転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
狐稲利さんが泣き止むまで彼女を抱きしめていた私はふと、狐稲利さんの指先に視線を合わせます。
指先は痛々しく傷ついて真っ赤。きっと素手で土を掘り、お墓を創ったのでしょう。その手に私の手を重ね、冷たくなっている指先を温めます。
「おかーさ、手、よごれる…よ…?」
「気にしませんよ~また一緒にお風呂に入ればいいだけですから~」
狐稲利さんの手を私の手で包み込み、優しく労わります。この手は命の大切さを知っている綺麗な手です。どれだけ傷ついていたとしても、その美しさは変わることはありません。
「おかーさ、手、つめた、い?」
汚れるから、冷たいから、そうやって狐稲利さんは私を気にかけます。先ほどの自身のきらい発言を引きずっているようで、私が怒っていないか、悲しませていないかと心配でおどおどしているのが声の震えで分かります。
「んふふ、しゃべる練習もしていかないといけませんね~狐稲利さん」
「んへへ……う、ん」
ですがそんな不安そうな顔もいつものように頭を撫でてあげると途端に嬉しそうなものに変わります。
狐稲利さんは私の娘で、私は狐稲利さんの母親なのです。多少の迷惑がなんですか。嫌いと言われて子を嫌う親がいますか。
愛しいところも、手がかかるところも、全部ひっくるめて親は子どもをどうしようもなく愛してしまうものなんですよ。
「おかーさ、しゃべる、って、たのしー……ね?」
そんな狐稲利さんとのリンクですが、実はまだ切れたままです。
今回の事で少し思ったことなのですが、私は狐稲利さんとリンクという情報的に強いつながりがあることでこの子のことをすべて理解した気になっていたのではないでしょうか。
人の言う"血のつながり"とか"親と子のつながり"、そんなもの以上のつながりがあると私は思っていました。ですがそれはどうも違うような気がします。
情報的つながりによって相互に得られるものは結局情報のみに過ぎないのです。その情報がどのような意味を持ち、当人にとってどれほど重要視される要素なのかが伝わらない、つまりは情報に込められた想いが届けられない。
彼女が初めて言葉を発したあの時、繋がりを通じて私に語りかけるのではなく、言葉を発することを選択したのは、私に伝えたいものが情報ではなく、自身の感情であったからでしょう。
激しい感情の中、切に願うその想いを直接私に伝えたかったら。
恐らくこれまで狐稲利さんが言葉を話すことがなかったのは、言葉の有用性が理解できなかったから。
言葉とは何とも非効率な情報の伝達手段です。多種多様な言語が存在し、その言語からさらに訛りや方言といったもので細分化され、さらには発する人物によって意味が変化することだってあります。それでは情報を正確に伝えることは難しく、だから狐稲利さんは言葉を使う意味を理解できなかったのです。
ですが狐稲利さんは自身の激しい感情を伝える手段として言葉を選択し、そして言葉がただ数字で表される情報を伝えるだけのものではないと理解した。
狐稲利さんは身近な者の死や、言葉に想いを込める意味を理解し、より人のように成長しています。
はにかむ狐稲利さんを撫でながら家の中へ入ろうかと考えていたとき、狐稲利さんの作ったお墓からぼんやりと光る何かが現れました。それはゆらゆらと空を舞う光球、"魂"です。
「えっ……あ、れ……?」
狐稲利さんは不意に現れた魂に呆気にとられ、無意識にその魂に手を伸ばそうとします。狐稲利さんに懐いていた、あのタヌキのものだった魂へと。
ですがその魂はゆらゆら揺れながら空の上へと昇っていきます。
「あ、……うう…」
「…………狐稲利さん。少し、寄り道しましょうか」
「おかーさ……?」
「あの子に、しっかりとお別れを言いに行きましょう?」
わたつみ平原のその先、この空間のはるか南方に存在する山々は今まで私の創った犬守山やけものの山とは一線を画す高さを誇っています。遠くにありすぎてその輪郭だけが判別できる程度で山そのものは霞がかり山の頂上は常に雲によってその姿が見えることはありません。
私と狐稲利さんはその雲によって見ることのできない山の頂上へとやってきています。
「わぁ……」
「狐稲利さん、あんまり離れちゃだめですよ」
私と狐稲利さんが立つ場所は地面の土が見えないほど一面真っ赤な彼岸花が咲き誇っています。風も吹かず、蝉の声も聞こえず、夏のはずなのに暑くもなく、雲より高い山の頂上であるはずなのに寒くもありません。雲の中ということで周りは雲が霧のように立ち込めていますが、その雲は夕暮れの色に染まっています。
今まで私が創っていた領域とは全く異なる雰囲気でありますがそれも当然です。なぜならここはそもそも他の領域とは互換性を持たせないように設計してあり、仕様も全く異なります。
例えば地を埋めている彼岸花は見ることも匂いを感じることもできますが、手で触ったり摘み取ることは出来ません。そして決して枯れることがないのです。
成長もせず、時間が止まっている状態……いえ、どちらかというと時間という概念さえ実装していないといった方が正しいでしょう。なのでここの風景はいつも同じで、変わることはありません。
「……たま、しい……?」
「そうですよ。此処は魂が役目を終えた後にやってくる場所。
私は狐稲利さんを創り、魂と呼べるものを創造する計画を立てた際その管理や整備方法に悩んでいました。
いくら完璧なものを創造したとしてもその完璧は結局私の主観であり、私にとって想定外の事象が起こればその完璧はたやすく瓦解するもの。では、最初っから完璧など求めず不具合の起こる前提で物事を進行するのが良いのではないか?と。
その考えの末に到達したのが、実装した魂の情報の"更新"と"修復"という二種類の循環機構です。
私と狐稲利さんによる御霊降ろしは魂の情報を常に最新のものに更新し、それによって引き起こされるであろう不具合を未然に防ぐことができます。
ですが既に起こってしまった不具合に関してはどうしようもありません。御霊降ろしによる情報の更新によってバグを上書きすることも可能ですが、更新個所が不具合個所と完全に合致していなければバグと新たな情報の更新によってさらに深刻なバグを生み出す可能性があります。その可能性を極力減らすために考えたのが、もう一つの魂の循環機構である"修復"です。
魂は御霊降ろしによって肉体に宿り、成長し、そして死んでいきます。魂は生命活動を終えた肉体から抜け出し、その魂はこの霊山の山頂に隠された幽世へと向かいます。
幽世では魂が生前手に入れた経験などを整理したり、生きている内に負った魂の損傷を修復したり、成長によって得たその魂のみの個性などを記録する場所です。魂が蓄積した記憶などもコピーしデータとして保管した後、その魂は修復され完全に真っ白な状態に初期化されます。
そして幽世の外で新たな命が生まれた時、漂う魂はその命へと宿り、また命の営みをくり返すのです。
今はまだ魂の数自体が少ないので御霊降ろしで魂の更新と共に魂を生み出し、生物へと宿らせていますが、魂の数がある程度安定すれば生み出すのをやめ、御霊降ろしでは魂の情報更新だけを行っていく予定なのです。
つまり幽世は次に宿る新たな生命の誕生を待つ魂の待機所なのです。
「あうっ!?」
突然狐稲利さんの目の前に真っ黒な"影"が姿を現しました。その影は魂のような球体で宙に浮いており、こちらをまじまじと観察しているようでした。
「大丈夫ですよ狐稲利さん。この子は此処を守ってくれる存在です」
幽世にて魂は修復され、現世である犬守村へと帰ってきます。ですが、魂によっては修復さえ困難なほど破損した魂も時々やってきます。そんな魂は魂としての役割を終え、新たな存在として再構成されます。それが決まった形を持たず、影のように見える情報群によって構成された"ヨイヤミさん"という存在です。
この子たちは魂が現世と幽世を問題なく循環しているかを監視する存在であり、この空間に迷い込んだ存在を追い返す役目も担っています。
また、それだけでなくヨイヤミさんはその数の多さを利用してこの空間そのものの防衛もしてもらっています。
今までこの空間に侵入してきた存在は無いのですが、だからと言って防衛機構を何も備えていないというのも不用心ですしね。
ヨイヤミさんが狐稲利さんの目の前にやってきたのも、恐らく幽世に迷い込んだなにかだと思ったからなのでしょう。
ですが、おかしいですね。狐稲利さんが此処に来ることは私を通じてヨイヤミさんも把握していると思ったのですが……ん?
「……リンクが切れてる……?」
現在ヨイヤミさんは私が直接生み出したものも含めておよそ数百ほど存在します。そのほとんどとのリンクがどうも切れているようなのです。
ヨイヤミさん自体はそもそも私の命令がなくても活動できるAIなので問題はないのですが……。
ふむ、これは恐らく狐稲利さんの感情の発露によって引き起こされたものでしょう。私と狐稲利さんとのリンクが切られたように、私とこの空間そのものとのリンクが消失しているようです。今まで狐稲利さんの事で頭がいっぱいで気づいていませんでした。
リンクが切れていてもこの世界は問題ないはずですが、私が情報を把握できないのは問題です。予想外の出来事が起こった時、対処するのに遅れが生じてしまいます。
とにかくどれほどの規模でリンクが切れているのか調査して、一つ一つ繋ぎなおさないといけませんね。これでは数日は配信をお休みすることになりそうです……。
そんなことを一人考えていると、他の魂より一回りほど大きい魂がこちらへとやってきて、狐稲利さんの周りをゆっくりと揺蕩います。その姿はまるでかつて狐稲利さんの足元にすり寄ってきた時のようで……。
「狐稲利さん……ほら、この子です」
「あ、あう……ああぅ……」
狐稲利さんもこの魂が一体なんの魂だったのかを理解したようで、涙声になりながらも、その魂へと手を伸ばします。
魂はその狐稲利さんの手のひらの上に着地すると、僅かに発光を強めます。まるで会話しているかのような様子に、狐稲利さんはその魂をゆっくり、優しく胸に抱きます。
「あり、がと……いままで……あり、がとね」
狐稲利さんの様子を見ながら私は考えます。これでよかったのだろうかと。
本来この場所は誰にも知らせるつもりはありませんでした。移住者さんはもちろん狐稲利さんにだって。
この場所はつまりは死という概念そのものなのです。すべての生きとし生ける存在が必ず到着する終着点なのです。
配信者とは自身が楽しむことも重要ですが、配信している以上視聴者さんのことも考えるべきだと私は思っています。配信とは一種の娯楽であり、配信に関わる全ての人が楽しめることが"配信"というものであり、配信者に必要とされている要素なのだと。
もちろんそれは私の考えであり絶対的に正しいとは言い切れません。配信者が考える配信のあり方とは千差万別です。それでも私は私の配信内でそのような死について語ることを忌避しました。
狐稲利さんにだって、死そのものであるこの空間をいつものような調子で紹介することなど私にはできないと思い、知らせずにいました。
ですが、今回私はその考えを覆してまで狐稲利さんをこの空間に招き入れました。
それもすべては私のわがままなのです。そう、紛れもないわがまま。
狐稲利さんはお墓を作り、タヌキの死を悼むことで自身の心に区切りをつけていたのです。その後にわざわざこの場所に来て、別れを済ませたはずの魂に再び会わせる必要なんてどこにもありません。
だからこれは私の、私が満足するためのわがままにほかなりません。
犬守村で生まれ、亡くなった者たちの魂はすぐさま肉体から抜け出し、この幽世へと向かうはずです。ですが、あのタヌキの魂は狐稲利さんが亡骸を抱きしめている時も、お墓を作っている時もずっと肉体に留まったままでした。そして狐稲利さんがその死を受け入れ、自身の心に区切りをつけた後にようやく肉体から抜け出し、幽世へと向かったのです。
狐稲利さんの感情の発露によって引き起こされたバグ?それに伴う情報の遅延?
科学的な理由ならいくらでも思いつきます。ですが、私はそんな現実的な理由でなく、もっと精神的、あるいはオカルトじみた理由ではないかと考えました。
ただの成長に関する情報の塊を魂と名付けた私だからこそ、そう感じてしまう。あの魂が
「"未練"……だったのかな」
狐稲利さんといつも一緒にいて、いつも楽しく遊んでいたあのタヌキは自身の突然の死によって未練を残していたのではないでしょうか。
もっと狐稲利さんと遊びたかった、もっと触れ合いたかった、もっと一緒に居たかった。
狐稲利さんを悲しませた、泣かせた、傷つけた。
そんな思いが、その魂を現世に残らせたのではないかと。
「馬鹿馬鹿しいって笑われちゃうかな……?」
今の時代、他人が聞けばそんなわけないと即座に否定されるでしょうけど、私にはそう感じて仕方がないのです、現に今狐稲利さんの胸に抱かれている魂も他の魂と同じく、成長に関するデータの塊でしかないはずなのに、まるで意思があるようにふるまっているような気がしてきます。私はそんな自身の考えがただの妄想でない事を証明したくて、この場所に狐稲利さんを招き入れたのです。
「ばいばい……また、あそぼーね……」
狐稲利さんが寂し気な笑顔で魂が天へと昇っていくのを見届けた後、私は狐稲利さんに声をかけます。
「狐稲利さん。もう、帰りましょうか」
「……うんっ!」
「おかーさっ!!おかーさっ!!」
家に帰ってきた直後、狐稲利さんは家の縁側になにかを見つけ、私を大きな声で呼びます。
「どうかしましたか狐稲利さん!?」
慌てて狐稲利さんの傍に寄るとなんと縁側にタヌキが座り込んでいました。既に日が沈んであたりはそれほど暑くもなく、そのタヌキは私たちが近づいても気にする様子もなく縁側で涼み続けています。
というか、たった一匹でけものの山から河を越えて、この家までやってきたということですか!?
狐稲利さんに懐いていたタヌキといい、このタヌキといい、私が考えていた以上に野生動物とはアグレッシブに行動するのですね……。
「おかーさ、このこ、おなかおっきいー」
「ん?本当ですね~赤ちゃんがいるのでしょうか?……あれ、この子……」
「どーした、の?おかーさ?」
狐稲利さんはタヌキの横に並ぶように縁側に座り少し寂し気に微笑みながら、リラックスしている様子の母タヌキを見つめています。
恐らく、このタヌキにあの子の姿を重ねているのでしょう……。
「……んーん、なんでもありませんよ~。狐稲利さん、せっかくだから撫でてあげたらどうですか~?」
「ん~、逃げ、ない……かな?」
「大丈夫だと思いますよ~私と狐稲利さんがこんな近くにいてもぜんぜん大丈夫そうですし~」
狐稲利さんが恐る恐るといった具合で手を出し、そのタヌキの頭を軽く撫でてあげます。タヌキは何てことないように体を横にして腹を出し、もっと撫でろと要求してきます。
「……かわ、いい」
「ですね~、もしかしたらこのお母さんは狐稲利さんにお腹の赤ちゃんを紹介しに来たのかもしれませんね~」
「わたし、に?」
「ええ、だってこのこのお腹の子は――――」
「……?、おかーさ?」
「……いえ、やっぱりなんでもありません~」
あぶないあぶない、またわがままを言ってしまうところでした。
狐稲利さんは既にあのタヌキとの別れを完全に済ませ、心に折り合いをつけたばかりなのです。だから、"これ"を狐稲利さんに話すのは私のわがままで、そして無粋です。
そう、この母タヌキのお腹にいる子タヌキ、その子タヌキに宿っている"魂"がかつて何だったのか、巡り廻る魂の循環によって宿ったその魂の前世が何だったのか。
それをわざわざ狐稲利さんに言うなんて、無粋ってやつですよね。
「"また"、狐稲利さんと遊んであげてくださいね」
狐稲利さんが言葉を知り、この世界自体が私の知らぬ間に予想以上に成長し続けている。それは親として寂しい面もありますが、それよりうれしいと思う気持ちの方が大きくて、私はただこの空間の行く末に想いを馳せるのでした。