青春男と電波女の七巻を見て、星中さんルートが無いのに腹を立てて書いた。

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 星中さんとかいう、おもっくそ可愛い女の子がいるのに、何でIFルートすらないんじゃ!! 
 不満! 不満ですよ! 作者は! 
 そんな思考で書きました。

 恋愛ものって不慣れだから、暖かい目で見て欲しいです。


月の向こうへ行くための、たったひとつの冴えてもいないやりかた

 今は中学三年生の冬。この時期の中学三年生といえば、高校へと進学するために受験勉強に追われる日々だ。ちょっと前までは、授業中は教師を茶化しながら質問したり、毎日遊ぶのに夢中だった騒がしいクラスメイト達も、この時期になると流石に将来を見据え、大人しく真面目に授業を受け、学校が終わったら机に向かってノートにペン先を叩き付けている。

 

 俺もその例に漏れず、高校へと進学するために教科書と参考書を前に首を傾げたり、ノートに鉛筆を叩き付けたり消しゴムを擦り付けたりする日々だった。受験に取りつかれた周りのクラスメイト達の空気がそうさせるのだ。別段レベルの高い高校に進学するわけでもないのだけれども、初めての受験だからだろうか。何とも言えない不安が襲い掛かり、勉強以外のことが全くてにつかなくなってしまう。

 

 勉強をしなければならないという妙な使命感が鎖となって、俺の体と精神に纏わりついて締め付けてくるこの感覚は、とても窮屈でこの拘束を緩める方法といえば、ただただ勉強をするだけであった。問題を解くたびに鎖の拘束は緩やかになるけれども、完全に開放されることはなく少し時間が立てば再び俺の体を締め付けてくるのだ。

 

「……だというのになあ」

 

 ガコン、という缶コーヒーが自動販売機の取り出し口に落ちる音が、先ほどまでぼんやりしていた俺の意識を覚醒させる。

 今は受験真っ盛りで、遊んだりする余裕は全くというわけではないが、あまり無い。夜は机に向かい、寝る時間になるまで勉強をするのが、健全な受験生にあるべき姿なのだ。

 けれども、俺はどうした訳か夜に家を飛び出し、公園で深夜徘徊をするという健全とは言い難いことをしている。

 

 なぜそんなことをしているのか、と問われれば、星中に誘われたからだと答えるしかない。彼女は突然電話を掛けてくると、こうして夜の公園に誘い出してきたのだ。

 

 2本の缶コーヒーを手に取ると、これまで冬の寒さで悴んでいた手に熱が発生し、その指先の感覚を取り戻してゆく。

 ベンチに座っている星中の元まで移動すると、一本の缶コーヒーを差し出す。

 

「ほれ」

 

「おー、ありがと」

 

 星中は缶コーヒーを手に取ると、笑みを浮かべながら冗談を口にした。

 

「帰ったかと思ったよ。公園の入り口に向かっていくんだから」

 

「そんな事するわけないだろ」

 

「そうだね」

 

 俺は少しだけむっとしながら答えた。その様子が余程おかしかったのか、星中は笑いながら頷いた。……どうにも、彼女とは同い年だというのに、こうして話しているとまるで俺の方が年下のように思えてくる。それは星中が俺を年下のように扱っているからなのか、あるいは単純に俺が星中の前では時折『俺』のヴェールを維持することができず、背伸びしている踵を地面に着けてしまうからなのだろうか。

 

「ふぅ」

 

 白い息を吐きながら空を見上げた。

 曇りというわけではないのだけれど、空にはいくつかの雲が漂っており、そのうちの一つが月を隠していた。俺は周りの細かく光り輝く星と、雲に隠れていても、雲を貫いて光を振り撒く月を見つめた。

 

 

 どうも、丹羽真です。初めましての方もいるだろうし、軽く自己紹介でもしてみようか。

 

 とはいっても、これは本編八巻とSF(すこしふしぎ)版一巻、つまりは合計で九巻からなる、電〇文庫(企業名をここで出すのは流石にアウトだろう)出版のライトノベル『青春男と電波女』に登場する丹羽真そのものじゃなくて、どこぞの馬の骨とも知れない素人二次創作作家が書いた丹羽真、つまりはオリジナルの丹羽真本人じゃないからそこら辺注意されたし。

 

 性格やら喋りやらがオリジナルとは違っているけれども、そこはご愛敬ということで笑って読んでいただければよろしい。

 

 まあ、自己紹介とは言ってもどこにでもいるであろう普通の中学生だから、そんなに大したことは話せないだろう。精々がペーパークラフト部の部長を務めているということぐらいだ。それも他人に半ば押し付けられるような形で、非常に不本意ながら得た地位だけれども。現在俺の代わりに部長を絶賛募集中。

 

 俺のことを知りたいのなら、詳しくは『青春男と電波女』シリーズを購入して読むことをオススメします。

 

「にわち?」

 

「ん、ああいやなんでもない」

 

 ……はっ、どこかの次元に謎の電波を流していたような気がする。

 

 きょとんと首を傾げる星中をあしらい、俺は星中のすぐ横に座る。

 

「ありがとね」

 

 ……その言葉は、夜中に呼び出したことに、答えてくれたことに対するものなのか、あるいは缶コーヒーに対するものなのだろうか。その言葉の意味が分からずに、俺は星中の言葉の続きを待った。けれども彼女は缶コーヒーのプルタブを開けると、素早く口に茶色の液体を流し込んだ。

 

「ん」

 

 だから俺も適当にお茶を濁して、缶コーヒーのプルタブを開けてその中身にある液体を摂取する。コーヒーはクリームや砂糖によって元来の苦さを上書きされていて、いやに甘かった。けれども、苦いコーヒーは飲めないし、この甘さはどこか心地よかった。

 

「あー、いい塩梅の苦さ。にわちは甘いのしか飲めないよね」

 

「ぼくは甘い方が好きだからな」

 

「あ、『ぼく』でてる」

 

 星中は俺をからかうように言った。

 俺は何となく恥ずかしくなって、星中が俺の顔を見れないようにそっぽを向いてみせた。今までは『ぼく』だったが、これからは『俺』なのだ。中学生から高校生へとステップアップするのだから、これはそのための転換期なのだ……などと、内心で言い訳をしてみる。

 

「気付くなよ。そこはスルーするのが温情っていうものだろ」

 

「別に背伸びしなくっていいんじゃない?」

 

 これは背伸びではなくて、自然にそういう風に変わり始めているだけだ。ただ、今はその中間というだけだ。

 

「あー」

 

 と星中は突然背を逸らして、伸びをするようにしながら星を見上げた。

 彼女の口からは白い息が漏れ、その頬は寒さによるものか、あるいはコーヒーとか、マフラーなどによる温もりによるものか、どこか赤みがかっていた。

 

「青春ポイント高いですなあ」

 

「何だよ、それ」

 

 俺は苦笑を漏らしてみせる。星中は時々こうして、青春ポイントなる謎の単語を口にする。そのポイントを貯めたら何かいいことでもあるのだろうか? どうやって使うのか、全く不明だ。

 

「どうでもいいけどさ、お前受験勉強は大丈夫なのかよ」

 

「まー、そんなに熱心じゃないけど、そこそこやってるよ」

 

「ふうん。で、何でわざわざこんな時間に、こんなところに呼び出したんだ?」

 

「息抜き。勉強の合間に夜空を見上げて息抜きしたかった」

 

「一人でやってろよ」

 

「にわちと一緒に見上げたかった、って言っても?」

 

「……」

 

 俺は思わず沈黙する。全くの不意打ちだった。それは一体どのような意味を持っているのだろうか? 星中とは、中学2年生の時に出会ってから、ずっとこうして何となく駄弁ったり、遊んだりしてはいるけれど、未だに彼女の言葉の真意は不明だ──

 というか、星中がどんなことを考えているかなど、俺にはさっぱり分からない。教師や教科書は星中が思考していることを教えてくれるわけでもないし、星中の考えていることを文字やら思考やらで直接読み取ることなど不可能なのだから、当然の話なのだが。

 

「はあ、青春っていいねえ」

 

「そうかねえ」

 

 青春というのは、一体何なのだろうか? 甚だ疑問でしかない。友人と話したり、遊んだりすることだろうか? それとも、異性とこうして夜中の公園で駄弁ることなのだろうか? 

 

「そうですとも。青春は最高っていう感じ?」

 

 星中はいつの間にか空を見るのをやめて、俺を見つめていた。俺は空を見上げてみた。雲は常にその形と居場所を変えて、真っ暗闇の中を海月のように漂っていて、さっきは隠れていた月はその姿を現し、金色をしたぼやけた光を放ちながら、ただただ夜空にその姿を浮かび上がらせていた。

 

 十二月の受験勉強真っただ中、こんな風に夜間外出をして誰かと駄弁ることなんて、許されるはずもないだろう。

 けど、俺と星中はここにいる。

 他愛のないことを、気のすむまでだらだらと話している。

 俺たちの缶コーヒーの中身は、気が付くと無くなっていて、手に残る僅かな温もりが残っていた。

 

 

 ああ、憂鬱だ。

 昨夜の夜間外出について、母親にこってりと絞られ、挙句の果てに中学校を卒業するまで小遣いを半額にされるという、刑罰を言い渡された。理不尽だとは思うが、母親には逆らえないので渋々受け入れるしかなかった。

 それに、この時期の放課後は大量の眠気が襲い掛かってくるものだから、それも相まって気分を暗くしていた。いつもならばどこで遊ぼうか、とか、これから何をしようか、とかそういう相談事で騒がしい放課後も、この受験期ともなると、どこかどんよりとした空気を漂わせ、皆勉強という名のウイルスに感染したゾンビのように、家や塾に向かって受験勉強に取りつかれるのだ。

 俺もまた、それは同じだったからあまり気分が優れない。

 

「にわち、こっちこっち」

 

 だが、星中はそんなものは関係ない、と言わんばかりの陽気を振りまきながら、教室の入口の前で手を振りながら、俺を呼び出した。

 体をゆったりと動かしながら星中の元へと向かうと、彼女は

 

「にわち、今暇?」

 

 と首を傾げた。

 この問いかけの意味は、おそらくこれからどこか一緒に行こうか、とかそういう類のものだろう。暇と言われれば首を傾げるほかない。受験勉強というものがあるのだから。それを理由に断ることもできるのだけれども、勉強ばかりでは息が詰まってしまうだろう。

 

「あー、暇と言えば暇だな。で、どうした? また夜の公園に行こうっていうなら、流石に断るけど」

 

「ええー、つれないねえ」

 

「当然だろ。おかげ様で小遣いを半分に減らされたんだからな。次にやったらどんな罰が下るか考えるだけでも恐ろしい」

 

「おお、それは手厳しいねえ」

 

 星中はおかしそうに笑うと、何かを思いついたように手をポムと叩いた。

 

「よーし、それならあたしがお詫びに奢ってあげましょう」

 

 星中は言いたいことだけを言い終わると、踵を返して移動を始めた。ついて来いということなのだろう。俺は星中の後ろを歩きながら、ふと窓を見やった。

 よく磨かれた窓には、ぼんやりとだが俺の顔が映っていた。さっきまでの鬱蒼とした雰囲気はいつの間にか消えており、いつも通りのありきたりのつまらない顔をしていた。……まあ、ちょっとは気が紛れているということだ。

 星中の顔もガラスには映っていたけれど、横顔だし何よりちゃんとした鏡というわけでもないから、どんな表情をしているのかはさっぱり分からなかった。

 

 俺たちは学校からハンバーガー屋へと移動した。この店は俺も時々友達と利用するのだけれど、星中と来るのは初めてだったか。

 店の中は放課後だからか、俺たちと同じような学生が何人もいた。俺の通っている中学校の制服を着たやつも何人かいたけれど、皆一年生か二年生で、受験真っ只中の三年生は一人も見当たらなかった。恐らく、他の学校の生徒も皆一年か二年生であり、三年生なのは俺たちぐらいだろうか。

 

「ほいほい、にわち、ハンバーガーどうぞ」

 

「ん、ありがたく頂きますぜ」

 

 星中は俺のリクエストも聞かずに、注文したハンバーガーを手渡してきた。受け取ったハンバーガーの包装紙を剥ぎ取り、どんなハンバーガーなのかを確認する。ちょうど俺が食べたいと思っていた種類のものだったから、「いただきます」と口にすると素早くかぶりついた。

 

「あ、ケチャップついてる」

 

「マジか」

 

 星中の指摘を受け取ると、俺はついたケチャップをふき取ろうと、指で口の周りを拭う。けれども、どれだけ指を這わせても、位置が行方不明のケチャップを取ることは叶わなかった。

 

「あ、そこじゃなくてそっち……もうちょい左……あー、もー。仕方がないなあ」

 

 星中はどこに指を伸ばせばいいのか、指示をしてくれているが、一向に拭い取れない俺にじれったくなったのか、人差し指を伸ばすと、俺の顔についたケチャップを拭い取った。

 そして、指先に付着したケチャップを星中は舐めとった。

 

「ん、これで大丈夫」

 

「センキュ」

 

「ねえ、にわち」

 

「何だよ?」

 

「今のって青春ポイント2点はあったよ」

 

「さいですか」

 

 青春ポイント。星中が時々口にするが、未だにその点数の付け方の基準とか、どういうものなのかは分からない。というか、今点数があるのを知った。

 

「あー、青春女としてはもうちょいポイント欲しいですな」

 

「勉強しろ。受験生」

 

「にわちだってそうじゃん。にわちって、どこの高校行くの?」

 

「地元の近いとこ。星中は?」

 

「あたしもにわちと同じ所。今決めた」

 

「そんなんで行く高校を決めなさんな」

 

「いいじゃーん。別に」

 

 星中は笑いながらハンバーガーにかぶりつく。中学二年生のころだったか、星中と初めて出会ったのは。そのころは、『俺』がまだ『ぼく』のころで、彼女はクラス替えが終わると、突然「よう、にわっち!」なんて声をかけてきた。

 これまで星中とは何かを話したりするような中でもなく、ただの同級生であり、ただの他人だった。そんな人物が突然馴れ馴れしく、あだ名を勝手に造って話しかけてくるものだから、少しばかり戸惑った。

 自己紹介をして、ペーパークラフト部の部長だということを伝えると、星中は造ったものを見せて欲しい、と伝えてきた。この時は何も造っていなかったから、そのうちな、と適当にあしらった。

 

 それをきっかけに星中と話すことが多くなり、掃除の最中とか、休み時間とか、そういう僅かな時間になると、どうでもいい世間話をしたりするようになった。

 

 そして、いつの間にか登校とか、放課後とかになると横に並んで話したり、休みはどこかに出かけたり、時々電話をしたりするような仲になっていた。星中はいつも俺の隣にいるのが当たり前といえるようになっていた。

 

 俺はその状況をそういう、至って当たり前なものだとして受け入れるようになり、星中と一緒に過ごしたり話したりすることは、日常の一部となっていた。遊びに行くときは星中が誘う時が多かったけれど、時々は俺から誘うときもあった。

 

 俺からすると、星中は友人であり、隣人なのだ。星中が俺のことをどう思っているのかは分からないが。

 それはまるで星の周りを移動する衛星のようなもので、星中は常に俺の横にいた。

 きっと、中学生から高校生になっても、それは変わらないのだろう。星中と同じ学校に行って、一緒に過ごすのだろう。そうして学生時代を終えるのかもしれない。それはきっととても良いことなのだろう。

 

「星中、お前もケチャップついてる」

 

「え、マジで? 取って取って」

 

「はいはい」

 

 俺はさっき星中がやったのと同じように、星中の口元についたケチャップを、指でふき取ると、指先についたケチャップを舐め取った。使われているケチャップは、俺のハンバーガーと同じ物のハズなのに、なぜか少しだけ味が違うように思えた。

 

「ありがとー」

 

「どういたしまして」

 

「ねえ、これでチャラでいい?」

 

「何がだよ?」

 

 星中が突然口にした言葉の意味が理解できずに、俺は思わず聞き返した。

 

「何って、昨日のこと。にわち怒られたんでしょ?」

 

 星中はどこか申し訳なさそうに、しょんぼりとしたような顔を浮かべていた。

 

「まあな。おかげ様でこってり絞られた。何で突然あんな時間に誘ったんだ」

 

「ん、にわちと一緒に夜空を見上げたかったから、かな? そういうの、青春ポイント高いと思って。異性と一緒に夜空を見上げる、っていうのは青春ポイント満点のとっておきイベントだからさ」

 

「なんだよ、それ」

 

 俺は思わず苦笑を浮かべた。

 

「いいよ、別に。怒られたのは気にしていないからさ。これでチャラといこうぜ。チャラだ。チャラ!」

 

「おー、チャラチャラー。あんがとー」

 

「あいよ。夜間外出はもう御免だー!」

 

 俺は星中と笑い合うと、その後はどうでもいい話をしたりして、目の前のハンバーガーを少しずつ齧っていった。

 ハンバーガーを食べ終えると、俺たちは自然と解散となった。

 

 勉強に追われたり、星中と話していたりしているうちに、時間はどんどん過ぎていった。

 いつの間にか二学期が終了して冬休みに入っていた。学校に行くことは無かったけれども、受験生として家でしっかりと冬休みの宿題をこなしながら、受験勉強をしていた。

 

 一日二日、と時間が経過し、何ら変わりない日常を送っていた。もしもこの日常に何かしらの変化が加わるのならば、それは突発的な刺激ではなく、自分自身の手によって何かしらの衝撃を加えなければならないだろう。この田舎町では、そうしなければ変化など到底訪れないのだ。

 

 ……だから、星中から電話がかかってきた時、俺の日常は一変した。

 夜になると、星中は時々俺と話すために電話をかけてくるときがしばしばあった。俺もそれに応じて、勉強の息抜きになるから、と星中と駄弁ったりしていた。

 

 今日も、星中から電話がかかってきた。けれども、その日の星中の声のトーンはいつもと違っていて、どこか戸惑ったような調子だった。

 

「にわち、あたしさ。告白されたの」

 

「──」

 

 声が出ることは無かった。どう答えればいいのか分からなかったからだ。

 まるで突然金槌で頭を叩かれたかのような錯覚を覚えた。精神的な衝撃によって俺の感情は、思考の中を乱反射していた。

 星中に告白するようなヤツがいるなんて、考えてもみなかった。でも、よく考えれば星中は可愛らしい見た目をしているし、告白されるのも当然だろう。

 俺は乱れた思考で、なんとか言葉をひねり出した。

 

「…………なんて答えたんだ?」

 

「ん、んん。保留。答えはまだ先でいいよーって」

 

「──そうか」

 

 そこからのことはあんまり覚えていない。混乱する頭で、なんとか星中とのやり取りを終えると、俺は部屋に戻ってベッドに体を投げ出して大の字になって天井をぼうっと見つめた。

 

 星中が告白──ただただ、その言葉が頭をよぎっていた。

 答えはまだのようだけれども、星中はその告白した相手とやらと付き合うのだろうか。それならば、目出度いことなのだ。祝福するべきなのだろう。

 

 ……けれども、何で俺はこうも妙な、訳の分からない感情を抱えているのだろうか? 

 

 それからまた日々が過ぎていった。星中と会うことはなくなり、電話もかかってこなくなった。受験勉強に集中しようにも、どうにも頭が回らず、開いたノートを顔で押しつぶして、机に突っ伏すことが多くなった。

 ノートを引きちぎって、紙で花を造ったりするときもあった。普段は決してしない行動だ。

 なぜだろうか? ──星中と電話をしたあの日から、どうにも俺の頭はもやがかかったようになり、勉強だけではなく、あらゆる物事に手がつかなくなった。

 

 その理由はどれだけ考えても、解明されることはなかった。

 このもやもやした思考も、あらゆることに集中できなくなるのも、その原因は分からないままだった。

 

 そんな折、家の電話が鳴り響いた。俺はすぐさま電話機の元まで駆け付け、受話器を手に取った。

 

 相手は『丹羽』という苗字で俺のことを呼んだ。つまり電話の相手は星中ではなかった。けれどもその声には聞き覚えがあった。

 

「相原か?」

 

 小学生のころからの友人の声は聴きなれていたが、いささか確信は持てなかったから、ついつい聞き返してしまった。

 

『そうそう。俺だよ。暇か? だっただら遊ぼうぜ』

 

「お前なあ。俺は受験勉強で忙しいんだぞ?」

 

『まあまあ。勉強も大事だが、息抜きも大事だぞ? 息抜きも受験生としての義務だぜ?』

 

 相原は気軽に言ってくれる。私立の高校への推薦入学がほぼ決まっているのだから、勉強する必要もあまりないのだろう。

 

『何より俺が暇なんだ。まぁ、無理には誘わねえよ』

 

「……あー、うん、まあいいぞ」

 

 少しは気晴らしになりそうだしな、という言葉が出そうになったのを何とか飲み込んで、相原の勧誘を受けることにした。そして俺たちは前に星中と一緒に行ったハンバーガー屋で食事をとることにした。

 

 防寒具を纏い、外にでると十二月の寒気が、防寒着を超えて俺の肌を突き刺してきた。けれども、冷たくなって、動きが鈍くなる体を俺はなんとか動かして、冬ならではのひっそりとした、どこか寂しい灰色の街を歩いて行った。

 

 相原とハンバーガー屋の前で待ち合わせをすると、お互い軽口を叩き合って、店の中に入っていった。昔からの中だから、気安く冗談を話したりするから、そういう意味では気晴らしにはなるだろう。

 俺と相原はそれぞれ注文を終え、ハンバーガーやドリンクなどを受け取ると、空いている椅子に座って、ハンバーガーを食べながら駄弁りはじめた。

 ……このハンバーガーは、前に星中と行った時と同じものだ。当然だろう、俺はこのハンバーガーをよく食べるのだから。

 

「丹羽を誘う前に、二人誘ったんだけど断られちまった」

 

「当然だろ。皆勉強しているんですぜ? 先生」

 

「まーな。ちなみに一人は女子」

 

「ほう、告白でもするのか? ん? ん?」

 

 俺はふざけたような調子で、冗談を口にした。けれども、なぜか俺の精神は陽気ではなく、小さな針で刺されたような痛みが走った。

 こんな田舎で女子を誘うというのは、勇気のいる行為だし、色ボケしている学生なら告白をしようとしている、と捉えるヤツも多いのだ。

 

「しねえよ。馬鹿」

 

 相原は笑って俺の冗談を受け流した。

 

「色気無いなあ」

 

「うっせ。お前こそどうなんだよ。星中とは。付き合ってるんだろ?」

 

「………………は?」

 

 相原の言葉が理解できなくて、俺は首を傾げた。

 星中と付き合っている? いいや、そんなことはないだろ。俺は星中とよくいるが、そういう仲ではない。星中はただの──友達だ。

 

「そんなわけ、ないだろ」

 

 まただ。また胸に痛みが走った。

 

「そうなのか? てっきりお前ら付き合っていると思ったんだけどな。いつも一緒にいるしよ」

 

「…………」

 

 いつの間にかハンバーガーを食べる手は止まり、軽薄な調子で言葉を告げる相原の声は、耳に入らなくなり、俯いて食べかけのハンバーガーを見つめていた。

 星中といつも一緒にいるのは、友達だからだ。当然だろう。友達と一緒に遊んだりしていれば楽しいのだから、一緒にいるのは当然なのだ。

 

 また。胸が痛む。

 

「……わ、……丹羽!」

 

「お、おぅ!」

 

 相原の大声で、俺ははっと俯いていた顔を上げた。

 

「ど、どうしたよ?」

 

 驚きのあまり裏返ったような声で、相原に問いかけた。

 

「お前、ボーっとしてたぞ。顔も暗いし、どこか体調悪いんじゃないのか?」

 

 相原は心配そうな顔で言った。俺は首を横に振った。

 

「いや、大丈夫だよ。ぼくは至って健康だ。ちょっと勉強で疲れてたのかも」

 

「そうか? ならいいんだが。まあ、息抜きしようぜ。食えよ、呑めよ! ってな」

 

「おう!」

 

 ハンバーガーの味は良く分からなかった。ジュースも同じだ。甘いはずの液体は、無味で全く甘さを感じ取られなかった。

 相原とは冗談を言い合って、笑い合ったりしていた。よく笑ったりしてはいるものの、会話の内容はどこか空虚に感じられた。そしてハンバーガーとジュースを飲み終えると、解散と相成った。

 

 相原と別れると、俺は家に帰ろうと踵を返した。

 

「あ、にわち?」

 

「……星中」

 

 すると、俺の目の前には星中がいた。

 俺は何を言えばいいのかよくわからなかった。星中は、どこかおずおずとした調子で、ぎこちなく微笑んだ。

 

「や、偶然だね」

 

「あ、ああ」

 

 俺は思わず反射的に答えた。

 

「……」

 

「……」

 

 けれども、それっきり二人は黙ったままで、どことなく気まずい空気が流れた。街の喧騒も気にならなかった。

 

「ほ、星中。告白、どだったよ?」

 

 俺はつんのめった声で、思わずそんなことを聞いた。

 

「……まだ答えてないよ。クリスマスの夜まで待つって。電話で答えるの」

 

「そっか」

 

 俺は思わずため息を吐いた。なぜだろうか。いつものように話せばいいのに、どうにもうまくいかない。体と思考をロープできつく縛られたかのような錯覚を覚えてしまう。

 

「……星中はさ、なんて答えるつもりなんだ」

 

 ──だからだろうか。俺の思考や意識に関係なく、いつの間にか自然とそんな言葉を口にしていた。

 星中は眉を顰め、しばらく考えると、どこか困ったような、あるいは不安そうにしながら言った。

 

「にわちはさ、私にどう答えてほしい?」

 

「……星中が決めることだから。ぼくは関係ないだろ」

 

 俺はそれだけ言うと、思わずその場から走り出した。

 まるで何かから逃げるように走り、気が付けば汗だらけになりながら家にいた。

 

 それから、また何日かが過ぎた。相変わらずまんじりとしない日々が過ぎた。

 そして、世間ではクリスマスと呼ばれる日となった。

 

 クリスマスの朝は非常に静かだった。俺は何をする気もなく、ベッドに寝転がりながら、ただただ星中のことを考えていた。

 星中はもう、その告白の答えとやらを言ったのだろうか。何て答えたのだろうか。そんなことばかりが気になってしょうがなかった。なぜだろうか──? 

 

 もし、星中がその告白を受け取り、恋人ができたのなら俺はどうするべきなのだろうか。祝福して、何かを奢ろうか。

 しかし、星中に彼氏ができたのなら、俺と一緒に過ごすことはあまりなくなるだろう。当然の事だ。友人と彼氏、どちらと一緒に過ごしたいか、と問われれば、彼氏に決まっているだろうから。

 

「……ん」

 

 俺は机の上に置かれたノートや教科書をちらりと見る。

 星中は俺と同じ高校に進学すると言っていた。

 

「高校か──」

 

 ふと、想像してみる。この先星中とどのように過ごすのか。高校に進学し、星中は彼氏と一緒にデートをしたりする。俺は──おそらく高校でできた友人とどうでもいいことを駄弁ったりして、毎日を過ごすのだろう。

 ……部活とか、修学旅行とか、文化祭とか、そういうイベントを想像してみる。そういうのは、世間一般の高校生は楽しい時間を送ることができるだろう。けれども、なぜだろうか。俺はどうにも楽しいとは思えなかった。

 

 原因は、そうだ。この想像には、俺の隣に星中がいないからだ。

 

 星中がいない日常は、到底楽しく思うことができない。なぜならば──

 

「星中が好き、だから?」

 

 ボソリ、と呟く。

 その言葉がキーワードとなり、俺の中にあったぼんやりとした、暗い感情は砕かれた。自覚をしたのだ。俺は、星中の事が好きなのだ。

 だから、星中が他の男から告白されたとき、あんなにももやもやした気持ちになっていたんだ。

 

「星中!」

 

 ベッドからがばりと勢いよくその身を起こし、時計を見る。

 気が付けば夜中になっていて、家の門限はとうに過ぎていた。空は夜にそまり、沢山の星々がイルミネーションのようにきらめいていた。

 

「青春か」

 

 俺は星中がよく言っていた青春ポイントの意味が分からなかった。それどころか、青春というものもよく分かっていなかった。けれども、今なら何となくその意味も、青春がどういうものなのかも、分かる──ような気がする。

 

「よっしゃ、いっちょ青春でもしますか!」

 

 それから、俺は勢いよく電話の元まで移動すると、素早く番号キーを叩いた。呼び出し音が鳴ると、すぐに『もしもし?』という星中の声がした。俺は食いつくように星中に問いかけた。

 

「星中! 告白、どうだ? まだか?」

 

『え、にわち? う、うん。今から……』

 

「そうか」

 

 俺は胸を思わず撫でおろす。

 もしもこれでもう星中が、相手の告白に答え、頷いていたのなら、俺は心にもない祝福の言葉を送っていただろう。

 

「それ、ちょっと待っててくれないか? 今からちょっと外出かけようぜ」

 

『え、え? いいけど……』

 

 星中は戸惑ったような声だった。それからは、すぐに防寒着に着替えて外に出た。

 夜間外出の件について、母親からはこっぴどく怒られているし、今回もばれたなら凄まじい雷が落ちること間違いないだろう。けれども、そんなことはもう気にならなかった。

 

 もしも、これが駄目なら、俺はとんだピエロだ。でもそれでいい。それが青春というものなのだろうから。青春というガソリンを積んだ暴走自動車の如く、俺は家から飛び出した。駄目だったのならば、それでもいい。当たって砕けてしまえばいいさ! 

 

「どこ行く気なの?」

 

 夜の道、俺は自転車のペダルをこぎながら、後ろの荷台に座る星中の問いかけに答えた。

 

「山! マウンテン!」

 

「登山でもするの? 冬は危ないよ?」

 

「まぁまぁ! そんな高いところまでは登らないから!」

 

 冬の道路を、自転車のランプが照らす。田舎の、山へと向かう道となると、クリスマスといえども人はいなかった。だから、俺は思いっきりペダルを踏みしめて、法定速度を超過せんばかりの気持ちで、自転車をこぎ続けた。

 

「ねえ、山って何をするの? クリスマスパーティー?」

 

「いいや!」

 

「じゃあ、何?」

 

「星中が望むことをするんだよ!」

 

「何それ!」

 

「まあまあ!」

 

「……もう!」

 

「はっはっは!」

 

 そんなやりとりをしている間に、気が付けば俺たちは目的地に到着していた。山の坂道を、無理して自転車で登ったせいで、足はパンパンだし、防寒着の下は汗だくだ。けれども、そんなことは問題にはならなかった。

 俺は自転車から降りると、その場を見回した。

 

 そこはまるで切り立った崖のようで、前に出ればその場から落下してしまうだろう。崖の下には山道や森、そしてその向こうに街が広がっていた。

 

「目的地って……ここ?」

 

「そ」

 

 俺は星中に答えた。

 俺は空を指さして、言った。

 

「ほら、上見てみろ」

 

「あっ……!」

 

 星中は頬を染め、眼を輝かせ、嘆息してみせた。

 空には、満天の星が広がっていた。

 

「お前の望む、空を一緒に見上げる青春行為だ」

 

「うわぁ。凄い!」

 

 星中は最大の微笑みを見せた。

 

「にわち、結構ロマンチスト?」

 

「クリスマスだからな。ついでに言えば、まだ終わらない」

 

「えっ?」

 

「ほら」

 

 俺の言葉に首を傾げる星中に、俺はつい最近ノートで折った、紙製の花を差し出した。

 星中はそれを戸惑いながら受け取った。

 

「前さ、俺の作品見てみたいって言ってたよな。こんなモノしか用意してないけど」

 

 俺は照れ臭そうに、頬を掻きながら言った。

 ノートの切れ端で折った花なんて、格好つかないだろう。でも、俺にはこれを差し出すぐらいしか思いつかなかった。仕方がないだろう。何せ、その場の勢いで行動しているようなものだから。

 

「わ、覚えてたの?」

 

 星中は嬉しそうに言った。

 

「ああ。忘れるわけないだろ。覚えてるよ。お前と出会った時から、今までのことは」

 

 そうだ。忘れるわけがない。だって、そうだろう。俺は星中の事が好きなのだから。それはきっと、星中と出会った中学二年生のときから、そうだったんだ。今まで自覚していなかっただけだ。でなければ、異性とこうしてずっと一緒にいたりなんかするわけがない。

 

 そして、ここから先は星中が望んだことではない。星空を見上げるのも、俺の作品を見たいというのも、すべて星中の願いだ。けれども、今からやるのは俺自身の自己満足にすぎない。

 でも、それでいい! 勢いよく一歩を踏んで、その場から飛び立つように! やる事はいたって簡単だ! 俺は──喉が枯れるのも構わずに、夜空に向かって、崖の向こうに向かって、思いっきり、力の限り叫んだ。

 

「俺は……ッ! 星中の事が好きだあああァァァァァァッ!」

 

「──えっ」

 

「星中と一緒に居たい! お前が隣にいてくれなちゃ嫌だ! お前と一緒に高校行って……青春したい!」

 

 星中が戸惑っている気配がする。けれども、構わない。俺は想いのままに、俺が思っていることを、思いっきり叫ぶだけだ! 

 

「だから! 付き合ってくれ! 星中! お前のことが! 好きだあ───ッ!」

 

 それを言い終えると、俺の喉は非常に疲れ、肺の中から無くなった酸素を取り込もうと、深呼吸を自然としていた。

 星中の方を見ると、彼女の顔はこれまでに見たことがないほどに、赤く染まっていた。俺はそれが何だか面白くて、ついつい吹き出してしまった。

 

「ははっ」

 

「……馬鹿!」

 

 星中は、なおも赤く染まった顔のまま、俺の体を軽く小突いた。

 

「にわち、馬鹿! びっくりしたんだから。そんな恥ずかしいことを叫ぶなんて、何考えてるの?」

 

「いやあ、こんな星中さんは貴重ですよ。はっはっは! あー、スッキリした」

 

 俺はやりたいことを全てやりきった。だから、全身を満足感が支配していた。

 

「……にわち」

 

「何だ──」

 

 星中、と続けようとしたが、それはできなかった。なぜならば、俺の口は星中の唇が接触したことによって、防がれていたからだ。

 

 つまりは、接吻。

 

 つまりは、キス。

 

 チューともいう。

 

 星中は唇を放すと、赤く染まった顔で、笑顔を浮かべながら言った。

 

「にわち、あたしも好き。あたしもにわちのことが好き」

 

「……あっ」

 

 その言葉で、俺は赤面した。

 星中は照れ臭そうに、そっぽを向いた。

 

「にわち、馬鹿。恥ずかしかったんだからね?」

 

「ごめん」

 

「いいよ。別に。あたしもね、にわちのことが好きだったんだ。っていうか、にわちとは何だか100回生まれ変わっても、40回ぐらいは付き合ってそう、とか思っちゃうぐらいにはね」

 

「今回は40回の方に入ったっていうわけか」

 

「そ」

 

 星中は頷いた。

 俺は、星中への告白が無事成功し、これからもずっと星中と一緒に過ごせる、しかも恋人として過ごせるということに、安堵した。

 だから、未来に思いを馳せて空を見上げた。星中は、空だ。そこにあって当然だ。なんたって、俺の隣にいるのが当然なのだから。

 

「あー、青春って最高だな! 俺は青春男になるぞ!」

 

 

 

──おしまい。

 

 

 

●星中に告白し、恋人同士になる。

 


 

現在の青春ポイント合計

+(むげんだい)

 

 




 恋愛ものって書けないけど、無事書けたのにビックリしてます。
 ここまで書き上げるのに、丹羽君が滅多刺しになって死んだり、星中さんが自殺したりと波乱万丈でしたが、そのたびに書き直して、何とか書き上げられてよかった……!

 電波女と青春男面白いからオススメです。電波女と青春男の二次創作増えろ!!


 星中さん可愛いよ!
 こっからは彼女と一緒に野球をやったり、お祭りしたり、文化祭をしたりする模様。

 意見、感想、気軽によろしくお願いします!


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