ネイア・バラハの聖地巡礼!   作:セパさん

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幕間 各自の暗鬱 

 バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは久方ぶりに胃を強く痛め、机にはポーションの空瓶が散乱していた。幾ら考えても答えは浮かばず、乱暴に頭を掻き毟ると驚愕するほどにその麗しい金髪がハラハラと抜け落ちていく。

 

 対面に座る筆頭書記官のロウネ・ヴァミリネンも報告を終えた後、沈痛な表情で目を俯かせていた。

 

「リ・エスティーゼ王国を襲ったヤルダバオトがローブル聖王国北部を蹂躙し、あの夢見の妄言女……カルカ・ベサーレス聖王女が崩御なされた。そして聖王国騎士団長レメディオス率いる使者の援軍要請によって、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が単身で聖王国へ乗り込み……

 

 一度激闘の末敗れるも、数ヶ月後ヤルダバオトを撃退。聖王国は現在聖王派閥の北部勢力と貴族派閥の南部勢力が二分している。その一連の流れが、〝アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下ご逝去〟の真実。ロウネ、わたしの認識に間違いはないな?」

 

「はい、御座いません。陛下。」

 

 聖王国が南北で火花を散らし合い内戦の寸前状態にある。ここまでの情報であれば、以前の-〝魔導国属国〟バハルス帝国を預かる前の-ジルクニフなら聖王国に使者を送り、秘密裏に南北両勢力へ帝国の間者を送り込み攪乱させ、内部不満を高め不和を招き、やがては武器供与(レンドリース)を含めた支援を行い、帝国の統治下とする青写真を描いていただろう。

 

 しかし今のジルクニフは、そんな立場にない。

 

(一国の王が単身で他国を助けに行く?なんの冒険活劇だ!せめて玉座の間で見た配下の誰かであれば、有益な情報となりえたのだが……。それにヤルダバオトとは一体何者だったのだ?最初は自作自演を疑ったが、それにしてはあのアンデッドの行動は行き当たりばったりが過ぎる。それにあの骸骨が負ける?なんの冗談だ。しかし本当に英雄譚とするならばより良い脚本がある。

 

 自分の敗北を宣伝するなど、無知な者には稚拙な〝倒せます〟アピールにしかならないし、知識有る者には自作自演を疑ってくれと言っているようなものではないか。しかしわたしでさえ思いつくことをあの化け物が考慮しないはずはない。本当にヤルダバオトという悪魔はあの骸骨と互角に近い化け物だったのか?いや、なにもかも疑念を抱かせる演技?……だめだ、やつの鬼謀はわたしの及ぶところではない。)

 

 国を導く者として育てられ、賢帝と崇められ、鮮血帝と恐れられたジルクニフにとって〝相手の手の内を考える〟ことは既に癖を通り越し、生理現象も同然の事。既に属国を預かる身として、ほどほどの無能であろうと決意した現在も、その性質までは抜け落ちない……解けない呪いというべきか。それが胃を痛め、絶望を催す抜け毛の原因である病的な自傷行為と解っていても止めることが出来ないのだ。

 

 大親友リユロから、奇抜なファッションの銀髪少女……シャルティア・ブラッドフォールンが数万ものクアゴア族を瞬殺出来る実力者ということは解ったが、明確な強さは未だ謎に包まれている。あまりにも次元が違いすぎて理解が及ばないとも言える。

 

「そして北部を中心として、ネイア・バラハ率いる魔導王陛下を神と崇める集団……宗教団体と言い換えても良いが、『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』その総数は既に20万を超えており、武装親衛隊から結成される私兵は聖王国正規軍に匹敵、下手をすれば上回るまでの実力を有している。」

 

「そちらも認識に齟齬は御座いません。」

 

「……そして、その聖王国『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』の代表、ネイア・バラハ氏が帝国を訪れると。」

 

 ここ数日ジルクニフを襲う強烈な胃痛と抜け毛の原因はこれだ。

 

「ローブル聖王国という神殿勢力の強い国にありながら、北部人口の1/10弱を既に信徒としており、その団結力たるや……」

 

「いい、皆まで言うな。」

 

 聖王国は神殿勢力の大きな人間の国であり、帝国以上にアンデッドを不倶戴天の敵とする国だ。アンデッドの身でありながら、そんな民を狂信させうるあの怪物は、どのような謀略を巡らせその奇跡を成し遂げたのか……。

 

「これは、カスポンド聖王陛下を招く以上の大仕事となる。〝属国〟となって最大の仕事ともいえよう。下手な真似をすればわたしの首だけではなく、皇宮の一族郎党連座させられての処刑もありうるぞ。」

 

 ロウネは姿勢を正し固唾を呑み込む。

 

「我々は魔導国の属国という立場を明確にし、魔導王陛下の部下であるシズ様なるメイド悪魔の言うがままに帝国をご案内すればよいのだ。いまのところ目立った不安定分子は無いが、突進する猪が如く愚者の行動とは読むことが出来ん。……現在ローブル聖王国からの入国者は?」

 

「はい、商人・使者・大使館の者を含め、3000人ほどが滞在しております。」

 

「アルベド様に許可を頂き、全員を国外に追放することは可能か?」

 

「……排他的な支配を魔導国はお望みになっておりませんので、難しいかと思われます。」

 

「では入国者全員、そして素性不明な者の所在を把握し、監視を付けろ。予定では3日以内にネイア・バラハ氏が帝国へご訪問される。」

 

「み、3日ですか!?」

 

「これはバハルス帝国……800万人の民の命運を懸けた仕事だ、やれ。ただ武装決起と誤解されないよう、アルベド様にご許可を頂いてから実行に移すんだ。」

 

「畏まりました!直ちに手配致します!」

 

「わたしへの報告は最低限の簡潔なもので構わない、今はわたしの命令を遵守し実行することだけを考えよ。」

 

 その瞳にはしばらく宿っていなかった鮮血帝の光が輝いていた。

 

 

 ●

 

 

 ゴン ゴン ゴン ゴン ゴン ゴン と、鈍い音だけが延々と響き渡っていた。それは石で作られた机に人間の頭部をぶつける音であり、王国を裏から操る犯罪組織八本指の拠点で生じている事態だ。勿論拷問の場面でもなければ、仲間同士の不和による暴力沙汰でもない。

 

「ひ、ヒルマ!落ち着け!頭から血が出て居るぞ!治癒のポーションだ、さぁゆっくりでいい、飲むんだ。なぁ。」

 

 心ここにあらずという表情の瘦せこけた-元は麗しかったであろう面影のある-女性。元高級娼婦にして、八本指麻薬担当をしていたヒルマは大理石の机に頭を打ち続けるという狂人も斯くやという行動を止め、真なる仲間の言葉に沿い治癒のポーションを口にする。

 

「はぁ……はぁ……。もう、ダメだよ。終わりだよ。みんな揃ってまた黒い地獄行きさ、あ、あ、ああああああああああああ!!」

 

 世界の終焉を前にした様な絶望溢れる声に、他の八本指の長たる男性たちも狼狽する。

 

「おちつけヒルマ、まず何があったか話すんだ。お前はひとりじゃない。」

 

 ポーションを渡した男はヒルマの手を強く握りしめ、協力の意思をあらわにした。そう、ここに集まる6人はかつてこそ敵対することもあったが、今や誰よりも信じられる仲間であり、護るべき仲間なのだ。

 

「エ・ランテルに、聖王国からの客人が来ることは聞いているよねぇ?」

 

「ああ、なんでも聖王国で魔導王陛下が新たに配下としたメイド悪魔を連れて……だったか?」

 

「そうさ!」

 

「エ・ランテルは、彼のアダマンタイト級冒険者モモン様がご案内するんだろう? 王国でも話題だが、それの何が問題なのだ?」

 

「あの馬鹿が〝聖王国の人脈を作る好機〟って無駄に張り切ってるんだよ!! あの農民兵20人しか連れられない三流貴族がしゃしゃり出て何が出来る!? それにモモン様と対峙して引くような賢さがあの馬鹿にあるかい!?」

 

 既にエ・ランテルはリ・エスティーゼ王国にとって他国であり、如何に近隣の貴族といえど人脈作りを目的とした意味もない入国、ましてや相手は魔導国の外から来た客人となれば無礼千万と叩き斬られてもおかしくはない。尤もそんなことにさえ頭が回らないから、フィリップはフィリップなのだ。

 

「落ち着け!落ち着くんだ!いくら何でも越権行為、こちらで手を回し、魔導国への入国を阻止すれば済む話。」

 

「あははははは……。わたしがその手を打たなかったと思うのかい?アルベド様はね、〝アインズ様はエ・ランテルへの入国および、王国貴族との接触を許可された〟と仰ったんだよ。」

 

「ひぃ!」

 

 おそらくは新たに配下としたメイド悪魔の周知、そしてリ・エスティーゼ王国貴族と魔導国の融和を聖王国の客人に見せるためだろうか?だが相手は……。

 

「なぁ、事故に見せかけてあいつを馬車で轢き殺してくれないか?一生のお願いだからさぁ……。」

 

 5人の男達は俯き、ヒルマの願いも悪くないと思えてしまった。


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