転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
私、九炉輪菜わちるは夢を見ていた。
それは私がまだおばあちゃんと暮らしていたころの夢だった。今の時代には似つかわしくない服装をして、どこかに手を引かれて連れていかれている。
到着したのは真っ白で薬のにおいのする建物。当時の私にはその場所が匂いや姿形が一般的な建物とひどく乖離していたからなんだか不思議な空間にドキドキわくわくしていたのを覚えている。
しばらくするとおばあちゃんはその建物、病院の一室に入り、そのベッドに臥せる人物へと声をかけた。
どのような会話をしていたのかは覚えていない。ぼんやりとだけど、おばあちゃんはその人を心配していて、その人は盛大に笑っていたのだけは覚えていた。
ふいにその人は私の名前を呼んだ。なぜ私の名前を知っているのか、この人は誰なんだろうと疑問に思うことはいっぱいあったけど、なぜだかその私の名前を呼ぶ声がとっても優しくて、どうしようもなく寂しそうで、私は誘われるようにその人のベッドの前まで近づいた。
そして、無造作に頭を撫でられた。いや、撫でられたでは表現が優し過ぎるだろうか、まるで頭をぐわんぐわんと揺れ動かすかのように激しく撫でつけられたのだ。
その手は武骨で、骨と皮だけしかないような、けれどとても暖かかった。
「生まれてきてくれてありがとうなぁ、―――」
首からさげた狐の人形が印象的なその人はそう言って私の名前を呼んでくれた。
けれども、私にはもうその名前を思い出せない。
私の名前は九炉輪菜わちる。それまでの名前は、母が私を捨てた、その日に捨てたのだ。
ガタン、と車体が揺れた。今の時代のモノレールが走行中に揺れるなんてことがあるはずないので、おそらくどこかの駅に着いたのだろう。
夢から覚めた私は薄く目を開け、駅名を確認する。
「まだ一駅あるぅ」
そう言ってもう一度瞼を閉じようとした私の視界に珍しい乗客の姿が写り込む。それは何の変哲もない一組の家族だった。父親と母親、そして女の子。親は子供の頭を優しく撫で、子供は窓の外を必死になって見つめている。
その窓には何も映っていない。真っ暗で、地下都市に張り巡らされたトンネルの側壁が見えるだけだった。
「……そっか、もうちょっとだ」
だけど私は次の駅名を確認し、女の子が何を待っているのかを理解する。
<本日は――線をご利用頂き誠にありがとうございます。本線はまもなく電磁干渉場を抜け環境遮断地帯に到達、地上へと上がります。皆さま、窓の外をご覧ください>
そのアナウンスが流れた数秒後、車体がわずかに上向きになり、まぶしい光が車内に溢れ、窓の外に鮮やかな景色が映し出されました。
眼前に広がるのはこの国で最も広大な面積を誇る湖。このモノレールはその湖を横断して湖の中央に位置する水上都市へと向かっている途中でした。
青い空に、蒼い湖。わずかだけど植物も存在しています。太陽の光がある分、輝いて見えるその都市は近代的な建物が立ち並び、都市の奥へ行くほど背の高い建築物が顔を見せ、都市の最奥には巨大な"塔"が天へと伸びていました。
本当は塔ではなく、移動手段なのだと室長から聞いたことがあります。なんでも宇宙まで行けるとか。
その光景が窓の外を眺めていた女の子を興奮させ、必死に目に見える景色を両親へと説明していました。
教育関係の映像データで習ったのでしょう、あれは~~という名前だ。それは~~というものだ。
そんな嬉しそうな子どもの言葉に、両親はうんうんと笑顔で答えていました。
しばらくしてモノレールは動きを止め、駅へと到着。家族は荷物を持ち、女の子と手を繋ぎその駅へと降りていこうとします。けど、唐突に女の子が車外へと走り出してしまいます。
「あうっ!」
外の景色に見とれていたのでしょう、女の子は私の目の前でつまづき倒れ込もうとしていました。いきなりの事に女の子の両親は手を伸ばすが距離が空き届きそうにありません。
「おおっとぉ!」
私は咄嗟に腕を伸ばし、車内の床へ打ちつけられるはずだった女の子を支えました。思ったよりも軽い体は私の片腕でも楽に支えることが出来て一安心です。
女の子の胴あたりを片手で抱えるようにしているため彼女からは私の顔が見えていないと思います。
「大丈夫?ケガは無い?」
私が声をかけると女の子は抱きかかえられたことで浮かんでいる自身の体を見て不思議そうにしながら、その後首を傾げこう言った。
「……わちるちゃん?」
しまった!
私は手遅れであるのに思わず手で口元を隠してしまう。なんで分かっちゃったの!?……いや、さっき咄嗟に出た声のせいだ。
配信をしている時も私の驚いた時の声音は特徴的だとわち民さんに言われている。その時の声と同じだと気付かれたのだろう。完全に油断していた……このくらいの歳ならもう私、……いやFSの事を知っていても不思議じゃない。
「ええっと……」
「やっぱり!わちるちゃん!」
女の子は先ほど以上に興奮した様子でこちらの顔を伺おうとします。彼女のそんな様子に駆け寄った両親も思わず私の顔をちらちらと伺います。
どうしたものかと思案しますが、どうにもうまく切り抜ける案が思い浮かびません。まさかこんなあっさりと身バレしてしまうとは……。
そんな時、私の後ろからまた別の声が聞こえてきました。
「あれ~?、さくらじゃん。こんなところでどしたの?」
声をかけてきたのは私と同年代くらいの少女でした。親しげに話しかける少女はマスクで顔を隠し、声もどこか作っている印象を受けます。
「ええっと……」
「なーに?さくら次の駅でしょ?立ち上がってどしたの?」
少女は先ほどの女の子の頭を撫で、そのまま私の腕から彼女を受け取り、怪我の有無をちらりと確認した後、両親のもとへと誘導、その流れるような動作に私は思わず感心してしまいます。
女の子の「わちるちゃん」発言によって彼女の両親は私の顔を怪訝そうに見ていたのですが、少女の動作に我に返り、私への感謝の言葉を述べ、女の子に怪我が無いか、危ないことはしてはいけないと注意した後、駅へと急いで降りていきます。
女の子の方はというと、わたしがさくらと呼ばれたことで配信者のわちるではないと感じ、興味が無くなったのか、こちらをちらりと見た後、両親と共に駅へと降りていきました。
「……あの、助かりました。ありがとうございます」
車両のドアが閉まり、車内には私と例の少女だけ。そのまま黙っているわけにもいかないので私は名も知らない少女にお礼を言います。少女が私の正体に気が付いていて、あのようにしてくれたのか、ただ困っている風だった私を助けてくれたのかはわからないけどお礼は言っておかなければと思った私に少女は本来の特徴的な声で呆れたように話しかけてきました。
「マスクして、声を変えたからって誰かわからないのは失礼じゃない?」
「――えっ、その声○一さん!?」
「相変わらず鈍いねぇわちるんは」
そう言って先輩であるFS所属V配信者の○一さんは、にひひと笑った。
FSでもなこそさんの次に配信歴が長く、配信慣れしているのが彼女
なんでもなこそさんの幼馴染で配信者としても長い付き合いなのだという。
○一さん本人は腐れ縁ってやつだよ、と言っていたけれどお二人のコラボ配信は息がぴったりな上、互いをアイコンタクトだけでフォローし合えるぐらいで、親密な関係であることは明白だ。
「わちるんさぁ、ああいうのは助けるな、とは言わないけどちょっとは注意した方がいいよ。わちるんももうフロサルの一員なんだからさあ」
「す、すみません。気を付けます……」
○一さんは目を細め、こちらへジロリと視線を向けます。私は自身の迂闊な行為に思わず声が小さくなってしまいます。
「ああ、いや……別にそこまで責めてるってわけじゃないからさ……そんな落ち込まないでよ?」
「ご、ごめんなさい」
FSに迷惑をかける寸前だった上に先輩に気を使わせてしまったことにさらに声が小さくなってしまいます。
「……わちるんの昨日のアーカイブ、見たよ」
「ふえっ!?」
「いやーテンパっててマジ面白かったね、実際に顔が真っ赤になってるのもちゃんとヴァーチャルで反映されてるとか技術スゲーって感じ?」
「ああっわ、忘れてくださいよぅ!」
「いーや、あれは忘れようにも忘れらんねえわ、マジ脳内に永久保存だわ」
○一さんは車内だからか、笑いを押し殺しながらもとても愉快そうに口角を上げる。
その笑みにつられるように私も自然と顔が笑顔になってしまう。そんな私を○一さんはまじまじと見つめ、不意に私の頭に手を置いた。
「そうそう、そうやって笑ってりゃいいの。わちるんはまだ新人だけど、ワタシら家族なんだからさ」
「……はい、ありがとうございます!」
私には姉妹と呼べる存在はいなかった。何をするにも一人で、それが普通だと思っていた。
けれど、○一さんや他のFSの皆さんと生活するようになって、こんな生活もあるんだと知ることが出来た。それは私にとって衝撃的なことであり、初めて心安らぐ時間を自覚した瞬間でもあった。
「さ、駅着いたし降りよ?」
モノレールの開いたドアから軽い足取りで降り立った○一さんは相変わらず、素敵な笑みで私を見つめる。その鋭いまなざしは彼女の事をよく知らなければまるで睨んでいるように見えてしまうだろう。
事実、私も初対面の時は微笑む○一さんを見て、何か怒らせるようなことを言ってしまったかと焦ったぐらいでした。
○一さんもそのことは自覚していて気にしている様子なのだけど、生来の思ったことを飾りっ気なしに口にしてしまう性格なのも相まっていろいろ誤解されたり失敗したりすることが多いらしい。
ヴァーチャルの○一さんもそんな本人の外見的特徴が取り入れてあり、そのせいでちょっとした事が炎上直前まで至ってしまったとか。
「……やっぱわちるんもワタシのことちっとばかし怖い?」
「っそんなこと絶対ありません!私は○一さんのかわいいところいっぱい知ってます!寝ぼけてなこそさんに抱き着いてお姉ちゃん~って呼んじゃったこととか!寝子ちゃんを抱き枕にしたせいで怒らせてしばらくしょぼんとしてたとことか!あとは―――」
「はーいそこまで!それ以上言ったらマジもんの睨みきかすよー!」
「怖い?」なんて寂しそうな顔で○一さんが聞いてくるものだから半分本気、半分冗談交じりで○一さんのかわいいところを口にすると目にもとまらぬ速さで口を塞がれついでとばかりに頭をガシガシと力強く撫でられる。頭の揺れる感覚のなか、必死に抵抗する私は思わず笑ってしまう。
こんなにも些細なやり取りに心が温かくなる。私はきっと、幸せなのだろう。