・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。
・キャラ崩壊注意です。
以上を踏まえた上でお読み下さい。
亜人に
否、聴覚だけではない。血飛沫が舞い、湖のように血液が溜まっていく地面、鉄にも似た鮮血の香り、自らの皮膚に止め処なく降り注ぐ人間の体液。五感の全てがあの凄惨な記憶を覚えている、忘れることなど出来ようはずもない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
この世の終わりを告げられたかのような慟哭だった。全身の穴という穴から滝のような汗を噴き出し、瞳からは涙が諾々と溢れている。呼吸をしようにも喉が
悪夢に蝕まれた精神と
この者はかつて数多の亜人と戦いを繰り広げた聖騎士であった。ローブル聖王国の悪夢、ヤルダバオト襲来の惨劇を目の当たりにし、精神に起因する病気で除隊する日まで。現在は聖王室から支給される雀の涙ほどの恩給と日払いの仕事で生活を送っている。そんなある日のことだった……
(またか……)
広場には人だかりができ、人々は目をミラーシェードで隠した少女の話に熱中している。『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』なる、死を司るアンデッドを神と讃えるイカれた集団の演説会だ。それも演説しているのは女教祖である凶眼の伝道師ではないか。聖王女亡き後の聖王国で救いを求めたがっている者は多い。心優しき聖王女の清廉さを知らぬ不埒な輩は次々(仮)へ入団し、その魂をアンデッドへ売り渡していった。
聖王女よりローブル聖王国を託される聖騎士であった者として、そんな非道極まる活動には
「……アインズ様、魔導王陛下のご慈悲こそ今のローブル聖王国には必要不可欠であり、その偉大なる御手に抱擁していただくこそこそが平安への道なのです。しかし、雛鳥の如く口を開けご慈悲を賜る真似は魔導王陛下に対する最大の侮辱となります。故に我々は強くなり、魔導王陛下の覇道の一助となるべく努力することこそ正義なのです!」
「ふざけるな!」
しん……とした静寂の後、聴衆の目が自分に集まる。そこには敵意・憐憫・排他といった様々な負の感情が籠っている。だが凶眼の伝道師の演説は到底看過できるものではなかった。
「魔導王はアンデッドじゃないか!死を弄ぶものがローブル聖王国の支配者など笑わせるな!」
自分の反駁に対し、凶眼の伝道師は激高するでもなく、ニッコリと笑みを浮かべているようだった。
「そう、魔導王陛下はアンデッドです。しかし同盟国でも友好国でもないローブル聖王国へ単身救援へ訪れ、絶望の化身たるヤルダバオトを撃退するという到底信じようのない奇跡を成し遂げた偉大なる御方です。事実魔導王陛下がいなければローブル聖王国は今頃灰燼に帰していたでしょう。それは変えようのない事実です。」
「アンデッドの狡猾な権謀術数だ!」
「……わたしはあなたから、たった一つの信念を感じ取ることができます。」
「な、なにを……」
「すなわち、ローブル聖王国の救済です。主義思想はさまざまであることをわたしは否定しません。アインズ様……魔導王陛下が未だ愚かであったわたしたちを否定しなかったように。」
「愚かだと!」
「そう、我々は愚かだったのです。弱さという悪に染まったが故に、幼子一人助けられなかった。大地は仲間の血で染まり、ヤルダバオトは嗤い、我々は残された隅で震えながら命の終わりを待つしかなかった。違いますか?」
「それは……」
「しかしこの世で最も偉大なる王、魔導王陛下の恩恵を賜ることによって今があるのです。それは我々が悪であったが故に、偉大なる王のご慈悲に甘える結果となった。それは大いなる過ちです。しかし過ちは正すことができます。その道標を魔導王陛下は示してくださいました。今からでも我々は強さを持ち、その強さを正しく使う必要があるのです。」
「強さ……、やはり強さこそが正義……。」
「それは違います。確かに力なき正義は無力ですが、正義なき力もまた憎きヤルダバオトの如き暴力となるのです。……魔導王陛下は正義です。あなたにはまだ聞こえますか?感じますか?貪られる幼子の悲鳴が、風に唸る血潮の香りが」
「うぅ……」
その言葉に脳が停止し、喉が閊え過呼吸の前兆が起こったその瞬間だった。
「大丈夫です。これまで貴女を襲った悪夢は正しい道に進むための試練だったのです。魔導王陛下を信じ、弱さという悪を脱することができたとき、貴女もきっと真なるローブル聖王国の一助、同志となるでしょう。」
凶眼の伝道師が壇上からおり、自分の手を握っていた。すると苛んだ過呼吸や思考奔走が嘘のように収まった。魔導王への忌避感が薄れたわけではない、だがヤルダバオト襲来以降得たことのない心の安寧が
「よろしければ、アインズ様……魔導王陛下についてもっと語り合いませんか。貴女の過ちもきっと、救済されるはずです。」
柔らかだが否定を許さない不思議な声色だった。凶眼の伝道師と手を握り合ったまま、思わず頷いてしまう。そうして自分は天幕へと移動させられた。疲れからか安堵からか、はたまた両方か……定まらない心模様の中、眠気を覚えそのまま舟をこぐ。何故だか悪夢を見る気配はなく、ヤルダバオト襲来以降、初めての安眠を手に出来そうな予感がした。薄れゆく景色の中、魔導王陛下とは、きっと優しい神なのだろうと朧げに思ってしまった。
●
『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部。そこにはいつものように
「…………む。ネイア意外と足が長い。生意気。」
「そうですか?弓手としては足が短い方が重心が安定し良いと父から教わったのですが。」
「…………兵士としての優秀さか。女性の魅力か。難しい。」
(仮)にある【健康診断室】でネイアの座高を測っていたシズは答えの出ない問答を一瞬考え、すぐさま放棄し次の機材に興味を移した。
徴兵制度をとっていたローブル聖王国では身長・体重、疾患の有無を兵役前に調べるのは当然のことであったが、(仮)が武装親衛隊へ入隊する前に行う検査は
身長・体重・視覚・聴力はもちろん、骨格・骨密度・心肺機能・身体疾患並びに精神疾患既往――ヤルダバオト襲来における
それらを
「…………それではこれより検査を始める。座る。」
「いや、なにやってるんですか、シズ先輩。」
シズ先輩はどこからか白衣と伊達メガネを取り出して身に着けており、椅子にどっしりと腰掛けた。
「…………今から200ほど質問をする。はい・どちらでもない・いいえで答えて。」
「もう、わかりました。」
「…………裏切りは、誰であろうが絶対に許せない。」
「当然です。」
「…………人前で話すときには、よく考えてから話すし、気も使う。」
「アインズ様の素晴らしさを説く以上気を付けるべきなのでしょうが、わたしは当然のことを普通に話しているだけなので、いいえでしょうか。」
「…………思ったことは、すぐ口に出てしまう。」
「もう、抑え込んでばかりですよ。迂闊な一言で同志たちが混乱してしまうのはよくありません。」
「…………はっきりとした答えの出ないことやあいまいなことが、とにかく苦手だ。」
「もう正義とは何かが曖昧模糊な自分には戻りたくありません!当然はいです!」
そうして200の質問が終わり……
「…………責任感の強さと面倒見の良さを兼ね備え、論理思考に強い。だがそれゆえに物事の判断精度が鈍くなってしまう傾向にある。同時に父権的な責任感の強さ故自分をおざなりにする。懸念されるのは規律や使命を優先し、自我が限界を迎えてしまうこと。」
「下らない結果ですね。アインズ様の素晴らしさを説く使命の前に、わたしの自我や命など比べるべくもありません。そんな程度で壊れる自我ならばわたしはその程度の人間だったということです。」
「…………流石ネイア。わたしも同意する。でも。」
「わっぷ!」
シズが思わずといった様子でネイアを胸に抱きしめる。
「…………ネイアが壊れてしまうのは少し悲しい。配下が主の許可なく死ぬことは許されない。アインズ様が仰っていた。それはネイアも同じこと。」
「無理をしていない……といえば嘘になります。しかしそれで限界を迎えるならばわたしはそれまでの……うっぷ。」
「…………無理はダメ。無理は続かない。」
慈母のように優しい抱擁だった。この瞬間だけはネイアは【絶対指導者】から【年相応の少女】へと変貌する。今同じ心理検査をしたとするならば、ネイアにはどんな結果が出るのだろうか?
決まっている。アインズ様を正義と確信した日からネイアの心持は変わらない。……ただ、少しだけ、ほんの少しだけ自分にも他人にも優しい結果になるかもしれないが、それを確かめる方法はない。
久々の蛇足でした。ご感想をいただけるととてもうれしいです。