転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
この世界では娯楽というものがかなり限られているようです。食べ物は栄養素を抽出した飾り気のないものがほとんどですし、遊びに行く場所もあるにはありますが、そのような施設は大体地上にあります。施設の利用料金はかなり割高な上に、そもそも地上に出る方法も限られており、その利用にも料金がかかるというのです。
なので一般的には娯楽とはPCの前で行われるものに限られ、何か記念日的な日には奮発して地上へ遊びに行くというのが今の若者たちのスタイルのようです。
ですので移住者さんの中には私の配信が生活の中での楽しみなのだと言ってくださる方も居て、なんだか照れてしまいます。
「ん~?夏休みですか?ああ~そういえばもうすぐ夏休みなんですね~、ご心配なく~わんこーろは夏休みの間もいつも通り配信し続ける予定ですよ~」
今日も今日とて平日の真夜中配信を行っている私、わんこーろですが今回の配信は最近やっていなかったお話配信を行っています。
真っ暗になった外からは配信外で実装した虫の鳴き声が優しく聞こえてきます。日が落ちたにも関わらず、この時間でも若干暖かさが残り、夏がすぐそこまでやってきているのを感じます。
私は犬守村の進捗状況や配信外での出来事をお話したり、移住者さんはそちらで流行っているものについてお話しています。
『ありがたやありがたや』『わんころちゃんで夏は乗り切れるな』『FSとわんころ配信のローテで乗り切る』『もう夏休みが終わるまで天井をぼーっと見つめ続けなくてもいいのか……』『←そうだぞ!もうあんな苦しみを味わわなくてもいいんだ!』
「みなさん夏休みはお暇なのですね~わんこーろはまだまだこの世界に実装したいものがたっくさんあるので~忙しくなりそーです~」
畑や田んぼもそうですし、夏の風物詩なあれやこれや……ふむふむ、これからもいろいろとやることがいっぱいですね。まあ、時間制限があるわけでも無いのでのんびり気ままにやっていきましょう。
「……!、!」
「あっ、狐稲利さんありがとうございます。こちらへ持ってきてください~」
突然何もない場所に穴が開きます。こことは別の外部空間とのリンクが繋がった際にできる穴で、私も何度か同じように穴をあけてその向こうのネットへと出かけることがあります。
そんな穴から現れたのは狐稲利さんでした。狐稲利さんは先ほどから勉強と知識補強のためネットに潜っていて、その際簡単なお使いも頼んだのですがどうやら私のお願いしたデータをサルベージしてきてくれたようです。
『狐稲利ちゃん乙』『今日も二人ともかわいい』『狐稲利ちゃんもハイスペックなのか』『はじめてのおつかいかな?』
そんな光景も最初は驚いていた移住者さんも今になってはいつもの光景だと、特に気にしなくなってしまいました。時々初見さんがこられた際ひどく混乱されるのですが、その混乱のいくらかはそんな動じない移住者さんの姿が原因であるような気がします。
移住者さんにほめられた狐稲利さんは恥ずかしそうにはにかみます。
ですが、同時になぜそんなにほめてくれるのか、と若干困惑しているようにも見えます。
「大丈夫だよ~、移住者の皆さんは狐稲利さんが大好きなんです~だから狐稲利さんのことをいっぱい甘やかして、あわよくばお友達になりたいと思っているんですよ~」
『やめて』『俺らの浅ましい心を代弁するわんころちゃんマジ鬼畜』『本人無自覚で草』『ちょっと男子~』『移住者友達つくるの下手か』
「ほらほら~皆さん狐稲利さんとお友達になりたいんですって~狐稲利さんも答えてあげてください~」
「……」
そう聞いた狐稲利さんは意を決したような顔をした後、両手を胸元へ持ってきてぎゅっと軽く握り、微笑みながら首を傾げました。
狐稲利さんの外装データを創った私が言うのも何ですが……すごいかわいいですね!
経験不足なのもあって狐稲利さんはあまり感情を顔に出せないのですが、その狐稲利さんが配信画面に向かって首を傾げ、微笑むその姿は新鮮な上にかわいい。
顔を傾けたことで普段あまり見れない彼女の菖蒲色の瞳が髪の間からちらちらと見えているのがまたイイです。
……いやいや、ちょっと待ってください。狐稲利さんそれどこで覚えたんですか?私は常識とか移住者さんの発言に関する説明をしていたりしますが、こんなあざと……かわいい動作を教えたことありませんし、ネットから覚えたんですか?
いや、狐稲利さんがネットの内容を鵜呑みにして実行に移すようには思えません。だいたいネットの情報は勉強後に私に嬉しそうに報告に来てくれますし。
これはある程度信頼している存在から教えてもらった可能性がありますね。
「……狐稲利さんに教えたのは移住者さんですか~?」
『げっばれた』『やべ』『にげるんだよぉ~』『サイナラ』『狐稲利ちゃんがあざとくなっていく……』『それはそれで最高なのでは』『意味もよく分からず実行しているから天然のあざとさだぞ』『わんころママ狂気しまって?』
「まったく……、かわいいからいいんですけどね~狐稲利さんもやっちゃいけないことや悪いことはだんだん分かってきているみたいなので~」
「………!」
そんな事を移住者さんと話していると先ほどまでにこにこしていた狐稲利さんは思い出したように慌てて空に手を延ばし、格納空間からとあるデータを取り出し、私に手渡しました。
「ああ~すっかり忘れてました、狐稲利さんありがとうございます~」
狐稲利さんから受け取ったのはいくつかの断片化したデータや破損状況のひどいデータ群でした。
狐稲利さんにお願いしたのは近々実装しようとしている作物に関するデータです。
畑で育てる予定の作物であったり、整備し始めた水田の為の稲作に関するものなどです。
狐稲利さんの情報処理能力は私と同等なので、これらのデータをサルベージする事はさほど難しくはないと思います。ですが、それらの情報がどのように利用されていたのか、どのような形でかつて存在していたのか、どのような意図で生み出されたのか、狐稲利さんにはそれを考えて、破損前の元データがどのような形をしていたのか想像するのがまだ難しく、データ修復作業中に誤訳が含まれてしまう可能性がありました。
ですので今回は正誤の確認が出来た該当するデータを片っ端から持ってきてもらう事にしたのです。まあ、今日中にという時間制限を設けていたので私が処理しきれないような膨大な量にはならないだろうと思っていたのですが、狐稲利さんの持ってきたデータは私の想像よりもかなり少ないものでした。
データの正誤確認というのも私が行っているようにデータ元を特定していく方法なのですが、そのデータが誤情報なのか判断するのも狐稲利さんには難しかったようです。そのデータを制作した人物の主義主張によっては正しいデータと呼べるし、悪意ある情報とも捉えることが出来るからです。
結局形作られたデータの善悪は観測した存在に依存するのですね……。
「……」
何とも申し訳なさそうな顔でこちらを見てくる狐稲利さんの頭を撫で……
……うん、背が足りなくて撫でられませんね。
「狐稲利さん、ありがとうね~、これからもお願いする事があると思うので一緒に頑張っていきましょ~?」
頭の代わりに狐稲利さんの手を握り、反対の手で狐稲利さんの手の甲を撫でてあげます。
私なりの狐稲利さんへの慰めと愛情表現のつもりなのですが、狐稲利さんは手を握られた時点で申し訳なさそうな顔からにこにこと満足げな顔に戻っていました。
いやいや、元に戻るの早いですね。
『おいおい移住者が置いてけぼりくらってるぞ』『放置プレイはいくない』『二人だけの空間にお邪魔した空気読めない移住者になった気分』『もうこの光景だけ24時間配信し続けてほしいわ』『見てるだけで幸せ』
「ああ、そうそうわちるさんはあとでお話ししたいことがあるので~覚悟しておいてくださいね~」
『九炉輪菜わちる:にゃんでぇ!?』
「いくら移住者さんの言葉でも狐稲利さんが鵜呑みにするのはおかしいですよね~?教えたのはあなたでしょ~?」
『九炉輪菜わちる:ギックゥ!?!?!』