転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
さてさて~いつも元気なわんこーろですよ~。今日も今日とて元気に頑張っていこうかと思っていたのですが……。
「ふ~む、ネットが断線しておりますね~……? いえ、これは独立したネットワークの領域……?」
私は現在ネットの海をすいすい泳ぎながら秋の終わり頃に行われるという、V/L=Fと呼ばれるフェスの下調べを行っております。
このV/L=Fでは現実世界での催し物と共に、その地でNDSを用いたネット空間内での催し物も同時に行われるらしいのです。
私が行っているのはつまり、ネット内での開催地の下調べで、会場として復興省が指定している塔の中に設けられたネット空間を見に来ているのですが……。
「入れませんね~……んん~?」
この世界のネットワークは恐ろしいほど綿密で、ありとあらゆる場所へネットを介して伺うことができます。
法律云々を考えなければおおよそすべての場所に入り込める私ですが、もちろん例外はあります。
例えばそもそもインターネットに繋がっていないローカルネットワークなど。
主に企業や政府、あるいは軍事関係のネットは通常のインターネットとは独立したネットワークを形成しており、私がそこに入り込むことは不可能です。
たどり着くためのルートが複雑だとか、強固な防壁によって守られているとかではなく、そもそも通常のネットに繋がっていないのですから手の出しようが無いわけです。
かつてヨイヤミさんが復興省の管理中枢へ侵入しかけたのも、NDSによって復興省と犬守村が繋がっていたからで、本来そのようなエリアに侵入することは出来ないのです。
まあ、古くからハッカーやクラッカーが用いるようなセキュリティの甘さを利用した侵入方法などを駆使すれば可能かもしれません。
例えば社外秘の資料を自宅に持ち帰った社員のPCに侵入して、資料が保管されている情報端末の中にもぐりこむとかすれば簡単に侵入することができます。もちろん違法なのでするつもりはありませんが。
復興省に管理中枢が存在するように、塔にもそのような管理中枢が存在するようなのですが、その空間は完全に一般のネットから独立しているようです。
独立している為、そのネット空間を私が認識することは出来ませんが、そこに何かがある、という事はある程度察することができます。
綿密に張り巡らされているはずの網に、一部分だけ破れて穴が開いている場所があると、逆に目立ってしまうようなものです。"何もないように見える"のがかえって怪しいという事ですね。
「途中までは行けるみたいだけど~……一度室長さんにお話を伺った方が良いかもしれませんね~」
ただのお祭り会場としか聞いてませんでしたけど……"塔"ですか……何やら、秘密が隠れているのかもしれませんね。
『恐らくわんこーろが入れなかったというのは、"主塔"だろう』
その後、室長さんとご連絡を取り、先ほどの私が入れなかった空間について質問してみると、どうやら室長さんはその空間の正体をご存知の様子です。特に言いよどむ様子もなく、簡単に教えていただけました。
「? 主塔ですか? 塔とは違うので~?」
『ああ、わんこーろは塔についてどこまで知っている?』
「ほとんど何も知りませんね~私は主に古いデータの沈むネットの海で活動しているので~それに、不用意に侵入して、後から違法だと分かると大変ですから~」
電子生命体ではありますが、節操無く情報を集められるだけ集めるようなことはしません。いろんな人と仲良くしたいとは思いますが、だからと言って隅から隅まで調べ上げるような真似はやりたくありませんし、人には誰だって秘密にしたいことの一つや二つ、あるものですからね。
『……こちらに配慮してくれてありがたい……お前なら誰にも気づかれず、痕跡を残すことなく侵入できるだろうが……』
「"バレなきゃ犯罪じゃないんですよ"はさすがに良心が痛みますよ~なんでもできるからって、それは好き勝手やっていいという訳ではありませんしね~」
『失礼かもしれないが、人間よりも人間らしいな』
んふふ、人である室長さんにそう言ってもらえるとなんだか嬉しいですね~。っと、浮かれている場合じゃありませんでした。まだ分からないことがあるのです。
「ところで室長さん~、先ほどの主塔とは何ですか~?」
『ああ、それには塔の街の役割や、現在の状況なども説明せんといかん。少し長くなるぞ』
室長さんの説明によると、塔はそもそも地球から宇宙へと簡単に入出することのできる通路として建造された、所謂軌道エレベーターと呼ばれるものらしいです。
この軌道エレベーターは高さによっていくつかの区間に分けられており、地球側の大地でエレベーターそのものを固定する足の役割が"塔の街"で、そこから伸びているのが私達が塔と呼んでいる
これらは世界の主要な国々にいくつも存在しているらしく、つまりFSさんが生活しているような塔の街と同じような場所が世界中に点在しているのだとか。
そしてこの世界各国の塔の街より延ばされた副塔という足は、地球の遥か上空、赤道上で一本に束ねられる。
それはまるで細い鉄線が複数まとめて束ねられ、ワイヤーとなるように、巨大で強固な塔が大気圏で形成され、さらに上層へと伸びていく。
それこそが、この軌道エレベーターの最も重要な部分、軌道エレベーターの最上層部の、通称
複数の"塔の街"という足を持ち、驚くべき安定性を持つ主塔はそのまま地球圏外へと延ばされ、宇宙への道として機能するはずだった。
「だが、これらは建造完了直前に起こったとある"事件"によって完成することなく現在までほぼ放置されている」
「事件ですか……?」
「世界各国の副塔とそれらを束ねた主塔の間には
……なるほど、つまり私がアクセスしようとして出来なかったのが、その主塔内部に存在するサーバー内のネット空間だったという訳ですね。
「ほうほう~その主塔のサーバー側は今回のフェスには関係ないということで大丈夫ですか~?」
「? ああ、そう思ってもらって構わない」
「了解です~まあ、実際にそのネット空間を利用するかはまだ分かりませんけど~現地の下見が出来たのは良かったです~室長さんのおかげで疑問も晴れましたし~……室長さん?」
私がそう言うと室長さんは目を丸くして何か言いたそうに私の様子を見ています。
「……聞かないのか?」
「私が聞いても良いお話で~?」
「……いや、すまない……」
ふむ、どうやら室長さんは私がその"事件"について聞かないのか? と問うているようです。
そりゃあ、私だって少しは興味があります。その事件とは何だったのか。塔はなぜ作られたのか。
塔と効率化社会の関係とは。
けれどそれを私が知ったところでどうすることも出来ません。室長さんがお話しにならないということは、私が知らなくても良い事、もしくは知ってはいけない事なのでしょうから。
それよりも今はフェスの出し物を考えるのが先です。
時間はたっぷりあるわけですから、フェスの事を秘密にしながら移住者さんになんとな~く聞いてみるのもいいかもしれません。
「それでは今日はこのくらいで失礼しますね~」
「む、そうか。今日は少し早いのだな」
「はい~少し狐稲利さんにお仕置きをしないといけないので~」
「……その時の配信は私も見ていたよ。ほどほどにな」
「室長さんも見て!? うう~わんこーろは傷心ですよ~」
「くく、すまんすまん、とにかく今後もよろしく頼む」
室長さんの呆れたような笑いに私は何も反論できません……うう、まさかネットに私の寝顔が大々的に公開されることになるとは~……。
とにかく、今後の方針は決まりました。犬守村の発展は継続して行うとして、その中でなにかフェスの出し物になりそうなものを創る。これでいきましょ~。
本作の軌道エレベーターは東京タワーを例にすると
四本の足が副塔、展望台が中央管理室、それより上が主塔といったイメージです。