Fate/Start Over 星譚運命再度カルデアス   作:ていえむ

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第5話 発令、グランドオーダー!

先ほどまでの激闘が嘘のように、大空洞は静まり返っていた。

その場にいた全員が満身創痍。オルガマリーも立香もマシュも、騎士王との戦いに己が持てる全てを出し切った。

魔力は枯渇し、令呪は使い切り、体のあちこちが傷だらけで体力も底を尽いた。本当の本当に限界まで出し切ったのだ。これ以上はもう戦うことはできない。

それほどまでに手強い相手であった。こうして、全員が無事でいることが今でも信じられないくらいに。

 

「……まさか、このような形で地に伏すとはな」

 

地に倒れたセイバーが、口の中にこもるような声を発した。そして、剣を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がろうとする。

その様子を見てその場にいた誰もが目を疑った。

既に胸を貫いた槍は消滅しており、セイバーの甲冑は夥しいほどの出血でどす黒く染まっている。

ランサーの宝具は確かに心臓を破壊しており、その攻撃は霊核にまで達していた。

本来であれば即死していなければおかしい重傷なのだ。

だというのに、セイバーは弱々しい足取りながらも立ち上がり、再び剣を構えようとする。

まだやる気なのかと一同は恐怖した。

こちらにはもう余力は残されていない。例え消滅を目前とした悪足掻きであったとしても、抗う術はないのだ。

だが、こちらの危惧に反してセイバーはその場から動こうとしない。息を荒げたまま、ジッとこちらを見つめるばかりであった。

それが最後の抵抗だったのであろう。やがて、力尽きた騎士王の手から聖剣が放れ、乾いた音を立てながら地面を転がる。

その指先は、先端から少しずつ光の粒子へと解けていっていた。

 

「誇るがいい漂流者……貴公らは確かにこのアーサー王を乗り越えた」

 

敗北を受け入れたセイバーが憂いを帯びた瞳をこちらに向ける。

オルガマリーを、マシュを、そして立香の顔を順に見つめた後、一度だけ瞼を閉じて小さく頷いた。

それは遠い何かに思いを馳せているようで、セイバーの表情はどこか満足げに微笑んでいるようにも見えた。

 

「フッ、聖杯を守り通す気でいたが、どう運命が変わろうと私ひとりでは同じ末路を迎えるということか」

 

セイバーの呟きを聞いて、オルガマリーの脳裏に以前の記憶がフラッシュバックした。

一度目のレイシフトの際は、取り乱していて冷静さを欠いていたが、こうして改めて聞いてみるとセイバーの言葉には引っかかるものがある。

キャスターも他のサーヴァント達もみんな、この冬木で起きていた出来事を、聖杯戦争が狂ってしまったという程度の認識でしかなかった。

だが、セイバーだけはまるで物事を俯瞰で見ているかのようにどこか他人事だ。

 

(例えば、()()()()()()()()()()()()()……とか?)

 

そもそもどうして特異点なんてものができたのだ?

自分がカルデアを父から引き継いでまだ3年ではあるが、こんな事態は一度としてなかった。

人類史に出来た淀み。言うならば血流を遮る瘤であり、原因となったものが必ず存在するはずだ。

セイバーは何かを知っているのかもしれない。

問わなければならない。彼女が消え去る前に、一つでも情報を聞き出さなければ。

 

「セイバー、あなたはこの冬木で起きた異変について、何かを知っているの?」

 

「それは……この街で起きた聖杯戦争の――――ッ!?」

 

言葉の途中で、鮮血が飛び散った。

骨が砕け、肉が飛び散る不気味な音が嫌でも耳に残る。

その場にいた誰もがその光景を唖然と見つめていた。

唯一人、セイバーだけは忌々し気に自らの背後に立った男を睨みつけんとするが、痙攣した体は言う事をきいてくれないのか、羽根をもがれた蝶のように虚しく震えるばかりであった。

 

「ふん」

 

無造作に腕を引き抜かれ、胴に二つ目の風穴が空けられたセイバーの体が地面に崩れ落ちた。

無残にも顔を引きつらせたまま動かなくなった騎士王は、やがて肉体の全てを光の粒子へと分解されこの世界から消えていく。

後に残されたのは、手の平に収まる程度の大きさの水晶体であった。

強力な魔力を秘めたその水晶体を、セイバーにとどめを差した男は緩慢に拾い上げて自身の顔の位置まで掲げて見せる。

 

「余計なことを喋ってもらっては困るな、アーサー王。役者は役者らしく、出番が終われば退場するのが筋というものだろう」

 

聞き慣れたはずのその声は、異質で別のもののように聞こえた。

オルガマリーは震えた唇を噛み締め、その男をキッと睨みつける。

忘れもしない。時代遅れのシルクハットとタキシード、赤みがかったボサボサの長髪、どこか遠くを見ているかのような細い目つき。

自分は彼を知っている。

忘れたくても忘れることなんてできない。

憧れていた。

頼りにしていた。

きっと好いていた。

そんな思いを無慈悲にも裏切られた。

 

「レフ・ライノール」

 

カルデアの技術顧問、近未来観測レンズ『シバ』の開発者。

そして、前の人生で、自分をあらん限りの言葉で侮蔑してカルデアスの炎へと放り込んだ張本人。

カルデアの多くの職員や47人のマスターを死傷させたあの爆破工作を行ったテロリスト。

それがこの男、レフ・ライノールだ。

 

『レフだって? レフ教授がそこにいるのか?』

 

通信の向こうからロマニの混乱が伝わってくる。

無理もない。レフ・ライノールは冬木へのレイシフト―――ファーストオーダーを実施するにあたって管制室に詰めていた。

システムがレイシフトを強行した際、管制室に残っていた生命反応はデミサーヴァントとなったマシュを除けば自分と立香の2人だけ。

仮に生きていたとしても、管制室は隔壁で閉鎖されているので外に出ることはできないので、コフィンごと凍結保存された47人のマスター以外の者は全て焼け死んだものと思われていたのだ。

 

「何事にも例外はある。そう、例えば君が生きてここにいるようにね、オルガ」

 

いつもと同じ、穏やかで出来の悪い生徒を言い聞かせるような口調であった。

だが、今ならばそこに込められているものが何なのかよく分かる。

紡がれる言の葉には、愛情も信頼も好意も一切込められていない。

あるのは侮蔑と嫌悪だ。

彼はただ、それを悟られぬよう今日まで慇懃に振る舞ってきただけだったのだ。

 

「驚いたよ、君にはマスター適性がないと聞いていたのだが、それは偽りだったのかな? レイシフト直前の逃亡にしてもそうだ。まさかとは思うが気づいていたのかな、君の足下に爆弾が設置されていたことに」

 

背筋に怖気が走った。

姿形も声音も何もかも同じなのに、そこに込められた感情一つで人はこんなにも違って見えるものなのだろうか。

ここにいるのはもう、自分がよく知るレフ・ライノールではない。

もっと異質な別なものだ。

 

「所長、下がっていてください。あの人は危険です。アレはわたしたちの知っているレフ教授ではありません」

 

傷ついた体を押して、マシュがこちらを庇うように盾を構えた。

それはこちらも承知していると、オルガマリーは視線だけで返事をする。

そう、彼はレフであってレフではない。

今日までレフ・ライノールとして振る舞いながら、カルデアを陥れるための工作を続けてきた獅子身中の虫。

問わなければならない。

聞かなければならない。

カルデアを背負うものとして、自分はその名を知らなければならない。

 

「あなたは、何者なの?」

 

こちらの問いかけを聞いて、レフは悪魔のように口角を釣り上げた。

 

「はっ……はははっ…………心外だな。私はレフさ。君の友人、カルデアの同志……少なくとも数時間前まではね。では、改めて自己紹介をしよう。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために遣わされた2015年担当者だ」

 

狂ったように笑いながら、レフは己の真の名前を明かす。

フラウロス。その名は魔術王とも呼ばれるソロモン王の使い魔、七十二柱の悪魔の名の一つだ。

それこそが彼の真名。

多くの死傷者を出し、自分をも殺した不倶戴天の敵の名だ。

 

「さて、オルガ。君のあの奇妙な魔術だが、後何回使えるのかな? 一回か……それとも十回か。ああ、もう打ち止めという可能性もあるな」

 

強力な魔力を迸らせながら、レフは鋭く尖った歯を見せつけるように笑った。

まるでこちらを威圧する肉食獣か何かのようだ。

鋭く侮蔑を含んだ目つきが突き刺さるだけで体が強張り、震えが走る。

思わずオルガマリーは自身の右手の甲に触れていた。

その様子を見下ろしたレフは、心底から不機嫌そうに顔を歪めた。

 

「ふん、動揺が顔に出るのは悪い癖だ。そう怖い顔をしなくとも、私は何もしない。どうせ、会うのはもうこれっきりなのだから」

 

回収した水晶体を懐にしまいながら、レフは淡々と言葉を紡ぐ。

相手に理解を求めていない、ただ自分に言い聞かせるかのような響きであった。

彼はこちらを見ているようで、何も見ていない。

自分達を見ようとしていないことに新たな恐怖が生まれる。

恐ろしい。

アレはヒトの形をした何かだ。

自分達とは根本的に相いれないものだ。

自分を殺した憎らしい仇だ。

拳を握り締め、オルガマリーは必死でそう思い込もうとする。

それは確かに本心ではあった。だが、それでも僅かに残った思慕の念が弱気を起こす。

どうか、彼の凶行に意味があって欲しい。

すぐに打ち砕かれてしまうという確信があるにも関わらず、オルガマリーにはまだ彼を信じていたいという思いがあった。

誰かに唆されて、脅されて、止むをえず、仕方なくであって欲しいと心のどこかで願ってしまった。

 

「どうして、あんなことをしたの……レフ?」

 

否定して欲しかった。

ここまで必死で憎しみを滾らせてきたつもりだったのに、この期に及んで彼を信じたいなんて、女々しいにもほどがある。

それでも構わないと思った。

誰も自分を見てくれなかった中、彼だけは対等に扱ってくれた。

誰もが自分を未熟者、半人前と陰口を叩く中、彼だけは敬意を持って接してくれていたと信じていた。

その信頼までは裏切らないで欲しい。

そんなことになれば、もう自分は彼を憎むことしかできなくなってしまう。

弁解を、謝罪を、釈明を欲しい。

『訳があったのだオルガマリー』と、一言で良いから謝って欲しい。

だが、レフの口から発せられたのは、侮蔑が含まれた嘲笑であった。

 

「あまり喋らないでくれ、オルガ。君の声は本当に耳障りだ」

 

「レフ……」

 

「どうして? 君達が人類史の異常を調べようとさえしなければ、こうはならなかった。ただそれだけだ」

 

耐え切れず、手で口を覆って視線を逸らす。

終わってしまった。

何もかもが、ここで。

憧れも尊敬も信頼も、何もかもが無為に帰した。

自分が信じていたレフ・ライノールという男はもうどこにもいない。

あの凶行に理由はない。ただ、邪魔だったから殺しただけだと彼は言う。

同じ職場で働き、時にはお茶や食事を共にする仲だった。

そんな自分のことすら邪魔な面子の一人として彼は数えていたのだ。

その事実が堪らなく辛かった。

 

『レフ教授、ではボクの方から質問しよう。この特異点は何なんだ? これとカルデアスの異常……未来を観測できないというあの異常とどう繋がるんだい?』

 

「ふん、これはアニムスフィアの至らなさの結果で、私は後始末をしにきただけだ。本命はここではなく七つの聖杯。ドクター・ロマニ、カルデアにいるのならカルデアスを覗いてみろ。ああ、面白いものが見れるはずだ」

 

『何だって? な、これは…………』

 

通信機の向こうから、ロマニの驚愕する声が聞こえてくる。

何が起きているのか、オルガマリーには分かっていた。

カルデアスが深紅に染まっているのだ。地球という魂の現身。創世から未来に至るまでを映し出す鏡面存在。

それが炎の如き赤で塗りたくられてしまった。文明の明かりが消えたのではない。歴史そのものが、未来そのものが悉くを焼き尽くされた。

お前達にはもう先はないのだと、デッドエンドを無理やり突き付けられたのだ。

 

「人類の生存を示す青色はどこにもない。あるのは燃え盛る赤色だけだ。ロマニ、共に魔道を研究した学友として忠告してやろう。カルデアは用済みになった。お前達人類はこの時点で滅んでいる。未来が観測できなくなり、貴様達は未来が消失したなどとほざいていたが、それは希望的観測だ。カルデアスが深紅に染まった時点で未来は焼却されたのだ。結末は確定し、貴様達の時代はもう存在しない」

 

どうして2016年から先の未来が観測できなくなったのか、これで合点がいった。

世界はとうの昔に終わっていたのだ。

人類史そのものを焼き尽くすという未曽有のテロリズムによって、既に2016年で星の歴史は幕を閉じることが決定されていた。

だから、シバによる観測を受け付けなかったのである。いくらシバといえど存在しないものを視ることはできない。

その滅びの始まりが今日であり、この瞬間を持ってこれまでの人類史の全てが焼き払われた。

現在、カルデアは外部との通信が途絶しているが、その原因も同じだ。

カルデアスの磁場で守られているカルデア以外の全ては、もう地上には存在していない。

そして、カルデア自身も2016年が過ぎ去れば同じ末路を辿ることになるだろう。

2017年から先が存在しないのなら、星の現身たるカルデアスはそれ以後を何も映し出さなくなる。

そうなればカルデアを守る磁場が消失し、世界の焼却に巻き込まれてしまうからだ。

 

「誰もこの偉業を止めることはできない。何故ならこれは人類史による人類の否定だからだ。進化の行き詰まりで衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのでもない。自らの無能さに、自らの無価値故に、我が王の寵愛を失ったが故に、何の価値もない紙くずのように燃え尽きるのだ」

 

大空洞が大きく揺れる。

歴史を歪めていたセイバーが倒され、その原因であると思われる水晶体――――レフ曰く聖杯が取り除かれた事で、世界が正しい歴史に回帰しようとしているのだ。

それはいうなれば限界まで伸ばしたゴムが収縮することに等しい。もしも巻き込まれれば、特異点ごと原子の粒まで分解されるか、時空間を永遠に彷徨う漂流者となってしまうだろう。

 

「言っただろう、もう会うこともないだろうと。君達はこの特異点ごとここで終わる。無駄な足掻きはしないことだ、ロマニ。何もせず、残された時間を祈りに捧げるのが賢明というものだぞ」

 

最後に大きな笑い声を残しながら、レフの姿が掻き消える。すると、大空洞の揺れが一層激しくなった。

レフが聖杯を持ち去ったことで、特異点の修正が更に加速したのだ。

 

「……っ!? ロマニ! 緊急レイシフトを! 洞窟が崩れる前に! 早く!」

 

我に返ったオルガマリーは、すぐに通信でロマニに指示を下す。

特異点の崩壊よりも洞窟が崩れる方が恐らくは早いだろう。向こうの準備が整っても、こっちが生き埋めになっていたのでは話にならない。

明確な己の死を前にして、レフとの邂逅で迷いを見せていたオルガマリーの心に再び火が灯った。

こんなところで死んでなるものか。何としてでも生き延びて、そして――――。

 

(そして、私は何をすればいいの?)

 

ここから先を自分は知らない。

何が起きているのか、何をすればいいのか。その全てを探りながら進まなければならない。

心が揺れた。

きっと想像もできないことが現実で起きているはずだ。

その全ての責任が自分に圧し掛かる。

カルデアの代表として、その全てを自分は背負わなければならないのだ。

 

「先輩、手を!」

 

「所長、早く!」

 

マシュと立香がそれぞれ、手を差し伸べてくる。

慣れない戦闘で二人ともボロボロだというのに、そんな素振りも見せずにこちらを気遣ってくれている。

何てお人好しな子達なのだろう。

オルガマリーはそんなことを考えながら二人の手を取り、天井の崩壊から逃れる為に駆け出した。

カルデアへの強制帰還が働いたのは、そのすぐ後のことであった。

 

 

 

 

 

 

オルガマリーが次に目覚めたのは、カルデアに強制帰還されたから一時間後のことであった。

目慣れた天井、鼻孔を焼く事がなく新鮮な空気、医務室特有の消毒液の匂い。

特異点Fにいたのは前回の記憶を合わせて一日に満たない時間であるというのに、酷く懐かしい感じがした。

同時に、自分が今もまだ生きていることを実感して肩を震わせる。

またもフラッシュバックする炎の記憶。

全身を焼かれ、魂までもを分解される苦痛。

痛いとか熱いとか、安易な言葉では表し切れない感覚が全身を駆け抜け、立ち上がるまで数分を擁した。

そうしてたっぷり5分ほどをベッドの上で過ごしたオルガマリーは、ベッドから飛び降りて医務室を後にした。

向かうべきは管制室。生き残ったスタッフ達が、施設の復旧作業をしているはずだ。

胸の底でチリチリとしたものが痛む。

扉を開けても自分は歓迎されないのではないのかという恐怖だ。

それを押し殺し、オルガマリーは管制室へと飛び込む。

最初に出迎えてくれたのは、こちらを見て驚愕するロマニの顔であった。

 

「所長、もうよろしいのですか?」

 

「ええ、暢気に休んでいる暇なんてないもの。状況を教えなさい」

 

「は、はい。まずは……」

 

復旧を最優先にして纏めている時間がなかった割には、ロマニの報告は簡潔であった。

職員の死傷者は多数、カルデアの機能は八割が停止しており、47人のマスター達も重傷を負い仮死状態で凍結保存されている。

また、カルデアは外部との連絡が取れず、外の様子を見に行ったスタッフも戻ってはこない。

あらゆる計測器は全てアンノウンを示しており、外には文字通り何も残っていない事を証明している。

レフが言っていたように、カルデアを除く世界の全ては既に滅んでしまっているのだ。

そして、最大の異常は深紅に染まったカルデアス。

今まで通り、2016年より先を見通せないことに変わりはないが、巨大な天球儀には新たに七つの特異点反応が示されていた。

 

「冬木の特異点は消失しましたが、未来は引き続き観測できずカルデアスも紅く燃えたままでした。なので、他にも原因があると仮定して調べたところ、冬木とは比較にもならない時空の乱れを起こす七つの特異点が発見されました」

 

「人類史のターニングポイント。人理定礎の破壊…………」

 

報告を耳にしながら、オルガマリーはポツリと呟く。

人理定礎とは、魔術の世界における歴史のターニングポイントのことだ。

様々な可能性を内包しているこの宇宙は、時の経過と共に数多の平行世界を次々と生み出している。

だが、宇宙の許容量にも限界が来る以上、飽和を防ぐ手段として時の流れの整理と可能性の固定が行われるのだ。

それこそが人理定礎。

歴史の方向を決定づける大きな時代の流れと言っていいだろう。

仮に時間移動などで歴史に介入し、端々で細かな違いが起きたとしても、歴史の修正力によって起こるべき決定的な結末は変わらないようになっている。

だが、もしも人理定礎を何らかの方法で否定できたとすればその限りではない。

この戦争が終わらなかったら。

この航海が成功しなかったら。

あの発明が間違っていたら。

あの国が独立しなかったら。

そういったもしもを崩されれば、人類史は土台からひっくり返されてしまう。

今、この惑星に起きていることが正しくそれだ。

七つの特異点を基点として歴史の全ては焼却された。

唯一の生き残りであるカルデアも、2016年を最後に消滅することになるだろう。

 

「ですが、ボク達はまだ抗えます。未来が焼却される前にこの崩れた歴史を正す事ができる。レイシフトを使えば…………」

 

「待って! 何を言っているの、ロマニ? まさか、この七つの特異点を修正しようというの?」

 

まるでそれが当然のように、言葉を並べ立て始めたロマニに対して、オルガマリーは声を荒げた。

思わず彼の正気を疑ってしまう。

ごく近い過去である冬木へのレイシフトだけでも入念な準備が必要だったというのに、より困難な過去へのレイシフトを行おうと言うのだ。

しかも、そこでは冬木で起きていたような異常がいくつも起きているはず。セイバーのように各々の思惑から人理定礎の破壊に加担するものだっているはずだ。

それを七つも、一年そこらの期間で全てを修正しようと彼は言うのだ。

ほとんどの機能が失われ、補充のスタッフもいないこの現状で、それを行うのは不可能だ。

 

「ですが、放っておく訳にはいきません。世界はまだ終わった訳じゃない。残された猶予で特異点を修正すれば、この事態を解決できるはずです」

 

「こんなロクな人材もいない、誰からの支援も受けられない現状で!?」

 

「人類史の保障こそが、カルデアの為すべきことです!?」

 

「レイシフトは国連の許可が必要です!」

 

「この緊急事態に国連も何もないでょう!」

 

「私にその決断を下せと言うの! できる訳ないじゃない!」

 

周囲のスタッフが言葉を失う中、気が猛ったオルガマリーは思わず本音を零してしまう。

人類史を保障する。それは大切なことだ。

世界を救わねばならない。当然のことだ。

オルガマリーも馬鹿ではない。それがどれだけ重要で、必要なことなのかは承知している。

だが、それを自らの責任の下で為すという決断がどうしても下せなかった。

人類七十億。その全ての生命がこの双肩にかかってくるのだ。

このカルデアで失われた命に対してだけでもいっぱいいっぱいなのに、これ以上はもう耐えられない。心がパンクしてしまう。

貝のように海の底にこもりたい。

石のように物言わぬまま風に晒されたい。

どこでもいい、何でもいい、この目の前の現実から逃げ出したい。

ずっと特異点Fから生きて帰還することばかり考えていたから何とか保ってきたが、もう限界なのだ。

本当なら、一秒だってここにいたくはない。

それでも戻ってきたのは、カルデアの所長としての責務があったからだ。

けれど、それももう投げ出してしまいたくなった。

ロマニの言葉が、彼の熱意と要望が、自分を追い立てる。

他の職員もみんな、言葉にはしないが目で訴えていた。

こんなところで終わりたくはない。

未来を奪われるなんて真っ平だと。

止めて欲しい。どうしてそんな風に前向きになれるのだ。

怖くはないのか。

恐ろしくはないのか。

誰かの命を背負うことが、苦痛ではないのか。

そして、それが当然とばかりに強要するのを止めて欲しい。

それができないからといって、失望しないで欲しい。

 

「わ、私は…………」

 

上手く言葉にできず、頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。

もういても立ってもいられなかった。唇を結び、現実を拒絶するように目を閉じて踵を返す。

折角、勇気を出して戻って来たのに、みんなからの失望も知った上でオルガマリーは逃げ出すことを選択した。

 

「ドクターロマン。マスター藤丸をお連れ――おぉっと!?」

 

管制室を飛び出した瞬間、誰かとぶつかったが気にしている余裕はなかった。

とにかく少しでもみんなと距離が取りたくて、無我夢中で通路を駆ける。

途中にあった観葉植物の鉢を蹴飛ばし、廊下の角を曲がろうとして肩をぶつけ、何度も躓きそうになりながら、一心不乱に足を動かし続ける。

そうして、どれくらい走ったのかも分からなくなると、オルガマリーは足を止めて壁に手をついた。

ひんやりとした壁の冷たさに鳥肌が立つ。

体が火照っているのは全速力で走ったからか、それともロマニとの言い合いで気が高ぶったからなのか。

何れにしても湧き上がる感情の整理がつかず、大きく深呼吸をして落ち着こうとする。

瞬間、腹の底から胃液が込み上げてきた。

慌てて口を押えてせり上がってきたものを呑み込み、胃酸で喉を焼かれる感覚に咳き込む。

脳裏を過ぎるのは今朝まで共に過ごしてきたカルデアの職員達、様々な方法でかき集めた47人のマスター達の顔であった。

決して親密だった訳ではない。ほとんど言葉を交わしていない者もいるし、マスター達に至っては大半が赤の他人だ。

それでも、失われていい命ではなかった。

自分に非がある訳ではない。やったのはレフ・ライノールで、彼は自分がカルデアに赴任するよりも前からここにいた。あの凶行を見破れというのは酷である。

それでも、自分はカルデアの所長なのだ。その命には責任がある。この施設の運営には責任が付きまとう。

これ以上は背負えない。

七十億の生命、その行く末を担うなんて真似は自分にはできない。

 

(ねえ……助けてよ……お願いよ、レフ……)

 

もうここにはいない仇の名を呼ぶ。

見捨てられ、裏切られる形にはなったが、それでも彼のことは好いていたのだ。

同時に自嘲する。こんな時に他に頼れる者が彼しかいない、他者との繋がりの薄さがとても情けなかった。

 

「所長」

 

不意に声を掛けられ、ハッと振り返る。

カルデアの制服に袖を通した、黒い癖毛の少年。

名前は確か、藤丸立香。そう、自分と共に冬木から帰還した、マスター唯一の生き残りだ。

 

「ドクターから聞きました。その……特異点のことを……」

 

どこか気まずそうに、立香は頬を掻く。

言いたいことがあるのに言葉にできない、そんなもどかしさが伝わってくる。

正直にいうと、相手にしている余裕はなかったので、オルガマリーは適当に付き合って切り上げるつもりだった。

今は誰とも話をしたくない気分なのだ。

だが、次に彼が発した言葉が余りにも予想外で、オルガマリーは言葉を失った。

 

「所長、俺に特異点の修復、やらせてもらえませんか?」

 

拳を握り締め、精一杯の勇気を振り絞りながら、少年はまっすぐにこちらを見つめてきた。

 

「な、何を言って……」

 

「俺がレイシフトして、特異点を修復してきます。レイシフトの許可を、お願いします」

 

「馬鹿を言わないで! あなたみたいな素人に出来る訳がないじゃない!」

 

「分かっています。けど、誰かがやらなくちゃいけないんでしょう? なら、俺にやらせてください」

 

「半端な正義感で言っているなら止めておきなさい、そんな甘いものじゃないんだから!」

 

「そんなつもりはありません! 危険なのも知っています!」

 

「なら、どうして? 報酬でも期待しているの? とんだ俗物ね」

 

「それも違います!」

 

「どうだか。とにかく許可は出しません、部屋にでもこもって大人しく――」

 

これ以上は話すつもりはないと手を振ってその場を立ち去ろうとしたが、それよりも立香が動く方が早かった。

逃げられぬように腕を壁について通路を塞ぎ、引き締めた顔をグッとこちらに近づけてくる。

急に距離を詰められて、思わずオルガマリーは息を飲んだ。緊張で顔が真っ赤になっていないかと、つい場違いなことまで考えてしまう。

 

「な、何よ……」

 

「お願いします」

 

「ふざけないで」

 

「ふざけてません」

 

「なら、どうして?」

 

「君にこれ以上、泣いて欲しくない」

 

突然の告白に、とうとうオルガマリーの思考は真っ白に弾け飛んだ。

ピンと張りつめていた緊張の糸が一気にもつれ、上目遣いに目の前の少年の顔を覗き込む。

凛々しい顔をしていた。

緊張なのか不安からか少しだけ手足が震えていたが、それでも視線はまっすぐこちらを見つめている。

先ほどの言葉にも照れの類は感じられなかった。

 

「ちょ、ちょっと……本気?」

 

「はい」

 

「この非常時に、どんな神経しているのよ」

 

「非常時だからこそ、です」

 

「け、けど…………」

 

自分達は出会ったばかりで、世界の滅亡はカウントダウンが始まっている。

そんな状況でいきなり好意を向けられても、戸惑うなという方が無理であった。

そも、オルガマリーはこんな風に誰かに好意を向けられることになれていない。

だから、どんな風に言葉を返せばいいのか分からないのだ。

 

「え、えっと……あなたは、その……えっと……本気なの?」

 

結局、何を言えば良いのか分からず同じ質問を返してしまう。

自分でも驚くくらい心臓が跳ね上がっていた。顔が熱くなってきており、きっとトマトみたいに真っ赤になっていることだろう。

そんな風に冷静さを欠き始めていたこともあったのだろう。能天気で生意気で風貌も、何故だか冴えて見えてきた。

思い返せば彼は素人ながらも特異点Fではよくやっていた。何もかもが初めてできちんとマシュと連携を取り、セイバーの宝具に晒された時も自分のことを守ってくれた。

ひょっとして、そんな風に見ても良いのだろうか?

その胸に頼ってしまってもいいのだろうか?

ふと、オルガマリーの胸中にそんな思いが過ぎる。

だが、次に立香が発した言葉は、オルガマリーが期待していたものとはほんの少しだけ違っていた。

 

「俺、マシュも所長も放っておけないんです。女の子が頑張っているのに、自分だけ何もしていないのは嫌なんです。だから、さっきマシュとも話しました。マシュの力になりたいって」

 

「…………え?」

 

「所長、俺にも所長の手伝いをさせてください。所長の分まで、頑張りますから」

 

「あの……」

 

「未来が燃やされたなんて、納得できませんよね。俺だって日本には家族がいるし、やりたいことだってまだまだあるんです。だから、マシュと二人で頑張ろうって、さっき話を――――」

 

「っ!!」

 

気が付くと、思いっきり膝をかち上げていた。

股間から走る稲妻の如き痛みは、きっと自分には一生理解できないであろう。

見る見るうちに立香の顔が青く染まっていき、額からは脂汗が流れ始める。

やがて、声を押し殺して悶絶する立香を尻目に、オルガマリーは苛立ちで拳を握り締めながらその場を立ち去った。

この唐変木の顔を一秒でも見ていたくなかったからだ。

 

(何よ、期待させるだけ期待させて。八方美人も良いところじゃない! 何、ドンファンなの? ドンファンな訳? 日本人ってみんなああなの!?)

 

ずしずしと床を踏み締めながら、オルガマリーは自室へと向かう。

実質、一日ぶりの帰還。明かりを点けた部屋は記憶のままで何一つとして変わっていなかった。

整頓された棚、微妙に行き届いていない掃除、出しっぱなしのコーヒーメーカー、直すのを忘れたシーツの皺。

何もかもがそのままだ。

外の出来事など何も知らないかのように取り残されたこの部屋を見て、まるで今のカルデアのようだとオルガマリーは自嘲した。

 

『君にこれ以上、泣いて欲しくない』

 

ふと、先ほどの立香の言葉が脳裏を過ぎる。

思い返すとあんな言葉で舞い上がっていた自分が情けないが、それでも彼の言葉が頭を離れない。

その言葉に彼の顔が重なった。

レイシフトの許可を求めて、懸命に自分に頼み込む凛々しい目つきが重なった。

あの言葉に、きっと裏はないのだろう。

彼にとって自分もマシュも等分なのだ。辛い目にあっているのなら手を差し伸べる。きっと今までもずっと、そうやって色んな人に手を差し伸べてきたのだろう。

優しい子だ。育ちの豊かさが滲み出ている。魔術師のようなギスギスした打算ばかりの人間関係とは終ぞ無縁だったのだろう。

 

『誰かがやらなくちゃいけないんでしょう?』

 

再び、立香の言葉を思い出す。

誰かが特異点を修復しなければ、世界は終わってしまう。

人類史は焼き尽くされ、自分達も2016年を最後にこの世から消えてしまうのだ。

彼の言う通り、誰かがそれを成さねばならない。

だが、自分にはそれができないのだ。人類七十億を背負うなんてとてもではないが耐えられない。

 

(でも、あいつはきっとそんなこと考えもしていないんだ)

 

目の前の自分が、そしてマシュが辛い目にあっているから力になりたい。きっとこんなところだろう。

どこまでもお人好しで能天気な男だ。口ではああ言っていても、本当のところは特異点の修復がどれほど危険なことなのかまだ分かっていないのだろう。

そんな無知な少年を一人で放り出す訳にはいかない。

人類七十億も少年一人も変わらないのだ。自分にとってそれは等しく命であり、とても背負えるものではない。

 

『誰かの命を背負いたくないなら、その運命ごと覆せ』

 

ああ、その通りだとオルガマリーは頷いた。

最後の最後に、キャスターの言葉が勇気をくれた。

自分は決して強い人間ではない。誰か一人でもこれ以上、いなくなればきっと耐えられなくなる。

そうなる前に動かねばならない。

そうならないように、手を打たねばならない。

悲惨な末路が待っているのなら、理不尽な運命が待っているのなら、それを自分は覆さなければならない。

でなければ、一生の後悔を背負うことになる。

 

「よし」

 

意を決したオルガマリーは、先ほどまでとは打って変わって力強い足取りで管制室へと走った。

室内に戻ると、さっきまでと同じように職員達が復旧作業を進めている。

いつの間にか先に戻っていたのか、立香の顔もそこにはあった。マシュと共に片づけを手伝っているが、その顔はまだ青い。

不意打ちに思わず笑みが漏れかけ、オルガマリーは気を引き締め直そうと頬を叩いた。

その景気の良い音が室内に響き渡り、全員の視線がこちらへ集中する。

緊張から背筋が強張ったが、もう怖くはなかった。

吹っ切れたというよりは、開き直れたのだろう。

 

「アーキマン、あなたの提案を受け入れます。人類史の存続、その使命を果たすために我々は七つの特異点にレイシフトし、正しい歴史へと修正しなければなりません。それがこの事態を解決する唯一の手段となるでしょう」

 

「所長」

 

「みんなも同じ意見と捉えます。その上で異議がある者は、今すぐにこの部屋を後にしなさい。強制はしません、残りたい者だけが残りなさい」

 

凛と張り詰めた声が響き渡る。

ぐるりと視線を巡らすと、様々な顔があった。

腹を括った者、今更な宣言に呆れている者、仕方がないと首を振る者、未だ恐怖に震える者。

だが、誰一人として脱落する者はいなかった。

思惑は様々なれど、志は一つであった。

 

「所長、みんなが同じ気持ちです」

 

焼却された未来を、何としてでも取り戻すと。

 

「よろしい、この時を持って私達の運命は決まりました。これよりカルデアはオルガマリー・アニムスフィアの名の下に人理継続の尊命を全うします。目的は人類史の保護、奪還。探索対象は各年代と原因と思われる聖遺物――聖杯」

 

多くの困難が立ち塞がることだろう。

数多の英霊、伝説が形となり、人類史そのものが敵として立ちはだかる。

だが、例え如何なる結末に至ろうとも、これ以外に未来を取り戻す方法は他にない。

その決意で持って作戦名を改めよう。

これはカルデア最後にして原初の使命。

そして、レフ・ライノールによってカルデアスにくべられたオルガマリーが歩む有り得たかもしれない聖杯探索。

 

「これより人類守護指定・G.O(グランドオーダー)を発令します」

 

人類史を救い、世界を救済する聖杯探索(グランドオーダー)

魔術世界における最高位の指名を以て、自分達は未来を取り戻すのだ。




「お前が人理修復を行わないのは勝手だ。けど、そうなった場合、誰が代わりに特異点を修復すると思う?」
「……」
万丈(マシュ嬢)だ」

そんな台詞が急に湧いてきた。
以上で序章終了です。
よし、これでレイドに集中できる!

いよいよ次回から第一特異点に……いくかどうかは分かりません。
幕間に日常回挟むかも。
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