転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
現在の時間は17時55分ちょっと。設定した配信時刻までもう少しです。
生主になると決意してから私はいろいろと配信に必要な機材を調べ始めました。
最低限必要なのはこちらの映像を撮影するカメラにマイク。あとは配信ソフトなるもの。
あとゲーム配信をするにはキャプチャーボードなるものも必要だとか。
もしも私がただの人間ならばその操作方法から覚えていかないといけないところでした。
ですが私はネットに住む電子生命体なのです。高いカメラは必要ありません、代わりにフリーの動画編集ソフトを活用させてもらいます。もちろん配信などで使ってもよいと許可が与えられているものを使います。
それを用いて私の姿をそのまま映像として配信画面に流すようにしました。
マイクも必要ないですね、現実世界から音を拾うわけではないので必要ないのは当たり前です。代わりに音楽編集ソフトを使わせてもらいます。もちろんこちらもフリーのソフトになっております。
キャプチャーボードに関しては今のところ保留ですね。ソフト関連なら電子生命体である私が頑張れば何とかなりそうですが、ハードは今のところどうしたらいいかわかりません。
まあ、どうやらこの世界のゲームはほぼネット接続が普通で、PCのゲームが主流のようなのでキャプチャーボードがなくても問題はないでしょう。
「うう~思ったよりも緊張するな~」
思ったよりも緊張していないような声が出てしまいましたが、本当はかなりガチガチでビクビクなのです。この日のためにいろいろとおしゃれして頑張ってきましたので!気合の入れ様が違います。
「18時……始まったね~」
動画編集ソフトが動き出し、配信が開始されたことを伝えてきます。各配信に用いているソフトが正常に機能していることを確認し、私はカメラ(の代わりに動かしている編集ソフトの枠内)へと移動します。
しばらくすると配信視聴者の数字が1と表示される。その数字に思わず顔がほころぶ。
すぐに『わこ初見』のコメントが付く。
どうやらチラ見して帰ってしまうわけじゃなさそうでほっとした。
「わあ~コメントありがとうございます~今日から配信を始めました~わんこーろといいます~よろしくお願いしますね~」
名前は単純に私が犬派だからです。もちろん猫も好きですが、昔飼っていたのが犬でしたので適当に頭に浮かんだ犬っぽい名前にしました。
というか、やばい……こんなに長い台詞を話したことがなかったので、ものすっごいゆったりしてる。これ大丈夫?馬鹿にしてるように聞こえない?
『わこつ』『かわいい服装!』『ヤヴァイ完成度』
そんなことを考えていると視聴者の数字が4に増える。おお、思ったより見に来てくれますね~
「初見さんこんにちは~この服をほめてくれてありがと~はじめてだからちょっとおしゃれしてみたの~」
私は生放送を行うにあたって配信機材(ソフト)と同時にあることに着手していたのです。
それは私の姿を実際の3Dモデルにすること!
今までの私は他人に見られることを想定していなかったので声は出せてもその姿はありませんでした。
ネットに存在する情報の集合体であり、まるで透明人間みたいだったのです。なのでフリーの3Dモデリングソフトや素材を使ってそれっぽく作ってみました。
それっぽくといっても私は電子生命体なので、モデリング自体はまるで粘土をこねこねするぐらい簡単に出来てしまいます。デザインもあちこちから良さげな素材を参考にしました。
まずなんといっても幼女でしょう!このほんわかふわふわ声はやはり少女よりも幼い感じがしますし、それと犬派でしたので単純に犬耳としっぽを標準装備です。
黒髪前髪ぱっつんに黒柴犬の耳がちょこんとのっていて、しっぽは通常の2、3倍ほどもふもふを増量しております。
服装は薄桃色の布地に鮮やかな桜が添えられた浴衣となっております。実際の浴衣よりも動きやすいように改良しているので、正しく浴衣というわけではないと思う。
『やばいちんまいかわいい』『かわいすぎか』『にこにこしててほんわかする』『バック真っ白で目がちかちかするぞ』
「む~慣れてないからかわいいって言われるとはずかしいな~、真っ白なのはごめんね~この場所なーんにもなくって暇だからみんなとお話ししたいな~って思って配信始めたの~」
自分ではもうこの白い空間に慣れてしまっていたこともあって気にしていなかったけどさすがに真っ白は嫌だよね。
そう思い、私は手のひらを一度パンと鳴らす。
すると先ほどまで真っ白だった空間が今度は緑一色に変更される。単色のみの背景には変わりないけど、少なくとも真っ白よりは負担が少ないんじゃないかな?
『!?』『なに今の!?』『設定変更早すぎぃ』
「へへへ~すごい? ありがとね~。それでね、今日はみんなとお話ししたいなっておもってね~」
先ほどの動作に驚いている視聴者さんをよそに私はさっそく話し始める。内容は私の事を最初からすべて正直にだ。
何もないところから生まれて、ネットを泳いで、寂しくなって配信を始めたという事。
どうせ誰も本気にはしないでしょう。そういう設定なのだろうと納得してくれると思い、構わず話し続けます。その声音は自分でも分かるぐらいに嬉々としていて、自分の境遇をなんの気を遣う必要もなくしゃべることができる解放感に、私は自然と声だけでなく笑みもこぼれます。
少しの間そうやって私の事を話した後は数人の視聴者さんが私の事を質問したり、逆に身の上話を聞かせてくれたりした。といっても最近の流行やらできごとなんかの話題を提供していただいたぐらいなんだけどね。
「ああ、楽しいな~楽しいな~!」
『マジでめっちゃ楽しそうで草』『ひとりはいやだよね……』『おい勝手にトラウマ抉られてるヤツいるぞ』『草そしてかわいい』
思わずそう口に出してその場でぴょんぴょんと飛び跳ねてしまうぐらいには、この何気ない会話を楽しく感じた。こんなにも他人との会話に飢えていたのかと驚いてしまう。
本来ならば視聴者さんもネットでは口にしないような比較的深い話までしてくれて、初めてとしては結構いい感じの配信になっているのではないでしょうか?
そんな時、ふと一人の視聴者さんの書き込みが目に留まりました。
『わたしのひいひいばあちゃんもそんな服着てた。懐かしい』
「ひいひいおばあさまと一緒ですか~? なんだかうれしいですね~」
ネットによれば今の時代、かつて日本の原風景と呼ばれていた光景はそのすべてが無くなっている。どんなに都市部から離れていても完璧に整備された交通網が敷かれており、安全と利便性は極限まで高められていた。
今より少し前の世界は効率こそが至上であり、非効率なシステムは簡単に捨てられてしまうようになっていた。そしてそんな世界に反発する人間はいない。なんせ今まで以上に住みやすく、生きやすくなったのだ。誰もかつての不便な、つまり非効率な生活に戻りたいとは思わないだろう。
その思考が加速した結果、日本の原風景は姿を消した。
かつて存在した風習も、文化も、伝統さえも非効率さを理由に姿を消した。私の着ている服が浴衣であることを指摘する視聴者がいなかったのもかつての古き良き時代を知らない世代だからだろう。
『あとなんか人形も持ってた。木製の』
『木製ってマジ!?』『合成樹木のことじゃねーの』『表面が木みてーに加工された合成樹脂だろ』
「天然の木でできたお人形ですか~珍しいですね~」
効率化とそれに伴う技術の発展によりもはや木の材料という役割は終わりを告げた。それにとってかわる新たな新素材が生み出され、生産性、加工効率、安全性などを大幅に向上させていた。
『コレ画像データ、本物はひいひいばあちゃんが持ってった』
そのコメントと共に何かのデータアドレスが書き込まれる。それに触れ、表示される画像。
『何コレ?』『わかんね』『木……か?』
映し出されたのは手のひらに収まるくらいの小さな木製の、狐を模した人形だった。既にあちこち欠けたりすり減ったりしているがその形は何とか保たれている。本来鮮やかな朱色に塗られていたようだが時間の経過とともにその鮮やかさは褪せている。
「コメントの~えーと、わちるさん、でいいのかな~? わちるさんのひいひいおばあさまは商いをしてた人?それともお米を育ててた人~?」
『なんでわかったの?』『電子生命体でエスパーとか設定大杉問題』『マジ当たってんの?』
「んふふ~~えすぱーじゃないよ~、でもありがと~うれしいよ~、う~ん、このままじゃあお狐さまもかわいそうだよね~」
この人形が相当大事にされているものならただの人形ではなくお守りのような存在だと考えたんだけど、そうなると豊作を司る稲荷神のお守りかなって思って聞いてみたら本当にそうだったみたい。
画像を見るに、この人形はかなり損傷が激しい。本物は持ち主と共にあるらしいけど、この画像の人形はちょっとかわいそうだ。
あ、それじゃあ――
「ねぇわちるさん~この画像の人形つくってもいいですか~?」
『作る?』『うん?』『ファ!?』『復元するにもこの画像だけじゃ無理そう』
「うん~大丈夫~なんてったってわんこーろは電子生命体~だからね~。ネットの海から欲しいものを釣り上げるのなんておちゃのこさいさいなんだよ~?」
『幼女ドヤ顔かわいい』『小イキりだがかわいい』『どうやら俺も釣り上げられたようだ』『やったぞ!幼女にお願いされた!』『←通報しました。てかお前はお願いされてない』『自由に使ってもらって大丈夫だよ』
実際この世界の綿密に広がったネットを駆使すれば大抵のものは見つかるだろう。ただし、手に入れた情報が正しいものなのかの検証が非常に困難なだけで。
「おっと~もう配信終わっちゃう時間だね~、わちるさんにご許可をいただいたので~次回の配信はお人形を作っていくよ~」
『お疲れ~』『次の配信いつ?』『人形制作配信?』
おおっ、思ったよりも次回配信を期待する声があってわんこーろは感激ですよ!
「ありがとね~そだね~次の配信は明日の今日と同じ時間にするね~、それじゃ~わんこーろの配信に来てくれてありがと~、また明日までばいばい~」
ふう、無事に初めての配信が終わりました。配信中は視聴者さんとのお話に夢中で確認してませんでしたが、どうやら最終的に10名もの方が私の配信を見てくれていたようです。
ふふふ、今日だけで10人も友達ができました。明日はもっとできるといいなぁ。