転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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電子の塔と帰る場所
#224 セカンドシグナル


 

「……んー、ふわぁ……」

 

 狐稲利(こいなり)は真っ白な空間に一人座り込んでいた。あたりを見渡しても構造物らしきものは一切存在せず、目の痛くなるような白が広がるだけだった。大きなあくびを一つし、目をこする狐稲利はなんとなしに体をゆらゆら揺らし、まだ眠たそうな表情のまましばらくそうしていた。

 

「おねーさんのゆめー……」

 

 ここ最近見ることの多くなったこの夢は不思議なことに起きればその時の記憶を忘れてしまうのだが、またこの夢を見るとなぜか思い出す。そのことに狐稲利は不思議な事だと思いながらも特に深く考える事はなかった。考えたとしても夢から覚めれば覚えておらず、意味が無いのだから。

 

「んーと、うんしょ」

 

 あたりを見渡しても狐稲利がおねーさんと呼んでいる人物が見当たらないことから少し時間を潰すことにした狐稲利は(ふところ)からいくらかの遊び道具を取り出していく。

 狐稲利が管理する拡張領域には時間をつぶすためのそういった玩具がいくつか収納されている。ボードゲームなどの対人用のものや、猫じゃらしといった野生動物用のものなど様々だが、今回取り出したのは一人で遊ぶために持ち歩いている、例の細工箱だった。

 

「んと、えと……んんー……やっぱりここから動かないー」

 

「……、何、してるの……?」

 

「んー? あー! おねーさん! こんにちは!」

 

「……、こんにちは」

 

 細工箱のいくつか動かせそうなパーツを撫でさすりながら狐稲利はいろんな角度から箱を観察するが、やはりどうやっても解法が思いつかない。これまで空いた時間に何度か挑戦している細工箱の解法であるが、いつも途中で完全に行き詰るのだ。

 

 今回も何度か挑戦した動かし方を試してみたが、そこからどう動かそうとしても先に進めそうに無い。そうやって眉間にしわを寄せている狐稲利の後ろからその少女は現れた。少女が纏う極小のポリゴンによって構成された光の粒子が狐稲利の頬をくすぐり、幾何学模様の浮かぶ瞳は静かに狐稲利を見つめていた。

 

「ニコおねーさんーこれ分かるー?」

 

「? ……、」

 

 ニコと呼ばれた少女は手渡された細工箱を見て少し驚いたような表情を見せるが、何も言わず手の中にある細工箱を何度か指先で表面を撫で、そうして狐稲利へと返した。

 

「んー……やっぱりむずかしいー?」

 

「……、左を二回、上の角を四回、そのあと下面の中心を三回、最後に上の蓋部分を四回……、叩く」

 

「叩く、のー?」

 

「……、」

 

 ニコは細工箱に少し触れただけで何かした様子はない。それなのにこれまで狐稲利が試したことのない方法を口にし、それこそが正解と断言するかのように言い切った。そんなニコに対して狐稲利はただ疑問に思いながら細工箱を受け取った。

 チリチリと、まるで燃焼するかのように舞い上がるポリゴンの粒子はニコを取り巻き真っ白な上空へと散っていく。ニコが手を軽く動かせばその動きに合わせるかのように粒子はうねり、たわみ、そして再びニコの周囲へと戻っていく。

 

「コイナリ……、」

 

「んー? なにー?」

 

「……、これ」

 

 ニコはポリゴン粒子のいくらかを手の中へと誘導し、四角い姿が目に見える程度のサイズへと巨大化させた。それらは集まり、次第に一つの塊となり細長い棒状のものに変化していく。ポリゴンが組み合わさったごつごつとした不格好な3Dモデルはカドが取れ色が付き、狐稲利にも馴染みのある姿へと成形された。

 

「おおー! えんぴつー! ニコおねーさんすごいー!」

 

「忘れるといけない……、から」

 

「うんー! ありがとー!」

 

 ニコが生み出した鉛筆を手に取ると狐稲利は細工箱の先ほど指定された場所に解法手順を書き込んでいく。白い地面に伏せるような体勢になり鉛筆を持って細工箱へ書き込んでいく狐稲利を見て、再びニコは手を動かす。

 ふわりと浮かんだ粒子が床に溶け込み、狐稲利の手元から大きな立方体がせり出してきた。それは狐稲利の腰辺りまでの高さで停止し、再びニコの手の動きによって成形されていく。そうして生み出された椅子に座り、机に細工箱を置く。

 

「ニコおねーさんありがとー」

 

「……、ん」

 

 真っ白な空間に生み出された机と椅子、そこに座る狐稲利とニコ。そんな夢は狐稲利が細工箱に書き込みを終えるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春一番が吹き終わり暖かく穏やかな季節が犬守村にもやってきた。春の植物が顔を出して芽吹きの季節を謳歌し、冬眠を終えた動物は空腹を満たすようにそれらを探し森を駆け抜けていく。これまで以上に活発に動き出す動植物たちをよそに狐稲利は目を閉じ眠りの中にいた。

 

 だが、縁側を歩く聞き覚えのある足音が耳に入り、わずかに吹く風の匂いにつられて狐稲利は薄っすらと目を開けた。

 

「狐稲利さん~起きられましたか~?」

 

「んぅ……うんー……」

 

「なんだか幸せそうでしたね~、どんな夢を見ていたんです~?」

 

「んー……忘れた!」

 

「んふふ~元気ですね~、ほらほらお昼ご飯にしますからおひるねはおしまいですよ~」

 

 縁側の日陰で座布団を枕にして昼寝をしていた狐稲利は割烹着姿の母親の問いに夢の内容を思い出そうとするが、やはりまったく思い出すことが出来ない。薄っすらとどこかの空間に自身が居たという事ともう一人、誰かに話しかけていたような気がするが、その記憶はぼんやりとしていて何を話したかも記憶にない。

 

 思い出せないのならば仕方ないと狐稲利は目をこすり大きく伸びをする。いつの間にか懐から零れていたらしい玩具のいくつかを仕舞い直している時に、気が付いた。

 

「はーい! ……あれー?」

 

 細工箱の表面に何やら文字が書かれていることに。

 

「んんー……私の字ー?」

 

 細工箱の表面に書かれていた文字のクセは確かに狐稲利自身のものだった。普段より電子生命体としての能力ではなく3Dモデルを動かしての作業を好んでいた狐稲利は機械的なフォントではなく、多少丸みを帯びた人らしい文字を書く。そのため文字にクセが現れやすく、一目で狐稲利が書いたものだと判別できた。

 

 そして、狐稲利自身から見てもその文字は確かに自分の文字だと分かるものだった。だが夢の記憶が無い狐稲利にはその文字がなぜ書かれているのか分からない。それ故に狐稲利は細工箱の表面に書かれている詳細な解法手順を、興味本位で進めていった。

 

 ふんふんふん、と鼻歌を鳴らしながら機嫌よさそうな狐稲利は、ついにこの遊びにゴールが見えたような気がして細工箱を触る指先に自然と力がこもる。後ろでわんこーろが夕飯の準備をしているなか、狐稲利は手順を次々進めていく。

 

 二回、四回、三回、そして四回叩く。夢の中の狐稲利が覚醒した狐稲利へと宛てたメッセージを的確に把握して、そして最後の四回を入力した直後、細工箱からカチリ、という音が聞こえ蓋がズレた。

 

「おおー!?」

 

「狐稲利さん~? ──っ!!」

 

 思わず大きな声を出す狐稲利に驚いた様子で振り返るわんこーろが見たのは、細工箱内に封入されていたいくつかのデータが自動で解凍され、狐稲利の正面に展開されようとしている場面だった。

 

「下がってくださいっ!」

 

 咄嗟に裁ち取り鋏(たちどりばさみ)を取り出したわんこーろが間に割って入るが、既にデータは解凍が完了し目の前に出現している後だった。元々こちらに害をなすたぐいのデータでは無いことは大まかなデータスキャンによって判明していたが、自動で解凍される事は予想外だったのか、わんこーろは細工箱内のデータが完全に表示されてもなお狐稲利をかばう形で鋏を収めようとはしなかった。

 

「……おかーさ」

 

「すみません~ちょっと驚いてしまいまして~。害は……無いみたいですね~」

 

「うんー……私こそーごめんなさいー……さいくばこー勝手にあけちゃったー……」

 

「いえいえ~狐稲利さんが謝ることはありませんよ~。……それにしても~、中から出てきたものは~……」

 

 展開されたデータをふと目にしたわんこーろはそれらの内容に困惑を深める。この細工箱は秋のV/L=F(ヴァーチャル・リンク・フェス)にてわんこーろが手にしたものであり、元々は"塔の管理者"よりもたらされたものだ。

 

 現実世界に存在する軌道エレベーター、通称"塔"。各国より伸ばされた副塔(サブシャフト)と、それを一本にまとめる役割を持つ中央管理室(セントラルセンター)その上に存在する主塔(メインシャフト)の三つの区画から構成され、遥か上空まで伸びている塔は、その主塔部分にシステム管理を行っているAIが居るとされている。それが"塔の管理者"だ。

 

 細工箱はそんな塔を管理……いや、現在支配しているAIよりわんこーろへ向けて贈られたもので、V/L=Fで発生した騒動とこの細工箱を手に入れた経緯からわんこーろは塔の管理者がこちらに対して攻撃的であると認識していた。それ故に細工箱から出てきたものに対してわんこーろは首を傾げるしかなかった。

 

「何かの……数字、ですね~……」

 

 塔の管理者は秋の始め頃から犬守村への侵入を繰り返し、秋のV/L=Fでは他の配信者を巻き込んだ大規模な騒動となった。わんこーろやFS、参加した配信者たちの尽力によりその騒動は秘密裏に収束されたものの、その管理者から与えられた細工箱に入っていたものはなんとただの数字が記載されただけのデータ群だった。

 

「ふむ~……暗号、でしょうか~? それともこの数字が何かを示しているのかも~?」

 

 裏でウイルスのたぐいが走っているわけでもなく、どこにでもあるようなテキストファイルに数字が並んでいるだけのそれをわんこーろは手に取りあらゆる角度から見てみるが、どう見てもただの数字の羅列でありそれ以上では無いように見える。

 わんこーろが細工箱の中身に手を触れたのを見て、狐稲利も細工箱へと近づき中身を確認する。

 

「おおー……、んー? おかーさー他になにかあるよー?」

 

「何かですか~? ……ん~、これは~?」

 

 テキストファイルと共に細工箱の中に入っていたもの、それを取り出した狐稲利はそれの中身を"パラパラとめくっていく"。それの中身に目を通す狐稲利につられるようにわんこーろも顔を近づけ、そしてとあるページが目に留まる。

 

 

 

 それは雑誌だった。シンプルなテキストファイルと共に封入されていた物としては少し場違いとも思える雑誌。

 

 "表紙は原色が多用されており、目に痛い。文字のフォントも一目では文字と分からないほど崩れており、文字色も原色のボーダーでかなり奇抜だ"

 

 

 「セカンドシグナル(SS)?」

 

 それは、室長が天文台を調査するにあたって集めた資料に紛れ込んでいたものであり、切り離された天文台の仮想空間に保管されていたものであり、そして現在細工箱より取り出された、オカルト雑誌だった。




Twitter等でも呟きましたが、これより最終話まで毎日二回投稿(6:00、18:00)となります
何も問題なければ最終話の投稿は12月27日の18時予定です

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