転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#38 寝ない人々

 

フロントサルベージの実質的なリーダーである彼女は常に時間に追われている。過去の配信スケジュールから最適な配信時間を考慮し、配信を行うだけでなく他所の配信者の動向も注視している。それもすべてはフロントサルベージという配信者界隈で最大手であるチームを今の地位に居続けさせるための努力にほかならない。

 

彼女の保護者であり、運営である室長と灯はそのようなことはしなくてもいい、頂点にいることが絶対必要とされているわけではないと、何度もたしなめていた。

だが彼女、虹乃なこそにとってフロントサルベージとは家族であり、自身の誇りそのものであった。

だからこそ、家族が身を削るような努力の上に築き上げたものを、自身のミスで崩壊させてしまう可能性を恐れていたのだ。

 

……だが、それも昔の話。自身や室長、灯しかいなかった頃と違い、今では家族と呼ぶ人たちはかなり増えた。かつてのように体を酷使するような配信スケジュールを敢行する必要もなく、フロントサルベージの人気は不動のものとなった。

そうなると不思議となこそはなんだか寂しいような、あるいは手持無沙汰な気持ちを抱いてしまうようになった。なこそにとって配信者を始めた一年目の激動に比べれば、現在は何とものどかなものだと感じてしまうのだ。

だからだろうか、なこそは誰に言われるでもなく自ら進んで運営と他の配信者を繋ぐ役割を買って出た。他者のために努力することを苦に思わない、むしろ楽しいと感じるなこそにとって、その役割は重石にはならなかった。

 

……だが、まあ、最年少の白臼寝子にさえ注意されてしまってからは徹夜の作業はできるだけしないようにしていた。

 

だから現在、日付が変わっても作業を続行している事は家族には秘密なのだ。

 

「うぅーーん、もうちょっとやっときたいんだよなぁ」

 

なこそは椅子にもたれかかり、目の前のPCを睨み付ける。進捗は芳しくない。特に締め切りなんてものがあるわけではないのだが、一度やり始めたならそのまま最後まで、少なくともキリの良いところまで終わらせたいとなこそは考えていた。

 

既に日付が変わってから一時間は経とうとしている。なこそは少し気分を変えて作業をしてみようと、ウェブブラウザを立ち上げ、動画配信サイトへアクセスする。

 

もちろん配信するわけではない。なんのネタも考えていないし、告知だってしていない。

そもそもなこそが使っているPCも配信用のものではなく完全私用のもので、配信者虹乃なこそのアカウントにさえもログインしていない。

 

なこそはサイトの生放送のタブをクリックし、現在配信中の配信枠を確認する。

自身も所属するフロントサルベージや、それに感化された娯楽配信を行う個人勢によってヴァーチャル配信者と呼ばれる存在は徐々に認知され、その勢力を伸ばしている。

だが、さすがにこの時間に配信するような配信者はそれほどいないようだ。地下住みの者が多いといっても起床、就寝の時間はかつてとおおよそ同じだ。そのため最近始めたような配信者の枠が十数ほどある程度に留まっている。

 

「んーと、じゃあこの人にしよっかな」

 

なこそはそんな数えるほどしかない枠の中から視聴する枠を決める。枠の名前が目を引くものであったり、サムネが凝っていたりと配信者が努力して視聴者を楽しませようとしているのが分かる枠を選ぶ。

 

その際なこそはチャンネル登録者数や同時視聴者数などの数字は考慮しない。数字で選んでも、視聴者より数字を大事にする配信しか見つからないからだ。もちろん視聴者を大切にする配信者の枠は人気であり、結果として数字を持つ枠を視聴する事もよくあるが、同じくらい数字のない枠も視聴する。

 

「へー、ボードゲーム配信……!」

 

なこそは視聴した配信の配信者がボードゲームをプレイしていることに意識が向く。そのゲームは自身が配信で実況したものと同様のものであり、ルール説明の仕方なども真似ている節がある、どうやらこの配信者は自身の配信を見たことのある、"なこ民"だと分かった。

 

「……一戦だけ、一戦だけ」

 

誰に言い訳をしているのか、なこそはそうつぶやきながら対戦相手を募集している配信者へとコメントを書き込む。

 

「後でなこそアカでフォローしとこ」

 

……なこその作業は進みそうにない。

 

 

 

 

「んん?この枠は……?」

 

数回対戦した後、満足したなこそは当初の目的である作業用に"ながら見"できる配信を探していた。そのとき、特に気になるサムネが目に入った。

 

題名は【テスト配信中~】というシンプルなもの。だが、そのサムネは他のものより異彩を放っていた。

それは真っ暗で広大などこかを映した映像データでありそれだけならば他にもありそうなものだ。だが、それの異常な点は、その広大などこかというのが、今では存在しないはずの場所だったからだ。

 

真っ暗でありながら上空から降り注ぐ淡い光が地上を優しく照らし、その光景をおぼろげに映し出していた。

どこまでも続く草原に、背の高い植物がちらほらと顔をのぞかせている。その植物は茎の先に毛のようなものを備えており、夜風にゆらゆらと揺れ動いていた。

ところどころむき出しになった岩肌が見えるが、それ以上はサムネでは確認することができない。

 

「……なにかなーっと」

 

なこそは深く考えることなくそのサムネをクリックした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の粘つくような風が真夜中の平原を渡っていきます。夜ということで幾分ましではあるのですが、それでも夏の風というのはどうにも湿気を含み、気持ちが悪いものです。

ですが、その風は夏らしさを感じられて、私は好きですね。

 

「ふんふん~なかなかいい感じに設置できましたね~」

 

『そうか?』『暗くてよく見えん』『月見せてーー』『よせよせまだお披露目配信までお預けだ』『楽しみは最後にとっとくものだぜ?』『予定になかったゲリラ配信だしね』『いい感じの草原になったのは分かる』

 

「移住者さんこんな夜中にごめんね~、今回は予定してないゲリラ配信なんだよ~まだまだ先のことになると思うんだけど~固定カメラだけの24時間配信というものをしてみようかと思って~今回はその実験的配信なの~。時間帯を気にせず一定の質を保ったまま配信していられるかのテストのつもりでこの時間帯に配信してみたんだ~」

 

『こりゃいい作業用配信』『夜風と虫の音と草木のざわざわ音がいい感じだな』『捗るわ~』『俺は逆に眠く……』

 

「だいぶ前から移住者さんの希望をもらってて、いつかはしてみたいと思ってたんだけど~……これって需要あるの~?」

 

『ありよりのあり』『ありありであり』『ありよりのありからのあり』『ぜひお願いします』『希望があるということは需要アリということなのよ』

 

「ふーん、それならいいけど~」

 

既に日付が変わってからかなり経過しており、平原は虫の声と風の音以外は何も聞こえません。

 

「なんだかもの悲しい感じですね~、此処だけじゃなくて見ておられる移住者さんが少ないっていうのもあるかもしれませんけど~」

 

ですがこのなんの変哲もない平原こそが次の配信でお披露目することになる重要な場所なのです。

 

「んふふ、昔はこんな寂しさなんて比べ物にならないほど独りぼっちだったのに、あの時以上に寂しく感じてしまいます~」

 

この世界に生まれた時はこんな風景すらない真っ白な空間だったのに、暇だと思っても寂しいと感じることはありませんでした。

思い返すと私も随分と"らしく"なってきたように思います。寂しいとか、楽しいとか、悲しいとか。人じゃないけど人並みになってきたように思います。

 

『わんこーろさんは配信するのが楽しいんですね』

 

移住者さんが風景や今後の配信についてコメントを書き込んでいる中、一人だけそんなコメントが流れてきました。最初は初見さんかと思ったのですが……このアクセスは……。

 

「……ええ、そうですよ~?わんこーろは今とっても楽しいです~、な~んにもない場所をこんなに楽しい場所にできましたし~移住者の皆さんに出会えました~!それに、電子生命体な私に初めて友達ができました!」

 

『……わちるさんのことですか?』

 

「はいっ!わちるさんはですね~わんこーろの"存在"を初めて認めてくれた人なんです~だから私はわちるさんのためなら何でもしてあげたくなりますし~わちるさんともっともっと仲良くなりたいって思ってるんですよ~」

 

それが私の本音なんですよ、虹乃なこそさん。

 

 

『ん?今なんでも』『てぇてぇなあ』『屈託ない笑顔かわいい』『俺たちも友達だぜ!』『←友達というか移住者だろ』『移住者=トモダチ』『移住者ともっと仲良くなってけ?』

 

「もちろんですよ~移住者さんも私とも~っと仲良くなっていきましょ~?」

 

『ありがとうございます。わんこーろさん』

 

「……こちらこそ~、またわんこーろの配信に帰ってきてくださいね~」

 

その後も、このコメントをくださった方と共に一時間ほど作業と配信テストを行ってその日の配信は終了しました。

 

 

 


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