眠れないアル ー銀魂より 神楽ー
これは、夜に布団に入ったは良いものの、何故か目がさえて眠れなくなった際の名言です。名言ですね~。有名です。はい、色々と思い出して眠れなくなりました。
弱冷房が心地良い。布団に入ってどれくらい……あぁ、もう一時過ぎそうやん。ずっとゴロゴロしていたのね。いつもなら開き直って起きているのに、なんだか今日はジェラシー気分。昨日はライブ終わりの疲労で即爆睡だったのに。なんなら今日、昼過ぎまで寝てたもんな。それで早寝するってのも無理な話か。
流石に布団から出ましょう。布団の中も飽きちゃったし。人生においてこんな感想を持つことがあると思わなかったな。
ギター……はそんな気分じゃないな。ベースも昨日まで弾きまくったし、今日はお休み。無心で動画を見漁るのも良いけど……ちょっとおセンチな気分には合わない。明日のおすすめ欄が滅茶苦茶暗い話題にあふれる羽目になる。……外、出るかぁ。甚兵衛、甚兵衛と。
この深夜帯、いくら都心のオフィス街寄りとは言え、人通りは流石に少ない。
昼間だろうが深夜だろうが、出てくる感想は暑いで終わる。サンダルに甚兵衛という究極の薄着スタイルじゃなかったら危うくだった(?)
門近くの警備員さんに挨拶もほどほどに、とりあえずはコンビニ。お夜食でも買って、オールコースか。それとなく立ち読みでもして帰るか。はてさて、行ってみてのお楽しみ。
イヤホンを付けない深夜徘徊というのも、案外乙だ。
基本のベースは車の走行音。本当に時たま、自転車に歩行者。日常の音というのが、必要最小限に抑えられている。こういう空気を、恐らくエモいというんだろう。
後ろからこちらを追い抜き。対向車線際から過ぎ去り。追い抜いた信号待ちのタクシーから人が降り……降り……
「はい。あちらの方です。それでは……えぇ、大丈夫ですよ」
暗がりでも蛍光灯に照らされてわかる。すんごい綺麗な人が降りて行った。
ほえ~……ここら辺に住んでるんだろうな。めちゃくちゃ美人さんだもんな。東京ってすげーんだな……
「光くん、偶然ですね」
「いや、貴方今降りてきましたよね」
「貴方、じゃないですよね?」
ごく当然のように話しかけてきた。
少し大げさにほっぺを膨らませて見せる。ド美人がそんなことやって許されるのか。
「楓さん」
「はーい、楓でーす」
ご機嫌よく右手を垂直に上げて、ふにゃりとへべれけ顔。
明らかに俺を確認してから降りてきてましたよね? こんなど深夜によくわかったなこの人。
ほんで酒! 酒の匂い! 普段からワンチャンこういう雰囲気だよなって思いかけたけど、普通に酒の匂いがする。こんな大人の超絶美人から酒の匂いがするってなんだか頭がバグりそう。おじさんとちゃうねんから。
「打ち上げの帰りですか?」
「はい。先日のフェスの」
一瞬、ちくりと痛み。
「暑い中お疲れさまでした。本番だと、あんまり挨拶できなくて」
「光くんも。私たちは交代交代だったけど……ほぼ通しで大変だったでしょう?」
「いや、自分はベースを弾くことしかできないですから」
いつもだったら、本心から笑ってそう言ってた。けど、今日は少しだけ本心じゃなかったり。
一瞬、自分が目を逸らしていたことに気が付いて、ごまかすように歩きだして会話を切り返す。
「タクシーの中からよく俺だってわかりましたね」
「まゆちゃんから聞いていたんです。彼、最近はよく甚兵衛で過ごしていてって」
「あー……それで、俺だと分かって?」
「はい。折角ですから、送って行ってもらおうかと!」
「……どこへ?」
眺めの沈黙後、んー、と右上を数秒見上げたと思う。無言で右手首をぐんずと掴まれ、ぐいとそのまま引っ張ってきた。指、ほっそい。
「いいじゃないですか。ほーら、先輩の帰り道に付き合えないのか~なーんて!」
この人、絡み酒するタイプだったんだな。パーフェクト美人っていう薄くあったイメージがどんどん瓦解していく。
それにしても成程、格好で一撃確定だったとは。言われてみれば確かにというやつ。
こんな都会で、夏まつり終わりでもなんでもないのに好んで甚兵衛を着ている若者は中々お目にかからない。
いつもならこの部屋着で外に出ることは少ないんだけど、深夜だしなって甘えたのが仇になった。仇って言うほど仇じゃないけどな。俺で良かったな。別人だったら危なかったかもしれん。
コンビニから逆方向。ぐるりと回って346プロ本社の方角。
お酒が入って舌が回るのか、俺が何を言うわけでもなく、楓さんは色々と話してくれた。色々とダジャレ混じりなおかげで話の方向性すら千鳥足だが、概ね今日の飲み会の話。
川島さんが男性スタッフに絡んでたとか、早苗さん? が担当Pさんを締め上げてたり、美優さん? が酔いつぶれてPさんに解放されて先に帰ったり。なんだか、その場にいるだけで疲れそうな飲み会だな。そこに楓さんが絡み酒でしょ? うわぁ……(ドン引き)
夜風が生温い。右隣から流れるアルコール臭と甘い香りが鼻孔をくすぐってくる。
随分と良いご身分だと思う。
芸能界で輝くトップアイドルと二人きりで夜中にお散歩なんて。こんな経験ができる人間、片手で数えられるほどしかいないんじゃないだろうか。
346本社の窓にはチラチラと明かりが灯っている。こんな時間まで仕事をしているのか、付けたまま寝落ちしているのか。どちらにせよ、本当に社会人というのは大変だ。できれば、将来から目をそむきたい。
ただ、あそこで踏ん張る一人一人のおかげで、凛たちが輝いていける。みんな、シンデレラの大時計を動かす貴重な歯車なんだ。少しでも欠け、崩れていけば時計は止まってしまうんだろう。
俺は、歯車になれているのかな。
「眠れなかったんですか?」
「えっ」
「ぼーっとしていましたよ? その割には、眠そうじゃありませんでしたから」
少し考え事をとか、ぼーっとしちゃいましたとか、色んな言い訳が3秒で脳内をぐるぐると駆け回っていったが、結果として出てきたのはうっすい愛想笑いだった。
急にこっちに向いてきたから驚いた。なんというか、飲み会の話で全然油断していた。正直、楓さんがどんな人なのか、あんまりわかってないから。
「悩み事って、ちょっと関係性が遠い人くらいに言うのが丁度いいんです」
思わず足が止まる。敷地内、本社門の前。
ゆっくりと顔を伺ってくるように振り向いた楓さんの表情は、まさに大人の余裕を絵にかいたようなもので。目が合うと、数秒目を見つめて、優しく笑いかけてくる。
知らない間に何処かの紐を緩められた気がした。
「俺、傲慢なんです」
緩められた隙間から、ほろりと落ちていく。
なんでわかったんですか、とか。隠せてませんでしたか、とか。そういう段階すらどこかに行ってしまった。結構、思い込んでいたんだなと、脳内は案外他人事だ。
「凛が悲しんでても、美波さんが倒れた時も、結局なんも出来なくて。しょうがないって、わかってるんですけど……俺、なんも出来なくて……最近、そういうのが多かったんですよね」
立ち止まって零れ続けているのが何か嫌で、無理やり足を進める。半歩前を進む背中に向かって、零れ物は落ちていく。
「無力ですよね。傲慢なんです。それでも、何とかしたいって思っちゃって。なんも出来ない自分が、嫌になって。ただ、目の前にある仕事をこなして、ベースを弾くことしかできなくって」
自分で口にしているのに、少しずつ手に力が入るのがわかる。言語化することで、事実確認を強制的にさせられている。陳列されていく事実が、嫌で嫌で仕方がない。
「守りたいもん守れないのって、こんなに惨めなんですね。俺、知らなかったんです」
強がりで笑おうとしたけど、笑えなかった。こういう時に笑える人間は強い人なんだと初めて知った。その虚勢を張ることすら、出来なかったから。
目の前で壁にぶち当たる人間を見たことがあまりなかった。その人自身で乗り越えないといけないなんて、言われないでもわかってる。それでも、手を出したいと思うのは人の勝手だろうとも思う。
結局、二人は乗り越えた。凛たちは三人で乗り越えて見せたし、アーニャと蘭子がぶっつけで乗り切り、美波さんだって最後は立ち上がってみせた。
俺は、あの子たちに何ができたんだろうと思ってしまった。傲慢なんだろう。助けられる距離にあるものには、すべて手を出したくなるんだろう。この傲慢さが、嫌になる。故に、浮き彫りになる無力さにも、嫌になる。
「男の子ですね」
くすりと、心なしか嬉しそうな声色。
やっぱりそっくりと、まるで独り言みたいに。
「まっすぐで、強情で、不器用で、肝心な時に口下手で……自分の守りたいものだけは、ずっと忘れず心の中にある」
思い出すように、一つずつ指折り数える。
俺の事を語っているはずなのに、なぜだか、楓さんは他の人に重ねているようだった。
「傲慢だなんて、思いません。無力だとも、私はとても」
指折り数えると、楓さんは握った手を胸の前に重ねて。大事な思い出を、もう一度大事にしまってみせる。
「アイドルが目を集める仕事なら……光くんの仕事は私たちの舞台を照らす……文字通り、光なんです」
あっ、と気が付いたように大げさなリアクション。やっぱり、まだ酔っぱらってるな。本当にわからない大人だ。真面目なのに、クスっと笑わせる。あぁ、やっぱり大人なんだ。
「貴方たちがいなかったら、私はガラスの靴を履くことも、大きなお城で歌って踊ることも出来なかった。大丈夫ですよ。必ず、貴方が想っている人には届いている。私も、そうでしたから」
楓さんにしては珍しい、決めつけるような言い方。どこに根拠があるのかわからない、その力強い肯定には、何故か大きな説得力があった。
きっと、私もそうだったの一言と、他人ごとではなさそうな力の抜けた笑みがそう思わせているんだろうな。
切り返すことはしなかった。きっと、楓さんの大事な想い出だろうから。俺の為に、わざわざ閉まっていたものを引っ張り出してくれたんだろう。
「きっと、そういうものなんですね。自分のせいじゃないものまで抱え込もうとして、守ろうとして、傷ついて。だから、世の女の子はみんな、それを馬鹿みたいって。でも、かっこいいんですよ。ちゃーんと私、見てるんですから」
なんか、お悩み相談なはずが刺されている気がする。油断に傷心が重なり、結構奥深くまで刺さっていくな。優しいナイフじゃなかったら危なかった。
「だから、私の答えはですね……そのままの貴方が良い、です」
「随分大胆ですね」
「うふふ、私の答えですから」
やっぱり、ずっと楽しそう。お酒のせいなのかわからないけど、きっとお酒のせい。
「きっと、貴方は自分の根っこを変えられないでしょうから。変える必要なんて、ないんですから。抱えて、傷ついて、繰り返して、そうやって成長して……大人になるって、きっとそういうことなんですよね」
「……難儀なんですね。大人になるって」
「シンデレラだって、白馬に乗った王子様だって、きっと本当はそうなんです。傷ついて、それでも帰って来て、お互いの前に現れるんです」
そーれ、とくるりと綺麗な一回転。トップアイドルのターンは、まるで酔っ払いとは思えない穢れを感じない動き。
ふわりと風圧で浮き上がるロングスカートの裾を軽く両手で掴み、背筋を伸ばしたまま膝を曲げる。
まるで、シンデレラの挨拶。
「光くんみたいな人こそ、シンデレラにふさわしい王子様なのかも」
時計は一時半を過ぎ。魔法なんか、とっくに解けている。
読者層気になるので知りたいアンケ
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