紅き勇者 作:仙儒
ここは地表の71%が海に覆われた水の星。
残りの29%に人々が住み、独自の文化をはぐくんできた。
先人の目まぐるしい努力で、ありとあらゆる武力衝突を避け続けるという奇跡を引き起こし続けたこの世界の住人は意見の違いから来る諍いはあれど、まだ、大きな戦争と言うものを知らない。
今より20年前。
人類の理解を超える技術を有した謎の集団が海に現れ始める。
その集団は、無人の軍艦を従え海を蹂躙する。
それを阻止しようと、有史以来の大規模な戦闘に人々は多大なショックを受けた。
人類はこれを「セイレーン」と呼称。是を人類の敵と定める。
一方的な蹂躙により海上航路を失ったことで、国家存亡の危機に陥った貴族たちが治める伝統と礼節を重んじる立憲君主制国家「ロイヤル」が世界に向けて一致団結せよと協力を呼びかける。
その呼びかけに当時の世界は、政治的理由で各国は拒否。
一方的な出血を強いて世界の海の9割を敵に奪われる大失態を犯した。
再びの「ロイヤル」の呼びかけでようやく各国が重い腰を上げる。
自由と個性を尊重する「ユニオン」。
皇帝が治める圧倒的な技術を有する軍事国家「鉄血」。
極東に位置する独自の文化を育んだ君主制国家「重桜」。
それぞれの国家がそれぞれの思惑を胸に連合軍「アズールレーン」を結成。
その戦いの中で、人類は未知の技術でできたキューブのような物を手に入れる。
後に「メンタルキューブ」と言われるそれから生み出された鋼の乙女達。
Kinetic
Artifactual
Navy
Self-regulative
En-lore
Node
これらの頭文字を繋ぎKAN-SEN(艦船)と総称。
彼女たちの血のにじむ努力により、セイレーンをある程度無力化することに成功した。
世界は大いに沸き上がり、人々は安堵の息を漏らした。
ある程度、セイレーンを追い出すことに成功したアズールレーンの上層部は戦場がある程度落ち着いたのを見て、失われた国力を回復しようと言う名目で軍縮条約締結を各国に迫った。
様々な思惑が絡み合う中、それぞれの信念の元暗躍を続ける。
「はぁ」
ざっと、この世界のことについて頭に叩きこんだことを一つ一つ確認しながら溜息をはく。
「長門様、茶が入りました。少し息抜きをされてはいかがですか?」
「ああ、すまぬな。加賀よ」
狐の能面を頭に付けて、銀髪に狐耳。九尾を揺らしながら茶と羊羹を差し出す。
「……あの男のことですか?」
その問いかけにこくりと頷く。
「人の姿を持って初めてわかるこの重責。主は常にこの重みを背負っていたのだな」
そう言って、遠い目をする。
幼きその姿に似合わぬ雰囲気。
加賀はそれについて目を細めるだけで答えを口にしない。戦場にて、思考の限りを尽くして蹂躙するだけの自分がその責務をどうこう言うのはお門違いだろうと思っての配慮。
……、だけではない。
加賀は周りに気配がしないか細心の注意を払い、少なくとも自分では感じ取れないことを確認してから口を開く。
「……あの男ならどうするか、か。事が事だけに無責任な言葉をかけるのは避けてきたが……」
砕けた言葉遣いになったことから、公の場ではなくプライベートな話に変わったことに気が付きそちらに振り向く。
参謀、政治においては加賀よりも天城や赤城の方が頼りになるが、長門個人としては加賀の方が気心もある程度は知れている。それ故の気安さ、と言うのも存在するが。
「おそらくだが、何もしないと思うぞ? 一応、策と保険は腐るほど用意はするがな」
その答えに少し驚きを覚えつつ「そんなものか?」と問う長門に加賀は「そんなものだ」と答える。
加賀はその男が世間一般で言うところの天才や鬼才に当たる人物であることは認識している。だが、頭も回るし自分たちでは想像もできない打開策もポンポン出て来る割に、政治については無頓着であった。
知識はあるが、専門家ではない。と言う言葉がしっくりくる。
どちらかと言うと、考えるよりも手を動かせと言う脳筋な部分も目立った人物であると加賀は認識している。
加賀自身本来はそちら側のため、密かに同じと喜びを感じている。が、この局面においてはそうもいっていられない状態なので天城、赤城に教えを乞い、今日まで必死に知を磨いてきた。
長門の執務机の上に置いてある血判状に目を向ける。
そこには、鉄血との秘密裏の同盟締結にアズールレーン脱退表明と言ったことが記されている。
「……結局、人間の敵は人間、と言う訳か」
自然と口にして、はっとなった加賀だがもう遅い。
長門の顔が苦々しいく歪むのを見て同じように顔をしかめる。
「私は想うのだ。この決定を覆すことは叶わないのはわかっておる。しかし、主ならば……とな。我がことながら何ともお粗末なものだ」
そう言いながら自称気味に言葉を投げかける長門。
「無い物ねだりしても問題は解決しない。できることを全力を尽くす以外道はないだろう」
心なしか尻尾が垂れ下がっている加賀がそう口にする。
長門はそれに対して「わかっておるよ」とだけ口にした。
少し目を細めた後、「わかっているならいい」とだけ言い残して部屋を出ていく。
「主。扶桑皇国は楽しかったですね」
蚊の鳴くような声には聞こえないふりをした。
部屋から出て社を後にし、暫く歩いた先にある場所に来て、再び周りの気配を確認する。
情報端末を起動し、現実世界で言うところのSNSのチャットのような物を開く。
チャットには既に何人かの人物が何かしらの情報を書き込んでいた。
「……概ね予想通りになりつつある、か。ままならないものだな。そう思わないか? 明石」
「大丈夫にゃ、明石独りにゃ。だから殺気を飛ばすのやめろにゃ。正直つれーにゃ」
そう言いながら猫耳の小さな少女が姿を現す。
「守備はどうだ?」
「いつも通りにゃ。一応、保険も打ってあるにゃ。それにしても、こうも重要情報を普通に乗せるとは驚きすぎて笑いすら起きないにゃ。どうなってるにゃ?」
にゃーにゃー五月蠅いなと思いながら加賀は口を開く。
「まぁ、下手なスパイよりは信用してもいいんじゃないか?」
内容は各陣営の内部事情や、今後の方針等が記載されていた。
正直、ばれれば問答無用で退役処分……、物言わぬ情報体へ戻されるであろう一級情報が惜しげもなく井戸端会議の話のタネ的なノリの軽さで乗せられているそれらの情報は、一周回って信憑性の無さを表している。
特に科学の国の「世界が憎い」さんとか「素敵な卿を探して」ちゃんとか日記か何かと勘違いしていないか? と思うほど重要性の有無を無視してその日の出来事や知りえた知識を取り敢えず書き込んでいる傾向があったりする。
最近思うんだ。俺、酷使され過ぎじゃないかな? 英霊エミヤと良い酒が飲めそうでマブダチになれるくらいには酷使されてるよね?
俺、抑止力とは契約していないんだけどな。
「そこんところどうなんだ? ジャスティス」
取り敢えず話しかけるとジャスティスは点滅するだけだった。
念話にも特に答えないので、情報収集の為に適当に歩くことにする。
一応、格好は長門特攻時の最後のアスラン・ザラ専用のシンボルロゴ満載のなんちゃって改造第二種軍装ではないことに少し安堵する。
あの世界では誰も何も言わなかったが、よく許されてたよなと思うほど五月蠅い軍服だった。
ロゴのデザインはジャスティスがしたんだが、予想以上に周りの受けが良くて軽く引いた覚えがある。
最終的には連合艦隊の総指揮官として示しを付けるとか言った結界、あんなユニークな軍服になった。
真新しい建物の中にいるらしい。
そこそこのオサレな部屋から出る。
結構な広さの家から出る。扶桑に住んでいた時の頭のおかしいくらいの広さを誇る家とは比べるまでもないが、十分広くて立派な一軒家と言える。今回はちゃんと住居もオプションとして付いているらしい。
だが、俺は知っている。住居があってもほとんど使う機会が無いと言うことをな! 後、住居を用意すると言うことはそこそこ長いことこの世界に居座ることになるんだろうなと漠然と思いながらため息をつく。
庭にはちょっとしたテラスに、何故か時代劇の団子屋に出てきそうな立派な腰掛けもあったりする。ちょっと統一性がないデザインだが、コンセプトはどうなってるんだ? 俺は訝しんだ。
庭の端っこには盆栽が幾つか置いてあるし。
深く考えないようにしながら、門を出る。独りでに閉まる門に、前の世界ではあり得ない技術ではあったので、少なくとも此度の世界は近代的な世界観ではあるようだ。
門にはカメラ付きのインターホンに郵便受けが付いている。一応、表札見たいのがついていて、ドイツ語で「ザラ」と表記されている。
駐車場と思われる場所に屋根が無いタイプのスポーツカーみたいのに乗り込む。鍵のようなものは無かったが、どうやら動脈認証でエンジンがかかる仕様らしい。
アスラン・ザラになる前、日本人として暮らしていた自分には余り馴染みがないが、指紋認証だと指を切り取られてどうにでもできてしまうという悪魔のような手段の犯罪が外国では普通に横行しているという耳を塞ぎたくなるような現状であった。その為とある国では動脈認証が一般的に採用されていたらしいと耳にしたことがある。
そのシステムは血が流れていないと反応しない作りになっているらしい。
とは言え、そんな登録から何からめんどくさいので一部のVIPや何かしらの権威が使うだけで一般人の下々まで浸透はしていないと言うのが現状だった気がするが。
ジャスティスがナビゲーションシークエンスを開始したので取り敢えずそれに従い市街地に走り出す。
外国特有の建物の数々の他に近代的なビル群が立ち並ぶことから近未来的な光景に懐かしさを覚える。
携帯ショップとかあるし。ドイツ語とフランス語に英語の表記がある。あ、イタリア語の表記もある。
結構な口語があるのでヨーロッパのどこかなのだろうと当たりを付けつつジャスティスの案内通りに進みながら賑やかな街並みを眺める。
飛び交う言葉は全部日本語だ。まぁ、ナバホ語のようなマニアックな口語で無い限り、日常会話に支障がないレベルでコミュニケーションが取れるので気にしないが。アスラン様々である。
ある程度情報を手に入れて、街中にあるカフェに入る。
落ち着いたガラス張りのオサレなカフェにてケーキを二つ、ジュースと珈琲を頼む。
注文を受けて若い女性の店員が何か紙切れをテーブルの上に置きつつ、ウインクをして去っていくのを首を傾げつつ紙切れを見る。
…どうやらあの女性の連絡先とチャットアプリかなんかの招待状? らしきものが書かれている。
逆ナンされたらしい。
よく見れば、男女関係なく此方にスマホを向けていることからモデルかなんかと勘違いしているのだろう。アスランの容姿は控えめに言って美形だから仕方がないかと気づかれないように肩をすくめる。
少し席を立ちカフェの外へ出る。カフェのテラスに置いてある小さな植物の陰に隠れるように移動した小さなお客さんに向かう。
この街を散策している途中からずーっと後を付けてきた人物である。
最初は気のせいだと思っていたが、流石にここまで来ると流石に気のせいと思えるほど能天気ではない。
ジャスティスがノータッチなので悪意は無いと判断した。
「一緒にお茶をしないか? 小さなお嬢さん」
屈んで片膝を付き、手を差し出す。声をかけたことでビクリと震えた大きな帽子。植物の間から隠し切れない銀髪のハネッケと服の間から覗く真っ白な肌。
それでも尚、何頑なに隠れ続けている(つもり)少女に聞こえるように声を出す。
「そうか。せっかくケーキとジュースを頼んだんだが…、いらないのなら仕方がないか」
「ケーキ!」
ケーキと言う単語にすんごい反応した少女が顔を覗かせる。
ルビーを思わせる深紅の瞳がキラキラ光っているように見えるのは見間違いではないだろう。口の角に涎が少し垂れているのは見なかったことにしよう。
「どうする?」
「……、食べる」
「そうか」
ケーキと言う単語に釣られたのが余程恥ずかしかったのか、蚊の鳴くような小さな声であるが返事をして俺の手をその小さな手で握る。
その手を引きながら先程の席に戻る俺の後ろにはぶかぶかの大きな帽子で必死に顔を隠している少女の姿。帽子と髪の毛の間から覗く耳が真っ赤になっているのは指摘しない方がいいのだろう。
席に座らせて改めて少女を見る。
癖っ毛ではあるが綺麗な銀髪に幼いながらに整った小さな顔。透明感を主張する白い雪を思わせるきめ細かな肌。
妖精が人の世に迷い込んでしまったような印象を受けたが、そんな少女と言うよりは幼女の方がしっくりくる目の前の娘に何と声をかければいいのか迷う。
知り合いないし、親族に似ていて間違って付いてきた線も無いだろう。
街散策の途中からずーっと後を付けてきた彼女の行動はどこか執念にも似たものを感じた。そもそも、俺はこの世界に来たばかりだ。
故に、一番手っ取り早い手段としてこっちから仕掛けたのだが…、ソワソワしている目の前の幼女を見つつ、取り敢えずは。
「お父さんかお母さん。お兄さんかお姉さんはどうしたのかな?」
なるべく刺激しないように話しかける。最悪泣き出される可能性が高いが、これがなければ始まらないと腹を括る。流石にいきなりポリスメンに世話になるのは遠慮したい。
「? 我はグラーフ・ツェッペリン。卿から懐かしい感じがしたから、その…」
少し舌ったらずな拙い言葉遣いで自己紹介をする幼女。
俺は一生懸命難しい言葉を使おうとする幼女に「そ、そうか」とちょっと引きながら言葉を返しつつ、この年から中二病を患っている幼女に生温かい目を向ける。きっと大きくなった時に悶絶してのた打ち回るんだろうな、と。
どうでもいいけど、黒歴史と言う造語はガンダムシリーズの∀ガンダムで生まれたものだ。尤も、作中では隠された歴史的なニュアンスとして使われていたが。
求めた答えとは違うものが返ってきたことに少し頭を悩ませるが、最悪警察に迷子として届ければ良いかと結論付けた。ちゃんと届ければロリコン案件にはならないだろう。ならないよね?
しかし、である。
グラーフ・ツェッペリンときたか。前に居た世界では軍部内の足の引っ張り合いで作りかけのまま放置されていたのを見つけて掘り出し、長門特攻時に何とか間に合った感じだった。
まぁ、ネウロイは基本的に陸上移動か空の移動が主だったから理にかなっているといえば理にかなっているんだがな。特にカールスラントは潜水艦と言う概念を作り出した国だったし。
俺もアスランになる前の世界の軍艦を擬人化したブラウザゲームで名前を知ったくらいだし。ただ、ジャスティスの話によると魔道徹甲弾や魔道三式弾の運用強化のために急ピッチで建造されたローンとか含めて本来完成することは無かったらしい。マジか。
俺の知ってるグラーフ・ツェッペリンはパツキンボインのチャンネーで病的なまでに肌が白かった無表情戦闘狂のイメージだった(艦これ脳)。
恐らく、この娘さんの家族の誰かが軍艦マニアでその影響をモロに受けたのだろう。ドイツ語やカールスラントでは無く、この世界では鉄血と言う国名だったけど。最早国のある場所以外ドイツに縁のある名前ですらない。
驚いたのはここの各国が掲げている国旗が前の世界でジャスティスがデザインしたものだったことだ。
そのことについて問いかけてもうんともすんとも言わないジャスティス。最低限の機能だけ起動したままスリープモードに移行しやがった。
色々脱線しまくりな思考の中で注文の品が届けられる。
チーズケーキとショートケーキでショートケーキをツェッペリンちゃん(仮)の前に置こうとするとツェッペリンちゃん(仮)が待ったをかける。
「我はそっちを食べたいぞ」
どうやらチーズケーキを所望らしい。チーズケーキを差し出し、ショートケーキを引き下げようとしたら小さい声で「あっ…」と声が漏れる。
「…………」
両方ともツェッペリンちゃん(仮)の前に置く。
「え? 良いの?」
「ああ、俺にはこれがあるからな」
そう言って珈琲の入ったカップに口を付ける。流石にあんなに物欲しそうな目で見つめられたら躊躇っちゃうよな。他にもこの状況でごねられて面倒ごとになるのは避けたかった。
何故か注文の品を持って来たまま待機していた店員にサンドイッチを頼む。このまま居られて変に勘繰られても面倒だ。
……もう手遅れかもしれないけど。チップでも置いとけばいいだろうか? 確か、ドイツ辺りってチップ制度あったはずだし。ここドイツじゃなくて鉄血(と言うらしい)だけど。
現実逃避の為にメニュー表を見る。ジョッキ一杯のビールよりも小さなコップ一杯の水の方が高い。
外国あるあるである。
その後はショートケーキの生クリームで口の周りを汚したツェッペリンちゃん(仮)の口を拭いてあげたり、珈琲に興味を持ったツェッペリンちゃん(仮)にあげたら涙目になったり、サンドイッチも半分食べられたりしたが穏やかに過ごした。店員の若い女性にチップを渡す際に店員と幼女がにらみ合っていたが何だったのだろうか?
カフェを出て、これからどうしようかと頭を悩ませていたら幼女がいなくなっていたので慌てて探したら銀髪のツインテールだかツーサイドアップだかの髪型の少女に怒られていた。
様子を伺っていたらどうやら知り合いらしい。
ならば、俺のできることは最早ない。
スマホでも契約して帰るか、と携帯ショップに寄って家に帰る。
「で、何で急にいなくなったのかしら?」
涙目でプルプル震えるツェッペリンちゃんに加虐心が刺激されるのを抑えながら問いかける。
たまたま非番で外出許可を得て久方ぶりに街に行こうとしたところを目の前の幼女に見つかり、連れて行けと駄々をこねられて仕方なく連れて来たのだ。
途中で急にいなくなってスマホに何度も連絡を入れたが反応がない。今の今までこの幼女の興味を持ちそうなところを探し回る羽目になった。
今度からは幼女のスマホに位置情報がわかるように設定しておこうと心に誓う。
そんな決意はさておき、純粋に興味があった。ツェッペリンちゃんは少し生意気であるが言いつけはちゃんと守るいい子である。
そんな彼女がスマホの連絡に気が付かず、無線の呼びかけにも反応しない程夢中になった何かについて。どんなに探しても見つからなかったことから移動はしつづけたのだろうし。
「我は指揮官と一緒にいたのだ!」
「……は?」
今まで涙目でプルプルしていたのから一転して胸を張って自慢するようにそんなことを言うのだから思わずに言葉がでた。
そんなことはお構いなしにつらつらと自慢げに語る内容に少しの怒りとケーキに釣られたチョロさに、帰ったら追加のお説教と早急に教育が必要だと頭を抱える。
もしも、私が今頃会わなければどうなっていたか冷や汗を流す。目の前の幼女は身内贔屓を抜いても容姿が優れている。それに今のご時世でなくとも、見ず知らずの人物にお茶を奢ったりすることはまず無いと断言できる。
本当に危ないところだったのかもしれない。これは本当に幸運だったと。そんな私の心境を無視して話しながらスマホを取り出して操作し、写真を見せてきて
―――今までの考えが全て吹き飛んだ。
いや、まさか。そんなはずはない。抑えきれない感情がこみあげてくる。
そうだ、他人の空似だ。どう見ても”私の王子様”にしか見えない。「あの世界」の英雄がこの世界に居る筈がない。落ち着くのよ、私。
そう言い聞かせて、震える声で返事をする。
「えへへ~、羨ましいだろう。もしも、お菓子を買ってくれるならザラ指揮官に頼んで入れてもらえるように取り合う…ぴっ!」
私はその名前を聞いた途端に、ツェッペリンちゃんを抱えて走り出す。
恐らく、まだそう遠くへは行っていないはずだ。
ツェッペリンちゃんがさり気なくお菓子を買ってくれとねだっていた気がするが気にしてられない。
人混みの中で、尚且つ自分もツェッペリンちゃんも目立つ。自分で言うのもなんだが、私達の容姿は世間一般にも良い。故に男たちにはサングラス越しにも伺える私の美貌にお近づきになりたいと接触を試みようと気を狙って集っていたのだ。
今まで声をかけられることがなかったのは、その連中の数が多かったため、互いが互いに牽制をしていたからだ。
つまり、何が言いたいかと言うと―――邪魔なのである。
艤装を出して邪魔者を全て排除しても良いのだが、それを良しとしないだけの理性がまだ残っている。
ツェッペリンちゃんでは無く、この場に居たのがグラーフだったら今頃、ここら一帯は血の海だっただろう。ツェッペリンちゃんはただ、私の行動に驚きの声を上げるだけだった。
ツェッペリンちゃんは重桜から来た
元となったグラーフ・ツェッペリンは基本的に他人のことを受け入れたりする性分ではない。
破壊により自らを世界にアピールする
―――認めているのだ。
その思考回路のめんどくささに、そこにそこはかとなく自身の姉たるヒッパーと同じものを感じる。
ツェッペリンちゃんはグラーフよりも素直であるし、チョロくて可愛いし扱いやすいが根幹は何一つ変わらない。そんな幼女が初めて会った人物を指揮官と呼んだだけでも驚きだが、同時に納得し、それが何よりも私の予測が正しいことを証明していた。
「そこどいて!」
「え? うおっ!」
気がつけば世界が回転し、誰かに抱えられるような状態になっていた。
「ええっと……大丈夫か? 君」
「…………」
大丈夫じゃない。
ずっとずっと、探し続けて。でも見つからなくて。そもそも、存在自体がなかったことになっていたこの世界を、グラーフではないけど憎んでいた。
「…ずっとずっと。探してたんだから」
「そうか、永い…旅だったか?」
本当にひどい人。でも、許してあげる。
ああ、私もツェッペリンちゃんのこと言えないわね。本当にチョロい。
ロイヤルのとある装甲空母のような詩的な物言いに、思うところはあるけどまぁいい。
「む~、卿は我の指揮官であろう! 我を構え~!」
ツェッペリンちゃんがいるの忘れてた。
艦船の元々のやつ見た時、普通にガンダム種シリーズのシステムシークエンス思い浮かんだ。