水に憑いたのならば   作:猛烈に背中が痛い

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二ヶ月もかけて書いたくせにまだ下弦の伍編終わらせられないのかこの猿ゥ!

というわけで出来た分の投稿はしますが話の区切り的にまだこの章は終わりません。ウッソだろお前……(Vガンダム)



第弐拾陸話 敗走の後に

「……………いっつ」

 

 窓の外から見える夕暮れ。未だ鳴りやまぬ賑やかな町の喧騒を借りた宿の一室で聞きながら、俺は上半身に巻き付けている包帯を慎重に解いていく。

 

 解いた包帯にはこれでもかというほど乾いた血がこびり付いていた。当り前だ、背中の皮膚を大きく抉られていたのだから。だがむしろこの程度で済んだことを幸運と思わなければなるまい。――――下手すれば、原形を留めない程の惨状になっていたのかもしれないのだから。

 

「……くそっ」

 

 路地裏での交戦から二日が経過した。

 

 俺はあの時迫る暴風竜巻を避ける一心で痣を発現させ、後ろで伏せていたカナエを抱えながら全力で建物の屋根へと跳び上がることで九死に一生を得た。ただ、無傷という訳にはいかなかったが。

 

 跳び上がる瞬間、竜巻が俺の背中を掠めた。するとどうだろうか、鬼の生み出した竜巻がまるで削岩機のように俺の背中の皮膚を服ごとごっそりと抉っていったではないか。とてもではないが俺は戦闘を継続できる状態では無くなったため、撤退せざるを得なかった。

 

 しかし不幸中の幸いと言うべきか、その晩とその翌日においても鬼による犠牲者らしき存在は確認されなかった。理由はわからないがあの鬼は俺たちと交戦後そのまま撤退し、人を食うこと無く行方を眩ませて身を潜めたようだ。

 

 鬼を仕留められなかったのは心残りだが、その事を聞いて俺は一先ずは胸を撫で下ろせた。だが、問題はまだまだ残っている。

 

「すぅ………すぅ………」

「…………カナエ」

 

 俺は隣で寝息を立てながら深い眠りについているカナエの顔を見る。

 

 あの時数秒遅ければ死んでいただろうカナエについては、身体的外傷はほぼ無かった。一応首筋に微かな傷があったが、薬を塗って一晩寝かせれば痕も残らない程度のもの。……しかし、彼女は一晩越しても未だ目覚める気配がない。

 

 一応町医者を呼んで診てもらったりもしたが、身体に異常は無いらしい。ならば原因はやはり、心因性のものだろう。

 

 彼女とて今の今まで死の間際に立たなかった訳ではないだろうが、今回は訳が違う。微かな情報を頼りに推測すれば、恐らくカナエは抵抗することすら許されずに組み伏せられた。それはきっと、彼女が今の今まで築いてきた自負を打ち砕くには十分な出来事だったはずだ。

 

 鬼を倒すために、鬼に脅かされる人を助けるために努力してきたのに、それらを無意味と言わんばかりに一方的にやられたのだ。精神的ショックは、大きいに違いない。

 

(応援要請は……いや、気が早すぎる)

 

 ともあれ、俺は傷こそ負ったが戦線復帰まではそう遠くないはずだ。痣者になった恩恵か、傷の治りが尋常でなく早まっている。昨晩までは痛みにうなされていたと言うのに、薬を塗って一晩寝るともう身動きが取れるほどになっていた。この調子ならあと一日あれば戦うには十分な程度には回復出来ているだろう。

 

 だがカナエが何時目覚めるかわからない以上、前と同じように十全な状態で任務に望むのは難しいとしか言えない。なら増援を要請するか……? と一瞬逡巡するが、要請したところで確かな戦力が送られてくる保証など無い。

 

 もし相手の鬼が十二鬼月であればこの上なく信頼できる戦力である柱を呼ぶこともできた。しかし生憎、数字どころか奴の外見は終始確かめることはできなかった。無論、あの術の威力・規模からして十二鬼月、もしくは数字落ちの可能性は極めて高いだろうが……。

 

(……風にでも、当たってくるか)

 

 任務当初は楽観していた結果がこの様。全く以て不甲斐ない。

 

 慢心していたつもりは無いが、俺もやはり人だ。柱によって鍛えられたことで、何処か舞い上がっていたことは否めない。この状況はそのツケだとでもいうのだろうか……。

 

 だがどれだけ喚こうが過去が変わることなどない。今考えるべきは明日の事。その為にも俺は一度頭を冷やすため、脱いでいた普段着を着直して宿を出た。勿論、部屋にはちゃんと南京錠で鍵をかけて。

 

(……これからどうすればいい)

 

 鎹烏を使って交戦した鬼についての情報は既に共有した。相手は高度なステルス能力を持つ鬼。その為目視による発見は困難を極める。鬼殺隊が当初行おうとした鎹烏の群れを使った作戦は烏たちの目を使うという大前提がそもそも頓挫した以上、次に鬼を燻り出すには何か別の手立てを考えなければならない。

 

 現状、一番確実で効果的と思われる案はやはり血液の匂い等で鬼を誘いこむ事だが……カナエすら遅れを取った以上半端な人員で行えば最悪の事態を招きかねない。今は事前情報を持っているため同じようなことにはならないだろうが、それは鬼側とて同じ事。馬鹿正直に同じことをやるなど論外だ。

 

 それでももし稀血を使えば飢餓状態に近いであろう鬼を無理矢理引き摺り出すことも不可能ではないだろうが、残念ながら今この場にそんな都合のいいものは無い。さて、どうしたものか……。

 

(考えれば考える程、厄介な相手だ)

 

 やはり視覚情報を完璧に近い形で欺けるというアドバンテージの差は大きすぎる。相手が近場にいてかつ注意すれば見抜けるとは思うが、それが簡単に出来るならこんな苦労はしていない。そもそも何処にいるのかわからないのにどう近づけというのか。

 

 攻撃時に一部ではあるが隠蔽能力が解けるようではあるが、攻撃が放たれた後ではもう手遅れになっている可能性が極めて高いだろう。

 

 更に言えば、例えこの隠蔽能力を無力化できたとしてその後に発揮される桁違いとも言える血鬼術の出力と規模……。

 

(……俺たちの手に負えるのか?)

 

 一向に解決の目途が立たない問題が山積みになっている光景に、俺は空を仰ぐことしかできなかった。何かしらの手段を用いて状況を打破しようとするにしろ、戦力も、人手も、切れる手札も、何もかもが足りていない。

 

 やはり、ここは一刻も早く応援を要請すべきだろうか……? だがせめて相手が数字持ちであるという確証を得てからにした方が確実に柱を――――

 

「――――冨岡君、困っているの?」

「ええ、はい。もう猫の手も借りたい気分――――ん???」

 

 突然背後から聞き覚えのある声がした。

 

 反射的に振り向けばそこには――――白装束に身を包み、頭巾の中から白い髪を垂らし、果てには真っ白な無地の仮面を付けた白ずくめな女人がいた。

 

 …………え、誰?

 

「……えっと、どなたです?」

「ああ、ごめん。仮面つけてるからわからなかったよね。――――ほら、私だよ。私」

 

 女人はつけている仮面を少しだけずらしてその素顔を微かに晒す。しかしそれだけで俺が彼女が何者かを判断するには十分だった。

 

 何せ、赤い目に真っ白なまつ毛と前髪を持つ女性など、俺の知人には一人しかいなかったのだから。

 

「明雪さん!」

「うん、大体一週間ぶりだね。元気そうでよかった」

 

 そう、彼女は他ならぬ柱の一人、雪柱の明雪真白。彼女はずらした仮面を元の位置に戻すと、「場所を移そうか」と一言申して丁度近くにあった茶屋へと入った。

 

 幸い今は夕方。もうすぐ夕飯前だというのに茶や団子を食べようという酔狂な者などそうそういるはずもなく、入った茶屋の中には店員以外殆ど人がいなかった。此処ならば人目をはばかる話題を切り出しても問題は無さそうだ。

 

 日光が入らない席に腰掛けた明雪さんはやはり煩わしかったのか恐らく日光避けだろう仮面と頭巾をすぐさま脱ぐ。想像通り、難儀な体質なようだ。

 

「いらっしゃい。ご注文は?」

「緑茶と団子を二つずつお願いします。……それで明雪さん、一体どうしてこの街に?」

 

 駆け寄る店員に適当な注文を出した後、俺は早速一番気になっている疑問を切り出した。

 

 何故彼女が此処に居るのか。理由に全く心当たりがない。少なくとも俺はまだ応援を呼んだ覚えはないし、かといって鬼殺隊側から人を送るという通達を受けた記憶も無い。

 

 にもかかわらず柱の一人が此処に居る。一体どういうことだ……?

 

「うん、もし期待させてしまったなら、先に謝るね。実を言うとこの町には偶々通りかかっただけなんだ。君を見つけたのも、ただの偶然。ごめんね?」

「そう……ですか」

 

 確かに少しだけ期待していた。もしかしたら――――と、ほんの少しだけそんな甘い考えを抱いていたが……やはり、そう都合のいいことは簡単に起こるはずもなく。

 

 俺はなるべくその感情を表に出さないように努力したが、微かに顔に出てしまったのか明雪さんは申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。本当に、気を遣わせたようで申し訳ない。

 

「それで冨岡君、何か困っていた様だけれど。良ければ話してもらえないかな?」

「あ、はい。実は――――」

 

とにかく俺は藁にも縋る思いで明雪さんに事の顛末を可能な限り正確に伝えた。直接力を貸してもらえる望みは薄いだろうが、彼女とて柱の一人。その発言力と人脈は俺などよりも遥かに盤石で大きいはずだ。

 

 運良く目の前に転がり落ちてきた状況を打開できるかもしれない一手。これを最大限活かさない手は無い。

 

「……そう。透明化の能力を持つ鬼……」

「はい。……できるのであれば、柱である明雪さんの意見を聞けると助かるのですが」

「んー……」

「お待たせしました。緑茶と団子が二つずつ、どうぞお召し上がりください」

 

 明雪さんは小さく声を漏らしながら顎に指をあてて考え込むような仕草をする。……もしかしたら、無茶を言ってしまったのだろうか。

 

 そして三十秒ほど経つと、明雪さんは注文した緑茶を一口啜ってからようやく口を開いた。

 

「相手がかなり高い精度で姿を隠せて居場所の特定が困難な以上、こちらから仕掛けるのはほぼ不可能に近いね。私も、前に肌の色や模様が触れたものと同じになる血鬼術を持つ鬼と戦ったことがあるけど、やっぱり何かしらの手段で特定個所におびき寄せなければいけなかった記憶がある」

「その手段、とは?」

「もちろん、稀血だよ」

 

 やはり、稀血か。

 

 稀血は常人と比べて数十倍もの栄養を持つ血。鬼にとって極上の餌であるそれは、確かに誘引作戦においては不可欠といっても過言ではない。何せ満腹状態の鬼ならともかく、ある程度腹を空かせている鬼であればほぼ無条件で表の場に引きずり出せてしまうのだから。

 

 しかしそれを得るための手段や伝手が俺にはない。……いや、現状鬼殺隊で最も医療について造詣の深い菫さんならば、もしかしたら研究用にいくつか保管しているかもしれない。駄目元で頼んでみるか? いや、たとえ持っていたとしても俺のような平隊員に無条件で譲ってくれる訳など、

 

「ほら、あげる」

「………ん? え??」

 

 俺が頭を抱えて唸っていると、不意に目の前に赤い液体……血が入った試験管が三本ほど差されているベルトポーチが置かれた。差出人はもちろん、明雪さんである。

 

 会話の流れからしてこの試験管に入っているのは稀血だろう。だが、こんな貴重なものをあっさりと俺に譲るなんて……何故?

 

「あの、これ……貴重なものなのでは?」

「ううん。別にそうでもないよ」

「え? いえしかし」

「だってそれ、()()()なんだから」

「!」

 

 稀血を持つ柱。……ありえない話では、ない。というか、実例(不死川 実弥)を一人知っている。

 

 それに合点が行った、確かに生きている間ならほぼ無尽蔵に生み出せる自分の血液を貴重なものだと感じるはずがない。俺に何の抵抗もなく無償で渡せる訳だ。

 

「明雪さんは稀血だったんですか」

「うん。それもただの稀血じゃない。稀血の中でも更に希少で栄養価の高い、極上の稀血」

「……?」

「私の稀血は()()()()()()()()()の栄養価を持っている。もし成り立ての雑魚鬼であっても、私を丸ごと食べれば即座に十二鬼月になれるだろうね」

「数十っ…………!?」

 

 通常、稀血一人を食えば常人を食うのと比べておおよそ五十倍から百倍以上の力を得られるという。もし明雪さんの言葉が正しいのならば、最低でも彼女一人で――――常人の、数千人分。

 

 それは……大丈夫なのか?

 

「おかしいと思ったでしょう? どうしてそんな私が鬼殺隊に属していて、柱にもなれているのか」

「……ええ、まあ」

 

 ただの稀血の隊員ならば、まあリスクこそ高いが本人がそれなりの実力を持っているのならば相応のリターンは見込めるだろう。だが明雪さんの場合はリスクが高すぎる。鬼相手での戦いは例え柱であっても常勝不敗はあり得ないからだ。

 

 生まれたての雑魚に食われるのならばまだいい方。だが万が一、彼女が十二鬼月、更に言えば上弦相手に捕食されでもしたら、確実に悪夢のような事態になる。

 

 その危険性がわからない訳でもあるまいに、一体何故……?

 

「そうだね。うん、昔雫さんにも『貴方は大人しく保護されていた方がいい』って言われたことがある。きっとそれは正しい意見だろうね。私も、自分の危険性を理解出来ない程馬鹿ではないつもりだから」

「では一体何故」

「その上で私が自分の手で鬼を倒すという道を歩みたかったのと………………こうする事以外の生き方が、よくわからなかったから。かな」

「…………」

 

 頬杖をつきながら、悲壮と哀愁が混じり合った微笑みと震える声音で、彼女は静かにそう零した。

 

 俺は彼女がどんな過去を過ごして、どうしてこの鬼殺隊にたどり着いたのかは知らない。だが様子からして、とても複雑な経緯があったのは確実だろう。でなければ、こんな表情を作れるわけがない。

 

「私はね、生きたかったんだ。誰かに言われるがままの人形のような生き方や……翼の折れた小鳥の様に、一生を籠の中で過ごす人生。それだけは絶対に嫌だった。……何より、先立たれたお母さんとの約束だから」

「約束……」

「うん。……流されるような生き方なんてしちゃいけない。どんなに苦しくとも生きて、生き続けて、自分だけの幸せを見つけなさいって。そう約束したんだ」

「……いいお母さんだったんですね」

「……ありがとう。そう言ってくれると、とっても嬉しいよ」

 

 俺の言葉に僅かではあるが、明雪さんの表情が和らいだような気がした。きっと彼女は母親を愛していて、彼女もまた母親から深く愛されていたのだろう。

 

 それがとても嬉しくて――――少しだけ、羨ましかった。

 

「だから私は、自分が納得できる生き方を選んだの。家に閉じこめられて、小鳥や犬のように飼われるような人生じゃない。自分の意思で、自分が正しいと思う生き方を。……勿論、実現するまでは色々大変だったけどね。例えばほら、これとか」

「ん……?」

 

 そう言いながら明雪さんは懐から小さい、しかし頑丈そうな金属製のケースを取り出す。そして封を外して開けると……また試験管が出てきた。

 

 だが中身が違う。試験管の中に入っている液体の色は赤でなく、黒ずんだ紫色。何とも毒々しい色に俺は思わず固唾を飲んだ。

 

 いや、毒々しいというか、これは……。

 

「……毒ですか?」

「よくわかったね。そう、私のために特注された壊死毒だよ。これ一つ飲めば、私は全身の細胞を残らず破壊されて、栄養なんて何一つ無いどろどろの肉になって死ぬだろうね。……あ、勘違いしないで。こうすることは、私からお願いしたんだから」

 

 ……つまり、もし食われそうになったらそうなる前に猛毒を飲んで自害しろ、という訳か。

 

 本人からの希望とはいえこれは……いやよそう。第三者でしかない俺なんかが彼女の覚悟に水を差すわけにはいかない。非常に業腹ではあるが、受け入れるしかない。これが彼女が選んだ選択であるならば。

 

「まあそういう訳で、他にも色々な制約付きで私は柱を務めさせていただいているって事。さて、これで君の疑問や悩みは解消できたかな?」

「あ……」

 

 話に夢中になっていたせいで忘れていたが、そういえば俺は問題を解決するために明雪さんに相談を持ちかけたんだった。

 

 結果的に言えばそれらは全て解消された。無論彼女自身の力を借りられれば最高だったが、それは高望みしすぎというものだ。今こうして必要なものを何の対価も無く得られたという最良の結果を得たのだから、これで満足しないのはいささか強欲が過ぎるというもの。

 

 俺は出来る限り敬意の籠った眼差しを明雪さんに送りながら深々と頭を下げる。それが今俺が彼女に返せる精一杯の誠意だ。

 

「明雪さん、何度も至らない身である俺を助けてくれて、本当にありがとうございます。この恩は何時か必ず」

「そう大きな事をした覚えはないんだけどね。……あ、そうだ。じゃあ一つ頼み事があるんだけど、聞いてくれる?」

「はい。俺が出来ることならどんなことでも」

 

 此処でいいえを言える程俺は厚顔ではない。彼女の口から発せられる一言一句を聞き逃さまいと、俺は全神経を耳に研ぎ澄ませた。

 

 そして出される、彼女の頼みとは――――?

 

 

「私を呼ぶときは苗字じゃなくて、名前で呼んでほしいんだ」

「はい、もちろ――――ん?」

 

 

 …………何故俺の身近に居る女性は苗字じゃなくて名前で呼ばれたがるのだろうか?

 

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

「はぁ……疲れた……」

 

 夕日が沈んですっかり空が夜に変わって、俺は改めて宿への帰路に就いていた。

 

 あの後明雪さ……いや、真白さんとは軽い近況報告と世間話だけ行い、彼女が何の制限も無く活動できる夜になって俺たちはようやく別れることとなった。やはり、自分より強くて経験も豊富な人との話は自分の為になると改めて理解できる。

 

 何より大きな収穫なのはこの稀血。鬼に奪われた場合の危険性はとても高いが、今の状況に置いて不可欠な代物だ。これがあればもうカナエを危険に晒さずに済むのだから。

 

 それに、この会話で彼女が俺に対してある程度親密な感情を持っているというのも理解出来た。好意に付け込む形になってしまうため心底気が引けるが、もし今後の鬼との戦いにおいてまた稀血が必要となれば彼女から融通してもらえるかもしれない。やはり人脈(コネ)の力は偉大……。

 

 無論、闇雲に”コレ”に頼り続けてしまったら碌な事になる予感はしないので、使うのは必要最低限に抑えるつもりではあるが。

 

(さて、と……カナエは起きているだろうか)

 

 目先の問題が解決した所で次の問題が立ちはだかってくる。正直ため息を吐きたくなるが我慢しよう。文句を言った所で事態が好転するわけないのだから、泣き言を言うより行動した方が何倍も有意義だ。

 

 だが俺は医者でもなんでもない。原因が不明瞭なのに行動をしろといっても、一体何をすればよいのやら。

 

 俺にできる事など精々、安眠できる環境を可能な限り整えるくらいが関の山だが……。

 

「……カナエ、起きているか?」

 

 数分ほどして宿に付き、部屋を前にした俺は念のために戸を叩いてみる。無遠慮に開けたら、カナエは既に起きていて着替え中、などと言う洒落にならない事態を回避するためだ。

 

 正直そんなどこぞのラブコメ主人公的な展開がそうそう起きるとは思わないが、ここは念には念を入れよという先人の偉大な言葉に従おう。

 

 ……三十秒ほど待ってみたが、返事は無い。どうやらまだ起きてはいない様だ。俺は錠を開けて扉を開け、部屋へ入る。中は俺が出かけた時と何も変わっておらず、カナエもまた布団の上ですやすやと小さな寝息を立てて眠り続けている。

 

 期待はしていなかったが、いざこうも厳しい現実を突きつけられると眩暈がしてくる思いだ。

 

「ん、ぅ………」

「カナエ?」

 

 いや、少しだけ違う点が見られた。カナエの顔からは滝のような汗や鼻水が流れており、息遣いもどこか苦しそうに見える。

 

 急いで駆け寄って額に手を当ててみると、かなりの高熱が手の平から伝わってきた。発熱や鼻づまりの症状……もしかしたら風邪を引いてしまったのかもしれない。

 

「げほっ、ごほっ! げほげほっ!」

「っ……えっと、風邪を引いた時は確か……!」

 

 休む間もなく訪れるトラブルに頭痛がしてくるがとにもかくにも手を動かそう。

 

 確か風邪を引いた時は真っ先に安静にさせることと、十分な水分と食事の摂取が一番だったはず。それに過度な脱水症状を防ぐために冷やした布で身体を拭……いや、待て。冷静になれ。流石にそれはマズいぞ俺よ。

 

 ……仕方ない。まずはそれ以外から取りかからねば。貰った薬品類に解熱剤があるかどうかも確かめよう。

 

「気が抜けないな、全く……」

 

 果ての見えない道程に足を止めそうになるけれど、「それでも」と俺は頬を叩いて自らを振るい立たせる。

 

 今は頑張るときだ。休むのは全て終わった後で気の済むまで取ればいい。

 

 目の前で大事な友人が苦しんでいるんだ。――――力を振り絞る理由としては、十分過ぎるだろう?

 

 

 

 

 

 昔の夢を見る。とても懐かしい、鬼などという存在をまだ知らなかった幼い頃の夢を。

 

 私の父は薬師だった。幼い頃から医学や薬学についての勉学に励み、その生涯で培った膨大な知識を己の利益など考えず、惜しむことなく他者のために使おうとする立派な人だった。

 

 病に苦しむ人がいれば薬を与え、腹を空かせていれば飯を出す。見返りなど求めない、強いて言えば誰もが笑顔でいてほしいと願う心優しき男。その優しい人柄もあってか、父は町の中でも大層頼りにされた。

 

 私の母は少し厳しいところがあったが、父と同じくとても綺麗で心優しい人だった。少し抜けてる所があって騙されやすい父を常に後ろから支え続ける良妻賢母という言葉が誰よりもふさわしい女性。

 

 父の優しさがおかしな方向に行こうとすればそれを母が鶴の一声で正す。母の肩に力が入り過ぎていれば、父がその優しさで解してあげる。まさしく鴛鴦夫婦。凹凸の如く見事にかみ合った夫婦の間で、私たち胡蝶姉妹はこの世に生を授かった。

 

「お母さん! 私今日はお母さんと寝る!」

「こらしのぶ。夜中なんですから大声出さない。周りの人の迷惑になるでしょう」

「はーい」

「お、それじゃあカナエは今日はお父さんと一緒に寝ようか」

「ううん、今日は一人で寝るから大丈夫だよお父さん」

「えっ」

 

 幸せな日々だった。毎朝仕事に行く父を見送り、母の家事を姉妹で手伝い、昼になれば母から文字や勉学、そして立派な一人の女性になるための知識を教えられ、夜に帰ってくる父を家族総出で出迎える。

 

 何の変哲もない、しかし誰もが理想と羨む日々の光景。それを私たち姉妹は何の苦も無く甘受していたのだ。

 

 裕福な家で生まれ、優しい両親に溢れんばかりの愛を注がれて育ち、高い水準の教養によって恵まれた将来も確約された人生。それはとても幸運な事だ。

 

 私たちもそれを理解していて、だからこそ大人になったら、父や母の様に困っている誰かを見捨てないような生き方をしたいと望んだ。それが生まれながらに恵まれた環境に居る私たちの義務だと思って。

 

「――――おめでとうございます奥様。ご懐妊です」

「ホント!? やったー! 私もついにお姉ちゃんになるのね!」

「しのぶ、前から下の子が欲しいって言ってたもんね~。むふふっ、ねえねえお母さん。生まれるのは弟なのかな、妹なのかな?」

「二人とも、お医者さんの前なのですから騒がない。……ふふっ、本当に、元気な子達」

「――――ぬぉぉぉぉぉ! 皆おまたせぇっ! お父さんが帰ったよぉ!!」

「「「お父さん(あなた)うるさい!! お腹の赤ちゃんに響くでしょう!!」」」

「ぐへぇ」

 

 本当に、幸せだった。

 

 幸せだったんだ。

 

 あの日までは。

 

 

「――――ここに来ればよ、腹減ってる奴には飯を食わせてくれるんだろぉ? だったらよぉぅ……テメェ等の肉をたらふく食わせろよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」

 

「カナエ! しのぶ! 下がるんだ! ――――ぐぁっ!!」

「あなたっ!? ――――きゃあああああああ――――っ!?」

 

 鬼が来た。

 

 鋭く尖った異形の爪と酷く歪んだ顎を持つ鬼は、瞬く間に私たち姉妹の目の前で父と母……そしてこれから生まれてくるはずだった命を呆気なく奪い去った。

 

 私たちは何もすることが出来なかった。ただただ互いに庇い合うよう身体を抱き寄せて、部屋の隅で震えることしかできなかった。

 

 それから鬼は嘲るように笑いながら父と母の手足の何本かを千切り取って、私たちに見せつけるように何分もかけて咀嚼した。それが終わると、待ちわびたかの様に鬼は下卑た笑みを浮かべながら私たち姉妹を手にかけようとして――――

 

 

 

「南無阿弥陀仏」

 

 

 

 

 何処からか飛来した鉄球の一撃によって、その頭部を跡形も無く粉砕されたことで鬼は手にかけた父母と同じように何が起こったのか理解出来ないままその生を終えた。

 

 全てが終わった後、私たちはその場で泣き崩れるしかできなかった。何時までも続くと思っていた日々はたった一晩で全てが崩れ去り、やっと現実を受け入れられたのは父と母、そして顔すら見ることが出来なかった末の子の墓を前にした頃だった。

 

 人生で初めて味わう絶望感。最初に体験するにはそれはあまりにも大きすぎて、数日は食物が碌に喉を通らなかった記憶がある。

 

 それでも私は残った妹と互いの心を支え合い、何とか立ち上がることができた。そして決めたのだ、過去に夢見たように、己の人生を他者の幸福を守護するために、これ以上鬼によって大切なものを奪われる人を一人でも減らすために戦おうと。

 

 その為に私たちは両親に代わり自分たちの面倒を見ようとしてくれた親戚の好意を断って、最早誰も待ってはいない、二人で暮らすにはあまりにも大きすぎる家を過去の日常と決別するかの様に売り払い、姉妹共々このいつ死んでもおかしくない鬼殺の世界へと飛び込んだのだ。

 

 

 

 

 鬼に脅かされている誰かの幸せのために。

 

 

本当にそんな事を望んだの?

 

 

 例え顔も名前も知らない誰かであろうと悲しませないために。

 

 

嘘つき。本当はそんな事思っていない癖に。

 

 

 嘘じゃない。誓ったのよ。あの夜。しのぶと共に――――

 

 

――――体の良い言葉で自分を誤魔化しているだけ。本当はただ

 

 

 違う。違う、違う、違う! 嘘なんかじゃない! 私は、私はただ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼を殺したいだけのくせに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ――――っ!?!?」

 

 

「ぅおえっ!?!?!?!?」

 

 

 水桶に浸して絞った冷たい布を額に当てようとした瞬間、カナエは両目を限界まで見開いて被せられた布団を跳ね除けながら上半身を跳ね起こした。

 

 あまりに突然な出来事に俺も思わず悲鳴を上げそうになった。が、そこは男である以上我慢すべきだと残っている理性を使って全力で這い上がってきた声を押し殺す。知り合いの女の子の前で情けない声を上げたいと思うほど、俺も矜持は捨てていないのだ。

 

 ただ悲鳴の代わりに変な声を出してしまったような気もするが、気のせいということにしておこう……。

 

「カ、カナエ。大丈夫か……?」

「…………え?」

 

 ……よっぽど嫌な夢を見たのだろう。さっきまで顔や手などの触れても問題無さそうな個所は念入りに汗を拭き取っていたというのに、もうカナエの全身からは拭き取る前以上の滝のような汗が流れ出ている。

 

 しかしきっかけがどうあれ、起きてくれたのは非常に助かった。気を失ったままでは脱水症状まっしぐらだったのだ。最悪、口移しでもなんでも使って水だけでも飲ませようという覚悟はしていたが、杞憂に終わって何よりだ。いや本当に。

 

「義勇、君……? わ、私……」

「鬼との戦いの後そのまま気を失って、丸二日も眠っていたんだ。全然起きる素振りが無かったから、心配したぞ」

「そう、なの。……ごめんなさい、心配、かけちゃったみたいで」

 

 予想通り、元気はあまり無い。ほぼ二日も飲まず食わずだったのだ、気力が湧いてくるはずもない。

 

『お客様、どうかなされましたか?』

「あ……大丈夫です! それより少し頼みたいことがあるのでそこで待っていてください! ――――カナエ、今はとにかく休むんだ。体の具合がよくなるまでな」

「…………うん」

 

 カナエの悲鳴を聞いて何事かと駆けつけただろう従業員の人を呼び留めた俺は、とりあえず今のカナエに何か食べさせるために重湯とお粥を頼んだ。一日以上何も口にしなかった状態で急に固形物を口にすれば胃がびっくりして逆に嘔吐しかねないのだ。

 

「じゃあカナエ。俺は一度外に出ているから、その間に身体を拭いて、汗も大量に吸っているだろうから服も着替えてくれ。できるか?」

「……ええ」

「よし。じゃあできたら呼んでくれ」

 

 看病する上での最大の難関をどうにかやり過ごせそうだと心の底から安堵しながら、俺は腰を上げて一度部屋を出ようとする。女子の着替えに交際しているわけでもない男子が同意するのはどう考えてもアウトだ。

 

 さて、待っている間に今後の行動予定でも――――

 

「待ってっ!」

「――――えっ?」

 

 部屋を出るための一歩目を踏み出した瞬間、カナエは俺の腕を両手で掴んで引き留めた。

 

 ……え、いや、なんで?

 

「……カナエ、俺の話を聞いていなかったのか? 流石に着替え中に同席するわけには」

「……一人に……しないで…………」

「………………………すぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁ……」

 

 俺は直感的に、今のカナエの精神状態がとても危うい均衡状態だと感づいた。対応を間違ったら、取り返しがつかなくなる。そう確信した俺は深く、本当に深く考え込み……………同じくらい深いため息を吐いて、渋々彼女の隣へと座り込む。

 

「……後ろを向いて、目も耳も塞ぐ。決して覗かないから安心してくれ」

「っ、うん! ありがとう、義勇君」

 

 非常に、非っっっっ常に不本意だが、俺は茨の道を突き進むことを選択した。というか、カナエの心の状態を鑑みればこれ以外選択の余地がないではないか。

 

 もし間違ってもこの件はしのぶに聞かせられないな、と思いながら俺はカナエから少し離れて背を向け、目も耳も塞いだ。その後俺に出来ることは頼むから早く終わってくれと全力で祈る事のみ。

 

(……どうしてこうなった)

 

 特に間違ったことをした覚えはないのに、何故こうもおかしな展開に転がっていくのか。

 

 もしこの世界に神と呼べる存在が本当にいるのならば、そいつはきっと人の人生を面白おかしく引っ掻き回して愉快に笑い転げる悪趣味な奴だろうと、俺は恨めしい感情をどこぞの神様へと全力で投げつけた。

 

 …………目を耳を塞いでからおよそ十分後、俺の肩がちょんちょんと突かれる感触がする。

 

 恐らくカナエの着替えが終わったのだろう、と俺は強張っていた肩肘の力を抜きながら恐る恐る振り返った。

 

「あ、あの……背中には、手が届かなくて……」

「……………勘弁してくれ」

 

 もう一度言わせてもらおう。

 

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

 




作者のノリで唐突に捏造されたかと思いきや顔見せすらできずに数分足らずで散った胡蝶家の末っ子ェ……

ちなみに真白さんの稀血もノリで盛りました。事前に作った設定じゃ精々数倍くらいだったのになんで十倍に膨らんでるんですかね……。常人の数千倍の栄養価ってなんだよ。対魔忍の感度かなにか?(辛辣)



(それと散々イチャつかせてますがカナエちゃんのヒロイン化の予定は)ないです。
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