宛がわれた〝真なる王城〟の私室で目覚めたネイアは、ベッドサイドに座るシズ先輩の視線で飛び起きる。
「シズ先輩!?」
「…………ネイア。やっと起きた。」
昨晩シズ先輩が同じベッドに入って来たことは覚えている。そのまま自分はシズ先輩を抱擁し……眠りにはいったのだろう。今更になって恥ずかしさがこみ上げてきた。
「…………ん。」
シズ先輩は、チョコレート味やストロベリー味と同じ容器に入った黄色い液体をどこからか取り出した。そして蓋を外しストローを差したモノをネイアに渡す。
「…………バナナ味。」
「ば、ばなな?」
聞いたことのない名前だが、不安は無い。これから朝食もあると思うけれど……という不安はあったが。
「…………昼食の1時間後。アインズ様がお呼び。」
シズ先輩は寂しげにそう話した。何を意味するか分からないネイアではない、客人として最後の謁見だろう。つまりは、シズ先輩と居られるのも、今日の昼食までなのだ。時計を見ると6時、あと7時間ほどといったところだ。だが今から別れを惜しんでも仕方がない。
「今日は何をしましょうか?シズ先輩!」
「…………。」
宝石の様な緑の目がネイアの目を真っ直ぐと見据える。
「…………ネイアと。たくさん話がしたい。」
ネイアは一瞬鼓動の乱れる音を感じた。シズ先輩の顔にあったのは、ネイアでも読み解けない複雑で難解で……決して不愉快ではない感情だった。
「ええ、今回の旅のお話。一緒に振り返りましょう!」
「…………そうする。」
そうしてシズとネイアは昼食までの間、今回の旅、その様々な思い出を追想させ、語り合った。
●
玉座の間で、シズとネイアは玉座に鎮座する
「おもてをあげよ。」
「「はっ。」」
「ネイア・バラハよ。この7日、不慮の事態にも巻き込んでしまったが、魔導国を見回ってどうだったかな?」
「はい!アインズ様!多種族との共存という無限の可能性、アインズ様の御慈悲に溢れる統治、【真なる冒険者】という偉大なるお考え、その一端に触れられ、このネイア・バラハ、幸甚の至りに御座います!!」
「入国に際し、〝忌憚のない意見を述べる〟という条件であった。何分、他国からの正式な客人というのはバラハ嬢が初めてなのでな。遠慮や失礼など考えることはない、世辞はいらんぞ?言葉を飾らずに述べてみよ。」
「ええ、では……。まず、わたくし如きを客人として招いて頂いた事そのものが、とても光栄で、この上ない喜びであります。アインズ様の統治下におられる羨望すべき皆様はとても親切で温かく、アインズ様を心から称賛される同志に多く出会え、本当に幸せな7日間でした。またカルネ村のエンリ将軍やバハルス帝国のジルクニフ陛下とお会いし、アインズ様の上に立つ人物を見定める御慧眼に感服させて頂きました。アインズ様の偉大にして深淵なるお考えに届くほど自惚れておりませんが、その一端に触れることが出来たことは、無上の喜びで御座います!」
「あ~~そうか……。では、逆に気になったことはないか?カルネ村はともかく、バハルス帝国やエ・ランテルなど、未だアンデッドを恐れている民や、亜人との融和が進んでいない地域も多かったはずだ。10個や20個、問題点は見あたるだろう?」
「勿論、アインズ様の偉大さと慈悲深さに未だ無知であり、自身の幸福に無自覚である憐れむべき人間もおりました。しかし、アインズ様の真なる偉大さを知れば、そんな先入観や偏見は簡単に払拭出来ます!事実、他国の小娘風情のわたしが話し合うだけで解決出来た事案も御座いました。何一つ、アインズ様であれば障害となるものは御座いません!アインズ様はいずれ世界の全てを、その慈悲深き腕で抱擁される偉大なる御方であると、改めて確信いたしました!」
「う、うむ!そうか!!」
「魔導国は王の中の王、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の治められる国家なだけあり、この世にこれほど素晴らしき統治を受けられる幸福な民は世界に……いえ、歴史を遡ろうと存在しないと確信できます。忌憚の無い意見ということでしたらそうですね……、アインズ様の素晴らしい統治下におりながら、アインズ様の慈悲深さに甘えるばかりで、賜る恩義に報いようと努力をする者が余りにも少ないと愚考いたします!」
〝間違ってNPCと話してないよな!?何なのこの子、ちょっと怖いんだけど。〟という思考がアインズの脳裏に浮かぶが、咳払いをして頭を切り替える。
「バラハ嬢の忌憚なき意見、感謝する。さて、シズとは友好関係を深めることが出来たか?」
「はい!アインズ様!この7日間、様々な場所を共にし、シズ先輩には様々な場面でお世話になりました!」
「シズ、お前はどうだ?」
「…………ネイアといるの。凄く楽しかったです。」
アインズは思わず花咲くように内心で破顔する。
「そうかそうか、それはよかった。本当に嬉しいことだ。……そこでネイアよ、貴殿に土産と褒美を準備している。」
アインズがフィンガースナップすると、宝石の拵えられた黄金に煌めく3つの宝箱が現れた。
「御伽噺の様に3つから選べなどケチなことは言わん。全て持って帰るといい。」
「そんな!これだけの待遇を受けた身でありながら、わたくし如きが御身より品物まで受け取れません!」
ネイアは思わず悲鳴にも似た声を挙げる。絶対に外見が豪華で中身は残念なんてことは有り得ない。確信出来る。
「客人に土産も渡さない無礼など出来ん。そして二つは褒美だ、功績には褒美を以って返すべきだ。何よりもわたしが貴女のために選び、造り上げた品だ。受け取ってくれないのかね?」
天使騒動の時もそうだったが、その問いかけはズルイ……ネイアはそう思いながらも、内心はギリギリまでどう断るかで一杯だった。
「ひとつめがシズの友人としての土産、二つ目がわたしの〝真なる冒険者〟その構想を見事に読み解き、大々的に広めてくれた事への褒美、三つ目はエ・ランテルを襲った大天使を討伐した褒美だ。」
「アインズ様!天使を使い陛下の首都であるエ・ランテルの民達を襲ったのは、我が国の愚か者共です!わたしが褒美など受け取れません!」
「貴国からの刺客をその民であるネイア自身が討ってくれた事が大切だったのだ。何分あの場でわたしや配下が天使を討っていれば……若しくは民に少しでも被害が出ていれば、我が国はローブル聖王国と戦争をしなければならなかっただろう。わたしは戦争など望んでいない、だからこその褒美なのだ。」
やはりアインズ様は、自分に弓を託して下さったあの手に、そこまでのお考えを巡らせていたのかと、ネイアは脱帽する。
「まぁ土産も褒美も、ローブル聖王国に帰ってからのお楽しみ……と言いたいところだが、少し説明の必要もあるマジック・アイテムもある。今、ここで開けてみてくれるか?」
手を付けてしまえばもう後戻り出来ない。だが、これ以上固辞しては失礼にあたるだろう。ネイアは震える手で1つめの宝箱を開けた。
中には……一冊の本とひんやりと冷気を発する両手で持てる位の銀の箱が入っていた。
「それは〝シズの友人〟への土産だ。料理長の話ではアイスクリームをとても気に入ってくれたと聞いている。簡単なもので悪いが、菓子作りのレシピだ。ローブル聖王国には羊も多いのだろう? あの菓子は羊の乳や卵から作る事が出来る。氷結させるに際しては、その箱を使うと良い。まぁ他にも色々なレシピがある、材料が揃ったり、気が向いたら作ってくれ。」
聖地で作られた美味なる菓子……その調理本、それに氷結のマジック・アイテムなど、魔法技術に疎いローブル聖王国においてはそれだけで国宝クラスだ。ネイアは目を点にする。
そんなネイアの心情を知らないアインズだが。
(相手が恐縮せず、それでいて相手には手に入らない品……だったよな。まぁ氷結の魔法を宿した箱……この世界バージョンの冷凍庫ならフール-ダでも作れるくらいだし、大丈夫だろう。)
セバスからのアドバイスを聞いて、自分の選んだ品に喜んで貰えるか内心不安に思っていた。
「あ、ありがとうございます!アインズ様!聖地における菓子、その作製技法をわたくし如きにご教授頂いたのみならず、歴史上至高にして偉大なる
感涙しているネイアを見て、思いっきり恐縮しているのを感じ、何か間違ってしまっただろうかと内心首を捻る。
「い、いや。わたしにかかればその程度の品雑作もない事だ。わたしの魔法技術で言えば……」
アインズはそこまで言いかけ、サプライズは最後にしようと順番を変える。
「それよりも、次は褒美だ。天使を討った褒美として、改めてネイアに渡したい。右の箱を開けてみよ。」
ネイアは命令されるまま、右の宝箱を開ける。混沌とした歪曲空間が広がっており、中身は見えない。
「手を入れてみると良い。」
「はい……。……!?これ!」
それはアルティメイト・シューティングスター・スーパー、射手の小手、バイザー型ミラーシェード、バザーの鎧……ヤルダバオト襲来時、アインズ様からお借りして力を貰い、アインズ様へお返しした品々だ。
「射手としてかなり腕を上げたな。今やその弓は弱者の力を補強する装備ではない、偉大なる弓手の手元にあるべき品だ。正式にネイア・バラハへこの品々を下賜しよう。」
何度目か分からない〝とても受け取れません!〟が脳裏で木霊する。
「少しでも使い慣れたものをと思ったが、もっと高性能なものが良かったか? ならば……」
「いえ!アインズ様!魔導王陛下!このネイア・バラハ、アインズさまより賜りました神代の品々に恥じない弓手となるべく、今後も一層益々の研鑽を積ませて頂きます!」
ここで断ったり、これ以上話を長引かせれば、より心臓に悪い武具や防具がポンポン出てきそうなので、ネイアは悲鳴じみた感謝の言葉を述べ、跪き恭しく武具・防具を受け取った。
「そうか、喜んでくれたようで何よりだ。……では3つ目の箱を開けてみよ。」
ネイアは震える手で真ん中の箱を開ける。そこには、分厚い
「1つを手に取り、横にある紐を引っ張ってみよ。」
ネイアは言われたままに紐を引いた。……すると、突如辺り一面の景色が変わり、ツアレともう1人のメイドも驚いている。シズ先輩も興味深そうにキョロキョロとしていた。
そこは広大な草原で、大量の馬を走らせるだけの広さがある。また、的や剣技場と思わしき施設、水道やトイレの設備まであった。
「この品は第10位階信仰系魔法
アインズ様の指さす先には巨大な門がいくつも見えた。
「わ、わたくしの為にこれ程の品まで……。」
「いや、泣くことはない。わたしも久々に配置や改造を楽しめた。……これは本当だぞ?」
実際パンドラズ・アクターと共に一面真っ白の空間から建物や備品を作り出し配色を考えるのは、ユグドラシル時代を思い出し、胸を躍らせたものだ。
ネイアは涙が止まらなかった。アインズ様は自分の活動をしっかりと見て下さっていたのだ。そして直面している課題にまで、これ程の御慈悲を頂けるなど、これ程幸福なことがあるだろうか。
門を潜り、玉座の間へ戻ったネイアは、改めてアインズへ万感の思いを込めた礼をする。
「アインズ様、例える言葉さえ見あたらない素晴らしい品々を賜り、光栄の至りに御座います。」
「うむ。流石に宝箱3つは重くなるだろう。武具・防具は今装着して帰るといい。」
(まぁ本当はあの宝箱だけに掛けた空間変異の技術を漏らしたくないだけなんだけれどね。)
アインズはそんなちゃっかりした事を考えて、重々しく頷いた。それを言えば
ネイアはアインズ様に〝失礼します〟と告げ、その装備で身を固めた。
「さて、先程のマジック・アイテム……鍛錬場について何処へどのように配置するかはネイアへ任せるが、紛失がないよう留意せよ。もし破損や紛失があれば、わたしへ報告するように。」
(俺なら魔法探知で見つけられるし、製造責任者として不備があったら修正しないとな。)
「畏まりました!命に代えてでも。信頼厚い同志へ一時的に貸し出しますが、責任所在者はわたくしとし、万全な管理をさせて頂きます。」
アインズ様曰く第10位階……この世で最大の位階に属する、正に神の世界の力を宿すマジック・アイテムだ。ひとつでも紛失なんてすれば、自分の首だけでは済まない。かといって、この品はアインズ様が同志たちが牙を研ぐ場所がないことを憂い、造り上げて下さった品。まさか飾っておく訳にもいかない。ネイアはアインズ様から賜った重責を心に刻みつけた。
「ふむ、満足してくれたようで何より。ネイア・バラハよ。またいずれ、魔導国へ来るといい。」
「はい!ありがとうございます!」
「では……<
歪曲した楕円形の空間が出来上がる。……この門を潜れば、自分はまた〝ただの他国の民〟へ戻る。魔導国に居てくれないだろうかと、声は掛からないだろう。そんな女々しい期待はしてはいけない。
「では、アインズ様。改めて、魔導国の一端を見ることが叶い、幸甚の至りに御座います。より、アインズ様のお役に立てる存在となるよう研鑽し、恥じない働きをさせて頂きます。」
「うむ、期待しているぞ。ネイア・バラハ。……シズ、お前から何かあるか?」
「…………元気で。」
シズはそういって手を差し伸べた。
「……!はい!シズ先輩!」
ネイアは飛びつく様に手を交わし、握手した手を上下にぶんぶんと振った。
「それでは、御前失礼致します。……ありがとうございました。」
ネイアは改めて跪き、深々と一礼し、<
ローブル聖王国は未だ、アインズ様に無知で憐れで蒙昧な人間に溢れている。真実を伝えることこそが自分の役割であり、使命だ。そう思うと、足取りは軽くなる。その第一歩を踏み出そうとすると……
「…………ばあ。」
「うひゃあ!?」
「…………良い感じに驚いた。」
「シズ先輩!?え?なんで?」
「…………わたしの〝きゅうか〟は今日まで、正確に言えば、本日の23:59:59まで。それまで好きなことをしていい。アインズ様が言っていた。」
「えっと……。」
「…………まだ9時間26分も残っている。先輩として後輩を導く。」
「シズ先輩、わたしたちの拠点に顔を出してくれるのですか?」
「…………うん。アイスの作り方も教える。あと鍛錬場のマジック・アイテムの指南をアインズ様より〝仕事〟として請け負った。」
「ということは……」
「…………しばらく邪魔する。さぁ行こう。後輩。」
「あ、はい!」
シズは宝箱の1つを持ち、片方の手でネイアを引っ張る。シズ先輩の足取りは何処か軽々としたスキップのようなものだった。それはネイアも同じ。
一見すれば、それは2人の少女、ただの友人同士だった。
ネイア・バラハの聖地巡礼!これにて完結とさせて頂きます。評価を下さった皆様、お気に入り登録を下さった皆様、誤字脱字報告をしてくださった先生方、改めて感謝を申し上げます!誤字脱字、変な日本語が多く、お恥ずかしい限りです。大変勉強になりました。
ここまでお読み頂き、改めて感謝を!ありがとうございます。