Fate/Start Over 星譚運命再度カルデアス   作:ていえむ

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第2話 蝶は羽ばたく

オルガマリーにとって、父親の業績やアニムスフィアの家名はとてもではないが背負いきれるものではなかった。

彼女の父は偉大だった。半ば一代でカルデアスを完成に漕ぎつけ、人理保証機関フィニス・カルデアをただの天文台から国連傘下の研究機関にまで押し上げた。

そして、未だ魔法の領域である時間移動を限定的ではあるが可能としたのである。

それがレイシフト。擬似霊子転移、或いは疑似霊子変換投射と呼ばれるものである。

人間を擬似霊子化し、異なる時間軸、異なる位相に送り込み、これを証明する空間航法。時間跳躍と並行世界移動のミックスであり、()()()()()()()に介入することができる。

オルガマリーの父はそれを実現可能な技術として確立してみせた。もちろん、その為にどれほどの犠牲を払ってきたのかをオルガマリーは知らない。

彼女にとって確かなことは、父が功績を打ち出す度に己が惨めな気持ちを味わうということだけだった。

あのアニムスフィアの娘であると、周囲の者が噂する。

尊敬の眼差しを向ける者、嫉妬する者、お零れに預かろうとする者、足を引っ張ろうとする者、実に様々だ。

そして、その全てが自分を個人として見てくれない。

オルガマリーという名を呼んではくれない。

アニムスフィアの娘、天体科のアニムスフィア、カルデアのアニムスフィア。

呼び方は様々なれど、誰もが父親の付属物、一族の末子としてしか自分を見てくれなかった。

何かを成してもアニムスフィアならできて当然、さすがはアニムスフィアと持て囃される息苦しい毎日。

それが堪らなく嫌で、けれども一族の責務を投げ出す事もできず今日まで生きてきた。

父親が死んだのはそんな矢先である。

名目上の後継者として名指しされていたオルガマリーは、何の心の準備もなく歴史ある家名を引き継ぐこととなった。

国連傘下の機関、実用可能とはいえ未だ実験段階の未知の技術、若すぎる齢で周囲から見下されることも多く、少女の双肩で支えるには一族の名はあまりにも大きすぎる。

そこに来てカルデアスが検知した異常。何とか2004年の日本に原因があると突き止めることはできたが、一度目の人生ではほとんど何もできずに炎で焼かれる羽目になった。

今度こそは乗り越えて見せる。

これが運命の悪戯なのか、それとも今際の夢なのかは定かではないが、やり直せるのならやり直してみせよう。

今度こそ、必ず。

 

 

 

 

 

 

瓦礫の山を乗り越えて、炎に包まれた廃墟を走る。

走る。

走る。

心臓は跳ね上がり、限界まで萎んだ肺は新鮮な空気を求めて胸の中で悶えている。

それでもオルガマリーは己の体に鞭を打ち、両足に施した強化の魔術が途切れぬよう集中し続けた。

往来を駆け抜け、炭化した車や家屋の隙間を潜り抜け、角を曲がって出くわした歩く骸骨(スケルトン)には半狂乱になりながらもガンドを斉射して逃走経路を抉じ開ける。

足を止めてはいけない。

速度を緩めてはならない。

背後からは死神が迫ってきている。

黒衣を纏い、髑髏の面を付けた暗殺者。

アサシンのサーヴァントがすぐそこまで迫っている。

そう、サーヴァントだ。人類史に刻まれたゴーストライナー。偉業を成し遂げ、英霊の座にまで召し上げられた星の記憶。

神話や伝承に伝えられる英雄を呼び出して使い魔としたものがサーヴァントだ。

いうならば全身が神秘の塊であり、魔術師といえどただの人間が太刀打ちできる存在ではない。

それが主であるマスターが存在しない状態で暴走状態にあり、燃え盛る街の中を徘徊している。それがこの冬木市こと特異点Fで起きている惨状だった。

オルガマリーは今、その惨状の真っ只中にいるのである。

 

(もう! 何なのよ何なのよ何なのよ!)

 

心の中で悪態を吐きながら、必死で動揺を押さえつける。

情けない、みっともない。

今度こそ結果を残してみせると意気込んでおいてこれだ。

華々しい活躍など夢のまた夢。自分にできることなどドブネズミのように暗殺者の追撃から逃げ回ることだけである。

それでもオルガマリーは、自分にできる精一杯を懸命にこなしていた。

どだい、人間がサーヴァントに敵う訳がなく、こうして逃げ続けられていることすら一つの奇跡なのだから。

 

(どうして今度は一人なのよ! あの二人はどこにいったの!)

 

自分が爆発で死んでしまった前回の記憶では、そう遠くない場所にマシュと立香がいたので敵性サーヴァントに遭遇する前に合流することができた。

その記憶を頼りに二人を探していたのだが、どういう訳か以前に二人と合流した場所には誰もおらず、逆に記憶よりも早いタイミングでアサシンのサーヴァントと出くわしてしまったのだ。

些細な行動が大きな変化を及ぼす事をバタフライ・エフェクトと呼ばれていたような気がするが、今回のこれは正にそれなのではないだろうか。自分があの時、あの管制室で生き残ろうと足掻いたが為に、起きるべき事象が歪んでしまったのかもしれない。

カルデアとの通信は未だ繋がらず、マシュ達とも合流できない。魔術回路を限界まで抉じ開けて魔力を回しているが、それだっていつまでも保たないだろう。

どう贔屓目に見ても詰んでいる。もう限界だ。

背後からは暗殺者が迫り、投擲された短刀が頬を掠めてくる。こちらを追い立てるように、ジリジリと間合いを詰めてきている。

このままでは遠くない内に追い詰められ、胸の臓を抉られてしまうだろう。

分かっていた。

自分一人じゃ何もできないことは分かっていた。

実力がどうだとか、魔術師としての才能だとかの問題ではない。致命的に性格が向いていない。

何かトラブルが起きると冷静でいられない。

それでいて物事を放り投げるのが嫌で、最後には重荷に耐え切れず押し潰されてしまう。

 

(考えるな考えるな考えるな!)

 

思考を遮断する。

心を閉ざす。

もやもやと湧き上がってくるマイナスな感情を押し留め、目を背け、生き残る事に集中する。

躓いたらそこで終わりだ。

立ち止まったらそこで終わりだ。

自分の性格は自分が一番、理解できている。

一度でも逆境に屈してしまったら、もう顔を上げられない。

だから―――。

 

「逃げるのは、ここまでよ!」

 

路地の行き止まりに辿り着くやいなや、オルガマリーは踵を返して握り締めていた小石をアサシンへと投げつける。

瓦礫の囲いともいうべきこの場所に隠れられる場所などない。乗り越えようとすれば忽ちの内に背中を一突きされるだろう。

ならばこの投擲は破れかぶれの一矢なのか。小石には予めルーン文字を刻んでおいた。魔力を込めれば小さな爆発を起こす代物だ。

これで最後の抵抗を試み、潔く暗殺者の手にかかろうというのか。

もちろん、そうではない。

超一流の魔術師でもなければ、サーヴァントへの攻撃など水鉄砲のようなものだ。抵抗するだけ無駄なのである。

当然のことながら、アサシンは小石の爆発など意にも介さず、こちらが万策尽きたことを確信して手にした短刀を構える。

刃が来るとオルガマリーは身構えた。こちらにもう打つ手はない。身を隠すこともできず、無防備な体を暗殺者に晒してしまう。

短刀が飛来するまで二秒とかからないだろう。

そうでなければ困る。

こちらが絶体絶命、一撃で仕留められる状況に陥ったと思ってもらわなければ困るのだ。

 

「OK、首尾よく釣れたじゃねぇか!」

 

アサシンが今にも短刀を投げ放とうとした瞬間、第三者の声が木霊した。

同時にアサシンの足下に光輝く文字が出現し、そこから強力な魔力が放出される。

先ほど、オルガマリーが投擲した小石に刻まれていたものと同じ系統の魔術。

文字を刻みその意味を形にするルーン魔術だ。

だが、その威力はオルガマリーの比ではない。一瞬の内にアサシンの全身を燃え上がらせたその業火は、彼の神秘の防壁を容易く突破してその身を焼き焦がしていく。堪らず、暗殺者のサーヴァントを苦悶の声を漏らした。

 

「グアアアァァ、キ、貴様ハ……キャスター……何故、漂流者ノ味方ヲスル……」

 

髑髏越しにアサシンがこちらを睨みつけてくる。その視線の向こう側、オルガマリーの背後の闇の中から現れた青いフードの男性は、手にした杖を構えながら口の端を釣り上げて見せた。

 

「よくやったぜ、お嬢ちゃん。アサシン相手にここまで逃げ切るたあ大した度胸だ」

 

「ふん、当然よ……ええ、嘘よ。もう、二度とやらないわ……」

 

息を切らし、肩を震わせながらオルガマリーは弱音を漏らした。

全ては作戦だった。

遅かれ早かれアサシンのサーヴァントと遭遇することは避けられない。その前にマシュ達と合流したかったのだが、それは叶わなかった。

その代わり、前回はマシュ達と合流した後に出会った協力的なサーヴァントであるキャスターと先に出会うことができた。

特異点Fで遭遇したアサシンのサーヴァントは慎重で確実に仕留められる時でなければ仕掛けてこない。それを覚えていたオルガマリーは、アサシンを確実に撃退する為にキャスターに身を潜めてもらっていたのである。

 

「はあ……はぁ……もう、足は痛いし何度も死にそうになったし、もうご免よ。もう嫌よ……」

 

「ははっ、それだけ悪態が吐けるなら大したもんだ。さあ、後は任せておきな」

 

そう言って、キャスターはこちらの震える肩を叩いて前へと踏み出す。

熱を纏った風が吹き、キャスターの纏うローブがたなびいた。

ここからでは顔を見る事は敵わず、彼がどんな表情をしているのか分からない。ただ、その背中は思わず見惚れてしまうほど逞しく、気が付けば先ほどまでの恐怖はどこかに消え去っていた。

不思議なものだ。

さっきまで生きた心地もしなかったのに、今はこの背中を見ているだけで心が穏やかになっていく。

キャスターのサーヴァント。

真名をクー・フーリン。アイルランドに伝わる光の御子。アルスターの英雄だ。

伝承で聞き及んでいた凶暴さや野性味はあまり感じられない。むしろ、その背は父性的で大きな安心感があった。

まるで、父の背中を見ているかのような気持ちになれた。

 

「さて、さっきの質問だがな……そりゃ、てめえらよりマシだからに決まってんだろ!」

 

かざした杖の先端にルーン文字が光る。

黒衣の手の平から零れ落ちる短刀。

最後の抵抗すら叶わず、紅蓮の炎は暗殺者を焼き尽くしていった。

 

 

 

 

 

 

そもそもこの特異点F――冬木市では魔術師とサーヴァントによる聖杯戦争が行われていた。万能の願望器を奪い合う東洋の魔術儀式。眉唾物ではあるが、そもそも聖杯と名の付くものを奪い合うことが本来の聖杯戦争であり、この地で起きている儀式はそれに因んで名づけられたものだ。マイナーなのも致し方ない。

それよりも重要なことは、この時代を特異点足らしめている聖杯をサーヴァントの一人でありセイバーが独占していることだ。それによってキャスター以外のサーヴァントは黒化されてマスターから独立して動き出し、冬木市全体が炎に包まれた廃墟と化した。生き残っている者はなく、スケルトンのような異形が獲物を求めて彷徨い歩く魔窟となっている。

特異点とは時間の流れに作られた吹き溜まりのようなもの。これによって歴史に齟齬が生まれ人類史が乱れてしまったことがカルデアスの異常の原因なのだとしたら、セイバーを倒してこの狂った聖杯戦争を終わらせることで事態を収束できる。

そう考えたオルガマリーは、同じく聖杯戦争の終結を望むキャスターを仲間に引き入れたのだ。そして、アサシンの襲撃を躱した後にマシュ達とも合流し、いよいよ本丸であるセイバーの根城を攻めんとする時が訪れた。

トラブルが起きたのは、その矢先のことであった。

 

「何よ……何よ何よ何なのよ! もう、どうしていつもこうなのよ!」

 

忌々し気に手近な瓦礫を蹴りつけ、オルガマリーは激昂する。その横では、気まずそうに視線を交わすマシュと立香、そして、腹を抱えて笑みを禁じ得ないキャスターの姿があった。

 

「はははっ、まったく、さっきのお嬢ちゃんの顔は傑作だったな」

 

意地の悪い笑みを見て、オルガマリーは益々、怒りを募らせていく。

事の顛末を端的に述べるのなら、儀式の失敗である。敵は強力なサーヴァント。であるならば、対抗するためにはやはりサーヴァントの力が必要である。

こちらの戦力はキャスターと、とある理由から疑似的なサーヴァントであるデミサーヴァントと化したマシュの二騎。戦力としてはやや心もとなく、こちらも戦力を増強する為にサーヴァントを呼び出す英霊召喚を試みたのである。

オルガマリーとしては、レイシフトに成功したのだからこちらも上手くいくと無根拠に思い込んでいた。だが、結果は失敗。霊脈の上に設置した召喚サークルは申し訳程度に輝いただけに終わり、それっきりうんともすんとも言わなかったのである。

 

「所長、そろそろ機嫌を直して……」

 

「うるさいわね、藤丸! 素人は黙っていなさい!」

 

宥めようとした立香にオルガマリーは思わず噛みついてしまう。

驚いて後退った立香を慰めるようにマシュは背中を叩き、それを見たキャスターはまたしても白い歯を見せて愉快そうな笑みを浮かべていた。

 

「何よ、うっすらと痣が浮かんでいるからいけると思ったのに、思わせぶりも良いところだわ! まったく、まったく!」

 

そう言うオルガマリーの右手の甲には、うっすらと紋様のような痣が浮かんでいた。

形としては立香の右手に宿っているものに似ているため、オルガマリーはこれを令呪であると判断したのだ。

それは魔術回路に根差ししたサーヴァントへの絶対命令権であり、マスターとしての適性と等分と言ってもいい。

サーヴァントのマスターが令呪を持つのではなく、令呪を得るからマスターになれるのだ。

だが、こちらの期待に反してこの令呪もどきは何の反応も示さなかった。もちろん、召喚済みでマスター不在のキャスターとの再契約にも使えない。

そのせいでみんなの前で赤っ恥を晒してしまった。意気揚々とポーズまで決めたのに、煙すら出なかった時の間抜けな姿はきっとしばらく夢に出るだろう。可能ならば自分自身も含めて今すぐに忘却魔術で忘れ去りたい汚点であった。

 

「まあまあ。儀式にゃ失敗したが、見たところあんたは大した魔術師だ。保証してもいい」

 

立香との仮契約を済ませたキャスターが、意地の悪い笑みを残しつつこちらを宥めてくる。もちろん、腹の虫は収まらないのでオルガマリーの対応は少しだけ刺々しいものになっていた。

 

「何よ、安い同情なら必要ないわ」

 

「事実だよ。見たところ魔術回路の量も質も一級品だし、アサシン相手にきっちり逃げ切ってみせた。ここに来るまでの戦闘だって、的確に援護できていたじゃないか。もちっと冷静になりゃ、いい魔術師になれるぜ。それに……」

 

「それに?」

 

「こんないい女が、下手な魔術師(メイガス)なわけないだろう」

 

最後に笑みを浮かべながらウィンクしてみせると、キャスターはオルガマリーの頭を小さく二度叩く。まるで父親が我が子を褒めるかのような、手慣れた手つきだった。

一瞬で頬が熱を持つ。自分でも頬が真っ赤に染まっていることがハッキリと分かってしまうほどの熱さだった。

堪らず、オルガマリーはキャスターの手を払い除けて距離を取った。

 

「ちょっと、あまり子ども扱いしないでもらえる?」

 

「おっと、気に障ったか。子どもでも女は女か。紳士的にいかないとな」

 

「キャスター!」

 

「ははっ、口の悪さは昔からでね。悪く思わないでくれ」

 

「謝罪になっていません、それは! もう、黙りなさいこの使い魔が!」

 

こちらが歯を剥き出しにして威嚇すると、キャスターは降参するかのように手を上げて後退った。

その様子を隣で見ていた立香とマシュは、再び顔を見合わせて笑みを零す。

 

「何て言うか……」

 

「はい、所長がいれば安心ですね」

 

「ちょっと、それはどういう意味よ!」

 

こっちは必死でパニックを起こさないよう気を付けながら行動しているというのに、どうしてみんなして小馬鹿にして、いったい何が楽しいのだろうか。

何なら一度でもこっちの身になってみるといい。きっと考え方が変わる筈だ。

 

『あー、所長……そろそろ良いでしょうか』

 

今まで沈黙を保っていた第三者が、喧騒に見かねたのか声をかけてくる。

その言葉の主は、おぼろげなホログラフに映り込んだ白衣の青年であった。

マシュ達と合流できたことで、カルデアとの通信が可能となったのである。

通信の相手は端正だがどこか間の抜けている顔つきだった。年の割にやや高い声音は爽やかさと呑気さを合わせたもので、耳朶に染みわたる感覚がとても心地よい。

少なくとも大抵の者ならそういう感想を抱く親しみやすい青年だった。

だが、オルガマリーは彼のことはあまり好かなかった。

能天気で他人からの評価なんて気にしていませんという顔つきが無性に癪に障るのだ。

何より、たまに飛び出てくる絶妙に間の抜けた言葉選びや大げさなリアクションが場の空気を緩ませるので、一緒にいると腹の底がジリジリと焦げ付くような感覚を覚えてしまう。

分かりやすく言うならば、イライラするのだ。

毎日がお花畑、みたいな顔がとても気に入らない。

これで技能が三流ならば、憂う事なく切り捨てられるのだが、生憎とこの男――ロマニ・アーキマンが保有する資格は本物だ。超一流とまではいかないが、この若さで医療部門をまとめ上げているだけのことはある。

そして、現状におけるカルデアの最高ランクの権限を有している唯一の職員でもあった。

 

(時系列の違いはあっても、基本的に同じことが起きている……カルデアの被害、マスター達、特異点F、何もかもが同じ。違うのは……これだけ……)

 

あの爆破工作において、カルデアの機能は8割が失われ、生き残った職員も20人に満たない。

偶発的にレイシフトしてしまった自分を除けば、医療部門のトップであるロマ二が事実上の最高責任者なのである。

そのため、向こうは彼の指示の下で急ピッチで復旧作業が進められている。

それは概ね、前回の記憶と合致するものだった。

特異点の惨状もキャスターとの出会いも全てが同じ。

ならば、唯一の違いはこの右手に宿っている令呪もどきである。

白い三画の痣。詳しく調べてみなければわからないが、自分の魔術回路と繋がっていることだけは確かなようだ。

なのに、サーヴァントの召喚も契約も行えない。そこに何か意味があるのだろうか。

思考が袋小路に陥り苛立ちが募る。落ち着きを保てないのは昔からの性分だ。何かで気を紛らわさないと、また取り乱してしまうかもしれない。

 

(お馬鹿なマリー、しゃんとしなさい)

 

自分に言い聞かせ、思考を切り替える。

記憶通りならばここまでは順調なのだ。多少の誤差はあれど、特異点修復に向けて自分達は前に進んでいる。

そう、確かな手応えがここにはいる。自分は上手くやれているのだという自負が、確かにある。

 

『では、所長。キャスターの提案通り、大聖杯に向かうということでよろしいですね』

 

「……ええ、そうね。異論ありません」

 

だが、その前にやるべきことがある。

この街に残っているサーヴァントはキャスターも含めて後四騎。郊外でだんまりを決め込んでいるバーサーカーを無視すれば、この先で相対することになるのはアーチャーとセイバーだ。

どちらも強敵であり、打ち勝つ為にはマシュが宝具を使えるようにならなければならない。

 

「マシュ、大空洞に向かう前にあなたの宝具について説明しておきます」

 

「わたしの……宝具、ですか? ですが、わたしは自分に宿った英霊の真名を知りません」

 

すまなそうに、マシュは瞼を伏せる。

彼女は元々、デミサーヴァント実験の被験者であった。英霊という過去の存在、一個の自我を持つ兵器を従順に扱うために、オルガマリーの父が進めていた非道な研究。

その果てにマシュはとある英霊と融合させられ、デミサーヴァントとなった。生憎とその真名はオルガマリーの権限で閲覧できる情報にも記載されていなかったが、それでも前回の記憶からどのようにすれば宝具の展開ができるのかは知っている。

 

「知らなくてもいいの。あなたはそれでも戦える子。未熟でもいい、仮のサーヴァントでも構わない。それでもそこのボンクラを守りたいと強く願えば、宝具は応えてくれるわ」

 

「ボンクラって、俺?」

 

「ちょっと黙っていてくれる! いい、マシュ。とりあえずはわたしが仮の名前を与えるから、それを仮想宝具としなさい。『人理の礎(ロード・カルデアス)』。カルデアはあなたにも意味のある名前だから、霊基を起動させるには通りのいい呪文でしょう?」

 

「『人理の礎(ロード・カルデアス)』……は、はい! ありがとうございます、所長!」

 

『うん、マシュにぴったりだ。後はそれをうまく解放できるかどうかだけど……』

 

「待ちな。特訓は後回しだ」

 

ロマニの言葉を遮り、キャスターが前に躍り出る。

直後、空中で炎と矢が激突して火花が飛び散る。

突然の事態に隣にいた立香が悲鳴を上げ、それを庇うようにマシュが巨大な盾を構えた。

 

「信奉者の登場か。聖剣使いのお守りはいいのか、アーチャー?」

 

キャスターは杖を掲げ、油断なく空を睨みつける。その視線の先、恐らくは学び舎か何かの建物の屋上にその男は立っていた。

黒く染まった外套、手に構えた大きな弓、その右手は既に新たな一矢を番えている。間違いない、アーチャーのサーヴァントだ。

 

「そんな、どうして……」

 

アーチャーは大聖杯が眠る大空洞の入口を守っているはず。他のサーヴァントはともかく、残る三騎はそれぞれの拠点を動かない。だから、マシュが宝具をものにする時間は十分にあると踏んでいたのに、これでは計画が台無しだ。

 

「……ふん。信奉者になった覚えはないがね。つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」

 

これまでの黒化英霊と違い、アーチャーは流暢に言葉を発する。キャスターの軽口に付き合うユーモアも持ち合わせていた。

だが、その眼はまるで猛禽類のように油断なくこちらを捉えている。キャスターの牽制がなければ、容赦なく矢の雨が降っていただろう。

 

「先輩! 所長! 指示を!」

 

「待って、マシュ! ここは……」

 

『待った、まだ何かくるぞ! この反応は……』

 

驚愕するロマニが悲鳴を上げた瞬間、地響きが大地を震わせた。

凶暴な肉食獣の咆哮であった。

地鳴りのような足音。

暴風とも取れる疾走。

やがてそれは嵐を纏った破壊の権化として顕現する。

大地を割り、瓦礫を吹き飛ばし、目の前にあった巨大な家屋を粉砕して筋骨隆々の大男が現れたのだ。

 

「チィッ、アーチャーの次はバーサーカーかよ!」

 

「バーサーカーですって!?」

 

思わず見上げた巨体は、自動車よりも遥かに大きかった。

膨れ上がった筋肉はまるで鋼鉄で、巨岩のように大きい。手にした巨大な斧が棒切れか何かのように小さく見えてしまう。

そして、影になっていて表情は読み取れないが、憤怒にも似た感情を爆発させていることは容易に察することができた。

怒りだ。

その咆哮、纏う覇気、まき散らす破壊の全てが彼の内包する怒りを体現している。

その様はまるで聖書に記された終末の獣、ベヒーモスの再現である。

 

「野郎、バーサーカーをここまで誘導してきたな!」

 

「何とかとハサミは使いようさ。アトゴウラ(正々堂々)なんて、できると思ったか?」

 

「だからって、こいつはねえだろこいつはよぉ!」

 

何てことだ。アーチャーはこちらを確実に始末するために、郊外で穴熊を決め込んでいたバーサーカーを追い立ててきたのである。

狂った英霊であるバーサーカーは、暴れ出せば手が付けられず敵も味方もない。こんな化け物を相手取りながら、アーチャーとも戦わねばならないなんて、絶望もいいところだ。

 

(まずい……なんで、どうして!? 前はこんなのいなかった! もっと楽に大聖杯まで辿り着けたのに、どうして!? どうしてどうして!?)

 

知らずに顎が震え、歯が鳴っていた。いつの間にか足も震えている。

腹の底から恐怖が込み上げてきた。あのカルデアスの炎に焼かれた時と同じ、死を目前にした恐怖だ。

どうしてうまくいかないのかと自問する。

どうしてうまくいかないのかと悲嘆する。

自分ではうまくやっているはずなのに、いつもいつも余計なトラブルが邪魔をする。

前回だって、それよりも前だって、父親の跡を継ぐよりも前から、ずっとだ。

ずっと何かが自分の生き方を邪魔してきた。

こいつはその具現だ。どうしようもない理不尽が、ここに来て形をもって現れたのだ。

 

「所長!」

 

「……無理よ」

 

立香からの呼びかけを無視し、ぽつりと言葉を漏らす。

寄木して無理やり奮い立たせていた勇気が、呆気なく吹き飛んでしまった瞬間であった。

 

「アーチャーとバーサーカー、とても一度に戦える相手じゃないわ」

 

「けど、マシュが!」

 

「それでもよ、素人! あんな化け物、キャスターとマシュが二人で挑んでも勝ち目がないってことくらい、分かりなさい!」

 

アーチャーだけならば何とかなった。事実、前回の戦いではそうやって切り抜けた。だが、そこにバーサーカーがいたのでは計算が大きく狂う。

ロマニの見立てでは単純な魔力量だけでもサーヴァント二、三騎分はあるらしい。それもまだ暖気の状態だ。全開になればきっと手がつけられなくなるだろう。

そんな規格外の化け物を前にしては、勝つ事も逃げる事も不可能だ。

そんな理不尽から目を背けようと、オルガマリーは泣きじゃくる子どものように首を振る。

ふと、アーチャーの狙撃を牽制していたキャスターの背中が目に入った。

大きな背中だ。

過酷な人生を生き抜いてきた大人の背中。

父のように暖かく、全てを委ねてしまいたくなる逞しい背中だった。

思わず助けを求めるように、オルガマリーは手を伸ばす。すると、キャスターその気配を察したのか、こちらを振り向くことなく静かに言い放った。

 

「坊主、二人を連れて大聖杯に向かえ!」

 

「え?」

 

「キャスターさん、何を……」

 

「行け、マスター! お嬢ちゃんもだ! こいつらは俺に任せろ!」

 

彼は何を言っているのだろうか。

この絶望的な状況で、怪物と殺し屋を前にして、自分達を逃がすために彼らを足止めするつもりなのだろうか。

それはあまりにも無茶だ。確かにそれならば自分達は助かるかもしれないが、根本的な解決にはならない。そもそも、それでは残るセイバーを自分達だけで相手取らなければならなくなってしまう。あれは歴史に名を残す最も有名な剣の英雄だ。ここで戦力を欠いてしまっては、とてもではないが勝ち目はない。

 

「ああ、その通りだ。けどな、あんたらならやれると踏んだ。あんたら全員が力を合わせればセイバーに勝てるとな……だから、ここは俺に任せて先に行け!」

 

キャスターの思惑を察したアーチャーが矢を放つが、それよりもキャスターがルーンを刻む方が早い。

杖を一つ鳴らし、青い魔力の壁を創り出して矢を弾いたのだ。その壁は、丁度こちらとキャスターの間を隔てる形になっていた。

 

「キャスター……」

 

「なに、こういう戦いは前にも経験している。きっちりやり切ってやるさ。それに……」

 

「それに?」

 

空中に炎のルーンを刻みながら、キャスターは不敵に笑ってみせる。

 

「別に、あいつらを倒しても構わねえんだろ?」

 

瞬間、伸ばしていた手が掴まれた。

立香がこちらとマシュの手を掴んで走り出したのだ。

 

「ちょっと……放しなさい! キャスター!」

 

「駄目だ、所長! 俺達がいたらあの人は戦えない!」

 

「先輩!」

 

「走るんだ! 少しでも遠くに、一秒でも早く!」

 

自分達が遠くに行けば行くほど、キャスターは気兼ねなく戦える。

背後では既に轟音が轟いており、幾つもの火柱が上がっていた。

その中で豪雨のような矢が降り注ぎ、巨人の如き威容が手にした斧を振り回して暴れ回っている。

英雄同士の戦い。とてもただの人間が立ち入れるようなものではなく、側にいるだけで気が遠退いてしまいそうだ。

間違いなくキャスターは死ぬだろう。いや、サーヴァントはただの使い魔だ、消されると言った方が正しい。

 

(それでも……それでも……)

 

それでも、あの大きな背中を無碍にすることはできなかった。

あれを思い出して縋るくらいは許して欲しい。

そう願いながら、オルガマリーは眦を拭う。

賽は投げられた。

最早、自分達に残された時間はない。このままキャスターがあの二騎を足止めしていてくれている間に、セイバーを倒して特異点を修復する。

それがキャスターへの手向けになると信じて、オルガマリーは顔を上げた。

見つめた視線の先では、大聖杯が眠る大空洞が静かにこちらの到来を待ち構えていた。




そう簡単にマスター気分は味わえない、オルガマリーです。
既に星詠みで原典通りの流れはやってしまっているので、どう変化をつけようか悩んでいたら、ヘラクレスくんが勝手に動いてくれました。
うん、いい子だ。さすがはうちの殿。
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