転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
ナートお姉ちゃんの部屋は3階の一番奥にあります。水上都市でも外側に存在するこの家は周囲に同じ高さの建物が少なく、そのため3階からの景色は周囲を一望できる上に都市の中央に位置する"塔"もよく見えます。そんな光景が気に入ったナートお姉ちゃんの希望でその部屋が彼女の自室になったのだと、本人をおぶりながら灯さんは教えてくれました。
そんな時、聞き覚えのある声が私と灯さんに届きます。
「灯、おっとわちるも一緒か、……それにナートも」
「ただいま室長!」
「室長、お疲れ様です。もうお客様はお帰りに?」
階段を上がる手前の部屋の扉が不意に開き、そこから室長が顔をのぞかせました。少しお疲れのように見えますが、私や灯さんを見て、少し微笑んでくださいました。
背中で爆睡しているナートお姉ちゃんを見たときは呆れたようでしたけど。
「お帰りわちる。……いや、まだ話すことがあってな、悪いが灯、リビングに置きっぱなしにしていた端末を持ってきてくれないか?……そのねぼすけを置いてからでいい」
「クス、分かりました。ナートちゃんを寝かせたら取りに行きますね」
「悪い、頼んだ」
「室長!私がとってきましょうか?」
私は思わず室長にそう声をかけました。端末とはいつも室長が持ち歩いている情報端末のことでしょう。持ってくるだけなら私でもできます。このくらいのお手伝いなら私でもできます!
「いや……、それほど急いでいるわけじゃない、気持ちは嬉しいがわちるは気にしなくていい」
それだけ言って室長は再び部屋の中へと帰っていきました。
「私って室長に嫌われているんでしょうか……」
「それはありませんよー室長はFSの皆さんを本当の娘のように思っていますから。ただ、ちょっと素直に口にするのが恥ずかしくてあんなそっけない態度になるんだと思いますよ?室長不器用ですから」
「そう、ですよね……うーん、でも室長にもっと灯さんみたいにお願いされたいんですけどね」
「わちるちゃんは良い子ですねー」
そんなことを話している間にナートお姉ちゃんの部屋に到着、ナートお姉ちゃんの服からキーを探し、部屋の中に入ります。
「わあっ!なんだかいっぱいありますね!」
初めて入ったナートお姉ちゃんの部屋は想像していたよりもいろんなものに溢れた部屋でした。私はあまり詳しくないのですが、どこかの企業のキャラクターのものだろう大きなぬいぐるみが部屋の一角を占拠しているかと思えば、男性が好みそうな厳ついパッケージの音楽メディアが乱雑に散らばっていたり、珍しい紙媒体の書籍が大量に保管されていたりと、とても興味が惹かれる部屋でした。
「この子ったら、あれだけ片づけなさいって室長に言われていたのに……ゴミを溜めなくなっただけましと思うべきかしら」
「あれ?ベッドの下にも本がありますよ?片づけておいたほうがいいでしょうか?」
「わちるちゃん!!それは触れてはいけないわ!ナートちゃんのためにも!」
「?」
「これでいいわね、まったく寝相までやんちゃなんだから」
灯さんがナートさんをベッドに寝かせている間、私はナートさんの部屋を見て回り、最後に部屋の窓から見える大きな"塔"をじっと見つめていました。
雲の上まで突き抜けて伸びる"塔"は日の光を反射してまるで光の糸のように空へと昇ってきます。
「綺麗だよね、今のこの時間は特に」
「本当に"塔"の周りだけは黒い雲が寄り付かないんですね」
「塔の周囲は劣化を防ぐ為のマイクロマシンが散布されてるからね。
「じゃあ世界中そのマイクロマシンで覆えばいいのでは……?」
「それは難しいねー、今利用されているマイクロマシンは汚染を防ぐだけで除去しているわけじゃないからね、此処を汚しているはずの汚染を別の場所に押し付けているのようなものなの。それにマイクロマシンはそのほとんどが精密機械だからね、熱に弱くて今では使えない国の方が多いの」
その後も灯さんは窓の外に見える塔について様々なことを語ってくださりました。あの塔の本当の名前とか、本来の用途とか。
――――あれが効率化社会を引き起こして、そして終わらせた要因であるとか。
けれど私にはそれらの話はあまりよくわかりませんでした。室長や灯さんはその効率化社会と呼ばれていた時代がとても悪い時代だったと考えているみたいですが、私はその時代を経験したことがなく、またその時代の名残がどれほど私たちの生活に影響を与えているのかもよくわかりませんし、自覚もありません。
私にとって今の生活は当たり前で、普通のことなのです。
「ちょっと難しく話しすぎちゃったかな?もうそろそろ戻りましょうか」
「はいっ、私も次の配信内容をお姉ちゃん達に相談しようと思っていたんです」
「そうねー寝子ちゃんや○一ちゃんなら良いアイデアをくれるでしょうね……っと、な、ナートちゃん?」
「うにゅにゅう……」
灯さんと話を終え部屋から出ようとしたとき、ベッドの中にいたナートお姉ちゃんが突然もぞもぞと動き、灯さんの腕を掴んで抱きかかえてしまいました。思わぬことに灯さんはバランスを崩し、ナートお姉ちゃんのベッドに倒れこんでしまいます。
「ちょっとナートちゃん!さすがに怒りますよ!」
「うにゃるぅ……」
「ダメですね……完全に寝ぼけてます……」
「困ったわね……」
どうにかナートお姉ちゃんの腕から脱出しようとする灯さんですが意外にもその力は強く、引きはがすことができません。私も手伝ってはみたのですが、一体ナートお姉ちゃんのどこからこんな力が出ているのかと思うほど力強くびくともしません
「室長に頼まれごとをされていたのだけどね……」
「……! 灯さん!私が代わりに室長に持っていきます!」
「へっ!?わちるちゃん!?ちょっと待ちなさい!?、わちるちゃん!」
私はナートお姉ちゃんの部屋から出ると軽やかに階段を降りていきます。
室長の頼まれごとはさっきの端末を持ってきてほしいというので確定でしょう。それだけなら私にだってできます!室長には気にするな、なんて言われてしまいましたが、私だって室長のお手伝いぐらいできます。
灯さんが何かおっしゃっていますが、あの状態ではしばらくは身動きが取れないでしょうし、私が渡しにいったほうが効率的です!
リビングに置いてあった端末を抱え、先ほどの会議室の扉までやってきました。二、三度ドアをノックし、室長の入室許可の声が聞こえてから、中に入ります。
「ああ、ありがとうあか、り……」
「―――ふむ?白愛君、ではないね……彼女は?」
会議室の中はリビングにあるソファよりも高級そうなソファが二つあり、片方に室長が座っています。室長は顔をしかめ、疲れているように見えます。扉を開け、部屋に入ってきた私を見て、なぜか固まってしまいました。
反対のソファに座るのは私が初めて目にする人でした。すこしヨレたスーツを着て、顔は厳つく、強く響く声でした。室長と何か話をしていたようです。私は室長とその向かいに座る男性の視線を受けます。
「し、室長……あの、灯さん手が離せないみたいだったので代わりに……」
「……そうか、ありがとう。まだ彼と話すことがある。早く部屋に戻りなさい」
「…?はい、分かりました……」
いつもなら私の名前を呼び、優しく声をかけてくださるはずの室長は今、厳しい顔でこちらを見、硬い声で語り掛けます。その顔はこちらを向くことはなく、私の名前が呼ばれることもありません。
「……しつちょお……?」
「……早く行きなさい……!」
室長がいつもより険しい口調で退室を促します。私に聞かせられないと言うことは推進室関連のお話なのでしょう。
……仕方ないです。それなら私が聞いて良い話ではないですし、もし話せるような内容ならば後で室長に聞けば答えてくれるでしょう。
そう思い部屋に帰ろうとした私に予想外の方から呼び止められます。
「まあまあ草薙室長、そう邪険にしなくとも良いでしょう?少なくとも彼女達にも関係のある話なのですから」
呼び止めたのは室長の反対に座る男性でした。男性は気持ち悪いぐらいに穏やかな口調で私と室長にそう語り掛けました。いつの間にかその手に持った、彼のものであろう情報端末と私を見比べて何度か小さくうなずいています。
「そう緊張しないでほしいね、私の名前は蛇谷という。君たちの上司である草薙室長とも長い付き合いさ」
丁寧な口調を崩さず、こちらに話しかける蛇谷さん……室長は彼を睨みつけるようにして顔をしかめたまま。
「えと、初めまして。フロントサルベージで配信者をさせてもらっています。九炉輪菜わちる、です」
室長の雰囲気とどこか油断ならない態度に怪しさを感じながらも名乗った後、私は探るように蛇谷さんを見てしまいます。にこにこと聞いていた彼は私の名前を聞いた瞬間、わずかに眉を上げ、なぜか驚いたようでした。
「ほう!やはり君がわちる君だね!なるほどなるほどこれは僥倖。実は君に聞いてもらいたい話があってね」
「蛇谷!」
蛇谷さんはそう言って私を室長の横に座るように促します。それを非難するように室長が声を上げますが、彼は動じません。目を細め、笑みを作っているはずなのに、彼からは無言の圧力を感じるような気がします。
「草薙室長。少し冷静になりたまえ、これは推進室だけの話ではないのだよ。でなければ復興省から私が直々にここまで足を運ぶはずがないのだからね」
「復興省?」
思わず彼の言葉に反応する。復興省と言えば私たちの所属しているFSを運営している室長や灯さんが所属している推進室、その上の機関だと灯さんに聞いたことがある。
「ん?ああ、私は復興省で働いていてね、この復興推進室の創設も少し手伝ったんだよ」
つまりこの人は室長の上の……?とってもえらい人なのかな?
「"効率主義派"の人間がよくもまあそんな事を言えたものだ」
室長が厳しい口調のままそう言った。
"効率主義派"、室長が灯さんと話をしているのを偶然聞いてしまった時に聞こえたことばだ。一体何を指しているのか分からなかったけど、そのときの室長の口調から、どうもよくないものだと言うことは何となく理解できていました。
……蛇谷さんがその効率主義派と呼ばれる人なのだろうか。
「悲しいなぁ草薙。昔は一緒に仕事をした仲じゃないか」
「この子に聞かせるような話じゃ無い。私の方から言っておく」
「……それじゃあ意味がないと復興省は考えているんだよ。実際、通報され裏のとれたサルベージ資料の事を話したか?例の配信者が今までに復元したデータの重要性については?我々がその配信者を追っている事は?……何も伝えていないだろう?」
「知らなくて良いことだ」
「過保護だなぁ、草薙、愚かなほど過保護だ。……おまえはここで親の真似事をしていれば良いかもしれんがな、俺たちはその間にもこの国の事を考えて行動しているんだぞ」
「この子たちは配信という手段で十分推進室に貢献している。これ以上は酷使だ」
「彼女たちは有能だよ!……もっと
会話するごとに険悪な雰囲気となっていく室長と蛇谷さん。私は何がなんやら分からず、じっと黙っていることしかできませんでした。
「我々復興省の仕事はこの国の消失した伝統、文化、風習のすべてをネットの海からサルベージする事だ。かつて存在していた日本のすべてを取り返すのが使命。だが、その事業も正直順調とは言い難い。数百年前のデータを見つける事が出来ても、それはほんのひとかけらのデータの破片にも満たない。さらにはそのデータの正誤を確かめる術も無い。我々だけでなく、他の国や組織もそんな有様だ。……ここ最近現れた一人のヴァーチャル配信者を除いてね」
「それって……」
私には心当たりがあった。本来なら知り得ないはずの情報を持っていて、簡単に過去のデータをサルベージ出来る。そんな存在を。
「そう、わちる君、君なら良く知っているだろう?とてつもない情報処理能力をもち、我々でさえ手の届かない奥底に埋まったデータをサルベージ出来る存在を」
「わんこーろさん……」
私の答えに蛇谷さんは満足そうにうなずいた。そして室長と私を交互に見ながら、話を続ける。
「始まりは復興省に送られてきた通報データだった。情報というものがかつてないほど重要である現代においてデータの偽造とは殺人にも匹敵する凶悪犯罪であり、偽造データは許されざる存在だ。星の数ほどあるその偽造データの精査には有志の協力も得ている。今回もそんな通報データの一つだと復興省は考えていた。だが、蓋を開けてみればどうだ、送られてきたデータは百年以上前のものであり、さらにはどこからサルベージし、どのデータの偽物であり、いつ制作されたものなのか、それらが事細かに記された詳細データ付きときた。我々は調べたよ。そのデータの送り主が一体何者なのか、この推進室のサルベージ技術に頼ってまでね。その結果、ついに数週間前、送られてきた通報データと類似したデータを利用して3Dモデルを制作する配信者が居る事を突き止めた」
蛇谷さんは一息つき、不気味な笑みを浮かべながら私を見る。その眼はギラギラとしていて、私は思わず視線を外した。
なぜか、その視線が私に何かを期待しているような気がした。
「我々も拝見したよ、例の配信者の配信をね。わずか一日で数百年分のデータをサルベージし、さらにはその情報の正誤さえも特定してしまうほどのありえない情報処理能力。我々が興味を惹かれないわけがない。例の配信者が一体何者なのか全力で調べたよ。……だが、何も出てこなかった」
わざとらしく蛇谷さんは肩をすくめ、落胆したように見せた。
「例の配信者がどの国のものなのか、どの組織に所属しているのか、どれほどの技術を、どれほどの機器を手に入れているのか、さっぱり分からなかった。それどころかその配信者が男なのか女なのか、成人しているのか幼子なのか……人であるのかすら分からなかった。配信者としての繋がりもほぼ皆無。同業者である他の配信者とのつながりはもちろん、個人勢でありながら配信機材を借り出しているはずの業者や企業との接点すら見つけられなかった。例の配信者はすべての存在から一歩引いた場所に居て、あらゆるものに積極的に関わろうとはしなかった。……九炉輪菜わちる君、君を除いてね」
「わ、私……?」
「そう、現時点で例の配信者と密接に交流しているのは復興省運営の配信者集団フロントサルベージの九炉輪菜わちる君、君だけなのだよ」
私だけ……?そ、そんな……わんこーろさんは○一さんが言っていたように他の配信者さんの間でも話題になるくらい有名になってきたのに、そんなことあるはずが……。
「例の配信者は配信では社交的で人懐っこく見えるが、それ以外で密接に関わっている者は君以外にいない。……相手はこちらの技術力をはるかに上回る正体不明の存在だ。復興省が総出で手を出せば感づかれ逃げられる可能性がある、そこで君だ、わちる君。例の配信者が唯一心を許しているであろう君がその配信者を上手く騙し、誘導し、操作し、情報を手に入れてくれれば――」
「――いつまでふざけたことを言っているつもりだ蛇谷ぃ……」
蛇谷さんの言葉は室長の言葉によって遮られた。その声は今まで聞いたことが無いほど怒気を孕んでいて、私も思わず息を呑んでしまう。
「さっきから黙って聞いていれば都合のいいことばかり言いおって、復興省の使命だぁ?サルベージ関連の仕事を
「く、口を慎め草薙室長」
「テンプレートな悪役らしい台詞をどうもありがとう。残念だけど慎むつもりはないわ。この際だからはっきり言わせてもらうけど、私たち推進室はただの復興省の下部組織になり下がったつもりはないの。あくまで復興省が私たちの技術力を見込んで頭を下げてきたから仕事を引き受けているだけ。こっちの方が動きやすいから復興省の復興推進室なんて名乗っているだけなの。それはあなたよりも座り心地の良い椅子に座っている方々も了承済みのはずよ」
「な、ならば、なおさら自らの仕事に注力すべきじゃないのか!?独自に動くことが許可されているという事はすべての責任もお前が負うことになるんだぞ!事実、今回の件、早急に手を打てと命じられているだろう!これ以上の事態の遅延はお前の責任問題になるぞ!例の配信者を確保すれば、文化の復興はすぐ――」
「私たちは私たちの方法で仕事を完遂する。……この子たちを道具のように使うつもりは無い!」
蛇谷さんはあの後、何か言いたそうな顔をしながら、鋭い眼光を向ける室長から逃げるように帰っていきました。
「すいません室長、あんなにわちるちゃんとは会わせないようにと言われていたのに……」
「謝る必要はないさ灯。私にも責任がある」
「室長!灯さんは何も悪くありません!私が勝手なことをしたから!」
ナートさんから解放された灯さんが室長にそう謝っておられますが、悪いのは私なんです!灯さんが謝る必要なんて!
「なにあのオヤジ、キモイんですけど」
「不快です」
そんな私と室長と灯さんの傍でそんな声が聞こえてきました。
慌てて会議室からリビングを通り、家の外へと出ていく蛇谷さんの様子に、リビングでくつろいでいた○一さんと寝子さんは不快感を隠さず口にします。すでに蛇谷さんはおられませんが、彼の知人である室長の前でそんなことをお二人が口にされたので少し焦ってしまいます。
「ま、○一さん!寝子ちゃん!だめですよ、偉い人なんでしょう?」
思わず室長の顔を伺いますが、怒っている様子はありません。先ほどの会議室での会話もそうですが、あまり室長と蛇谷さんは仲が良くないのでしょう。
「いや、構わない……すまないなわちる、現状を話して無かった私にも非があるとヤツの好きなように話させていたのが間違いだった。まさかわちるにあのような要求までしてくるとは……すまない」
「室長謝らないでください!私は全然気にしてませんから!……それよりもいいんですか?室長が責任を負うって……」
室長が悪いわけではないのですから、そんな頭を下げるようなことはしないでください!……それよりも気になるのは蛇谷さんが最後におっしゃっていた責任についてです。
先ほどの話を完全に理解できたわけじゃないのですが、わんこーろさんのことで何やら室長が責任を負うことになっているとか。
「……わちるはそんなことを心配しなくてもいい。お前たちの配信者としての活動にはこれまで通り口出しはしないし、メイクアカウントもこれまで通り私達は管理しない。今まで通り好きなようにやりなさい」
そう言って室長は私を部屋へと戻しました。
「……」
先ほどまでの突然の話に私は部屋に戻るなり、ベッドへと倒れ込むように横になってしまいました。
私が知らず、でも私に関係のある話。
わんこーろさんは私が思っていた以上に凄い人のようでした。あれだけ偉い人に認められているんなら、今のわんこーろさんの知名度は偶然でもないわんこーろさんの実力なんだな、と今考えなくてもいいようなことをぼんやりと考えてしまいます。
「……」
目を閉じても、まだいろんなことがぐるぐると頭の中を駆け巡っている気がします。
まるでそれは走馬燈のように、現在から過去へと遡るように頭の中で映像が流れていきます。私が初めての配信をして、そこにわんこーろさんがコメントをくれたこと。
私がこの推進室という家にやってきてFSの皆さんと家族になったこと。
私が祖母と死に別れ、天涯孤独になったとき……室長に拾われたこと。
室長はひとりぼっちになった私に手を差し伸べてくれた唯一の人でした。これからどうやって生きればいいのか、それすら分からない私に室長は温かく声をかけてくれたのです。
室長は私にとって頼りになる大人の人で、推進室の偉い人で……。
……そして、本当のお母さんみたいな人。
灯さんに感じる温かさとはまた別の、けれど私をいつも見守ってくれるかけがえのない人。
だから、私は室長に恩返しがしたい。室長に配信者になってみないか?と尋ねられた時も室長のためならと、一も二もなく頷いた。
室長のおかげで今の私がいる。だから、私はそれが推進室の、ひいては室長のためになるなら……
【わんこーろさんこんにちは!先日の同時視聴配信ありがとうございました!やっぱり一緒に何かをするってとっても楽しいですよね!私もっとわんこーろさんのこと知りたいです!何処にお住みですか?どうです今度リアルでお会いするのは――――――】
――――――――――何を、書いているんだ、私は。
無意識に記入していたメイクのDMを乱暴な手つきで削除し、携帯端末を部屋の隅に投げ捨てる。
「ちがうっ!!私は、私はっ!!わんこーろさんの友達でっ!こんな、こんな探るような!こんなの!友達なんて、言えない!私はわんこーろさんの友達でいたい!、いたいのにっ!、でも、室長……室長の為に……私は、私は……」
恩人である室長と、友達であり尊敬する配信者であるわんこーろさん。板挟みになっているのはわかっている。けれど、今の私にはどちらかを選ぶことなんてできそうにない。