転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#132 振り出しにもどる

 ざわざわと木々が揺らめく様子は、まるでこの迷い路全体が囁き合っているようにさえ感じてしまう。どこか幻想的で、少し不気味な雰囲気。それが迷い路全体を覆い、プレッシャーとなって配信者たちを覆い隠しているのではないか。

 

 少なくとも迷い路を進むわちるにとってその場の空気は重苦しいものと思えてならなかった。震える両足で何とか体を支え、上手く動かない指先で迷い路のマッピングを行っていく。わちるの目の前に展開された半透明のウィンドウに映るのはこの迷い路のゴールである札置神社で巨大な狐の形をした攻性AIと対峙するわんこーろだった。

 本来迷い路を突破し、ゴールした配信者を映し出すための画面からはわんこーろと九尾の激しい戦いが映し出されている。炎が星々のように戦場に散り、わんこーろの生み出した水の玉が火の手を抑え込む。弾幕のように飛び交う炎と水の間をわんこーろは体をくねらせながら跳躍し潜り抜けていく。その動きは流れるようになめらかで、まるで舞っているかのように映る。その様子に映像を視聴している視聴者たちはファンタジー映画を見ているかのように興奮し、見入っているようだ。

 

 だが、それらの戦いは決してフィクションではない。わんこーろはわちるを含めたすべての配信者の盾となり、あそこで戦い続けているのだ。それを知っているわちるの胸中は穏やかではいられない。

 

「わんこーろさん……! わんこーろさん!」

 

 ほとんどの視聴者が演出だと思っているわんこーろの体につけられた痛々しい傷の数々。いくらわんこーろでもあの炎の弾幕の中を無傷で潜り抜けることは容易ではない。少しずつではあるが、わんこーろの体には着実にダメージが蓄積していた。

 

 対して九尾はダメージを与えても即座に修復され、その動きを制限することは出来ない。自由に動き回る九尾を境内から迷い路へ逃がさないように立ち回り、視聴者へこの戦いがあくまで演出のひとつであると思わせなければいけないため、わんこーろが取れる手段はかなり制限されていた。

 

 そしてわんこーろと同じく、わちるもイベントがすべて計画通りに進行しているように視聴者に見せなければいけない。わちるは傷つくわんこーろの姿に泣き叫びたいほどの衝動に駆られるが、それを無理やり心の内に押し込める。

 

 わんこーろと、すべての配信者たちの努力を無駄にしないために。

 

 

「っ……」

 

「わちる、もう見るのやめた方がいいよ……」

 

 わちるの後ろから共に行動する無名火かかおが心配そうに声をかけた。

 

 現在わちるは数人の配信者と合流を果たし、グループとなって迷い路を進んでいる。共に行動しているいくらかの配信者はすでに自枠で配信を開始しており、わちるも自身の配信枠から配信を行っている。それ故にナートや○一のような配信を行っていない配信者のように寝子と頻繁に連絡をとることは控えていた。あくまで配信者と実況席との直接的連絡は行っていない、という設定だからだ。

 

 わちるも不自然にならないよう配信を始めたのだが、それは思った以上にわちるの精神を消耗させてしまう。

 

「……いえ、わんこーろさんが頑張っているのに、そんなことできません……」

 

『さっすがわんころちゃんガチ勢w』『わちるん食い入るように映像みてて草』『わんころちゃんもわちるんも演技上手すぎでしょw』『いやこの悲痛さは演技じゃねえな』『確かにwわちるんなら演技でもわんころちゃん心配するわなww』

 

「……あはは、ま、まあわんこーろさんなら余裕でしょうけどね……!」

 

『草』『だよなw』『たしかにw』

 

 当然ながら視聴者は現在進行している事件の状況を理解していない。わちる達が秘匿しているのだから当たり前ではあるのだが、それでも何も知らない視聴者のコメントはわちるにとってかなりの負担になってしまっている。それでもわちるは不自然とならないようにコメントを拾い続け、笑い話に変えていく。

 

 

「わちる……」

 

 かかおも自身の配信を行っている関係であまりわちるばかりに気を取られているわけにはいかない。配信者として配信を行った以上、視聴者をないがしろにするわけにはいかない。

 

「わちる、今は耐えるのじゃ。地図を埋め、例の場所を突き止めるのが先決じゃ。それがわんこーろ殿の手助けとなるじゃろ?」

 

「そうだよ! わたしたちも手伝うからさ!」

 

 そっとわちるに近寄り労わったのはイナクプロジェクトのリーダー、イナクであった。彼女もわちるやかかおと同じグループに合流し、配信をしながら迷い路を進んでいた。

 イナクは初めて会った時よりも物腰柔らかな様子でわちるを安心させると周りの配信者と視線を合わせる。周囲の配信者もその視線に頷いて返事を返す。

 

 他の配信者も思いは同じだ。誰も彼もがFSとわんこーろに憧れを持つ配信者たちで、わんこーろの姿に心痛めない者が居るわけない。だが、それを顔と声音に出してしまうほど素人ではない。すべてはわんこーろの努力を……すべての配信者の努力を無駄にしない為に。

 

 

 このV/L=Fは、大成功で終わらせなければならないのだ。

 

 

 

「……ありがとうございます。無名火さん、イナクさん」

 

「私のことは、かかおでいいよ。他のFSメンバーからはそう呼ばれてるし」

 

「ワシも呼び捨てでよいぞ? 配信者としてはわちるの方が先輩じゃからな」

 

 顔を上げたわちるを見るかかおとイナク、その姿はわちるよりも小さいか同じくらいだ。だが、その配信者としての意識の高さや覚悟の違い、それらを含めた頼りがいのある姿というものにわちるはFSのメンバーと同じような雰囲気を二人に感じていた。

 

 ヴァーチャル配信者界隈のトップグループであるFS(フロント・サルベージ)に所属しているとはいえわちるはまだヴァーチャル配信者として活動を始めて半年も経っていない。そんなわちるから見れば二人の姿は学ぶべきことが多く、自身よりもずっと前を進んでいるように思えた。

 

 娯楽を視聴者と共有することを目的としたヴァーチャル配信者の出現と、配信者グループFSの発足、それらに魅入られた技術ある人々の界隈への参入。それらが爆発的なスピードで行われたヴァーチャル配信者黎明期に、無名火かかおは生まれ戦っていた。その実力も肝の据わり方も配信者として見習うべきことは多い。先ほどのように他者への気遣いも上手く、なこそに滅茶苦茶な扱いを受けているところもなぜか可愛らしいと評価? されている。

 

 わちるよりも新参であるイナクに関しても、その強めのキャラと配信機器の技術や知識から配信でのトラブルは少なく、安定している。視聴者の支持も厚く、すでにチャンネル登録者数も新人とは思えないほどの数を叩き出している。

 

「しっかし、ミャンと双子とはぐれたのは痛いのじゃ……ミャンはともかくあの双子は無事か心配じゃのう……」

 

『無事もなにも』

 

『こうやって通信できているのです』

 

『おまえラが配信画面外で変なことしてないか心配なんだっテ』

 

「うお!? 繋がっておった!?」

 

 イナクの何気ない独り言は同じプロジェクトメンバーに丸聞こえだったようで、すぐさま突っ込みが入る。

 

 結節点をわんこーろより引き継いだ灯は現在も大量のバグによる攻撃にさらされているが、それを狐稲利と犬守山中枢であるやたさまによって構築された防衛線が既のところでせき止めることに成功しており、配信者間での通信は現在問題なく行われている。それらの通信と共に、視聴者には見えない裏でのチャットを利用した連絡網によって配信者と実況を行っているなこそ、寝子との情報共有も可能となっている。

 

 

 だが、唯一わんこーろとの連絡が取れない。

 

 設置された札置神社の配信画面より、わんこーろの戦いの様子だけはこちらから確認出来るという状況にわちるはなにも出来ない悔しさや罪悪感を感じてしまう。そんなわちるの背中を押し、何をすべきかを教えてくれる先輩配信者の姿にわちるも落ち込んでばかりはいられないと、前を向いて歩き出す。

 

(そうだ、もう迷い路の地図は半分以上できてるんだ……! このまま前に進んでいくだけで……地図が完成しなくても、バックアップの場所を特定することはできるはず……! 一つでも見つければ……)

 

 現在迷い路のマッピング状況はおよそ六割が埋まったといったところ。だがまだバックアップデータを転送している敵の接続路(リンク)の場所が特定できていない。

 

 管制室と繋がったことである程度の状況と観測できるデータが増え、それによって配信者たちの行動指針はいくらかの修正が施された。

 まず最も重要視しなければいけないのは札置神社境内に固定された巨大な石柱、それに表示された制限時間だ。管制室の解析によるとその石柱の正体は何かしらの実行ファイルであり、表示されている時間はその実行ファイルが犬守村へ完全にダウンロードされるまでの時間とのこと。

 

 一体何を行うための実行ファイルなのかは謎であるが、少なくとも良い方向へは転がらないだろう。わんこーろもそれを察してか九尾の隙をついて石柱の破壊を狙うが九尾に阻まれそれは難しい。

 

 なので現在配信者たちの共通の認識として実行ファイルのダウンロードが完了する、つまり制限時間までにバックアップデータの位置を特定し、管制室との連携によってそれを破壊。わんこーろに九尾を無力化してもらい、石柱を破壊してもらう、というのが最終目標と定められた。

 

 

 わちる達は寝子のガイドのもと迷い路を進み続ける。マッピングの速度は寝子が予想していた以上であり、そのうえ移住者からの膨大な量の情報提供が行われ続けていることでギリギリとはいえマップは制限時間以内に八割以上を埋められる想定となっていた。

 

 バックアップデータを九尾に供給しているリンクは迷い路内にいくつも点在しているらしく、マップを八割も埋めればそのどれかを発見できるだろうと思われていた。実際にそれを期待してなこそは各配信者達にマッピングを依頼し、配信者たちはその言葉に従って行動していた。

 

 だが、ここはネットの中の仮想空間だ。わちる達が想定する"予想外"を上回る予想外な事態が発生する可能性のある場所。そして、この迷い路全体に根を張る九尾はそのような配信者の動きを無視するほど愚鈍ではなかった。

 

 

「ん? 画面の九尾が何か……きゃ!? な、なに……また地震!?」

 

「うおおお!? なんじゃなんじゃ!?」

 

「みんな姿勢を低くして! どこか掴まれるところにしがみついて!」

 

「きゃあ!?」

 

「うお!」

 

 わちるがわんこーろの様子を窺おうと展開したウィンドウを覗き込むと、なにやら九尾が空に向かって吠えている様子が映し出されていた。その直後、突如迷い路全体が大きく揺れ動く。立っていられないほどの揺れにたまらず配信者たちは地面に手を付くか、瑞垣や鳥居を支えにして何とかこらえていた。

 

 そしてしばらくした後、揺れが収まった迷い路の様子にわちるは言葉を無くす。

 

「な、んで……目の前の道が……無くなってる、の……」

 

 先ほどまでわちる達が進んでいた道はほぼ一本道が続いていて、横道なども存在しなかった。だが地震が収まった後、目の前には瑞垣がありその向こうは紅葉した森が広がっている。

 

「ちょっと!? これってまさか……!」

 

「こんなことをされるとはのう……」

 

 前の道だけではない。後ろを振り返ればマッピングした情報には無い横道が追加されていたり、あったはずの道が無くなっているなどおかしな点が散見される。

 

 どうやら迷い路全体の形状が九尾によって改変されたようだ。

 

「そんな……これじゃあ……」

 

 迷い路のルートが変更されたことで先ほどまで制作していたマップは使えなくなってしまった。もう一度最初から情報を集めなおさなければいけない。

 わちるの展開するウィンドウに表示された制限時間は残り一時間程度。制限時間の半分を使って六割のマップ完成率、急いで今からもう一度マッピングしていけば何とか制限時間には間に合うかもしれない。

 

 だが……それは九尾がもう一度迷い路のルートを変更しないことが前提の話だ。配信者が動き回り、マップを完成させようとすればすぐさま先ほどのように迷い路を動かし、その形状を変化させるだろう。

 

 つまり、どれだけマップを埋めようと、永遠に地図が完成することは無い。

 

 


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