転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#32 寝落ち配信(狐稲利さんが)

 

皆さんこんばんは~。わんこーろですよ~。既に夏休みに突入し、数日経過したあたりとなっております。

今私は狐稲利さんに配信の始め方を教えてあげたりしながら、深夜配信の準備を行っているところです。

 

夏休みでありますが、配信時間に変更はありません。前回決めた通り週末の休日配信と平日配信で内容を分けております。理由ですが私の配信にはかなりの数の社会人な移住者さんがおられるようで、

 

【出来れば今まで通りの配信時間帯でお願いします!お盆休みが始まるまででいいですからぁ!】

 

という悲痛なメッセージが送られてきたからです。もちろん原文のままでなく、私が不快にならないよう最大限言葉を選んだであろう超長文でした。それが一人だけでなくかなりの人数の移住者さんが送ってこられたので、一度メイクにてフォロワーさんとお話をした後、夏休みもいつも通り平日と週末の休日配信の形態を維持することにしたのです。

 

「しかし~この時代でも社会人の夏期休暇はお盆休みと言うのですね~、お盆と言うものが何なのかは既に知らない人の方が多いようですけど~」

 

他にも配信に来られる移住者さんのコメントやメイクのつぶやきなどを見ていると、私がかつて生きていた時代に用いられていた、いわゆるスラングが多用されているのを確認しました。

ですが、誰もその言葉の生まれた経緯を知らず、この状況ではこの言葉を用いる。という約束事のようなものが出来上がっているだけでした。

歴史が喪失しても、言葉として無意識に伝えられてきたものは何とか生き残っているということなのでしょうか?

 

とにかく、そんなわけで私の配信は通常営業で行っております。一か月以上の夏休みに突入する学生な移住者さんからは不評かと思われましたが、そういった反応はほとんどありませんでした。多くの方が、それでも配信してくれるだけでありがたい。という内容ばかりで、それだけ暇を持て余しているのだと感じながらも快く受け入れてくれる移住者さんに感謝です。

 

「狐稲利さん、もうそろそろ配信が始まりますからこちらに来て下さ~い」

 

そう言っていつもの部屋に狐稲利さんを呼びますが、現れた狐稲利さんはあくびをして何とも眠たそうです。

先ほどから目元をこしこしとこすりながら何となく足取りもおぼつかないようです。

 

「ああ~もう、危ないですよ~、ほらここに座ってください~」

 

思わず近寄って狐稲利さんの腕にしがみつくようにしてふらふらな体を支えようとしますが、やはり狐稲利さんの方が体が大きいためかあまり支えているとは言えません。

とりあえず配信画面の前に座らせましたが、これじゃあ今日の配信は無理かもしれませんね。

 

「狐稲利さん~向こうで先におやすみしますか~?」

 

「……」

 

狐稲利さんは眠たそうに眼を細めながらも首を横に振ります。私はそんな狐稲利さんの様子に呆れ混じりに軽いため息を漏らします。

まったく、変なところで頑固なところがありますね、眠たさに抗っても移住者さんとお話したい、ということでしょうか。

狐稲利さんにとってそれだけ移住者さんや移住者さんのお話は興味を引くものなのでしょう。自身や私とは異なる移住者さんという存在を狐稲利さんは必死に理解しようとしています。

配信画面に映る同じコメント欄に同じように流れる文字の羅列。それら一つ一つが異なる思考を持つ、いくつもの個人によって形成されたものであると当初狐稲利さんは理解していなかったようです。

 

コメントされる文章はたった一つの意思によって書き込まれたものと思っていた狐稲利さんはそのコメント内容のちぐはぐさや矛盾から徐々にそのコメントが多数の個人の意思の集合体であると理解していきました。

そこから狐稲利さんは一つの物事に関する考え方にはいくつもの解釈の仕方があり、それは個人の価値観に委ねられるのだと理解していきました。

 

いろんな考え方があり、いろんな見方がある。どれが確実に正しいという事はなく、だからこそどれが絶対的に悪であるという事もない。

 

これは初期の狐稲利さんの人格を形成する上で非常に重要となった思考だったのでしょう。だからこそ自身の形成の一助となった移住者さんとの会話を楽しみにしているのだと思います。

 

次はどんなことを教えてもらえるのだろう?と。

 

「ですがこれでは配信中に寝落ちしてしまいそうですね~」

 

既に船をこぎ始めています。このまま私が声をかけないとそのまま寝ちゃうんじゃないでしょうか、時折おおきなあくびをしながら薄く目を開ける狐稲利さんの様子を伺います。

……いや、別に狐稲利さんは寝落ちしてもいいんじゃないでしょうか。

 

「んふふ~狐稲利さ~ん、ちょっとこっち、こっちに来て下さ~い」

 

「……?」

 

私は配信画面の前で正座して、ぼーっと座っている狐稲利さんへ手招きします。狐稲利さんは首を傾げながらも私の誘いに乗ってこちらへと寄ってきます。

 

さて、それでは配信を始めましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「移住者の皆さん~こんばんは~今夜も犬守村に帰ってきてくれてありがとね~、今日は平日の深夜雑談配信です~」

 

『ただいま~』『ただいま』『こんばんはですー』『深夜だから小声なのかわいい』『わんころちゃんもかわいいが狐稲利ちゃんもかわいい』『やべーよ狐稲利ちゃん膝枕してもらってんじゃん!』『かわいいいいいい』『てぇてぇ』『てぇてぇ……』『えっ!?なにそれ私教えてない!』『←わちるん乙』『わちるん自重して』『わちるんもよう見とる』『わちるん前の配信で20分かけて行われたお説教では懲りなかったか』『ご褒美だったかー』

 

「ここ最近畑や田んぼの整備とか~データサルベージを狐稲利さんにお任せしていたので、慣れないことだらけでお疲れみたいです~なので今日は狐稲利さんを寝かしつけながら配信していきたいと思います~」

 

「…!、……」

 

狐稲利さんは私の小さな太ももに顔を乗せながら何か言いたそうにこちらを伺います。

本当に寝てしまってもいいのか、迷惑になっていないか、重たくないか、などいろんなことを考えている様子で、困惑やら申し訳なさやらがまぜこぜになったような顔をしています。

 

私はそんな狐稲利さんの覗き込むような視線に目を合わせ、微笑みながらその茶色いつややかな髪を優しく撫でてあげます。

すると途端に狐稲利さんは気持ちよさそうに目を細め、ふひゅう~、とゆるく息を吐いてリラックスしてくれます。

 

その様子に私もなんだかほっこり。狐稲利さんのさらさらな髪や体温が直に感じられ、呼吸をするたびに微妙に狐稲利さんの頭が動くのでちょっとくすぐったい気がします。

 

『すっごいリラックスしてて草』『なんだかゆったりとした雰囲気~』『俺も眠たくなってきた…』『あったかそう』『いい匂いしそう』『さわりたい』『はい村八分』

 

「この時間の犬守村はご覧のとおり真っ暗で聞こえるのは虫の声だけです~、だけと言ってもコオロギやスズムシなど何種類も実装したのでなかなかの賑わいでしょ~?」

 

少しおしゃべりを止めると外から聞こえるのは夏の虫たちのリーンリーンと言う声やコロコロという声。

決して騒々しい訳でなく、しんと静まり返った夜に優しく響いています。

 

『落ち着くわー』『あまり聞いた事が無いけど、確かにやすらぐ』『不思議なもんだ、ただの虫の声なのに』『ああ、眠気が……』『寝るな!寝たら氏ぬぞ!』『わんころちゃんにヤられるなら本望よ……』

 

「寝ちゃってもいいんですよ~?こうやって狐稲利さんもおねむですし~わんこーろの声と~虫の声でゆっくり~ゆっくり~、りらっくす~りらっくす~ですよ~」

 

移住者さんのノリがいいのでついつい私も悪ノリしてしまいます。いつも以上にゆっくりとできるだけ緩やかな声音を心がけて眠りを誘ってみます。

 

『ちょ、』『やめてくれwww』『睡眠誘導音声助か……z』『zzzzz』『このわんころノリノリである』

 

「んふふ~~ごめんね~移住者さん達面白いんだもん~、さてさて~ではおやすみの移住者さんは寝かせてあげて~お話していきましょう~」

 

それから私は虫の声を聴きながら狐稲利さんの頭を撫で、移住者さんのコメントを読んでいきます。

夏休みが始まった影響で早速皆さん娯楽不足を訴えている様子です。私の配信やフロントサルベージ所属の配信者さんのアーカイブを漁るのが通例となっているようで、この時期になると各配信の再生回数や視聴者数も伸びるらしいです。

 

『最近はFSやわんころちゃん以外にも娯楽配信始めた配信者はちらほら見かけるな』『若者は娯楽に飢えているから、無いなら自分でやってやる、って感じの子たちが配信を始めているんだろうな』『FSが配信OKな配信向きゲームなんかを提供してくれるのもおおきい』『俺も配信者になってみようかな?』『←マジ!?ついに移住者の中から配信者が!?』『←始めたら見に行くわ』『名前は移住者にするか?』『いや、名誉移住者で』『おまえかよ!?』

 

「移住者さんはこの時間でも元気ですね~こっちは虫の声が聞こえても……それだけだとちょっと寂しいような気がしますね~、こんな真っ暗な時間なら~梟がほー、ほーって鳴いていたり~狼がわおーんって遠吠えしているのを聞きたいですよね~」

 

『動物のまねうまい』『ただただかわいい』『わんころちゃんは狼だった?』『わんこーろ(狼)だったか』『だが確かに虫だけじゃなくて動物の声も欲しいところ』『動物実装はいつぐらいになりそう?』『はじめは何の動物を実装するの?』

 

「動物の実装はですね~、虫などの小さな生き物はしっかりと生きてくれていますし、前回の配信で成長に関する遷移も問題無いことが確認できたので近々生み出そうと考えております~、まず最初に生み出すのはどんな動物がいいです~?」

 

『やっぱ狼!』『梟もいいが、鷹とか猛禽類オナシャス』『シカとかどうだ?』『神社にちなんで狐はどうかな』『何でお前らそんなにぽんぽん動物の候補出せるんだよ』『我々を甘く見るな?移住者だぞ?』『わんころちゃんの力になれるように知識を蓄えているのだよ』『流石に破損データ深部のサルベージは無理だけどな』

 

その後もコメントではいくつもの動物の名前が挙げられていきます。中には日本にはもともと存在しないような大型動物の名前を出す方もおられて、移住者さんに突っ込まれています。

続々とコメントされる動物の名前を一つ一つ確認しながら私は移住者の皆さんのコメントに書き込まれることの多い動物をいくつか頭の中にメモしておきます。

人気があり、こちらの世界観の兼ね合いを考えて実装する候補を絞り込むつもりです。

 

「いろいろ動物の名前が挙がりましたが~いくらか候補を絞ってメイクにて投票にしますね~今日の配信終了から数日は投票できるようにしておくので皆さん希望の動物への投票お願いしますね~」

 

私の言葉に移住者さんは了解とコメントを書き込んでくれます。その後も実装する動物についてお話ししたり、移住者さんのお話しを聞いたりしていたのですが、とある移住者さんの書き込みを見て、私は狐稲利さんを撫でる手を止めます。

 

「え?……。ああ~確かに狐稲利さん、もう寝ちゃってますね~」

 

『狐稲利ちゃん寝てね?』というコメントを見るまで狐稲利さんがくうくうと小さく息をしながらおやすみしていることに気が付いていませんでした。

いくら夏でも夜にこのまま寝てしまっては風邪をひいてしまうかもしれません。私たちに風邪と言うものが実装されているかは知りませんが。

 

「狐稲利さんも寝ちゃったので今日の配信はこれまでにしたいと思います~夜遅くまで見てくれてありがとね~ばいばい~、投票もおねがいしますね~」

 

『おつ』『おやすみ~』『いってきます』『またねー』『お疲れー俺も寝ますかね』

 

 

 

 

さて、配信も終わりましたし、投票してもらう動物をどうするか考えておきましょうかねー。

私は完全に寝入った狐稲利さんをもう一度優しく撫で、その体に布団を――――

 

「足が動かせな……あれ?これは動けないヤツなのでは……?」

 

 

 

 

 

 

 


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