「貴様!遂に気が狂ったか!!何度も言うように、魔導国はお前の兄を殺した恐ろしいアンデッドが支配する国なのだぞ!!そんな国に、しかも伯爵様にも独断で入国するなど、何を考えている!」
フィリップは父親の激昂に憐憫の目を向ける。父親が怒りを示すことなど既に計算済みだ。この頭の固い領主貴族は時代の変化についていけない哀れむべき存在だとフィリップは既に割り切っている。一応立場上報告をした方がいいだろうと、伝えただけに過ぎない。
「人脈作りですよ父上、今魔導国にはローブル聖王国より賓客が来ているといいます。それなのに、リ・エスティーゼ王国からは1人の使者も出していないと言うではありませんか。これは好機なのです。」
何でもその賓客とはローブル聖王国で『魔導王陛下に感謝を捧げる会(仮)』の代表をしている人物であり、20万もの武装親衛隊からなる私兵を持ち合わせる少女だという。自分も魔導王なるアンデッドには感謝をしている身だ、きっと話が合うに違いない。そういう意味でも、未だ必要以上に魔導国を敵視する頑固者が多い馬鹿な貴族共よりも、自分が最適なのだ。
「……そもそも、賓客が来ているなら尚更だ。他国の人間が赴くなど、許されるはずがないだろう。」
目の前の馬鹿は何を言っているのだ?
自分の立場になって考えることも出来ないのだろうか、自分が他国で持て成されている時、更に他の国からも自分を讃える人間が来れば愉悦を覚えて然るべきだろう。目の前の頑固者と血が繋がっていると思うだけで嫌悪感が走る。だがなんとかイライラを抑え、既にヒルマを通じて決めた結論を述べる。
「魔導国への入国は既に日時も決まっております。話は以上です、父上。」
自分の偉大な考えに及ぶことさえ出来ない哀れな無能を睨み付ける様に、フィリップは父親の部屋から去っていく。ヒルマは目を爛々とさせて『魔導王陛下に感謝を捧げる会(仮)』の代表だという少女の凄さを滔々と説いていた。それほどの人物と接触を持て、駒として操れたならば、こんな辺鄙な領地ともおさらばだ。
興奮が止まらない、この旅は最初の階段だ。魔王を支配し、やがてアルベドと結ばれるための……。
……しかしその数日後、魔導国首都エ・ランテルにおいて賓客を狙った刺客が現れたため、入国そのものが中止となってしまった。
胃痛で死にかけていたヒルマがその報告を聞き、安堵の余りその場で失禁し糸が切れた様に意識を失ったことは余談である。
●
エ・ランテルの執務室。そこでアルベドとデミウルゴスが感極まった様子で話し合っていた。
「……アルベド、アインズ様の国である首都エ・ランテルが人間如きに襲われたというのに、随分と楽しそうな顔ではありませんか。」
「それをいうならデミウルゴス、あなたもよ。」
「いやいや、世界征服において、〝恐怖による統治は望まない〟とアインズ様は仰っていた。わたしは単に暴力的な支配を望まれていないだけと捉えていたが、またしてもアインズ様の意味するお言葉を心得違いしていたようです。……恐怖による統治にも、様々な種類があるのだとね!」
「アインズ様が仰ったのは〝直接の暴力でねじ伏せる〟統治はお望みにならないということ、しかし……」
「外敵や危険を常に民衆へ意識させ、アインズ様の庇護下においての安全……従属を絶対なものとする。つまりは〝単純な恐怖ではなく、恐怖を巧みに使いこなした統治を行え〟という意味だったのでしょうね。実際天使達が襲来した後の、アインズ様への平伏は絶対的だ。あのネイア・バラハの煽動も一役買っている。情報の伝達の大部分が行商人や口コミに依存しているこの世界において、扇動者や演説家とは、こうも力を発揮するものとは……。」
「アインズ様はここまで読まれ、ネイア・バラハを魔導国へ招いた訳ね。」
「ええ、我々へ遠回しに、〝情報伝達の重要性〟〝この世界における扇動者の有用性〟〝恐怖を巧みに使用した統治〟をご教授下さったのでしょう。我々は第二のネイア・バラハ……若しくは、人伝に依存しない情報伝達の手段を整える必要がある。そう、ウルベルト様もこの様な御言葉を残されていた。〝プロパガンダには悪の美学がある〟と。」
「これは忙しくなるわね、デミウルゴス!」
「全く、アインズ様はどれだけ我々を驚愕させてくれれば気が済むのでしょうか。あと二日か……。どうなるか楽しみだ。」
「アインズ様のお考えに間違いなどあるはずがありませんもの。そうそう、ローブル聖王国の南部はどうするつもり?」
「それこそアインズ様が我々への課題とされた〝恐怖を巧みに使った統治〟の実験場とさせてもらう予定です。ネイア・バラハが事を治めたことで、戦争行動に発展させるまでのことも無い。アインズ様は素晴らしい駒だけでなく、盤上まで整えて下さった。……さぁアルベド、計画を練りましょうか。」
「そうね、アインズ様のご期待に応えるために。」