「キモいんだよ。異形種が」
アインズ・ウール・ゴウンは地に膝をついた。
魔導国を建国し、世界に栄華の時を齎した覇王は、友となった
遂に来てしまった自分では勝てないプレイヤー達――。
痛みと苦しみの中、骨の体がバラバラに砕ける想像が何度も浮かぶ。
これまで何度もプレイヤーとは戦った。寿命を迎え、既にいなくなってしまったが、中にはいい友人になれた者もいた。
この数千年の中で、幾度もこの日を想定し、力を追い求め続けてきた。
だというのに――人数、力、どれをとってもアインズは圧倒的に劣勢だった。
「――それでも負けられん…。私には子供達とその家を守る責務がある…」
相手は
守護者達も相手の連れてきたNPC達と戦っているはずだ。
「そうかよ。家も子供も人間様に任せてお前はもう眠りな!!」
剣の軌道がまるでコマ送りの映像のようにゆっくりと見える。これを避けなければ死ぬ。アインズは痛む身体に鞭打ち立ち上がろうとするが、動かない。
(ごめん…皆…)
目を閉じ全てを覚悟すると辺りには金属同士のぶつかる激しい音が鳴り響いた。
アインズは揺れる瞳を開く。目の前には真紅のマントをなびかせる真っ白な全身鎧――。
「あ…あぁ…そんな……」
待ち続けてきたその時に、痛みも忘れ腕を伸ばす。迷子の子供が親を見つけた時のようにそのマントに縋った。
「たっちさん…!!」
「――アインズ・ウール・ゴウンのたっち・みー!?」
たっち・みーはうんともすんとも言わず、腰を低くし警戒する相手と見合った。
――違う。
アインズはその背に違和感を覚える。
「たっちさん…?」
たっち・みーは悩むようなそぶりを見せた後口を開いた。
「…父上。お逃げ下さい」
決して外に出るなと言い聞かせたはずの息子――パンドラズ・アクターのセリフにアインズは脳が沸騰しそうになる。何故こんなところに。相手はたっち・みーだと警戒し、襲って来ないがすぐにハリボテの存在だと、八十レベル程度までしか再現できない
「お前はこんなところにいちゃダメなんだ…ダメなんだよ、パンドラ…!!」
嘆きにも似た声を絞り出すと、パンドラズ・アクターは笑ったようだった。
「このままでは宝の持ち腐れでございます。さぁ、こちらを」
ひょいと軽い力で投げられた不思議な板に視線を落とす。
「お前こんな、これは…」
「本当はお渡ししたくなかった」
ユグドラシル時代に何度見たか分からないそれは
「早くろぐあうとを」
言葉の意味に気付く。
「そんな、できん…。できん…!」
「できるはずです。父上、ろぐあうとを――来ます!!」
敵の突進を受け止めるためパンドラズ・アクターは飛び出した。
自分がここにいてはこの宝は決して戦うことをやめない。しかし、ログアウト。そんなことをして、ここに戻って来られるのか。刹那とも呼べる短い時間でアインズはあらゆる事を考えた。しかし、考えても考えても答えは出ない。
「父上!お早く!!再びろぐいんすればいいだけの話です!!」
パンドラズ・アクターは既に傷付き、相手もそれが本物のたっち・みーではない事に気が付き始めている。転移すら阻害されているその場所で逃げるには――アインズは震える手で見慣れたボタンを押した。
その場から創造主の気配が消えると、パンドラズ・アクターは舞うようにその姿を変化させた。逃げ切れる自信のあるその姿は
父が居るべき場所へ帰った以上自分も帰らなければいけない。プレイヤー達の怒号を背に聞きながらパンドラズ・アクターは駆け抜けた。
その口元は歪み、溢れ続ける涙は止まらなかった。
「
+
「ッハァ!!」
鈴木悟は椅子の上から飛び上がるように起きた。
その身のどこにも痛みがない事を何度も確かめる。
「はぁ…はぁ…か、帰らなければ…。私は、私は…!」
最早数千年の時を過ごし、染み付いた喋り方と思考は人の身に戻ったとしても取り払われることはなかった。
アインズ・ウール・ゴウンとしてやるべき事を。
アインズは被ったままのヘッドギアのスイッチを入れ、何度も願いながらユグドラシルのアイコンをクリックする。
<誠に勝手ながらユグドラシルのサービスは終了いたしました。 長らくご愛顧いただき、誠にありがとうございました>
入れない。
――入れない!!
アインズはダンっと肘掛を叩くとヘッドギアを放り投げた。魔法のないこの世界で一体どうやって戻れば――。
何度も頭をかきむしりながら狭い部屋をウロつく。
(思い出せ…。あの世界だって初めからユグドラシルの魔法があったわけじゃないんだ)
必要な物は
アインズは何を考えてもどうしようもない状況と、昂ぶった感情が抑制されないその身で悔しさと苛立ちから何度もベッドを殴った。
隣の部屋から叱責の声が壁を叩く音ともに見舞われると、ブブッと携帯が揺れた。維持費が高額なため、もうユグドラシルの終了と共に手放そうかと思っていた物だ。ふと、そこに希望がある気がしてアインズは携帯をとった。
画面に表示されているのは、サービス終了の日に別れたヘロヘロからのメールだった。
「…さっきはすみません…。また遊びましょう……」
そんなことも懐かしい。しかし、アインズはこの人こそ全てを解決する為に必要だと立ち上がった。マスクも着けもせず、部屋を飛び出し汚染された空気の中ひた走る。
迷惑だとわかっているが電話をかける。オフ会で待ち合わせをする為に一度だけ使われたその番号へ。すぐに留守番電話サービスに吸い込まれるが、何度も何度もしつこく掛け続けると、心底勘弁してくれとでも言うような声音が響いた。
『……モモンガさん、本当に悪かったと思ってますけど、明日俺四時起きなんです…』
アインズの口からは思わず笑みがこぼれた。
「はは、そうでしたね。今日はサービス終了日か!」
『何言ってるんですか…?とにかく、もう寝ますね。また遊びましょう』
「待って!待って下さい!!頼む、一秒で良い。私に時間をくれ!!」
その喋り方はアインズと鈴木の混じった滅茶苦茶なものだった。
『…何なんですか。もう…』
「どうか、もう一度ユグドラシルにログインさせて下さい!!」
+
無理矢理聞き出した住所に乗り込むと、モモンガがマスクもせずに走ってきた事にヘロヘロは驚愕の視線を向けた。
「モ、モモンガさん…あなた大丈夫なんですか…?」
友の尋常ならざる姿に眠気も吹き飛ぶ。
「ヘロヘロさん、この埋め合わせは必ずします。どんな形でも良い。ユグドラシルにログインさせて下さい!!」
「そんな事言われても、プログラマーだって何でも出来る訳じゃないんです。あれがなくなることは惜しいですが――」
「頼む!!数秒で良いんだ!!」
あまりに鬼気迫る様子に、ヘロヘロはまるで別人のようだと思った。それで落ち着いてくれるならとヘロヘロは重たい腰を上げる。しかし、幾ら何でもログインなどは出来ない。
「モモンガさんの外装を動かせるようにする程度ですよ…。それで納得してくれます…?」
モモンガの瞳は輝いたようだった。
「します。絶対にします。」
深いため息を着くとヘロヘロはキーボードを叩いた。パンドラズ・アクターに覚えさせる為、四十一人の外装と能力は全てデータとして書き起こしてある。それをヘッドギアから接続し動けるようにしようと言うのだ。ヘロヘロは再びの眠気と戦い、何とか動かす情報を書き込んでいく。
モモンガは顔に手を当てそわそわと何度も嘆くような声を漏らした。
「パンドラ…頼む…お前も逃げていてくれ…」
おかしな呟きを努めて無視し、全てを済ませるとヘロヘロはヘッドギアを差し出した。
「…遊んで帰って良いですから、俺は寝ます」
ヘロヘロはそう言うとパタリと倒れるように眠りについた。
「…感謝します」
モモンガはヘッドギアを被った。
アインズは何もない真っ白な空間で、手を前に組んだ。
「
そして、目の前には美しい緑が広がった。
なんてね!