水に憑いたのならば   作:猛烈に背中が痛い

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冨岡さん憑依ものねぇかなぁーと思いながら探しても無かったので自分で書くことにした。需要?知らんな

「見たい物を書く」と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!

更新速度は期待しないで。



第壱話 最初の一歩

 輪廻転生。死んであの世へと送られた魂が、この世に何度も生まれ変わってくるという仏教における思想の一つである。宗教知識を少しでもかじっているならば、単語くらいは聞いたことがあるだろう。

 

 無論、俺はその概念を本心から信じていたわけでは無かった。少なくとも()()()()はごく一般的な人間だった、筈だ。特に宗教にのめり込んでいたとか、そう言った意識は無い。故に俺は死ねばそこで全てが終わる、転生など実在しないと結論付けたまま無へと還っただろう。

 

 

 ――――今ここで、二度目の生を得るまでは。

 

 

「――――義勇(ぎゆう)。義勇? どうしたの、急に呆けたりして」

「…………………え?」

 

 自覚を持ったのは、おおよそ五歳くらいの頃だろうか。どうやら地面に絵を描いて遊んでいたらしき俺は、その女性の声が聞こえるまでピクリとも動けなかった。さながら、突然膨大なデータを流し込まれて処理が重くなったPC、とでも言えばいいのか。

 

 気が付けば覚えのない子供の記憶が頭の中に飛び込んできて……いや、この場合は、逆か。子供の頭の中に、何が原因かはわからないが、俺と言う存在が入れられてしまった。そして身体の奥底で頭の中が混ぜ込まれるような強烈な違和感と不快感の後、『俺』という存在は二度目の生を得たのだ。

 

「え、っと……」

「義勇、何処か怪我でもしたの? もの凄い汗だわ、風邪かしら……」

「い、や……なんでも、ない」

 

 その時の俺は、そんな焦燥し切った声で返事を返すのが精一杯だった。

 

 訳が分からない。一体何が起こったんだという疑問が頭を埋め尽くす。此処は何処だ、俺は誰だ。落ち着け、俺の名前は■■■■。年齢は■■。死因は……思い出せない。いや、前世の思い出を掘り返そうとすると頭の中に強烈なノイズが入り乱れる。

 

 結局、思い出せるのは前世で生きていた時代――――二十一世紀頃の一般教養と趣味だっただろうものの知識程度だった。一年程試行錯誤を繰り返してみたが、成果は無し。故に、俺はその辺りについての未練はきっぱりと切り捨てることにした。無駄なことに時間を割くくらいなら、別に問題について取り組むのが有意義だろう。

 

 さて、話を改めよう。……今生での俺の名前は、冨岡義勇(とみおかぎゆう)と言うらしい。

 

 もし俺に漫画やゲームといった娯楽関係の知識がなければ、特に何も思わなかっただろう。だが、残念ながらある。俺の名は知識の中で覚えているとある漫画の登場人物と一語もズレることなく同じであった。

 

 『鬼滅の刃』という、そこかしこが危険だらけのダークファンタジー漫画である。そして何よりその漫画のレギュラーキャラと名前が全く同じだというのはちょっと偶然が過ぎるのではないだろうか。

 

 勿論偶然の線もあっただろう。実際二度目の生を受けて一年経って落ち着きを取り戻し、その事実を知っても俺は偶然だと思った。いや思いたかった。しかし姉の名前が冨岡蔦子(つたこ)だと思い出して、悲しくもその可能性は潰えてしまった。流石に此処まで一致しておいて尚偶然と片づけられるほど、俺は楽観主義では無い。

 

 心底泣きたかった。よりにもよって主要人物に憑依転生。控えめに言って最悪だ。

 

 本来生まれるべきだった『彼』を消し――――いや、正確には“混ざった”ので残っているのかもしれないが、ほぼ消えたと考えていいだろう―――何より本来彼が行うべきだった役目を俺が果たさなければならない、という事実が何よりも俺の心を蝕んでいく。

 

 詳細はこの際省くが、冨岡義勇という者は一言で言えばクールなイケメンキャラの皮を被ったド天然ドジッ子残念イケメンである。しかし同時に柱――――味方陣営の最高幹部の一人であり、同時に主人公である竈門炭治郎(かまどたんじろう)に大きく関わる人物なのだ。

 

 そんな者が本来とは別の行動を取ればどうなるだろうか。

 

 最悪の場合ラスボス、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)が太陽を克服して究極生命体(アルティミット・シイング)誕生と言う本人以外誰も望まない最悪の事態を迎えかねない。勿論そんなことにならない可能性もあるが、少なくとも状況が現状から好転する可能性は無に等しいだろう。

 

 故に、俺には大まかに二つの選択肢が今突きつけられていることになる。

 

 一つは大体原作通りに行動して、主人公たちを導く。

 

 もう一つは――――すべてに目を背けて、普通の人間として生きていく。

 

 正直言って、後者は選びたくない。無論危険度で言えば前者の方が遥かに高いだろう。それに今この世界は俺にとっては現実だ。漫画の様に全てが上手く行くとはとても思えない。何処か一つでも狂えば全てが台無しになりかねないのだ。

 

 ……だからと言って、後者が絶対安全かと言われれば迷いなく「NO」だと答えれる。

 

 この世界はラスボスである鬼舞辻無惨によって生み出された超常の存在、鬼が闊歩している。日光を浴びると灰化するため夜にしか行動できないという縛りはあるが、ある特殊な武器で首を刎ねなければ絶対に死ぬことは無いというフロ○ゲーより酷いクソみたいな仕様の敵である。

 

 そして一般人がそんな存在から身を守る術は、ほぼ無い。鬼殺隊……鬼を狩るための組織は存在しているが、動いてくれるのはほぼ手遅れになった後からだ。

 

 もし後者を選んで、その先で鬼に襲われたら?家族が食われたら? ――――想像するだけで悍ましい。

 

 故に、迷う。守る力を得るために茨の道を進むか、保身のために薄氷の道を渡るか。

 

(…………俺は、どうすればいい……?)

 

 考えて、考えて、考え続けても明確な答えは未だ出せず。

 

 結局俺は七年もの歳月を無駄にしてしまった。……いや、身体作りをしたり家事能力を磨いたりと全くの無駄という訳では無いのだが。おかげで同世代の子供の中では一番の力持ちだと近所ではちょっとした有名人である。全く自慢する気は起きないが。

 

「義勇、良ければ晩御飯の支度の準備を手伝ってくれないかしら」

「あ……うん。わかった」

 

 畳の上に座り込みながら窓の外の夕陽を見ていると、蔦子姉さんは微笑みながら俺に頼みごとを投げかけてくれた。

 

 優しい姉。七年間、俺自身の目で見てきて出せる結論はただそれ一つに尽きる。

 

 俺が五歳になる前に両親が病気で他界してから、甲斐甲斐しくただ一人の弟である俺を母親のように育ててくれている。俺にとっては母であり、姉であり、ただ一人の肉親だ。この世で一番、大切に思っている。

 

 だからこそ、思う。

 

 鬼の存在によって死ぬはずの彼女を、こんなにも我が身可愛さに迷い続けている俺が助けられるだろうか、と。

 

 ふと俺は、晩御飯の支度をしながら姉へと問いかける。

 

「……姉さん」

「なぁに、義勇?」

「姉さんは、自分の選んだ道を後悔した事はないか? この時ああしていれば、こうしていれば……もっといい結果を出せたかもしれない、って」

「そうねぇ……」

 

 蔦子姉さんは鍋の鮭大根をかき混ぜながら頬に手を当てて、思案する。しかし答えは意外と早くその口から発せられた。

 

「確かにそう考えることは何度もあったわ。自分は間違えたかもしれない、って。……でもね義勇、それでも私は自分が一番正しいと思う選択をしてきた。振り返ることがあっても、絶対に後悔はしなかったわ」

「……自分が、一番正しいと思う選択……」

「だからね、義勇。自分を信じて。自分が正しいと思ったら、迷わず選び取りなさい。何も考えずに何も選ばないことこそが、一番悪い事なんだから。……だから、友達と喧嘩したなら、早く仲直りしなさいね?」

「…………うん」

 

 そもそも俺に友達は居ない、と答えても良いのだろうか。

 

 何故かはわからないが、厄介なことに他人と会話をしようとすると変なフィルターがかかっているのか、上手く言葉が出なくなる。そのせいで俺に顔見知りはいても友人はいないのだ。

 

 幸い蔦子姉さんやある程度馴染み深い顔見知りと話すときはあまり効果は無いのだが、それ以外の人と話そうとすると妙に寡黙になってしまう。

 

 ……もしかしたらこの冨岡ボディの効果だろうか? いや、俺の性格が少し人見知りなだけか。はたまたその両方か。

 

「あ、そうだ。義勇、明日は私の祝言の日なのを忘れて無いわよね? 今日はちゃんと早寝するのよ?」

「――――――――――………………うん、わかってる」

 

 知っている。知っているとも。

 

 祝言の前日――――今日が、蔦子姉さんの命日であると。他の誰でもない、俺だけが知っている。

 

 そう思うだけで両手に自然と力が籠る。今まで散々悩んできたが……今だけは、自分の心に素直に従わせてもらおう。

 

 絶対に、守ってみせる。

 

 俺は弟だけど、同時に長男なのだから。……家族を、守らなければ。

 

「ほら、ご飯が出来たわよ。一緒に食べましょう」

「うん」

 

 俺は決意を固めながら、姉に不信感を抱かせない様に平静を装いつつ食卓に着く。今日の晩御飯は白米が少しだけ混ざった麦ご飯に鮭大根と山菜の漬物等々、祝言前だからか俺の好物を含めた少し豪華な食事となっていた。

 

「「いただきます」」

 

 手を合わせて挨拶をしながら、早速俺は鮭大根に箸を付けた。煮て柔らかくなった鮭と大根を箸で切り分け口に運ぶと、口いっぱいに広がる芳ばしい香りと美味で芳醇な肉汁に舌鼓を打つ。

 

「どうかしら、義勇。ちゃんと美味しくできた?」

「うん。姉さんの鮭大根は日本一美味しいよ」

「うふふ、ありがとう」

 

 一口一口を全身で味わうようにゆっくりと噛みしめる。これが最期の食事になるかもしれない。例えそうなったとしても、姉さんだけは必ず……。

 

 

 

 ――――ぐちゅり。

 

 

 

 おかしな程静まっている夜中に、その異音は酷くくっきりと耳に入ってきた。

 

 蔦子姉さんもその音に気付いたのか、怪訝そうな様子を見せる。

 

「何の音かしら……。義勇、ここで待っててね。少しだけ外の様子を――――」

「姉さん」

 

 食卓から立ち上がろうとする姉を、俺は腕を掴むことで無理矢理押さえつけた。そんな俺の行動に驚いたのか、姉さんは目を丸くしながら俺を見てくる。

 

「俺が、行ってくる。だから姉さんは此処にいてくれ」

「駄目よ、危ないわ」

「姉さんは明日祝言だ。もし何かあったら、俺は一生後悔する。……大丈夫、何もなければすぐに戻ってくるから!」

「ぎ、義勇!?」

 

 姉さんが声を上げるのを無視して、俺は戸の近くに置いてあった薪割り用の鉈と事前に用意しておいた小道具の包みを手に家を飛び出した。

 

 この選択は、一歩間違えれば自分の命を落とすだろう。

 

 俺が死んだら、この世界にどんな影響があるかは未知数だ。

 

 だけど、それでも。

 

 ――――俺は姉を助ける選択肢が、間違ったものであるとは全く思えなかった。

 

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 外に出てから異音の出所を探るのはそう難しいことでは無かった。単純に、凄まじい量の血の跡が嫌でも場所を教えてくれたのである。そして目的の“ソレ”に追いつくのには、走って一分ほどしか費やさなかった。

 

 目の前には凄惨な光景が広がっている。悍ましい人型の何かに、両腕をもぎ取られ頭を潰された人の死体が引き摺られながら血の一文字を描いていた。

 

 初めて見た猟奇的な光景に喉奥から先程食べた晩飯が逆流しようとして、俺は反射的に口を押さえる。

 

「あァ……?」

 

 俺の存在に気付いたのか、ソレは振り返った。手には人の腕があり、幾度も齧られた痕と、ソレの口に血肉がべっとりと付着している。

 

 あの存在こそ鬼。欲望のまま人を食らい、千年以上人を脅かし続けた夜の支配者たち。

 

 その鬼が今、俺を見てニタリと嘲笑を浮かべている。思わず手が震えて顔中から汗が滲み出始めた。

 

「子供……? いけないなぁ。夜に出歩いちゃだめだって親に教わらなかったかぁ? 夜には怖ぁい鬼が出るんだぞ~?」

「……両親は、物心つく前に死んだ」

「ああ、そりゃ申し訳ない。……ひひっ、子供かぁ。子供の肉は柔らかくて食べごたえがあるんだ。女ならもっと美味いが……まあいい」

 

 鬼は手にした人の腕と身体をゴミの様に投げ捨て、楽しそうに両手をわきわきとさせながらこちらに一歩踏み出した。反射的に一歩下がりたくなるが、ぐっとこらえて手にした鉈を構える。

 

「あん? そんなので俺を倒そうってか? きひひっ、鬼退治はそう簡単じゃあないんだぜ坊主」

「…………」

 

 知っている。この世界の鬼と呼ばれる存在は『日輪刀』と呼ばれる特殊な鉄を使った刀でなければ滅することはできない。百も承知だ。

 

 本来ならば鬼の嫌う藤の花――――鬼が日光の次に忌み嫌うもの、その香を焚いて引きこもるのが最善かつ一番楽だろう。だが天の意思か、それは許されなかった。

 

 単純に今は夏を過ぎた頃で、春ごろに咲く藤の花など咲いていない。ならば乾燥したものを使えばいい、と思うだろうが……非常に残念ながら俺の住んでいる地域の周辺にはそもそも藤の花が咲いていなかった。

 

 思わず生まれ故郷のこの町を呪ったものだ。無論遠くに行けば見つかるだろうが、俺はまだ十二歳だ。そんな子供がどうやって隣町まで無事に辿り着けようか。最悪道中で鬼に襲われると言う本末転倒な結末を迎えかねない。

 

 それに、金銭的な理由でも無理だった。俺は姉と二人でどうにか家庭を切り盛りしている状況。日々の食事すらギリギリで、最近姉の付き合っている男性からの微々たる援助でどうにか食いつないでいるという状況でそんな物を買う余裕など無い。

 

 金も無い、伝手も無い、目的の物品すらない。戦わないで済ませるという方法は最初から不可能だったのだ。

 

 それでも旅の行商人が運よく持っていた藤の花を一房、どうにか捻出した小遣いで手に入れられたものの、夜が明けるまで香を焚くには絶望的に量が足りなかった。

 

 故に俺は、閉じこもるのではなく、戦うことを選択したのだ。何もしないで神に祈って待つより、自分で前に踏み出した方がよっぽどマシだ。

 

 無論倒すのは不可能だ。俺に日輪刀を入手できる伝手など無い。――――しかし倒すのではなく時間稼ぎなら。鬼殺隊の隊員が来るまで耐えるのは、可能なはずだ。ならば幾らでもやりようはある。

 

「……初めて鬼という存在をこの目で見た。率直な感想を述べてもいいか?」

「ああん?」

「お前は、手足も短くて、腹も出ていて、顔も醜くて……とても弱そうに見える」

「……………………あ?」

 

 淡々と、俺は最大限平静を装いながら、いかにも舐めているような声で鬼を挑発した。

 

 効果は――――

 

「――――この糞餓鬼ッ! ぶっ殺してやる!!」

 

 どうやら覿面らしい。

 

 鬼は地面が軽く凹むほどの脚力でこちらへと飛びかかってきた。十数メートルはあっただろう距離は数秒もかからずもう目と鼻の先だ。

 

 しかしそんな事は予測済みだ。俺は予め腰に結んでおいた小包から匂い袋を取り出し、その中身を鬼が飛びかかってくるだろう方向へとおもむろにぶちまけた。

 

「うぎゃぁっ!?」

 

 中身を顔面に浴びた鬼は奇声を上げながら体勢を崩し、俺はその隙にそのまま横に跳んで鬼の突進を回避。

 

 空中で体勢を崩した鬼は顔を押さえながら地面を何度も転がった末、しかし立ち上がるそぶりを見せず蹲って顔を引っ掻いて呻き声を上げている。

 

 当然だろう。これは牛の糞と尿を混ぜて乾かし、苦心してやっと手に入れた藤の花の粉末を混ぜて作り上げた特製の肥やし玉だ。

 

(今だ――――!)

 

 俺は鬼にこれ以上ないほどの隙ができたことを確認し、両手で鉈を握り締めてそのまま鬼へと接近。全力の一撃をその脚へと振り下ろした。

 

「ギャァァアァアァアァアアアアア!?」

「っ……!」

 

 関節を狙ったおかげで、鬼の右足は一撃で半分までその長さを縮めることになった。再生による修復を少しでも遅らせるため斬り落とした足を蹴り飛ばしながら、更にもう一方の脚も斬り落とそうとして――――直感的に後ろへと全力で跳ぶ。

 

「くっ……!?」

「よ、くも……やってくれたなぁ!! この糞餓鬼ィ!!」

 

 羽織と、胸が薄く切れて血が出ていた。見れば鬼は逆立ちになって爪が長く鋭くなった片足を腕のように振りまわしている。やはり鬼と言う存在には常識というものは当てはまらない様だ。

 

 更に、斬り落とした足の断面の肉が時間が巻き戻るが如く、元の形になろうとしているではないか。苦労して与えた傷もこうして無意味なものへとなっていく。覚悟はしていたが、やはりこうも現実が無慈悲だと心が折れそうになる。

 

(せめて日輪刀があったなら……!)

 

 日の力を持った唯一鬼を殺せる武器。それさえあればこの戦いもずっと楽になっただろうに。しかし残念ながらあれは一般市民が手にできるような代物では無い。

 

(いや、無い物強請りをするな、冨岡義勇。今俺が持っている全てで鬼を足止めをするんだ)

 

 何時まで堪えればいいのかはわからない。運がよければ近くを通りかかった鬼殺隊隊員が救援に来てくれるかもしれない。だが逆もあり得る。

 

 確かなのは、死に物狂いで足掻かねば、最良の結果は得られないという事のみ。

 

「死ねぇぇぇぇええええ!!」

「うあぁぁあぁぁああ!!」

 

 決死の覚悟で、咆える。

 

 小袋の中から藤の花と花弁や肥やし玉を撒きながら応戦。鬼の動きが鈍るその一瞬を狙って、俺は幾度も鬼の四肢を落としていく。その度に体力と精神が削られ、疲弊という鎖が身体を重ねて縛り付けて行く。

 

 七年間鍛え続けたとはいえ、所詮は子供の肉体だ。先天的な突然変異でもなければ身体能力やスタミナは子供のそれを大きく外れることは無い。最小限の動きで対応しようが、鬼と全力の攻防を繰り広げられるのはせいぜいが十分か十五分だろう。

 

 その間に鬼殺隊が来てくれるのなら俺の勝利。間に合わなければ、俺の負けだ。

 

 心の中で数え切れない程の悲鳴を上げ、しかしその度に心を引き締め直して踏ん張り続ける。それしかできないならば、それだけを全力で成し遂げろ。

 

 耐えろ、冨岡義勇。この一歩だけは何としても成功させろ――――!

 

「かひゅッ……ひゅーッ……ふーっ、ふーっ……!!」

「アァァアァァアアア!! しつこいんだよお前ぇぇえぇええ! いい加減死ねよぉぉぉぉ!!」

「がっ――――」

 

 体が熱い。心臓は今まで聞いたこともないほど激しく大きく動いている。肺も今にも破裂しそうなほど痛い。

 

 それでも俺は立ち上がり続けようとして――――しかし天は俺を見放したのか、身体は言うことを聞かず、俺は鬼の攻撃をモロに腹へと打ちこまれた。辛うじて後ろに跳ぶことで多少は衝撃を逸らせたが、それでも口から赤い液体が飛び出るほどには痛烈なダメージを受けてしまった。

 

 受け身も碌に取れず無様に転がる俺の体。周りに鬼殺隊らしき影は――――無い。

 

 あるのはただ、醜悪な異形の鬼のみ。

 

「は、ぁがっ……がぼっ……!」

「ようやく大人しくなったなぁ……ひひゃひゃ! 生意気なガキめ、生きたまま踊り食いにしてやるから、精々良い悲鳴を上げて――――」

 

 

「義勇!!」

 

 

 心臓が、止まったような感覚を味わった。

 

 顔を上げれば、遠くには必死の形相を浮かべた姉がいた。一向に戻ってこない俺を追いかけてきたのだろう。しかし姉は俺の目の前にいる異常な存在を見て、顔を真っ青なものへと変える。

 

「義勇……そ、その人は、一体……?」

「逃げろ姉さん! はやくっ……逃げろぉぉぉぉぉおおおおおおおッ!!」

「あぁ……あれは、お前の姉か? いぃ事を聞いたなぁ! よし、お前の目の前であいつを食い殺してやろう! きっと楽しいぞぉ!」

「やめ――――」

 

 鬼が俺の制止を聞くはずもなく、その凶手は悪意を以て俺の護ろうとした存在へと襲い掛かろうとする。

 

 身体はいうことを聞かない。ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな。此処までやっておいて何故言うことを聞かない。姉が目の前で殺されてもいいのか。

 

 駄目だ、やめろ、何か、何でもいい、何か手はないのか、諦めるな考え続けろ――――! 死んでもいい! 身体を動かせ冨岡義勇ッ――――!!

 

 

「が、ぁぁぁぁぁあぁあぁああァァァアアアアアアッッ!!!」

 

 

 額の血管からブチリという音がする、顔から血が吹き出し、何かが這い出るような感覚と同時に俺の体は何かの壁でも打ち破った様に限界を超えた速度で動き出した。

 

「あん? 一体なん()ねぇぇぇぇええええええええええええええええッ!!!」

 

 絶叫しながら、俺は鬼の横を通り抜けながらその四肢と首を刎ね飛ばし、全身を斬り刻んだ。例え鬼であろうともこの損傷の再生には手間がかかるだろうと確信できるほどに細切れになった肉片が、攻撃の反動に耐えかねて砕けた鉈の破片と共に飛び散る。

 

 同時に俺の体も糸が切れたように倒れ込んだ。

 

 もう、指一本すら動かせそうにない。

 

「義勇! 義勇っ! お願い、返事をして! 義勇!」

「…………………ご、めん……」

「どうして、どうしてこんな無茶を……! っ、身体が物凄く熱いわ。直ぐにお医者さんに診せないと!」

 

 俺を背負って歩き出そうとする蔦子姉さん。恐らくこの状況を何一つ理解出来ていないだろうが、それでも彼女は俺の事を心配してくれていた。だが駄目だ。早く逃げねば鬼が来る。子供とはいえ人を背負った状態で逃げ切れるような甘い相手では無い。

 

「ね、さ……俺を、置いて……逃げ……」

「何馬鹿なことを言ってるの! 弟を見捨てる姉なんて、居るものですか……!」

「最後の、頼み……だ」

「駄目よ。その頼みは絶対に聞かないわ」

 

 頑固な人だ。ああ、だからこそ俺は彼女を好きになったのだが。

 

 背後から聞こえていた肉が変形する音が止む。再生を終えたのだろう、鬼が不快に呻きながら、殺意の籠った声を上げる。

 

「よくもぉ……っ! よくも俺の体を斬り刻んでくれやがったなぁ! テメェも同じ目に合わせてやるっ……!!」

「大丈夫、大丈夫よ義勇。お姉ちゃんが必ず守るから……!」

「死ねやァッ!!」

「ッ――――」

 

 万事休す。打つ手が何もなくなった。そして鬼は五体満足で襲い掛かろうとしている。

 

 蔦子姉さんは目を瞑りながら俺を抱きしめて庇おうとして、俺は辛うじて握っていた折れた鉈を必死に振ろうとして――――

 

 

 ――――全集中・水の呼吸

 

 

 ――――【壱ノ型 水面切り(みなもぎり)

 

 

 

 水が、流れる。

 

 

 

 一閃。月光に照らされた青い刃が、音も無く宙に居た鬼の首を通り過ぎる。鬼は何が起こったのか理解出来なかったのだろう。呆けた表情を浮かべながら、鬼は大量の灰となって夢から覚めるが如く朽ちていった。

 

「え…………?」

「――――間に合った、か」

 

 おぼろげになる視界から微かに見えたのは、作務衣を着た天狗の面の老人。

 

 彼は綺麗な水色の刀を構えながら、面を被っていても分かるほど優し気な表情を浮かべて、俺たち姉弟を見ていた。

 

 それを最後に、俺は辛うじてつなぎとめていた意識の糸を手放す。

 

 全身の倦怠感に微睡の海へと引き摺られつつも、これ以上無い満足感だけが、俺の中には満ちていた。

 

 

 

 

 

 

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