Fate/Start Over 星譚運命再度カルデアス   作:ていえむ

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第4話 私だけの英霊

人類史に刻まれた偉人や英雄を、サーヴァントとして召喚し使役する儀式英霊召喚。その中には本流から外れた例外も存在する。

例えばマシュのように英霊と人間の融合により、英霊の力のみを手に入れんとしたデミサーヴァント。

英霊と似通った魂を依代として、肉体に憑依する形で顕現する疑似サーヴァント。

儀式の失敗や召喚者の力量不足から不完全な召喚となったシャドウサーヴァント。

それらは本来のサーヴァント――英霊の偽らざる姿から僅かに離れた傍流の如き存在。

しかし、オルガマリーがたった今、召喚したサーヴァントはそのどれとも違った。

何かを依代とした訳ではない。その肉体は指先に至るまでエーテルで構成された正真正銘のサーヴァント。またシャドウサーヴァントのような不安定さもなく、確かな存在として目の前に顕現している。

マスターの権限として読み取れるサーヴァントのステータスからは、欠けているものや歪んでいる要素は何も認められない。カルデアの測定器を持ってしても、彼は確かに正規のサーヴァントであると判定を下された。

それでいて自我を持たず、言葉を発さず、人形のように動かない。指示を与えれば、或いは必要に駆られれば自己判断で機敏に動くのに、何もしなければ木偶のように大人しい。

言うならば英霊の魂を宿した人形。英霊が光を当てられたことでこの世界に産み落とされた影。

偽りでなく、かといって本流とも言えぬ外法。

故に仮初。

サーヴァントの影法師。

それこそがオルガマリーが土壇場で掴み取った秘術であった。

 

(戦える……何がどうなったのかは分からないけれど、このサーヴァントが私のものだってことは分かる)

 

実感はまだ湧かず、仕組みも分からない。こんな信頼のできない秘術に頼るなど、平素ならば決してしなかっただろう。

だが、今のオルガマリーは舞い上がっていた。自分には叶わないものと思い込んでいたレイシフト適性とマスター適性。歪な形とはいえ、その二つが今、手に入ったのだ。

ならば、恐れるものなんてもう何もない。

この場で騎士王を打倒し、特異点を修正してカルデアへと帰還する。

自分がするべきことは、ただそれだけだ。

 

「いきなさい、アサシン!」

 

高々に、オルガマリーは宣言する。万感の思いが込められた命令は、違う事無く己がサーヴァントへと伝わり、アサシンは音もなく大空洞の地下を疾走した。

手には構えた数本の短刀。それを牽制として投げ放ち、セイバーの気を引きつつ自身は砂煙の中へと消える。

常人ではとても目で追えないスピードだ。重い盾を持つマシュや魔術師であるキャスターとも違う。

身軽で一撃必殺の暗殺を得手とする、アサシンならではの敏捷性。

凄腕とはいえセイバーは騎士だ。あの大振りの聖剣を振るっていては、アサシンのスピードに対応できないはず。

 

「……!」

 

油断なく剣を構えたセイバーが、周囲の闇に溶け込んだアサシンの行方を追う。

その時点で既に手遅れだ。

とっくにアサシンは思考の欄外、セイバーにとっての死角に潜り込んでいる。

次々と投擲される短刀は全てが牽制にしてブラフ。

時に頭上から、時に背後から、手足射抜かんと放たれたそれに対応することで、セイバーはアサシンにとっての必殺へと誘導されていく。

気が付けば構えは乱れ、動きが止まり、隙が生まれる。

その瞬間を暗殺者は逃さない。

闇から這い出し、無防備な頸椎目がけて手にした短刀を一閃する。

躱しようがない、至近距離からの奇襲。

取った、と誰もが確信した。

 

「ふんっ!」

 

次の瞬間、爆発染みた魔力の放出が大気を震わせ、髑髏の暗殺者は宙を舞っていた。

 

「……え?」

 

場違いなまでに間の抜けた呟きだった。

それくらい、オルガマリーは目の前で起きた出来事が信じられなかったのだ。

必殺のはずだった。

必勝のはずだった。

普通ならば絶対に対応ができない一撃だ。

態勢を崩した上で攻撃を誘発し、その隙を突く。

セイバーは成す術もなく首を落とされ、それで全ては終わるはずだった。

だが、実際に倒れているのはアサシンの方だ。

セイバーは攻撃される直前に手足から魔力を放出し、その勢いを利用して強引に剣を振りかぶったのである。

当然のことながら、人体の構造を無視した動きはセイバーの骨格にも多大な負担をかけるが、それでも構わずアサシンの頭蓋を叩き割った。

恐るべきは勝利への執念。

傷つく事も厭わず、己が体も省みず、ただ勝つべくして勝つ。

正に嵐の王に相応しい所業だ。

 

「どうした、それで終わりか?」

 

片手に持ち直された聖剣の切っ先がこちらに向けられる。

慌てて振り返るも、既に力を使い果たしたアサシンは光の粒子となって消えてしまい、呼びかけても返事がない。

完全に消滅してしまったのか、令呪を通じて繋がっていた魔力のパスも感じ取ることができなかった。

 

「なによ、てんで弱いじゃない! 守ってくれるんじゃなかったの!? 私のサーヴァントなんでしょ!」

 

大空洞の天井に、虚しい叫び声が木霊した。

真っ向勝負ではアサシンはセイバーに敵わない。それは分かり切ったことではあったが、今のオルガマリーはそこまで気が回らず、今はもういない暗殺者への怒りを叫ばずにはいられなかった。

そうやって虚勢を張らなければ、恐怖で押し潰されてしまうからだ。

絶体絶命の状況で助けに来てくれたからこそ、期待も大きかった。それが裏切られたからこそ失望も大きく、改めて突き付けられた死の恐怖がより鮮明さを増したのだ。

 

「ひぃっ!」

 

恐怖で顔を歪ませながら、みっともなく後退る。

逃げなければならない。

もっと遠くに。

あの聖剣が喉元に届かぬよう、少しでも遠くに。

だが、人間の身体能力ではとてもではないがサーヴァントから逃れることはできない。

誰でもいい、あの黒い騎士王を足止めして欲しい。

両足を針のように地面に縫い留め、動けなくして欲しい。

オルガマリーは願い、無我夢中で地面を蹴った。

その時、再び痛みを伴う熱が全身を駆け巡った。

燐光が右手から発せられ、自分の中から大きなものが抜け落ちたかのような錯覚を覚える。

同時に頬の間近を何かがすり抜け、背後から苦悶の声が聞こえた。

 

「あ、あなたは……」

 

目の前に立っていたのは、外套を纏った弓兵だった。

その姿は市街でバーサーカーと共に自分達を強襲した、あのアーチャーと瓜二つである。

纏っている外套も、手にした武器も、発している魔力も、何もかもが同じ。だが、決定的に違うものが一つだけあった。

彼が、味方だということだ。

 

「今度はアーチャーを召喚したか」

 

足に刺さった矢を強引に抜きながら、セイバーは聖剣を構える。

同時にアーチャーは弓を放り捨て、両手に陰陽の夫婦剣を構えて突貫した。

瞬きの後に激突する三つの鋼。

剛腕を以て真正面から叩き伏せようとするセイバーと、巧みに受け流しつつ必殺を狙うアーチャー。

先ほどのアサシンと違い、アーチャーは三騎士クラスなだけあって一撃で叩き伏せられるようなことはない。

ステータスの差は如何ともしがたいが、それでも致命傷を避けつつ有効打を当てていく。

しかし、浅い。

まるで打ち込まれる場所が分かっているかのように、セイバーは適確な体捌きでアーチャーの太刀筋を無力化する。

時に膂力の差を、時に得物のリーチの差を活かして、剣を鎧で弾きそれ以上は喰い込ませない。

そうして繰り広げられる激しい剣戟の嵐は、まるで一つの音楽のようであった。

 

『霊基パターン、市街で交戦したものと一致。間違いない、あの時のアーチャーだ』

 

解析結果を伝えてくれるロマニの声が、どこか遠くに聞こえた。

窮地をアーチャーに救われ、その場で呆然と立ち尽くしたままのオルガマリーは目の前の光景を傍観しつつ己の右手の甲に触れる。

なぞった傷痕は二つ。

最初にアサシンが召喚された時に消えた一画。そして、たった今、アーチャーを召喚するのに用いた一画。

少しずつ分かってきた。

この令呪はサーヴァントの影を召喚する。

一度の召喚につき一画。令呪と魔力を代償として僅かな時間だけ、仮初の英霊をこの世界に呼び出すのだ。

自我も心も持たない、英霊としての経験と技術のみを有した人形。

虚構より確かで、実存よりも不確かな仮初のサーヴァント。故に影。

サーヴァントの影法師だ。

 

(一度目は無我夢中だったけれど、二度目は私がセイバーの足止めを願ったから、アーチャーが召喚された。なら……)

 

もしも、セイバーの打倒を願えば誰が召喚されるのだろうか。

ふと目に入ったのは、先ほどまでセイバーがバーサーカーと共に繰り広げていた戦闘の傷痕だ。

並のサーヴァントを遥かに上回る膂力と不可思議な再生能力。自分が知る中では最も強く厄介な英霊だ。

彼を呼び出すことができれば、セイバーを倒すことができるだろうか。

 

(いえ、それでも勝てない。勝てるビジョンが思い浮かばない……)

 

膨大な魔力にものを言わせた魔力放出と宝具の連射。あれに敵う英霊なんているはずがない。

バーサーカーでは駄目だ。あの騎士王に力押しで対抗してはならない。どんな英霊を呼び出そうと、真っ向から叩き伏せられるだけだ。

恐怖で足が竦み、無意識に抱き締めた自身の体は震えていた。その弱気が伝播したのか、セイバーと戦うアーチャーの動きにほんの少しの乱れが生じる。

その僅かな隙を見逃す騎士王ではなかった。迫る短剣を弾き、空いた僅かな隙間に上半身のバネだけで聖剣をねじ込んで蓄えた魔力を開放する。

 

卑王鉄槌(ヴォーディガーン)!」

 

迸る漆黒の魔力。

大気を巻き込み、局所的な刃の竜巻となった魔力の渦は、受け身をとったアーチャーの肉体をズタズタに引き裂いて遥か後方へと吹き飛ばした。

 

「アーチャー!?」

 

アサシンと同じように、力尽きたアーチャーも粒子と化して消滅した。

先ほどの焼き直し。しかし、二度も呆ける程、騎士王に慢心はない。

次なる影法師が呼び出される前に、その大本となるマスターを屠らんと、一直線にオルガマリーへ向けて疾走したのだ。

その一刀に炎の飛礫が降り注ぐ。

黒い輝きを放つ刀身で起こる、いくつもの小爆発。それによって勢いが少しだけ削がれた聖剣を、割って入った青いマントの青年が手にした杖で受け止めんとした。

 

「キャスター!?」

 

聖剣を受け止めたのは、アーチャーとバーサーカーの足止めを買って出たキャスターだった。

余程の苛烈な戦いだったのだろう。身に纏ったマントはボロボロで、体のあちこちに裂傷や火傷の跡が見て取れる。魔力もほとんど、枯渇しかかっているようだ。

そもあの二騎と戦って無事でいること事態が奇跡のようなものなのだ。そんな状態で騎士王の剣を受け止めればどうなるかは明白である。

杖は叩き切られ、胸元を深々と切り裂かれて鮮血が舞う。

成す術もなく地に膝をついたキャスターは、それでも最後の力を振り絞ってルーンを刻み込み、オルガマリーを連れて安全圏へと離脱した。

 

「っ……しくじったか……」

 

「キャスター、あなたそのケガ……なんて無茶を……」

 

「悪いな、何とかアーチャーは倒せたんだが、バーサーカーは逃がしちまった」

 

苦し気に吐息を漏らすキャスターの霊基は限界に達していた。

先ほどの一撃で霊核を砕かれており、そう遠くない内に消滅が始まるだろう。

これ以上の戦闘はもう不可能だ。

それでもキャスターは何とか立ち上がり、折れた杖を手にしてセイバーに向き直る。

傷ついた体で、戦えぬ者を守ろうと臆することなく足を踏み出すのだ。

 

「有象無象が……よく抗ったと褒めてはやろう。そして、これで終わりだ」

 

ともすれば意識を呑まれてしまいそうになるほど、濃密な魔力が聖剣に注ぎ込まれていく。

セイバーの宝具だ。勝利が約束されたあの聖剣を用いて、こちらを根こそぎ一掃しようというのか。

規格外のバーサーカーすら滅する暗黒の閃光。あれを許してしまえばもう防ぐ手立てはない。

何とかしなければならない。

打たれる前に、何か手を打たねばならない。

だが、どうすればいい?

残る令呪は一画。仮にバーサーカーを呼び出せたとして、彼が殺し切られる前にセイバーを倒せるだろうか。

迷いは隙を生む。

逡巡は判断を鈍らせる。

戦いにおいてそれは致命的な隙となり、取り返しのつかない悪手となる。

オルガマリーは魔術師であって戦士ではない。それは決して無理からぬことだ。

それでも今は己の迷いを呪わずにはいられなかった。

自分が何をすべきか判断がつかず、敵の宝具の発動を許してしまったことを。

 

「光を飲め……『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!」

 

もう何度も目にした黒い極光が視界を覆いつくす。

終わりだ。

こうなってしまえば、もう何もできない。何も間に合わない。

潔く絶望を受け入れてしまった方がきっと楽になれる。

それでいい。

所詮、自分には何もできないのだ。

誰に認められることもなく、見届けられることもなく、無残に時の挟間へと消えていくのだ。

そう思っていながらも、オルガマリーは後悔で歯を食いしばった。

最後の最後で目の前の理不尽を拒絶した。

その心の奥底にあったのは、たった一つの純粋な願いだった。

 

(死にたくない)

 

跪き、地に伏せながら涙を流す。

敗北を突き付けられて、理不尽に晒されて、これ以上はもう無理だと諦めもした。

それでも最後のその一線だけは受け入れられなかった。

あの魂すら焼き尽くすカルデアスの炎が、今も幻となってこの身を焼くのだ。

痛みすら殺す激しい炎。くべられた自身の存在なぞ、瞬く間に押し潰してしまう情報の渦。

流れ込んできた惑星の記憶に塗り潰されながら細胞の一欠けらまで燃やし尽くされたあの恐怖と絶望を、死の苦しみをもう一度でも味わうなんてご免だ。

だから、叫んだ。

声なき声で助けを呼んだ。

誰でも良いから、この絶望を払い除けて欲しいと。

 

 

 

 

 

 

目の前で少女が泣いていた。

目の前で彼女が屈していた。

目の前であの人が叫んでいた。

死にたくない。

帰りたい。

助けて欲しいと喚いていた。

己に課せられた使命も義務も放り投げて、ただ純粋に生還のみを求めていた。

それはともすれば自分勝手で横暴な願いとなるが、今の彼女を見て後ろ指を指すものはいないだろう。

死を前にすれば誰だって怖い。

何事もなく今日まで生きてきた平穏が、一瞬で奪われる恐怖に勝るものなんてない。

 

「…………っ!」

 

歯を食いしばり、右手で地面を掻き毟った。

許せるはずがなかった。

認める訳にはいかなかった。

彼女の頬を伝う涙を、必ず拭わなければならないと心が叫んでいた。

何よりも、こうなってしまったことを許してしまった自分自身が不甲斐なかった。

その思いを支えてくれた者がいた。

理不尽を前にした奮起に対して、絶望に前にした義憤に対して、一人の少女が寄り添い手を取った。

 

「マスター、いけます。ご指示を」

 

右手の甲に、少女の手の平が重ねられる。

一度は自分の方から手を差し出した。消えかけた命に寄り添う為にその手を交わした。

今度は逆だ。

尽きぬ闘志を更に奮い立たせんが為に、少女の方から手を差し伸べた。

この瞬間、二人の心は一つに繋がった。

目の前の理不尽を打破し、必ず生きて帰る。

その決意を胸に、少女は盾を構え、少年は右手を握り締める。

二人の目の前には、今にも黒い光に呑み込まれんとする少女の姿があった。

 

 

 

 

 

 

最早、絶対絶命の窮地。

何もかもがここで終わるデッドエンド。

地に伏したオルガマリーの心は絶望に沈み、指先一つとして動かせない。

しかし、それを許せぬものがいた。

彼女が最後に求めた助けを無視できない者達がいた。

 

「令呪を以て命じる……所長を守れ、マシュ!」

 

濃紺の甲冑を纏った少女騎士が、身の丈ほどもある大盾を振りかぶって躍り出る。

破壊の閃光はすぐそこまで迫ってきている。一歩間違えれば何もできずに呑み込まれてしまうほどの至近距離だ。

無論、少女には恐怖があった。だがそれは、己の死に対してではない。

戦いによって痛みを生み出す事。そして、何もできずに目の前で誰かが傷ついてしまうことへの恐怖だ。

その恐怖を飲み込み、少女は構えた盾を振り下ろす。

掲げるは人理の礎。

名も知らぬ英霊の力を仮想し、真名を偽装し、消えゆく命を守らんと少女は叫ぶ。 

 

「宝具、展開します……『人理の礎(ロード・カルデアス)』!」

 

宣言と共に顕現した光の壁が、間一髪で黒い魔力の奔流を受け止めた。同時に盾を構えたマシュが苦悶の声を漏らす。

壁は僅かに軋んでいるが、聖剣の光を受け止めても決して陰ることはない。だが、防ぎきれなかった僅かな熱が盾の内側にいるマシュの手を焼くのだ。

減衰されているとはいえ、サーヴァントを一撃で消し飛ばすほどの威力を秘めた宝具だ。その痛みは想像を絶するものがあるだろう。

それでもマシュの決死の覚悟は怯むことなく、痛みを堪えて光の向こう側にいる騎士王を睨みつけた。

 

「所長!」

 

「藤丸、あなた何て無茶を……」

 

駆け寄った立香に対して、オルガマリーは言葉を荒げる。

マシュは既にセイバーとの戦いで傷ついている。その上で令呪を使い、無理やり宝具を発動させているのだ。

当然のことながら、負担はマシュの体を容赦なく締め上げている。

今の彼女は外からの暴威と内側の消耗という二重の痛みに耐えながら盾を掲げているのだ。このままでは本当に死んでしまうかもしれない。

だが、それを否定したのは他ならぬマシュ自身であった。

懸命に盾を押さえながら、まるで自分に言い聞かせるかのように声を張り上げる。

 

「所長、わたしは大丈夫です! 必ず耐え切って……そして、みんなで……カルデアに…………」

 

「所長は俺達が守ります。だから、必ずみんなで帰りましょう」

 

立香は押し込まれそうになるマシュのもとに駆け寄ると、少しでも彼女の負担を減らさんと共に盾を支える。

ジリジリとその身を焼かれながら、少しずつ二人の足が地面を抉って後退していった。

その光景を目にした騎士王は光の向こうで静かに口角を釣り上げていた。

何かを期待するような眼差し。それが見つめるものは、絶望を前にして抗う事を止めない細やかな勇気。

何かを言わんとした騎士王は、しかし何も言わなかった。

ただ無言で、降り抜いた聖剣に更なる魔力を注ぎ込む。

忽ち、極光の輝きが増していった。バーサーカーを屠った時と同様に、宝具を連射したのだ。

先に放った魔力の奔流を呑み込みながら、二射目の光が盾にぶつかって空間そのものを歪ませるほどの暴力をまき散らす。

耐えられるものなら耐えて見せろと、言わんばかりの一撃だ。

堪らず、盾を支える二人は悲鳴を上げた。

 

「くああぁっ……か、重ねて命ずる……必ず、守れ……守るんだ!」

 

「は、はい! はああぁぁぁっ!!」

 

残る最後の一画をも魔力へと変換し、マシュの護りを補強する。

岩盤すら抉らんと渦巻く奔流を受け止める光の盾が、一際輝いて暴虐を受け止めた。

それは僅かな静寂。

ほんの一瞬の拮抗。

こちらと違ってセイバーには限りがない。

膨大な魔力を際限なく使い捨てることで、いくらでも聖剣の力を上乗せすることができる。

二人が辛うじて耐えられているのは、その僅かな力の充填が終わるまでの間だ。

守る事に精一杯な二人には、もう打つ手はない。

そう、二人だけならば、これ以上はもう打つ手がないのだ。

 

「所長! 後は……後は、お願いします!」

 

そして、ここにはもう一人だけ戦える者がいる。

オルガマリー・アニムスフィア。その右手に残された最後の令呪。

それがあるからこそ、二人はこの守りに全力を投じたのだ。

後に続ける者がいるからこそ、二人は必死の思いで残された力を振り絞るのだ。

 

「わ、私が……」

 

オルガマリーは縋るように右手を見つめる。

残された最後の一画。呼び出せるのは一人のみ。

最後の最後に残された逆転の一手。しかし、果たして自分にそれが敵うだろうか。

いつだって満足のいく成果が出せなかった。

ここ一番で必ずと言っていいほど躓いてしまう。

連綿と続いた家系の名に見合うだけの実力が自分にはなかったからだ。

せめて誰か一人でも自分を認めて欲しいと足掻いてみても、アニムスフィアの名からは逃れられなかった。

そんな自分が、この状況を覆せる一手を打てる訳がない。

自分の一人の命すらままならないのに、二人の命をも守るなんてできるはずがない。

そう思って後退ろうとしたオルガマリーではあったが、傍らから伸びた大きな手によって強引に前へと引っ張られてしまう。

 

「逃げるのか?」

 

石に躓いてバランスを崩したオルガマリーを手で支えながら、キャスターは囁いた。

 

「逃げるのは構わねぇ。自分の中の恐怖を認めてそこから逃げ出すのもまた勇気だからな。けど、あんたはそれで良いのか? ここで背を向けたら、もう二度目はないんじゃないのか?」

 

「何を言っているの……私が……」

 

出来る訳がない、そう言いかけた言葉をキャスターは遮る。

 

「いいや、できる! できなくてもそう信じろ! でないと始まらねぇ!」

 

キャスターは逃げようと藻掻く体をその逞しい腕で抑え込み、目の前の現実を直視させる。

いやがおうにも黒い光に蝕まれる立香達の背中を目にしてしまい、ふらりと膝から力が抜けた。

彼に支えてもらえなければ、そのまま倒れ込んでしまっていただろう。

 

「ここで逃げたら、あんたはあの二人のことを一生背負うことになる。付き合いの短い俺でもそのくらいは分かる……あんたはそういう女々しい女だ」

 

「っ……」

 

「嫌か? 背負えるはずないもんな。割り切ることなんてできっこないよな。だったら前を向きな。誰かの命を背負いたくないなら、その運命ごと覆せ。あんたにはそれができる力がある」

 

「私には……」

 

「自信を持て、オルガマリー!」

 

初めて名を呼ばれ、オルガマリーは目を見開いた。

振り返ろうとしたが、キャスターはそれを許さない。

自分の顔を見せることなく、ただ力強い言葉だけを投げかけてこちらを奮い立たせようとする。

 

「お前はできないんじゃない、やっていないだけだ。前を向け! 先に進め! 逃げれば悔いるぞ! 臆せば死ぬぞ! それが嫌なら全力で走り出せ!」

 

「キャスター、私は…………」

 

「何度だって立ち止まっていい。躓いたのならそこからやり直せ。それでも勇気が持てないなら…………せめて想像しろ、お前の絶望を払拭する力を。イメージするのは最強の存在だ」

 

「私は……」

 

いつの間にか、キャスターの手は離れていた。

足が震える。

心の底は恐怖で塗り潰され、今にも叫び出してしまいそうだ。

ああ、何て自分は弱いのだろう。絶望を前にして何もできず、立ち尽くすことしかできない。そんなものには敵いっこないと、何かをする前から決めつけてしまうくらい自分に自信が持てない。

認めよう、その通りだ。

自分は弱くて卑屈で小さな存在だ。とてもではないが偉業なんて果たせない。ここまで犠牲になってしまった人の命なんて背負えない。目の前で傷ついている二人の死を背負うことなんてできない。

だから、覆そう。

自分にできないのなら、できる存在を呼び寄せよう。

何者にも負けない最強の力を。

暗殺者でも弓兵でも、ましてや狂戦士でもない。

ただ強いだけの力ではなく、生き残るための力。

その背中は逞しく、大きく、どこまでも力強い。

父のように頼りがいがある大きな背中。

そのイメージが今、形となる。

 

「スターズ……コスモス……ゴッズ……アニムス……アニムスフィア!」

 

自らを奮い立たせる詠唱と共に、魔術刻印が一際強く輝きを発する。

体内の魔術回路が一斉に鳴動を始め、激しい痛みと共に汲み上げられた魔力が全身を駆け抜けていった。

行き先はただ一つ、サーヴァントの影を召喚する不可思議な令呪。その最後の一画に全てを託す。

大魔術の行使に心が滾る。それでいて理性は静謐を保ち、心臓の鼓動は何万倍にまで引き延ばされる。呼吸はとうの昔に止まっていた。

魔術の詠唱は即ち己を殺し世界と一体になること。

自らのオドを呼び水としてマナを紡ぐ。

深く、深く、己が底から汲み上げられたものを世界へと押し広げる。

 

「令呪を以て命じます…………来なさい、私のサーヴァント!」

 

宣言と共に、最後の一画が霧散する。

すると、一陣の風が吹いた。

オルガマリーによって呼び出された最後の英霊が、衝突する暗黒と白光を飛び越えてセイバーへと切りかかったのだ。

 

「チッ!」

 

舌打ちと共にセイバーは宝具の発動を止め、迫りくる刃を迎撃する。

同時に限界を迎えた光の壁が粉々に砕け散り、立香とマシュは力尽きてその場に倒れ込んだ。

オルガマリーはすぐさま二人のもとに駆け寄ると、簡易ではあるが治癒の魔術を施しながら、目の前で戦う二つの影を目で追った。

 

「そうか……口説いていたつもりが、口説き落とされていたとはね」

 

呼び出された英霊を目にして、どこか感慨深げにキャスターは呟いた。

その言葉を耳にしながら、オルガマリーは厳かに自らのサーヴァントへと指示を下す。

 

「セイバーを倒しなさい、ランサー…………クー・フーリン!」

 

己が召喚した最後のサーヴァント。絶望を払拭し、死の運命すら覆す最強の象徴。

それは装飾の少ないシンプルな衣装を身に纏った槍兵であった。

獰猛な身のこなしはまるで野生動物のようであり、剛力無双なセイバーに対して動きはしなやかで変幻自在。

素早く、鋭く、巧みな槍捌きでセイバーの剛剣を抑え込む。

世界最高峰の剣の英霊に対して、オルガマリーが導き出した最強の英霊。

影の国よりその技を修め、呪いの魔槍を授かったアルスター伝説の英雄。

名をクー・フーリン。

キャスターと真名を同じくする、彼の別側面だ。

 

「今までとは違うか、魔術師(メイガス)!」

 

繰り出された連撃を躱しながら、セイバーは毒づいた。

膂力で勝っていても、ランサーにはセイバーにないスピードと槍のリーチがある。

離れれば突きが、躱せば薙ぎがセイバーを襲うのだ。

ならば、敢えて危険を承知で踏み込めばどうなるか。長物である以上は隙が大きく、突きさえ捌ければ切り込めるのではないだろうか。

答えは否だ。槍というものは敵を屠るための突く速度よりも、次なる一手を打つための引く速度の方が遥かに重要だ。ましてや相手は稀代の槍の英霊クー・フーリン。

彼ならばセイバーが踏み込んだ瞬間、我が身を裂かれる前に槍を戻して反撃に転ずるだろう。

そのため、アーチャーが相手の時とは打って変わってセイバーの防戦一方になっていた。

 

「ならば……」

 

瞬間、魔力の爆発が大気を震わせる。

セイバーが魔力を放出し、槍を受け止めた聖剣にその力を上乗せしたのだ。

突きはその性質上、側面からの攻撃に弱い。高速の突きは迎撃こそ至難の技だが、セイバーは未来予知染みた直感でそれを成し遂げ、力尽くで弾き返したのである。

結果、ランサーはセイバーに対して無防備な胴体を晒してしまう。

 

「もらった! 卑王鉄(ヴォーディ)……!」

 

アーチャーを粉砕した魔力の斬撃が、ランサーに襲い掛からんとする。

弾かれた槍は大きく弧を描いており、引き戻している時間はない。

このままでは成す術もなく屈強な胴体を八つ裂きにされてしまう。

倒れ込んだまま戦いを見守っていた立香とマシュは、その光景に息を飲んだ。

一方で、オルガマリーの信頼は揺るがない。

何故なら、彼は自分が思い描いた最強のサーヴァント。ならば、この程度の窮地くらい造作もなく脱してみせるはず。

事実、その通りとなった。

必殺を狙って放たれんとしたセイバーの聖剣が振り抜かれるよりも早く、ランサーがセイバーの腕を叩き折ったのだ。

 

「柄尻で……!?」

 

「セイバーの腕を!」

 

弧を描いて弾かれた魔槍。ランサーは敢えてその勢いのまま器用に腕を捻って軌道を修正し、背中越しに左手へと持ち替えていたのだ。

無論、そう易々とできる芸当ではない。過酷な修行と実戦で研ぎ澄まされた感覚が、土壇場においても槍を手足のように扱える技量を彼に授けたのだ。

そして、ここまでの戦いで腕を酷使していたセイバーは、ここに来て遂に限界を迎える。

完全に肘を破壊されたことで、剣を両手で持てなくなったのだ。

 

「……小癪な!」

 

出鱈目な魔力放出で無理やり隙を作り、セイバーは大きく後退する。

ランサーに踏み込まれても迎撃が十分に間に合う距離だ。

その位置からセイバーは左手一本で聖剣を構え直し、まっすぐに好敵手を睨みつける。

またしても膨れ上がる漆黒の刀身。宝具で一気に決着をつける腹積もりのようだ。

 

「ここが正念場だな」

 

戦いを見守っていたオルガマリーの背後から、キャスターの声が聞こえてきた。

 

「向こうは手負い、こっちもジリ貧。なら、ここらで手札を切るべきだろう。オルガマリー、あんたに英雄の誇りを託す」

 

「英雄の……誇り……宝具を……」

 

「宝具には真名の解放が必要だ。けど、あれは影法師。あいつができないのなら、あんたがやるしかない。違わず放てよ、我が宝具の真名は――――」

 

それは祈りにも似た、厳かな言葉だった。

英雄の象徴。彼らが生前に成し得た武勇が形になったもの。

それ自体が奇跡そのものともいえる宝具を、自らの言の葉で解放する。

迷っている時間はなかった。

逃げれば悔いる、臆せば死ぬ。

キャスターが己の誇りと共に託してくれたその真名。今、唱えずにいつ唱えるというのか。

 

「その心臓、貰い受ける――!」

 

槍の真価が解放される。

あれは魔獣の骨を使って作られた魔槍。その内に秘められた力は、因果すらも食い破る。

 

「卑王鉄槌――」

 

「――『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』!」

 

セイバーが宝具を放つよりも、オルガマリーの方が早かった。

疾走したランサーは魔力が宿った槍を一閃し、独特な構えから必殺の一撃を繰り出す。

ここまでのどの刺突よりも鋭く、素早い一刺し。

音速の壁すら突破したその穂先を躱すなど、トップサーヴァントでも容易ではないだろう。

だが、セイバーはそれをやってのけた。まるで未来を見通したかのように、直感的に槍の軌道を読んだのである。

必殺を躱されれば、さしものランサーとて隙ができる。それを見逃すセイバーではない。

勝利を確信したセイバーは、最後の一刀を振り下ろさんと左手に力を込める。

その瞬間、弾かれたはずの槍は、セイバーの心臓に奔っていた。

 

「――――っ!?」

 

浮く体。

槍は突如として軌道を変え、ありえない形、ありえない方向に伸び、セイバーの心臓を貫いた。

だが、槍自体は伸びてもいないし方向を変えてもいない。

それこそがこの宝具の神髄。

因果を逆転させ、先に『心臓を貫いた』という結果を作ってから放たれるが故に決して外れることはない必中の槍。

名をゲイ・ボルク。

光の御子が師より賜った魔槍である。

その一撃は、確かに霊核を打ち貫き、その勢いのままセイバーの体は放物線を描いて地面に激突する。

同時に役目を終えたランサーも姿を消した。

気が付けば立っている者は一人。

オルガマリー・アニムスフィア。

彼女がこの聖杯戦争の勝者であった。

 

「キャスター……キャスター?」

 

自身の勝利に実感が持てず、オルガマリーは自分を奮い立たせてくれたキャスターを求めて振り返った。

だが、既にそこには誰もいなかった。キャスターもまた、残されていた力を使い果たしたことで消滅してしまったのだ。

きっと、とっくの昔に限界だったのだろう。それこそ、本当ならセイバーに切り付けられた段階で消えていてもおかしくはなかった。

それでも彼は、自分達を守る為に自分にできることをやり切ったのだ。

きっと、英雄というものはみんなこうなのだろう。

どこまでも鮮烈で、この星に存在を焼きつける大きな存在。

少女は静かに、自分に力を貸してくれた者達に思いを馳せるのであった。




オルガマリーのサーヴァント
仮初の従者、サーヴァントの影。シャドウサーヴァントのような偽物やなり損ないではなく正規の霊基を持ってはいるが、自我は持ち合わせていない。
ある程度は自己判断ができ、霊基に染みついた経験に従って戦闘も行えるが、宝具の発動などはオルガマリーが指示をしなければならない。
令呪一画につき一体、三分間だけ召喚が可能。令呪自体はカルデア式での補充が可能だが、通常の英霊召喚には使用できず契約もできない。
漫画版英霊剣豪のぐだ子が使役する鯖の影の完全下位互換である。
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