転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#219 春を告げるイヌミミの神さま

 

 春告、という言葉の後には様々な動植物が付随してくる。春告鳥(ウグイス)であったり、春告魚(ニシンなど)だったり、春告草(ウメ)だったり。それらは春めいてくると徐々にその姿を現しはじめ、さながら春がやってくるのを告げているように見えるのだ。だからこそ、これらは春告の言葉を冠した別名で呼ばれる。

 

 当然ではあるがこれらの動植物が春を連れてくるわけではない。あくまで春の気配を感じ、顔を出すだけなのだ。

 

 しかし、そんな前例等など意にも介さず、文字通りの意味で春を告げる行事がネットワークの海に浮かぶ二つの土地から始まろうとしていた。

 

 V+R=W運営が告知し、葦原学校生徒会が公表したそのイベントの名前は"春告祭"。ほのかに漂うはずの暖かささえ感じられない葦原町に、ようやく桜の舞う季節がやってこようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 始まりは犬守村に存在する巨大な社、札置神社の神楽殿からだ。その日は二日ある休日の一日目で、配信が始まったのはそんな休日の早朝だった。あらかじめイベントスケジュールの告知が行われていたとはいえ、休日の朝という時間帯でありそれほど視聴者が集まるとはわんこーろは思っていなかった。

 

『おお……!』『巫女服のわんころちゃん。相変わらずいつ見てもきれいだな……』『神楽殿で踊る姿に思わずため息が出るわ、見惚れる』『珍しさもあるよな。巫女服なんてほぼ見たこと無いし』『この時ばかりは巫女服のわんころちゃんが可愛いよりも綺麗に見えるんよ…』『幻想的な光景過ぎてスクショ止まらん』『わんころちゃんの真剣なまなざし…移住者やっててよかった…!』『頑張れわんころちゃん!』『応援してるぞ!』『視聴者の中に保護者が混じってない?w』『娘、孫が頑張ってる姿に見えるんだよなぁw』

 

 だが、そんなわんこーろの予想を裏切り、朝も早くから視聴者は十数万にも上った。多種多様な言語がコメント欄に打ち込まれ、それが自動翻訳機能によってわんこーろになじみ深い言語へと変換される。

 そのどれもが異国の伝統的な衣装に感嘆を漏らし、この国の文化復興速度に驚いているようだった。V+R=Wプロジェクトからヴァーチャル配信者の存在を知り、わんこーろを知った初見視聴者たちの驚きようと興奮しきりなコメント欄にわんこーろは冷静な顔をしながらも内心ドキドキが止まらない。

 

(ちょっとお!? 聞いてませんよこの視聴者さんの数は~~!?)

 

 犬守村と葦原町は公式的には繋がりが無い、という事になっている。犬守村という権利的に不安定な空間が要因であるためで、春告祭の計画を生徒会と共に練っていたわんこーろも、計画された犬守村と葦原町とを繋ぎ、連続して行われるイベントとして春告祭を実行するという案に少し否定的であった。だが、その案は協力企業の九割以上の同意を得て、ほぼそのままの形で実行される事となった。

 

 大丈夫なのだろうか、とわんこーろは困惑気味であったが、草案の内容的に二つの空間を行き来するわけでもなく、二つの空間が共通した空間ではないと明記すれば問題ないだろうと判断されたようだ。

 

(うう~やっぱりこれだけ大勢に見られているのは慣れません~。と、とにかく今は神楽を間違わないように~)

 

 わんこーろは札置神社の神楽殿で神楽を舞い続ける。紅白の巫女服に身を包んだわんこーろは秋のV/L=Fのように、静かに、緊張を顔に出さず神楽を続けている。だが、巫女服から覗く尻尾はわんこーろの心情を表すかのようにあっちへパタパタ、こっちへパタパタ忙しない。それを察している移住者はコメントに草を生え散らかし、それ以外は神楽の一部なのだろうとなぜか納得しているようだった。

 

(も~う! 移住者さん笑わないでくださいよ~う!)

 

 心の中ではいつになく情けない声を上げるわんこーろ。これまで葦原町のイベント事に参加してきたわんこーろだが、今のようにすべての視聴者の視線が自身のみに注がれている状況という経験がほぼ無かった。同じように神楽を舞っていた秋のV/L=FではまだV+R=Wプロジェクト告知前で今ほどの視聴者数ではなかったように記憶しているし、二期生候補の名前読み上げはFSの公式配信と中継を繋ぐという形だったので自身の配信にはそれほど視聴者は来なかった……はずであると。

 

 実際はその特異な配信内容からV+R=Wプロジェクトの主要メンバーの中でも最も注目されているヴァーチャル配信者であるのだが、わんこーろ本人はそのことに気が付いていない。もしくはあまりの事に見て見ぬふりをしている。

 

(うわわわ~~見てる~皆さん見てますよ~~~!!)

 

 内心ワタワタするわんこーろだが、その後も神楽は滞りなく進んでいく。神楽殿の中央には小さな台が設置されており、その上にはいくつかの品が置かれていた。元々神楽とは神様へと舞を奉納する行事であり、神楽殿とはその舞台である。置かれた品も同様に神様へと奉納する品々であり、主に犬守村で採れた野菜や果物、白米などが並んでいるが、その中でも目立って置かれている品が二つ。

 

 一つは木の枝だった。小ぶりでありながら力強さを感じるそれは、二度枝分かれしており先には淡い色の蕾が付いている。清められた敷紙の上で存在感を放つ枝はこの行事における"呼び水"のような存在だ。

 

『なんだかすごい存在感だな……』『なんでも札置の奥宮に植えられている桜の木の枝らしい』『木ってだけでも珍しいけど、桜の木ってのが神聖に感じる…』

 

 置かれている桜の木の枝はこの行事の為にわんこーろが特別に用意したものだ。札置の迷い路の最奥に存在する大桜より拝領したとされる枝には犬守村の"春"が内包されている。これ、あるいはこれらが起点となり犬守村に春が訪れる……という"設定"だ。

 当然ではあるが、この桜の枝は折って持ってきたわけでは無い。裁ち取り鋏を用いて桜の木そのものの情報から分割して持ってきたもので、既にこの枝はそれだけで独立した存在として此処に在る。

 

(うう~~これFSさんも視聴されているんですよね~~? あ~自分から言い出したことですけど~ちょっぴり後悔しちゃってますよこれ~~)

 

 春告祭は本来葦原町の各所に植えられた桜を見ながら食べ物片手に散策するというイベントとなる予定だった。祭の初めにわんこーろによる季節の実装を行い、その後葦原町で花見を楽しむ、というもの。

 

 だが、それでは味気ないと言い出したのがFSリーダーであり葦原学校生徒会長のなこそだった。祭に限らず文化的、伝統的行事には必ず由緒があり由来があり、行う理由が存在する。過去にわんこーろが犬守村に温泉街を造ろうとした際、温泉に関する由緒、あるいは起原として開湯伝説を創ったように春告祭にも何かしらの歴史が必要ではないかという話になったのだ。わんこーろが困惑する中、悪ノリするFS面々により春告祭のバックボーンが形作られ、大げさなほど壮大で不思議が散りばめられた"言い伝え"が創作され、わんこーろはそんな勢いに流されるままに春告祭の中心人物としてイベントのオープニングを飾る事となったのだ。

 

 そうして春告祭の言い伝えはいくつかの昔話や神話を組み合わせ、若者にも分かりやすい話であることを念頭に以下のように制作された。

 

 【葦原はかつて四季の無い、命の巡らぬ世界だった。それを不憫に思った神たる犬守の少女は四季の始まりである"春"を集め、葦原へともたらした。犬守の少女より授かった春は葦原の花々を芽吹かせ、暖かい春風を呼び寄せた。そうして葦原は春を授かり、それは夏となり秋となり冬となり、巡り廻る四季となった。葦原は犬守の少女より賜った春の恩恵を決して忘れぬように、春を告げる少女へ捧げる祭を催した。これが春告祭のはじまりである】

 

 わんこーろは言い伝えの大まかな内容を聞いて恥ずかしさやら恐れ多さやらで悲鳴を上げそうになった。誰がどう解釈しても"犬守の少女"とやらはわんこーろだろうし、言い伝えの中で自身が神だとされているし、極め付きはこの春告祭が自身の為に行われる行事なのだと説明されているところだろう。

 

(こ、こいなりさ~ん……)

 

(おかーさ! がんばっ!)

 

(なんでそんな遠くで見てるんです狐稲利さん~!)

 

 そうして生み出された春告祭の原点となる言い伝えを現在わんこーろが演じているという訳だ。この舞台でのわんこーろの役どころはもちろん犬守村に住まう神さまであり、場面としては犬守村の春を集めているところだ。

 

 わんこーろをあまり知らない視聴者でも、秋に行われたV/L=Fでわんこーろが巫女服姿で舞っている姿を目にしたものは多いだろう。そしてその姿は彼ら彼女らの脳裏に強く焼き付いているはずだ。なぜならそれが古くより伝わる伝統や文化と呼ばれるたぐいであるからだ。

 

 料理のレシピが消失し、調理するといった一般的な知識さえもネットの海からサルベージしなければならない現実世界において、その国独自の文化によって形成された伝統行事といったものは一般的な知識をすべて掬い上げ各地の細やかな風習や些細な風土、歴史的背景を調査したうえで、ようやく手を伸ばす事が可能となるため、復興の難易度はかなり高い。

 

 故に他国は考える。失ったすべてを取り戻すことなど本当に可能なのだろうかと。ネットの深い深い水底に沈んだ無形文化(それ)は、もはやサルベージすることなど出来ないのでは無いかと。

 

 だが、そんな考えを覆し、配信画面に映っているわんこーろはかつてのこの国の姿を鮮明に再現して見せた。加えて過去に存在していた壮大かつ濃密な文化を振舞っているのが、見た目年端も行かぬ幼子なのだから、興味深く映ってしまうのは仕方がないことだろう。

 

(うんうん~いい感じですよ~。最後は~"こっち"に~)

 

 わんこーろの視線の先には桜の枝と共に台の上に置かれた箱があった。その箱は黒く艶のある漆で塗装され、金によって美しい枝葉が描かれている。中には溢れないギリギリまでみっちりと"灰"が入っていた。

 

 その灰はわんこーろが囲炉裏部屋の掃除をしている際に処分に困っていた灰だった。畑や田んぼの肥料とする分を差し引いても残っていたその灰を、わんこーろは今回のイベントの重要アイテムとしてこの場に持ち込んだのだ。

 

『桜の枝は分かるけどあれは……?』『あれは灰ですね?』『灰?』『はい』『草』『おそらく数百年前の人間も言ったであろうベタベタなダジャレで草』『わんころちゃんが処理に困ってたアレ?』『何に使うのかね~』『あ、FSの枠で説明してるっぽいぞ』『マジかそっち見てなかった!』『説明はなんて?』『ちょい待って、今なこちゃんが説明してる』『てかFSの枠も見にいってやれよ』

 

 わんこーろが札置神社で神楽を舞う映像はFSの配信にも映し出されており、その映像を見ながらFSの面々が現在何を行っているのかを視聴者に説明する手筈となっている。先ほどの春告祭に関する言い伝えを交えながらわんこーろが行っている神楽の意味や、台に並べられた食物や桜の枝、灰の入った玉手箱についての説明を行っている。

 そんな解説配信のおかげでもあるのか、春の象徴として分かりやすい桜の木の枝という物を用い、V/L=Fでも披露した神楽によって春告祭はオープニングから大盛り上がりだ。FSの同時視聴枠とわんこーろの配信枠はどちらも同時視聴者数が稀にみる数字を記録し、コメントも次々に書き込まれていく。

 

「……ふう」

 

『う、美しい……』『見惚れるなコレは』『幼女なのに色っぽいとか脳がバグる』『体の動きに合わせて尻尾と巫女服が揺れるのいいな…』『わんころちゃんガンバ!』

 

 移住者が見ている中、わんこーろの神楽は終わりへと向かっていく。幼い四肢を極限まで用いて表現するその在りようは確かにかつての文化の美しさの一端を垣間見れるものだ。しかしそれほどまでに突き詰めた動きが楽な動きであるはずもなく、わんこーろの額にはじんわりと汗が浮かんでいた。

 

 わんこーろの体を構成している3Dモデル内の膨大なデータ群は仮想空間内で現実の肉体と同様の働きを実現している。体を動かし、集中すれば当然疲れを覚える。人ならざる電子生命体として不必要と思えるそんな機能を、わんこーろは生きる上で必要な機能だと考えていた。

 

 何かを一生懸命になって行うことは辛く苦しくあるのだが、同時に達成感を覚え、自身の糧となってくれる。それが成長と呼ぶべきものであり、大切な記憶であり思い出になる。だからこそ、わんこーろは人として全力を出すと決めていた。 

 

 ……まあ、それでも予想外の視聴者数に思わず恥ずかしさが勝って脳内はしばらく混乱状態だったのだが。

 

 

 

「──こっちですよ~」

 

 わんこーろが小さく何かをつぶやくと、それまで朝日が照らしていた神楽殿にいくつもの光の粒子が飛び始めた。蛍の光よりも淡く、それでいて太陽の光の中でも個を保つその光の粒子は空中でゆらゆらと動き、わんこーろへと集まってくる。

 

『おお!すげ』『これって秋の時の!?』『めっちゃキラキラ光ってる!』『昼間なのに星空みたい……!』『御霊降ろし!』

 

 わんこーろが創造した犬守村はアップデートという方法を用いて常に進化し続けている。実装当時は数種類の色しか写すことが出来なかった空は今では数えきれないほどの色を写し出し、季節の影響によって想像以上の深みを持った空を見せてくれる。

 植物は成長し子孫を残して寿命を終えるという単純なサイクルを複雑な循環へと変貌させ、同じ種であっても育つ土地によって様々な成長模様を見せてくれるようになった。

 動物に関しても只動くだけの3Dモデルから、動物としての本能や、種としての特色を色濃く表出させるようになった。

 

 それらのアップデートはわんこーろと狐稲利によって定期的に行われ、犬守村全体に瞬時に反映される。そのアップデートの事を、わんこーろは御霊降ろしと呼んでいた。わんこーろの配信をよく見ている移住者にとって御霊降ろしはそれほど珍しいものではなく、時たま配信でも見られるくらいには頻繁に行われている。

 

 

 だが、わんこーろの事をあまり知らない一般視聴者にとって御霊降ろしは秋のV/L=Fで披露された、巫女服姿のわんこーろが神楽を舞う姿が一番に思い浮かぶのだろう。だから今のわんこーろを見て、御霊降ろしだとコメントしたのかもしれない。運営もそれを考慮して今回、わんこーろに巫女服姿での春告祭のオープニングを依頼した節がある。

 とはいえ今回わんこーろが集めた光の粒子は御霊降ろしの為の更新データではなく、季節という概念そのものだという違いはあるが。

 

 余談であるが、この巫女服は前回のものをわちるがさらに改良してわんこーろ専用に仕立てた専用の巫女服だ。幼い体のわんこーろに合わせて全体的に小さめに仕立て、太く大きな尻尾を簡単に通せるように尻尾穴もしっかりと開けてあるところにわちるの情熱が伺える。この専用巫女服の為にわちるに体の隅々まで測定された記憶を思い出したわんこーろは少しだけ、その表情を険しいものに変化させたがそれに気付くものはいなかった。

 

「……んふふ~~」

 

 神楽が終わり、台の前に腰を下ろしたわんこーろが踊る光たちの前に両手を向けると、その手の中へと光が我先にと集まってくる。しばらくするとわんこーろの両手には光の粒が盛られ、それを零れないように灰の入った玉手箱へと近づける。

 光たちはわんこーろに促されるまま、手の上から灰の中へと移動していく。灰は光の粒と混じり合い、まるで灰そのものが光り輝く粒子となったかのようだ。まるで生き物のようにわんこーろの誘導に従う光の粒の様子に視聴者はわんこーろの人ならざる部分をこれでもかと見せられ、魅せられていった。

 

 現実にはもう存在しないかつての原風景の中で、もう存在しない衣装に身を包み、もう存在しない文化をなぞる人ならざる存在。それを垣間見た視聴者はわんこーろに自然的な畏敬を抱くほどに……。

 

「ふうううう~~おわりましたよ~~めちゃくちゃ緊張しましたよ~何度か間違っちゃいましたし~心臓ばくばくですよこれ~~狐稲利さん見てくださいよこれ~尻尾の毛が逆立って直りませんよ~」

 

「お、おかーさ! まだ配信切れてないよー!?」

 

「あっ……あ~……。んふふ~!?」

 

『わんころちゃーん!?』『これは草』『配信切り忘れ、っていうか配信してんの忘れてたなw』『一通り終わってすぐ狐稲利ちゃんに抱き着くのてぇてぇ』『いつもより尻尾デカくね?と思ったらそういうことかw』『最後締まらないなぁw』『さっきまでかっこよかったのにww』『キリッとした顔が一瞬でふにゃふにゃにwww』『わんころちゃんらしいわw』

 

「あっ、あっ、え~とですね~~こ、この後は葦原町で春告祭本番ですよ~~! 皆さんどうか見に来てくださいね~~!!ばいばい!!」

 

「またあとでねー」

 

『草』『無理やり締めようとしてるなこれw』『結局あの灰は何だったんだ…?』『FSの同時視聴配信でも何なのか説明はなかったな。まだ秘密だって』『本祭で分かるんかね?』『じゃあ次はFSの公式配信だな!』『移動するか~』『わんころちゃん狐稲利ちゃんお疲れー』『お疲れ様です~』『最後までわちゃわちゃしてていつも通りの配信だったなw』

 

 

 


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