Fate/Start Over 星譚運命再度カルデアス   作:ていえむ

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第3話 仮初の英霊召喚

そこは大きな屋敷が丸々1つ、収まってしまうくらい広い空間だった。

元から存在した天然の洞窟を、魔術を用いて加工した空間。恐らくは由緒ある霊地の一つなのだろうが、今は怨嗟の如き負の力が大気を満たしており、その中心にはどす黒い光の柱が立ち上がっていた。

オルガマリーにとって目にするのはこれが二度目。この冬木の地において行われた聖杯戦争のトロフィーである聖杯の大本たる大聖杯だ。

聖杯、と呼ばれてはいるが実際は魔術式によって構築された力の渦である。土地の霊脈から魔力を吸い上げ、長い年月をかけて蓄積することで顕現した巨大な魔術炉心。

確かにこれを用いれば、誇張なしにどんな願いでも叶える事ができるだろう。

 

(本当……極東の片田舎にどうしてこんなものがあるのよ。ああ、もう!)

 

気を抜くと呑まれてしまいそうになるのを必死で堪えながら、オルガマリーは眼前で繰り広げられている戦いに注視する。

そこで繰り広げられているのは、二騎のサーヴァント同士による音速の死闘。この聖杯戦争の趨勢に決着をつける最後の戦いであった。

戦っているのはもちろん、マシュ・キリエライトだ。

唯一のデミサーヴァント。この異邦の地に招かれた有り得ざる番外の英霊。

巨大な盾を両手で構え、迫りくる剣戟を必死で受け止めながら反撃の機会を伺っている。

しかし、対する黒衣のセイバーはそれを許さない。

風を纏い、地を駆け、手にした剣を苛烈に振るいながら盾の騎士をじわじわと追い込んでいく。

その眼光は冷たく、刃のように鋭い。獲物を逃がさぬ猛禽類か、それとも肉食獣か。何れにしてもデミサーヴァントに覚醒して数時間のマシュではとても張り合えるような相手ではない。

それもそのはず。マシュが相手にしているのは世界で最も有名な剣士。

例えその手の話に疎くとも、その名を聞けば誰もが納得する世界最高峰の剣の英雄。

名をアーサー。

言わずと知れたブリテンの救世主。円卓伝説に名を連ねるアーサー王だ。

セイバーとしては掛け値なしの一級品。それが今はワイルド・ハントの具現として、嵐の如き力を呵責なく振るっている。

 

「マシュ!」

 

「下がってなさい、藤丸! あんたじゃ何をやっても足手纏いよ!」

 

「けど、マシュが!」

 

「覚悟を決めなさい!」

 

こちらが展開した魔術障壁の内側から駆け出そうとした立香を、オルガマリーは無理やり押さえつける。

セイバーは剣を振るう度に膨大な魔力を放出しており、それが物理的な破壊力を以て周囲の地形を抉っている。

そんな中に飛び込もうとするなんて、土石流を裸で泳ぐようなものだ。ただの一般人でしかない立香では忽ちの内に五体をバラバラに裂かれてしまうだろう。

 

「毅然としなさい! あなたはあの娘のマスターで、あの娘はあなたのサーヴァント。あの娘がどうして戦っているのか、どうして戦えるのか、分からないなんて言わせないわ!」

 

マシュが目の前で傷つくことへの恐怖と不安で震える立香に対して、半ば自分にも言い聞かせるかのようにオルガマリーは叱咤する。

自分と彼女は友人と呼べるような間柄ではないが、それでもマシュが心優しく争いを好まない性格であることくらいは知っている。

誰かを本気で怒る事、怨む事ができない娘だ。武器を持って戦うなんて恐ろしい真似は本来、できない娘だ。それでもこの場に立っているのは、彼女が彼を守りたいと思っているからだ。

彼の目をそこから背かせてはならない。悲痛な思いで盾を振るう未熟な英霊の思いを、決して蔑ろにしてはならない。

 

(……と言っても、こっちももう限界……障壁はルーンで何とかなるけど、援護が……)

 

セイバー相手に素人のマシュが辛うじて食い下がれているのは、彼女と融合している英霊が守りに秀でた人物であるところが大きい。

逆に言うと攻め込む際にどうしても決め手に欠ける。オルガマリーは出来得る限り魔術で彼女の肉体を強化してみたが、それも焼け石に水であった。

そもそも自分が死ぬ前の一度目の戦いの際は、キャスターがいた状態で自分の援護と立香の令呪も用いて何とか五分の勝負に持ち込めていた。

それが欠けている今の状態では、どうしても押し返すことができずマシュばかりが傷ついていく。

暗闇の空洞に響き渡るのは、剣戟の音と少女の悲鳴。

叩きつけられる漆黒の聖剣は、懸命な思いで受け止める少女から少しずつ気力を奪い後ろへと追いやっていった。

完全に気持ちが負けてしまっている。

言葉を発さず、人の形をしていないエネミーとは異なる、明確な敵意や殺意をもって襲い掛かってくる人型。

自分と同じ姿をしたものから、全く異質な感情を剥き出しでぶつけられる恐怖。

戦場になど出たことがないマシュには初めての感覚のはずだ。セイバーの――アーサー王が発する気迫に完全に呑まれてしまったマシュは最早、盾を持ち上げていることすらやっとの有り様だ。

 

「どうした、守っているだけか!? 前に出ては来ないのか!?」

 

大上段から振り下ろされた聖剣が、マシュの大盾を震わせる。

大振りで隙だらけな攻撃だったが、マシュには反撃に転じる余力がない。唇で腕の痺れと痛みを噛み潰しながら、乱れた呼吸を整えることすらできなかった。

その様を目にしてセイバーは落胆とも取れる眼差しを向けると、静かに剣を下ろした。

戦意が消えたのではない。全身に纏う死の気配は未だに自分達を捉えて放さない。

盾の騎士を見下ろす視線には失望と諦観、そして得体のしれない執着にも似た怪しい気が交じり合っていた。

その眼は語っていた。お前の力はその程度なのかと。

その剣筋は滾っていた。お前の覚悟はそこまでなのかと。

ならば、ここまでだと無言の判決が下される。

下ろした剣を両手で構え直し、威圧するが如き眼力と共に魔力が猛る。

様子見を終え、いよいよ向こうは本気でこちらを潰しにきたのだ。

これより繰り出されるは英霊にとって最大最強の一撃。

英霊にとって生前に築き上げた伝説の象徴であり、物質化した奇跡。言うならば切り札。

宝具(ノーブル・ファンタズム)

それは時に武器であり、時に技であり、時に武功が形となったもの。

アーサー王にとっては手にした剣が正にそれだ。

そこに凝縮されていっているのは、空間すら捻じ曲げるほどの膨大な魔力。刀身は夜空よりもなお暗い輝きを放ち、直視したことで背筋に凄まじい悪寒が駆け抜けた。

小手先など通じない、圧倒的な力がそこにはあった。覆しようのない死の運命が目の前で鎌首を上げようとしていた。

 

(くる……アーサー王の聖剣……チャンスはここしかない。これを防げなきゃ……殺される……)

 

堕ちた聖剣。その剣閃と輝きは嫌でも目に焼き付いている。

あれを喰らえばそこで終わる。

あれを受け切れねばここで終わる。

折角、機会を得た二度目の生。未だ、これが夢か真かも定かではないが、その偶然と幸運すら無慈悲に刈り取らんとする圧倒的な暴力が眼前に迫る。

ここでは終われないと、オルガマリーは静かに拳を握り締めた。

チャンスを掴んだのだ。

今まで生きてきて、一度だってなかった成功のチャンスを、自分は得たのだ。

後悔ばかりの人生をやり直す機会を得たのだ。

だから、こんなところでは終われない。

宝具が来る。

聖剣が輝く。

それがどうした。そんなものは以前にも目にしている。

あの輝きでマシュの盾は陰らない。

その暴威は彼女の護りを砕けない。

やり直す前のセイバーとの戦いは、正にこの瞬間から逆転が始まった。

マシュが宝具でセイバーの聖剣を受け止め、耐え切った直後にキャスターが反撃してセイバーを倒したのだ。

今回も同じように、宝具使用後の硬直を突く。そうしなければこちらに勝ち目はない。

何かを察したのか、マシュが指示を仰ぐようにこちらを見やる。

互いの視線が交差したのは一秒にも満たない一瞬。だが、それだけでこちらの意図は伝わった。

静かにマシュは頷くと、迫りくる脅威を迎え撃たんと盾を構え直す。

呼吸を整え、眼は逸れる事なくセイバーの動きを睨みつけていた。嫌でも緊張と恐怖は伝わってきたが、彼女の覚悟は決まっていた。後は、こちらの準備だ。

 

「藤丸、合図したら令呪を使って」

 

セイバーに悟られぬよう、声を押し殺して立香の耳に囁きかける。

 

「使うって……どうやって?」

 

「右手に意識を集中して、サーヴァントに命令すれば良いの。『跳べ』でも『殴れ』でもいいわ。単純な方が伝わりやすいから」

 

令呪はサーヴァントを戒めるためのものだが、使い方次第では命令の強制以外にもサーヴァントの行動を補助したり純粋な魔力リソースとして利用することもできる。

令呪とマスター、そしてサーヴァントの魔力で可能な範囲でならば限定的な空間跳躍といった奇跡すら行使可能だ。

未熟なサーヴァントに素人のマスター、それ以下のできそこないのマスターである自分達にとっては最後の手段にして切り札である。

セイバーの宝具は破格のものだが、あれだけの魔力を放出すれば必ず隙が出来る。その瞬間に令呪の魔力でマシュを至近距離まで転移させ、セイバーが態勢を立て直す前に叩き潰すのだ。

 

(マシュ……お願い……)

 

こちらが固唾を飲んで見守る中、その瞬間は遂に訪れた。

膨れ上がった破壊の衝動。黒く、なお深く輝く闇の極光が解き放たれようとする刹那。

前回はただ見守ることしかできなかった。だが、今度は違う。

自分はマシュがあの宝具に耐えられることを知っている。

例えキャスターがこの場におらずとも、必ず勝機はやってくると信じている。

 

「卑王鉄槌――――」

 

臨界まで達した魔力の余波で周囲の瓦礫を砕きながら、騎士王は自らの聖剣の真名を開放する。

対するマシュも自身の切り札である仮想宝具の名を紡がんとした。

振り抜かれた聖剣の一撃を迎え撃たんと、持てる限りの力と勇気を総動員して、あの重い盾を振り上げる。

 

「宝具……てんかっ――」

 

瞬間、飛来した黒い物体がマシュの顔面に直撃した。

高らかに叫ばれんとした宝具の名が途切れ、衝撃でマシュの体がバランスを崩す。

 

「マシュ!」

 

「そんな、瓦礫を蹴って!?」

 

マシュが宝具を発動しようとした瞬間、セイバーが足下に転がっていた岩を蹴り上げてマシュにぶつけたのだ。

もちろん、デミサーヴァントであるマシュがそのような攻撃で傷つくことはないが、戦いの素人である彼女の機先を制するには十分であった。

予想外の事態にオルガマリーの気も動転する。

こんなことは前回の記憶にはなかった。

騎士王は正々堂々と、真正面から宝具をぶつけ合って敗れたはずだ。

 

「ふん……浅はかだぞ魔術師(メイガス)。お前達がこの瞬間に何かを企んでいるのなら、それに乗ってやる道理などない」

 

「っ……」

 

「そして、今こそ極光は反転する!」

 

油断も慢心も微塵も持ち合わせず、どこまでも非情に騎士王は判決を下す。

出鼻を完全に挫かれてしまったマシュは、すぐに宝具の再発動の準備に入るが、とても間に合いそうにない。

無慈悲に、残酷に、堕ちた聖剣の輝きが視界を埋め尽くした。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!」

 

一瞬、音すらも飲み込まれる。

何もかもが静止した無音の世界。ただ黒い光だけが全てを焼き尽くす。

盾を構え直すこともできず、無防備なまま光に飲み込まれていく少女の姿を目にして、オルガマリーは無意識に手を伸ばしていた。

喉の奥から絞り出した叫び声さえかき消され、自分が泣いているのかも定かではない。

ただ、背負いきれない罪がまた一つ、自らに課せられたことにオルガマリーは震えを禁じ得なかった。

自分の判断ミスで一人の少女を死なせてしまった。その事実が重く圧し掛かり、知らず知らずの内に地面に膝をついてしまった。

 

「……っ……あぁぁっ……っ!?」

 

やがて、光が収束して聖剣を構えたセイバーの姿が露となった。

彼女の眼前、振り下ろされた聖剣の斬撃は地面を痛々しいまでに削っており、肉片も鎧の欠片すらも残っていない。

破壊の嵐は立ち塞がった全てを悉く削り潰し、その熱量で以て全てを焼き尽くした。生身でそれに耐えられる者などいるはずがない。

今、この世からマシュ・キリエライトという存在が完膚なきまでに消え去ったのだ。

目の前が真っ暗になったかのような気分だった。

カルデアの職員、47人のマスター候補。あの爆破工作で多くの犠牲が生まれたが、それは全て己の与り知らぬ内に起きた事。しかし、マシュの死は徹頭徹尾が自分の責任だ。

自分の判断で死地に追い込み、自分の浅はかな作戦の果てに命を果てた。これを必要な大義であるなどと嘯けるほど、オルガマリーは非情に成り切れない。

傍らから少女の苦悶が聞こえたのは、正にオルガマリーの心が絶望に屈しようとしたその時であった。

 

「……っ!? マシュ!?」

 

見下ろした先、藤丸立香の腕の中に彼女はいた。

たった今、黒い光に飲み込まれたはずのマシュがそこにいた。

全身は隈なく傷だらけで、左半身に至っては大きな火傷を負ってはいたが、確かに彼女はそこにいた。

 

「……ぅ……っ……すみま……せん……」

 

苦痛に喘ぎ、痛みに震えながら、マシュは立香の腕に縋り付いた。

握り締められた白い服が歪み、露になった立香の右手の甲からは令呪が一画、消失している。

マシュが聖剣の光に飲み込まれる直前、咄嗟に令呪を使って彼女を退避させたのだ。

恐らくはギリギリの瀬戸際だったのだろう。ほんの一瞬でも判断が遅れていれば、マシュは助からなかったかもしれない。

その事実にオルガマリーは恐怖を覚える。

彼女の生存に安堵するよりも、彼女の死を前にして何もできなかったことを後悔する。

所詮、自分には何もできないのだと改めて突き付けられたかのような気持ちだった。

 

「躱したか……だが、所詮は僅かな延命に過ぎぬ」

 

極大の一撃で仕留め切れなかったことに対して、何の感慨も抱かずに淡々と騎士王は構え直す。

これはセイバーにとって作業なのだ。自分達は覇を競い合う敵対者ではなく、ただ眼前に現れた目障りな虫に過ぎない。戦いの土俵にすら立てていなかったのだ。

 

「この一振りで、無に帰すがいい……」

 

再び極光は反転する。

極彩色よりもなお鮮やかな黒が、全てを飲み込まんと唸りを上げる。

濃縮していく魔力が大気の逆流を引き起こし、巻き上げられた砂や石が渦を巻く。

空間すらもその悍ましき光に酔い痴れ震えていた。

この一撃で以て全てが終わる。そう予感させる断罪の輝きであった。

だが、輝きが臨界に達する直前になってセイバーは動きを止めた。

獣の唸りが聞こえたのだ。

聞き覚えのある叫びだった。

腹の底から震え上がる、凶獣の咆哮。

立ち塞がる何もかもを破壊しながら突き進む生きた災厄。

巨大な黒き鋼の巨人。

刹那、轟音が大空洞を震わせた。

 

「■■■■■■■!!!!」

 

分厚い岩盤を粉砕し、狂える巨人が咆哮を上げる。

バーサーカーだ。

アーチャーと共にキャスターと戦っているはずのバーサーカーが、大空洞の横壁を突き破って姿を現したのだ。

 

「バーサーカー!? そんな、キャスターは!?」

 

言うまでもない。キャスターは足止めの為に結界を張っていた。彼が倒されない限り、何人であろうともその壁を乗り越えてここに辿り着くことはできないのだ。

あの規格外の巨人と得体のしれない弓兵、二人を同時に相手取ることがどれほど無謀であったか、分かり切ったことであった。

 

「■■■■■■■!!!!」

 

巨人が吠える。

バーサーカーはこちらに目も暮れなかった。

怒りに任せて吠え猛り、壁や地面を出鱈目に砕きながら一直線にセイバーへと向かっていく。

その疾走はただ踏み込んだだけで地面が陥没し、音速を超えた巨大な肉塊が隕石のように騎士王の体躯目がけて落下した。

如何にセイバーが強力な英霊といえど、直撃を受ければ塵も残らず粉砕されるであろう一撃だ。

振り抜いた斧の一振りは、まるで爆撃機による絨毯爆撃の様相を呈していた。

 

「――っ!」

 

迎え撃つセイバーは、即座に切っ先を迫りくる巨人へと向ける。

最早、爆発としか形容ができないバーサーカーの一振り。文字通り、己の筋肉を引き千切りながら繰り出された一撃とセイバーの暗黒に輝く聖剣が真正面から激突する。

明らかにセイバーの方が分が悪い。狂化の恩恵もあり、バーサーカーは自壊すら省みる事無く全開の一撃を繰り出すことができる。

我が身すら犠牲にしたその一撃はセイバーの聖剣をも容易く粉砕するほどの威力を秘めているだろう。

その思った刹那、聖剣の輝きが増した。

まるで噴射するかのように迸る黒い魔力。

一瞬の鍔迫り合いの瞬間を見計らって放たれた更なる一手は、両者の膂力の差を補って余りある突進力をセイバーへと与える。

宙を舞う肉塊。

巨大な斧は無残にも叩き折られ、地に伏していたのはバーサーカーの方であった。

 

『魔力放出か!? でも、さっきまでとは出力が段違いだ!』

 

「そんな!? それじゃ、これまで手を抜いていたというの!?」

 

セイバーの攻撃を解析したロマニの言葉に、オルガマリーは半ば八つ当たりするかのように叫び返した。

目の前で繰り広げられる激闘は、先ほどまでのマシュとセイバーのやり合いとは比較にならない激しいものであった。

聖剣の黒い光が迸る度に、地面が抉れて大空洞の壁が振動する。

その迸る光の全てがAランクを遥かに上回る破壊力を秘めた威力を持ち、下手に巻き込まれようものなら跡形もなく消し飛んでしまうだろう。

対してバーサーカーは得物を失ってもなお、戦意は衰えず怒りを滾らせる。

狂気に身を任せ、咆哮を上げながら破壊の光に突貫。その身を焼かれながらも構わず直進、セイバーを仕留めんとする。

胸を裂かれ、腕を折られ、首の骨を断たれようとバーサーカーの歩みは止まらない。何らかの再生能力でも有しているのか、傷ついた端から傷が塞がっていく。

咆哮。

粉砕。

疾走。

荒れ狂う巨人と堕ちた騎士王。

まるで神話から切り取ったかのような光景に、オルガマリーは言葉を失った。

自分はいったい、何を見ているのだろうか。

まるで地獄の蓋が開いたかのような光景だ。こんな恐ろしい出来事はやり直す前の最初の戦いには存在しなかった。

両者の戦いはあまりにも次元が違い過ぎる。

とてもではないが、自分達が敵う相手ではない。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!」

 

三度、極光が反転する。

謎の再生能力故に切り合いでは決着がつかないと考えたのか、セイバーが宝具を解放したのだ。

叩きつけられた聖剣の輝きに陰りはない。受け止めた肉塊を容易く焼き焦がし、熱した鉄のように溶断していく。

勝負は決まった。誰もがそう思った。しかし、真の恐怖はここからだった。

聖剣が光を発するなら、巨人は咆哮する。

痛みに耐え、苦しみに耐え、自らを焼く熱量に耐える。

急速に膨れ上がる筋肉に呼応し、焼き焦がされた肉体が回復していく。

その身に聖剣の刀身を飲み込みながら、バーサーカーは残る全ての力を振り絞ってセイバーを拘束したのだ。

脱するためには聖剣の光を収めなければならないが、そんなことをすればバーサーカーの疾走を許すことになる。かといって、このままではバーサーカーから逃れることはできない。彼は肉体の内側を聖剣で焼かれながらも歩みを止めることはない。

ならば、どうするか。

今の全力を以て倒し切れぬ巨人を前にして、堕ちた騎士王は如何なる策を弄するか。

そんなものはない。

策など無用。

全力で倒せぬのなら、その全力を更に上乗せするだけのこと。

 

『セイバーの魔力反応増大! これは……大聖杯の魔力が流れ込んでいるのか!』

 

「光が増して……宝具を……もう一度……」

 

連続で焚かれたフラッシュの光のように、黒い輝きが視界を焼く。

これもまたオルガマリーは初めて見る光景であった。同時に己の短慮さを痛感する。

セイバーは大聖杯という要地を押さえていた。ならば、こういう手段を取れることも考慮に入れておくべきだったのだ。

大出力攻撃は連発できない。だが、十分な量の魔力を確保できるのならその限りではないのだ。

発射後の隙を、宝具の連発でフォローする。馬鹿馬鹿しいまでにまっすぐで豪快な対処法だ。

仮に予定通りマシュが宝具で対抗したとしても、これでは立香が令呪を使う前に二射目を放たれて押し切られていたかもしれない。

 

「そんな……無理よ……勝てっこないわ……」

 

断末魔の叫びを上げながら、バーサーカーの体が光に呑まれ消滅していく。

手の付けられない災厄の権化が消えていく姿を見て、オルガマリーの心はとうとう限界を振り切れた。

あまりにも圧倒的なセイバーの暴力。レイシフトの直前に抱いた仄かな奮起も細やかな克己も何もかもが意味を成さない無慈悲な災禍。

運命は覆すことができず、それどころか更に悲惨な形になって巡ってきた。

ここで自分達は騎士王に殺されるのだ。

あの禍々しい聖剣で、無造作に首を撥ねられるのだ。

何もできないまま、誰にも認めてもらえないまま、またしても無残に命を散らすのだ。

 

「所長!」

 

そばにいるはずの立香の声が、何故だかとても遠くに聞こえた。

返事をしなければ。

自分が指示を下さなければ。

そう思ってはいても、気持ちがそれについていかない。

最早、オルガマリーに他人を気遣っている余裕はなかった。

自分の周りに誰がいるのか、自分がどこにいるのかさえ定かではない。

頭の中で自分が殺される姿が何度も思い浮かび、抑制の利かない感情が堰を切ったかのように溢れ出してくる。

 

「いや……」

 

「所長!」

 

「いや……来ないで……誰か! 助けっ……!」

 

みっともなく地べたに転がりながら、オルガマリーは逃げ出した。

恐怖に背を向けて、庇わねばならない部下から目を逸らして、自分が背負わねばならない全てから逃げ出した。

一秒でもここに留まることが怖かった。

目の前の死の具現と対峙することが怖かった。

勝てない。

敵わない。

倒せない。

殺される。

死ぬ。

死。

死。

どんどんと感情が削ぎ落されていき、最後には死への恐怖だけが残ってオルガマリーの体を突き動かす。

 

「駄目だ所長! そっちは!」

 

背後から立香の呼び止める声が聞こえたかと思うと、黒い影が目の前に立ち塞がった。

見上げた先にいたのは、黒い聖剣を下げた鎧騎士。

バーサーカーの骸が消滅したのを見届けたセイバーが、こちらにとどめを差すために回り込んだのだ。

 

『まずい! 藤丸くん、マシュ、所長を!』

 

端末越しにロマニの悲痛な叫びが木霊する。

しかし、立香もマシュも動くことはできなかった。

ただの人間である立香にできることなど何もなく、マシュもまだ聖剣によるダメージが残っていて立ち上がることが出来ない。

この瞬間、無力なオルガマリーを守れる者は誰一人としていなかった。

 

(いや……いや……死ぬのは嫌……殺されるのは嫌……嫌だ……もういや……もう死にたくない。あんな目にはもう合いたくない。死にたくない……死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死死死しししし…………)

 

一度目の人生で、カルデアスの炎に投げ込まれた際の光景がフラッシュバックする。

何度、記憶に蓋をしても不意に蘇る死への恐怖。

生きたまま魂を焼かれる苦痛。

気が狂わない方がどうかしている。

オルガマリーは錯乱のあまり声にならない奇声を発しながら、闇雲に手にした石ころを投げつけてセイバーから逃れようとした。

最早、恥も外聞も関係がなかった。

みっともなく震えながら、来るはずのない助けを求めて声を上げる。

そんな彼女に向けて、残酷な一振りが前触れすらなく振り下ろされた。

脳天に迫る黒い刀身。

迂闊にも正面から見据えてしまったオルガマリーの意識は、極限状態にまで至って過剰なまでの脳内麻薬を分泌する。

一秒にも満たないはずの時間が、何万倍にまで引き延ばされた。

まるで映画のコマ送りのように、躱しようがない斬撃がゆっくりと迫ってくる。

実際には刹那の一瞬。

このまま、一息の間もなく自分は殺されるのだ。

その運命は覆らない

         /死にたくない。

手を差し伸べてくれる者などいない

                /死にたくない。

何度やり直そうと、繰り返そうと、己に掴めるものなどない

                           /それでも――

決して誰からも認められない

             /だとしても――

だから、全てはここで終わるのだ

               /こんなところで、終わりたくない。

               /自分はまだ、何も成していないのだから。

 

「いやぁっ! 誰か助けてぇっ!!」

 

熱がこもる。

痛みが走る。

額を中心に、全身が隈なく激痛に苛まれる。

駆け抜けているのはこの身を焦がす炎。

魂を焼き切るほどの熱量が、魔力と共に出口を求めて体中を駆け巡った。

光が灯る。

一画。

二画。

三画。

右手の甲に、全ての熱が集中する。

直後、オルガマリーの視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

セイバーの手にした聖剣がオルガマリーに向けられる光景を、立香は無力感を噛み締めながら見つめていた。

ほんの数時間前までただの一般人であった自分にできることなど何もない。

レイシフトに特異点、そしてサーヴァント。次々と起こる不可思議で奇妙な出来事を目のあたりにして正気を保つのが精一杯だ。

正直に言って、オルガマリーがリードしてくれなければもっと早くに取り乱していたかもしれない。

だから、強いリーダーシップを発揮していた彼女があんなにも取り乱してしまうほど恐怖に震えているのに、何もできないことが堪らなく情けなかった。

悔しくて奥歯を噛み締めた。

女の子一人、守ることも励ますこともできないなんて。

自分にもマシュやキャスターのように戦う力があればと思わずにはいられなかった。

その時だ。自分が抱き抱えていたマシュの足下に転がっていた盾が、淡い光を放ち始めたのは。

 

「先輩、盾が……」

 

苦し気に半身を起こしたマシュが、燐光を放つ盾に手を触れる。すると、光は更に強さを増していき、明滅する渦となって盾の上空に舞い上がった。

 

『何だ、無記名(ブランク)の霊基グラフに反応が…………これは……いったいどういうことだ!?』

 

「ドクター、いったい何が……」

 

『ボクにも分からない。けど、これは……パスが繋がっているのか……所長に!?』

 

困惑するロマニを尻目に、光の渦が収束する。

オルガマリーの叫びが木霊したのはその直後であった。

 

 

 

 

 

 

空を切る音が聞こえる。

鋼と鋼がぶつかり合い、悲鳴のような音が響く。

どこからか飛来した幾本もの短刀が、振り下ろされたセイバーの聖剣を僅かに弾いて軌道を狂わせたのだ。

同時にそれは砂塵を纏ってオルガマリーのもとへと駆け寄ると、剣筋が乱れたことで乗じた僅かな隙を突いてセイバーの脇腹に痛烈な強打を叩き込み、その反動を利用してオルガマリーの体を無造作に引っ張り上げた。

 

「っ――!?」

 

追撃を仕掛けようとしたセイバーに向けて、更に短刀が投げ放って動きをけん制する。

そのままオルガマリーを抱え上げた黒い何者かは跳躍し、蹲っている立香とマシュの側へと着地した。

 

「ほう……面白い」

 

いち早く事態を把握したセイバーが口角を釣り上げる。対してオルガマリーは目の前で繰り広げられた一瞬の攻防に目を丸くしていた。

完全に自分の理解の範疇を超えてしまい、意識がついていかない。

自分は確かに殺されるはずであった。

セイバーの黒い聖剣を、無慈悲に受け止めて絶命するはずであった。

だが、自分はまだ生きている。

生存している。

彼が助けてくれたのだ。

黒衣を纏い、髑髏の面をつけたサーヴァント。

自分は彼を知っている。何しろ、この特異点に来ていの一番に殺されかけたのだから。

ただ、その佇まいは自分が知るそれとは趣が違った。

全身に影を纏っていることに変わりはないが、敵意は一切感じられない。それどころかこちらに背を向けて庇うように立ち、油断なくセイバーへと視線を向けている。

額の魔術刻印が痛いくらい熱を持っていることに、今更ながら気が付く。

全身の魔術回路から汲み上げられた魔力は、そこを基点としてあらゆる神経を駆け巡り、右手の甲へと集中している。

そこにあるのは色を持たない不可思議な紋様。令呪のようでありながらその役割を果たさなかった奇妙な痣。

それが今、眩しいくらい光輝いている。

まるで溶かした鉄を流し込まれたかのように、注がれた魔力によって白光を発している。

その内の一画が溶けるように消えていき、目の前に立つサーヴァント――否、その影ともいうべき存在へと流れていった。

 

『霊基グラフ解析。この反応は……クラスはアサシン! 暗殺者のサーヴァントだ! でも、普通の召喚と違うぞ……これはシャドウサーヴァントか!?』

 

召喚者の実力不足や儀式の不手際から生み出された英霊の残滓。或いは英霊になり損なった影。それがシャドウサーヴァント。だが、目の前にいる彼がそれとは明確に違うことにオルガマリーは気づいていた。

シャドウサーヴァントは不安定で曖昧だが、彼は確固たる存在としてこの場に現れている。この身が楔となって彼とパスが繋がっているからだ。

同時に彼との繋がりが加速度的に小さくなっていっていることにも気が付いた。長くはこの場に留まることはできないと、理屈ではなく本能的に理解する。

 

「あなたは……私のサーヴァントなの?」

 

恐る恐る、オルガマリーは問いかける。

その言葉に対して、アサシンは無言で頷いた。

交わすべき目も答えるべき声も持たない仮初の存在。

意思はあっても自我はない人形。

英霊召喚と呼ぶにはあまりにも歪な儀式。

言うならばこれは仮初の従者(テンポレェリィサーヴァント)

本来ならば有り得ない、二度目の生を得たオルガマリーが手にした、彼女だけの力であった。




はい、というわけで3話です。
本当は決着までもっていきたかったけど、長くなったのでここまでです。
我ながら書いていて、どうしてここまで敵がインフレするんだろうと思う今日この頃です。
最後に登場した謎能力については次回に持ち越しです。
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