Fate/Start Over 星譚運命再度カルデアス   作:ていえむ

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第15話 ■■■■■■■■■■■

刻一刻と決戦の時が近づく中、オルガマリーは原因不明の吐き気と嫌悪感に苛まれていた。

悪寒、そして激しい頭痛。気を強く持たなければ意識が飛びそうになり、何度もワイバーンの背から落ちそうになった。

 

(また……確かに今、意識が飛んだ……)

 

頭を振って逃れようとするも、痛みは治まらない。

今日という日が始まってから、記憶はどんどんぶつ切りになっていく。

雲は恐ろしい速度で千切れていき、傍らで励まし合っていたはずの部下の顔は悲壮感で険しくなっていた。

ランスロットを庇って昏倒したはずのマシュがいつ目覚めたのか。

ジークフリートやヴラド三世はどうなったのか。

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記憶は断片的にしか蘇らず、一貫性を持たない。まるで夢を見ているかのような気分だった。

ただし、これは悪夢だ。

世界を救うための戦い。自分の身一つすら満足に支えられないような自分にとって、この旅路はあまりにも過酷すぎる。

 

「所長、大丈夫ですか?」

 

傍らでこちらの体を支えてくれていた立香が、そっと耳元で囁いた。

頼りないはずの素人マスターのくせに、今はその存在がとても大きく頼もしい。ただいてくれるだけで気持ちが安らぐ。

反対側にいるマシュもそうだ。誰よりも最前線で戦って、傷つきながらも自分達のことを守ってくれている。

未熟なマスターと新米のサーヴァント。それでも2人がいてくれたから、あの冬木の街を乗り越えてここに至ることができた。

やり直しの人生。その最初の一歩がここなのだ。

ならば、気を張れ。嘘でも気持ちを強く持てと自分に言い聞かす。

 

「大丈夫……彼女に比べたら、マシよ……」

 

苦痛を顔に出さないようにしながら、少し離れたところを飛ぶワイバーンの背を見やる。

そこにはジル・ド・レェに支えられている黒衣の聖女の姿があった。

ジャンヌ・ダルク・オルタ。

ジル・ド・レェの妄執が生み出した架空の英霊。

核となる聖杯を失い、そのまま消え去る運命を捻じ曲げてまでこの戦いに馳せ参じた復讐者。

どうして彼女と自分達が共に行動しているのか、いつ彼女が戦線に加わったのかは思い出せないが、ここにいるということは目的は同じなのだろう。

彼女は苦しんでいた。

文字通り泥をすすり、野生動物の生き胆を食らってまで魔力を補充して存在を維持してきたようだが、それも限界に近付きつつあるのだ。

見てくれこそ取り繕っているが、彼女の内側は既にボロボロ。いつ消えてもおかしくない状態なのである。

その苦しみに比べれば、こちらの頭痛なんて軽いものだ。そう思わなければやってられない。彼女には悪いが存分に見下し憐れませてもらおう。

 

『前方に魔力反応が二つ! 一つは以前に遭遇したマリー・アントワネットのものです!』

 

ロマニからの通信が入り、全員の顔に緊張が走る。

悟られるなと、オルガマリーは自分に言い聞かす。

欠片を繋ぎ合わせて記憶を推定しろ。自分達が何をしようとしているのかを仮定しろ。

前方にはマリー・アントワネット。こちらはワイバーンに跨りフランスを北上。

目的地はパリ。ならば答えは一つだ。

余計なことは考えなくていい。不確かな記憶など今は考えるな。

敵はマリー・アントワネット、それだけを忘れなければそれでいい。

 

『距離は……おかしい、パリはまだ先のはず!?』

 

「所長、あれを!」

 

困惑するロマニの声と、前方を指差したマシュの言葉が重なった。

その指差された先にあるものを目にして、一同は言葉を失った。

煌びやかで荘厳、それでいながら陰鬱な気配を放つ巨大な建築物が突如として姿を現したからだ。

格式高いフランス式の庭園。まるで大きく腕を広げているかのような造りの外壁。礼拝堂に時計台に施されたいくつもの装飾。

それが本物であるならば見る者を圧倒し、また畏敬の念を抱かせたであろう。

だが、現れたそれはとても言い表しようのない闇を纏っていた。

最初、オルガマリーはそれを火災にあった建築物なのかと錯覚した。何者かに火を放たれ、奇跡的に外壁が崩れずに残ったのかと思い込んだ。

しかし、それが思い違いであることはすぐに気が付いた。

壁は光沢を放っていた。

天から差し込む陽の光を受け、煌びやかな光を発していた。

それは深く、暗い、闇のような黒で組み上げられた恩讐の城であった。

いまはまだなく、遠い未来で築かれるはずの幻想であった。

 

「嘘でしょ……あれって、ベルサイユ宮殿?」

 

眼下に広がる黒水晶の宮殿。それは後にルイ十四世が建設し、世界遺産にも登録されることとなる世界で最も有名な建築物の一つ。

フランス王家が王権の偉大さを民草に知らしめた仏国の象徴、ベルサイユ宮殿そのものであった。

もちろん、本物ではない。正しい歴史においてベルサイユ宮殿が建設されるのはまだ二百年も先の話だ。

何より眼下の城は強力な魔力を発する水晶で形作られていた。陽光すら飲み込まんとするその威容は血のようにも夜の闇のようにも見える黒。

それが広大な自然の只中で、不自然なまでの存在感を放っているのだ。

 

『この座標は……やはりベルサイユ宮殿の建設地と同じ座標か!』

 

「向こうのホームグラウンドという訳ね」

 

丁度、庭園の中央に位置する場所に陣取っているマリー・アントワネットの姿を捉え、オルガマリーは呟いた。

この宮殿は何かしらの神秘によるものであることは間違いない。恐らくは未来でこの場所に築かれることになるという因果を紡ぐことで、より強固な実体となって顕現しているのだろう。

いわば魔術師にとっての工房のようなもの。この宮殿の敷地内においてマリー・アントワネットは十全以上の力を発揮することができるはずだ。ここに飛び込むということは、救命具もなしで荒波に呑まれるにも等しい。

それでも自分達は彼女に戦いを挑まねばならない。

片や人理修復という理念のために。

片や報復のために。

躊躇も予告もなかった。

思い立った瞬間、少女達はワイバーンの背から飛び降りて眼下の敵へと殺意を向ける。

元よりこれは決闘ではなく戦争だ。ここにいる誰もが正々堂々などというものを心がけてはいない。

先手必勝。相手が敵意を形とする前に叩く。

 

「――――っ」

 

呆気ないほど簡単に、マリー・アントワネットの体はジャンヌ・オルタが放った漆黒の炎で包まれた。

一瞬で燃え上がる地獄の業火。瞬く間に少女の姿は見えなくなり、一本の巨大な火柱が立つ。その上から更に駄目押しとばかりにジル・ド・レェの海魔が炎ごと王妃の痩躯を押し潰した。

容赦などしない。隙を見せれば牙を剥く獣であることを、彼女達はよく知っている。

 

『やったか!?』

 

「いえ、まだ……」

 

地面に着地したマシュが険しい表情を浮かべ、顕現させた盾を構える。

炎に焼かれ、醜悪な異形に飲み込まれた少女は、悲鳴一つ上げることはなかった。それは断末魔を上げる暇すらなかったという訳ではない。その逆、こちらの攻撃に対処する必要すらなかっただけなのだ。

 

「あら、お久しぶりね」

 

光が弾ける。

風と共に自身へと覆い被さっていた海魔を吹き飛ばし、マリー・アントワネットが姿を現した。

浮かべた笑みや言葉から敵意は感じられない。まるで古い友人を迎え入れるかのように友好的であった。

だが、それが逆に恐怖を生む。

数日前に出会った時よりも、遥かに不気味で痛ましい姿へと彼女は変わり果てていたのだ。

目の焦点は合わず、壊れた笑みが張り付き、美しく高価なはずのドレスは血と臓物で見るも無残に汚れている。

手入れも行き届いていないのか髪や肌もボロボロだ。これが国を傾けたと揶揄されるほどの贅沢を極めたマリー・アントワネットであるなどと、誰が信じられようか。

あまりの変わりように彼女と面識があるサンソンは、剣を握る手を震わせながら表情を曇らせた。

一方でマリーの方はというと、彼の困惑など関係ないとばかりに無視を決め込み、ぐるりと視線を巡らせながら微笑んでいた。

 

「無事だったのね、ジャンヌ・ダルク」

 

「ええ、地獄から這い上がってきてあげたわ。次があるなら火にくべることね、王妃様」

 

「あら、聖女様は首切りよりも火炙りがお好きなのね」

 

睨みつけるジャンヌ・オルタに対して、マリーは子どもの悪戯を見つけた母親のように微笑みを返す。それでいて薄い唇から紡がれる言葉は物騒で、瞳の奥にはドロドロとした情炎が渦巻いている。

傍らで二人のやり取りを見守っていたオルガマリーは、恐怖と共に言葉に出来ないもやもやとした感覚を覚えた。前に彼女と出くわした時には抱かなかった感情だ。

ここまでの彼女の凶行を知り、こうして改めて対峙した事で気が付いた違和感。

可愛らしくも痛ましい姿で憎悪を歌う復讐者の姿に、致命的なズレのようなものを感じるのだ。

それが何なのかまでは分からない。そもそも、分かろうという気も起きない。

だから、疑問だけが残った。

ジル・ド・レェ、ファントム・ジ・オペラ、シュヴァリエ・デオン、エリザベート・バートリー、そしてジャンヌ・ダルク・オルタ。

この特異点で目にしてきた数多くの復讐者達。彼らとマリーの間には、埋められない溝が確かに存在するのだ。

 

「ふふっ、来たからには出迎えなければいけませんね。ようこそ我が宮殿へ。素晴らしいでしょう? 正にフランスの王権そのもの。未来永劫まで続く権威の象徴、在りし日の人々はこの城を目にして平伏し、王家の偉大さを心に刻んだものよ。黒く染まってしまったのは頂けないけれど、今の私には……ええ、寧ろこっちの方が合うと思うの」

 

歌うように腕を広げ、マリーは自らの権威の象徴を誇示する。それに対してジャンヌ・オルタは不快そうに顔を顰める。

 

「悪趣味ね。ええ、悪趣味だわ。この宮殿もあんたがやろうとしていることも、私にはトンと理解できません」

 

そう言って笑って見せたジャンヌ・オルタではあったが、声に覇気はなく魔力も弱々しい。旗を支えにしなければ立ってはいられない状態だ。

いつ消えてもおかしくはない仮初の魂。しかし、皮肉にも憎悪は誰よりも強く滾っている。

確固たる意思、譲れない思い、唯々激しいだけの感情を彼女にぶつけるためにジャンヌ・オルタはここに至ったのである。

 

「随分と弱っているようね、ジャンヌ。そうよね、あなたはこれがなければ存在できない虚構の女。なのに、私憎しでここまで来たのね。継ぎ接ぎの霊基で、私と同じ復讐者(アヴェンジャー)として」

 

いつの間にか、マリーの手には黄金に輝く杯が握られていた。

掲げられた聖杯は太陽の光を受け、黒い庭園に眩しい光を反射する。

それを目にした瞬間、カっと目を見開いたジル・ド・レェが手にした魔導書に魔力を走らせる。

予兆すら起こさず、空間から滑り落ちた肉塊。裂けるように開いた肉の花弁が大気に震え、マリーが掲げる聖杯へと殺到した。

あれは元々、彼が手にしていたもの。この時代に召喚され、復讐の手段として与えられたものなのだ。

誰が、何故、どうやって。そんなものはどうでもいい。あれは彼にとって必要なものなのだ。

 

「それを返せ、マリー・アントワネットォッ!」

 

瞬く間に視界を埋め尽くす海魔の群れ。掻き立てられる嫌悪感と鼻を衝く腐臭。

しかし、それらはこの宮殿の中では存在することを許されない。ここは王妃の領地にして神殿。何人であろうとも彼女を汚さんとする者には死の制裁が下される。

それぞれが縺れ合いながら圧し掛からんと花弁を広げた不気味な肉塊は、残酷な旋律と共に弾け飛んだのだ。

 

「…………」

 

飛び散る肉片の向こうで、魔術師風の男がマリーを庇うように立っていた。

仮面で顔は分からないが、肌は血色が悪く耳や指先は悪魔のように尖っている。

ここまで姿を現すことがなかった、マリー王妃の最後の仲間であろう。

乱入者の存在にジル・ド・レェは怒り心頭し、奥歯を噛み砕かん勢いで滾っている。

そして、更なる海魔を召喚せんと魔導書を掲げたが、それはジャンヌ・オルタの言葉で制された。

 

「止めなさい、ジル」

 

「ですが、ジャンヌ!」

 

「構いません。私はアレを必要としません」

 

旗を片手で持ち直し、苦し気に息を吐きながらもジャンヌ・オルタはキッパリと告げる。

 

「聖杯など必要ありません。生存など望みません。これ以上、不様に生き足掻くつもりもなければ穏やかに死ぬ事も望みません」

 

「……であれば、どうするというのかしら? その体ではもう数刻と保たないでしょう。聖杯を取り返すつもりがないのなら、どうしてここにやって来たのかしら? まさか頭を垂れて軍門に下るとでも?」

 

「それこそ冗談でしょう。私はあんたの欺瞞を燃やしにきてやったのよ。同じクラスになったですって? 冗談じゃない! あんたみたいななり損ないと一緒にされては迷惑です!」

 

一歩、ジャンヌ・オルタは前に出る。

魔術師が手にした指揮棒を構えようとしたが、それをマリーは制した。自身を否定するジャンヌ・オルタの真意を聞こうというのだろう。彼女は無言でジャンヌ・オルタを促し、その意を受けた黒い聖女は旗を手にしたまま王妃を弾劾する。

 

「はっ! その姿を見れば一目瞭然。身を焦がす怨嗟にうなされて夜も眠れず、いつ終わるともしれない屠殺の日々に追い立てられて食事も喉を通らない。あなた、鏡を覗いてみたら? 今にも死にそうな顔をしているから。言っておきますけどね、復讐者(わたしたち)は自分の身の上を嘆く事も後悔する事もありません。ただ突き動かされるまま、湧き上がる憎悪の赴くままに殺すのよ。なのにお前は運命を呪い、宿命を嘆き、使命に殉ずるかのように人を殺す。あなたは気づいていなかったかもしれないけれど、私から聖杯を奪った時のあなたは泣きながら笑っていたのよ」

 

心底からおかしそうに嘲りながら、ジャンヌ・オルタは言葉を紡ぐ。最初こそにこやかに笑みを浮かべていたマリーではあったが、やがて彼女の言葉が確信に迫るに連れて徐々に表情が消えていき、両の手を震わせながらドレスの裾を握り締める。

見ていられないとばかりに魔術師は彼女の手を振り払うと、喋り続けるジャンヌ・オルタに向けて光弾を放った。だが、それは割って入ったマシュの盾によって防がれてしまい、彼は苛立たし気に声を荒げた。

 

「君に何が分かる! 彼女の苦悩が、国に裏切られた憎しみが分かると言うのか!」

 

「ええ、分かりません! 復讐者は己の憎悪を決して誰かと共有しない! この憎悪は自分だけのものなのだから! なのに、その女は憎しみを天命と掲げた! 自分の復讐は憎悪からではなく使命感から来ているものだと! それは復讐者とは言えない。ただの夢想家でロマンチストな革命家でしょう!」

 

突き刺さるような言葉は、まっすぐに王妃の胸を貫く。

ジャンヌ・オルタの弾劾は、この場にいた誰もが耳を疑い、驚愕させるものであった。

彼女はこう言いたいのだ。マリー・アントワネットの胸中には復讐心などないと。

故国を蹂躙し、大勢の命を魔獣の贄としながらも、その志は憎悪とは別の部分にあると。

その言葉に誰よりも早く反応したのは、向かい合うサンソンと魔術師であった。

 

「そうだ、彼女はフランスを愛していた。国に愛され、民に愛され、だからこそ彼女は国を愛し死んでいった。その彼女が……マリー・アントワネットが憎悪からフランスをその手にかけることなどありえない」

 

「止すんだ、ムッシュ! だからこそ、彼女は王家を見限った人々を恨んだのだ!」

 

「いいや、死は終わりではない! 終わるからこそ、滅ぶからこそ始まるものがある。王権が消え失せど彼女が愛した国は残るのだから! それが分からない王妃ではない! それに気づけぬ方ではない! ならば――――」

 

「止せ、シャルル!」

 

「この殺戮は――愛故に――」

 

言葉は最後まで続かなかった。

暴風にも似た凄まじい魔力の波がマリーの体から解き放たれたからだ。

ただの貴人でしかない彼女のどこに、これほどの力が眠っていたというのだろうか。辛うじて盾で身を守ったマシュとその背後にいたジャンヌ・オルタは無事であったが、それ以外の面々は秒も持ち堪えることができずに水晶の庭園へと体を叩きつけられる。

 

「マリー!?」

 

「良いのよ。ここまで来たのだもの、答えてあげても良いでしょう」

 

驚愕している魔術師を手で制し、マリーは俯いていた顔を上げる。

微笑みは消えていた。

異性問わず心を魅了する偶像としての笑みはなく、殺戮を謳い復讐を掲げる壊れた笑みもない。

あるのは底冷えするほどの冷たい眼差しと、決して消える事のない理性の炎。瞳の奥でゆらゆらと燃え続ける漆黒の炎。

先ほどまでの彼女からは想像もできない、冷徹で残酷な面構えであった。

これが本来の彼女なのだ。

復讐に狂い、壊れた笑みを張り付けてながらも仮面の裏では冷静に己の罪を数えていた。

この姿こそがアヴェンジャーとしてのマリー・アントワネットの真の姿であり、ジャンヌ・オルタが言うところのなり損ないの復讐者。

そうだ、初めて出会った時に彼女は何と言っていた。

国も民も憎んではいない。だが、自分と家族が生きていた時代に訪れたあの革命を憎んだ。あの出来事を呼び寄せた時世と運命を憎んだと。

彼女が復讐の対象として憎むのは形のない時代そのもの。運命という見えざる敵。誰もが思うことだろう、革命によって王権を奪われ処刑されたのだから恨んでいて当然だと。

しかし、その感情を黒い聖女は否定する。

そんなありもしないものを憎むことを否定する。

何故なら、どこまでいっても彼女の復讐は己ではなく他者によって発せられたものなのだから。

これこそが彼女に抱いた違和感の正体であった。

 

「あの革命は望まれたものだった。民は自由と豊かな暮らしを求め、王家は導くものから見守るものへと変わる。例えそのために血が必要だというのなら、喜んで彼らを許しましょう。あの断頭台の上で私も夫もそう願って死んでいったのだから。けれど、結果はどう!? 恐怖政治は横行し、同じ派閥同士ですら争い合う始末! 無意味に屍だけが積み重ねられ、民の苦しみは一向になくならない! あの革命からフランスが立ち直れるまでどれほどの月日を要したとことか! どれほど多くの血が流されたことか!」

 

それは憎悪ではなく、運命に対する義憤。

こんな犠牲はあってはならない。

こんな理不尽を許してはならない。

例えそれが天命なのだとしても、自分だけは認めてはならない。

 

――――ならば神よ、これは運命(あなた)への報復だ――――

 

「例え私が許そうと、犠牲になった魂が許さない。どれほど必要な犠牲であったとしても、彼らはあの革命を認めることはない! だから、私は願うの! 人類史を否定し、二度とあのような悲劇を民が味わうことのないよう世界を終わらせる事! そのために私は革命(化け物)と同じものとなる! 傾国の王妃となり、最低最悪の悲劇をもって世界を終わらせる! それこそが私の復讐! 国も人種も宗教もなく、世界は私だけを憎めばいい!」

 

運命という見えざる敵と戦うために、彼女はこの世全ての憎しみをその身に受けることを覚悟した。

これ以上の争いは起こさせない。

これ以上の悲劇は生み出させない。

何故なら、自分以上の理不尽は存在しないのだから。自分こそが世界を終わらせる悪女なのだから。

歴史が悲劇で織られる織物ならば、自分は染みとなってそれを塗り潰そう。

それこそが彼女の革命。

最後にして最期の悲劇。

争いで争いを飲み干す愛憎矛盾。

世界を終わらせる終焉の革命なのだ。

 

「ご大層な高説はそこまで? なら、後は終わらせるだけね。一切合切余すことなく燃やしてあげましょう」

 

「マリー……いえ、王妃。それを聞いたからには退く訳にはいきません。他の誰でもない、あなたにだけはそれを為させてはならない」

 

炎を滾らせながらジャンヌ・オルタはマリーの復讐を嘲り、決意を新たにしたサンソンは立ち上がって剣を構える。

オルガマリーも、立香とマシュも、ジル・ド・レェも、みんな傷つきながらも固い水晶の地に手をついて立ち上がった。

嘲る者、憐れむ者、憎む者。心の中はバラバラではあったが、彼女達の目的は一致していた。

マリー・アントワネットにこれ以上の悲劇を起こさせてはならない。

愛故に狂った彼女の革命を、今ここで終わらせるのだ。

 

「所長、マスター、これより聖杯を回収します!」

 

盾を構え直したマシュが最前列に付く。

敵は2人に対してこちらは4人。加えてマスターも2人だ。

恐れる事はない。自分達はより劣勢な状態で、アーサー王という途方もない強敵を乗り越えたではないか。

いくら聖杯のバックアップを受けていようと、相手は武勲とは縁がない王妃。あの魔術師からも脅威となるほどの力は感じない。どれほどの力を有していようと、ジークフリートのような大英雄には及ばないだろう。

ならば、勝てる。ここに至ってオルガマリーの胸中に迷いはなく、いつになく体も軽かった。

それを慢心と呼ぶのなら、その通りなのだろう。

自分達はここでマリー・アントワネットを打倒し、聖杯を回収して特異点を修復する。

終わりが見えた瞬間こそが、最も警戒しなければならない場面であることを彼女達は失念していた。

 

「さて、譜面は大詰めだが……」

 

マリーを庇うように立つ魔術師が、後ろにいる王妃をチラリと見やる。

仮面越しに交差する2人の視線。無言で頷いたマリーは手にしていた聖杯を彼に手渡すと、氷のように冷たい声音で囁いた。

 

「ええ、奏でなさい()()()()()()()

 

「ああ。この聖杯があれば、遠い因果を手繰り寄せられる――――さあ、顕現せよ、牢記せよ、これに至るは七十二柱の魔神なり!」

 

光が迸った。

強烈な魔力の風が吹きすさび、太陽の如き輝きを放ちながら聖杯がアムドゥシアスと呼ばれた魔術師の中に吸い込まれていく。

同時に彼の体が醜く歪んでいき、裏返るかのように悍ましい肉の塊へと変貌していった。

赤とも黒とも取れる不気味な肉塊。醜く脈動し、鉄塊のような硬質さと生々しい柔らかさが混然一体となった不条理な物体。

膨れ上がった肉の壁は折り重なり、絡み合い、見る見るうちに水晶の庭園に根を降ろしていく。

やがてそれは天に向けて聳え立つ肉の柱と化してこちらを見下ろしていた。

表皮はなく、まるで皮を剥いだ剥き出しの筋肉のようであった。全身に並んだ無数の眼が一斉にこちらを見つめていた。見上げた巨体は大きすぎて雲を貫いていた。

この世の何よりも不気味で奇怪な生き物が、自分達の前に現れていた。

 

「おぞましい。何なの、この醜いものは……」

 

「所長、しっかり!」

 

脈動する肉の柱を目にした嫌悪感から後退ったオルガマリーの体を、駆け付けた立香が支える。

 

「地に突き立つ、巨大な、肉の柱……それにここまで大量の魔力は……」

 

『ああ! この魔力はサーヴァントでも幻想種のものでもない! それに彼女は何と言っていた? アムドゥシアスはソロモンの魔神の名前じゃないか……』

 

ソロモン。それは世に魔術という概念を興したともされる英霊の王。彼の英雄ダビデの子として生まれ、初めてイスラエルに神殿を建設した紀元前の人物。

その彼が使役していた使い魔こそソロモン七十二柱。悪魔学においては爵位を持つ軍団の長であり、契約に基づいて願いを叶える使い魔。

魔術の歴史においては特定の目的を効率よく進めるための魔術的な式であったと言われている。

アムドゥシアスはその中の一柱であり、白いユニコーンの頭を持つ男性の姿で現れるという。間違ってもこのようなおぞましい肉の塊ではない。

だが、これから発せられてる尋常ならざる魔力は魔神のそれと呼んでも差し支えないであろう。

気を抜けば意識を持っていかれ、耐性がない者であればあれを目にしただけで理性を失ってしまうかもしれない。

 

「まさか、本当に悪魔だというの……」

 

込み上げてくる吐き気や嫌悪感と必死に戦いながら、オルガマリーは呟いた。

明滅するかのようにまばたきを繰り返す眼。絶え間なく聞こえてくる唸り声。不気味に脈動を繰り返す肉柱。

この世の全ての汚物をかき混ぜてぶちまけたかのように醜悪な存在を前にして、先ほどまで漲っていた闘志はどこかに吹き飛んでいた。

この全身を刺すかのような威圧感は、冬木で対峙した騎士王を遥かに上回っている。

本来であれば悪魔や神霊の類を使役することは不可能なのだが、そうでないのなら説明がつかないほどの圧倒的な魔力量と存在感だ。

 

「さあ、この戦いを人類史で最後の革命としましょう! 奏でなさい魔神柱アムドゥシアス、あなたの紡ぐ葬送の音を! そして、改めてようこそ、カルデアの皆さん! ここは愛憎と陰謀渦巻く王権の城! 積み上げられた屍の怨嗟で輝く我が宝具! その名も――――」

 

 

 

第15話 讐怨革命宮殿ベルサイユ

 

 

 

 

 

 

叩きつけられる剣戟を紙一重で受け流しながら、ジークフリートは距離を取らんと跳躍した。

こちらの姿が向こうには見えていないのならば、相手の間合いから逃れ、気配を消して背後を狙う。卑劣と罵られようとも今の自分に痛む良心はない。

だが、ジークフリートが地を蹴るよりも早く、ランスロットの次なる一撃が空を切る。

狂化された筋力から繰り出される音速の連撃は、掠めた鎧を土塊か何かのように粉砕していた。まともに喰らえば邪竜の加護とて貫通しうるだろう。

何より恐ろしいのはその正確無比な太刀筋だ。狂っていながらも湖の騎士は的確にこちらの動きを察知し、逃がすまいと食らいついてくる。

加えて策を弄しても無意味であった。砂を巻き上げて視界を潰そうと、魔剣から放出された魔力でその身を焼かれようと、魔獣達を背後からけしかけて注意を引こうと、彼は意に介さずこちらに向かってくるのだ。

いくら理性を失っているといっても、自分を攻撃してくる魔獣達の存在を無視し続けているのは明らかにおかしい。

狂っているだけでは説明ができない、不可解な執着。この円卓の騎士の眼中には、姿を隠した竜殺ししか映っていないのである。

 

(牙を突き立てられようと、爪で裂かれようとも怯まない。敵にも味方にも目もくれず、ただまっすぐに俺だけを狙ってくる)

 

何度目かの攻防を凌ぎながら、ジークフリートは考えを巡らせた。

こちらの理解が及ばない執着。己が傷つこうとも止まらぬ疾走。ゴブリン達に羽交い絞めにされようとも、バイコーンの突撃を諸に受けようとも、獰猛な叫びを上げて無茶苦茶に剣を振るう姿は恐怖を通り越して疑念を呼び起こす。

いったい、何がこの男をここまで駆り立てるのだろうか。

何が自分への執着を呼び起こしたのだろうか。

考えても答えは出ず、ジークフリートはジリジリと後ろに追いやられていく。恐らくは四肢をもがれようともこの男は止まらない。彼を引きはがすことは不可能なのだと直感が告げる。

だが、このまま追い立てられていてはこちらも身動きが取れない。戦況はジャンヌ・オルタによる士気高揚とワイバーン達の離反によりこちらが劣勢だ。

マリー・アントワネット側でこの場に残っているサーヴァントは自分一人。何としてでもこの窮地を切り抜けなければ、戦線を押し切られてしまう。

 

「……っ!?」

 

不意に剣を振るう腕が重くなり、ジークフリートは驚愕する。

強い力で引きずられているかのような感覚だった。筋肉の力で強引に腕を動かそうとするも、重みはますばかりで満足に剣を振るえない。そして、その隙を逃がすまいと湖の騎士が一気に距離を詰めてきた。

 

(これは……彼の鎧の……)

 

いつの間に巻き付いていたのか、ジークフリートの腕にはランスロットの鎧から伸びている紐飾りが巻き付いていた。

何かしらの能力か、或いは宝具なのか。何れにしても彼は身に纏う鎧の装飾すら魔力で自在に操れるのだ。

そこにあるのは鋼のような意思だ。何が何でも逃がすまいという確固たる意地と気迫が、こちらの僅かな迷いと隙を突いたのだ。

 

「Arrrrrrrrrr――――!」

 

この機を逃すまいと、ランスロットは吠える。

互いの息遣いすら感じ取れる至近距離で、刃毀れを起こした剣を捨てた湖の騎士は、握り締めた拳を渾身の力で振りかぶったのだ。

身構える暇すらなかった。

視界に走る火花。

強烈な拳打が顎を、頬を、腹を適確に捉え、こちらの意識を刈り取らんとしてくる。

鎧の加護すら通じない。その威力の大部分が打ち消されても尚、脳を揺さぶり足を震わせるほどの衝撃が全身を伝う。

華やかな騎士物語で伝わる円卓の騎士とは思えない、野蛮で獰猛な猛襲。己の拳が砕けるのも覚悟した上での殴撃。

このままではまずい。これほどの気迫、鎧で守られていようと何発も受け続ければ膝を突くのも道理だろう。それだけは何としてでも逃れなければならない。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

ジークフリートは腹を括り、魔剣に魔力を込める。腕を封じられ、懐にも入られた状態では剣を振るう事はできないが、魔力を放出することはできる。

この距離での宝具の解放は自分も巻き込むことになるが、構ってはいられない。どのみち、半端な威力の攻撃ではランスロットは怯まないのだ。

持てる全力をぶつけなければ、この状況を打破することはできない。

 

「『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!」

 

直後、黄昏の光が駆け抜けた。

不自然な態勢のまま、方向も定めず解放された破壊の渦は、その中心地にいた2人だけでなく周りにいた魔獣や兵士をも巻き込んで膨張していく。

敵も味方も無関係に飲み込み、悲鳴すら上げる間もなく命が消えていく。耐え切れるという確信はあったが、それでもジークフリートにとっては無視し切れない苦痛が全身を苛んだ。

 

「っ、うぅっ!!」

 

やがて光が収まると、周囲一帯に巨大なクレーターが作り出されていた。

何もかもを焼き尽くす黄昏の光に飲まれたものは、死体すら残らず消滅していた。原型を留めたまま動いているのは、皮肉にも爆発の中心にいたジークフリートとランスロットだけであった。

もちろん、2人とも無事であるが大きく消耗している。

ジークフリートは鎧の端々が砕けており、魔力も大きく消耗していた。爆発で『不正働きの霧衣(タルンカッペ)』の霧もいくらか吹き飛んでおり、今はうっすらと姿が見えている状態だ。

対してランスロットは大きく離れたところで地に伏しており、肩を激しく上下させている。黒いもやがかかっているのでどれほどの傷を負っているのかは判別できないが、こちら以上に消耗していることだけは見て取れた。

 

(今しかない。魔力を『不正働きの霧衣(タルンカッペ)』に回せ……姿を隠し、背に剣を突き立てる……それで、終わりだ……)

 

もたもたしていてはランスロットの回復を許してしまう。

呼吸を整え、隠密を完全なものとしてから確実にとどめを差すのだ。

そう頭では理解していても、魔力の回復は思うようにはいかない。

生成が追いついていない訳ではない。宝具による消耗とインターバルの計算は完璧だ。後一呼吸分、魔力を注ぎ込むだけで隠密は完成する。ランスロットが立ち上がるよりも早く姿を隠すことはできる。

だというのに、ここに来て僅かな慚愧が迷いを生んだ。

目の前の強敵が、これほどまでの執着を見せるのは何故なのか。

どうして、ここまで剥き出しの感情を自分にぶつけてくるのか。

ほんの少しではあるが、その理由に思いを馳せたことで動きが鈍るのだ。

その隙は致命的であった。

僅か一呼吸。しかし、狂戦士が立ち上がるには十分な時間であった。

 

「Aaaaaa……Gaaaaa――――」

 

地面に手を突き、壊れた人形のように四肢を軋ませながらランスロットは立ち上がろうとする。

兜の奥から聞こえてくる唸り声もあり、地面を這いつくばるその姿はまるで獣のようであった。

しかし、彼のような獣が自然界に存在するだろうか。自身の生存すら度外視し、強き相手に食らいつかんとする獣がいるだろうか。

そんなことを考えている己の甘さと浅はかさを恥じながら、ジークフリートは再び剣を構え直した。

悔やむ事も迷う事も今は後回しだ。後悔なぞ後でいくらでもすればいい。かつてがそうだったように、今は己を願望器として主の命令を果たす時なのだ。戸惑うことはない、ただ内なる声に身を委ねるだけでいい。主はそのために狂化の術式をこの身に植え付けたのだから。

その時、ふと狂戦士と目が合った。

 

「――――!」

 

爛々と輝く赤い眼が、霧に包まれようとしているこちらの姿を真っすぐに捉えていた。

その目を見た瞬間、ジークフリートは稲妻に打たれたかのような衝撃を覚える。

知っている。

この目を知っている。

この世の全て、正義も道徳も何もかもをかなぐり捨ててでも譲ることができないものを持つ者の目だ。

愛した女がそうだった。

かつての宿敵がそうだった。

善性よりも貫かねばならない意志。

悪性すらも飲み込むエゴ。

がむしゃらで剥き出しで、触れる事も叶わない抜き身の刃。それは灼熱の太陽よりも熱く真冬の海よりもなお冷たい。

己の全てを代償にしたとしても、目の前の仇だけは許してはおかないという不合理な執着。

それは自分自身にすら破滅をもたらす憎しみであった。

全てを焼き尽くす地獄の業火であった。

 

「Arrrrr、Arrr――thurrr……Ga……la――――」

 

憎んでいる。

どこまでもまっすぐに、この男は自分だけを見つめている。

怒りで歯を食いしばり、苛立ちと嫌悪でその身を震わせながら、憎悪で燃える眼でこちらを射殺さんとしている。

それほどまでに許せぬことがあったのだ。

捕縛され、痛めつけられたことか。

仲間であるカルデアの者達を傷つけられたからか。

はたまた、この時代の全ての命を殺し尽くさんとするこちらの所業に対する義憤故か。

何れにしても、彼の怒りと憎しみを真の意味で理解することはできない。彼は狂っている。燃えるような怒りで、凍えるような憎しみで、その命を削りながら仇敵たるこちらを殺さんと吠え猛っている。

これほどまでにまっすぐで、純度の濃い感情をぶつけられたのは初めてであった。

慚愧が強まる。

指先が震える。

ここまで純粋に憎しみをぶつけてくれる者に、応えなくて良いのかと己の我が叫ぶ。

それは誤りだ。

どうしようもない過ちだ。

サーヴァントであるならば主に従え。

姿を隠し、顔を隠し、理性でもって人を殺せ。自分に求められているのはそれだけなのだから。

今ならばまだ間に合う。

今ならばまだ引き返せる。

奴が次の言葉を発するよりも先に剣を振り下ろせば、ここで全てが終わる。

次の言葉を耳にすれば、もう己を止めることができなくなってしまう。

 

(だが、俺は……)

 

そして、決定的な瞬間が訪れた。

 

「Arrr――thu――――Si……Sieeeeeg、frieeeeeeeed――」

 

「っ!?」

 

「Sieeeegfrieeed!!」

 

それは魂すらも震わせる慟哭であった。

憎くて堪らない仇の名を、それでも叫ばねばならない激情によるものだった。

彼自身の心の全てを憎しみが支配した瞬間であった。

咆哮を上げるランスロットは背を仰け反らせながら、己の体を覆い隠す黒いもやを振り払う。

傷だらけの黒い甲冑。右手には禍々しい気配を放つ黒い宝剣。

もやを払う時に兜も砕け散ったのか、露になった素顔は長髪をかき乱した魔獣の如き形相であった。

主君の妻と通じ、義と愛の間で揺れた端正な美貌はそこにはない。そこに立つのは憎しみに焦がれる一匹の獣であった。

 

「はっ、ははっ……そうか、それほどまでに俺が憎いか、円卓の騎士!」

 

叩きつけられる憎悪を、ジークフリートは獰猛な笑みでもって返す。

これは狂化によるものだろうか。生前はこんな風に笑うことはなかった。

憎しみという負の感情をぶつけられて、心の底から喜びを覚えたのはこれが初めてであった。

そうだ、目の前の男には自分しか見えていない。

一秒だって存在を許せないはずなのに、爪先に至るまで余すことなく全身に憎悪を染み込ませている。

誉れ高き円卓の騎士が、畜生染みた浅ましい姿を晒してまで敵意を向ける様は哀れを通り越して滑稽とすら思えてくる。

だからこそ、ジークフリートは無視できなかった。

これほどの男が、ここまで堕ちねばならぬほどの憎しみを自分一人にだけ向けてきている。

そうまでせねばならぬ思いが彼の中にはあったのだ。なら、一人の男として、戦士として、自分はこの挑戦を受けなければならない。

例え形は憎悪といえど、こんなつまらない男(ジークフリート)に自身の全てをぶつけてくれた者のためにも引く訳にはいかなかった。

頭の奥に残った最後の理性が囁き続けるが、そんなものに耳を貸すつもりはなかった。

戦いたい。

この男と、円卓と騎士と、互いの全てを賭した瞬間を競いたい。

そのためのお膳立てはできている。

 

――――俺は狂い――――

 

――――私は、憎んだ――――

 

突き詰めてしまえば、戦う理由はそれだけなのだから。

 

「光栄だ、ランスロット卿。あなたと巡り会い、ここでこうして戦えただけで俺は救われた。ならば受けよう! 我が全身全霊! 竜殺しの全てを貴公に捧げよう!」

 

纏わりつく霧が晴れる。

不正働きの霧衣(タルンカッペ)』を解除し、そちらに回していた魔力の全てを『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』に込めて復讐の騎士を迎撃する。

己が待つ最大最強の一撃をもって、彼の復讐に引導を渡すのだ。それこそが自分にできる最大の敬意であり、自分のような凡庸な男を最大の宿敵として憎んでくれた彼への手向けだ。

 

「おお、これは……」

 

駆け付けたヴラド三世が驚愕する。

戦場は異様な気配に包まれていた。

先刻まで憎み合い、血で血で洗う闘争を繰り広げていた兵士と魔獣達が、事の異変を察知して戦いを止めたのである。

只ならぬ気配を前にして、彼らは巻き込まれまいと互いに目も暮れず2人から距離を取った。

半径数百メートル。灰色の竜殺しと漆黒の復讐鬼の間には、余人は到底、立ち入ることができない怨念染みた気が渦を巻いているのだ。

誰も手出しできない2人だけの決闘場。

何人も侵すことのできない2人だけの時間。

これがこの時代における、2人の最後の10秒となるのだ。

 

「Sieeeegfrieeed!!」

 

最初に動いたのはランスロットだった。

手にした宝剣『無毀なる湖光(アロンダイト)』を構え、一直線にジークフリートを目指し駆け出したのだ。

本来であれば誉れと栄光で煌びやかに輝くはずの宝剣は、今やどす黒く光る魔剣と化している。しかし、秘められた神秘は紛れもなく本物。絶対に刃毀れすることなき名刀であるそれは、人の夢を鍛えて生み出された最後の幻想である。

対するジークフリートも構えた魔剣に魔力を込める。柄尻にはめ込まれた宝玉には神代の魔力が貯蔵されており、それと自身の魔力を用いた全力の一撃こそ彼の切り札。名を『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』。かつて悪竜を殺し、彼に栄光と破滅を約束した一太刀である。

 

「邪悪なる竜は失墜し!」

 

迫りくるランスロットを見据えたジークフリートの剣に黄昏の光が灯る。

この戦い、明らかに不利なのはランスロットであった。

2人が立つのはクレーターの両端。距離にすると約二百メートルであろうか。飛び道具を持たないランスロットにとって、宝具の早撃ち勝負は愚策も愚策。

それでも湖の騎士は疾走を選択するだろうという確信が彼にはあった。憎悪で塗り潰されたランスロットの思考は最早、不合理な判断すら是とするだろうと。

憎き仇が宝具を振り下ろすよりも早く駆け込んで、手にした剣を一閃する。黒い暴風と化した湖の騎士がそう来るのならば、自分は真っ向から叩き潰すまでだ。

 

「世界は今、落陽に至る!」

 

百メートル。

雲を引き裂き、成層圏にまで達した黄昏色の柱が竜巻を捉える。吹き荒れる大気すら一瞬で焼き尽くされ、周囲は瞬間的な無酸素状態へと陥る。

対して迎え撃つは漆黒の剣閃。今にも振り下ろされんとする魔力の刃を受け止める為、ランスロットもまた『無毀なる湖光(アロンダイト)』に魔力を込めた。

鈍い光は掠めた大地を削り取り、痛々しい疾駆の爪痕をその場に残した。

 

「Sieeeegfrieeed――!!!」

 

「撃ち落とす――『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

五十メートル。

黄昏の落陽と漆黒の湖光が激突する。

大地に向けて叩きつけられた極々々々大の魔力光は、クレーターの半径を優に上回る破壊を戦場にもたらした。

安全圏などというものはここにはない。巻き込まれた魔獣と兵士の悲鳴が熱と共にかき消され、焼けた大地が原始の海ともいうべきマントルとなって渦巻いていた。

直視すれば輝きで目を焼かれてしまうだろう。無論、その中心に立てば原子すらも残らず消滅することは必至。円卓の騎士といえどこの地獄を前にして抗う術などないはずだと、この光景を目にした者達は誰もが思っていた。

だが、変化はすぐに現れる。

黄昏の光の直撃を受け止めることとなったランスロットの死を、他でもない彼自身が覆すのである。

 

「Arrrrrrrr――――■■■■■■――――!!」

 

最早、言葉にすらならない咆哮。眩い輝きで全身を焼かれながらもランスロットは生きていた。

黄昏の光を、手にした『無毀なる湖光(アロンダイト)』の輝きによって必死に受け止めているのである。

だが、相殺し切れなかった熱量は容赦なく彼の四肢を焼いていく。鎧はどんどん溶けていき、露になった素肌は見る見るうちに焼け焦げていく。

竜すら屠るこの一撃を前にして、精霊の加護はないにも等しかった。

それでもランスロットは吠え続ける。

痛みを押して、憎しみを噛み締めて、落日を押し返さんと魔剣に力を込める。

ならばとジークフリートは限界を無視して宝具に魔力を叩き込んだ。

この戦いに余力など残すつもりはない。己がこの時代に存在するための魔力すらも用いて魔剣の力を引き出す。

湖に映り込んだ落陽。

復讐の騎士が吠え、竜殺しが吠える。

永劫とも取れるせめぎ合い。

黄昏が全てを呑み込まんとし、漆黒がそれを押し返さんとする。

ぶつかり合う余波で両者とも鎧は砕け散った。

血管という血管が引き千切れ、腕と言わず足と言わずあらゆる筋肉が悲鳴を上げてのた打ち回る。

どちらとも、命なんてものはとっくに投げ出していた。

そして、長い長い十秒の果てに、遂に終わりの時は訪れる。

 

「何と、黄昏を――引き裂いただと!?」

 

驚愕するヴラド三世。

水滴も時に石を穿つ。ランスロットの渾身の一振りは、遂に己を焼く竜殺しの黄昏を切り裂いたのである。

同時に衝撃が大地を揺らし、辺り一面が炎に包まれる。切り裂かれた極光は雨の如く降り注ぎ、周囲に甚大な被害を及ぼしたのだ。

逃げ惑う兵士達。

成す術もなく消滅していく魔獣達。

唯一人の見届け人となったヴラド三世は、この戦いの終わりが近いことを悟っていた。

再び疾駆する狂戦士。足が砕けるのも覚悟の上で、血飛沫をまき散らしながら全力で駆け抜ける。

残り二十メートル。竜殺しは目と鼻の先だ。

しかし、バーサーカーの疾走よりもセイバーが次なる手を打つ方が早い。

自身の存在を繋ぎ止める魔力すら消費し、消滅が秒読みに入りながらもジークフリートはもう一度、宝具を起動したのである。

たかが一太刀程度では神代の魔力は使い切れない。この絶刀は迫りくる復讐の騎士を三度焼き殺してもまだ余りあるのだ。

 

「Siee!!」

 

「――っ!?」

 

黄昏の光が再び灯った瞬間、鈍い衝撃がジークフリートを襲った。

剣だ。飛んできた黒い剣が『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』の刀身にぶつかり、再充填され始めた魔力を散らしたのである。

それは疾走するランスロットが宝具の発動を妨害するために投げつけた『無毀なる湖光(アロンダイト)』であった。

最後の最後で何という往生際の悪さか。正に憎しみが成せる業だろう。だが、それを責めるつもりはジークフリートにはなかった。自分が同じ立場なのだとしたら、きっと同じ手を使っただろう。

 

(一手、足らなかったな!)

 

弧を描いた『無毀なる湖光(アロンダイト)』はあらぬ方向に飛んでいっている。ランスロットの最後の悪足掻きは、ほんの一瞬だけ宝具の解放を遅らせただけで、すぐに活性化した宝玉から真エーテルが引き出されるため宝具の解放に何ら問題はない。

武器を捨てて無手となった以上、ランスロットに次の一撃を防ぐ術はない。周囲が焼き払われたことで、身を護るものもない。この勝負、こちらの勝ちだ。

全てを出し切り、それを乗り越えた勇者を自分は打ち負かすのである。

そう思った矢先に、ジークフリートは己が目を疑った。

宝具を投げつけ、丸腰となったはずのランスロットの手に、見覚えのある剣が握られていたからだ。

 

「それは、ゲオルギウスの――――」

 

 

 

 

 

 

時間は遡る。

囚われの身であったランスロット、投げ込まれた剣によって自らの拘束が外れるやいなや、牢を破壊して目についた敵を蹂躙した。

シュヴァリエ・デオン。マリー・アントワネットに与してこの時代の崩壊を目論んだ英霊の一人は、目の前の敵を倒すことに集中していたのかこちらの攻撃に対応する間もなく殴り飛ばされ、そのまま数度の殴り合いの後に何処かへと去っていった。

後に残されたのは、デオンによって胸を貫かれ横たわる聖人のみ。如何なる奇蹟によるものなのか、彼は心臓を失ってもまだ意識を保っていた。

風前の灯ではあったが、ほんの少し言葉を交わすには十分な時間であった。

 

「うまく、いきましたか……投げ込んだ剣がうまく拘束を破壊してくれたようですね」

 

苦し気に息を吐きながら、ゲオルギウスはランスロットを見上げる。

慈愛に満ちた笑みだった。

防ごうと思えば防ぐこともでき、自らの手でデオンを倒すこともできた。

その上で彼は自ら犠牲となり、狂戦士を解き放つことを選択したのである。

後の戦いには、自分ではなく彼の力が必要になると確信したからだ。

 

「持っていきなさい。あなたが手にしている限り、私が消えてもその剣がなくなることはないでしょう」

 

ゲオルギウスが差し出した剣を、ランスロットは静かに受け取った。

かつて魔女より賜った無敵の剣。幾多の困難を共にした相棒ともいえるものであるが、後の礎となれるのならそれも是である。

自分の思いは、この剣と共に彼が引き継いでくれるのだから。

 

「ああ、それとお願いが……その剣を使う時はですね…………」

 

まるで世間話をするかのように、ゲオルギウスは微笑みを浮かべながら消えていく。

後にその剣が、最大の脅威を打ち払う切り札になるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

「それは、ゲオルギウスの――――」

 

 

驚愕する竜殺し。

ランスロットの手には、かつて聖人が悪しき竜を倒すために用いた無敵の剣が握られていたからだ。

その剣は一つ目の巨人が鍛え上げ、鋼であろうと容易く断ち切り、柄頭に込められた加護によって持ち主を如何なる脅威からも守る祝福の剣。

本来の担い手たる聖ゲオルギウスより、湖の騎士ランスロットへと託された『力屠る祝福の剣(アスカロン)』であった。

それが今、憎悪の暴風と共にこちらへと刃を向けられている。

どこでどうやってその剣を手に入れたのか、ジークフリートは知る由もない。だが、一手足らなかったのは自分の方であったと彼は思い知る事になった。

この剣さえなければ、この一手さえなければ、先に『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』を解放することでランスロットの接近を許すことはなかった。

この一手があったからこそ、ランスロットは前のめりで倒れ込むことも覚悟の上で大地を蹴る速度を引き上げている。

どうやっても間に合わない。

宝具の発動も、発動を止めて迎撃することも叶わない。

振り下ろされる断罪の剣を、ただ粛々と受け止めることしかできないのだ。

 

「Tu……dragon……Coupable!!」

 

違うことなく、刃はこの身を両断する。

筋肉が千切れ、骨が砕けるのも承知の上で放たれた一撃。

邪竜の加護を強引にねじ伏せる圧倒的な筋力は、無敵の剣を得た事で遂に黄昏を押し留めたのである。

 

「ああ……そして、俺の敗北だ……」

 

まるで抱き締めるかのように、剣を零したジークフリートはランスロットの腕の中へと倒れ込んだ。

全力を出し切った上で自らの罪を裁かれる。その死に顔はこの上なく満ち足りたものであった。

そして、自ら断罪の刃を振り下ろしたランスロットもまた、憎き竜殺しと共に塵となってこの時代から消えていく。

影に隠れた彼の顔からは表情が伺えず、最後の瞬間に何を思っていたのかは定かではない。

ただ、彼の全てを賭した復讐は、この瞬間をもって終わりを告げたことだけは事実であった。

 




マリー・オルタの宝具の詳細については後ほど。
最初はライダーのコンパチと言っておきながらこれだ。
加えて魔神柱が前倒しで登場です。ごめんよアマデウス。

ではでは皆さん、採集大戦がんばりましょう。
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