水に憑いたのならば   作:猛烈に背中が痛い

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最近本誌読んでいて感想が「無惨様早く死なねぇかな…」しか出てこない



第玖話 水と炎

 最終選別からおよそ十五日後。

 

 俺は早朝に家の前で今までの日課であった基礎鍛錬を行っていた。選別から帰った俺の体はかなりの損傷を内部に負っており、二週間ほど激しい運動は禁じられていたのだ。

 

 そして禁止令が解かれて、俺は鈍った身体を元に戻すために一時間以上身体をゆっくりと、内側から温めるように動かし続ける。

 

「ふーっ……ふーっ……」

 

 一番重要なのは、呼吸だ。深く、ゆっくりと、長く、全集中の呼吸を繰り返す。身体への負担を最小限に、そして呼吸の効果を可能な限り長く続かせるように。呼吸の負担を身体に慣らすように。

 

 この二週間、激しい運動が禁じられていたとはいえ何も寝たまま時間を無為に過ごしたわけじゃない。身体の傷を悪化させない程度には全集中の呼吸をできる限り長時間行う練習をずっと続けていた。

 

 即ち――――全集中の呼吸・常中(じょうちゅう)。常に全集中の呼吸を行い続けて身体に負荷をかけ続ける事で基礎体力を飛躍的に上昇させる技法の一つ。柱、鬼殺隊最高位の隊員にとっては基本中の基本であるこれを、俺は不完全ながらも会得していた。

 

 流石に戦闘中ほどの強さで呼吸を常に行うことはまだできない。が、休息中に呼吸を行い続け、負傷個所の細胞を活性化させることで自然治癒能力を増加させるという技を俺は長い練習の成果として手に入れることができた(ちなみに錆兎も同様の鍛練中である)。更に筋肉の劣化も防げる一石二鳥。

 

 おかげで復帰したばかりだと言うのに身体の鈍りは最小限まで抑えられている。これならば今すぐ任務に出発するとしても、十分実戦に耐えられるだろう。

 

「――――朝から精が出るな、義勇」

「錆兎。早いな」

 

 基礎鍛錬の締めとして指三本ずつでの逆立ちをしていると、逆さまになった錆兎の顔が目に入った。予想よりも少し早い起床。やはり彼も待ちきれないのだろう。今日届くだろう、己のために用意された日輪刀が。

 

「そろそろ戻れ。()()()()が朝食を用意してくれている」

「ああ、わかった」

 

 逆さまになった身体を戻して、顔を濡らす汗を布で拭きながら俺は味噌汁と漬物の香る家の中に戻った。囲炉裏の上に吊るされた鍋をかき混ぜる鱗滝さんと、食器の用意をしてくれる真菰の姿。

 

 これも今日でしばらく見れなくなると思うと、妙に寂しい気分になる。

 

「真菰、お前も早かったな。てっきりまだ寝ているものかと」

「今日で二人とも任務に行っちゃうからね。見送りくらいはちゃんとしないと」

「さあ、座れ三人とも。今日は米を炊いた。美味しく頂こう」

「「「はい!」」」

 

 俺たちは囲炉裏を囲み、目の前に置かれた食事を前に手を合わせて「いただきます」と一礼。早速ほかほかの白米を一口。

 

 炊き立ての暖かみと噛むたびに滲み出る甘味が実に舌を躍らせてくれる。

 

「美味い。やはり炊き立ての米は最高だな」

「ああ。鮭大根があれば尚良かったのだが」

「もう、義勇ったらいつも鮭大根鮭大根って……他に何か好きなものは無いの?」

「……この前町で食べた干し葡萄入りのパンが美味かった」

「流石にパンは作れないかなぁ」

 

 蔦子姉さんの所で入院療養生活していた時に、姉さんが街で買ってきた干し葡萄パンが妙に美味かった記憶がある。機会があったら是非また食べたい。

 

「――――そう言えば義勇。結局お前の顔に浮かんだ痣については、何もわからなかったな」

「……ああ」

 

 ふと思い出したかのように飛んできた錆兎の言葉に、俺はできる限り平静を装ったそっけない返事しか返せなかった。

 

 痣……戦闘時に鏡を見ることなど出来やしないためこの目で確認できてはいないのだが、錆兎はあの手鬼との戦いの際に俺の顔にそんな物が浮かび上がったのを見たという。

 

 そして、俺もその存在に心当たりがあった。

 

 鬼の紋様によく似たその痣は即ち――――”痣の者”として覚醒した証。

 

 痣を発現させたものは人の身でありながら鬼に匹敵する強さを発揮する。少なくとも痣を発現した俺はまだまだ未熟な体でありながら鬼の動体視力を振り切るほどの身体能力を得ていた。

 

 ただし、その代償は非常に重い。こんな強力な力が無償で得られるはずもない。

 

(……寿命の前借、か)

 

 原理は不明だが、この痣を一度でも発現させたものは特異な例外を除けば二十五歳で死ぬ運命を強いられる。俺は運命を捻じ曲げるために、既に引き返すことのできない一線を踏み越えてしまったのだ。

 

 だが、後悔はない。何しろこの痣が発現したのは恐らく最終選別時ではなく……蔦子姉さんを助けるためにもがいたあの時だ。

 

 俺がそう確信できたのは、痣を出して二度目。錆兎を助けるために駆けたあの瞬間。身体の底から熱と共に何かが湧き上がる感覚は、間違いなく蔦子姉さんを助ける際に爆発的な身体能力を発揮した瞬間と同じだった。

 

 つまり俺は、一年前にもう痣を発現してしまったのだ。本来あるべき未来を自分勝手に捻じ曲げようとした代償として。

 

 しかし後悔の二文字は無い。救いたい人を救えたのだ、何を後悔する必要があるだろうか。

 

 それに、まだ十二年も時間がある。

 

 それだけあるならば、やれることは沢山ある。

 

「……義勇? どうした?」

「いや、何でもない」

 

 当然俺はこれらの事を皆に伝えてはいない。伝えた所で良いことなど何もない。三人を気落ちさせるだけだし、真面目な錆兎は変な責任感を抱きかねない。例えこの痣の発現が彼をきっかけにした物では無かったとしても、だ。

 

 友人の寿命が十年ちょっとしか残されていないなど、聞いて楽しい話でもないだろう。

 

 無論、いつか話さなければならない時は必ず来るだろうが……。

 

「――――すみません、刀鍛冶の里の者ですが」

 

 丁度食事を終える頃、家の戸がコンコンと叩かれた。ついに来たか、と俺と錆兎は浮足立つ気持ちを抑えつけながら足早に戸を開いた。

 

 するとひょっとこの面を被った黒髪の男が姿を現した。

 

「どうも」

「む……」

「うわっ」

 

 このお面を付けているという事は彼は刀鍛冶の里の者で間違いないだろう。刀鍛冶の里の者は全員が例外なく何故かひょっとこの面を付けている。

 

 俺は前もって知っていたため表情から感情が少し抜け落ちるくらいで済んだが、錆兎は目に見えて引いていた。まあいきなりひょっとこの面を付けた男を見たらそうなるのも無理はない。わかるよ。

 

「この臭い……お主、鉄穴森(かなもり)の倅か」

「ご無沙汰しています、鱗滝様。私の名は鉄穴森鋼蔵(こうぞう)と申します。父が世話になったようで」

「いいや、世話になったのは儂の方だ。お主の父の刀は実に素晴らしいものであった。……こほん、世間話は後にしよう。早く上がるといい」

 

 鉄穴森鋼蔵と名乗った男性は一礼後家に上がり、早速背負っていた細長い木箱を床へと置いた。

 

 そして蓋をカパッと開くと、藁などの緩衝材に包まれた黒鞘の刀が日の光を浴びて輝き出す。

 

「こちらが黒髪の子の刀で、こっちは宍色の子の刀ですね。どちらも手によりをかけて硬く鋭く仕上げていますよ。多少乱暴に扱っても大丈夫なはずです」

「二人とも、言われてるよ」

「あ、あはは……」

「……すみません」

 

 錆兎は刀を乱暴に扱った挙句死にかけたことを思い出して、俺は元々破損していたものをそのまま使ったとはいえ技を乱発しすぎて刀を原型を留めない程粉々にしてしまったことを思い出して苦笑いを浮かべる。

 

 【拾壱ノ型 凪】。やはり改良と洗練の余地はまだまだ残っていそうだ。

 

「早速抜いてみてください。きっと綺麗な水色に変わりますよ」

 

 そう言われた俺たちは、早速日輪刀を鞘から引き抜いた。

 

 するとどうだろうか。俺の刀は根元から滲むように黒の混じった藍色へと変化したではないか。

 

 初めて色が変わる瞬間を見た俺は驚嘆の声しか出せなかった。

 

「ほう、綺麗な藍色ですね。良い色です。純色ではありませんが水の呼吸に中々の適正を示していますよ」

「凄い凄い! いいなぁ、私も早く日輪刀欲しい~」

「あと一年待て。それで錆兎、お前さんの方は――――……むぅ」

「あっ……」

「…………」

 

 視線を錆兎の刀に移した鱗滝さんから、少しだけ呻くような声が聞こえた。それに反応して俺と真菰が視線を動かせば――――

 

 

 ――――色鮮やかな、血の様な深紅が陽光を反射して光っていた。

 

 

「……赤系統、と言う事は炎の呼吸に適正がある。と言う事ですね」

「……そうだな」

 

 非常に、気まずい雰囲気だ。何せ錆兎は長年修行してきたものが己に合っていないものであったと突きつけられたのだから、どう声をかければいいのか。

 

 だがこういった事態はよくある事だ。日輪刀はある程度の腕前を持つ者が持たなければ色は変化しないため、修行を終えた後に「実は違う呼吸の方が適していた」と判明する場合は少なくない。そして今回それが現れてしまった。

 

 錆兎は刀を見てバツが悪そうに苦笑を浮かべ、何も言わずに刀を鞘へと納める。

 

「気にしないでくれ、義勇、真菰、義父さん。違う呼吸に適正があったからと言って、今まで積み上げたものが無意味になった訳じゃない。違うか?」

「うん……そうだよね。じゃあこの際だし、錆兎は水と炎両方極めてみる?」

「なぜそうなる」

「……すまんな、錆兎。後で炎の呼吸に詳しい所への紹介状を書いてやる。今の儂ができる精一杯だ」

「ああ。ありがとう、義父さん」

 

 だが錆兎は決して挫けることは無かった。そうなるとは露ほども思っていないが、やはり錆兎は強い男だ。それに適正の無い水の呼吸で此処までの強さを出せるのだ。適正のある炎の呼吸を覚えたらどうなるのか実に気になる。

 

 いや、いっそ水と炎を合わせて新たな呼吸を作り出すという事も――――

 

「――――カァー! カァー! 伝令! 伝令! 南南東ノ町ニテ鬼ノ仕業ラシキ被害ノ報告アリ! 冨岡義勇ハ速ヤカに急行セヨ! カァァァ!」

「――――カァァァ!! 鱗滝錆兎、北東ノ山中ニテ行方不明者ヲ多数確認! 至急調査シ、鬼ニヨルモノカ確カメヨ! カァーッ!!」

「「!!」」

 

 玄関の戸の隙間から烏、俺たちにつけられた鎹烏が甲高い声を上げながら飛び込んできた。そして口から放たれる鬼狩りとしての最初の指令を聞いて、俺たち二人はぐっと口元を引き締める。

 

 それから俺たちは素早く寝間着を脱いで支給された隊服へと着替えた。刀を含めたその他諸々の小道具も忘れずに身に付けたことを確認し、俺たちは家を出て、振り返る。

 

「義勇! 錆兎! 頑張って!」

「……お前たち、死ぬなよ」

「ああ、勿論だ」

「心配には及ばない」

 

 これで二人とはしばらく会えなくなるだろう。鬼殺隊の隊員には基本的に休みはほぼ無い。あっても大怪我をした際の休養期間くらいだ。無論近場に鬼が全ていなくなったのならば暇は出されるかもしれないが、あまり期待しない方が身のためだろう。

 

 一応最終選別での鬼殺隊の落ち度の保証として週一での休みが保証されているが、たかが一日だ。その程度では顔を見せる程度で精一杯だろうし、そもそも俺たち二人はその権利を使うつもりは無い。

 

 半端に一日休むくらいなら、一匹でも多く鬼を狩る方が余程有意義だからだ。

 

「それと義勇。お前が新しく作り出した型についてだが」

「はい」

 

 突如鱗滝さんに言われて、俺は身体を硬直させた。

 

 新たに作り出した型である【拾壱ノ型 凪】。この技については既に錆兎や真菰、鱗滝さんに報告済みだ。その原理はただ超高速で刀を振って攻撃を無効化するという単純明快な技。

 

 しかし、完成度はまだほど遠い。今の俺では一度の戦闘に二、三度使うのが精一杯だろう。それ以上は刀に負担を掛け過ぎてしまうからだ。洗練の余地は数多く残されている。

 

 故に鱗滝さんはこの技に不満を持っているのかもしれない。そう思ったのだが――――鱗滝さんから出てきた言葉は俺の予想と反していた。 

 

「あまり難しく考えるな。水の呼吸に存在する拾の技も、先人たちが少しずつ継ぎ足していった結果の産物だ。あの型がお前にとって次代に受け継がれるべきものだと確信できたのならば、遠慮なく伝えるといい」

「……はい!」

 

 言われて俺は気づく。そうだ、今俺が使っている技も先人たちが少しずつ作り上げ、磨き上げた物だ。であるならば、それに匹敵するくらい技の完成度を磨き上げる自信があるのならば、気後れする必要など無い。

 

 やはり師は偉大であった。こんな簡単なことに気付かせてくれるとは。

 

 

「――――行け、二人とも。己という名の刀を磨き上げ、熱し、鍛え、研ぎ……鬼を滅する刃となれ」

 

 

 師の言葉を背に受けながら、俺たちは今度こそ振り返らず、一年以上過ごしてきた我が家同然の場所に背を向けて歩き出す。

 

 これは決別では無く、旅立ち。

 

 人を脅かす鬼を狩るための始まりの一歩。

 

 果て無き研鑽の果てにて掴むのは、無意味な死か、安心して眠れる夜か。

 

 どちらを得られるのかはまだわからない。だが、

 

 

 明日も無事に夜明けを見るために、俺たちは前に進み続ける事を選ぶのだ。

 

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 

 旅立ちから一ヶ月が過ぎた。

 

 いきなり過ぎる時間経過だと思うかもしれないが、仕方ない。だってその間に行ってきたのはただただ黙々と任務をこなす毎日だ。そんな物を長々と語ったところで退屈しか無いだろう。因みに階級はつい昨日(みずのえ)に上がった。

 

 そして、今も尚俺は鬼狩りの最中である。これで累計七件目。一体どれだけ跋扈しているというのだ、鬼と言う存在は。

 

「はぁっ――――!!」

「なっ、速――――ギャァッ!?」

 

 夜の街を長々と駆け巡った末に、俺の握った藍色の刃は早く、鋭く、流れるようにすれ違いながら鬼の頸ただ一点を斬った。特に血鬼術の類も持たない木っ端同然の鬼は短い断末魔と共に首が胴体に別れを告げ、そのまま灰化。

 

 これにて任務完了である。

 

 しかしこの一ヶ月間活動していてわかったのだが、やはり異能の鬼というのはそう出会えるものではないらしい。恐らく最終選別の件で比較的被害の少ない、つまり遭遇する鬼の脅威度が低い任務を優先的に回されているせいだろう。

 

 無論こんな木っ端でも一般の人々にとっては脅威だということは理解している。だがやはり、強い鬼を斬って力を付けたいという気持ちは大きい。

 

 もっと、もっと強くならねばならないと言うのに。この先に待ち大きな困難を乗り越えるためにも。

 

「……任務完了。さて黒衣(くろご)、次の任務は。次は何処に向かえばいい」

 

 声に出さずに深いため息を付きながら、俺は空に向かって声をかけた。すると夜の帳に溶け込みながら辺りを飛び回っていた烏が俺の肩へと降り立つ。

 

 この鎹烏の名は、黒衣。生後一年程度ではあるが、中々に優秀なヤツだ。

 

 しかし様子が変だ。いつもは騒がしく次の目的地を告げるはずなのだが、何も言ってくれない。何か変なものでも拾い食いして腹を壊したのか?

 

「任務ハ無イ。冨岡義勇ハ速ヤカニ近クノ藤ノ花ノ家紋ノ家ニテ、次ノ任務ヲ与エラレルマデ休息セヨ!」

「は? おい、どういう事だ。任務が無いだと? 鬼がいないのか?」

「カァァァ!! オ前トソノ相方ガ短期間デ殆ド狩リ尽クシタオカゲデ辺リノ被害ハ抑エラレテイル! 他ノ隊士ニ経験ヲ積マセルタメニモ、オ前モ偶ニハシッカリト休息ヲ取レ! デナイト何時カ倒レテシマウゾ義勇! カァァァァーッ!!」

「むぅ……」

 

 確かにこの一ヶ月間一日たりとも休まず駆けまわった結果、雑魚とはいえ鬼を七体も狩れた。柱ならともかく入隊したての新人隊士ならば移動や調査、戦闘とその後の治療諸々に掛かる時間を考慮すれば一ヶ月に二、三体狩れれば上等なくらいだ。

 

 ちなみに俺の場合は気配を感じ取るのが得意だったため、町を隅から隅まで駆け巡ることで潜んでいた鬼を無理矢理炙り出すことで鬼の捜索時間を大幅に減らし、短期間での大量討伐を実現している。

 

 かなり強引な手法ではあるが、人命が掛かっている以上そんなことは些事だ。

 

 話を戻そう。任務を受けられなくなった以上、俺には休息以外の選択肢はない。言われてみれば最近睡眠や食事はちゃんと摂っていても、微妙に体の重さが取れない。そろそろ疲労を無理に誤魔化すのも限界に近づいてきてしまっているのか。

 

 このまま無理を通せば、最悪戦闘中にぶっ倒れるなんて笑えない事態も起こりうるだろう。流石にそれは避けたい。

 

 ……良い機会だ、鬼の事は他の者に任せて、一度ゆっくり体を休めるのもありだろう。

 

「わかった。最寄りの藤の花の家に案内してくれ」

「了解シタ! カァー!」

 

 既に日が暮れて久しい。俺は早く藤の花の家紋の家――――鬼殺隊に無償で手助けしてくれる家へと烏の案内で赴くことにした。折角貰った休みだ、時間を有意義に使うためにも早く寝て早く起きるのが良い。

 

 そう結論を下した俺は空を飛ぶ烏を屋根伝いに追いかけることで移動時間を短縮。半刻もかからずに目的の場所へと辿り着くことができた。

 

 夜中だからか辺りはとても静かだ。本当に人がいるのだろうかと思いながら、俺は軽く戸を叩く。

 

 出迎えは、予想より数倍早かった。

 

「――――はい、鬼狩り様ですね。お待たせいたしました」

 

 俺を出迎えてくれたのは老齢の女性であった。しかし見た目に反して枯れた様な雰囲気は感じられず、並ならない生命力を秘めているようにもに感じる老婆だ。

 

「申し訳ありませんが、今日こちらは別の鬼狩り様を先に一人休ませております。それでもよければ歓迎しますが、如何でしょうか」

「はい。問題ありません」

「承知いたしました。では此方へと……」

 

 老婆に案内されて、俺は少し大きめの屋敷内へと案内された。少し古ぼけているがかなり立派な作りで歴史を感じさせる。

 

 その後一分ほど歩いて俺は客間へと案内された。戸を開ければ、先に食事をしていた先人の鬼狩りの姿があった。

 

 具体的には宍色の髪と口横に大きな傷跡を持つ少年の姿が。

 

「――――むぐっ?」

「……錆兎?」

 

 もぐもぐと飯を頬張っていた錆兎と目が合った。俺たちは互いの突然の再会に固まってしまい、錆兎は少し間を空けて「プゥゥゥゥーッ!!」と味噌汁の混ざった米を勢いよく吹き出した。

 

「ごほっ、ごほっ! 義勇!? 何でここに!?」

「何故も何も、任務が無いから休めと言われた。それで最寄りの藤の花の家に来たんだが、まさかお前がいるとは……」

 

 偶然にしては中々に出来すぎていると思うが、考えても仕方ない。俺は雑巾で汚れた畳を拭く錆兎を尻目に普段着から寝間着に着替えた。

 

 丁度着替え終わると食事が届いたので、俺は錆兎の隣に座って食事を始める。

 

「へぇ、義勇はもう七回も任務をこなしたのか。凄いな」

「そう言う錆兎はどうなんだ。順調か?」

「ああ、俺も同じ回数だ。異形や異能の鬼には出会えなかったが、何日もそこら中駆けまわるから中々くたびれたよ」

 

 どうやら錆兎も俺と同じ回数の任務をこなした様だった。二人で合わせれば一ヶ月で十四件もの鬼事を始末したということになる。成程、確かに辺りの鬼は一掃できるはずだ。

 

 悲しむべきはその全てが対して強くも無い雑魚鬼だと言う事だが。全く、運が良いんだか悪いんだか。

 

 おかげで補償で与えられた上の階級の隊員との同行権とやらも宝の持ち腐れと化している。まあ、俺と錆兎は最初からそんなものを使う気はないのだが。

 

 自信より力量が高い隊士を同行させれば生存確率は飛躍的に高まるだろうが、自身の成長に良いかと言われれば良くはないだろう。他人に頼ることが悪いとは言わないが、他力本願にまでなればそれは悪しきことだ。

 

「そうだ義勇、お前も何日か暇だろう。だったら俺に付き合ってくれないか?」

「? 何か用事でもあるのか?」

「ああ。この前義父さんが炎の呼吸について詳しい所に紹介してくれるって言っていただろ? 少し前に手紙が届いて、やっと話を聞けに行けそうなんだ。何でも大昔から代々炎の呼吸を継いで鬼狩りをしている家だとか」

「……もしや煉獄(れんごく)家か?」

「そう! そういう名だった。よく知っているな、義勇」

 

 煉獄家。数百年前から炎の呼吸を受け継いできた一族であり、優秀な柱を幾度も輩出した名家でもある。確かに炎の呼吸について聞くならこれ以上の当ては無いだろう。

 

 だが大丈夫だろうか。確か今の煉獄家は相当荒れた環境になっているはず。まともに話が聞けるならばいいのだが……。

 

「わかった。どうせやることも無いんだ、付き合おう」

「そう来なくちゃな! それじゃあさっさと食って寝よう。あ、所でもう義父さんからの手紙は読んだか? 真菰の奴また無茶して―――」

「はははっ、ああ……」

 

 友人の他愛のない世間話をしながら過ごす。実に心地いい一時だ。本当に、こんな時が脅かされること無くずっと続けばいいのに。

 

 ……今日は、安心して眠れそうだ。

 

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 煉獄家の屋敷は錆兎の持っていた紹介状に住所が掛かれていたので、探すことに特に苦労はしなかった。

 

 外見は質素ながらかなり広大な敷地を持つ高い塀に囲まれた武家屋敷だった。木造の戸の横に張られた表札には確かに”煉獄”の二文字が掲げられており、此処で間違いないと俺たちは確信した。

 

 そして早速、錆兎は戸を少し強めに叩いた。

 

「すみません。紹介を受けた鱗滝です! 誰かいらっしゃいますか!」

 

 錆兎がそう声を張って一分ほど、少しずつこちらへと足音が近づき、止むと同時に閉じられていた戸が開かれた。出迎えてくれたのは、橙色と赤の入り混じった凄まじく独特な髪色を持つ、両目を見開かせた快活そうな少年であった。

 

「うむ! 話は元水柱様から聞いている! 確認だが、君が鱗滝聡司君か!」

「……俺は冨岡義勇だ」

「ではそちらの少年が鱗滝三郎君だな! よろしく頼む!」

「いや、俺の名前は鱗滝錆兎だ」

 

 開幕から凄まじい気迫でハキハキと迫ってくる少年に俺たちは後ずさりそうになりながらも、差し出された手を握って握手をする。

 

「紹介が遅れた! 俺の名は煉獄杏寿郎(きょうじゅろう)! 煉獄家の長男だ! 本来ならば家長である父上の元に案内すべきだろうが、父は現在調子が悪くてな! 話は俺が代わりに聞くことになるが、よろしいか!」

「ああ、構わない。煉獄家の長男ならば、炎の呼吸については十分聞けるだろう?」

「うむ! ここで立ち話もなんだ! 二人とも家に上がるといい! 存分に持て成そう!」

 

 そのまま有無を言わさず杏寿郎は俺たちの手を引っ張って家の中に連れ込んだ。成程、やはり彼こそが煉獄杏寿郎。未来の炎柱が一人。本編の八年前であっても変わらず我が道を行く性格らしい。

 

 俺たちは客間まで連れられ、杏寿郎はテキパキと茶や菓子を卓上へと並べる。そしてようやく落ち着いて腰を落とし、改めて俺たちとの会話を始めた。

 

「それで、今日は炎の呼吸について聞きに来たという話であったが!」

「ああ。実は――――」

 

 今日は錆兎の用事であるので、俺は口を出さない。とはいえ錆兎の話は単純明快。今まで習っていた呼吸が自分に合ったものでは無かったので、適正のある炎の呼吸について教えて欲しい。また可能ならば呼吸を教えてくれそうな者を紹介してほしい、という事だ。

 

 それで錆兎は一番熟知しているであろう煉獄家、更に言えば元炎柱である家長を訪ねたのだろうが――――

 

「成程、そちらの話は理解した! 結論から言わせてもらうならば、父上の教えを乞うのは無理だな!」

「え?」

 

 一番の当てであった元炎柱の伝手が真っ先に断たれたことで錆兎は瞠目した。

 

 まあ、仕方ないだろう。まさか元とはいえ柱が、息子の面倒すらほとんど見ずに酒浸りの毎日を送っているなど、想像出来るはずもない。

 

「実は父上は「誰だ貴様らは」……父上!」

 

 杏寿郎の言葉を遮るように襖を開けて姿を現したのは、今しがた話題に上がっていた煉獄家の家長――――煉獄槇寿郎(しんじゅろう)その人だった。明らかにズボラな服装のまま酒の臭いを漂わせており、横を見れば錆兎はあからさまに顔を顰めている。

 

「出ていけ。この家は貴様らの様な小僧が出入りしていい場所では無い」

「待ってください父上! 彼らは元水柱様から紹介を受けた客人です! 無下に扱う訳にはいきません!」

「元水柱……? 雨戸(あまど)か、水守(みなもり)か。それとも鱗滝のジジイか? フン、誰でもいい。用が済んだらとっとと帰れ」

 

 そう乱暴に言い捨て、槇寿郎さんは踵を返して部屋から出ていこうとする。

 

「父上、お待ちを! 一体どちらに?」

「酒が切れた」

「はい! では私は留守にしておりますので! 安心して買い出しに行ってください!」

「……………」

 

 目の前で繰り広げられる、とても親子のやり取りとは思えない一幕を見た錆兎は唖然とした顔になっていた。意識を取り戻したのは槇寿郎さんが姿を消した後であり、その顔は徐々に怒りに歪んでいくのをひしひしと隣で感じる。

 

 何処からどう見ても親失格だ。善良な第三者が見れば憤りを覚えるのも当然と言えよう。

 

「なんだ、あの男は! アレが元柱だと!? 信じられん!!」

「……そう言わないでくれ、鱗滝少年! 父にも事情があるのだ、あまり責めないでやってほしい!」

「だとしてもアレは行きすぎだ! 男である前に親ですらない! 何か事情があるのは察するが、だからと言って自身の子に対してあんな態度が許されていいはずがないだろうが!!」

 

 ガンッ!! と卓を割る勢いで叩く錆兎。気持ちはわからなくも無い。だがそれ以上に錆兎は親子の、家族の絆という物を神聖視している節がある。何よりも自分とは違って血の繋がった親子だ。

 

 だからこそ目の前の光景は信じられず、尚且つ怒るのだ。彼の根っこは、とても優しい少年なのだから。

 

「……ありがとう、鱗滝少年。だが気にしないでくれ。時間は掛かるかもしれないが、いつかきっと元の父上に戻ってくれるはずだ! いつも明るい笑顔で俺たちを育ててくれた、立派な背中をした父上に!」

「……すまない、熱くなり過ぎた」

「いいや! この熱さこそ炎の呼吸の適正の証! さあ鱗滝少年よ! 炎の呼吸についてだが「兄上? 大きな音がしましたが、何かありましたか……?」うむ! 今日は色々起こる日だな!」

 

 二度目の割り込みにもめげず、杏寿郎は襖を少しだけ空けて顔を見せる少年を手招きした。すると戸に半身を隠していた少年が部屋に入ってくる。杏寿郎や槇寿郎さんによく似た顔の幼い少年だ。

 

「弟の千寿郎(せんじゅろう)だ! 俺と同じく鬼殺の剣士を目指している!」

「よ、よろしくお願いします……!」

「ああ、よろしく。千寿郎」

「……よろしく頼む」

 

 ペコリと頭を下げる気弱そうな少年に、俺たちも同じく頭を下げて挨拶を返した。

 

 兄弟だというのに此処まで雰囲気が真逆なのが不思議なのか、錆兎は少しだけ首を傾げて二人を交互に見る。が、今はそんなことはさほど重要でもないので、俺は無言で錆兎の腹を突いて気を取り直させる。

 

「では仕切り直そう! 炎の呼吸についてだが、習得する当ては二つ程存在する!」

「っ! 本当か!?」

「無論! 一つは炎の呼吸の”指南書”を読み解き、独学で鍛える事だ! だが正直こちらは勧められないな! 何年かかるかわからない! 俺は父上に叔父上――――現炎柱に教えを乞う事を禁じられているため、この方法で学んでいるが!」

「……? それはどういう事だ? 他に育手は居ないのか?」

「俺の知っている限り、今代で炎の呼吸を十全に扱えるのは現炎柱の叔父上と元炎柱である父上の二人だけなのだ! 本来ならば引退した父上が育手となり後進を育てるはずなのだが、生憎父上はその気は無いようでな!」

「……あの糞爺め……」

 

 そろそろ錆兎の中で槇寿郎さんに対しての怒りが頂点に達しそうだ。杏寿郎もこの話を続けるのは不味いと悟ったのか、すぐに二つ目の方法を話し出す。

 

「もう一つは現炎柱である叔父上に教えを乞うことだな! だが一般隊士が柱と交流することは稀な上に、叔父上はかなり気難しい方だ! だが一度頼んでみるのも悪くないだろう! 後で紹介状を書く故、それまで待ってほしい!」

「ああ。ありがとう杏寿郎。世話になる」

「うむ! ではこれで話はまとまったようだな! 鱗滝少年、君の助けになれたようで何よりだ!」

 

 かなり短い話し合いだったが、良い方向でまとまったようで何よりだ。

 

 ところでこれ俺が来る必要性あったのだろうか。正直俺が居ても居なくても変わらなかったのでは? まあ、杏寿郎と千寿郎の二人と交流を始めるいい切っ掛けだと思えば儲けものか。

 

「ところで物は相談なのだが、良ければ二人とも俺の稽古に付き合ってくれないだろうか! 俺も未熟とはいえ炎の呼吸を扱う者! ならば一度剣を交えて何かを掴める可能性もあるやもしれん!」

「え? ああ、特に問題は無いが」

「俺は構わない」

「感謝する! 千寿郎も一緒にどうだ!」

「は、はい! お供します兄上!」

 

 どうせこの後の予定も無いのだ、少しだけゆっくりと此処で時間を過ごすのもいいだろう。槇寿郎さんが帰ってきたら問答無用で追い出されそうだが、そうなる前に頃合いを見て退散しよう。

 

 そうして俺と錆兎は煉獄家で軽く稽古をすることになった。

 

「では一通り技を繰り出す故、その指南書と見比べて何か違和感があったら直ぐに言ってくれ! その後に軽く模擬戦を行いたいが、よろしいか!」

「ああ、やってくれ」

「うむ! 千寿郎、剣を握れ!」

「はっ、はい!」

 

 始まる煉獄兄弟の剣武。彼らは己が修得した技を一つずつ順次披露していく。

 

 が、現時点では全て熟せるわけでは無いらしく、杏寿郎は陸の型まで、千寿郎は弐の型までしか使えなかった。それに幾つか動きがぎこちない所が見られるし……そもそも千寿郎は壱ノ型の時点で何やら躓いているように思える。

 

「ふぅ! どうだ二人とも!」

「力強い、良い太刀筋だった。俺たちは水の呼吸しか見慣れていないから、他の呼吸の動きというのもいい刺激になるな」

「……踏み込み、足の力の溜めが甘いように感じる。片足に力を籠め過ぎだ。重心だけを前に移しつつ、全身で踏み出した方が良い、と俺は思う」

 

 錆兎はまず率直な感想を述べたので、俺は代わりに動きを見て感じた違和感を述べることにした。隣で錆兎が笑顔を引きつらせているが、何か問題でもあったのだろうか。

 

「義勇、お前なぁ。知り合って間もない奴に駄目出しをきっぱりと言い切るか普通?」

「……駄目なのか?」

「いや、駄目では無いぞ! なるほど、片足に力を籠め過ぎか! 言われてみると確かにそうだ! やはり独学で学んでいると可笑しな癖が付いてしまうな! 反省せねば! 感謝する富成少年!」

「そうか、それは良かった。あと俺は冨岡だ」

 

 どうやら問題無かったらしい。では一番問題である千寿郎についても述べることにしよう。

 

「弟の方は、全体的にダメだ。まず基礎がなっていない。刀を振るときに腰を引くな。片手だけ力を緩めるな。太刀筋が歪んでいる。視線が刀の切っ先に向き過ぎだ、正面を見ろ。脇を引き締めろ、背を曲げるな、体幹をズラすな、刀に振り回されるな、呼吸を乱………………」

「………………ごめんなさい。僕なんかが剣を握ってごめんなさい……」

 

 ……ヤバイ、言い過ぎた。

 

 そう悟ったのは目の前の千寿郎がポロポロと大粒の涙を流しながら心折れたように虚ろ気に謝罪の言葉を呟いている様を見た頃だった。要は手遅れになってようやく気付いた。

 

「違う、責めてるわけじゃ……ええと、飴食べるか?甘くておいしいぞ」

「……ありがとうございます。すみません、僕のためを思って言ってくれたのに……」

「義勇……もう少し、歯に衣を着せてくれ」

「よもやよもや! ここまで遠慮なく言われてしまうと清々しいな! だが千寿郎が未熟だったことは事実! それに今まで気づけなかったこと、兄として不甲斐なし! 穴があったら入りたい!」

「本当にすまない……」

 

 善意も過ぎれば碌な事にならないと言うのは事実らしい。俺も穴があったら入りたい気持ちだった。

 

 その責任を取るために俺は千寿郎を隣に座らせて慰めつつ、錆兎と杏寿郎の模擬戦を二人で観戦することにした。勝負の行方はわかり切っているが、それでも杏寿郎が何処まで錆兎に食らいつけるかは実に気になるところだ。

 

「兄上! 頑張ってください!」

「うむ! 全力でやるとも!」

「錆兎、やり過ぎるなよ」

「わかっているさ。……来い、杏寿郎!」

 

 互いが木刀を両手に、正面に構えて佇む。場に広がる静寂、ピクリとも動かない二つの影。

 

 数分間とも思える何秒かの間を置いて、風に揺れた木の葉が両者の間に落ちる。

 

 それが合図となった。

 

 

 全集中・炎の呼吸 【伍ノ型 炎虎(えんこ)

 

 全集中・水の呼吸 【陸ノ型・改 ねじれ渦・天嵐】

 

 

 烈火の虎を生み出す噛みつくが如き大きな振りが強い踏み込みと共に放たれる。それに対するは嵐の如き突進斬撃。周囲の空気を巻き込みながら両者の大技がぶつかり――――轟音と衝撃波と共に両者は大きく弾かれた。

 

「むぅっ!」

「よもや……!」

 

 錆兎はすぐさま体勢を整えられたものの、杏寿郎は両手と両脚の痺れが抜けきっていないのか膝を着いて額から汗を流している。

 

 水の呼吸より遥かに攻撃性のあるのが炎の呼吸なのに、それを正面から弾き飛ばすとは流石錆兎だ。だが圧倒的な経験差があるはずなのに、技の威力だけならば今の錆兎とほぼ互角な杏寿郎もまた素晴らしい剣士だとわかる。

 

「これで終わりか、杏寿郎!」

「否! 俺はまだまだ行けるとも、錆兎!」

 

 互いを名前で呼び合い鼓舞しながら、両者は再び対峙する。今度は合図など無く、杏寿郎が先に駆けだした。

 

 【壱ノ型 不知火(しらぬい)

 

 一蹴りで間合いを急速に詰めてからの横一閃。高速で振るわれる強烈な一撃が錆兎の体へと吸い込まれ、しかしその一撃は敢え無く空振りに終わる。

 

 何故なら、錆兎は既に宙に躍り出ていたから。

 

 【捌ノ型 滝壷】

 

 上空から落とされる飛瀑の如き一撃。技を放った直後で動きが鈍っている杏寿郎は辛うじて木刀を頭上に構えて防御を試みるも、錆兎の一刀はあっけなく杏寿郎の握る木刀を半ばから叩き割り、彼の体を容赦なく吹き飛ばした。

 

「よもやぁぁぁ!?」

「あっ」

「兄上!? 大丈夫ですか兄上!?」

 

 土煙を上げながら盛大に庭を転がる杏寿郎。それを見た錆兎は完全に「やってしまった」という気まずい表情を浮かべている。どうやら熱くなり過ぎて加減を誤ったらしい。これでは人の事を言えないぞ錆兎。

 

「すまん杏寿郎! 無事か?」

「はっはっは! この程度でどうこうなるほど軟な鍛え方はしていない! しかし凄いな錆兎は! 非適正の呼吸で此処までの技を練り上げられるとは! これは炎の呼吸を覚えた時にどうなるのか、実に心が踊る!」

「ああ、俺もだ」

 

 グッと互いの手を強く握り合う錆兎と杏寿郎。新たな絆が生まれる瞬間だった。

 

 さて、そろそろ槇寿郎さんが帰ってきそうな頃合いだ。半刻にも満たない時間だったが、それでも俺たちが杏寿郎や千寿郎と仲を深めるには十分であったらしい。少なくとも俺はそう確信していた。

 

「ではさらばだ、錆兎! 義勇! いつかまた鬼殺の剣士として会いまみえよう!」

「ふ、二人とも、お気を付けて! また何時でもいらしてください!」

「ああ、勿論だ! またな、杏寿郎! 千寿郎!」

「世話になった」

 

 互いに名前を呼び合い、手を振りながら別れを告げる。

 

 煉獄家は実家や鱗滝さんの家とはまた違う落ち着きが得られる良い空間だった。機会があればまた訪れたいと思う。できれば槇寿郎さんとの関係も少しずつでいいから改善していきたいのだが……。

 

(……焦らず、少しずつ行おう)

 

 時間はまだまだあるのだ。ほんの少しでもよりよい明日を迎えるためにも、小さなものを積み上げよう。

 

 遠回りこそが、一番の近道なのだから。

 

 

 

 




将来のためにとりあえず煉獄家との交流と錆兎の独自呼吸習得フラグをぶっ立てていく。

錆兎の呼吸適正とか煉獄さんのいう「叔父」については完全に捏造です。でも錆兎は本編で日輪刀握る前に亡くなったし、杏寿郎の前の炎柱についても情報が全くないから幾らでも妄想の余地があるのだ。

後から本編で情報が明かされたら? ……細けぇこたぁいいんだよ!

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