ネイア・バラハの聖地巡礼!   作:セパさん

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ツアレニーニャ・ベイロンと伝道師

「わたしは……奴隷でした。」

 

 魔導国で宛がわれたお付きのメイド……ツアレニーニャの第一声に、ネイアは興味を抑えきれなかった自分に対し強い後悔を覚える。

 

 アインズ様の〝真なる王城〟に仕えるという、羨望すべきたった2人の人間。その1人であるツアレに大きな興味をそそられた。他人の心情に土足で踏み込んではいけない、そんなことは解りきっているが、エ・ランテルで見たそれとは、明らかに異なる真なる王城。

 

 アインズ様が、魔導国の本拠地と仰るだけあり、次元が異なる例える言葉さえ見つからない神々の聖地だ。ネイアからすれば、ツアレは正しく神が(もたら)せし福音の光に導かれた存在。

 

 しかしそれは余りにも悲痛な言葉で始まった。ネイアはツアレが浮かべる悲痛な表情と、声色から、無理に聞くことを止めようとするが……。

 

「……悲劇のヒロインを語るつもりは御座いません。昨晩ネイア様の話された演説に心奪われた身です。ネイア様は母国滅亡の危機や両親や戦友や民の死、それを乗り越えて尚強く在られる。一時は世界で一番不幸だとさえ考えていた自分が滑稽に思えました。わたくしも恩義に報いるため、強くならなければならないと決心しました。ですから……お話を聞いて下さいますか?」

 

 その瞳には、強い決心の炎が宿っており、向けられる笑顔はまるで何かと決別するかのようだ。ネイアは言葉が出ず、そのまま頷く。〝おかけになって下さい〟とネイアとシズは絢爛豪華なソファーに並んで座り、ツアレも2人の許可を得て倚子に腰掛けた。

 

「わたくしはリ・エスティーゼ王国の開拓村で産まれた農奴でした。物心ついた時から畑を耕すばかりで、実った作物は全て領主様に持っていかれ……。お腹いっぱいに食事をした記憶など御座いません。ある日、わたくしは貴族に目をかけられ、妾とされました。しかし白馬の王子様なんて高尚な存在はこの世に居ませんでした。毎日犯され、嬲られ、見せ物にされ、飽きられたわたくしは娼館に売り飛ばされたのです。」

 

 リ・エスティーゼ王国の政治内部が腐敗しているという情報は、ネイアがアインズ様がどれだけ偉大な王か検証するにあたり、各地の王の統治を調べ知ったことだが……。その生き証人にして、被害者を目の前にするのは初めてのことだ。そんな王国がどの面を下げて偉大にして慈悲深き王であるアインズ様を、〝虐殺者〟などと罵るのか、ネイアの頭に怒りが過ぎる。

 

「そして娼館でも、陵辱の限りを尽くされ……幾多の骨が折れ、歯も全て無くなり、幾多の性病に罹患し、使いものにならなくなったわたくしは、路地裏に簀巻きにされて捨てられました。そんな死の淵に居たわたくしを救って下さったのが、アインズ様の執事(バトラー)であり、使用人の長を任されていたセバス様だったのです。わたくしの身体の傷、全てをその日の内に完治させて下さいました。」

 

 目の前の清楚な金髪のかわいらしい10代後半の女性。その印象に似合わぬ経歴に、ネイアは絶句する。それと同時に、ツアレの話が本当であるならば、それは大神官をも超えた治癒魔法の使い手であり、配下である執事さえもアインズ様に匹敵する慈悲深さと能力を持っている証明となる。

 

「更にはセバス様は、その数日後わたくしの悪夢の地、わたくしを蝕んだ娼館を一日で壊滅させました。……更には不覚にも再び娼館を運営する裏組織に攫われたわたくしを、セバス様は再び助けて下さったのです。そしてわたくしは、人間界と決別し、この地で生きる決意を固めました。アインズ様は寛大にもわたくしの我が儘を聞いて下さり、この地でメイドをする事をお許し下さったのです。」

 

「そのセバス様という方が、ツアレさんにとっての【正義】なのですね。」

 

「勿論、アインズ様こそ至高なる御方である事に違いはありません。ですがわたくしは……セバス様のものです。わたくしに出来る事は、賜ったメイドとしての責務を全うすること……。アインズ様とセバス様への恩義を返すことなのです。」

 

「そうですか……」

 

 ツアレはネイアの三白眼に射貫かれ、肝を冷やす。彼女のアインズ様への狂信は先晩聞いた通りだ。下手をすると、アインズ様に崇拝するのではなく、その配下に過ぎないセバス様に心酔しているツアレを【悪】と思っているのかもしれない。そんな考えが過ぎる中……。

 

「やはり!アインズ様にお仕えする御方々も、強さを持ち、そしてその力を正しく使う事の出来る正義なのですね!!そしてツアレさんも、その恩義に報いようと強くあられる、正に同志です!ツアレさんを苦しめたリ・エスティーゼ王国などは、不敬で愚かにもアインズ様を〝虐殺者〟などと侮蔑し、唾棄する無知で憐れな人々に溢れております!ツアレさんのご意見を聞けたこと、そして辛い過去を話して下さった事、それによりわたしは一層益々アインズ様の偉大さの一端に触れられました!」

 

「強く……そんな大層なものでは御座いません。今もメイドとしては半人前以下ですし、セバス様やメイド長のペストーニャ様に様々ご指導を頂いている身です。」

 

「いいえ!強さとは武力だけではありません!知識も情報も、そして正義をサポートすることも強さなのです!ツアレさん、あなたは立派に正義を成されているのです!そして慈悲深きアインズ様の執事であらせられるというセバス様、その方よりツアレさんが受けた無上の寵愛、その恩義に報いようとされる姿に、正義を見せるそのお姿に、必ずや愛と祝福を下さるでしょう!」

 

「愛を……、汚れたわたくし如きが……いえ、セバス様……。」

 

 神の無上の愛を説く伝道師と、祈りを捧げる少女。それは一見すれば宗教画の様な一幕だった。……余りに客間で長く3人でいるシズ、ネイア、ツアレに、ひょっとするとツアレが何か粗相をしていないだろうかと、扉の外で気配を消して話を聞いていたセバスが顔を少し赤らめていたのは余談である。


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