転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
あの後、私は何度かわちるさんと連絡を取ろうかと考えました。わちるさんに私がどのような存在なのか、理解して受け入れてほしいと願っていたからです。
ですが考えてはいても、実際に話をしようとする寸前で立ち止まってしまいます。
「うう~~なんであんな冷たく言っちゃったんだろ~……もっと言い方があったでしょうに~……」
あの時私が人では無いと真正面から言ってわちるさんを混乱させるくらいなら、設定重視な配信者と偽り、そのように振る舞っていた方が彼女を苦しませずにいられたのではないか?そんな考えが頭の中をめぐり、後悔を感じてしまうのです。
ですが、それで一生だまし続けられるわけではありません。結局どこかで私がわちるさん達とは全く異なる存在であることは露呈するでしょう。ならばその前に自分から言ってしまう方がいいと思ったのですが、何ともうまくいかないものですね……。
私自身は、私が何者なのかなんてそんなことはもうどうでもいい事で、移住者さんは私自身を受け入れてくれるから考えなくてもいいなんて思っていたけれど、いざ本当の自分を受け入れてほしいと願ってしまうとこれほどまでにどうすればいいのか分からなくなってしまうなんて……。
とはいえあの時のわちるさんはまるで意を決したような声音でした。私が受け入れてほしいと切実に願っていたように、わちるさんは私を深く知ろうと考えてくださった。
「なんだか、すれ違っている気がしますね~……」
「…………?」
「ああ、狐稲利さん……。大丈夫だよ~もうすぐ配信時間だし、しっかりしないとね~」
いけませんね、これは私とわちるさんの問題です。こんな顔をしていたら何も知らない移住者さんたちまで不安に思わせてしまいますね。配信の時くらいは切り替えていかないと。
動物の山は深い森に覆われ足元もかなり悪く、人が登るには一苦労する山です。ですがその山に住まう予定の動物たちにとってその入り組んだ構造は住処となったり、身を隠す場所になったりと生活しやすい環境となっています。
食べ物となる植物も多く自生し、生きるにはそれほど苦労しないはずです。
「先日の配信から今日までちょこちょこ追加したりして~だいぶにぎやかな山になりました~」
『犬守山よりも森深いな』『思ったより薄暗い。周りがほとんど見えないぞ』『今は安心だけど、肉食動物が飛び出してきそうで怖い』
「隠れる場所がいっぱいあるだけでなくてですね~ドングリなどの木の実ができる木をいっぱい植えてあるので食料の点でも安心だと思います~」
ドングリや栗の木、足元を見れば赤いキイチゴの実や各種キノコ類などが確認できます。まだ実をつける時期ではない植物もありますが、その時になれば大量の食料を供給してくれるはずです。
私たちが食べることのできるものも実装しているので季節になったら少し動物たちから分けてもらいに来ましょう。
「………?」
「あ~だめですよ狐稲利さん~ふらふらどっかにいっちゃ~、狐稲利さんとはリンクがつながっているので何処にいるのかわかりますけど~あまり離れないようにしてくださいね~」
木を指さしながらなんという木か、どのような実を付けるのかを移住者さんに説明していると狐稲利さんが真っ赤に熟れた木の実をじっと見つめて興味深そうに近づいていきます。
この山には露骨な毒ありの食べ物は実装していないので食べても平気なのですが、そのまま放っておくとどんどん山の奥に行ってしまいそうなので、狐稲利さんの腕をとり引き止めます。
『おいしそうな木の実に釣られる狐稲利ちゃんに草』『仕方ないだろ育ち盛りなんだから』『わんころちゃんより大きいのに?』『それは違う。わんころちゃんがちっちゃいだけです』『まだ成長途中だから……希望はあるから……』『わんころちゃんは今のままでいいんだよ!』『お前また名誉移住者ニキに燃やされるぞ』
「食欲というより単純な興味なんだと思います~緑ばかりな森の中に真っ赤な何かがあるわけですからね~」
色は派手ですがそれほど香りがあるわけでもないので口に入れようと考えての行動ではない、と思います。狐稲利さんは本当に好奇心旺盛で見るもの創るものすべてに目を輝かせてワクワクしながらその様子を観察して理解しようとしています。
配信外ではいつも犬守山を駆け回っている狐稲利さんはもしかしたら私以上にこの空間のことを知っているかもしれません。
もちろんこの世界の創り手としてその世界そのものと
それらは実際にこの空間をその足で見て回っている狐稲利さんの方が知っているのではないでしょうか。
「しばらく山を歩いていますけど~もうそろそろ頂上に着きますよ~」
狐稲利さんと手をつないだまま山頂へと進んでいきます。頂上付近はそれほど入り組んだ森にはなっておらず、ところどころ湧き水によって形成された渓流や池が姿を見せます。
私の構想としては山の麓から中腹あたりまでは草食、雑食の動物の住処にして、頂上へとなるにつれて肉食の大型動物が縄張りにしている、という設定にしていこうかと考えています。
色々な動物を実装させたいので、ある程度動物の生息域を無視したごちゃまぜになりそうな気もしますが、まあ今更なんで深く考えなくていいでしょう。
「さあ!頂上に到着しました~どうですか~?すごく大きな樹でしょ~?」
『めっちゃでっか!!』『幹の太さが信じられないほどあるんですが』『わんころちゃん何人分てレベルじゃねえぞ、幹の太さはわんころちゃん家の土地分はある』『枝の伸び方もえげつないな、空一面に伸びてて画面に収まりきってない』
「……!、…!」
目の前には見上げんばかりの巨大すぎるほどの大樹が植わっていました。
移住者さんが驚きのコメントを書き込んでいる中、狐稲利さんはそのひときわ巨大な姿とほのかに香る甘いにおいにテンションが上がったのか、その場でピョンピョンと飛び跳ねて嬉しさを表現しています。
「この樹はですね~桃の木なんですよ~あの甘くて~美味しい~あの桃が生る木なんですね~もちろん桃が収穫できます~。本来桃の木は人が手入れしないとなかなか上手く成長してくれないんですよね~病気なんかにも弱いですし~でも、この桃の木は特別製なんですよ~なんせこの山の"中枢"を任せていますから~」
『桃かー』『超々高級果実で草』『一個で五桁円余裕で吹っ飛ぶアレですか』『天然なら6桁以上余裕の食い物を超越したなにか』『食い放題とは贅沢うらやま』『あれ?新しいシンボルってことはここって犬守山エリアじゃないのか』『けものの山はエリア別にするって言ってただろ?』『すまん境界が見えなかったから』
「少し見えにくかったかもしれませんが山の麓あたりに小さな石の祠が置かれてあります~田んぼとの境界線には道祖神が置かれてあるのでその二種類を境界にしてこの山を一つの領域として分けてあります~。さて~移住者さん今日のメインはこの桃の木をお披露目するだけではないのです~狐稲利さん、準備を始めますよ~」