・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。
・キャラ崩壊注意です。
以上を踏まえた上でお読み下さい
ネイアは現在普段身に着けている英雄然とした衣装ではなく、膝丈までのびた長い桃色のカーディガン、袖の広がった白のベル・スリーブにリボンをワンポイントとし、一見すれば長丈のドレスにも見える幅の広いベージュのズボンというワントーンの大人びた衣装でその身を固めていた。
「シズ先輩、わたし衣装負けしていません?大丈夫です!?」
「…………わたしにお任せ。先輩を信じるべき。」
お忍び……というにはあまりにも人目を惹く恰好であり、私服に無頓着で自分にコーディネートのセンスなど皆無であると自覚しているネイアからすれば【こんな貴族令嬢や夫人の身に着けそうな服が自分に似合うか?】と不安を抱くような恰好であった。
だが断る事も出来ない。というのも
「…………やはり完全なスカートよりも余裕を持ったパンツ姿のほうがいい。ネイアは意外と足が長いからカーディガンで全体的に季節らしさを表現。弓手として左右非対称な筋発達と骨格はトップスをベル・スリーブにして胸から腕にかけてを細く魅せて隠す。うん。」
何故このような服選びをしているのかというと、このたびシズ先輩と二度目のローブル聖王国の散歩に出かけようという話になったためだ。以前散歩した時は未だ要塞都市カリンシャを解放してすぐのころであり、街も復興どころか仮設住宅の設置や衣食住の確保に精いっぱいだった。
しかし偉大にして慈悲深きアインズ・ウール・ゴウン魔導国より豊饒な支援物資を賜り、【弱きは悪である】と目覚めた同志たちも増え、復興もいち段落がつき、カリンシャは以前のような活気を取り戻し始めた。
カリンシャ奪還後にシズ先輩と散歩をしたのは〝メイド悪魔だからといって一室に軟禁されているのはおかしい〟というネイアの願いからだったが、今回は目的が違う。アインズ様のおかげで復興した街をその臣下であるシズ先輩にお見せしたいという気持ちからだ。
だがネイアもシズもあのときと身分が大幅に異なっている。ネイアは【魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)】というこの国で最も力を持つ組織のトップであり、シズ先輩は偉大なる魔導王陛下の正式な臣下。ふたりは着の身着のままぶらりと散歩など出来る立場ではなくなってしまったのだ。
そのため〝お忍びで視察〟という名目を使い、街がどのように変化しているか〝絶対指導者ネイア・バラハ〟ではない視点から街を見て回る――同志達からは反対意見もあったが押し切った――ことにしたのだが……
「…………コーディネートはばっちり。でもネイアの目だけは化粧でもどうしようもない。う~ん。困った。」
普段であればツッコミのひとつも入れたくなる言葉だが、変えられない事実だけに花が萎れるようにネイアはシュンと落ち込む。
「ミラーシェードを着用させていただく訳にもいきませんし……。シズ先輩もお顔を隠して歩く訳にいきませんよね。どうしましょう。」
2人が〝お忍び〟をするにあたって解決不可能とも思える絶対的な壁が二つある。1つはシズの見る者の目を奪う圧倒的な【美貌】。もうひとつはネイアの見た者を恐懼に陥れる【凶眼】だ。
ただでさえカリンシャは悪魔・亜人連合との奪還戦でシズに直接命を救ってもらった者が多く、その美貌は広く認知されている。また感謝を送る会(仮)の前身〝魔導王陛下救出部隊〟の本拠地であったため、(仮)に所属する市民が群を抜いて多い地域だ。
「…………いいこと考えた。深夜の怪しい裏街道に行けばネイアの眼も目立たない。むしろ適当な場所。」
「シズ先輩、実はわたしも女の子なんですよ……?」
「…………。」
「何で心底不思議そうな顔しているんですか!?それならむしろ笑ってくれた方が気が楽です!!」
ネイアはいつものシズ先輩の悪戯ともつかない、いつの間にかお約束ともなったやりとりに、少し心を弾ませる。聖地巡礼をする以前であった頃ならば、ここまでシズ先輩の無表情を読み取る力など持たなかったであろうし、楽しくおしゃべりをするなど畏れ多くて出来なかっただろう。
……シズ先輩は偉大なるアインズ様の正式な臣下だ。本来であれば自分は首を垂れ
(シズ先輩に話したら怒られるだろうな。)
ネイアは内心微笑みながらそんなことを考え、脱線した思考を元に戻していく。
「ですが深夜の裏街道……。普段わたしが同志達から上がってくる報告の届かない時間と場所に行くのは良い手かもしれませんね。暗がりならば目立たないでしょうし、その手でいきましょう!」
「うん。じゃあ深夜にお散歩。ネイアは仮眠をとって。時間になったら起こす。」
「はい、そうし……ふぁあ!?」
ソファーに座っていたネイアの身に一瞬重力の基軸が乱れる錯覚が襲い、柔らかで温かな感覚が頭部に直撃した。
「あの……シズ先輩?」
同じくソファーに座っていたシズは気にすることもなく、慈母の如き優しさをもって真下にあるネイアの頭を撫でる。
「ネイアは泣き虫だからこうするとすぐ寝る。アインズ様が凱旋する前からそうだった。」
心当たりがありすぎて思わず顔を真っ赤に染める。思い返せばシズ先輩には助けられてばかりだ。それに仮眠ならば別のソファーに移ればいいのだが、そうなればシズ先輩をひとりにしてしまう。内心そんな言い訳をしながら、ネイアはシズ先輩の温もりを感じながら微睡みへ落ちていった。
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「偉大なる御方 我らは誓う 比類なき完全なる忠誠を捧げん 疑いなき忠誠を 我らは如何なる試練をも乗り越えん 我らの仲間は精強なり 繫栄は約束された 我らが神は偉大なり ~♪」
シズはいつものメイド衣装ではなく、やや大人びた肩を出したワンピース姿。ネイアはシズがコーディネートしてくれた衣装で街灯の照らす町並みを歩いていた。……とはいえシズは頑なに眼帯は外さないのでお忍びになっているかは未だ不明だが。
カリンシャは日も落ちた深夜だというのに活気に溢れていた。道の端には駆け出しと思われる吟遊詩人が魔導王陛下の素晴らしさを唄に詠み、親衛隊からなる警邏隊が街を巡回し、昔であれば祭りか何かと見まごうかのように様々な屋台が立ち並んでいる。
「…………思っていた感じと違う。」
「そうですね。わたしも夜のカリンシャを歩くのは初めてですが、報告には上がっておりました。店を構えるまでの建物に対する復興がなされていないので、
「…………前に外出した時みたいに怯えている人がいない。裏路地で血まみれの人が斃れていたり。薬物に耽溺して虚ろになっている人。全然いない。」
「そんなアインズ様の御慈悲によって立ち直ることの赦された母国へ唾を吐く背信者など、同志親衛隊が一掃いたしました。しかし困窮や飢餓、絶望という
「…………本来囚人になる者を改心。やっぱりネイアは見所がある。アインズ様へご報告しておく。きっと喜ばれる」
「本当ですか!!ありがとうございます!」
「…………むっ。あれは」
「あーーー!アインズ様グッズの屋台!?偉大なるアインズ様で金儲けをするなど不敬極まるため厳しく取り締まれとあれほど言ったのに!!」
「…………ネイア落ち着く。アインズ様の肖像画や石像は売っていない。アインズ様の御造りになられたアンデッドや魔法の壁を模したもの。」
「それでもアインズ様の御威光を下賤な真似で穢すなど赦されません。あとで厳しく言わなければ……。」
「…………アインズ様はお気にされないと思うけれど一理ある。でもあれ。ちょっと欲しい。」
シズが指さしたのはデスナイトを可愛らしくデフォルメしたぬいぐるみだった。全体的に丸みを帯びたフォルムはゆるい印象を抱かせ、子供向けだろうか、本来悍ましい顔立ちはほんわかとつぶらになっている。
「あのような背信者の店にお金を落とすなど赦されません! 特徴は押さえました、次に行きましょう! シズ先輩!」
「…………かわいいのに。」
シズはどこか残念そうに怒り心頭のネイアの背中を追った。
「聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国では街を護る者が賄賂を受け取るなどあり得ない事。親衛隊を正しく教育出来ていないなど……。先ほどの店の件といい、恥ずかしい御姿ばかりです。」
「…………そう?」
シズは心底不思議そうに首をかしげる。ネイアの怒りに触れたのは巡回している警邏隊が屋台の店主から慰労にと魚の塩漬けを貰っている場面で、シズは【賄賂】とまでは思わなかった。
「いずれアインズ様の慈悲深き御手でローブル聖王国を抱擁していただこうとしている身でありながら、こんな姿ばかり見せてしまうなんて、わたくしは……うぷっ!?」
怒りで声に熱が篭ってきたネイアをシズが抱きしめる。明らかに空回りしており、良くない方向へ暴走しようとしている後輩を正しい方向へ導くのも先輩の役割だ。
「…………弓の弦は張りすぎても緩すぎても良い武器となりえない。今のネイアは張り切りすぎ。」
「そうでしょうか……。わたくしどもの不敬によってアインズ様は我々に失望されるのではないかと……。」
「…………その不安。わかる。でもアインズ様は慈悲深き御方。」
「すみません。失敗は許されない。そう思うと……」
「…………もうヤルダバオトはいない。失敗から学ぶことが可能になった。そのためにわたしがいる。アインズ様について間違いがあればわたしが訂正する。」
「シズ先輩……。」
「…………世話の焼ける後輩。でも許す。」
思えば、自分は決して届かないと知りながらあの偉大なるアインズ様に近づこうと精神を張り詰め過ぎていた。何の能力もない凡人たる自分が〝絶対指導者ネイア・バラハ〟なんて祀り上げられ、ほんの囁きや一挙手一投足で同志達の心持や行動が変わると言うなら尚更だ。
そう考えれば自分の思い込みでどれだけの同志を傷つけただろう。ネイアに慚愧の念が湧いてくる。
「…………よしよし。泣き虫な後輩。今日は特別。この服は借りたものだし。そのまま泣いていても良い。」
そういいながら、シズは自分の胸に抱かれて泣くネイアの頭を優しく撫でていた。