転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#151 火遊治の開湯伝説

 

 火遊治の山は活発な火山活動を行っている活火山であり、山頂から白い煙を吐き出すその姿はまさに脈動する大地を感じさせるほどの雄大さがあります。

 

 本来ならば幾度もの噴火を繰り返すはずですが、それは火口部の御柱によって封じ込められ、比較的安定しております。火山の地下にはいくつもの水脈が張り巡らされており、それは時折火山の熱によって勢いよく地上へと吹き出てきます。そうして出来た湯の湧くところこそが、温泉の始まりである源泉となっていきます。

 

「だいぶ奥の方まで来ましたね~」

 

『すっごい熱そう』『穴ぼこ酷いな~溶岩が固まった地形だからか?』『穴の中に有毒ガスとか溜まってる可能性あるから気を付けて』『この辺りは立ち入り禁止にするか、もしくは穴を塞ぐ工事が必要だな』『なら塞いで人が通れるようにした方が良さそうかな』『温泉だけじゃなく火山そのものも観光地として活用したいしね』

 

「そのあたりの整備もしていきたいですけど~雪が降らなくなってからになりそうですね~」

 

 現在私と移住者の皆さんは狐稲利さんに誘われるまま、その火遊治山の中腹辺りで温泉地の要である源泉を見つけるためうろうろとしております。

 ただ単純に湯の出る場所を見つけるだけならばそう難しくはありません。火遊治の辺りはそれこそあちこちで間欠泉が生まれているわけですから。しかし、人が入れるちょうどいい温泉の源泉ともなればその数はかなり絞り込まれます。

 地中より湧きだした温の中には成分的に人が入れないような性質のものであったり、お湯の温度が高すぎたり、逆に低すぎたりとまちまちで、湧き出す湯量が安定しないなんてこともあります。

 

 かつての現実世界ではそのような温泉でも成分を薄めたり取り除いたり、温度が高ければ湯もみと呼ばれる方法で入浴可能な温度まで下げていたりと様々な努力がなされておりましたが、火遊治の温泉は出来るだけそれらの手間は省きたいものですね……。

 

 温泉街がある程度形になってFSさんや移住者さんが観光に来られるような時になったら、湯もみ体験の為にそれらの施設と高温の源泉を見つけるのも手かもしれませんけど、それはまだまだこれからですね。

 

 

「んんー……おとなしくしてねー」

 

「こ、狐稲利さん……よーりさんすごく嫌がってるように見えるのですが……」

 

 火遊治の温泉、その条件を満たした源泉を見つけようと狐稲利さんが懐より取り出したのは、なんとタヌキのよーりさんでした。狐稲利さんの胸元にまたもや入り込んで暖を取っていたらしいよーりさんは、いきなり外に引っ張り出されたことで狐稲利さんの腕から逃れようとじたばたしております。

 

『はなしてー!』『ふかふかに帰るー!』『いけにえ!?いけにえなの!?』『山の神様に捧げる人柱……いやタヌキ柱?』『なかなか物騒な文化ですなぁ……』『犬守村の闇』『もうそろそろ突っ込んだ方がいい?』『デマだ!ふぇえいくニュースだ!』『あんま言いすぎると犬守村出禁になるぞ』『村八分どころじゃ無くなるぞ~』

 

 そんな闇々しいことするわけないでしょ~に。移住者さん、狐稲利さんに嫌われても私は助けませんからね~。

 

「よーりーお願いー。いいー? おねがいー!」

 

「いやいやよーりさん困惑してますが!?」

 

『え、なにどうすればいいの!?』『無茶ぶりやめちくりー』『犬守村の動物は空気読みも出来なきゃいけないのか……』『よーりちゃんガンバ!』

 

 地面に降ろされ、すんすんと鼻を鳴らした後、じーっと狐稲利さんを見つめるよーりさん。狐稲利さんは両手を合わせてよーりさんを拝んでいます……なんだかシュールな光景ですね。狐稲利さんはすごい真剣みたいですけど……。しばらくするとよーりさんはまるで溜息をつくかのように顔を一度俯かせ、そして歩き出しました。

 

「おかーさー! よーりが案内してくれるってー!」

 

「お、おお……なかなか強引な~……」

 

『よーりちゃん大人~』『哀愁漂ってますよよーりさん』『しかたねぇなぁ……って感じだw』『すっごい不服そうw』

 

 よーりさんが文句も言わずさっと行動に移したのは、いつも狐稲利さんと遊んでいる時はこれが日常だからなのでしょうね……。狐稲利さんの無茶ぶりに何とか応えようとするよーりさん。う~む、私やFSの皆さんの前ではそれほど無茶苦茶なことはしないようになったのですがね~……。

 

 ……いえ、これはどちらかと言うとよーりさんを信頼しているから、なのでしょうか? 狐稲利さんにとってよーりさんや村の動物たちは遠慮の要らない、わがままを言っても許してもらえる存在なのだと認識しているのかもしれません。そして村の動物たちも、そんな狐稲利さんを受け入れ、従っているように見えます。

 

「ん~……これはこれで一つのあり方なのかもしれませんね~……わんこーろが何か言うのも違うような気がします~」

 

 たとえ母親と娘という関係であっても、狐稲利さんには狐稲利さんだけのコミュニティがあり、その中に親がずかずかと入り込んで親の価値観を押し付けるのは間違いのような気もします。

 

 犬守村の動物たちは皆かしこい子たちばかりです。ですから、狐稲利さんが本当に間違った事をしたり、無茶な事をしたりすれば拒否するでしょうし、狐稲利さんだってこれまでの経験から本当に相手の嫌がることはしないでしょう。

 互いが互いに許せる範囲で譲歩し合っている、それなりに良い関係なのかもしれません。

 

 

 前を行くよーりさんは私と狐稲利さんがちゃんとついてきているかチラチラ振り向いて確認し、歩を進めます。火遊治山の岩肌を辿り、わずかに生えている木々の間を通り、幾つかの間欠泉を越え、そしてとある一つの窪みの前で、よーりさんは立ち止まりました。

 

「犬守の地に住まう妖狸(よーり)に誘われ~たどり着いた先にあったのは~」

 

『何かナレーション始まった!?』『声音と相まってほのぼの旅番組みたいだw』『テレビならここでCM挟まる』『そこには驚愕の光景が広がっていた!!』『草』

 

「わあ……!」

 

 その窪みには白く濁った湯がたまっていました。ゆらゆらと白い湯気を放ち、時折ぽこ、ぽこ、と気泡が現れ、硫黄の匂いが僅かに漂います。

 

『源泉きた!!』『かなり熱そうだがコレいけるか?』『吹き出してる場所はさすがに熱いだろうけど、それ以外はちょうどいいかも』『とにかく入れるか調査だな』『え、よーりちゃん温泉のほうに歩いていくけど!?』『まさか……』

 

「あ、よーり!?」

 

「あ~入っちゃいましたね~……どうやら温度は大丈夫のようですね~、泉質も問題なさそうです~」

 

 とことこと歩いて温泉の前で立ち止まったよーりさんは数度鼻をくんくんと動かした後、ゆっくりとお湯の中に入ってしまいました。

 どうやら温泉の温度も泉質も丁度良いものだったらしく、よーりさんはそのまま湯の中で体を丸めて大きなあくびをし、リラックスモードに突入。目を細めて気持ちよさそうにしています。

 

 とにかく、これで火遊治温泉へと引く源泉の一つを確保することが出来ました。ただ見つけただけでなく、動物の導きにより発見されたという由緒が付与されたその温泉は、タヌキのよーりさんが見つけた温泉ですから……狸見(りけん)温泉、とでも命名しましょうか?  

 

「さすがよーりさん~ばっちりな源泉ですね~」

 

「ほんと!? じゃあ、じゃあこのげんせんを持っていくー?」

 

「そうですね~源泉の根本から、温泉街まで繋げて~此処の温泉を引っ張ってきましょ~」

 

『とりあえず一つ目確保完了ですな』『この温泉、白くて綺麗よな~』『肌に良さそう、あといい匂いしそう』『匂いはさすがに硫黄では……?』『白愛灯@FS運営:お肌つるつる……入りたいぃいいい……』『灯さん!?』『灯さんじゃん!お疲れー』『灯さんお肌の悩みで苦労してそう……』『そりゃああのFSの運営だもんなぁ』

 

「んふふ~灯さんも一緒に温泉探し手伝ってくださいます~? 温泉街が出来たら入りに来てくださいね~」

 

 そうして発見した一つ目の源泉は乳白色の濁り湯となりました。その後もよーりさんをはじめとした動物たちの協力のもと、数種類の源泉を発見し、それぞれを温泉街へと繋げる処理を施し、ついに火遊治温泉のメインである温泉を確保することに成功しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~む。このくらいでしょうかね~」

 

 火遊治の各地で見つけてきた源泉、そのお湯をちょちょいと地形を整えて水路のようにして温泉街へと持ってきて、それぞれ特色のある温泉が集まる温泉地を生み出すことに成功しました。

 温泉の種類は色で区別すると先ほどの源泉第一号である乳白色のもの、赤褐色のもの、黒っぽいもの、無色のものと四種類ほど見つけ出しました。本来ならばこれほど多種の泉質が揃うのは土地的にかなり稀ではありますがそこは犬守村、その程度不思議でもなんでもありません。

 

「おかーさー、よーりがー」

 

「あらら、他の子たちも集まってきちゃいましたね~」

 

 火遊治の温泉街予定地に現れた数種類の温泉はまだ旅館などの建物なども無く、むき出しの状態で露天風呂のように存在しています。今後は温泉を囲うようにして脱衣所なども造っていく予定なのですが、それが無い現状は野生の動物たちの絶好の湯あみ場所と思われているようです。

 

 先ほどから私と狐稲利さんの温泉街建設作業を遠巻きに見ていた野生動物たちが、温泉が現れたのを見るや興味深そうにこちらに近づいて来たのです。よーりさんが遠慮なく温泉に入っていくと、それに倣うように他の野生動物達が温泉へと向かい、ゆっくりとお湯へと入っていきます。

 

『かわいい~~!』『可愛いがすし詰め状態でさらに可愛い』『何とか隙間に入ろうと頑張ってて草』『温泉に入りきらんww』『温泉の噂を聞きつけて続々と動物が集まってきてるなw』

 

「なんだかほのぼのする光景ですね~」

 

「おかーさー私も入っていいー?」

 

「はいダメですよ~配信してますからね~」

 

「あ……うぅ……そうだったー……」

 

『えっ!ダメなの!?』『ダメかな……?』『ダメだよ』『本当にダメかな?』『本当にダメだよ』『とか言って本当は~?』『ダメに決まってんだろ!!』『ダメじゃないよ入ろうよ派VSダメでしょ(冷静)派の争いは続く……』『そこまでして見たいのか……』『正直ドン引きなのよ……』『さすが村八分された移住者だ、面構えが違う』『鼻の下伸ばしてるだけなんだよなぁ』

 

 どうも狐稲利さんは強く興味の惹かれるものを前にするとそれ以外見えなくなるみたいですね……。ずっと動物たちが入っている温泉の様子をキラキラした目で見ていますし、私が止めないとそのまま服を脱ぎだしかねません。さすがに配信しているということを言うと少し頬を染めて恥ずかしそうにして入るのをやめてくれましたが。

 

 温泉に入っている動物はよーりさんと同じタヌキたちに、キツネの子たち、ウサギのような小さな動物の姿も見えます。他にも鳥類や肉食の動物も森から現れ、別の温泉へと歩を進めていきます。一度ちらりとよーりさんたちのいる温泉を窺うような素振りを見せましたが、狐稲利さんの姿を確認すると何もせずそのまま別の温泉に入っていきました。

 

「? おかーさー? どーしたのー?」

 

「ん? いいえ~なんでもありませんよ~あの子たちも狐稲利さんが大好きなんだな~と思いまして~」

 

「? 私もみんなだいすきーだよー?」

 

「んふふ~そうですね~みんなだいすきですね~」

 

 冬という季節は獲物となる動物を狩ることもままならない厳しい時期です。それでも生きていかなければならないのが野生の動物たちであり、そこに遠慮や躊躇いというものはありません。だって命がかかっているわけですから。

 

 ですが、どうやら今温泉で温まっている動物たちはそれらを差し置いても、狐稲利さんという存在を優先してくださったのかもしれません。目の前に狐稲利さんがいるから、この場所で狩りを行い血を見せるようなことはしたくないと思ってくださったのかもしれません。

 

 犬守村の動物たちはとても賢いです。ですから、それは私の思い込みなどではないでしょう。

 

「あーオオカミがお腹出してるー。おかーさーちょっと撫でてくるねー」

 

「……分かりました~」

 

 ……いやちょっと考えすぎかもしれません。ただ単純にお腹いっぱいなだけという可能性の方が高いかもです。犬守村はどの動物も飢えないように食料が豊富に存在していますし、一説にはオオカミは魚なども食すると聞いたことがあります。

 

「んふーもふもふーおきゃくさんー良い毛並みしてますねー」

 

「なんですかそれは?」

 

『マッサージ屋さん……かな?』『大丈夫?その表現いかがわしくない?』『動物をこねくり回せるんなら俺もマッサージ屋になりてぇよ~』『野生のオオカミがお腹を見せる……野生とは?』『そんなもん狐稲利ちゃんの前では意味がないのよ』『あれはオオカミじゃない、犬だよ犬』『野生捨てちゃったかぁ~』

 

 結局狐稲利さんの周りを食性問わず様々な動物たちが取り囲み、その足や背中に飛び乗ろうとジャンプしたり撫でてくる狐稲利さんの手をぺろぺろと舐めたりとなんだかこの季節には似つかわしくないほのぼのな空間が形成されております。

 

「狐稲利さーん! もうそろそろ温泉街を完成させますよー!」

 

「はーい! ねーねーおかーさー、この子たちのおんせんも造っていーいー?」

 

「ん~? 動物たちのための温泉ですね~。分かりました~豪華で大きなものを造りましょうね~」

 

 そういえば昔から日本の動物は温泉が好きでしたね。温泉に入るお猿さんが有名ですが、それ以外の動物たちも温泉が好きなのでしょう。

 

 

 その後は狐稲利さんの後をついてくる動物たちと一緒に温泉街を造っていき、ほぼほぼ完成となりました。と言ってもまだまだ飾り付けが十分ではありませんし、温泉街の温泉施設にまだ温泉を通していないので実際に運用できるわけでは無いのですが。

 

 とにかく、この配信の目標であった温泉街の完成までは到達できたので、この辺りで配信を終わりたいと思います。久々の長時間配信で移住者さんもお疲れで……。

 

『ええーー!?じゃあじゃあ、わんころちゃんたちの温泉シーンはカット!?』『いやだいやだ!"湯けむり温泉わんこーろの秘密の宿"を見るまで死ねないんだい!』『はい村八分』『厳しいいいいい!?』『草過ぎる。あ、わんころちゃんお疲れー』『おつおつー次は実際にお湯が張った後の温泉街の紹介もお願いしますー』『ポンポン建築物が建っていくのは面白かったなwお疲れさまー』

 

「あはは~移住者さんはやっぱり元気ですねぇ~……。また頃合いを見て完全な姿の温泉街をお披露目したいと思います~。それでは皆さん~いってらっしゃ~い~。また犬守村に帰ってきてね~」

 

 


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