ネイア・バラハの聖地巡礼!   作:セパさん

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・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


【番外編】ジルクニフのラジオ計画 ②

 魔導国首都エ・ランテルの高級宿屋、黄金の輝き亭。そのスイートルーム。バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、この宿に3日滞在し、宗主国である魔導国国王、アインズ・ウール・ゴウンとの謁見を明日に控えていた。

 

(最初は王城の客室に泊まるよう言われたが、総合的に見れば断ったメリットは大きかった……。だが〝ラジオ〟の内容を我々に知られたくないならば、無理矢理にでも王城へ監禁出来たはず。交渉前に一手打たれたというべきか。交渉の前に相手へ負い目を与えつつ、自らの力を示す。初歩的だがそれ故に強力な手だ。それにヤツの事だ、わたしでは想像も付かない謀略を内包させているのだろう。)

 

 〝ラジオ〟という既存の伝達手段を超越する、国土全域への一斉情報伝達装置。個人と個人で行う<伝言(メッセージ)>の精度さえ雑音や齟齬が酷く、魔法大国バハルス帝国をもってして軍事にも転用出来ない。そんな常識の中、〝ラジオ〟の品質明瞭さは、正しく革命の一言だ。

 

 ジルクニフが希望した、魔導王陛下への謁見も、謁見の4日前に入国し、エ・ランテルをご見学させて頂きたいという提案も、驚くほどすんなりと通った。予見されていたかのような、余りにもスムーズな流れだったので、ジルクニフが懐疑心を抱くのも無理はない。

 

 帝国からは四騎士である<雷光>バジウッド、<激風>ニンブル、以前使者として魔導王の下に居た筆頭書記官のロウネ・ヴァミリネン。あとはお付きの女中が4名ほどという、小規模での宗主国入国となった。今回ジルクニフの目的は、〝ラジオ〟が今後帝国で普及される事を念頭に置き、帝国内での放送権限を少しでも獲得することだ。

 

 もしあの宣伝戦術(プロパガンダ)においては悪夢ともいえる装置が、全て魔導国の手の内ならば、大衆を扇動する能力をもってして、魔導国は軍を動かすことさえなく皇宮を滅ぼせる。――「魔導王陛下の下、全ての民は平等」「腐敗した皇宮の横暴を許すな。」といったメッセージを流し続けるだけで、大商人や豪農といった皇宮を良く思わない勢力がバックに付き、バハルス帝国は臣民との内戦を強いられるだろう。

 

 その脅威は獅子身中の虫どころではない、帝国は巨大な爆弾を国土に抱えることとなる。

 

「さて、お前達。忌憚なき意見を聞きたい。ここ3日、〝ラジオ〟の放送内容を昼夜に渡って我々は聞き続けたわけだが……、感想は?女中の皆もだ。」

 

「俺は朝に放送された子ども向け放送や、夜に放送された英雄譚が気に入ったな。ガキ向けとは思えねぇ完成度だ。陛下にゃ悪いが仕事を忘れかけてたぜ。」

 

「わたくしもバジウッドさんと同じ考えです。子ども向けの物語もそうですが、神話の英雄譚など、剣を握る者、または剣に憧れる者で、あの放送に胸を打たれない人間は居りません。未だ力に憧れる傾向が強い亜人であれば尚のことでしょう。」

 

「ふむ。確かにな。しかも既存の神話とは別……歴史を遡っても存在しない話だった。だが放送内容には不思議な説得力があり、未知なる存在を想起できる内容であった。……君たちは?」

 

「わたくしでしたら陛下。夜に放送された英雄譚よりも、昼間の恋物語を交えた冒険活劇に惹かれました。またエ・ランテル内の料理の名所を紹介する番組なども、魅力的に思えます。」

 

「陛下の身の回りでお付きを賜る女中としてお恥ずかしいですが、〝メイドが教える女性のお悩み相談っす!〟も大変興味深い内容でした。恋愛相談は別として、料理・接遇・礼儀作法に至るまで、帝国メイド達の教典にしたいくらいです。」

 

「昼は多くの聴衆は女性だったな、ターゲットは子どもを持つ母親、夫が仕事に出ている間の主婦と言ったところか。しかし仕事の休憩時間には、働く者も男女を問わずわざわざ公園まで足を運んでいた。……内容は決して男性向けでは無かったが、放送者そのものを目的としていると推測出来るな。昼間の例ではメイドがそれにあたる。」

 

 ジルクニフが聴いた3日間だけでも、その番組内容は多種多様であり、聴衆も人間のみならず、亜人種までもが多く集まって、公園外からの立ち聴きを余儀なくされた程だ。中には放送が始まった瞬間に喝采が湧くものもあり、改めて〝ラジオ〟の恐ろしさを認識した。

 

「陛下!」

 

 ロウネの目には、警戒の色が宿っている。恐らくはこの会話が魔導国側に盗聴されていることを懸念しているのだろう。しかしジルクニフは気にもしない。あの神算鬼謀を持つアンデッドのことだ、自分がこの程度を考察しているなど、お見通しに違いない。ならば口にするか、脳内に留めるかを天秤に掛ければ、情報は周知した方がいい。ほどほどの無能であろうとは決意したが、愚者に堕ちるつもりまではない。

 

「気にするな。下手な隠し立てはむしろ不和を呼ぶだろう。こちらの思惑などとっくに魔導王陛下は見通している。ヴァミリネン、お前も忌憚の無い意見を述べると良い。」

 

 ロウネはジルクニフの決心に満ちた眼差しを受け、一拍置いて話し始める。

 

「陛下。わたくしは内容よりも、新たに生まれた概念。……仮に〝人気放送者〟と称しましょうか。その存在を恐ろしく思えました。今の内容はまだ娯楽に過ぎませんが、今後彼らが政治的メッセージを発した場合、多くの盲目的な賛同者が付くでしょう。」

 

 ジルクニフはロウネの考察に、深く頷いた。

 

「ヴァミリネンの言う通り、わたしも同じ危惧を覚えている。我々が考えている以上に、〝ラジオ〟というのは複雑怪奇で、多角的な側面を持ち合わせているように思う。少なくとも単なる【口コミに依存しない情報伝達】ではない。まず、既存の情報伝達手段……我々が本来行う公式政府発表、若しくは有識者――我が国で言えばフールーダの様な立場の者を通じて、今までは民へメッセージを送ってきた。属国化の発表をしたとき、わたしが民たちへ行ったのは【誤魔化し】だ。最初動揺はするだろうが、生活基盤に変化が無いならば、時間が解決するという推測でだ。しかし、この装置は民達の思想・思考を意のままに誘導出来る。今となっては思考実験に過ぎないが、もし属国化が決まった段階で、我が国に〝ラジオ〟があったとすれば、魔導王陛下の脅威と統治の素晴らしさを宣伝し、民達が政府に属国化を求める気風を強めてから属国化の発表を行っただろう。そうすれば今のような、神官との対立も、アンデッドへの忌避感も少なくなっていたはずだ。異論は?」

 

 皆答えを口にする代わりに、無言で頷く。

 

「そしてロウネも言っていた〝人気放送者〟という新たな概念だ。権威者でも為政者でも無い者が、多くの群衆を操作する力を持つようになる。これは単に弁が立つ者ではなく、個人的な魅力を有した存在ならば誰でもだ。」

 

「ああ、実際マイクの先に誰が居るのかも解らねぇってのに、あの熱狂は怖いくらいだ。」

 

「ですが陛下。〝ラジオ〟の素晴らしさは身を以って痛感致しました。恐れながら、我が国の持つどのようなモノを引っ繰り返そうと、魔導王陛下の心を揺さぶることなど出来ません。放送権限という強大な手札……いえ宝とも言える存在を我々が得る事は……。」

 

 ロウネの語尾が小さくなっていったのは、賢帝ジルクニフならそんな解りきった事とっくに考えているだろうという、信頼からだ。実際ジルクニフも自分ならば、この恐ろしい権限を属国に渡すなど、絶対に有り得ない。〝自分の方がバハルス帝国に相応しい放送が出来ます〟なんて思い上がった属国指導者が自分の前に現れようなら、その首を吊してしまうだろう。

 

 

 ならばどうすれば良いか?

 

 

 まず魔導国がバハルス帝国へ〝ラジオ〟の配置を決定する前に、あの装置の素晴らしさに感銘を受けたこと、属国の立場から宗主国の偉大さに平伏する。褒め称えるのではない、平伏だ。そして、どのような働きをすれば、彼の偉大な装置を我が国に下賜頂けるか、魔導王とジルクニフの間で明確な基準を設けること。

 

 これにより〝魔導国がバハルス帝国に何を求めているか知る。〟そして〝帝国は〝ラジオ〟の設置を歓迎し、渇望している。〟という既成事実を造り上げる。最終目標は〝放送権の一部をもらい受けること〟である。だが、一方的に押しつけられるのではなく、希望して導入を開始したという事実が無ければ交渉にもならない。今回の謁見では、既成事実の作製が叶えば万々歳だろう。

 

(導入前に2,3度……。導入後にも最低5、6回の謁見が必要となると、2,3年で獲得出来れば良い方だ。最早わたしはヤツを過小評価などしない、上回れるなど自惚れない!だが、立ち向かわねば帝国に未来はない!!)

 

 ジルクニフにとっては人生で初となる、相手を自分の望外……それこそ神域に居る圧倒的賢王、絶望的な鬼謀の悪魔と認識しての戦い。考える手は自然に震えていた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 ジルクニフにとっては二度目となる玉座の間。己の人生の分岐点となった場所。だが、以前のような慢心は無い。

 

「魔導王陛下が入室致します。」

 

 魔導国宰相アルベドの声が響く。平伏しているので姿は見えないが、カツン、カツンと足音が聞こえる。後ろにしか扉が無い何処から出てきたのか知らないが、今更驚く様なことでもない。

 

「許可が出ました。頭を上げなさい。」

 

 ジルクニフは失礼にならないよう、ゆっくりと顔を上げる。眼窩に炎を揺らめかせる死の支配者(オーバーロード)、アインズ・ウール・ゴウンが玉座に鎮座している。

 

「久方ぶりであるな。息災であったか?ジルクニフ殿。」

 

「はい、魔導王陛下より御慈悲に溢れる統治を賜り、より良い暮らしを送らせて頂けております。」

 

「それは何よりだ……。しかし、ジルクニフ殿に敬語を使われるのは、やはり違和感を覚えるものだ。もっと砕けた話し方でも構わないのだぞ?」

 

(何をぬけぬけと……、ここで化けの皮を剥がす愚者が居るか。怒りを買うつもりにしては稚拙過ぎるな。何の布石か解らぬ以上、無難に答えるしかない。)

 

「お戯れを、魔導王陛下。陛下がわたくしを昵懇の仲と思って下さるのは大変に光栄ですが、この身この魂全てを魔導王陛下へ捧げた次第に御座います。」

 

「そうかね?アルベドからも、よく混乱を招かずバハルス帝国の統治を行っていると聞いている。そうだな、アルベド?」

 

「ええ、アインズ様。ジルクニフは魔導国の意を汲み、適切に属国管理の実行を出来うる人材であるかと。」

 

(下手なお世辞だろうが、宰相から言質を取ったのは大きいな。)

 

「さて、ジルクニフ殿。貴殿が我が国を訪れた理由については想像が付く。わたしは余り気取った言い回しは好かん。我が国の至宝、技術の結晶について意見を聞きたい。」

 

(早速来たか。最初に求められるのは〝ラジオ〟を初めて聞いた人間の意見だ。為政者としての立場から話すべきではないだろう。)

 

「正しく魔導王陛下と、いと深き御方々の結晶と言えましょう。魔導国において、失礼ながら放送を拝聴させて頂き、感銘を受けた次第です。」

 

「ほう。バハルス帝国は劇場や歌劇なども豊富だ、耳の肥えたジルクニフ殿には食傷気味な内容ではないか?」

 

「とんでも御座いません。帝国内の妄誕な劇に倦厭することはあれど、魔導国の至宝、その優等にして卓越した民への慈悲深き保養を拝聴出来、幸甚の至りに御座います。」

 

「そうか。……ジルクニフ殿、世辞はいらんぞ?本音を話してくれて構わない。」

 

(世辞なものか……。どれ程恐ろしい装置かなど、解りきっているはず。いや、わたしでさえ想像が付かない遙か未来さえ見通す悪魔だ。この〝本音〟の意味を考えろ。)

 

「では、少々御慈悲に甘えさせて頂きます。わたくしはこの〝ラジオ〟に感銘を受けた身。今尚、識字率の低いこの世界において、民の勤労意欲の向上にも繋がるこの発明は革命と言えましょう。」

 

「うむ、民の勤労意欲の向上、そして商人の出入りが活発となっているのはわたしも知るところだ。」

 

「はい、そして臣民の啓蒙、児童への道徳教育、亡憂の中にも意味を持ち合わせる、まさに魔導王陛下こそ唯一無二の絶対的支配者に御座います。」

 

(遠回しな為政者としての意見……。こちらの意図は既に見抜いているはず。ならばそれを口にさせることだろう。)

 

「ふむ。まぁ、参考にさせてもらおう。話は変わるが、ジルクニフ殿は、どの放送を一番気に入って貰えたかな?」

 

(……!これは簡単な質問ではない。どれも人間や亜人が老若男女混ざって熱狂する内容だ、答えるべきは魔導国が是とする、亜人と人間に融和的であり、かつ、放送者自身の人気に由来しないモノ……。そしてこの嗜虐的なアンデッドが好みそうなもの……。)

 

「わたくし個人としましては、神官が亜人の詩人と冥界へ旅をして、様々な罪人や人間・亜人の業を語っていく冒険譚が好みに御座います。」

 

(実際にあれは面白かった、最初から聴きたいほどだ。9階層の様々な地獄を巡る旅など、まさかこの城がモデルになっているのではあるまいな?)

 

「そうかそうか!ジルクニフ殿は実に見る目がある!あれはタブ……んん、わたしの友人が作った話でね。この城にも少し関係する話だ。」

 

(やはりあの残虐非道な罪人への拷問は実話なのか!?)

 

「そ、そうなのですか!?アインズ様!そのような品物を私どもに手渡すなど!」

 

「よいアルベド。あれはタブラさんが児童向けに内容を変えたものだ。本物はより恐ろしい。」

 

(あの内容で児童向け!?この内部ではいったいどれ程の地獄が……悪魔の所業が行われているのだ!!)

 

「すまない、話が逸れてしまったな。さて、本題に入ろう。勿論、旅人のようにただ好奇心で来た訳ではあるまい?」

 

「はい、僭越ながら魔導王陛下の偉大なる発明に感銘を受け、我が国でも配置が出来たならばどれほど幸運であるかと馳せ参じた次第です。」

 

「ふむ……。バハルス帝国への導入はどうなっている、アルベド?」

 

「はい、エ・ランテルにおいて計画の第1段階が終了次第、バハルス帝国の帝都に配置を予定しておりました。」

 

「なるほど。しかしジルクニフ殿からの頼みだ、無下にも出来ないだろう。それに多様性があることは悪くないと思うぞ?……ジルクニフ殿、帝国における放送権限はどれほど欲しい?」

 

(……いきなり我々に任せるというのか!?何の罠だ、考えろ、考えろ。我々が着手すれば間違い無く、これほどの熱狂は得られないだろう。そうして既成事実を作り、今後帝国が手出し出来ない様にするつもりか?だが、一切不要とも答えられない。)

 

「それでしたら魔導王陛下、恥ずかしながら今現在の我が国の情報局では魔導王陛下ほどの熱狂を造り上げられないでしょう、今後情報省へ移行させ、より魔導王陛下の臣民に相応しい放送を学ばせて頂きたい。そのため試験的に10日に30分ほどの枠を頂ければ幸いに思います。」

 

(欲張りすぎたか!?)

 

「解った、ではジルクニフ殿。手配を進める。アルベド、問題無いな?バハルス帝国では10日に30分、ジルクニフ殿の自由に放送出来る手段と枠を整えよ。」

 

「畏まりました、アインズ様。」

 

(通った!?それにあの聡明な宰相アルベドが何も言わない?……これが絶対の支配者、その力か。)

 

「ではジルクニフ殿。我々も未だ放送は手探りでな、貴君との意見を交換出来れば幸いに思う。そうだな、準備から放送まで1ヶ月といったところか。宮廷に使者を送るが、彼らの言うことを遵守してくれ。当然内部は機密だ。」

 

「心得ております。魔導王陛下。」

 

(これは罠?いや、違う。従属を絶対にする限り、飴を与えるという躾に過ぎん。……だが、最悪の事態は回避出来た。今後の情報省改革手腕によっては、帝国をより盤石にさえ出来る。従属を絶対にすれば、放送枠の拡大も夢では無い!)

 

「それでは魔導王陛下、退出します。」

 

 ジルクニフ一同は一斉に平伏した。最早足音など耳にも留めない。心には炎を宿し、その膨大なる力で何が成せるか、ジルクニフの頭はいっぱいだった。

 

 

 ●

 

 

 アインズは寝室で、グッタリと倒れ伏していた。

 

(何であんな畏まってんだ?国王同士で友達に……ってのはやっぱ無理なのかなぁ。まぁラジオだって放送がひとつじゃ面白くないよね。色んなチャンネルがあって、選べるべきだ。その絶好の機会だと思ったんだけれどなぁ。10日に30分ってローカル過ぎるだろ……。ああ、それにしてもジルクニフの前で偉い人の真似って、予想以上にキツイな。偉い人の振りの参考にしていた人が目前に居るんだし。俺が凡人ってバレてないといいけれど……。)

 

 ジルクニフが改めて畏怖と敬意を心に刻み馬車に揺られていることなど、アインズは全く知らない事である。




・ジルクニフの好みといった話は、お察しの通りダンテの『新曲』地獄篇です。

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