転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#45 ネットダイブシステム

 

 

塔の街、その一軒の家で二人の女性が何やら話をしている。

いや、話というよりも何やら怒っている女性をもう一人の女性がなだめているようであった。

 

「…………で、なんですかこれ、室長」

 

「……先進技術研究所、通称先研が開発したネットダイブシステムだな」

 

「そんなことは分かってますよ!なんでそれが推進室に送られてきているのかって事ですよ!」

 

怒れる女性、白愛灯(はくあ あかり)はリビングの一角、テーブルに置かれた機器を指さし室長へと詰め寄る。いつもは大したことでは怒りを見せることのない灯だが怒る時は静かに、そして猛烈に怒る。それがFSの子どもたち、あるいは室長に関する事ならばそれはもう猛烈な怒りを露わにする。

その灯が静かな怒りなんてどこへやら、一目で分かるほど怒りを露わにしている。

その矛先は今彼女の目の前にある室長が開発に反対していた例の次世代機器であった。

 

頭に装着するであろう機器にはいくつものコードがつながっており、同じくテーブルの上に置かれた物々しいケースへとつながっている。ケースには先研の正式名称と"N.D.S"の刻印が刻まれてある。

 

「数日前にこちらで最終テストをしてほしいという話があってね」

 

「断らなかったんですか!?」

 

「NDS完成の目途が付いた時点でこうなることは確定していたのよ。数十年後とはいえ最終的には一般に普及させる予定なのだから国民に広く周知させたいと考えるのは当然でしょ?現在政府機関で最も若者に認知されているのは推進室のフロントサルベージだからね、NDSを利用したネットダイブ配信を希望しているわけ」

 

現在推進室運営の配信者集団フロント・サルベージ(FS)はヴァーチャル配信者という枠組みにおいてトップの集団だ。少数精鋭でありながらその人気は絶対的なものと認知されており、彼女たちの人気はいまだ上がり続けている。

だからこそ、そんな彼女たちを広告塔として利用するのは確かに効率的だろう。

 

「理由は、わかりましたけど……なんだか納得できません……。先研だってあれだけNDS普及に異を唱えていた推進室に頼むなんて、プライド無いんでしょうか!?」

 

完成の目途が付いていた時には既に遅かったという事実に灯はうなだれ後悔する。先進技術研究所よりその話が持ち上がった時にもっと反対意見を送るべきだったか、と。

そしてこちらにテストプレイの案件が回ってくることを知っていたにも関わらず黙っていた室長にも少し思うところがあったのか、灯は室長へと抗議の視線を向ける。

 

「そんな顔しないの。……あの子たちを含めたヴァーチャル配信者の活動は私たちの想定以上に若者達に支持されているわ。かつては過去になんの興味もなかった若者が、今では積極的にかつての日本に思いを馳せている。自ら知識を得ようと行動している、それは今まででは考えられなかった変化よ。このNDSもただネットへの依存のみを促進させるのでなく、今の若者ならそれ以外の活用方法を見出すと私は期待しているの」

 

「それ以外、ですか?」

 

「NDSはネット内に入り込める特性からネット空間を実際に探索することが出来る。与えられるものだけを享受するのではなく、自ら未知を知ろうと歩き出す。今の子たちならそれが出来ると私は考えているわ」

 

室長はNDSの端末に手を伸ばし、システムにアクセスする。多数の認証をクリアし、NDSを立ち上げた後、初期設定を確認、今後の運用について考える。

 

先研の上部組織、あるいは政府そのものが、現在の技術の先進性を維持したままかつての文化復興を目指している。それに関しては決して相反するわけではないため、室長は今回の事も組織として仕方のない部分であると納得していた。それに、技術の向上は現状ではサルベージ困難な情報を掬いあげる新たな方法になりえる。

わざわざその技術をこちらによこしてくれるというのなら、思う存分利用してやろうじゃないか、それが室長の考えでもあった。

 

ある程度仕様の確認を終えた後、室長はディスプレイを見つめながら一息つく。

 

「さて……テストプレイは誰に頼もうかしら……想定外の事態にも対応できるなこそと、あともう一人くらい……」

 

室長は顔を上げ、テストプレイヤーの候補を頭の中で思案する。なこそは長年の経験から新たな配信形態を試す際にはよくお願いしている一人だ。問題が発生しても自前のトーク力で場を繋ぎながら話題を修正しつつ進行していくことができる。

 

そしてもう一人、室長はしばらくの間考え、そして決意する。

 

「……ダメでもともとだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、九炉輪菜わちるはのっそりとベッドから起き上がり、配信用PCを立ち上げます。配信サイトにログインしてみると、いくつかのお知らせが送られており、その中にはフォローしている配信者さんが配信を始めたという通知も送られてきています。すべて過去のもので、配信自体は終了しているものばかりですが。

 

「……わんこーろさん…」

 

その中には当然わんこーろさんのものもあります。すべてアーカイブも残されており、見ようと思えば今すぐにでも視聴する事が出来ます。

 

ですが、今の私にはその配信を見る勇気が出ません。

 

配信サイトを閉じて、私はPC本体の記憶領域に保存されている3Dモデルを確認します。私のヴァーチャルな姿のものはもちろん、配信で利用したいと灯さんに頼んで作ってもらったいくつもの3Dモデルの中に一つだけ、私にとって特別な3Dモデルが保管されています。

わんこーろさんに頂いた、あの狐の人形です。初配信の時も、配信が上手くいかなかったときも、心無いコメントに暗い気持ちになった時も、私はいつもこの人形を眺めていました。

実物でなくともこの人形には幼いころの私の思い出がたくさん詰まっています。今ではほとんど思い出せなくなって、あの時の感情さえおぼろげになってしまいましたが、それでもこの人形は私にとって大切なものなのです。

 

しばらく眺めた後、私はその人形を他の3Dモデルと一緒のところに戻しておきます。

 

 

私の頭の中にはあの日、わんこーろさんとの会話が印象強く残っています。

 

「…はあ……」

 

なんで私はあんなことをわんこーろさんに言ってしまったのでしょう。ほかに言い方ってものがあったでしょうに。

 

「私ってわんこーろさんの事、なんにも分かってなかったんですね……」

 

わんこーろさんの言う電子生命体というものを私は深く考えた事がなかったのです。例えるならば、まるで職業のような、人の持つ一つの特徴のようなものだと解釈していたのだと思います。

 

ですが、そんな私の考えは間違いでした。私はそうやって納得したのではなく、そうやって事実に蓋をしたに過ぎなかったのです。

 

認めたくはありませんが私はきっと、わんこーろさんを恐れていたのだと思います。人ではありえない事を次々とやってのけるわんこーろさんを私は無意識のうちに"恐ろしいもの(ひとではない)"と認識していたのです。

 

好奇心は猫を殺す、なんてことわざがあります。わんこーろさんを好きになればなるほど彼女のことを知りたいと思ってしまう。けれど、知れば知るほど彼女の人ならざる部分を見出してしまう。

 

だから私は深く知ることをやめ、わんこーろさんの正体を電子生命体という体の良い看板で蓋をした。

 

その蓋の中に何があるのか、考えることさえ私は放棄していた。

 

そしてそれを意識した今でも、私はわんこーろさんを恐れている。

あれだけ友達だなんだと言っていたくせに、私はわんこーろさんを恐れている。

 

 

 

でも、それは私の本心なんかじゃありません!私が初めて配信をした時にわくわくやドキドキだけでなく怖さを感じてしまったように、人は"初めて"に対して怖さを感じてしまうものだとナートさんに言われたことがあります。

未知への恐怖はどうしようもないけれど、だからといってそこで足踏みしているわけにはいかない、前に踏み出す勇気こそ配信者に必要なもの。……これはなこそさんから頂いた言葉です。

 

……そうです、このまま一人で考え込んでいてもいい事なんて何一つないです。

 

「……もう三日も配信してないなぁ……わんこーろさんや、FSの皆さんの配信も見てない……これじゃあダメだよね、……よし!」

 

そんな状態では良くなるものも良くならない、意を決しFSのみなさんのアーカイブを再生します。わんこーろさんの配信は見るかどうか考え、結局最後に見るように設定し、アーカイブを見始めます。

 

そんな私の耳に、ドアをノックする音が聞こえてきました。

 

「わちるちゃ~ん居る?私だけど」

 

「……なこそさん?はい、ちょっと待ってください」

 

ドアの先にはなこそさんが立っておられました。少し不安そうな顔をしていて、……だいぶ心配をかけてしまっていたようです。

ここ最近の落ち込み具合には自覚がありますし、どうしたのかと思われても仕方ありません。

 

本当は無理やりにでも毎日配信を続けようと思っていたのですが、皆さんはどうやら私の様子がおかしいことに気が付いておられたようで大分心配させてしまい、皆さんの厚意に甘えてしばらく配信をお休みしておくことにしたのです。

 

私が落ち込んでいることは分かっていてもその理由が分からずなこそさんは時々こうやって私の様子を見に来てくださいます。

 

ですが、なんだか今日は別の要件があるようです。

 

「わちるちゃん調子はどう?」

 

「はい、思ったより気持ちの整理が出来ました!明日からはもう配信始めようかなって思ってたところです!」

 

「そう?それなら良かったけど、……実は少しお願いしたいことがあってね、その配信の事なんだけど……もしよかったら私とコラボしない?室長が丁度新しい配信方法を試したいからって人を探してるんだけど、わちるちゃんなら適任かなって」

 

「……新しい、配信方法ですか?」

 

「うん、なんでも先研さんからのテスト品らしくて、ネットの中に入り込める?って言ってたかな。もう先研さんがテストプレイを終えてるけど、世界で初めてだって!どうかな?やってみない?」

 

ネットの中……新しいこと……。

 

……そうですね、今回のお休みを頂いたこともそうですが、FSの新人としてこれ以上室長にご迷惑はかけられません。ただでさえ他の皆さんより経験もチャンネル登録してくださる方も少ないのですからここで頑張らないと……!

 

「ぜひ、よろしくお願いします!」

 

「よかった、ありがとねわちるちゃん。それじゃ、室長にお話し聞きに行こう?」

 

「はいっ!」

 

 

 

…………ネットの中に入れば、少しはわんこーろさんの気持ちに近づけるでしょうか……?

 

 


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