ネイア・バラハの聖地巡礼!   作:セパさん

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・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・(仮)の日常的な何かです。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


【番外編】(仮)の大訓練

「徴兵制度はローブル聖王国の歴史だ!何故聖王陛下は復興の一段落がついた今も徴兵を再開しようとしない!」

 

 ローブル聖王国南部。海軍に属する職業軍人であり、歴戦の傷が目立つ男は憤った様子で同輩である軍士達に愚痴をこぼしていた。元々ローブル聖王国は徴兵制度を導入していた。成人すれば男女関係なく一定期間兵士としての鍛錬を積み、城壁へ配属されていたのだが……。現在徴兵制度復興の目処は、立っていない。

 

 

「そうカッカするな、悪い癖だぞ。理由は3つだよ。1つ、東に広がるアベリオン丘陵と対立していた時分と異なり、亜人の脅威が無くなったこと。2つ、築き上げていた100kmにも及ぶ城壁がヤルダバオト襲来のため修繕の途中であり、軍を育成する国力よりもまず、国の復興が優先であること……

 

 ……3つ、彼の有名な『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』だ。20万の武装親衛隊の存在は脅威だ。聞くところによると、感謝を送る会(仮)には未成年の徴兵前の男女も多いが、徴兵で受ける訓練など鼻で嗤う様な苛烈極まる特訓を嬉々としてこなしているそうじゃないか。〝成人したての新兵が、指導教官の職業軍人を上回る〟なんていう馬鹿げた事態が本気で起こってみろ、俺らは良い笑いものさ。」

 

「アンデッドを神と崇拝するような狂った集団が、誇るべきローブル聖王国海軍を上回る!?は、戯れ言だ。」

 

「はぁ……。」

 

 武功よりも戦術面で優れていた海軍下士官は、目の前の己の武を誇る男に憐憫の目を向ける。(仮)は自らが行っている訓練の内容や行程を包み隠さず公開している。もし記されている全てが本当だとすれば、間違い無くローブル聖王国で最も苛烈な訓練を積む部隊だ。

 

「そこまでいうなら仮入団してみればどうだ?お前も弓手だったよな?」

 

「俺はアンデッドを神と崇拝するつもりなど、更々無いぞ。」

 

「別に構わないらしいぞ。感謝を送る会は、仮入団して鍛錬に参加するだけという事にも積極的だ。丁度リムンで一月あまりの大訓練があるらしい、北部では募集のポスターまでご丁寧に貼っている。俺からは【密偵】という形で上に通しておくから、参加してみるといいかもな。」

 

「ふん。スパイの真似事か、いいだろう。上から許可が出れば、行ってみようじゃないか。」

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

「魔導王陛下!!」

 

「「「 万歳!! 」」」

 

 

「魔導王陛下!!」

 

「「「 万歳!! 」」」

 

 

 湾岸都市リムンに造られた海軍鍛錬場。その砂浜で、4人一組となった120人前後の老若男女が、木製の小舟(ボート)を4人で担ぎながら、砂浜を走っていた。片手には船を進ませるための巨大な(オール)を持ち、背中には武器である弓と矢筒の他、3日分の生活用品を含めた30kgを越える大荷物を背負っている。

 

 南から来た軍士は、汗だくになり、(オール)を持つ手を振るわせ、肩から滑りそうになる小舟(ボート)を必死で支えながら、根性だけで脚を動かしていた。南から来た軍士を感謝を送る会(仮)は熱烈に歓迎してくれ、スパイである事など全く気にも留めていないようだった。鍛錬に際して、体格が合う自分より年下の男性達とチームを組むことになった。

 

 万歳の合唱は呼吸の暇を与えてくれず、最初は軽く感じた(オール)小舟(ボート)も荷物も、今では鎖で繋がれた巨大な鉄球を引きずっているかのようだ。だが、他の3人は軽く汗を流しているだけで、全く疲弊している気配はない。何より異様なのは女性も子どもも、自分と同じ訓練をしているはずなのに、疲弊しているのが自分1人ということだ。

 

「……軍士殿、(オール)と荷物はわたしが持ちます。今は走ることに専念してください。」

 

 チームリーダーだという青年……恐らく元職業軍人であろう年下の男が声を掛けてくる。自分にも長年海軍に所属し、幾多の亜人を屠ってきた矜持がある。侮辱としか思えない提案だったが……

 

「あと20km走ればこの小舟(ボート)に乗り、本格的な海洋弓手訓練が始まります。チームで助け合うのも訓練なのです。」

 

 一体何km走ったと思っている。まだ本番ですらない。その一言に心がボキリと折れ、男はそのまま年下の後輩であろう軍士の命令に従った。そして担いだ小舟でいよいよ海へ乗り出し、2人が船を漕ぎ、1人が偵察し、ひとりが的を射るという訓練が始まる。皆凄まじい練度であり、荒波に揺られる小舟の中、百発百中を誇っている。

 

 ……南から来た男のチームだけが、男のミスで小舟を転覆させた。矜持をズタボロにするには十二分な一日目であった。

 

 

「魔導王陛下へ感謝を込めて!」

 

「「「 いただきます! 」」」

 

 早朝から始まった地獄の様な一日も20時で訓練は終了し、最早動く気力さえ無い男の鼻孔を、旨そうな食事の匂いが擽る。白パンとオートミール、腸詰め・燻製肉など、一般的な軍事食も多いが……

 

「このパンは……。」

 

「はい、軍士殿!こちらは当会代表ネイア・バラハが聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国へ巡礼された際に下賜されたレシピの1つ【アップルパイ】というものです。薄く伸ばした生地でリンゴを包み焼いたものと聞いております!基本的に甘味が配給されることはありませんが、我々が大きく爪を研ぐ大訓練では魔導王陛下の御慈悲を賜ることも許されるだろうと、バラハ様が特別に手配して下さっております。」

 

 南から来た男は一口、そのパンにも似た菓子を囓る。疲れ切って悲鳴を上げていた身体に染み渡る甘味であり、林檎の汁を含んだ甘い蜜が、香ばしく焼かれた薄い生地と交じり合い、パリパリと砕けた皮と共に甘く口に広がる。そのまま眠りに落ちてしまいそうな安堵に包まれるが……

 

「ではこれから訓練の総括と座学を始めます。本日は水路学及び海難事例からの対応です。」

 

 ……まだ地獄の一日目は終わってすらいなかったのだ。その後も訓練は苛烈を極めた。人体の許容を越えるのではないかと錯覚する基礎訓練・チームを変えての小規模作戦訓練・水中順応訓練・船上での精密射撃訓練・職業軍人であった自分ですら知らぬ様々な海洋や武器に関する座学……枚挙に暇が無い。

 

 苛烈な訓練の足を引っ張る自分に対しても、他の皆は優しく、時に厳しく声を掛け、決して見捨てることはなかった。そして暇を見つけては語り合う仲ともなった。

 

 

 そうして30日が過ぎ……。

 

 

 

 

「誇り高き親衛隊の皆様!!30日に及ぶ大訓練、大変お疲れ様でした!」

 

 ローブル聖王国首都ホバンス、『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部。溌剌とした声で整列する全員を賛美するのは、顔の上半分をバイザー型ミラーシェードで覆い、月光の如く煌めく弓を背負うネイア・バラハ。30日の大訓練は、死傷者無く無事に行程を終え、南の軍士も最終日には足を引っ張らない程度まで成長した。

 

 そして確信した。最早徴兵という制度は、(仮)が如何にデタラメな集団であるかの宣伝にしかならない事。ローブル聖王国で徴兵制度が復活することは無いだろう事。……魔導王陛下が如何に慈悲深く、そして偉大な人物であるかを。

 

 本部までの案内には、みたこともない立派な馬車がやってきて、本部に着いたら豚鬼(オーク)が普通に働いている事に驚いた。そして大浴場なる湯をたっぷりと溜めた広い場所で身を清め、こうして苦難を共にした119人の同志と共に並んでいる。

 

 119人の皆から様々な話を聞いた。悪魔の収容所にて家族を目の前で殺された者、恋人を人体実験に使われた者、餓死の寸前で同じく収容されていた亜人の血を啜って生き延びた者……。そんな同志たちにとって魔導王陛下は正しく救世主であり、自分たちが強くなろうとする――そして実際に強くある原動力だった。

 

 北部がそんな惨状になっているなど、噂でしか聞いたことが無かった軍士は日に日に、訓練を共にする同志と心を交わすと同時に魔導王陛下への尊敬の念を深めていった。そして締めくくりといえる、ネイア・バラハの演説に、思わず涙まで流してしまう。同志たちの肩も震えており嗚咽が聞こえてきた。

 

「――では!アインズ様……魔導王陛下に栄光を!」

 

 思わず声を張り上げている自分がいた。苦難を共にした同志達と心から1つになれた気がした。その日、ローブル聖王国南部から1人の軍人が退役した。そして、『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』にひとりの同志が加わった。


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