転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
「んっしょっと、こんな感じでいいかな~」
みなさまこんにちはわんこーろです。
最近徐々に暑くなってきたようですね。メイクでもそんな声がちらほら聞こえるようになってきました。
まあ、それも仕方がないことでしょう。ここ数十年で日本の夏の最高気温は都市部で44度を突破し、いまだ上がり続けているらしいのですから。
この犬守村も時間と共に季節の概念を実装したことでリアルと同じように夏が到来し始めているのですが、この世界の気候は私がかつて生きていた世界の数十年前をモデルにしていますので暑いときでも32度程度までしか上がりません。そのうえつい先ほど実装した雲の影響でちらほら影が出来てくれるので肌寒く感じるほどです。
ですが、それでも犬守村には涼を取る方法が限られていますので早々に何か対策をしなければなりません。
その対策の一つが今私が行っていることなのです。
「うんうんいいんじゃ~ないでしょ~か~?」
鏡の代わりにモデリングソフトに自身の姿を映し出し、その全景を確認中です。昨日までは桜柄の浴衣に身を包み、春の暖かさを感じられる装いにしていたのですが、それでは視聴者さんがすこし暑苦しく感じてしまわれるかと思いお着物を変更することにしました。
「うう~ん?自分ではよくわから~ん?皆さんかわいいって言ってくれるといいんですけど~」
今回採用した浴衣の柄は水色と青色を基調として紫陽花の柄が入れてあるものを選択して、涼やかで夏を感じられるようにしてみました。あと私の前髪も髪留めでまとめてあるのでおでこが見えてます……今まであまり見せていない部分なのでなんだか恥ずかしい気持ちもありますが、浴衣だけでなく全体が新鮮に見えるように工夫してみました。
髪留めは虹色のものを付けております。これは黒髪と合わせてまるで夜空に浮かぶ花火のように見えるかと思いデザインしました。
「不安~も、ちょっとあるけど~しっかりお披露目がんばるよ~」
両手をぎゅっと握って頑張るの決意表明ですよ!これからも季節やいろんなイベント毎にお着換えしていくつもりなので慣れていかなければ。
さて、明日は待ちに待った休日。お昼の日が高い時間から配信を始める予定です。水を引いて、ちょちょいと情報の追加を行った川のお披露目や開拓途中の滝の様子などいろいろと見て頂きたいものがあるのです。
ですが、それだけではなんだか新鮮味がありません。いつも制作とお披露目配信の繰り返しなところがありますからねぇ。
「ここはひとつサプライズ~といきましょ~か」
んふふ~そうと決まれば早速準備しなければ!
ほとんどの人間にとって仕事のない休日、すでにうっすら汗が滲む程度の気温が観測されていた。ここ数年の気温上昇はとどまることを知らず、ただでさえ高温である上にどこであろうとコンクリートに埋め固められた都市はその存在がさらに温度を上げ、夏となれば常に熱気を放つ存在となっていた。
だが、地下に住んでいるためか環境と言うものに無頓着な今の人間にとってそんな事はどうでもよく、ほとんどの人は冷房の効いた部屋で思い思いに休日を過ごしていた。
とある地上都市の一軒家、その一室で初めての配信が今日の夜に決まった新人ヴァーチャル配信者である
「よーし!今日の宿題は終了!明日も休みだし、これで心配事は無し!」
机の前のディスプレイとにらめっこしていたわちるはそう言うとすぐさま席を離れ、後ろのベッドへと倒れ込んだ。
彼女が格闘していたのは学校で出された課題だ。次の日が休日であるという理由からいつもより多めに出されていたそれを、わちるは休日最後の日にでもまとめて終わらせればいっかなどと考えていた。
だが、わちるの保護者であり、FS所属配信者達のスケジュール管理をしている"室長"と"
さすがに二日分の課題を半日程度で終わらせるのはなかなかハードかと思われるかもしれないが、それほどでもない。
というのもこの世界では登校というものが存在しない。すべての学生は自宅で授業を受けることが出来るのだ。授業はネットで配信されており、学生であることを証明するアカウントを取得していればいつでも何度でも授業を受けることが出来るし、その授業で出された課題もネットを通してワンクリックで提出することが出来る。授業を聞いていれば難なく処理できる課題を、授業の動画データを流しながら取り組めばそれほど時間もかからず終わらせることが出来るという訳だ。
わちるは楽しいことはめいいっぱい楽しみたい性分であり同時に複数の心配事があるとそちらに気がいって目の前の物事に集中できない性格でもある。
それを自覚していたわちるは室長達の言葉ももっともだと思い、何とか配信前に課題を終わらせようと数時間前から机にかじりついていたのだ。
「でも、最大の心配事はまだ解消されてないんですよね……」
わちるはベッドに横になりながら、小型の情報端末を操作する。
格段に科学技術の進化した時代でありながらも利便性や効率、あるいは慣れという点からスマホやPCと呼ばれるものの形状はほとんど変わっていなかった。もちろんその中身は驚くべき程近未来的な最新技術によって構成されているが。
手になじむ小型の情報端末にダウンロードされているSNSアプリ、メイクトーカーをタップし、自身のアカウントを確認する。
フォローは同じFS所属ヴァーチャル配信者といくらかの同業者のみに限られ、対してフォロワーはすでに一万人を突破しようとしていた。
ヴァーチャル配信者というだけである程度の支援者が付く昨今、わちるはそれに加えてV配信者界隈でトップをひた走るフロントサルベージ所属であるのだ。
どんな新人がくるのだろうという期待と、あのFSの所属だからという安心感がただの一度も配信を行っていない彼女にこれだけのフォロワーが付いた理由であった。
そのことがわちるにプレッシャーとしてのしかかっていた。
「なこそさんも寝子ちゃんも大丈夫って言ってたけど、やっぱり不安になるぅ~~」
ベッドの上でゴロゴロともだえるわちるだが、ふと端末から聞こえてきたコールに反応し、ちらりとメイクを確認する。
【みなさまこんにちは~今日もわんこーろの配信を始めますよ~告知通り13時からの配信になります~ぜひとも犬守村へ帰ってきてくださいね~】
確認した直後わちるはがばっと上体を起こし、端末に表示されている時刻を確認する。
12時50分、課題に集中していたせいですっかり忘れていたとわちるは焦りながら先ほど課題を終わらせたPCとは異なる、部屋の隅に設置された配信用のPCの電源を入れる。
情報漏えいなどの問題から学校専用となっているPCよりも配信に用いているPCの方がスペックが高く、高画質、高音質での視聴が出来る。そのためだけに配信用PCを利用するほど彼女の配信は価値があり、勉強になる。
無名で個人勢であるにもかかわらず凄まじいほどの勢いで登録者数を伸ばしている新人配信者わんこーろ。
わんこーろを語るメイクのつぶやきはその底の知れない情報処理能力や、詳細不明な3Dモデル制作術などが真っ先に話題にあげられるが、わちるからすればそれらの能力は彼女を語る上で突出した部分ではあるが、ほんのわずかなポイントであると考えている。
彼女の真の魅力はその声、話し方にある。ゆったりと語られるその口調と、それに絶妙に調和している安らぐような柔らかな声音。
自然と耳に入ってくる不思議なほどの安心感は他の配信者と全く異なったことをしているはずの彼女の配信を安心して見ていられるのだ。まるで彼女のその姿と声が、彼女の形作る未知の世界に尻込みする視聴者の手を取り道しるべとなっているかのように。
などと、わんこーろ配信の一視聴者であるわちるは考える。
今日もそんな未知の世界、犬守村へと帰るべく、わちるはわんこーろの配信へと急いだ。