ネイア・バラハの聖地巡礼!   作:セパさん

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バハルス帝国 ②

「布教活動……はは、ローブル聖王国の民が、魔導国属国であるバハルス帝国で魔導王陛下の布教活動か。凄まじいな。民達の反応は?」

 

 メイド悪魔シズと凶眼の狂信者ネイア・バラハの護衛を<重爆>レイナースに委ね、宮廷に帰還したバジウッド。その報告を聞いたジルクニフは、乾いた笑いを浮かべる他無かった。

 

「魔法や魔術を見ている様だった。雄弁術の傑作ですよ。ほんの数十分間で群集がああも変わってしまう様子なんざ見たことがない。まるで手袋を引っ繰り返すみてぇだった。ありゃ天性の扇動家だ。」

 

「……君がそれほど饒舌に話すということは、君もネイア・バラハに扇動された口かい?……ああ、答えなくてもいい。顔に図星と書いているよ。」

 

 ジルクニフは皮肉げに笑い、肩を竦めた。

 

「俺は事前の知識があったし、こんなんでも陛下をそこそこ尊敬してる身だ。だから皆ほど狂うことはなかったんだが、心を打たれたのは確かだ。ただ……。不思議なのは、熱狂して心打たれた事実は覚えているんだが、何を具体的に話していたのかは覚えてねぇんだよ。それこそ声に心を打たれたというよりも、場を熱狂させるというか……。」

 

「ほう、魔法は使っていない様子だったのだろう?ならば何らかの生まれながらの異能(タレント)を持ち合わせている可能性があると。」

 

「かもしれねぇ。もっとも、場の空気を支配するって意味じゃあ魔導王陛下の足下にも及ばないがな。」

 

「ネイア・バラハが生まれながらの異能(タレント)--それも〝扇動者〟という希有な力を持っていたのならば、ヤルダバオト襲来以前のローブル聖王国で、騎士従者なんて身分にいなかっただろう。おそらく、彼女が能力を持ったとすればヤルダバオト討伐中かその後の話だ。魔導王陛下には、他者に生まれながらの異能(タレント)を付与させる力がある? いや、それならば彼女だけを特別視させる意味はないな。」

 

「あれ? 俺はてっきりこの話を陛下にすれば、またポーション漬けになると思ったもんだが、やけに楽しそうじゃないですか。」

 

「わたしが胃を痛めていた理由はネイア・バラハ氏が帝国民によって危害を加えられる、又は聖王国やスレイン法国が送り込んだ刺客によって帝都で襲われないかどうかだ。騎士団に周囲を見張らせているし、ネイア氏が口にするものは全て秘密裏に信頼厚い毒味役を付けている。

 

 それに彼女にはシズなるメイド悪魔もいるのだろう?準備は万全に整えたんだ、後は心配するだけ時間の無駄さ。楽しそうな理由はそうだね……人間とは理不尽を経験しすぎると、その状況さえ楽しめてしまう動物であるらしい。それに、鉄火場から離れ安全地帯から思考を巡らせる事もまた楽しいものだよ。」

 

 ジルクニフはどこか諦観した様子で軽く鼻を鳴らした。

 

 

 ●

 

 

 翌朝、帝都の高級宿屋で目を覚ましたネイアは、最初に起きていた-というか寝ているところを見たことが無いが-シズと共に湯浴みを行い、朝食を共にした。

 

「ネイア様、シズ様。わたくしバハルス帝国闘技場の興業主をさせていただいているオスクと申します。この度は、お二方を闘技場へお招き出来る光栄を賜っております。」

 

「……兎です。」

 

 2人を馬車に案内するのは髪を地肌が見えるほど短く切った恰幅の良い男性と、兎の耳を生やしたメイド服姿の美麗な亜人だった。

 

「う、兎?」

 

「ええ、この者はラビットマンという種族で、名前を兎と言うのです。」

 

 何だか「わたしの名前はニンゲンです。」と言われた奇妙な違和感を覚えるが、ネイアはそういうものだと納得する。シズとネイアは隣同士座り馬車に揺られ始めた。

 

「闘技場ですか、ローブル聖王国には無い風習です。是非楽しませて頂きます。」

 

「はい、聖王国の方からすれば野蛮に思うかもしれませんね。」

 

「そんな事はありません。力を……自らの牙と爪を研ぐ事は、その力を暴力にしない限り決して悪ではないのですから。」

 

「ほう……。ちなみに現在の王座は空席でして、王者試合は観戦出来ませんがご了承下さい。」

 

「王者が、不在?」

 

「何しろ……、拳闘場の王者は以前、武王という者だったのですが、武王が魔導王陛下に完敗して以来王座が空席になっているのですよ。闘技場のルールに則り魔導王陛下を倒した者が王者というわけですが、事実上万年空席というやつでしょう。」

 

「陛下御自ら闘技場に!?アインズ様は魔法詠唱者(マジック・キャスター)では?」

 

「そうです。陛下たってのご希望で、魔法を禁止し、それでも構わないと闘技場へ赴き……。そして武王を完膚無きまでに叩きのめしたのですよ。」

 

 ネイアはどのような意図からアインズ様が御自ら闘技場に立ったのかは解らない。しかしそこにはネイアが考えも及ばない深い思慮と慈心があったに違いないことだけは確かだ。

 

「実をいいますと、闘技場の開幕は昼過ぎからでして。もしお二人がよろしければ、当館へご招待させて頂きたいと考えていますが、如何でしょうか?」

 

 ネイアはシズの顔を見る。どっちでも構わないという顔だ。

 

「では、御言葉に甘えさせて頂きます。」

 

 

 

「こちらが当館となります。」

 

 ネイアとシズが案内されたのは、執事が出迎える、聖王国でも中々見られない巨大な屋敷だった。そしてオスクという男に案内されたのは、歴戦の傷跡が残る武具・防具が良く油で磨かれ保存されている部屋だった。

 

「今お茶を持ってこさせますので、少々お待ち下さい。」

 

「…………む。」

 

 ネイアはシズの発した「む。」のイントネーションから、不機嫌ではなく、興味を惹かれた興奮故の声であると判断する。実際その宝石の様に輝く緑の目は、なお一層燦然と煌めいている。

 

「シズ様は武具・防具にご関心が?」

 

「…………ミリタリーはロマン。博士が言ってた。」

 

「わたしも弓手ですので弓には興味がありますね。」

 

 ネイアが目を惹かれるのは、古代のロングボウから、魔導が付加された最新鋭の弓、そして……

 

「これ!ルーンですか!?」

 

「流石ネイア様!良い目をされておりますね!こちらは150年以上前にドワーフの王国で作られた弓で、3つのルーンを宿した逸品です。命中率上昇・運気上昇・貫通力上昇がそれぞれに込められているのです。」

 

 許可をとり、手袋を嵌めて実際に手にさせて貰うことも出来た。アルティメイト・シューティングスター・スーパー程の力は感じないが、国宝級の弓と言われても違和感を覚えないだろう。以前のネイアであれば手が震えているところだ。

 

(ああ、魔導王陛下にお逢いしてから、マジックアイテムに対しての閾値が高くなってるなぁ。)

 

 シズを見ると顔を軽く動かし、何かを促しているようにも思える。中々感づかないネイアに対し、シズは鞄を凝視し始めた。

 

(え!?ひょっとしてカルネ村で貰ったルーンのこと?でも帝国も魔導国の一部なんだから、わざわざ広める必要も無いんじゃ……。)

 

 そう思ったが、シズ先輩の無言の圧力に屈して、弓をケースに戻し、鞄からカルネ村のドワーフに貰い受けた匕首を取り出す。

 

「ルーンと言えば、わたくしも今回魔導国へ来た土産にこんなものを貰ったんですよ。」

 

 それは鍔のない柄と鞘・刀身だけで構成された簡素な匕首。しかし刀身には6つの紫のルーン文字が刻まれており、オスクは目を丸くして呆然とした。

 

「み、見せて頂いてもよろしいですか!?ルーンが……6つ!?200年以上前にドワーフの王族が持ち合わせていたルーン武器、大地を轟かせる大槌が6つと聞いております!これを、どこで?」

 

「魔導国で、です。」

 

「ま……」

 

 魔導国の何処でしょう?と聞きたいのだろうが、客人に対しこれ以上詰問するのは失礼と理性が辛うじて働いたのか、ネイアへの言及を止め、ただ鋼とルーンの美しさに見惚れている。

 

「…………アインズ様に忠義を尽くせば、きっとあなたも同じ物を手に出来る。」

 

 シズが匕首に魅惑されているオスクに声を掛ける。オスクはその言葉に瞳を光らせ、静かに刃を鞘に収めネイアに返した。

 

「畏まりましたシズ様。アインズ様のご期待に添えるよう、今後一層の精進をさせて頂きます。」

 

「…………ん。」

 

(シズ先輩は最初からこの流れを予測していた?……わたし個人としては、アインズ様の力と富に心酔するんじゃなく、アインズ様を正義と思える者こそが同志と信じていたけれど。それはわたしの我が儘だったのかな。)

 

 ネイアはアインズ様が……魔導王陛下こそが正義であるという絶対の真理こそ揺るがないが、ネイアの中で〝正義の捉え方〟という新たな課題と試練が生じ始めた。


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