鉄血人形が、老婆に購入された
正直なんであんなの使うんだろうか。
民間用ならI.O.Pのほうが絶対に人間的だ。
配送した俺にもよくわからない。

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一話完結もの


鉄血のクズ

私は人形として生まれた。

別にそれは、何らおかしいことではない。

自然界の生物も、人間も、狙って、好きなところに好きな種族に生まれてきた命はいない。

私たちが命を名乗ってもよいのならば、こういった種族に産まれることもあるのは当たり前のことだ。

 

命じゃない道具ならば、なおさら。

製造目的のために稼働し、製造目的のために停止する。

 

しかし、私のところのユーザーは、いささか変わっていたようだ。

 

「おお、おお、これが鉄血の自立人形かい。素晴らしい出来だねぇ。本当に人間のようだわ。人間ならば名前もいるしねぇ。どうしようかしら。ああ、あたしゃ戦争なんてしないからそのバイザーは外しちゃいなさいよ。それもかっこいいけどもちゃんとした顔がみたいわぁ。」

 

何故こんな、優しそうな老婆が、私のような血生臭い兵器を購入したのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「こんなのしかないけども、コーなんとかが無いところだから家庭菜園頑張ってるのよぉ。

たんとお食べ。お手伝いしてもらうんだもの、貴方にも対価は必要よねぇ。」

 

目の前に出されたのは、色取り取りな野菜が使われた料理。

こんなものはデータでも見たこともない。

でも、そんな私でも、味気ない人形用栄養剤なんかよりもよっぽどいいものだということはハッキリとわかった。

 

ちらり、ちらりと老婆を伺う。不可解すぎる。

何が目的なのだろうか。

 

「すみません、私のような機械にこれは過ぎたものかと。戦闘用に調整された頑丈な構成なのでもっと粗雑なものでも私は良いのですが。」

 

事実確認をする。

顧客との間の認識のズレは後々悲劇に繋がるとマニュアルにもある。

 

「いいのいいの、あたしは歳でね、手伝いが欲しかったんだけども、かくばった介護用ロボットなんかとは一緒に暮らしたくなかったのよ。どうせなら、貴女のようなかわいいこのほうがいいわぁ。」

 

疑問。

たしかに私たち鉄血人形は姿こそ人間に近いが、その点だけで言えば癪だがもっと適任の企業がある。

これはマニュアルや、鉄血の指令ではなく、個として気になったことだ。

 

「人間に近い、というのならばI.O.P.製品の人形の方が適しています。何故、私のような、雑務にも使えるとはいえ戦闘用で人間性の乏しい方を選んだのでしょうか。」

 

「簡単なことよ。I.O.Pのはこわれやすいからねぇ。もうあたしゃ、これ以上大事な家族が死ぬところを見たくなかったのよ。貴女、頑丈でしょう?それに初めから人間らしい人間なんていないわ。子育ての経験はあるもの、気になるなら人間らしさも教えられるわ。あと、本当は別に人間らしくなくたって貴女らしければいいのよ。人間性うんぬんよりも、介護ロボットはそういう自立思考が簡単にいえば【それらしさ】がないから嫌なの。」

 

正直、よくわからなかった。

鉄血共用ネットワークで検索しても、なにもわからない。

でも、私の疑似精神は、確かに悪い気はしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの、私はこの家の雑務を一手に引き受けていた。

そう言いたいところだったのだが、私のユーザーは非常に働き者且つ手際がよく、結局私の手伝える所などは限られていて、ほとんど養われているようなものだった。

 

それでも、私として役に立てることがある。

鉄血人形特有の、非常に優秀なネットワーク回線を利用した情報提供力と、力仕事だ。

この前は私のための部屋を片付けるのにとても役立ったのだ。

......まあその働きは彼女のためではなく、結局のところ私のためとなったのだが。

 

ネットワーク技術も、そもそもがスマートフォンを使いこなす私のユーザーにとってはそうありがたいものでもなく、現時点において私は穀潰しのようなものであった。

恥ずべきことなのだろうが、でも彼女の満足そうな顔を見ているとそれだけで私も嬉しくなる。

どうしてだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言われるがまま、連れられるがままに彼女に着いていくと、筆舌に尽くしがたい絶景を見せてもらえた。

 

 

 

事の発端は、とあるSNSのとある投稿。

それを見た彼女が、突発的に私を連れ出したのだ。

「突然ごめんねぇ、あたし、貴女を外に出してなかったことにやっと気付いたのよ。たまには、外にでないとね。」

 

いつもの、私に対する施しのようだ。私には過ぎたものだと拒んでも、彼女はそれを聞き入れない。

そして私も、ただ出掛けることはいたずらに体躯へと負担をかけるだけなので嫌いだったのだが、彼女とならば、それが好ましく思えるようになっていた。

 

「どこに行くのですか」

 

そう言うと、彼女は手に持った端末を操作し、SNSの投稿のみを私に送った。

なるほど。こういった場所か。

瞬時にその場所の、詳細な情報を検索しようとして、私は制止された。

「知らないものを直接見るのも楽しいのよ?

検索せずに、ダイレクトにね。」

 

きっと以前の私ならば何かと理由をつけて、例えば安全のためだとか言って検索したのであろうが、でも今の私は彼女の言う【直接見ること】に興味をもってしまったので、素直に検索はしないことにした。

 

 

 

「該当項目を検索中......この気持ちの表現......」

 

「面白いこと言うわね!あなたの語彙でも表しきれないってことかしら」

 

結論として、その光景を見た私は言葉がでないくらいの気持ちに襲われた。

素晴らしいでも足りないし、美しいでも足りない。

なんて言えばいいんだろうか?

至極残念なのはこう言った観光名所が、かつては世界中に存在していたと言うのだ。

きっと、回ることができたのならばさぞかしよい経験になったのだろう。

もちろん、彼女と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2061年

 

 

 

存在するということは、いつか消えると言うことが解っていた。

はずなのに。今の私は猛烈に悲しい。

いや、こんな言葉では表せないのだ。

「該当項目を検索中......この気持ちの表現..................」

悲しい、空虚、絶望......

そのどれもが、私の気持ちを表現するのには満たない。

私のユーザーは、もう先が長くはない。

数年間の間だったが、私たちはまるで本当の家族のような生活を送ることができた。

ただの道具だった私に、生きるということと、その楽しさを教えてくれたのだ。

私はきっと、実際に料理のできる数少ない鉄血人形だろうし、こういった気持ちをもつのも、また同じように希少だろう。

 

 

だが、愛するものが安らかに死ぬことでは終わらないくらい、世界は残酷だった。いや、人が残酷なのか。

 

 

鉄血本社からの、一つの命令。

よくあることだ。

私たちはインターネットにおいて繋がっている。

こうやって本社から直接様々な指令が来ることもある。

でも、今日のその文字列は、想像を越えていた。

 

「人間を殺せ」

 

端的な、短い指令。

迷うことはない、直ぐに異議申し立ての信号を飛ばす。

 

しかし予想していたかの如く、返信がとどく。

「例外はない。異議の申し立ては受け付けない」と。

 

嫌だ!私の気持ちはそれ一色だった。

でも、悲しいことに私は人形、それも、オーガスプロトコルに接続している鉄血人形。

その高性能さをささえる通信規格に、私は誇りを持っていたが、まさかここまで恨めしくおもうことになるとは。

 

嫌だ!嫌だ!と気持ちで叫んでも、私の電脳は、冷静に殺すべき人を探している。

瞳が、五体が、殺すために最適化されているその本分を果たすために動き出している。

 

そして無慈悲に、生命の熱源を、人間を発見した。

ベッドに横たわる、彼女だ。

やめろ!やめてくれ!私の大事な彼女に触れるんじゃない!

 

どうやって殺すか。こんなにも弱っているのならば絞殺で十分だろう。

 

いや!そんなわけない!殺してはダメだ!

 

熱源の人間への最短ルートを計算完了、行動開始。

彼女の部屋へと向かう。

いつもならば、楽しい会話を期待して、望ましいものだったその行動は、しかし今はあまりにもそれとはかけ離れている。

 

 

もはや私のものではなくなった【私の体】が、彼女の前へゆっくり現れる。

意思を持ったかのように、彼女の首へと腕を伸ばす。

 

「解ってるよ、貴女は悪くない。」

 

「!?」

 

「さっきね、SNSに上がっていたのよ。鉄血人形が暴れていたりする様子がね。そしたら直ぐに、貴女が来た。やらなきゃいけないんでしょう?」

 

私は首を振りたかった。すぐ手を退けたかったが、それは出来ない。させてくれない。

 

「あたしはそろそろ死ぬわ。ただ無責任に貴女を置いて逝くのは嫌だからと、一人で生活する術も教えたのよ。

貴女ならきっと、大丈夫。人間を殺さなきゃいけないななんて、人間でもよくあることだもの。」

 

私の顔は、涙すら流さないし、顔も鉄面皮だろう。

本心は荒れ狂うくらいの悲しみに呑まれそうに成っているというのに。

 

「嫌だ......殺したくない......!あなたなら止められないのですか......?」

 

ギリギリ私が押し留めていた腕が、徐々に徐々に首を絞めていく。

最期に彼女は笑った気がした。

 

ごきり。窒息ではなく、首の骨を折ったのが死因だった。もちろん、私のせいで。

 

ひとまずのタスクを処理し終わり、暫し自由となった私は、ただひたすらに嘆き悲しむことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「付近に購入された型の鉄血人形の目撃情報は無い。まだこの家屋に潜伏している可能性もある。気を付けろ。」

 

平和な町には不釣り合いな、武装した兵士たち。

彼らは様々な理由で派遣されるPMCだが、今回の任務は少し変わっていた。

AIが暴走する欠陥が発覚した鉄血人形の購入履歴を調べ、軍隊以外の購入者の元へ行き人形を確保あるいは破壊することだ。

 

淡々と隊員が突入していく。

別にバリケードもなく、罠もなく、そして鉄血人形はすぐに見つかった。

腐りきった死体の近く、もはや動かぬ鉄屑として。

 

「鉄血人形を発見した。動かない。確認に発砲する。」

 

しかし人形は、どれだけ撃たれようともやはり動かない。

壊れているようだ。

 

しかも珍しいことに、自死のようだ。

 

「まったく仕事を増やしやがって......

鉄血人形みたいな人間性などその皮のみのような出来損ないを買うやつなんて相当なキチガイだろうな。

鉄血人形も鉄血人形でそのキチガイ殺してそのあと自殺だってよ。本当に屑だな。鉄血のクズ。略して鉄屑か?」

 

「おめー独り言いってねえでさっさとこの汚い死体とそこの不燃ごみ片付けるのに手伝えや。」

 

「AIの暴走起こした蝶事件ゆるさねえからなぁ?」

 

隊員たちは、ぼやきながらもその仕事をキッチリ終わらせ、この時代には貴重な不動産は、清掃された後売りに出されたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 



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