アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第六十九話

 第六十九話 それはまるで、胡蝶の夢のように

 

 

「──全ての戦士の転移、無事完了しました」

「…………」

 

 再び瞳を閉じたテティスに言われずとも、プランバムは《オリハルコン》を通し、感覚で分かっていた。

 アウトロー達がワープゲートに入ってからしばらくすると、ダンジョン内のある場所で二つの存在が接触、すぐに片方の存在が消えた。どうやらコロッサルは《断罪》を選んだらしい(結果は半ば分かってはいたが)。

 それからダンジョン内に残っているバーストリンカー、エピュラシオンメンバー達の存在を感知し、すぐ近くにワープゲートをテティスに作らせた。いきなり見知らぬ物体が現れて戸惑っただろうが、それでもしばらくすると、全員が足を踏み入れたようだ。

 今はもうこのアトランティスには、自分しかバーストリンカーはいない。その自分もこれから消える。

 

「……貴様はこれで良かったのか?」

「良かったとは?」

「ここはほぼ全ての者が存在さえ知らない場所……。《オリハルコン》が消えれば、このダンジョンの意義は完全に失われる。つまりは今日来た我々が、最初で最後の挑戦者達だ。それで良かったのかと聞いている」

 

 秘宝である《オリハルコン》も、道を示す本も失われれば、いよいよこの場所に存在意義が本当に消え去ってしまうとプランバムは考えていた。

 にもかかわらずテティスは、《オリハルコン》共々消えようとしている自分を制止しようともせず、それどころか、言われるがままにダンジョン外部と繋がるワープゲートまで作成した。

 ブレイン・バースト内の時間で数千年という途方もない時を過ごし、思考することを覚えたという、海の女神の名を与えられた管理AI。

 そんな彼女に、プランバムは問わずにはいられなかった。

 

「……半ば諦めていました。この世界の終わりまで、この場所に戦士が訪れることはないのだろうと」

 

 そう言うとテティスはその場でくるくると回り始めた。豊かな栗毛の髪が、薄絹の服の袖や裾がふわりと浮き上がり、回転に合わせてゆらゆらと水面(みなも)が揺らめいているかのように見える。

 

「戦士が挑戦する場所であるのに、その戦士が一向に訪れない。どうして私はここにいるのかと幾度も考えました」

 

 どんどん回転は早まっていき、やがて細波の音がどこからか響いてくる。

 

「しかし今日、とうとう挑戦者が現れた。これだけで私の存在意義は確立されたのです。私の存在では無駄ではなかった。残る永遠に等しい時間も、私はこの事実さえあれば苦にはならないでしょう」

 

 パシャァン! 

 

 回転速度が最高潮にまで達すると、テティスは水に変じてその場から消えた。立っていた場所には小さな水溜りだけが残っている。

 

 ──さようなら、最初で最後のアトランティスの《主》よ。せめて貴方の最期が安らかなものでありますように……。

 

 その声を最後に、やがてテティスの気配は完全に消えた。

 それでもAIである彼女はこの場の様子も把握しているのだろうが、姿を消したのは気を遣ったからだろうか。アウトローとエピュラシオンの両陣営の転移座標も変更していたと言っていたし、AIであるのに思考回路が妙に人間じみたところがある。

 ひとり大広間に残されたプランバムは、シャンデリアの吊り下がった天井をじっと見つめる。

 仮面が砕かれたことで、時間にして数十年振りにアイレンズから直接見る景色。もっとも仮面を着けていても、こちらからは向こう側の景色が普通に見えるので支障は全くなかったのだが、それでも常に圧迫感は抱き続けていた。

 ──これからバーストリンカーとしての人生が終わるにしては、存外気持ちは穏やかだ。もっと切迫したものが湧き上がると思っていたが……。

 プランバムは思いの外に落ち着いている自分に小さく驚きつつも、仮に王達の勢力に敗北を喫してこの状況になっていたのだとすれば、止めどなく無念が渦巻き、こうして落ち着いてはいられなかったのだろうと予想する。

 平静な心境の原因には推測が付いていた。おそらくは、戦いの余韻をまだ引き摺っているのだろう。アウトローの《荒法師》、そして何より、その《子》との激突が。

 ──ダイヤモンド・オーガー、か……。

 金剛石の装甲を纏う、鬼の意匠をしたバーストリンカーが脳裏をよぎる。

 確か聞いた話では、レベルの上では5、6あたりの中堅に差しかかる程度のはずだ。彼が単独であったら百回戦ったところで、《オリハルコン》の力を宿した自分は一度だって負けなかっただろう。

 しかし、プランバムと同じレベル8のハイランカー、アイオライト・ボンズの参戦。召喚した高位エネミー、リヴァイアサン》を食い止めたアウトローの面々。

 更には、一人で追ってきた後に瀕死になりながらオーガーが使用した、心意システムの込められた謎の歌。あの歌が聞こえている間、プランバムはオーガーの背後にもう一人のバーストリンカーの存在をおぼろげながらに感じていた。

 これら数々の要因で勝敗を覆されたが、それでもオーガーの迷いつつも、何度も立ち上がった不屈の闘志が決め手であったことは否めない。実際、最後の落下で左胸を貫かれた一撃と重力の束縛への抵抗は、何らかのアビリティの効果もあったかもしれないが、彼の土壇場での根性によるものだ。

 また、戦いの終局でプランバムは怒りを糧に、負の心意まで発動したが、これに対しオーガーは、最後まで正の心意技を発動してプランバムを打ち破った。あの心意の歌声がオーガーに力を与えていたのだとしても、敗北を夢にも思わなかったのがプランバムの本音である。

 これはオーガーの心意技にそれほどまでに想いを込められ、なおかつ敵である自分へ少なからず抱いているはずの悪感情を力に変えずに放たれたという証明に他ならない。

 ──奴は心意技を用いても、あくまで対戦の延長として私と戦っていた。こちらは存在そのものを消そうとしていたというのに……。これではどちらが悪なのやら……。

 それでも負の心意技までも含め、持てる全てを出し尽くして戦ったことによる、充足感にも似た感情をプランバムはかみ締める。

 今にして思えば、わざわざオーガーにエピュラシオンの目的について話したのも、重ねたからかもしれない。純粋に対戦を楽しんでいた、かつての自分と……。

 そこまで考えて我に返り、さすがに買い被りすぎだとプランバムはわずかに首を横に振った。

 ──有り得ない、何を感傷に浸っている。何のことはない。様々な要素が絡み合い、結果的にこちらが負けた。ただ、それだけのこと……。

 間違っても彼らに感謝などしない。互いの考えは決定的に相容れないものだったのだから。

 プランバムは思考を打ち切ると、残った左腕を動かしてインストメニューを開く。すぐにアンインストールの項目を選択、確認を促す文章が開かれ、アンインストールを了承するイエスの項目を迷わずに押した。

 動かしていた左腕から力を抜き、腕がどさりと音を立てて床に落ちると、最終消滅現象である、デュエルアバターの情報コードへの変換と分解が始まった。体から伸びる青灰色に光るリボンに混じり、左胸の《オリハルコン》もプランバムの一部と化したことで、同様に黄金色のリボンとなって共に消滅していく。

 己の分身が消失し、加速世界に関わる記憶も失われる寸前だというのに、当のプランバムには恐怖はなかった。ただ、数十年間の歩んだ時間があっけなく無に帰り、消えていく儚さを静かに受け入れる。

 きっと、とうに自分は死んでいたのだ。守ると決めていた《子》が、どれだけ思い詰めていたのかも知らず、むざむざとバーストリンカーとしての命を絶たせてしまったことを知った、あの日から。

 心が作り出した仮面で顔を覆おうが、それまでの名前を捨てようが、虐げられていた者に手を差し伸べようが、埒外の力を得ようが、後悔が心の片隅から一度として消えることはなく。

 せめて同じ境遇を辿る者が現れないようにと、エピュラシオンとして目指した道は一種の(あがな)いで。

 強いて心残りがあるとすれば、彼女は自分を恨みながら消えていったのだろうかという、その疑問さえも忘れてこれから生きていくことだけが、プランバムには少し未練だった。

 とうとう消滅まで残りわずかとなったその時。そんなプランバムの目に信じられないものが映った。

 

「あ……」

 

 蝶が飛んでいる。

 

「ああ……」

 

 白く光り輝く一匹の蝶が、舞うように飛んでいる姿がプランバムの目に飛び込む。

 

「迎えに来て……くれたのか?」

 

 プランバムはすでに密度がほとんどない左腕を上げると、腕がばらりと光となって解け、漂う光の帯が撫でるように蝶へと触れる。

 

「何だ……随分と都合の良い奴だったんだな、僕は……」

 

 散り際に見る、現実か夢かも定かでない蝶によって、プランバムは許されたかのように、抱え続けていた重りが消えてしまったかのように感じられた。

 

「……繋ぎ留め続けた絆も……無駄じゃ……なかったのかな……。ねぇ、次会う時……お互いブレイン……バーストを失っているなら…………君と…………もう………………一度……」

 

 そして、玉座の大広間には誰もいなくなる。

 粛清者であることを己に課した男。彼の最期に抱いた感情は、ブレイン・バーストを喪失する直前のバーストリンカーとしては極めて少ない、幸福と希望に満たされたものであった。

 

 

 

 暗転から回復したゴウの視界に、茜色に染まった夕焼け空と水平線が飛び込む。

 宇美に肩を貸されたまま、ぐるりと周りの景色を見渡すと、ギリシャ風の建築物や地面に茂る丈の短い草花を見て、現在の無制限中立フィールドがダンジョンに入る前の《水域》ステージから、《黄昏》ステージになっていることを理解した。

 アトランティスに入っていた数時間の間に、こちらでも変遷が起きていたようだ。

 

「山下公園……。本当にワープしたんだ……。あ、フォックスさん、そろそろ自分で立てそうなので大丈──」

「はあ!?」

 

 大声に驚いて振り向くと、メモリーがコングに肩を貸しまま右手を上げて、目線が宙に釘付けになっている。

 

「おい、メモリ~……。耳元ででかい声出すなよ……いや支えてくれるのはありがたいけど」

「ぜ、全員インストからログイン時間を確認してみて! 大変なことになってる!」

 

 コングの抗議も届いていないのか、普段冷静なメモリーらしからぬ慌てように、仲間達が言われた通りにしていると、続々と驚きの声が上がる。

 ゴウも宇美の肩から離れ、インストのメニューウィンドウを開くとその理由が分かった。

 無制限中立フィールドに入ってからまだ数時間しか経っていないのに、表示されたログイン時間はなんと三百時間を優に越え、二週間以上が経過しているではないか。

 ダイブカフェで設定した自動切断までにはまだ余裕があるものの、ゴウは驚きを隠せないでいた。

 

「……こりゃあ信じられねえが、あのダンジョンの内部は時間の流れが外より遅いって証明だな。テティスとかいうAIが言ってた調整ができていないってのは、こういうことも含まれていたんじゃねえのか?」

「で、でもさー……エピュラシオンの奴ら、俺らを待ち構えてたよねー? 時間の流れが遅いなら、奥を目指しているところに鉢合わせするんじゃないのー?」

「多分、アトランティスの内部は時間の流れが早くなったり遅くなったりと不安定なんだと思う。ついでに言うと、僕が一度ダンジョン内で時間を確認した時は感覚相応の時間経過だったから、外部に出ると調整されるのかも。でも、どういうタイミングで時間の流れが切り替わっているのかまでは──」

 

 ──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。

 

 キルンとキューブの意見からメモリーが推測を立てていると、突如として地面が音を立てて揺れ始めた。

 立っていられないほどではないが、《黄昏》ステージで地震が発生するなどゴウは聞いたこともない異常事態だ。

 

「み、皆さん! 海を見てください……!」

 

 リキュールが指差す先に一同が注目すると、ここからおよそ一、二キロ近く離れた海面から、何かが突き出しているのが見えた。どんどん海面から浮上していくそれは、建物であることがここからでも分かる。

 というよりもあの場所は、アトランティスの入口があった辺りではないかとゴウは目を凝らした。

 

「《天部(デーヴァ)水天(ヴァルナ)》。──これは……この形、まさか……」

「師匠、何か分かったんですか?」

「あぁ。とんでもないものがな。ここより高い場所に移動した方がよく見えるはずだ……。そうだな……全員、あそこの建物の上に移動しよう」

 

 額のアイレンズから過剰光(オーバーレイ)を放つ大悟は心意技によって何を見たのか、近くにある一つの建物の上に登るように促し、皆は協力し合いながら平坦な屋根を上っていく。

 ゴウが改めて海を振り返ると、離れた海上に砦を思わせる建築物が浮かんでいた。かなりの大きさで、ちょっとした天守閣に相当するぐらいだろうか。しかしそれだけでは終わらない。

 建物は更に上昇し、その下から『とんでもないもの』が姿を現した。

 

「「「クジラ……!?」」」

 

 ゴウを含めた何人かが意図せず声を揃えると、砦を背負っている途方もなく巨大なクジラの頭部を露わとなった。

 夕日に照らされた白っぽい色合いの尖った頭部はシロナガスクジラに似ているが、大きさは実物を遥かに超えている。頭頂部の鼻から噴出する潮は、砦全体が一瞬だけ靄に隠されるほどだ。大きさからして、腹から背中にかけての体高は水深よりもずっと高いはずだが、この地震といい、海底の地下から這い出てでもいるのだろうか。

 ──そもそもクジラって肺呼吸じゃ……? 

 そんな的外れなゴウの疑問をよそに、小島ばりの巨体を持つクジラは頭部から胸鰭、流線型の胴体、最後は幅広い尾に至るまで、その全貌が見える大ジャンプ──どころか飛行をし、着水せずに海面と平行に浮いている。

 

「ジャ、ジャッジ……。あれ……」

「知りません……。あんな、あんなものは私が以前張り込んでいた時には現れませんでした……」

 

 晶音はクジラに釘付けになりながら、呆然とした様子で宇美の呼びかけに首を振る。

 そんな物理法則を完全に無視している白鯨が、体を右に傾けてゆっくりと旋回を始めた数秒後。

 

「うわっ……!」

「きゃあっ!!」

「うおおっ!? 何だ何だぁ!?」

 

 目に見えない何かがゴウ達にぶつかり、肌をびりびりと震わせる。

 ダメージはなく、音も聞こえないが、ゴウはアトランティスでリヴァイアサンの咆哮を聞いた時に近い感覚から、これがクジラの鳴き声だと分かった。おそらく人の可聴域に届かない低音な上に、規格外の巨体からくる声量は、遠くからでも空気の振動が衝撃に感じるのだろう。

 クジラは傾いた体から滝のように海水を流れ落ちているのを気にも留めず、頭がゴウ達の方を向いてもそのまま旋回を続け、ぐるりとその場で一周すると響かせていた鳴き声を止めた。そして、沖合へと進み出したアトランティスそのものであるクジラは、やがて建物群が陰になり見えなくなった。

 あまりに壮大かつ奇妙な光景に全員がしばらく押し黙る。

 

「……移動式ダンジョンとか言っていたか。正体はクジラの背中に乗った宝島……いや、竜宮城だったわけだ」

 

 そう言って心意技を解除した大悟が建物の屋根に寝転んだ。

 疲労困憊の全員が同意を口にしながら、大悟に続いて倒れ込む。

 最後のクジラの旋回と鳴き声は、もしかしたら一人ダンジョン内に残ったテティスなりの別れの挨拶だったのかもしれないと、寝転がったまま考えるゴウは、あることを思い出してがばっと跳ね起きた。

 

「どうしたオーガーいきなり……って大丈夫か?」

「は、はいぃ……」

 

 急な動きに心意技の反動が残る体が軋みを上げたことで悶絶するゴウは、大悟に心配されてから、改まってここにいる全員に伝えなければならないことを切り出した。

 

「実は、皆さんへの伝言を預かっているんです。最初のアウトローメンバーの一人、カナリア・コンダクターさんから……」

 


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