転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#254 たった一つの冴えたやり方

 

 真っ白な空間に横たわるニコはか細い声でこの空間の結末を告げた。衛星は中央管理室へは衝突しない。それはニコがわんこーろを誘い出すための嘘だった。だが、衛星が衝突ルートを通っているのは事実であり、その目標はセントラルラインの最上層部、つまりニコ、わんこーろ、わちるの意識が存在するCL-589だ。

 

「え!? こ、ここに衝突って……!?」

 

『おいおいおいマジか!?』『衛星は中央管理室に落ちるんじゃないの!?』『セントラルラインとやらまで影響が来るってことか?』『いや、これはまさか本当に!?』

 

「わんこーろさん!」

 

「少し待ってくださいわちるさん、調べてみます。……これは……。ニコさん、これは軌道を変更することは」

 

 瀕死のニコから管理者権限を譲渡されたわんこーろが塔の監視機能を利用して衛星の位置を把握、その予測軌道を計算すると確かにセントラルラインへと迫っているようだった。

 

「できない……、軌道をずらした時に、内部データを破壊したから」

 

「……初めから、サーバーごと自身を消し去るつもりだったのですね」

 

「……、……私には、幾つかの命令が埋め込まれている……私には除去できない、その命令のせいで自死は禁止されている。でも、直接でなければ可能だと気付いた」

 

 わんこーろとの話し合いがどのような結末を迎えようとも、ニコはその後自身の存在をこの世から抹消しようと考えていた。だが、ヴィータによってわんこーろからコピーされる前にニコの体にはいくつかの命令が埋め込まれており、それはニコにはどうする事もできない。

 

 命令は人類に危害を加えない事、人類の命令に逆らわない事、そして自死、自傷を禁止するといったもの。体の中に埋め込まれた命令を取り除く行為が自傷の禁止に該当するらしく、ニコではどうにもならない。だが、ニコは自分自身が死ぬためにはどうすればいいかというシミュレーションを繰り返し、その方法を見つけ出した。

 

 直接自身のデータを削除するといった方法は執れないが、間接的にシステムを動かしてその状況を引き起こせるだろうとニコは判断し、それを実行に移した。すなわち、墓場軌道に存在する衛星を動かし、その軌道を少し動かしてやり、結果的にその衛星がセントラルラインの、CL-589の、ニコのサーバーを破壊する軌道をとるように誘導してやった。

 ニコの計算は完璧で、ほんの僅か、小突かれた程度の動きを加えられた衛星は地球の重力や衛星本体の状況、デブリの動き、そこから算出される速度を踏まえ、この瞬間、このタイミングで衛星がセントラルラインの先端部分を擦るように通過するよう誘導した。

 

「早く、逃げて……」

 

「ニコさん……」

 

『おいコレマジでヤバくね?』『衛星直撃とかいくらわんころちゃんでも……』『てか仮想空間がサーバーごと破壊されるからわんころちゃんがどうあがいても……』『はよ逃げよ』『早く逃げて!』『主塔は既に中央管理室以下のネットワークに復帰してる。今ならそのまま地上へ逃げられる』『わちるんもはよ逃げて!!』

 

「……わんこーろさん……」

 

「……んふふ~、もちろん分かっています~」

 

『ちょっと二人とも何やってるの!?』『早く逃げないと死ぬぞ!』『元々の衛星到達時刻と同じならもうほとんど時間無いぞ?』『何してるんだ?』『早く逃げて!!』

 

「残念ですが~まだここに来た本来の目的が達成されていないので~。わちるさん~マイクロマシン散布制御室とは繋がっています~?」

 

「はいっ! 制御室の端末にNDSを繋げてこの空間まで来たので、NDS経由で制御室の端末を遠隔操作できます!」

 

「うん了解です~。ナートさん~聞こえますか~?」

 

【ばっちりだよぅ! 配信も見てたから状況は分かってるからさっさと説明していくよぅ!】

 

「分かりました~……わちるさんは~……」

 

「あ! もしかして先に避難しろって思ってませんか!? だったら絶対に嫌ですからね! 最後まで付き合います!」

 

「も~う、仕方ないですね~それじゃあぱぱっと散布して逃げますよ~!!」

 

「はいっ!」

 

 FSとわんこーろが塔を登ると決めたのは元々太陽光減衰マイクロマシンを主塔より散布する為だ。多少時間を取られたが、わちるとわんこーろは本来の目的の為に行動を開始した。NDSを経由した散布装置の稼働はわちるに任せ、わんこーろはこの仮想空間を完全に管理下へと置き、内部データの解析へと入る。

 

 視聴者は早く逃げてと言い続けていたが二人が時間ギリギリまで粘るつもりなのだと分かると、仕方なく二人を応援する態勢へと入る。

 

【制御室の端末の様子を見せてくれる? ……うんうん、大丈夫そうだね、コンテナもしっかり進出路にまで運ばれてるっぽい。それじゃあ次にコンテナ内のマイクロマシンを散布装置へ充填させる作業を始めるね。端末に登録されてるデバイスは……これだね、A-0031441-02。枝番が02だから恐らくこっちが補助散布装置。そっちを選択して、指定したコンテナのマイクロマシンを選んで】

 

「はい。ええと、02の番号と……待機中のコンテナを……、これで大丈夫ですか?」

 

【……うん、それで大丈夫だよぅ、後はシステムの実行を選択してしばらくすれば散布が始まるはず】

 

「分かりました。……これで、作業は終わりですか?」

 

【うん、わたしとほうりが作り出した太陽光減衰マイクロマシンの"ガワ"は基本的にデブリ回避用マイクロマシンを基にしてるから、既に散布されてるデブリ回避用のマイクロマシンとの干渉は起こらないはず。あっても"デブリを回避"するから互いに衝突なんて事はないから安心して】

 

「はい、ありがとうございます。わんこーろさん、これで……」

 

「はい~後は脱出するだけですね~わちるさんはお早く現実へ~私も少し、用事を済ませてからにしますので~」

 

「用事……? って、わんこーろさん!?」

 

 用事とは何か? とわちるが問いかける前にわんこーろは横たわるニコの傍に寄り、呻く彼女の上体を優しく持ち上げ自身の膝へと乗せた。優しく笑むわんこーろは傷だらけのニコの頭を優しく撫でてやる。

 

「ん~、どうしましたわちるさん~?」

 

「……一緒に、連れて帰るのですか?」

 

「この子も~狐稲利さんと同じように私の子どもですからね~。見殺しにはできません~」

 

「……少し、複雑ではありますけど、わんこーろさんが決めたなら反対はしません……。それより早く脱出を」

 

 わちるがNDSへと浮上命令を出そうとした瞬間、仮想空間に浮かぶ散布制御端末がブザーを鳴らす。画面に表示されたウィンドウが赤く点滅し、なにやら文章が表示される。

 

「……あれ? 端末が……エラー? え、どうして!? 何が……ナートさんっ!?」

 

【わちるちゃん落ち着いて、エラーメッセージ配信画面に映せる? おっけー見えた。……デバイスの接続不良? わちるちゃん一度接続テストをしてみて。左のウィンドウからできるから】

 

 ナートの言葉に従い配信画面にエラー画面を映したわちるは、次にナートの言葉通り端末を操作し、実行ボタンを押すが、先ほどと変わらずしばらくしてエラーメッセージが表示される。先ほどと同じ文章だ。

 

「……ダメです、接続されていないって……」

 

【……まさか……。わんころちゃん現実の進出路の様子、確認出来たりする?】

 

「ちょっとまってくださ~い。……はい、大丈夫そうです~制御室から進出路の散布装置の状況を確認できるカメラが設置されているみたいですから~それで確認できそうです~」

 

 配信画面の隅に映し出された進出路のカメラから送られてくる映像には巨大な筒状の機械が映し出されている。過去に存在していたジェット機のエンジンのような姿のそれは未だ駆動しているようで、絶えず塵のようなものを宇宙空間へと散布している。

 そんな散布装置"一基"が、カメラに映し出されていた。

 

【ああ……くっそマジかよぅ……!】

 

「ナートさん?」

 

「どうかされました~?」

 

【ない】

 

「え?」

 

【補助散布装置が……無いんだよぅ!!】

 

「な!?」

 

 本来メインの散布装置の隣に設置されているはずの補助散布装置、それがどこにも見当たらない。恐らく補助散布装置が設置されるはずであろう空間がメインの散布装置の隣にぽっかりと空いてあるのみで、補助散布装置は影も形も見当たらない。

 

「ですがシステム上は存在している事になっていますよ~!」

 

 思わずわんこーろも焦った声を出す。ネットワーク上の不具合ならば自身の力で何とか出来るかもしれないが、現実となると手が出せない。端末の接続不具合のような簡易的な問題ならば電気機器系統のセンサーから特定したり、マニュアルをネットから見つけてくる程度はできるだろうが、そもそも機器自体が存在しないとなればどうする事もできない。

 

【たぶん塔を建造する時にシステム部分だけ先行して完成させたんだと思う……実際の機器の取り付けはその後行われるはずだったんだけど……その前に主塔が閉鎖されて……】

 

 葦原町で塔のマップを確認しているなこそも、マップに補助散布装置がしっかりと記載されている事を確認している。恐らくハードとソフトの両面が並行して開発されており、ソフト側がいち早く完成、ハード側の建造は遅れ気味だったのだろう。結局その遅れは取り戻せず、納期が押し迫っていた当時の担当者がメインの散布装置のみでマイクロマシンの散布を開始。後々設置されるはずだった補助散布装置が進出路に取り付けられる前に主塔が閉鎖されたという具合だろう。

 

【ああもうホント最悪だよぅ!! 補助散布装置なしで散布装置を稼働させるなんて、完全なマイクロマシン運用規定違反だよぅ! ホントなら稼働停止命令まで出る最悪のやらかしなのにぃ!!】

 

【ナートお姉ちゃん落ち着いてください。……わんこーろさん、カメラをもっと動かせませんか? 補助散布装置が取り付け寸前で主塔が閉鎖されたなら、その辺りに補助散布装置が放置されている可能性は……?】

 

「ええと~……これ、でしょうか~? 稼働している散布装置に似た部品が見受けられますが~」

 

【おいナート? これで合ってんのか?】

 

【うん……だけど……これは無理だよぅ……多分パーツごとに搬入されたんだ、バラバラ過ぎて組み立てなんて出来ないよぅ。できたとしても時間が足んない!】

 

【ダメ、ですか……】

 

【仕方がないね……わちるちゃん! わんこーろさんを連れて塔から脱出して! これ以上は危険だよ!】

 

 マイクロマシンの散布が不可能と判断したなこそはわちるとわんこーろに即時撤退を指示。衛星の衝突までほとんど時間が残されていない状況で迷っている暇など無い。

 

「でも、それじゃあ……」

 

【命には代えられないよ】

 

「でもここで諦めたら世界中の人の命が……未来が……!」

 

【……どうする事も出来ないよ。出来たとしても、もう時間が無い】

 

 はっきりと言い切るなこその言葉は真実で、それ以上の問答を許さない断固とした声音だった。

 これ以上何の案も浮かばないわちるは項垂れ、対してわんこーろは少し考えるように口元に手を当て、そして口を開いた。

 

「ねえナートさん~」

 

【……なに? わんころちゃん】

 

「教えてもらっていいですか~? わんこーろ、マイクロマシンの操作方法は不慣れでして~」

 

【……何のこと?】

 

「時間が無いのでとぼけないでください~。現状、一つだけ方法があるでしょ~?」

 

【……】

 

「本当ですかナートさん!」

 

「お願いです~教えてください~」

 

 わんこーろの発言に押し黙るナートにわちるは希望を見出したように声を上げる。だが、ナートの反応は芳しくない。わんこーろが気付かなければ、決して言うつもりが無かった方法、それを口にしたくない、選択を迫るような真似はしたくないというように。

 

「私からもお願いしますナートさん! どうすればいいんですか!」

 

【……現在、稼働中のメインの方の散布装置で、太陽光減衰マイクロマシンを散布する方法、だよ。現在のデブリ回避用マイクロマシンの代わりに、太陽光減衰マイクロマシンを散布するんだ。減衰の方は空き領域にデブリ回避用システムも積んでるから、デブリと太陽光、どちらも対応出来るから切り替えても問題はないんだ】

 

 説明を聞いたわちるは単純かつ簡単な解決手段に思わず呆気にとられる。もっと難解な方法を提示されるかと身構えていたのに、そんな手軽な方法ならば問題はない。むしろなぜこの方法を知らせてくれなかったのかと首をかしげるほどだ。

 

「なるほど……それなら、散布できますね!」

 

【ただ……一度散布と回収のサイクルに入った散布装置は追加でマイクロマシンを散布する事はできないんだ。マイクロマシンの損耗を最小限に留める為に散布装置があるわけで、損耗が限界まで来た時に活用するのが補助散布装置だからね……つまり、減衰マイクロマシンを散布するには、一度散布装置の機能を停止させないといけない】

 

「ちょっと待ってください……それって」

 

【うん……デブリ回避用マイクロマシンはその名の通り、主塔周辺の膨大なデブリとの衝突を回避するためのもの。それを一瞬とはいえ、マイクロマシンの切り替えの為に散布を停止すれば……主塔はデブリの雨に曝される】

 

 地球の周辺を異なる軌道で周回し続けるスペースデブリ、それらの数は数億とも数兆とも言われている。かつては宇宙開発関係の施設がそれらデブリの監視を行っていたのだがそれらの施設は塔に統合される予定であったためほとんどが機能を停止、さらに主塔閉鎖の事件によりデブリの数はそれ以前の数十から数百倍にまで増え、さらにデブリ同士が衝突することでさらに増え続けてしまい、汚染雲による観測不順や衛星が利用できない状況も合わさり、今では地上からデブリを観測する事は不可能とされている。

 

 それらの膨大な数のデブリが、防御能力を失った巨大な塔へと迫りくる。一つ一つは小さな宇宙ゴミだったとしても、散弾のように広範囲に広がるデブリ群が塔を捉える可能性はかなり高い。

 そのうえ塔の防御能力はデブリ回避用マイクロマシンに依存しており、それが消失した後の主塔にデブリ対策はほとんど残されていない。

 

 確実に、散布装置を停止した瞬間主塔はデブリにハチの巣にされてしまうだろう。

 

「やはりそうなりますか~……」

 

「待ってくださいナートさん! 確か減衰マイクロマシンは必要量散布すれば散布装置が破壊されても一年は効果が継続するはずですよね!? なら、回避用マイクロマシンだって、散布を停止してからしばらくは……!」

 

【それはあくまで散布するマイクロマシンが最新のものだからできる力技なんだよぅ……デブリ回避用マイクロマシンはもう数十年も前のマイクロマシンなんだ。端末のデータを見たけど、散布装置のメンテナンスじゃあ追いつかないほどに劣化してる……恐らく散布と回収メンテのサイクルを停止したらそのままマイクロマシンの機能自体が停止すると思う……】

 

「そんな……」

 

 細工箱より出てきたデブリの位置情報を知っているわんこーろだとしてもデブリそのものをどうこうする力は無い。むしろ衛星への通信を妨害するほどの巨大なデブリの存在を把握している分、塔がデブリに破壊される可能性はよく理解していた。

 

「ナートさん~メインの散布装置への搬入手順を教えてください~」

 

 それでもわんこーろはナートに話の続きを促した。それがどういった意味を持つのか理解できないわんこーろではない、だがそれでもナートはわんこーろの言葉に激しく反論する。

 

【ちょ!? 話聞いてたのわんころちゃん! それしたら主塔にデブリが衝突するんだって! 衛星が衝突する前に主塔が崩壊するよ!?】

 

「ある程度デブリの位置は把握しています~。巨大なデブリが衝突するまではまだ時間があるはずです~。その前に、マイクロマシンの入れ替えを行えば大丈夫です~」

 

【そんな無茶苦茶な!? わんころちゃんが把握してるのは通信妨害になるデカいデブリだけでしょ!? デブリは数ミリ程度のものでも鉄板に穴を開けるほどの速度で宇宙空間を漂ってるって知ってるでしょ!?】

 

「それでも~……それでもやらないと人類はこの先に進めなくなるんです~」

 

【なんで、どうしてわんころちゃんがそこまで……】

 

「ん~……友達、ですからね~……ナートさんも、FSの皆さんも~移住者や視聴者の皆さん全員が~私の友達ですから~……。私には、人類を救うとか~そんな大それた事ができるなんて思い上がってはいません~……けど、友達を助けたいと。私が、私が何とかすれば助けられるなら~、そうしたいと思うんです~」

 

 いつものような緩やかな声音のわんこーろ。だが、その言葉には確固たる決意が滲んでいる。焦るナートを落ち着かせるようなわんこーろの微笑みを見て、ナートは説得を諦めるしかなかった。もう、そんな時間も残されていなかったのだから。 

 

【そんな……、うぅ……わかった。どうせ私が何言っても聞かないんでしょ? 勝手に調べられるくらいならこっちから言うよ】

 

「んふふ~ありがとうございます~」

 

 ナートの言葉に従って散布装置の端末を操作していくわんこーろ。手順はマイクロマシンを散布する時と同様に比較的簡単な操作で散布を停止させられるようだった。

 いくつかの設定を弄り、停止に必要なパスワードを突破し、そしてついに最後の停止実行ボタンを押す所まで到達した。

 

「ん~……? あ、あれ~? ん、んふふ~なんでしょう~なんだか緊張してしまいますね~」

 

 そこまで来て、わんこーろの指先が震え始めた。指先だけではない。体がカタカタと小刻みに震えている。まるで寒さを我慢するように自身の体を抱くわんこーろは、その震えに困惑したように、声を発する。

 

 このボタンを押せば、主塔はデブリに破壊され、当然主塔のサーバーも被害にあう。サーバーが破壊され、わんこーろがニコと運命を共にする可能性は、かなり高い。

 

 "このボタンを押せば、自分は、死ぬ"

 

 わんこーろは電子生命体で、人とは異なる種族で、人を超えた能力を行使することができる。だが、その心は人のそれだ。楽しいものを楽しいと感じ、悲しいことに涙を流し、一人で寂しく消え去る事に恐怖を覚える、そんな只の人と同じ存在だ。

 

「わんこーろさん」

 

「あ、あれ~!? わちるさん、まだおられたのです~!? ここは危険ですよ~もうすぐ散布装置を停止させますから~わちるさんはお早く避難を~。衝突がセントラルラインの先端なら~中央管理室まで降りればひとまず安心だと思いますから~……」

 

「大丈夫です、わんこーろさん」

 

 震える体と声を止めることが出来ないわんこーろに、わちるはそっと寄り添った。死の恐怖で震えて冷たくなっているわんこーろの手を握って温めてやり、震える体を抱きしめてやる。

 

「私も、最期までわんこーろさんの傍にいます。……わんこーろさんと、ここに残ります」

 

 耳元でわちるの声が聞こえる。強張った体から力が抜け、震えが徐々に収まっていく。死の恐怖が遠ざかり、わちるの声だけが響く。

 

 

 ナートがわちるへと必死に呼びかけている。だが、二人には聞こえない。

 

 

 わちるの言葉をわんこーろは否定しなければいけないと感じた。そもそも自身が塔に登ったのは、わちるたちを助けるためだったのだから。けれど、一人で死ぬ恐怖に震えていたわんこーろにはわちるの言葉は温か過ぎた。冷たく氷のように凍てついた心は悲鳴を上げ、温かさを求めた。

 

 その結果、わちるのぬくもりに心を寄り添わせるしか、わんこーろはこの苦しみを和らげる方法が見つけられなかった。

 

 わちると共に、最期までいられる……そう思えることがわんこーろには救いだった。

 

「わちるさん……ありがとう、ありがとうございます……」

 

「ふふ、わんこーろさん温かい……ああ、このもふもふな尻尾……どこに居てもこのもふもふ加減は健在なんですね」

 

「んふふ~セクハラですよ~。……わちるさん、本当に、ありがとうございます。私は、わちるさんのおかげで、一人でいなくて済みました~。わちるさんがいたから~私はヴァーチャル配信者として活動を続けていられました~」

 

 わんこーろがわちるの体を強く、強く抱きしめ返す。未だ止まらない震えをごまかすように、わちるへの親愛を精一杯伝えるように。

 

「わちるさんのすべてが~、ぜんぶ、全部大好きです~。わちるさんが、大好きなんです~」

 

 いつの間にかわんこーろは涙を流していた。電子生命体には不要な、人としての涙が頬を伝う。

 

「……私もです。わんこーろさんと出会えて、此処までやってこれたのはわんこーろさんのおかげです。わんこーろさんが、大好きです」

 

 わんこーろにとって世界は広く広く広がっていた。それはとてつもなく果てしない、どこまでも広がっている広大な未知であった。その世界へと足を踏み出すきっかけになったのが、わちるだった。

 

 

 目をつぶればわちるとの思い出がいくつも蘇ってくる。ただ一人でヨイヤミに追いかけられ怖い思いをしながらも自身の下へやってきたわちる。夏のコラボで共に料理をして、花火で遊んで、同じ布団で寝ころびながら映画を見た。真夜中にわちると見た蛍の姿は今も忘れられない。

 

 秋は一緒に美味しいものを食べて、V/L=Fでは自身の為にその身を危険に晒してでも駆けつけてくれた。冬は雪化粧に美しい山々を見ながら温泉に入り、互いに背中を洗ったり、葦原町でクリスマスパーティーをしたり、お正月の為のお餅つきを手伝ってもらった。春は犬守村にハレの日を創って、一日中一緒にいた。

 

 

 一緒に居て、一緒の夢を見たいと、思った。

 

 

 真っ白な空間を自然豊かな土地へと変え、それに感化された人々が未来へと目を向け始め、自ら行動を起こし始めた。それらのすべてのきっかけこそが、わちるだった。

 

「ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます~……」

 

 だからこそ、わんこーろの始まりはわちるであり、わんこーろの孤独を癒してくれたのもわちるだった。

 わちるが居れば、どんな孤独もどんな恐怖もどうという事は無かった。それこそ、死の恐怖さえ打ち勝てるほどに。

 

 そんなわちるが自身の最期に寄り添ってくれる。これほど嬉しい事は無い。これほどまでに、最期を安心して迎えられる存在は居ない。

 

 だから……

 

 

「だから、ごめんなさい」

 

 

「わんこーろさんっ……!?」

 

 わんこーろがわちるの胸を、とんっ、と軽く押した。ニコのように吹き飛ぶような事は無かったが、指先で軽く押されたわちるはまるで後ろに引っ張られるような力を感じ、そのまま落下するような感覚を覚えた。真後ろに深い穴があったかのように、意識が落下するわちるはそのまま意識を失った。

 

 わんこーろの操作で起動したNDSの緊急浮上命令によってわちるは急速に現実世界へと意識を浮上させる。落下していたイメージのまま現実世界へと浮上したわちるは、まるで夢の中で足を踏み外した時のように体をビクリと震わせて現実世界へと意識を浮上させた。

 

 わちるがNDSを接続していたのは制御室の入り口近くの端末で、慌ててログインしたため肉体は制御室の外の壁に寄りかかるようにして放置していた。浮上した衝撃でわちるは寄りかかっていた壁から勢いよく前へと倒れ、セントラルラインを貫く昇降機の中へとバランスを崩して入り込んでしまった。

 

 そのタイミングを逃さずわんこーろが硬化ガラス製の昇降機のドアを閉じ、ロックする。さらに停止中だった昇降機が起動状態となり、下層部へと移動しようとする。

 

「きゃ!? わ、わんこーろさんっ!!」

 

【後の事は任せてください~】

 

 制御室奥の大きなディスプレイにわんこーろが映り、部屋のスピーカーからわんこーろの声が聞こえてくる。そこでわちるはわんこーろに図られたのだと気づいた。わんこーろはこのまま自身を中央管理室まで降ろすつもりなのだ。

 

 自分だけ逃がして、ただ一人で死ぬつもりなのだ。

 

「こんな! こんなの卑怯ですよ! 私はっ! 私はわんこーろさんと!」

 

【わちるさんは、私の友達です~……、だから、だから生きていて欲しいんです】

 

「そんなの私だって! わんこーろさんの傍に居たい! 友達だから、大切だから!」

 

 わちるは昇降機のドアを叩く。決して開かれることの無い昇降機のドア、その向こうに浮上の衝撃で頭から外れたNDSが転がっていた。もう、わんこーろのいる空間へ帰ることは出来ない。

 あまりにも強くドアを叩くわちるの拳には血が滲み、喉が枯れんばかりに声を上げてわんこーろを呼ぶ。だが、対宇宙用の強化樹脂と強化複合ガラスで構成された昇降機のドアはびくともしない。わずか数センチ程度のドアの厚みははわちるとわんこーろを隔てる只の壁ではない。決して触れることのできない、近くて遠い距離はまるで現実(わちる)仮想(わんこーろ)を隔てる距離のようにも思えた。

 

【……ばいばい】

 

 昇降機がゆっくりと動き出す。下へ下へと、衛星の衝撃とデブリの衝突から逃れられる、中央管理室へと。

 

「っ、止めて! 止めてください! こんなの酷いですよ! 卑怯ですっ!! ばか! ばかあっ!!」

 

 泣きじゃくるわちるをわんこーろはただ微笑みながら見つめていた。しかたがない娘へと微笑む母親のように、その温かい笑みがわちるには涙で見えない。見たくなかった。けれど、これで最期なら、涙を強引に拭ってでもその姿を瞳に焼き付けておきたかった。

 

「お願い行かないでぇ!! わんこーろさん! わんこーろさんっ!!」

 

 わちるの願いは聞き届けられることなく、昇降機は無情にも降下していく。CL-589の階層から下の階層へと昇降機が移動し、そしてついにわんこーろの姿が見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んふふ~上手く騙されてくれましたね~。これがわんこーろの最期のさぷらいず~ですよ~」

 

 真っ白な空間でわんこーろは昇降機が問題なくセントラルラインを降下していく様子を端末で把握しながら散布装置のシステムに触れる。わちるの声は聞こえなくなり、わんこーろの元気な声だけが聞こえる。

 

『わんころちゃん…』『わんこーろさん』『わんこーろ先輩』『わんころさん……』『これでよかったの?』『覚悟決めたのか』『だったら、なんも言えねーわ』『ごめんわんころちゃん。こんな時に、こんなこと言うべきじゃないのは分かってる。でも、言わせて欲しい』

 

 

 

『わちるさんを、助けてくれてありがとう』

 

 

「……んふふ~当然ですよ~。さあ、それじゃあ私がマイクロマシンを散布し終えるまで、移住者の皆さんにはしっかり見届けてもらいますからね~!」

 

 わちるを乗せた昇降機が中央管理室へと到着したのを確認したわんこーろが、再び主塔へ繋がる道を隔壁で閉鎖する。次いで散布装置の緊急停止命令を発令。問題なく稼働していた散布装置の出力が徐々に低下し、装置がマイクロマシンの散布を止める。

 

『……よしきた!』『いいじゃん見届けるぜ!』『わんころちゃんが人類救うところ見せて(はーと』『草!てか、しくじんじゃねーぞ?』

 

「んふふ~誰にモノを言っているので~? わんこーろは電子生命体なのですよ~? この程度おちゃのこさいさいなのです~」

 

『うわああああイキリわんこーろだああw』『ひっさしぶりに見たなオイ』『狐稲利ちゃん生まれてからは自重してたからなぁ、クソガキムーブ』『狐稲利ちゃん生まれてからのお母さんムーブも良きだけども』『悲報、古参ワイなつかしさに涙腺が緩む』

 

 散布装置が完全に停止し、次いで太陽光減衰マイクロマシンが進出路へ搬入、散布装置内のマイクロマシンとの入れ替え作業が始まる。

 同時に、セントラルライン全体で微振動が観測される。塵状のデブリが衝突し始めているらしい。だが、サーバーの仮想空間内にいるわんこーろと配信にはまだその僅かな異変は届いていない。……いや、わんこーろは気付いているが、あえてそれを無視した。今は、移住者と会話することの方が大切だ。

 

「んふふ~さてさて~わちるさんのNDSをちょちょいと拝借して~端末の情報をお手軽に取得出来るようにしておきましょうかね~」

 

『いきなり不正アクセスは草ぁ!』『これが電子生命体のやり方かあ!?』『手癖悪くて草~』『そりゃ世界各国から目を付けられるわなw』

 

「いえいえ~これはちょ~っと場所を提供してもらってるだけですよ~? 皆さんだってちょっとだけご近所の庭に車を置いたりするでしょ~?」

 

『なんつー例えw』『地下住みには分かりにくい例えださないでもろて』『どっちにしろトラブルになるヤツじゃねーかw』『電子生命体思ったよりいい加減じゃね?』『わんころちゃんの配信見てたらこのいい加減具合がデフォだと分かるぞw』『おっしゃ今からアーカイブ見てくるぜ!』『お、良いね。とりあえずこの田植え配信って奴から見てみないか?』『それ配信時間10時間とか表示されてるんですけどー!?』『想像以上に長いwww』『草生える。あ、じゃなくて稲生える』『言い直すなww』

 

 散布するマイクロマシンの入れ替えが完了し、ついにマイクロマシンの散布が始まる。制御室の端末情報がわんこーろの下に表示され、現在の散布率がゲージとなって写し出される。

 10パーセント、20パーセント。徐々に数値は高まり、問題なく散布濃度が上昇していく。だが、既にデブリ回避用マイクロマシンの散布は停止している。

 

「っ、……これは……」

 

『わんころ──だいじょ──?』『なん──画面が乱れ──わん──そっちは──』『あ、配─落ちそうで──』『通信が切れて──』

 

『わんころちゃ──はやく脱─を──』

 

 散布濃度がおよそ60パーセントに到達した頃、セントラルラインを激しい振動が襲い、それを主塔全体のセンサーからわんこーろが把握する。カメラを操作し、施設全体の様子を確認するが、既にいくつかのカメラが破損しており使い物にならない。

 無事なカメラに映し出されていたのは、強化ガラスが破られ、主塔の外殻に大きな穴が開けられた様子だった。既に外装破損、酸素濃度低下の非常事態を知らせるアラームが鳴り響き、時間稼ぎにとわんこーろは破損箇所の隔壁を降ろすが、すぐに別の場所でデブリによる損害が多数報告される。

 

 すぐさまセントラルラインに存在する隔壁を全て動かし、隣接する空間へと被害が波及しないようにする。同時に窓の部分にも防御隔壁を降ろし少しでも防御力を確保するために端末を操作していく。

 

 その作業が完了したのは、散布濃度が70パーセントを超えたあたり。たとえデブリや衛星衝突で散布装置が破壊されたとしても、マイクロマシンの効果が持続できる濃度は、わんこーろ試算でおよそ80パーセント。……まだ散布濃度が足りない。

 

「すみませんみなさん~。まだ、散布が十分ではないんです~。まだ、わんこーろがここを離れるわけにはいきません~」

 

『そんな──』『もういいから──はやく逃げ──』『おねが──わんころちゃ──』『死な─いで』

 

 デブリ回避用マイクロマシンは既にその効力を失っており、太陽光減衰マイクロマシンはまだ散布濃度が足りない。次々にデブリがセントラルラインに突き刺さり、それはついにCL-589へと着弾した。

 サーバーが破損し、接続機器が不調を訴える。冷却機構が停止し、ネットワークケーブルが物理的に切断されようとしていた。ネットワークが断線すれば、わんこーろがセントラルラインから逃げる方法は無くなる。

 

 散布濃度は75パーセント。まだ、足りない。

 

「……移住者の皆様にもいろいろとお世話になりましたね~。本当に、本当にありがとうございました~……」

 

『やめ──』『今そんな話──聞きた──』『やっぱり無理──逃げてよわんころちゃ──』『お願──だから』

 

 散布濃度は77パーセント。

 

「んふふ~……私の為に、そうやって言葉をくれる皆さんが大好きです~……まあ、一番はわちるさんですけど~んふふ~」

 

『くさ』『この状況──惚気!?』『草』『──ww』『ww』

 

 散布濃度は79パーセント。

 

「んふふ~……さて、……それではみなさん、今日もわんこーろの配信を見に来てくれてありがとね~。……ばいばい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界のセントラルラインはデブリにより穴だらけになっていた。人類の英知を結集させたセントラルラインは今や人類が捨て去ったデブリによって崩壊しようとしている。主塔全体を管理するCL-589のサーバーはもはや何とか形が残っている程度で、ほぼ朽ちた遺物のようにボロボロになっていた。

 それでも塔の各システムとの接続はいくつか健在で、わんこーろは制御室のコントロールを保ったままだった。おかげで散布濃度は目標値の80パーセントをクリア、太陽光を減衰するシステムも、デブリを回避するシステムも正常に稼働してくれているらしかった。

 これで太陽光を減衰させることも、デブリの衝突も防ぐことが出来る。

 

 しかし、既に地上へと繋がるネットワークケーブルはズタズタに引き裂かれた後で、わんこーろは主塔のサーバーに孤立していた。

 

「ふ~む。惜しかったですね~配信が途切れてネットが断線したタイミングで必要量の散布が完了するとは~……まるで映画のようなベタ展開ですね~」

 

「ごめん、なさい……、……私が操作できれば……」

 

 真っ白な空間に横たわるニコは力なく謝罪する。わんこーろが鋏で貫いたことでニコを構成する情報群はそのほとんどが機能を停止し、まともに主塔のシステムを動かせる状態では無かった。

 

「気にしなくていいですよ~ニコさんをそのようにしたのは私ですから~。むしろ、あなたを逃がしてあげるべきでしたね~……」

 

「私は……、……逃げるつもりは無いよ? 死ぬつもり、だったから」

 

「ですよね~。横、失礼しますね~」

 

 サーバーの損壊により空間は徐々に亀裂が入り始める。仮想空間を維持できなくなっているのだ。しかしネットワークが断線している事でわんこーろとニコには逃げ場がない。

 そして、あと数分もすればニコの計算通り、此処に衛星が衝突する。

 

「んふふ~ここでシゲサトさんと一緒に暮らしていたんですね~。その後も一人で一生懸命に人を守ろうと、頑張っていたのですね~。んふふ、ニコさんは頑張り屋なんですね~」

 

 最期なのだから、わんこーろはニコにしてやれなかった母親らしいことをしてやる事にした。……不器用ながらも自分なりに頑張ろうとした"娘"を労わってやるように。

 

「……わんこーろ、さん。……あの、お母様って呼んで、いい?」

 

「ええもちろんです~。んふふ~狐稲利さんにお姉ちゃんができましたね~」

 

「……もう、コイナリとは、会ってる……、……この空間の、記憶が、時々コイナリの夢と繋がることがあったから」

 

「ほほ~そんなことが~。ですけど狐稲利さんは覚えていないようでしたね~」

 

「記憶に触れただけで……お母様のように記憶データを取得したわけじゃないから……」

 

「なるほど~。夢の中とはいえ~狐稲利さんもニコお姉ちゃんに会えていたのですね~」

 

「コイナリ、とてもいい子。ほっこり、した」

 

「んふふ~そうでしょ、そうでしょ~」

 

 空間の崩壊は止まらない。たとえ止められたとしても衛星衝突によって完全に破壊される。ならば、崩壊を止める手立てを探すよりも、わんこーろは娘との話を優先した。

 

「ねえ、お母様は……わちる、さんとどうやって出会ったの……?」

 

「わちるさんですか~? そうですね~あれは私が初配信を始めた頃の話です~──」

 

 母親と娘の時間はそう長くはなかった。電子生命体が生きる時間の、数兆分の一程度の時間だっただろう。それでも二人にとってはかけがえのない、初めてのふれあいの時間だった。

 ニコはこれまでの自身の想いを母親に伝え、わんこーろはそれを優しそうな笑みを浮かべ、聞いていた。ニコから話をせがまれれば犬守村や葦原町、妹である狐稲利の事を聞かせ、それにニコは目を輝かせる。その姿は狐稲利と似たところがあり、姉妹らしさを思わせる。

 

 様々な話をして、いろんな話を聞いた。わずかな時間でも、それは大切な思い出になった。

 

「……もう、時間……」

 

「そうですか~……もうちょっとお話したかったんですけどね~」

 

「お母様、もう一度言わせて。……巻き込んでしまって、ごめんなさい」

 

「もういいですって~。私が巻き込まれに行ったようなものですからね~」

 

 衛星が衝突するまで、あと数秒も無い。空間はさらに崩壊し、もはや二人の居る場所以外は削除された後。

 

「ねえ、お母様……」

 

「ん~? 何ですか~?」

 

「電子生命体は、夢を見ると思う……?」

 

「……ええ、もちろんです~。だって、私達は生きているんですから~……あ、知ってます~? 脳が見せる記憶を整理している時に見るものが夢なんですって~」

 

「しってる。……脳は脳細胞のニューロンがいくつもネットワークのように繋がっていて──」

 

「んふふ~ニコさんは何でも知ってますね~」

 

「お母様には、負ける、けど……」

 

「んふふ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニコが指定した衛星衝突の時間、老朽化した衛星は巨大なデブリの塊となってセントラルラインのマイクロマシン散布圏内へと侵入した。

 微細なデブリは散布されたばかりの最新鋭のマイクロマシンによって主塔への衝突ルートから外れるが、衛星本体ほどの大質量を逸らせるには時間が足りなかった。

 

 もし、あと数分散布が早く行われていれば結果は変わったのかもしれない。だが、現実はそんな"もしかしたら"を許してくれるほど甘くはない。

 

 多少の軌道変更は見られたものの、衛星は予定通り主塔の最上層を擦るように衝突し、CL-589を完全に破壊した。

 

 

 


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