転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
先進技術研究所、通称先研の案件である
共に配信を行っていたなこそは無理にコラボをお願いしたことを必死に謝り、他のメンバーは配信中にわちるが泣き出したことをひどく心配していた。
「あの~私全然大丈夫なので!なんというかあれはあくびしたら涙が出ちゃった~みたいなものでして」
「ホントに無理してねーか?我慢すんじゃねーぞ」
「わちるちゃんは真面目っ子だからね~誰かさんみたいに~」
「それって誰の事ですかナートお姉ちゃん。……わちるお姉ちゃん、本当に大丈夫ですか?」
○一は訝し気に声をかけ、続くナートと寝子も心配そうにわちるのそばへと寄るが、わちるはなんでもないように対応する。
その様子に今までのような無理をしている雰囲気はなく、かつてのような自然体であることを皆は不思議に思ったが、本人が大丈夫だと言っていて、周りから見てもそのようだと理解できるほど明るくなっていたため、深くは追求するようなことはしなかった。
「ふむ……今日の予定はここまでだな。わちる、先研側のテストプレイでは問題はなかったらしいがダイブした"酔い"が来ることがあるらしい。今日はこのまま寝てしまいなさい」
「室長!分かりました。けど、その前に少しだけいいですか?」
FSメンバーが落ち着いた後、室長はわちるに何度か質問をした。体の感覚に違和感がないか、こちらの声が鮮明に聞こえるか、幻聴、幻覚のたぐいはないか。
それらすべてが正常であることを確認した室長はそれらの質問に対するわちるの回答をPCに打ち込むとわちるを労わるように優しく話しかけた。つい先ほどの涙も気になるところである室長は、NDSという機器が既に先研で安全性が確保されているとしても成長途中である少女達には負担が大きいだろうと考えていた。
そのためこの配信終了後はすぐに体を休めるように言ったのだが、どうやらわちるはこの後に何か用事があるという。その言葉に室長は首をかしげる。
「ダイブ後の負担を考えてこの後の予定は入れないように言っていたと思うが……何か用事でもあるのか?」
「いえ、ほんの少しだけ……わんこーろさんとお話ししないといけなくなりまして」
FSメンバー全員が部屋へと戻り、がらんとしたリビングで室長は腕を組み、NDSに接続されたPCのディスプレイを見つめていた。
「室長。
「……そうか、データに不具合なし。ということはやはりわちるが泣き出した原因は……これか」
室長がディスプレイに映し出したものは一つの3Dモデル。見た目はかなり良くできている3Dモデルで、まるで現実に存在しているかのような恐ろしいまでのリアルさを持つその3Dモデルは言うまでもなく、電子生命体わんこーろが創造した3Dモデルだった。
わちるの許可をもらい、内部情報の解析を行っているその3Dモデルを、灯と室長はまじまじと見つめている。
「ホントこの3Dモデル凄いですね。今までわんこーろさんが無償で配布していた3Dモデルもかなりのものでしたけど、これはもう意味が分かりませんよ」
灯は呆れたようにそう口にし、3Dモデルの内部情報を表示させる。本来閲覧することのできない3Dモデルの内部を解析するとウィンドウに納まりきらないほどの集積データが表示され続ける。
「わんこーろさんは一体何のためにこの3Dモデルを作ったのでしょう?視覚、触覚だけでなく嗅覚、聴覚、味覚に関する膨大なデータ群がこれまた圧縮して詰め込まれています。それ以外にも3Dモデルにはおおよそ必要ないものや何に作用しているのかわからないデータまで隙間なく組み込まれています」
まさかネット内に"もう一つの現実"を創ろうとしているのでしょうか?
そんな灯の言葉に室長はこの3Dモデルの制作者について深く考え込む。
わちるが涙を流した時、彼女の手には一つの3Dモデルが握られていた。それは灯が仮想空間内に展開したものではなく、わちるが初めから持っていたものだった。だが灯は自身が作った覚えのない3Dモデルであったため配信終了後にわちるに尋ねた。
灯の疑問を、わちるはなんでもないようにわんこーろさんからもらった!と元気に答えたのだ。
灯も室長もわんこーろがわちるの提供したデータから人形の3Dモデルを制作していたことは知っていた。灯も室長もわんこーろの配信を確認していたからだ。
だが、FS配信者のメイクを管理していなかったため、そこを経由してわちるがわんこーろからオリジナルの3Dモデルを入手していることを知らなかったのだ。
わんこーろの存在を推進室が把握した当初、わんこーろはまさに人間離れした能力を行使する正体不明の存在だった。初配信の人懐っこい姿や声も、何か裏があるのだと考えていた。
本来新人の配信者、それも個人勢となれば人気を得るために積極的にネットに露出し、広報するものだ。だがわんこーろはそのようなことをせず、ネットの片隅で細々と配信を続け、"知る人ぞ知る"配信者となっていた。それも怪しさに拍車をかけていた。
これは自身の存在を秘匿しながらも、何やらよからぬことを行おうとしているのではないか。
そう推進室、あるいは復興省は考えた。
だからこそ、まさかわちるの「欲しい」という言葉一つで秘匿情報の塊と思っていたものをポンと渡してしまうなどと思ってもいなかったのだ。
その後も無償で3Dモデルを配布し始めたこともさらに推進室を混乱させた。
「詰め込まれているデータ量以外は今のところ他の回収したわんこーろさん製の3Dモデルと同等のものですねー、……ありえないほどの情報量と、わけのわからないデータ、それくらいしか見当たりません。ウィルスの類も動作していないようです」
「そう……」
灯の言葉に室長は小さく答え、さらに熟考する。先日この家にやってきた蛇谷の言っていた言葉に偽りはなく、現在復興省はわんこーろの居場所を全く特定できていない。
現実の居場所が無理ならネット空間の方はどうだと、推進室はネットの海に犬守村を探し始めた。
だが、結局手掛かりになるようなものさえ見つけることができなかった。いくら広大なネット空間とはいえ、あれほどの広大な仮想空間と膨大な情報量だ、その条件だけでも検索すればある程度絞り込めるだろうと考えていたのだが、予想に反して手掛かりすら見つけることは出来なかった。
あまりにも見つからないのでネットワークから切り離され、独立した仮想空間かとも考えたが、ワールドクロックと常時連動している様子からその考えは否定された。
「見つけるのは至難の業、か。我々でさえ見つけられないのであれば素人には影を追うことすらできないだろうな」
「もう正直にわんこーろさんに接触してみます?」
「くくっ、もしかしたらそれが一番手っ取り早いかもね」
灯のやけくそぎみな言葉に、室長も同じように返す。
「もしわんこーろがただの正体不明な存在というだけならそうしていたかもね。配信を見ていても悪意があるようには見えない。だけど推進室の室長として、あの子たちの保護者として、責任あるものとしては"かもしれない"という不確定な状態で行動を起こすことは出来ないわ。もしかしたらそれが取り返しのつかないことになるかもしれない」
蛇谷はこちらが不用意に行動すればわんこーろに逃げられるかもしれない、と言っていた。だが、室長の考えは逆だ。
もし相手をいたずらに刺激すれば、恐らく痛い目を見るのはこちら側だ。
室長はディスプレイに映し出された3Dモデルを再度覗き込む。画面の向こうのネット空間でゆっくりと回転するそれを見て、この3Dモデルが創られた配信を思い出していた。
でたらめとも思える3Dモデル制作はそれだけでかなりの話題になったものだ。そのおかげで推進室もわんこーろを見つけることができた。
恐らくあの制作風景も話題になるように、あるいは視聴者に楽しんでもらうためにわんこーろが考えた演出なのだろう。
特にあのハサミで地面を切るところなど――
そこまで思い出したところで、室長は思い至った。ある可能性に。
「灯!3Dモデルの情報解析をっ!使途不明なデータ群を洗え!」
「ええっ!?一体何を探すっていうんです!?」
ディスプレイ上の3Dモデルを指でタップして遊んでいた灯は室長の突然の声に小さく飛び上がる。
「灯、お前はわんこーろがどうやって3Dモデルを作っているか覚えているか?」
「え?えっと、確か初期素材のポリゴンを削ったり塗ったりして~」
「そうだ。わんこーろ特有の制作方法などと呼ばれている方法。わんこーろは最初に初期素材である真っ白な
室長は狐の人形の3Dモデルに視線を移し、言葉を続ける。
「恐らく、あの子なりの視聴者を惹き込むためのパフォーマンスだったのだろう。今の何もない空間から初期素材を生み出す方法でなく、この人形を作った時だけは地面を切り取るという吃驚するような方法で初期素材を取り出している」
「あ、確かに地面を切り取るなんてことあれ一回きりですね」
「ああ、だからこそこのオリジナルの3Dモデルの内部データには"ある"はずなんだ」
「ある?一体何があるんですか?」
「かつてあの白い空間の一部であったこの3Dモデルには残っているはずだ。あの空間の