 

「そ、そうね。まず、街の一定区画に街灯が配置されていること。街の暗さは犯罪を誘発させるわ。街そのもの……はあまり変わらないけれど、清掃が徹底されていて、割れた窓のひとつもない。孤児や浮浪者の徘徊も見えない、孤児院などの福祉が格段に整備されている。簡単に纏めるとこんなところかしら。」

 

「なるほど!ローブル聖王国でもヤルダバオト襲来の以前は女性の一人歩きは結構見ましたし、復興途上の現在でも、目立った治安悪化は無かったので、他国の皆様からの意見はとても参考になります!」

 

「前者は言葉は悪いが平和ボケだな。後者はネイアが民を団結させている影響も大きいだろう。農民を徴兵した雑兵とは異なる、練度が高い軍勢20万など、一国の王でもまず手に入らない。更にその動きが未だ拡大しているともなれば、それは脅威の一言だ。」

 

「いえ、わたしの力など大したものではありません!全てはアインズ様のお導きです!」

 

「……本心からの言葉だな。」

 

 イビルアイは〝だからこそ恐ろしい〟という言葉を呑み込む。〝狂信者ネイア〟率いる『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』。その団体が保有する武装親衛隊の噂は、都度都度耳にしているが、張本人を前にすると、一見すれば……目付きの悪いだけの、ただの少女だ。強軍を率いているという驕りも傲慢も感じない。

 

 それに座天使(オファニム)を討ちとった後の大演説……、蒼の薔薇一同が驚愕したのはその射手の能力以上に、扇動者としての力だった。

 

 魔導王に心酔する気など更々ないイビルアイさえも、鼓動を止めた心が動かされる魔法のような弁論術であり、【凶眼の伝道師】の恐ろしさ、その一端を垣間見た。彼女が旗手となる『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』は、今後更なる躍進を遂げるだろうと確信を持てる。

 

「魔導王陛下によるエ・ランテル統治が、リ・エスティーゼ王国の統治下にあった時分よりも安定しているのは確かだ。先程ラキュースが言った街の改革、そしてデス・ナイトによる日中夜に渡る絶えない警邏。犯罪行為が行われるとも考えにくい。」

 

「ああ、ここで犯罪やらかす輩が居るとすりゃ、そりゃ自殺志願者くらいなもんだ。」

 

(やはり魔導王陛下の統治こそが、今のローブル聖王国に必要……。わたしもまだまだ精進しないと。)

 

「それにしても聖騎士見習いの従者たるネイアが、どのようにここまで力を得たのかは本当に興味が尽きない。」

 

「それは勿論!魔導王陛下のお陰です!【正義とは何か?】その疑問に辿り着け、弱き事が悪であると知ったからに他なりません!」

 

「……そうか、ならば違いないのだろうな。」

 

 先程から何度かネイア・バラハの劇的な変化・強化の源泉、その理由を知ろうと問いかけるも、ネイアの返答は〝魔導王陛下のお陰〟一択だ。短期間で異常なまでの〝れべるあっぷ〟を経ており、これが狂信のみで成せる業とは思えない。

 

 だが、本人でさえ自覚が無いことを聞き出す事など不可能だ。一番の興味であったが、こうなればお手上げとしか言いようが無い。

 

 カラン と 扉が開く。

 

 そこには幾多の宝石によって彩られた黒いローブを纏った、眼窩に赤黒い焔の瞳を揺らめかせる死の支配者(オーバーロード)。アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下その人である。

 

 黄金の輝き亭に居た全員が一斉に平伏し、蒼の薔薇、シズ、ネイアも頭を下げる。

 

「よい、頭を上げ、楽にせよ。……さて、女性たちの語らいを邪魔する無粋を許して欲しい。そろそろ夜も深くなってきたのでな、シズとネイアを迎えに来た。」

 

「アインズ様御自らそんな!!」

 

「何、客人を歩いて帰らせるなど、無礼な真似は出来ん。さて、冒険者チーム蒼の薔薇の皆さん、先程も述べさせて頂いたが、改めて。我が国の民を救って下さったことに感謝を述べる。この恩義はいずれ形のあるものでお返ししたい。だが、まずは感謝を……。」

 

「ま、魔導王陛下!!頭をお上げ下さい!我々の微力など、陛下やモモン様に到底及ばぬ稚拙なものです!」

 

 頭を下げた魔導王陛下を見て、ラキュースが悲鳴にも似た声を挙げた。ラキュースはただの冒険者ではない。リ・エスティーゼ王国の貴族令嬢という身分も持ち合わせている。そんな人間に一国の王が頭を下げる意味を解らぬアインズ様ではないだろう。

 

 ネイアにはラキュースの気持ちが手に取るように解る。彼女はアインズ様が正義だと確信する前の自分だ。魔導王陛下が慈悲に溢れ、絶対的な力を持ちながらも、相手と対等の立場まで視点を下げ考慮なされる度量を持ち合わせ、礼を尽くす事の出来る偉大な王であることを知る前の自分なのだ。

 

「いいや、国を治める者として、国土や国民を護ってくれた恩人に礼を尽くすのは当然のこと。本日は戦いの疲労を癒してくれたまえ。……<転移門(ゲート)>。」

 

 フィンガースナップと共に現れた、楕円形の歪曲した空間。ネイアは蒼の薔薇一同に一礼し、シズと共に魔導王陛下の後ろへ付き添い……転移門(ゲート)を潜って、3人の潜った転移門は消失した。

 

「……ありゃあ、想像以上に、何と言うか、とんでもねぇな。」

 

 〝化け物〟という言葉を辛うじて呑み込んだガガーランから、絞り出すような乾いた声が漏れた。

 

「ええ、お礼の品と言っても、国王陛下からの下賜品以上の品でしょうね。断るのは無礼にあたるでしょうし。」

 

「我々はモモン様から報酬を受けた仕事をこなしたまで……と、立場を明確にする他無いだろう。モモン様にも助力して貰おう。」

 

「……お礼の品がモモン様が一日蒼の薔薇に協力する権利だったら?」

 

「馬鹿者!それはモモン様の心情を弄ぶ事になる。そんなもの受け取れるはずがないが、どうしても、だがしかたなく、我々は必死に断るが、モモン様もその提案に吝かでないのならば、やむを得ず受け取るしかないだろう。」

 

「言葉の前後で大分葛藤が見えた。」

 

「……何この子必死。」

 

「…………!!!!」

 

 

 ●

 

 

 転移門を潜った先は、ネイアの旅が始まった場所、アインズ様に謁見をした玉座の間であった。玉座の横に何時も佇んでいた美女アルベドの姿は無く、出迎えた美しいメイド2人が深々と一礼をする。アインズ様はローブを翻して玉座に堂々と鎮座し、ネイアはシズと同時に跪く。

 

「ネイア・バラハ。この度は大変迷惑を掛けた。我が国の首都で客人が襲われるなど、統治すべき王として失格であるな。」

 

「そのようなことは御座いません!相手は狡猾にもわたしを狙ってきた刺客です!むしろ御身の国を煩わせたわたしを罰して下さい!」

 

「何をいうか、最大の脅威である座天使(オファニム)を討ちとったのはネイア自身。よくぞあの強敵を倒してくれた。あの偉業がなければ、民にも被害が出ていただろう。」

 

 ネイアは自分の力をそこまで過信していない。アインズ様のお力があれば、あの程度の天使など一瞬で片付けられたはずだ。

 

 それでも自分に討伐を譲って下さったのは、贖罪の機会を与えて頂いた御慈悲に過ぎない。もっと考えを深めれば、魔導王自らが南部派閥の刺客である敵全てを倒してしまえば、最早ローブル聖王国南部と魔導国は戦争への道しかない。

 

 そこで自分が……ローブル聖王国北部の人間が最大の敵を討つことで、配下や民衆の怒りに対する緩衝材とし、即座の戦争行動を回避することが出来る。本来は争いを好まず、和平を愛する、慈愛溢れる御方だ。自分に弓と矢を託してくれたその御手には、他にもネイアも及ばぬ深淵にして偉大なお考えをお持ちに違いない。そのお心遣いに目頭が熱くなり視界がぼやける。

 

「ふむ……。納得いっていないようだな。だが、ネイア・バラハ。お前を信じたわたしの行動を、お前は信じてくれないのか?」

 

 その言葉はずるい。ネイアはそう思いながら、敬愛するアインズ様のお顔が見れなかった。自分はどれほど酷い顔をしているだろう。 

 

「アインズ様……わたしは……わたしは……」

 

「ネイア……強くなったな。」

 

 もう限界だった。涙腺の堤防は決壊し、だくだくと涙が溢れていく。自分は弱さを悪だと知り、アインズ様を……その偉大なる御身のため強くなる決意を固めたのだ。アインズから強さを認められることは、ネイアにとって万の礼賛や賛美を遙かに上回る、神より賜る福音だった。

 

「あ……あ、あイ、アイ……ンズ様……。」

 

「あーー。そこまで感涙するほどの事はないぞ。それに、ほら、あれだ。涙を拭え。」

 

 ゴシゴシと乱暴に顔を拭われる感覚……ネイアはまたもシズ先輩のハンカチを汚してしまった。

 

「あ、ありがとうございます。洗って返します。」

 

「…………うん。また鼻水がついたのはショック。でも気持ちは解る。許す。」

 

「さて、ネイアよ。ここは以前エ・ランテルで聖騎士団と会った王城と別の場所にある。言うなれば魔導国の総本山だな。客間を用意しているので、今日はそちらで休むと良い。ツアレ。」

 

「はい。」

 

 メイドの1人が玉座の前まで歩き、跪いた。

 

「この場所には人間のメイドが2人しか居ない。1人はちょっと特別でな。王城に居る間、ツアレをネイア・バラハ専属のメイドとする。シズ、ネイア、もう楽にしたまえ。……ツアレ。」

 

「はい。……初めまして、ネイア・バラハ様。わたくし、アインズ様よりネイア・バラハ様のお付きを賜りました、ツアレニーニャ・ベイロンと申します。不束者ですが、何なりとお命じ下さい。」

 

 ツアレというおよそ10代後半の、青い瞳に綺麗で艶のある金髪を持つ愛嬌のあるメイドは、洗練された見事なカーテシーでネイアに挨拶をする。女性であるネイアでさえ見惚れてしまいそうだ。

 

「では部屋へ案内せよ。……シズも、ネイアと同じ部屋でいいか?」

 

「…………お願いします。」

 

「では、御前、失礼いたします。」

 

 ネイアはアインズの用意した転移門(ゲート)を潜り、玉座の間を後にした。……その先は、廊下の先が見えないほど広大な空間。見上げるような高い天井には、シャンデリアが一定間隔で吊りさげられ、白を基調とした壁や、大理石の床は隅々まで清掃が行き届いており、宝石のように光が乱反射して輝いている。荘厳と絢爛さを兼ね備えた、正しく神の住まう別世界だった。

 

「ではこちらが客間となります……っえ!?」

 

 ツアレが驚いた悲鳴を挙げた先には、5人のメイド服姿をした美女が並んでいた。

 

 夜会巻きにした黒髪の落ち着いた雰囲気の眼鏡を掛けた美女、悪戯っぽい笑みを浮かべる褐色肌をした赤毛を三つ編みにした美女、きめの細かい色白の肌にお淑やかそうな雰囲気をした長い黒髪を後ろで束ねた美女、長い縦ロールの金髪で豊満な胸を持つ美女、シズのように仮面のような表情の奇妙な見たこともない服装に身を包んだ美少女。

 

 その全員がネイアを見つめていた。

 

「え、あの……。」

 

「どうも~~、わたし達もシズと同じメイド悪魔っす~! シズの友達と聞いて皆で見に来たっすよ! あ、わたし、ルプスレギナ・ベータって言うっす! ルプーって呼んでくれてもいいっすよ?」

 

「め、メイド悪魔!?そういえば、5人居ると聞いていたけれど。あれ?6人?」

 

「ああ……。我々ヤルダバオトに操られていたのは、全部で6人だったのです。それにしても噂には聞いておりましたが、アインズ様への素晴らしい忠誠をお持ちのようですね。人間は皆こうあるべきです。……御挨拶が遅れました、私はアインズ様へお仕えし、その命を捧げる、シズを含む戦と……メイド悪魔六姉妹(プレアデス)のまとめ役、ユリ・アルファと申します。」

 

「わーぁい!妹のおともだち~~!わたしエントマ~~。」

 

「…………ネイア。この子はわたしの妹。勘違いしてはいけない。」

 

「へぇ。美味しそうな子じゃない。……冗談よシズ。わたしはソリュシャン、よろしくね。ネイア・バラハさん。」

 

「……ナーベラル・ガンマ。確かに人間にしては見所があるわね、シズの友人としてはギリギリ及第点かしら。」

 

「あれ?ナーベさん!?」

 

 そこには本来〝漆黒の英雄〟モモンと共にいるはずの美姫ナーベがメイド服に身を包んでいた。

 

「ああ、ナーベラルはドッペルゲンガーと言う種族で、アインズ様のご命令で、美姫ナーベの力を持つように命じられているのです。ただ、混乱を招くからこのことは秘密にしてくれる?」

 

 なんだか言葉を選ぶようなユリの説明に違和感を覚えるが、ネイアはそういうものだと納得する。

 

「はい、アインズ様の寵愛を一身に受けたる皆様の前で、このような事を言うのは大変おこがましいですが、わたくしの命の恩人にして救国の英雄。そして偉大にして尊敬すべき御方であらせられるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の御名に誓い、口外しない事を約束します。」

 

「中々解ってる子じゃないッスか~~! んでんで! シズとはどんな感じで友達になったっすか!? 教えて欲しいっす!」

 

「そうね、シズは寡黙すぎるわ。詳しく聞かせて頂戴?」

 

「ええ、夜は長いですから、お茶とお菓子をご用意しているわ。……ツアレ、あなたは座って休んでいていいわ。」

 

「あ、はい!」

 

「……えっと、その。」

 

 そうしてネイアの長く騒がしい夜が始まった。


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