ネイア・バラハの聖地巡礼!   作:セパさん

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・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・立ち位置的には〝蛇足の蛇足〟ですが、ここから読んでも大丈夫です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


【番外編】贖罪の部屋

「シズ先輩!両耳の鼓膜が破れました!」

 

 戦場において自分の状況を仲間へ正しく報告する事は、戦況を大きく変える重要事項だ。ネイアは自分の置かれた状況をシズへ報告し……そして瞬時に〝聴力を失った〟と報告すべきだった事を後悔する。

 

 衝撃破ともいえる爆音によって聴力が無くなったため、勝手に解釈してしまったが、鼓膜が破れたのではなく、魔法的な力で聴力を奪われたか、幻術によって音を音と認識できなくなった可能性もあるからだ。

 

 四方が鋼の輝きに閉ざされた部屋……ドアノブのないドアだけが異色を放つ部屋で、異形の存在……夜の海を切り取ったような、吸い込まれそうなほどの黒色と、竜牙のように美しい白色で構成された、一つの私室程の大きさがある巨大なピアノを前に、シズはナイフと銃器を、ネイアは弓を構え戦闘を繰り広げていた。

 

 ピアノの屋根には白い文字でネイアには読めない文字が描かれており、シズ先輩でも読めないとのことだった。

 

 しかし、ドアノブの無いドア、その上に書かれた文字は読める。恐らくはドアが開く条件なのだろう。

 

 【この孤独なる哀れな3者の望みを叶えよ。】

 

 巨大なピアノは文字が映し出されたと同時に膨大な衝撃破とも言える爆音を轟かせ、四方の壁に乱反射させた。聴力を失ったネイアでさえ、未だ装備や弓から振動が伝わるほどだ。

 

 ネイアの報告を聞いたシズ先輩は、手で合図を行う。蝶のように両掌を羽ばたかせた後、自分の後ろ肩に手を当てた。

 

 【散開の後、後方へ待機】

 

 アインズ様から賜った聖典(ぐんじしょせき)に書かれていた手話信号の一つだ。ネイアは同志たる軍士のようにすべてを覚えている訳ではないが、簡単なものならば頭に入っている。

 

 〝自分の後ろに下がれ〟

 

 シズ先輩はそう伝えたいのだろう。散開の命令を出しているにも関わらずシズが一歩も動かないのが、その証拠だ。更に考えを深めれば床に罠がある可能性を考慮し、シズ先輩や自分の一度歩んだ比較的安全な間隔を通って後方へ動けということだろう。

 

 足手まといとなってしまった今、自分はシズ先輩に従う他ない。ネイアは身体に轟くほどの衝撃を覚え、レンジャーとしての能力、その半分すら使えないながらも、無事シズ先輩の背後へ移動する。

 

 〝駄目、ネイアは私が護る。〟

 

 あのカリンシャ奪還戦で、シズ先輩が絶望的な悪魔を前に放った一言が想起される。あれから訓練を積んで、当時はシズ先輩に要求されたが出来なかった足音を立てない移動も出来るようになった。射手として練度も上げた。以前は一度使えば卒倒しそうになった、ネックレスを用いた<重傷治癒(ヘビー・リカバー)>も3度まで使えるようになった。

 

 それでも偉大な先輩の前では、まだまだ力不足なのだろう。自分の不甲斐なさを嘆くと同時に、自分の前に立つ巨大な防壁にも思える小さなシズ先輩へ、ますますの尊敬を募らせていた。

 

 

 

 ●

 

 

「おもてをあげよ」

 玉座に座るアインズ・ウール・ゴウンに跪くのは、赤金(ストロベリーブロンド)の長い髪をした非常に整った顔立ちをした美少女。その左目はアイパッチで覆われており、右目に宿る瞳は翠玉(エメラルド)を思わせる。

 

 シズ・デルタは一拍置いて、その瞳を至高なる御方へと向けた。アインズの横には本来守護者統括であると同時に王の護りとしての役割を与えられたアルベドに代わり、七姉妹(プレイアデス)の副リーダーであり、シズの姉、ユリ・アルファが凛とした表情で立っている。

 

 ルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャン、エントマは、本日のアインズ様係である一般メイドと並び、玉座へ続く深紅の絨毯の横に待機している状態だ。

 

 今回の議題は以前のシズの失態について。

 

 本来であればナザリックの皆の前で糾弾されるべき重大案件であり、ユリも跪き深く頭を垂れる立場なのであるが、慈悲深き主はあくまでシズ個人の問題であるとして、桜花聖域を守護している末妹を除いた七姉妹(プレイアデス)の面々のみが呼び出された。

 

「最初に言っておこう。わたしは今回のシズの失態を責めるつもりは毛頭無い。以前守護者たちの前でも話したが、誰であれ失敗はするからだ。それはこのわたしも同じだ。」

 

 ユリは主の慈悲深きお言葉に顔を俯かせたくなる。至高なる御方々のまとめ役。天と地がひっくり返る事はあれど、主が失敗などあり得るはずなどない。当然傷心しているシズを庇っての言葉と解るだけに、場の空気は重いものとなる。

 

「しかしアインズ様。シズは七姉妹(プレイアデス)の中でも異色……ナザリックの全ギミックを熟知しているという大役を御方々より賜っております。重い責任には相応の義務が、義務を果たせなかったからには相応の罰が必要です。」

 

 シズは以前記憶操作(コントロール・アムネジア)による偽りの情報……ナザリック外へ出るための記憶、ギミックの欺瞞情報を宿した状態で自身のメンテナンスを行い、造物主の定められた御姿を誤るという大罪を犯した。幸い重大事故にはならなかったが、シズの業務を考えればナザリックへ想像も出来ない大被害を与えていた可能性まである。

 

「うむ。1つの重大事故(アクシデント)の下地には30の軽微な事故(インシデント)がある。そして1つの軽微な事故(インシデント)の下地には100の不注意(ニアミス)があると……ハインのリッヒ……まぁそのような法則がある。今回行うべきは罰ではなく、教訓として今後重大事故とならないよう対策を講じることだ。」

 

「異をとなえる無礼を御赦し下さい、アインズ様。我々(プレイアデス)はアインズ様、そして光栄にも玉座の間への最終関門を守護する大役を賜りし身。それでは他の者に示しがつきません。」

 

「……そうか。ユリさえもそこまで言うのであれば、今回の采配はわたしの我儘であるな。であれば……。」

 

 アインズの長考が、6人にとって無限のような時間に思える。以前ルプスレギナがアインズ様に失望されたと聞いた際、ユリはアンデッドの身でありながら卒倒しそうになった。アインズ様がナザリックへ愛想をつかし、他の御方々と同じく御隠れになってしまえば償いようなどない。

 

 そして今回原因を作ってしまったシズは、無表情の中に強い後悔と慙愧の念が宿っており、自害すらしかねない。それこそユリがあえてアインズへ厳しい罰を要求している理由だ。

 

「今回のミスはわたしではなく、ガーネットさんへの背信といえよう。お前たちの忠誠心は揺ぎ無く、薄れることなどあり得ないと確信している。だがそれはわたしであるから確信出来る事。であれば、シズ。お前には、ガーネットさんの偉大さを改めて知り、忠誠心を再度認識する罰を受けてもらう。」

 

 ユリはアインズの言葉にまたしても救われた感覚を覚える。今回のシズの失敗は、他者から見れば自らの創造主をないがしろにし、不忠を働いたとされるべきものだ。それでも偉大な主は、自分たちの忠義を信じてくれた。

 

 更には、不忠を払拭させる罰を与えることで、忠義に偽りなしとナザリック内で不満が噴出しないよう考えてくださっているのだ。思わず跪きたくなる衝動に駆られるが、その気持ちを意思の力で抑え込む。

 

「以前ガーネットさんの造ったギミックの実験兼あそ……鍛錬場がある。わたしたちも昔は皆で楽しんだものだ。」

 

「あ、アインズ様!!至高の御方々が鍛錬をなさったお部屋に御座いますか!?」

 

 余りの恐れ多さに、ユリが大声を上げてしまう。

 

「うむ、そうだな……【試練の部屋】とでも名付けようか。特定の条件を満たさなければ部屋を出ることが叶わない。そして今回の罰だが、あのネイア・バラハと共に行ってもらう。」

 

「ネイア・バラハ……。あの人間を、で御座いますか?」

 

「ああ。本来であれば、罪を犯していない人間に罰を与えるなど、アインズ・ウール・ゴウンの名が泣こう。しかし、ガーネットさんの造った部屋は、一人で行えない試練も多い。それに、今回シズにはギミックの欺瞞情報を持った状態で挑んでもらう。ならば、シズのパートナーとしてはナザリック外の彼女が適役だ。現在ネイア・バラハがナザリックにおいてどれほど重要な立ち位置にいるか、知らぬとは言わせん。その上で、彼女を……脆弱な人間を護りながら部屋を攻略してみせよ。これがシズ……お前へ与える罰だ。異論は認めん!!」

 

 アインズの寛大な采配に、ユリを含めた七姉妹(プレイアデス)、そして一般メイドは激情を覚え、今度こそ一斉に跪き、頭を垂れた。

 

 

 

 

 ● 

 

 

 

(なーんて言ったけれど、大丈夫かな?あれランダムに4つの部屋が選ばれるんだったよな。やっぱり無理やりにでも、【罰など必要ない】って納得させるべきたっだかなぁ……。俺の監督不行き届きだったって頭でも下げれば……。いや、シャルティアの例もある。それだと余計にシズの心に棘が刺さったままか……。)

 

 宝物殿の談話室。護衛の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)や当番のメイドを身の回りから外し、アインズが素に近い言動をとれる―代わりにパンドラズ・アクター(動く黒歴史)が居るが―数少ない場所。幸いにも現在パンドラはモモンとしてエ・ランテルへ出ており、アインズ一人だ。流石にナザリックの絶対支配者が貧乏揺すりをしながら、指を落ち着きなく動かし、首をコキコキさせている姿など誰にも見られたくない。

 

 アインズは自分の決定が正しかったのか頭を悩ませていた。【試練の部屋】など大層な名前を付けたが、シズを送り出したのはナザリック九階層にある、以前ガーネットの造った【リアル脱出ルーム】であり、〝ギルド・アインズ・ウール・ゴウン〟の面々がハマったことで、他のメンバーも意見や技術を結集させ、中々巧緻な造りとなっている一室だ。

 

 謎解きの部屋から、敵が現れるダンジョンの様な部屋、パートナーと協力し特定の行動をしなければならない部屋、果ては課金しないと出られない意地悪い部屋など、その数は100を超える。

 

(それにあのユリまで厳罰を求めたんだ、無視はできないよな。かといって折角友達が出来たシズに外出禁止なんて命令出したくないし……。あー、無いはずの胃が痛い。そういえばジルクニフの具合が悪そうだったからよく効く胃薬を贈ったら、感謝の手紙が来てたっけ。あんな毅然としたジルクニフも裏ではかなり苦労してるんだなぁ、王の宿命ってやつか。)

 

 あの部屋は自分やギルドの仲間たち……レベル100のプレイヤー二名が臨む事を想定して造られた部屋だ。シズのレベルやネイアのレベルを考えればオーバーキルにもほどがある。シズが死ぬなど考えたくもないし、その友人であり、巻き添えを食らった形のネイアが死ぬなど理不尽にも程があるだろう。

 

(やっぱりネイアには最初にごめんねと言っておくべきだったかなぁ……。罰を共にさせるのを二つ返事って、友情を弄ぶ悪辣な上司だよなぁ……。最低だ……。)

 

 ネイア・バラハを今回再びナザリックへ呼ぶにあたり、シズは『任務に失敗してアインズ様より罰を受けることとなった。ネイアの協力が必要』とある意味正直に話し、ネイアは一も二もなく協力を申し出たという。その事実がアインズを余計憂鬱にさせる。

 

 今回無事二人が生還すれば望みのものを与えよう。アインズはそう考えながら、これから始まる二人の試練を見守るべく、いざとなれば即座に助けられるよう、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出した。

 

 

 ●

 

 

 

 ……初めはピアノを破壊し、中の弦なり響板を打ち砕き、音を止めてしまえばいいと考えていた。しかしシズの銃による乱射ですらピアノは傷ひとつ付かず、こちらを煽るかのように鍵盤は自動で動き音楽を奏でている。

 

 もはや音を身体や手に握る武器からの振動でしか感じることの出来ないネイアにはどのような音楽が奏でられているか解らないが、もし聞くことが叶うならばそれは怒りを表すように荒れ狂う音色だろうとも思えた。

 

「シズ先輩、これが何の音楽かわかりますか?」

 

 シズは首を振った後、親指と人差し指でつまむ動作をして、握りこぶしにしてから腰へあてた。【泥地帯注意】を表す手話信号。

 

(泥?ぬかるみ?……音に違和感があるということ?)

 

 ネイアは矢筒から鉄製の矢を取り出し、少しでも振動から音を拾うべく頬骨にあてた。そしてネイアの敏感な感覚は奏でられる音からひとつだけ不協和音を感じ取る。

 

「シズ先輩!鍵盤の上に乗ってください!いえ!わたしも乗せてください!」

 

 シズはネイアを見つめ、ひとつ頷くと、驚くべき跳躍力でネイアを抱え踊り狂う鍵盤の上に乗った。

 

 ネイアが違和感を覚えたのは、三つの鍵盤が動いた瞬間。調和されない三つの振動。鍵盤は足で踏むと自分たちでも音を鳴らせるように出来ている。ネイアに音楽の知識はないが、音の快・不快くらいならば解る。

 

「やはり、同じ周期で鍵盤が動いてます。三つの鍵盤が動いた瞬間、わたしのいう場所を、同じタイミングで、同じ時間、指定の鍵盤を踏んでください!」

 

 シズはゆっくりと頷き、親指をビシっと立てた。

 

 そして狂ったように踊り回る盤上で、ネイアの指定した瞬間がやってきて……。シズとネイアは二つの鍵盤を同時に踏んだ。

 

 その瞬間、衝撃破のような振動の暴力が静まり、鍵盤は打って変わったように緩やかに、それでいて厳かな振動となった。

 

 ドアを見ると、ドアノブが取り付けられており、ドアの横には宝箱が置かれていた。シズはネイアを抱きながら、ドアの前に着地する。そして宝箱から何かを取り出し……、一瞬動作を止めた後、ネイアに中身を差し出した。一瞬シズ先輩が手で何かを隠した気がしたが、それよりも渡された品に驚く。

 

 それは復興支援品としてローブル聖王国へも送られる、魔導国における紫のポーションだった。ネイアは今回の【試練】で聴覚を失った身。急いでポーションを口にすると、聴力が戻り、聖歌を思わせる神聖にして厳かな音楽が部屋中に響いていた。

 

「…………ネイア。お手柄。わたしだけではどうにもできなかっ……」

 

 ネイアは喜びのあまりシズ先輩へ勢い良く抱き着いた。久々に聞くシズ先輩の声はやはり平坦で、ネイアでなければ感情を読み取れないものであったが、声に褒める感情を宿している事実は、ネイアへ喜びと安堵を抱かせるには十分すぎるものだった。

 

「やりましたシズ先輩! アインズ様が直々に与え給うた試練! わたくしが選ばれるなどこれほどの幸福はありません! そしてシズ先輩と乗り越えられたことも!」

 

「…………ん。わたしも、ネイアと一緒でよかった。わたしには音楽の特殊技能(スキル)がない。おかしいと思ってもどうすればいいかわからなかった。」

 

 そしてシズは抱き着いてきたネイアの頭を優しく撫でた。

 

「…………でもまだまだ。ここからが本番。何が起こるか解らない。」

 

 シズの一言に、ネイアも浮かれた心を着地させる。

 

「ええ、ですが引きません。行きましょう、先輩!」

 

 シズとネイアはお互いを見つめ、同時に強くうなずいた。そして次なるドアを開く。

 

 

 

 ●

 

 

 アインズは安堵の息を吐く。あの部屋でどんな試練が出るかはアインズでさえコントロールできない。いざとなれば強制終了させることは出来るが、そうなれば〝与えた罰の達成不能〟として、より重い罰を課さねばならない上、下手をするとシズを今後一切外に出せなくなる。

 

(一番の懸念はレベル80台のモンスターが大量に出てくるタイプの部屋だ。そうなれば俺が完全不可視化してバックアップするしかないな。課金アイテムは……ああ、こういう時にあいつ(パンドラ)もいないし、手持ちでなんとかするか。……って、これはまた。)

 

 アインズはシズとネイアの入った部屋を見て、思わず右手親指にはめられた指輪に目を落とした。それは以前ネイアを復活させた際用いた、<真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)>を使うことのできる超希少(ウルトラレア)アーティファクト。リング・オブ・マスタリーワンドだった。

 

 

 

 ●

 

 

【真なる友を見抜き、偽りなる者の心臓へ刃を突き立てよ。】

 

 前回と異なり、小さな小部屋へ入ったシズ。その手にはナイフが握られている。そして宝石を思わせる緑の目には二人のネイアが映っていた。

 

「…………感知が出来ないようになっている。流石博士。いえ御方々。」

 

 ドッペルゲンガーによるコピーであれば、レベル差やクラス構成から看破することは容易であるが、どうやらネイアが二人になっている現象は、シズの知るコピーと機序が根底から異なっているようだ。

 

 それが高位の幻術によるものなのか、それともドッペルゲンガーに一度コピーさせ、看破不可能なレベルまでネイアの能力を落としたのか解らないが、問題はそこではない。

 

 シズはどちらかが本物で、どちらかが偽物か分からない友人の胸にナイフを刺さなければならないのだ。シズが二人を見比べるも、両方殉教者を思わせる笑顔を浮かべており、命乞いはおろか、自分が本物であるという弁明すらせず、シズへ判断を完全に委ねている。

 

 その状況がよりシズを悩ませる。ネイアしか知りようのない情報は粗方問いただしたが、どちらも正解を答えた。

 

「…………うーん。困った。」

 

「「シズ先輩。迷うことはありません。わたしを刺してください。」」

 

 2者は同時に言葉を発する。完全に思考までトレースしているようだ。恐らく邪魔になった自分を始末して先に進めといいたいのだろう。確かにネイアならばそうすると思う。

 

 取り返しのつかない二者択一を強いられたシズは、長考し、答えを出す。その解答は……

 

 

「…………うん。サイコロ振って決める。奇数ならお前、偶数ならお前。」

 

 

 その瞬間、右のネイアが我慢できないとばかりにふき出した。そしてシズは迷いなく左のネイア、その心臓にナイフを突き立てた。……その瞬間、左のネイアだったモノは溶けるように歪み、ツルツルとした青い塊となり、跳ねだした。

 

「…………やはり高位のドッペルゲンガーと幻術。部屋の効果で耐性まで無効化されている。」

 

「わ、わたし、助かったのですか?」

 

 ネイアは緊張の糸が解けたように脱力し、床に膝をついた。死を覚悟していたが死にたかった訳ではない。急に自分と全く同じ存在が現れたときは、〝あ、わたしの目ってこんなに怖いんだ〟と場違いな感想を抱いたが、自分でも見分けが付かない分身を看破したシズ先輩に改めて尊敬が募る。

 

「シズ先輩、ありがとうございます!逆の立場だったらどうなっていたでしょう。わたしは……」

 

「…………わたしがネイアを間違えるはずがない。そしてネイアがわたしを間違えるはずもない。気にしない。」

 

 シズ先輩はそういってネイアに背中を向けた。シズ先輩がどんな表情をしているか、ネイアはとても見たかった。何故ならば、恐らくシズ先輩は無表情の中に凄く気恥ずかしそうな感情を宿しているに違いないと確信しているからだ。

 

 

 

 ●

 

 

 ネイアとシズは最後となる試練に向け、扉に手をかける。二人は3つ目の試練【戦争に必ず用いられる最古にして最新の道具のみで敵を殲滅せよ】をクリアした。弓矢やナイフ・銃を使っても延々と二足歩行の亜人を模したモンスターが湧き出し、シズ先輩は 〝人〟 であると答えを導き出し、徒手格闘による戦闘でモンスターを殲滅し、無事に扉が開いた。

 

 ネイアも聖典(ぐんじしょせき)を預けた同志より、聖地における徒手格闘術ジェドーの手ほどきを受けていたので1体程度ならばなんとか倒せたが、やはりシズ先輩は別格で、瞬きする間に50を超えるモンスターを徒手で殲滅していた。流石、メイド悪魔の名は伊達ではない。

 

 

 そしてシズとネイアは意を決し、最後の試練へ向けた扉を開いた。……そこは今までの試練と異なる意味で幻想的な空間、童話のお姫様が住むような白を基調とした質素ながらも格式を感じる一室に、ひとつだけベッドがある奇妙な場所だった。

 

 そして相も変わらずドアノブの無いドアの上には、こう書かれている。

 

 

 【友はどんなときにも愛するものだ。兄弟は苦しみを分け合うために生まれる。】

 

 

「聖句……?今までのように具体的な指示がありません。どういうことでしょうか?」

 

「…………わからない。ベッドがあるからにはおそらくそれが関係している。」

 

 その瞬間、ネイアの顔が真っ赤に染まる。友情を確かめる手段なら様々あるが、少なくともベッドで行うのは……。しかしシズ先輩はそんなネイアの手を引く。そして

 

 

 

 ●

 

 

 アインズは沈静化を連続させながら、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を凝視したり、目をそらしたりしていた。

 

「いや!なにしてんですか!?これじゃBAN……されないけれど、え!?ええ!?いやいや、これぺロロンチーノの言ってた〝イチャイチャしないと出られない部屋〟じゃねーの!?ガーネットまで何造ってんだよ!ギルド長の俺に言えよ!……いや、転移した弊害か?って違う違う。止めなきゃ!いや、止めたら罰が……。いや肩を組んだり抱き合ったりは許されてたからセーフ?いや、どう考えてもここまでくっつくのは……。それ以上はダメ!早く扉開け!もういいだろ!友情は確かめられただろ!おーーーーーーい!」

 

 宝物殿に絶対支配者のSOSを含んだ絶叫が轟いた。しかしそれに耳を傾ける者は誰も居なかった。

 

 


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